九 月

 

*  *

 この日登校してすぐ、私は装置の真上あたりの運動場でつむじ風が舞い上がったのを見て実験が始まっていることを知り、今日も放課後すぐに地下へ行ってみようと思いました。
 ところが、そのあと私はおかしな事に気が付きはじめたのです。いつの間にか嘉助君も私も五年生の仲間に入っているではありませんか。六年生の孝一さんの名もたしか一郎だったはずです。ところが回りの誰もそれを変とも何とも思っていないらしいのです。
 私はすぐに「位相」が揺れているのだ、昨日の朝、父に隠れてタイムマシンに乗ったときの余計な操作がいけなかったのだと思いました。こんなことがまれにあり得るとは聞いていましたがそれが本当に起こってしまったのです。とすれば、昨日の朝にも位相の揺れは起こっていたはずです。事実、昨日の朝礼の前と後でも生徒たちの学年がずれていたのでしたが、みんなと初対面の私に気が付くはずもありませんでした。
 私は落ち着いていました。幸い、位相の揺れは決して致命的な結果を招くことはないという事を知っていましたし、私にとっては四年も五年も、名目ならどっちでも良かったからです。
 放課後、私は位相の揺れは上りだけで下りにはないことを確かめるとすぐにマシンで自宅へ帰りました。そしてなんとか一人で不具合はほとんど修正出来たように思いました。昨日の位相に完全には戻れないにしても、少なくとも状況がこれ以上こじれることはないと思いましたが小さな揺れまで完全に排除出来たかどうか自信がありませんでした。
 そのあと私はいろいろ考えました。向こうの世界の小さなずれ、学年や名前の違いは私にとって本質的なものではなく、明日の学校がまたほんの少し変わっていたとしてもなにも恐れることはないのでしたが、せっかくなじみかけた学校や友達に対して毎日毎日違和感を感じ続けることになるかもしれないというのはやはり嫌なことでした。
 私は思い切って向こうの子供になり切ろうと思いました。毎日自宅に帰るのではなく、夜は向こうの家に泊まるのです。考えてみれば父達もそうしているのですし、私がそうしていけない訳がありません。その方がもっともっとみんなと仲良くもなれるのです。
 翌三日朝、私は母にしばらく帰らないと断り、必要な道具などを全部持ってマシンに乗り込みました。向こうの世界にはそぐわない余計なものは持ち込まないという決まりだったのですが、ただ一つ、万一の時の安全のために携帯用の浮揚機だけは持って行きました。
 その日の学校では、一郎さんの名前が戻っていた他は昨日と変化がないようでした。でも私は満足でした。これからこのみんなと思い切りどんどん友達になって行けると思うと、とても自由な伸び伸びした気分になりました。そして一郎さん達が明日遊びに行こうと相談しているのを聞くと、元々私も自然や冒険が大好きなたちでしたから、早速混ぜてもらう約束をし、うきうきとあの家に帰ったのでした。
 その夜、父はタイムマシンの位相がずれていたのでいま直して来たのだが、なにか困った事は起こらなかったかと私に訊きました。私は気がかりだったことが解消してほっとしながら、別に何もないと答えました。同時に私はマシンが直って障害がなくなったにもかかわらず私の決心がちっとも変わらないのを確認してなんだかとても嬉しくなりました。

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