風の又三郎の世界

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●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● はじめに 風の又三郎は宮沢賢治の童話の中でもひときわ明るいリアリティーに富んだ力強い作品ですファンタジーを扱いながら季節も名残の夏しかもほとんどが明るい昼間の情景で綴られ他の作品に目立つような暗く冷たいセンチメンタルな雰囲気はほとんど一掃されています文体も平易で凝り過ぎたところもありません健康的な子供達の躍動に読者も思わずものがたりの舞台に吸い込まれてしまうその魅力は長い間子供も大人をも惹きつけて来ました 昔読んだ記憶のある方ならなんだか不思議な無性に懐かしい世界をかすかにでも憶えていらっしゃるでしょう是非もう一度大人の立場でお読みになってみて下さい初めての方でもきっとそのおおらかで何かしら豊かなそしてはるかなかつての世界をあなたなりの感慨とともに噛みしめられることでしょうそうです風の又三郎は急速に失われてしまった日本の子供たちの精神世界心象風景と言ってもよいを他のどの文学作品よりも純粋な形で書き残すことに成功しているのです さてそんな面白い作品なのにまた作者の代表作とも言われるのに風の又三郎ってなんだかちょっと影が薄くはありませんか?本屋さんへ行ってもどこへ行ってもまたインターネットでも別の作品がうんともてはやされているのに比べると何といっても不可解です確かにこの作品は作者の他の童話のようにメルヘンチックでもありませんし可愛い動物たちが出てくるわけでもありませんまたイタリア人みたいな名前のかっこいい男の子どころか古臭い名前の田舎のボウズどもが汗臭く駈けずりまわっているだけです それにしても女性ファンの多い銀河鉄道の夜や教科書に載っているからでしょうか圧倒的人気のやまなしなどに比べるとまるで故なく毛嫌いでもされているように僻みっぽい私には思えますしかしひょっとして皆さんその本当の魅力をただ何かの行き違いでご存知ないだけなのではないでしょうかどんな行き違いだと尋ねられればちょっと困るのですがもしあなたがそうであったとしてもあるいはそうでなかったとしてもどうぞしばらくこのサイトに付き合ってみていただけないでしょうかきっときっと何かしら新鮮な発見があることと思います 風の又三郎の楽しみ方はいろいろありますちょっと思い付くままに挙げてみましょうものがたりのユニークな筋自体を楽しむものがたりの深層に潜むものは何か考えて楽しむ主人公の正体を追究して楽しむものがたり世界の内部に白昼夢のように入り込んでヴァーチャル体験を楽しむ作者独特の文体と表現を楽しむものがたりの背景である当時の東北の風土美しい自然を実感して楽しむものがたりの舞台のモデルを探して楽しむ背景となっている風の神の民俗信仰について知るのを楽しむ風に関する記述について科学的に検証し楽しむ矛盾する記述についてあれこれ考えて楽しむ 作品の細部にこだわりマニアックに熟知するのを楽しむものがたりの複雑な成立過程を追究して楽しむ元になった別作品を読みまたその変貌のしかたを楽しむ関係する作品群を読み全又三郎世界を俯瞰して楽しむ作者の実生活と作品の成立の関係を考えて楽しむ作品に関する様々な評価や考察を読んで楽しむ朗読して楽しむ暗誦して楽しむ聴いて楽しむ読み聞かせをして楽しむ映画漫画絵本などでも楽しむまだまだあるでしょうがそんな楽しみ方のお手伝いを是非このサイトにさせて下さい 願わくばあなたがわずかにでも風の又三郎の世界の豊かさ奥深さに触れられこの作品への認識を新たにされることを それではまず何はともあれあらすじからおさらいしてみることにしましょう あらすじへもし既にご存知でしたら鑑賞の手引き1へ他に登場人物ものがたりの舞台作品の成り立ち風の又三郎の謎風の又三郎クイズなどどれからごらんになっても構いません
