補講101教室

特別授業:長音を短縮したときの表記について

 歴史的仮名遣ひ(字音仮名遣ひを含む)において「てふ」といふ表記で表はせる発音は「テフ」「テウ」「チョー」のいづれかです。「チョ」と読ませることはできません。したがつて「蝶々」を「チョーチョ」と読ませるためには「てふちよ」と書かなければなりません。

 同様に「行かう」「行きませう」「行くだらう?」「めんだうくさいなあ」「行つちやはう」なども短く言ふときはそれぞれ発音のままに
 「行」「行きましよ」「行くだ?」「めんくさいなあ」「行つちや」となります。

(付録 現-歴文字対応表の発音-文字対応表参照)

 この原理は音便形を元の語形と区別して表記する原理と同じものです。「歴史的仮名遣ひの原理」から転記しておきます。

●なほ、発音と表記の関係については次の点に注意する必要があります。
 子音や母音の省略など、発音の省力化(ぞんざいな発音)によって元の語形とは別に新しい語形(音便形・縮約形など)が生まれた場合は当然新しい表記によらなければなりません。元の語形は新しい語形とは別にあらたまった言ひ方として残ります。両者は明らかに別の語なのです。

 古代の人が「咲きて」と言ふ意味で「サイテ」と言ったのは、「き」といふ仮名が「イ」と発音されるやうになったからではありません。ある程度意識的に(子音を省略して)新しいこなれた言ひ方を作ったのです。(「咲きて」と書けばあくまで「サキテ」と読まれました。)
 新しくできた「サイテ」といふ言ひ方は当然「咲きて」と書かれることはあり得ず、「咲いて」と書かれました。

 分かりやすい例です。「あんた」といふ語は「あなた」から(母音を省略して)出来ました。しかし「アンタ」と言って「あなた」と書くことはできません。また「アナタ」と言って「あんた」と書くことはできません。二つは別の語ですからそれぞれ書き分けなければならないのです。

●歴史的仮名遣ひにおける表記の原則

イ:仮名の発音のし方の変化(転呼)があっても同一の語の表記は元のまま変はらない。

ロ:(転呼以外の)発音の変化により発生した別の語形は発音の通りに書かれる。

 参考:「読むで」「死ぬで」「会ふて」「笑ほ」などについて 発音変化による新語形の表記について


ところで、「痛く(甚く)」の音便形「いたう」(イトー)を短く言ふと「イト」になります。
 では「いとをかし」などの「いと」は「いたう」を短く言つたものなのでせうか。
 意味は殆ど同じですからそのやうにも見えますが、実は「いと」は「いたう」の語形が成立する以前から別に存在してゐた語なのです。ですから「いといたう」(イトイトー)と続けて使つても全然可笑しくありません。
 ただ、この二つの語は全く関係がないわけではなく、元々「いと」は「いた(痛)」と同根だと言はれてゐます。


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