読み取り練習

 現代文の代表として各種文庫等発刊の挨拶文を取り上げ、歴史的仮名遣ひで記しました。ふつうの口語文から文語表現を多用したものまで、格調高い文章で歴史的仮名遣ひの文面に馴染んで下さい。歴史的仮名遣ひの案外現代仮名遣ひに近いことも感じられるでせう。
 赤字が現代仮名遣ひと異なる部分です。

 

「講談社現代新書」の刊行にあたつて  野間省一 1964年

 教養は万人が身をもつて養創造すべきものであつて、一部の専門家の占用物として、ただ一方的に人々の手もとに配布されて伝達されうるものではありません。
 しかし、不幸にしてわが国の現状では、教養の重要な養となるべき書物は殆ど講壇からの天下りや単なる解説に終始し、知識技術を真剣に希求する青少年.学生.一般民衆の根本的な疑問や興味は、けつして十分に答られ、解きほぐされ、手引きされることがありません。万人の内奥から発した真正の教養への芽ばえが、うして放置され、むなしく滅びさる運命にゆだねられてるのです。
 このことは、中、高校だけで教育ををはる人々の成長をはばんでるだけでなく、大学に進んだり、インテリと目されたりする人々の精神力の健康さもむしばみ、我が国の文化の実質をまことに脆弱なものにしてます。単なる博識以上の根強い思索力.判断力、および確かな技術にささられた教養を必要とする日本の将来にとつて、これは真剣に憂慮されなければならない事態であるといなければなりません。
 私たちの「講談社現代新書」は、この事態の克服を意図して計画されたものです。これによつて私たちは、講壇からの天下りでもなく、単なる解説書でもない、もつぱら万人の魂に生ずる初発的かつ根本的な問題をとら、掘り起こし、手引きし、しかも最新の知識への展望を万人に確立させる書物を、新しく世の中に送り出したいと念願してます。
 私たちは、創業以来民衆を対象とする啓蒙の仕事に先進してきた講談社にとつて、これこそもつともふさわしい課題であり、伝統ある出版社としての義務でもあると考るのです。

 

「旺文社文庫」刊行のことば  赤尾好夫

 いかなる時代においても読書は人間の最大の喜びであり、最高の救である。若い日読んだ書物は、人間の生涯にわたつて影響を与、第二の天性となり、人格となるであう。
 かかる観点から、旺文社は、若き世代のための出版社としての使命感にたつて、ここに旺文社文庫を刊行する。内容は、洋の東西にわたり、時代の古今をつらぬき、文学・科学・伝記・随筆・思想、万般におよび、いやしくも知識人たらんとするものが、生涯の教養の基盤として、若い日一読すべき価値ある物を可及的に多く刊行せんとするものである。
 読むに価値あるものを、でき得るだけ楽しく、消化しやすく、読みやすく提供することは出版社の義務である。出版道義を強く信奉せんとするわが社は、この目的にひたむきに献身するものである。あてわが社の志を理解されご支援あらんことを。

 

角川文庫発刊に際して  角川源義 1949年5月3日

 第二次世界大戦の敗北は、軍事力の敗北であつた以上に、私たちの若い文化力の敗退であつた。私たちの文化が戦争に対して如何に無力であり、単なるあだ花に過ぎなかつたかを、私たちは身を以て体験し痛感した。西洋近代文化の摂取にとつて、明治以後八十年の歳月は決して短かすぎたとは言ない。にもかからず、近代文化の伝統を確立し、自由な批判と柔軟な良識に富む文化層として自らを形成することに私たちは失敗して来た。そしてこれは、各層への文化の普及滲透を任務とする出版人の責任でもあつた。
 一九四五年以来、私たちは再び振出しに戻り、第一歩から踏み出すことを余儀なくされた。これは大きな不幸ではあるが、反面、これまでの混沌・未熟・歪曲の中にあつた我が国の文化に秩序と確たる基礎を齎らすためには絶好の機会でもある。角川書店は、このうな祖国の文化的危機にあたり、微力をも顧みず再建の礎石たるべき抱負と決意とをもつて出発したが、ここに創立以来の念願を果すべく角川文庫を発刊する。これまで刊行されたあらゆる全集叢書文庫類の長所と短所とを検討し、古今東西の不朽の典籍を、良心的編集のもとに、廉価に、そして書架にふさしい美本として、多くのひとびとに提供しようとする。しかし私たちは徒らに百科全書的な知識のレツタントを作ることを目的とせず、あくまで祖国の文化に秩序と再建への道を示し、この文庫を角川書店の栄ある事業として、今後永久に継続発展せしめ、学芸と教養との殿堂として大成せんことを期したい。多くの読書子の愛情ある忠言と支持とによつて、この希望と抱負とを完遂せしめられんことを願

 

読書子に寄す−岩波文庫発刊に際して−  岩波茂雄 昭和二年七月

 真理は万人によつて求められることを自ら欲し、芸術は万人によつて愛されることを自ら望む。かつては民を愚昧ならしめるために学芸が最も狭き堂宇に閉鎖されたことがあつた。今や知識と美とを特権階級の独占より奪返すことはつねに進取的なる民衆の切実なる要求である。岩波文庫はこの要求に応じそれに励まされて生まれた。それは生命ある不朽の書を少数者の書斎と研究室とより解放して街頭にくまなく立たしめ民衆に伍せしめるであう。近時大量生産予約出版の流行を見る。その広告宣伝の狂態はしばらくおくも、後代にのこすと誇称する全集がその編集に万全の用意をなしたるか。千古の典籍の翻訳企図に敬虔の態度を欠かざりしか。さらに分売を許さず読者を繋縛して数十冊を強るがごとき、はたしてその揚言する学芸解放のゆんなりや。吾人は天下の名士の声に和してこれを推挙するに躊躇するものである。このときにあたつて、岩波書店は自己の責務のいよいよ重大なるを思、従来の方針の徹底を期するため、すでに十数年以前より志して来た計画を慎重審議この際断然実行することにした。吾人は範をかのレクラム文庫にとり、古今東西にわたつて文芸・哲学・社会科学・自然科学等種類のいかんを問ず、いやしくも万人の必読すべき真に古典的価値ある書をきめて簡易なる形式において逐次刊行し、あらゆる人間に須要なる生活向上の資料、生活批判の原理を提供せんと欲する。この文庫は予約出版の方法を排したるがゆに、読者は自己の欲する時に自己の欲する書物を各個に自由に選択することができる。携帯に便にして価格の低きを最主とするがゆに、外観を顧みざるも内容に至つては厳選最も力を尽くし、従来の岩波出版物の特色をますます発揮せしめようとする。この計画たるや世間の一時の投機的なるものと異なり、永遠の事業として吾人は微力を傾倒し、あらゆる犠牲を忍んで今後永久に継続発展せしめ、もつて文庫の使命を遺憾なく果たさしめることを期する。芸術を愛し知識を求むる士の自ら進んでこの挙に参加し、希望と忠言とを寄せられることは吾人の熱望するところである。その性質上経済的には最も困難多きこの事業にあて当たらんとする吾人の志を諒として、その達成のため世の読書子とのうるしき共同を期待する。

 


歴史的仮名遣ひによる現代文は 藪の中 やまなし 逐語解説付き手紙文 でも読めます。

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