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風の又三郎あらすじ 9月1日山あいの小さな学校分教場に変わった姿の転校生三郎が現れましたみんなは伝説の風の精風の又三郎だと思います 9月2日彼は学校で少し変わった態度を見せみんなを緊張させます 9月4日みんなは高原へ遊びに行きます牧場の柵から逃げた馬を追った嘉助は深い霧の中で昏倒し三郎がガラスのマントを着て空を飛ぶのを見ます 9月6日みんなと一緒にヤマブドウ採りに出かけた三郎はタバコ畑の葉をむしってみんなの非難を浴びまた耕助と風について言い争いをしますが最後には仲直りをします 9月7日みんなは川へ泳ぎに行き大人の発破漁に遭遇したり三郎を捕まえに来た専売局の人らしい男から三郎を守ろうとします 9月8日また川で遊びますが夢中の遊びの後天候が急変して不思議な叫び声が聞こえ三郎は怖くなります 9月12日折からの台風に一郎と嘉助は三郎が飛んでいってしまったのではないかという思いにとらわれ早めに登校して先生から三郎が前日に去ったことを知らされます Wikipediaに掲載されている同内容のあらすじはこのサイトの承認の下に引用されているものです もっと詳しいあらすじそうか風の又三郎ってそんな話だったのかという方ああそう言えばそうだったかもしれないなあという方これじゃよく分からないという方もっと詳しいあらすじまたは風の又三郎原作本文をどうぞ作品のごく概略については風の又三郎クイズの基本的な問題で触れています 風の又三郎ならよーく知っているという方次は鑑賞の手引き1をごらん下さい他に登場人物ものがたりの舞台作品の成り立ち風の又三郎の謎風の又三郎クイズなどどれからごらんになっても構いません市販の本についての情報はおしまいにの読書案内をごらん下さい
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風の又三郎詳しいあらすじ九月一日どっどどどどうどどどうどどどう谷川の岸の小さな小学校の朝二人の一年生が登校してきて校庭から教室の中に見慣れぬ姿の少年がいるのを見つけて泣いてしまう 嘉助たちもやって来る六年の一郎もやって来て教室の中の少年に声をかけるが通じない 風が吹いてきて少年はにやりと笑う嘉助が風の又三郎だと叫びみんなもそう思うが外のけんか騒ぎのうちに少年は姿を消す そのうちに先生が出て来てあの少年もそのあとからついて来るみんなで整列したあと教室に入ると先生から少年は北海道から転校してきた高田三郎五年だと聞く 教室のうしろに三郎の父が現れ三郎と一緒に帰っていく先生は三郎の父が鉱山師であるという 九月二日一郎と嘉助は朝早くから校庭で三郎を待つ三郎がやって来てみんなにあいさつするがみんなは返事しない 三郎が校庭を歩測するように歩くとつむじ風が起こって嘉助はやっぱり又三郎だと叫ぶ 教室の中で佐太郎が妹のかよの鉛筆を横取りすると三郎が佐太郎に自分の鉛筆を与える一郎はそれを見て変な気持ちがする 授業が始まり数学では鉛筆のない三郎が消し炭で計算をしている 九月四日日曜日一郎はみんなをさそい途中で三郎と落ち合って上の野原に向かう途上三郎はみんなの分からないようなことを言う上の野原に着くと一郎の兄さんが迎える兄さんは土手の中から出るなと言う嘉助は土手の入口の丸太を外してしまう 三郎は放牧馬を恐がるので冷やかされそれなら競馬ごっこをしようと言う土手から逃げ出した馬を三郎と嘉助が追う 嘉助は悪天候の道に迷って恐ろしい谷に行き当たりそのあととうとう倒れてしまうそのとき三郎がガラスのマントを着て空に舞い上がるのを見る 一郎の兄さんが探しに来て嘉助と三郎は助かる帰り道嘉助は三郎が風の神の子だと言うが一郎は否定する 九月六日放課後耕助がみんなをさそい山葡萄採りに行く耕助はいやいや三郎も連れて行く 途中畑のタバコの葉をむしった三郎を耕助はしつこく非難する葡萄の藪で耕助はみんなあんまりとるなと言うので三郎は一人まだ白い栗を取る 三郎が木の上から耕助にしずくをかけて言い争いになる耕助はこの世に風などいらないと言い三郎はひとつずつ例を挙げろと迫る 