風の又三郎 独白            高田三郎  

 
 
 あの出来事はみんな本当に起こった出来事なのでした。ただ、それには私の大きな不注意による行動も決定的に影響していますので、今、そのことも含めて正直にお話ししてみたいと思います。
 私の父は当時気象干渉の研究を行っていて、それはある程度の規模の実地の実験を必要とするところまで来ていました。そうして計画された実験は、お察しの通り様々の技術的理由から、あの時の、あの土地に設定されなければならなかったのでした。
 父と幾人かのスタッフ達は事前調査のため現地を訪れ、そしてあの小さな学校の情報を持ち帰って来たのです。私は父の語る風景や学校のたたずまいになぜか無性に懐かしさのようなものを感じ、一気に「転校」の意思を固めていきました。
 下準備と仮工事が済んで、いよいよ実験に取り掛かろうという段取りになった頃に初めて私は、決まりを守る、迷惑をかけない、という堅い約束をして、とうとうタイムマシンに乗ることを許されたのです。       

*  *

 

九 月

 

*  *

 私は数日前には引っ越して来ていたことになっていましたが、実はこの日の早朝初めてあの土地を訪れたのでした。
 少し早めに教室に入った私は事前に調べておいた通りきちんと腰掛け、机の中に入っていた石ころを弄びながら時間を待っていたのですが、窓の外での意外な事の成り行きと、みんなの喋る言葉の判りにくさにうろたえてとっさにはどうしてよいか分かりませんでした。
 その時急に教室が細かくビリビリと震えだしましたので私はいよいよ実験が始まったことを知ったのです。どうしてもあの素晴らしい装置の数々が動き始めるところを見ておきたかった私はまだ少し時間があるのを確かめると、みんながこちらを見ていない隙にさっと教室を飛び出して実験室へ向かったのでした。
 実験室は学校の地下に作られていました。入り口は宿直室のとなりの床下にあります。しかるべき筋から根回しもしてありましたので先生は架空の設定や、まずこのあたりの地層を調べたいという父の言い分をすっかり信じ込んでいる様子でした。
 実験室は意外に広く、運動場の下あたりまで続いていました。一つの装置は日照時間と気温に影響を与え、もう一つは気圧と風に関係し、どちらも気候の温暖化を狙っているのでした。
 私は父達と一緒にモニター装置の動きを眺めているうちに時間のたつのを忘れてしまい、そして朝礼に遅れたことに気付くとしばらく考えてから父の目を避けて奥のタイムマシンへと走りました。
 自宅に着くと私は母に隠れて手早く忘れ物などをまとめ、それから慎重にマシンの時刻をセットし直して元へ戻りました。玄関のあたりまで来ますと廊下のむこうで先生が私を見つけ、ニコニコ笑いながらやって来て挨拶しそのまま二人は玄関から朝礼に向かったのでした。
 学校の後、父と一緒に仮の住まいに着いた私はしばらく家の中の珍しい物を見て回った後、もう一度実験室に行き、夜には父の許可を得てマシンで自宅へもどりました。私は明日からの授業の準備のためにいろんな珍しい道具を取り出し、鉛筆でノートに書いてみたり向こうの家で見つけた炭の破片をノートにこすりつけてみたりしました。教科書は明日先生が貸してくれることになっていましたので唱歌の練習だけを時間をかけてやりました。
 そうして翌朝再びマシンに乗ったのです。

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