方丈記

 江戸時代の仮名遣い(1)

 「方丈記」は鴨長明作の随筆。鎌倉時代前期に書かれ、その後随筆文学の傑作として長く読み継がれています。
 作者自筆本は現存しません。
 谷村文庫「方丈記」(江戸時代初期刊)の冒頭2ページ分の仮名遣いを示します。

行河のながれは絶ずしてしかももとの水にあらず よどみにうかぶうたかたはかつ消かつ結びて久しくとどまる事なし 世中にある人と栖と又かくのごとし 玉しきの都のうちに棟をならべ甍をあらそへる たかきいやしき人の住居は代々を経て盡せぬものなれど 是を誠かとたづぬれば むかしありし家もまれなり あるは(ママ)大家ほろびて小家となる 住人も又是におなじ 所もかはらず人もおほかれどいにしへ見し人は二三十人が中にわづかにひとりふたりなり あしたに死夕に生るるならひただ水の泡にぞ似たりける 知らず生れ死ぬる人いづかたより來ていづかたへかさる 又し(ら)ずかりのやどりたがためにか心をなやまし何によりてか目を悦ばしむる そのあるじと栖と無常をあらそふさま いはば朝がほの露にことならず あるは露おちて花殘れり 残るといへども朝日にはかれぬ あるは花はしぼみて露な消えず

 契沖仮名遣いのはるか以前の刊本ですが、この部分については赤字の一箇所(「を」)以外は歴史的仮名遣いに一致しています。しかるべき古典刊本の仮名遣いは相当しっかりしていたもののようです。

 平安時代以降、仮名遣いは瑕疵を伴いながらも基本的構造を保ち続けました。これらの仮名遣いを簡単に「歴史的仮名遣い」であると言うことがありますが、「狭義の歴史的仮名遣い」が契沖以後のもの(1695〜)であるとすれば、これらは「広義の歴史的仮名遣い」ということになるでしょう。

 「広義の歴史的仮名遣い」が保ち続けた基本的構造とは、文法によって系統的に定まる部分――は行動詞の活用表記がは行で一貫していることや、一部のイ音便・ウ音便があ行の仮名で表記されることなど――です。上に見た「なを」などの非活用語の表記は文法によって定まるものではないだけに、時間とともに変化してしまい易いものでした。

 相異部分:歴史的仮名遣い
  な
:なほ

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