最後に耕助の答えがおかしいので笑いとなり二人は仲直りし三郎はみんなに栗を分ける 九月七日暑い日となり放課後みんなでさいかち淵へ行く三郎がみんなの泳ぎを笑い一郎は決まりが悪くてみんなと石取りを始める三郎も参加する 大人達がやって来て発破漁をするみんなは下流で隠れて魚を取る三郎が大人のところに魚を返しに行きみんなは笑う 変な男が現れみんなはタバコの専売局の人が三郎を捕まえに来たと思って三郎を囲んで守り男を囃し立てるあんまり川をにごすなよ 九月八日朝佐太郎が毒もみ漁の山椒の粉を持ってくる放課後さいかち淵で佐太郎が毒もみをするが魚は浮いてこない 決まりが悪い佐太郎は鬼っこをしようと言うみんなは追いかけたり捕まえたりして最後に三郎が鬼になる 嘉助が三郎を馬鹿にすると三郎は本気になって嘉助を捕まえて引っぱり回す嘉助はもうやめたと言いみんなは岸に上がる そのとき天候が急変し雷雨となるどこからともなく雨はざっこざっこ雨三郎と聞こえみんなも声を揃える 恐くなった三郎はぶるぶる震える 九月十二日どっどどどどうどどどうどどどう一郎は夢の中でこの歌を聞く起きてみると外は暴風雨一郎は空を見上げて胸騒ぎに襲われる 急いで嘉助をさそって学校に行くと先生は三郎が父の仕事の都合で昨日去ったと言う嘉助はやっぱり又三郎が飛んで行ったのだと言い一郎と嘉助は相手が本当はどう思っているのかと顔を見合わせる
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風の又三郎宮沢賢治旧かな原文現代がな本文横書き部分表示1日2日4日6日7日8日12日主なページからは画像をクリックしてもアクセスできます現代がな縦書き本文原文について 上記本文は諸本を参考にして概ね作者自筆原稿に忠実なものを現代仮名遣い横書きにしたものです句読点改行段落は原文通りとは限りません振り仮名は括弧に入れて示し一部は省略しましたまた原文にないものも一部追加しました傍点のある文字は下線で示しました数ヶ所に亘る1字または2字の欠落部分は原稿自体の空白です
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上記本文はオリジナル草稿を横書きに改めたものです新校本宮澤賢治全集筑摩書房本文を基本とし原文の仮名遣いの間違いはそのままとしました 数ヶ所に亘る1字または2字の欠落部分は原文自体の空白ですオリジナル草稿との主な違いは次の通りですタイトルの風野を風のと改め9月2日原文では二ヶ所にわたって幸一とあるのを孝一と改めました9月4日の次の章は9月6日であるとしました9月7日の鮒は原文では魚へんに府です9月8日傍点を付ける都合上鬼は押へることができないといふのでしたの後で改行しました9月78日の総ルビ付きの部分は新校本の判断に従ってほとんどルビなしに改めました現代がな本文には原文にない振り仮名も付けてあります
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はさみ無しの一人まけかち」の「一人」に付いたルビ「ひとり」にはさらに小さな傍点が付いています
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振り仮名は便宜上横書きとなっています
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原文について 風の又三郎の作者自筆原稿は現在66枚保存されていますこれらはきちんとした清書原稿ではなく前身作品風野又三郎の自筆原稿を添削してそのまま本作品の原稿としたものや作者の教え子に筆写させたものを添削したもの別作品の原稿を添削してそのまま使ったもの無関係な作品の原稿の裏に書いたもの手紙下書きメモなどの裏面に書いたものなどを含んだ集まりでありしかも添削箇所の極めて多い一見混沌とした状態のものですしたがって正確な本文決定には綿密な検討作業が不可欠だったのですがこの作業は活字化作業の早期から必ずしも的確に行われていたとは言い難く実際に過去に刊行されたものの内容は相当の箇所に亘って異同や混乱を示しています