投稿文集

私の・・又三郎

新しいもの順に並んでいます。前置き、あいさつ等、本文以外の部分は割愛させていだだきました。
(敬称略)

 僕のおじいちゃん                           北海道 高田孫三郎

 僕のおじいちゃんは三郎といいます。
 70年ほど前に岩手県の山奥の小学校へ転校したときの話をいつもしてくれますが、みんなにいじめられたり無視されたり変な噂を広められたりしてとても嫌だったそうです。すぐにまた元の学校に戻ったので、そのときは本当にほっとしてせいせいしたそうです。そしてそれからはその嫌な思い出はわざと思い出さないようにしていたそうです。
 ところが、ずっと後になって宮沢賢治という人が書いた本を読んでびっくりしたそうです。それはみんなが考えていたことがおじいちゃんの想像と全然違っていたからです。そしてもしそれが本当だったらおじいちゃんはすごく生意気な嫌なやつに見えただろうなあと思ったそうです。
 最後の何日間かは誰とも口をきかずにいたそうですが、今はそれをとても後悔しているそうです。
 一郎さんや嘉助さんがまだ生きていたらおじいちゃんを堪忍してあげて下さい。


 折々の風                                   石川県 土着者

  堅雪を走る粉雪

  雨垂れを飛ばす春風

  水田のさざ波

  ひんやり冷たいスズメノテッポウ

  さわさわ鳴る裏の竹林

  橋の下の冷気

  あちこち騒ぐ稲穂の海

  小昼どきの杉の陰

  二百十日の又三郎

  柿の木越しのすじ雲

  畑の破れ旗

  折々の風。 


 「風の又三郎」の歌                          埼玉県 二木 淑恵

 友人に誘われて行った発表会を見て、私にも何とかできるかもしれないと思って入った趣味の朗読の会でした。
 最初に先生からこの作品がいいでしょうと薦められたのが「風の又三郎」です。いざ読み始めて、最初の部分と「あんまり川をにごすなよ」の掛け声の部分が、黙読だけでは問題にならないのに声を出すと読み方が分からなくなるのでした。
 まず出だしを練習し始めてみると、先生は何のためらいもなくメロディーを付けて、この歌はこんな風に歌うのですと言われます。私はびっくり。これは読むのではなく歌うのかと。
 メロディーを正確に歌えず何度も直されながら、私の練習は朗読というよりカラオケの練習でもしているようなものでした。そしてどうしてこういうメロディーなのだろう、こんなに劇的な歌い方をするのだろうという惑いは無我夢中の発表会が終るまでずっと残っていました。
 そしてしばらく後になってテレビで「風の又三郎」の映画を見てまたまたビックリ。私の歌ったのとおんなじ歌が歌われたのです。突然の事態が理解できなくて自分の歌なのにどうして、と興奮して家族にまくし立てた後、ようやく飲み込めた私は照れ笑いをして何度もうなづいていました。
 もう何年も前の話です。先生ももう亡くなられて、会も今はなくなってしまいました。四苦八苦の練習をしているうちにまるで自分が作曲したように錯覚していたその歌は今歌ってみるとやはりどうしてもちょっと音程がずれています。


                                         神奈川県 匿名

 宮沢賢治は地方の人、童話作家、比較的若く亡くなった人です。そういうせいもあるのでしょう、「賢治は、賢治は」と本名を呼び捨てされ、その生い立ちや思想についてあれやこれや無遠慮に突っつきまわされている感があります。余計なお世話というものです。気安く他人の人生を品定めなどするものではありません。また表面上のとっつきやすさに乗じたほとんど自省なしの侮りの批評態度に自ら気付いていない人も多すぎる気がします。
 「風の又三郎」について、帝国主義的国策の匂いがするというような馬鹿なことを盛んに吹聴している人がいます。「源氏物語」に律令国家体制の影が色濃いとか、「奥の細道」が幕藩体制の身分制度を脱し得ていないとか言って何の得があるでしょう。全くの絵空事ではない、現実世界に立脚した作品ならばその時代の特徴が大なり小なり、意識的にしろ無意識的にしろ反映されていなければなりません。そうでなければ無知か卑怯かどっちかです。ものごとの本質的特徴と余剰的性質の弁別が出来ないような粗雑な頭で僭越なことは言わないことです。
 とにかく、けちをつけることのみが批評だと誤解している人にはもう宮沢賢治に触れていただきたくありません。


 風の又三郎を読んで                   岩手県 小学五年 佐藤梨依

 ある朝、小さな小学校の教室のいすにふしぎな男の子が座っていました。そのいすの子は恐ろしくてぶるぶる泣いてしまいました。
 男の子は北海道から父親といっしょに転校してきた高田三郎という少年ですが、風の又三郎というあだ名を付けられました。そのあと学校の子供たちは恐る恐る三郎と付き合い始めました。
 上の野原へ馬を見に行ってひどい目に会ったり、川へ泳ぎに行って遊んだりけんかしたりしますが、最後に子供たちは三郎がいなくなってとてもさびしい気持ちになります。
 この童話はとても恐ろしい所がいくつかありますが、私はその中で最初に三郎が教室の中でにやっと笑った所が特に恐ろしく感じます。もしその場にいたら、絶対に私も泣いてしまったと思います。そのご三郎はそんな恐ろしい顔をしなくなりますが、それは最初は子供たちを恐がらせようと思っていた三郎も、だんだんみんなとなか良くなり、恐がらせようという気持ちがなくなっていったからだと思います。
 もし三郎がまた転校せずにもっとその学校にいたら、どのようにもっとなか良くなって行ったのかがもう少し読んでみたい気がします。そうすれば三郎が本当に風の神の子だったのかどうかもはっきりわかるのではないかと思います。
 (四年時の読書感想文)



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