そのような混乱を終息させたのは校本全集の刊行筑摩書房1973〜1977でした現存する原稿を丹念に調べ現存しない部分9月4日の次の日冒頭からうあい又三郎汝などあ世界になくてもいなあぃすると又三郎はずるそうに笑ひましたの前までの数枚分については過去に活字化されたものを参考にしまた常識的には矛盾と思える箇所仮名遣いなどについてもできるだけ原文を尊重する方針を貫き可能な限りでの最良の本文テキストが決定されました このサイトでは原作本文旧かなは新校本宮澤賢治全集1996年筑摩書房本文をほぼそのまま採用しています 新校本テキストが自筆原稿と相異する主な点は次の通りですタイトルの風野を風のと改めてある 9月4日の次の原稿行方不明部分の章題を九月六日としてある9月78日の総ルビ付きの部分をほとんどルビなしに改めてある 当サイトの原作本文旧かなが新校本テキストと相異する点は次の通りです9月2日二ヶ所にわたって幸一とあるのを孝一と改めた 9月4日又三郎は笑ひもしなければ物を云ひませんを自筆原稿コピーを参照して物もに改めた9月7日魚へんに府の字をやむなく鮒とした 原文旧かなの総文字数は29,386字です算式の横線は1字とします振り仮名傍点欠落部分を除きます9・2五年生の人は読本の■頁の▲課をひらいて孝一さんは読本の■頁をしらべてやはり9・4せなかに■■をしょった二匹の馬が9・12お母さんは馬にやる■を煮るかまどに木を入れながらききました■は空白▲は不明 読点の分布の偏りは極端です九月二日にはほとんどない四日は嘉助のさまようところで過剰なほど多い七日は冒頭こそ少ないが発破以降は極めて多い八日は冒頭以外で極めて多い十二日は地の文においては極めて少ない 振り仮名についても同様です四日七日八日に多く六日には一ヶ所のみ他の日にはなしまた八日には文末の文体に一部混乱が見られます鬼っこしないかと云ったみんなにうんとはやされたほかに鬼になったの二ヶ所がました形になっていないこれらのことは作品の成り立ちの事情に大きく関わっています作品の成り立ち先駆作品を参照して下さい 作品中10回以上の頻度で出現する特徴的な語や文体を抜き出してみました作品の傾向が見て取れるかもしれません数字は出現回数です 区別するもの品詞の違い単独の語と複合語の成分他動詞自動詞派生動詞 区別しないもの活用の違い漢字の違い漢字とカナ 対象外のもの形式名詞形式動詞付属語作品プロパーの語の大部分 青い17赤い13あと17雨13歩く13あんまり17息13いきなり12急いで11一緒に11うしろ23馬55運動場15大きな大きい21をかしなをかしい12おとな10思ふ22おら18 顔23風37学校16上流10川13河原13木の木46教室22霧15草29口12雲10くらゐぐらゐ13栗の木11黒い12けれども接続詞16子21声13子供11 さいかち11魚11叫ぶ34さっき12じっと13しばらく23しまひました34知らない10白い19すぐ27すっかり14すると接続詞52先生61そこで12そのとき11空22それから49 だけ10だまるだまって20だんだん13小さな小さい21机18冷たい10手27てしまひました34たうとう15ところが18土手14どどうど10どんどん11 中39何か13鳴る16俄か10のでした22のです51野原12登る12 葉10走る19早い早く早くも16光る13一人11吹く自動詞13二人11淵13変な変に11 ましたので11ますと17まだ16まるで37見える14水37道17みなさん13みんな172向ふ名詞22眼16うち眼の前7もう既に41 やっと10やっぱり13やはり10やう113 笑ふ31 作者独特の癖や雰囲気を感じさせる表現を挙げてみましょう今日ではあまり一般的でない使われ方の語彙です せりふなどの方言については鑑賞の手引き1方言をごらん下さい オノマトペ索引括弧内は回数 うとうと7日がくがく8日ガサガサガサガサ4日がたがた1日38日12日がやがや1日8日がやがやがやがや1日2がらんと7日がりがりと2日 カンカン4日かんかん7日きぃん7日キインキイン4日きっと4日57日8日ぎょっと1日きょろきょろ1日2きらきら2日4日ギラギラ4日きりきり2日2 きろきろ2日2ぐうっと4日ぐちゃぐちゃ7日くつくつ6日3ぐったり7日くるくる4日ぐるぐる4日28日くるくるくるっと4日ぐるっと1日2日24日2ぐんぐん4日312日 こちこち8日12日ごとごと12日ごとんごとん12日こぼこぼ4日ごほごほ8日ごぼごぼ1日ごろごろ4日ごろごろごろ8日さあっと2日4日ざあっと2日4日6日 ざくざく12日ざっこざっこ8日2さっさと1日さっと4日ざっと6日12日ざぶざぶ12日ざぶんと8日さらさら4日212日ざわざわ2日ざわざわざわっと4日 しいんと1日22日4日6日12日しぃんと1日8日2シインと4日じめじめ4日7日じゃぶじゃぶ8日しゃんと1日しゅう4日じろじろ1日7日しんしんと8日 しんと1日412日すたすた1日2日すぱすぱと1日7日するする7日せかせか4日2そろそろど4日2ぞろっと8日だあ4日だあだ4日だぁんだぁんと7日 だぶだぶ7日だぶだぶの1日3チョロチョロ4日ちらっと2日4日つるつる8日てかてか1日4日どう4日3どうっと12日どうと1日3どうどう4日どかどか12日 どきどき4日どっこどっこ8日2どっと1日6日27日2どっどど12日3どっどどどどうど1日2どどう1日212日3どどうど1日212日6どぶーん7日 どぶんと7日3どぶんどぶんと7日どぼんと8日どやどや1日どんどん2日24日6日2どんどんどんどん4日12日2にやっと1日ぬるぬる8日のっこり4日 のっそりと4日はあ12日はあはあ4日312日ぱくぱく7日ばしゃばしゃ4日8日ばたっと12日ばたばた1日8日ぱたぱた4日パチパチ4日6日 パチパチパチッと4日ぱっと4日バラッと4日ぴかぴか1日びくっと8日ぴしゃんと4日ひそひそ8日3びちゃびちゃ7日ぴったり2日ひひん4日 ひゅうひゅう4日8日ぴょんぴょん7日ひらっと4日ひらりと2日ビルルと1日ピルルルと1日ふう7日ぶちぶち8日ふっと4日12日ぶるぶる1日4日12日 ぷるぷる4日ぶるるっ12日プルルッ2日べろりと4日ぼうっと4日ぼぉ7日ぽかんと1日ポタリポタリと4日ぼちゃぼちゃ8日ぼちゃんぼちゃんと8日 ほっと4日ホッホウ4日ぼゃっと4日ぼろぼろ2日むくっと7日むくむく8日むっくり2日むっと8日もうもうと6日もくもく6日もじもじ1日22日4日 もにゃもにゃっと2日りんと1日2わあと1日わあわあ7日8日わくわく7日 三郎と又三郎について三郎は39ヶ所又三郎は121ヶ所合計160ヶ所をすべて挙げてみました科白内のものは「を付けてあります ここまでは又三郎の発見者である嘉助の言葉 これは誰の言葉とも決めがたい これは二年生の子の言葉既に又三郎は受け入れられている以下子供たちの言葉は又三郎である 当然先生は三郎と言う 地の文は三郎と言う以下同じ これは又三郎を受け入れていない子の表現 地の文にもかかわらず又三郎が使われているこれは作者がこの日の章を最後に書き上げたことに関係するという鑑賞の手引き19月6日参照 地の文は三郎である ここで初めて2日は別として地の文で又三郎を使っているここは特殊なところだという風の又三郎の謎隠されているもの9月4日参照 地の文2回目の又三郎 ここは地の文ではあるが嘉助の夢?の中の表現である以下4ヶ所も この日は地の文に三郎と又三郎が混在する作者の意識が子供たちの側に寄って行った表れであるという鑑賞の手引き19月6日参照 ここからは地の文は最終日までほとんど又三郎で安定する 例外的に三郎が残っている 事情を知らないお母さんは当然オウム返し 先生はここまで又三郎を確認できていなかった 仮名遣いについて 1日 どっどどくゎりんも促音や拗音には一貫して小字を使っている さわやかな正しくはさはやかな はいって来てはいる説があった現在でははひって来てが正しいとされる以後も同じ表記があるが挙げない以下同様 ふるえました正しくはふるへました たうたう正しくはたうとう他の箇所で正しく書かれている おかしな正しくはをかしな ちやうはあかぐりちやうは長の字音なので人名由来の囃しことば説を裏付ける鑑賞の手引き1の注参照 すはってゐる正しくはすわってゐる こわがる正しくはこはがる はいのぼって正しくははひのぼって 叱らへるぞ方言の表記正しくは叱らえるぞとすべきか他にも同種の箇所がある 向ふの山へ正しくは向うであるとの説もあるが向ふが広く行われる ぢっと見てゐたのです正しくはじっと他の箇所で正しく書かれている おぢぎ正しくはおじぎ他の箇所で正しく書かれている リョウサク仮名遣いからいうと良作ではない竜作かあるいは仮に音のみを記したものか 2日 たうに正しくはとうに ぢゃみ上りぢゃは漢字音ではない語源不明 かゝえて正しくはかゝへて他の箇所で正しく書かれている にわかで正しくはにはかで他の箇所で正しく書かれている もじもじ正しくはもぢもぢ他の箇所で正しく書かれている 4日 拵えて正しくは拵へて おういおゝいと書き分けている ずゐぶん当時はゐが正しいとされていたが現在はいが正しいとされる 帯のようだな正しくはやうだなすぐあとの2箇所も同様他の箇所では正しく書かれている わらじ正しくはわらぢ 一等にしやう正しくはしよう しうと云ひながら擬声表記しゅうとすべきか こらえて正しくはこらへて 押へやうと正しくは押へようと くつは正しくはくつわ他の箇所では正しく書かれている 6日 たうとうここでは正しく書かれている ずるそうに気の毒そうに面白そうに正しくは〜さうに他の箇所では正しく書かれている ラムプ撥音の[m]をムと書くのはよく行われた こわす正しくはこはす 思っちゃいないんだよ正しくは思っちゃゐないんだよ 数へようは正しくは数へやうは 7日 見きわめてから正しくは見きはめてから くわいて方言表記正しくはくはいて ようす正しくはやうす ぢゃぶぢゃぶ擬音表記じゃぶじゃぶがふつう 12日 ほんとうに正しくはほんたうに他の箇所では正しく書かれている けわしい正しくはけはしい うちわ正しくはうちは 歴史的仮名遣いの詳細に関しては風の又三郎歴史的仮名遣い教室をご参照下さい。 英訳本より独特な表現を英語ではどう表わすのでしょう講談社英語文庫風の又三郎MATASABUROTHEWINDIMPJohnBester訳からほんの少しだけ拾ってみましょう 原文英訳MatasaburotheWindImp  WindblowhardblowhardSetthegreenwalnutsflyingAndthesourquincesflyingWindblowhardblowhard AhWestWindEastWindSouthWindWestWind TrytokeepthewatercleanthatswhatTeacheralwayssays LetitpourAmesaburoLetitblowMatasaburo オノマトペはなかなか訳しにくいもののようです
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作者の書いたおよそ百篇もの童話の中でもこの風の又三郎はちょっと変わった作品です まるで夢の中のようなおとぎ話の世界のようなあるいは遠い外国のような幻想的な話が圧倒的な作品群中にあって風の又三郎は作者の現実生活で馴染み深い地元の子供たちの土着的な生活実態を実にリアルに描いているという点においてまず異色の存在ですただ同様の作品が他にないわけではありません作者が自ら村童スケッチと名付けたジャンルのうちのいくつかの小品もやはり地元の子供たちの生活を現実的に描いていますそこで今度はそれらと比較してみますと風の又三郎は分量長さにおいて他を圧倒的に凌駕するのみならずそれらの作品の一部をも包含してそれらの上位的存在としての位置を占めていることがわかりますつまり風の又三郎は村童スケッチの集大成だとも言われることになるのです しかしそれだけでは風の又三郎の真価を言い尽くしたことにはなりませんこの作品は他の作品群と異なり単なる幻想的世界ではない現実世界とその裏にひそむ世界との虚実二相の境界を背景に人間の生き方についての指針をではなく人間の生きるこの世界自体のありようそのものあるいはありようの捕まえ方について理解するための独特の示唆を与えようとするという何とも不思議な性格を持っていますですからその示唆が遂には何を意味するのかまで突き詰めてみて初めてこの作品の特別の価値を見たことになるのではないでしょうかこのサイトではその厄介なことをなんとか順にやって行ってみようと思うのです 本文中の番号の付いた※印についてはいずれ表示される関係情報があると理解してあまり気にせずに読み進めることをお奨めします特に気になるものについては各ページ末尾の参照先をご覧ください番号のない※印については直後に関係情報があります 鑑賞の手引き1 風の又三郎は一人の転校生をめぐるものがたりですその転校生と風とがなぜ絡み合わされて語られるのでしょうかよそから不意にやってきてまたどこへともなく去ってゆくそうしてあとには吹き荒れた痕跡激しい台風ならば爪跡ということになるでしょうを残して行くそうした風のありさまとこの転校生の出現から消失までの経緯に強いアナロジーを見出せるとするのは極めて自然なことですそしてここでは痕跡は少年たちの胸の中に残ったのでしたつまり風は少年たちの心に吹いたのです 思春期ともなればもう少し明確に形づくられるかもしれないしかしまだ小学校高学年である子供たちにははっきりとは内省しきれない心のゆらめきその微妙なゆらめきを見事に浮かび上がらせたこの作品にはその見事さの裏打ちでもあるさまざまな諸テーマが散りばめられています それでは早速ものがたりが内包するさまざまなテーマについて考えてみましょう若い読者のために詳しい注も付けてあります

東北大陸上空右半分がイーハトーボ

さあ東北の爽やかな空気に満ちた広い空を透かしてはるか上空から緑いっぱいの山々に挟まれた一本の谷川の岸を見下ろして下さいそしてゆっくりと小さな校庭に降り立ってみましょうそこがこのものがたりの舞台です 各日の前にある画像をクリックすると原作本文を参照できます 9月1日まず冒頭のどっどどどどうどの歌ですがこれはこのものがたり全体の前奏曲として鳴り響いているのであってこの日の空に吹いている風を直接表現したものではないように思われますつまり九月一日という章題この日の章題は作者没後の編集作業中に元の原稿用紙に書き加えられたものと考えられていますの置き場所の技術的問題であって実際の九月一日の出来事はこの歌の次の行から始まると見てよいでしょう また青いくるみもすっぱいかりんも吹きとばせと言っているのはまだ未熟な少年達が何者かに強烈に吹きさらされることになるのを暗示しているようです青という色については後述の美しい自然で触れます ものがたりが九月一日から始まっていることにはもちろん意味があります長い夏休みから再び勉強の季節へと心身を一気に切り替えなければならない節目の日しかしどっぷりと遊びに浸かっていた気分はどうしてもうわついたまま落ち着きません嘉助ならずともひょっと魔が差しやすい日なのです さて改めてまずこの朝青ぞらで風がどうと鳴っていることに早速注意しない訳にはいきません少年は風とともにやって来たのです 一年生の子が泣いてしまったことは外の世界を知らない幼い子供達にとっては赤い髪の異形の少年はまさしく恐怖の対象であったことを意味しますズボンや靴まん丸な目は都会的なものを思わせますが子供達にとってそれは赤い髪とあいまって外国的なもの異界的なものと紙一重なものでしたなんと黒船のペリーそっくりでしょう当然窓の外の子供達はみんな着物和服わらぞうり姿です また少年と子供たちの間で言葉が通じていなさそうなのも重要な問題点ですこのあと両者の間にはどのようなコミュニケーションが成立していくでしょうか ここでもう一つ知られることは6年生を頂点として分別ある上級生といたいけな低学年とのまとまった家族のような子供社会がきちっと存在していることです現在の日本社会にはすでにほとんど存在しない種類の有機的集団と言わなければなりません原作本文原文についてをごらん下さいみんなが172回というおびただしい頻度で現われていますその全てが子供たちの集合を意味しているわけではありませんが ものがたりが三郎個人対まとまりとしての子供たちの集合という構造を持っていることを強く示唆しています まだ幼さを残すゆえに感受性の鋭い嘉助がまず又三郎を発見します風がどうと吹いて来てその瞬間少年がにやっとして動いたようなとき嘉助が風の又三郎だと叫んだのはこじつけではありません社会的変化に乏しい山村にとって自然の移り変わりこそが変化と刺激のほとんど全てでありその絶対的な力は一種の人格的な迫力を持って子供達を普段から絡め取っていたでしょう東北地方には広く風の三郎様の民俗的言い伝えがありましたし 二百十日という概念も今よりはずっと現実的な意味を強く持っていたはずですこんなところに嘉助の発見の生まれる基盤があったのです なお作者は他の作品の中で風の又三郎という存在をはっきりと死神のような恐ろしい者として描いていますここの嘉助の叫びも当然決してせっかく友達になった子うませっかく捕った山雀のような愛すべきマスコット発見というニュアンスだけではないことをよく理解するべきですそうしないとこの後なぜみんながそんなに彼にこだわりつつ距離を置くのかが本当には分からないことになります 少年の姿が消えた後また風が吹きます風を操り風とともに去っていった存在を強く印象付ける駄目押しでした 整列の場面では一旦消えた少年が明るい陽光の中にさっきとはまるで違った様子で不意に現れましたこの前の場面からの不連続こそ子供達がこの後三郎の正体について迷い続けるものがたりのための不可欠の設定だったのですさっきの教室から少年がそのまま出て来たのではものがたりは進みようがありませんでした そのあと教室で三郎の名を確認した嘉助は小躍りし小さいほうの子らは恐がりました双方とも軽く憑依されているのではないでしょうか子供たちの集団の気分がまた一歩不思議な領域へと引きずられて行く瞬間だったでしょう なおこの三郎が不意の転校生であるのみならず普通の常民定住民ではない鉱山師の子弟であったことしたがって村人から離れて居住しこの村に定着せずにいずれまた再転校していってしまうはずの存在であったことは教室のみんなにとってもこの作品自体にとっても重要なことでした さて先生の存在ですがその言葉遣いにも象徴されるように彼若い読者には意外かもしれませんが男性ですは子供達の絶対的指導者でありながら子供達の社会とはかけ離れた存在ですこのあとも彼は最後まで子供達と三郎の交流には介入することはありません 蛇足ながら人名のうちキッコは女子名ではなくキで始る男子名の愛称さのは苗字ではなく女子名です くるみクルミの実は硬い殻の外側に果肉がある未熟のものは緑色かりんバラ科の木の黄色い果実砂糖漬けなどにする雪袴たっつけ袴膝の下で絞ってある大相撲の呼び出しの袴に似た労働着ここでは単なるモンペ丈の短い着物の上に穿くズボンのようなものの意と思われるちょうはあかぐり蝶は赤栗ではなく岩波文庫童話集風の又三郎の解説谷川徹三氏によると極めてローカルな囃し言葉に由来するらしい長八という人名に関係し読みは意味上チョーハーカグリと推定されるうなかもたのがお前かまったのか方言についてはこのページの下の方参照腰掛椅子 半靴短靴長靴ではない普通の靴萱ススキなどの背の高い穂のある草風の又三郎東北地方では広く風の神を三郎と言う風習があった山雀ヤマガラスズメぐらいの大きさの野鳥捕まえて教えると芸をよく覚える二百十日立春から数えて210日目に当たる日で毎年9月1日頃この日は強い風が吹きやすいと言い伝えられている 服和服ではない洋服呼子笛権現さまの尾っぱ持ち偉いお坊さんの従者シャッポ帽子丈身長前へおい前へ進め通信簿通知表木ペン鉛筆わあがないだめだ雑記帳自由帳風呂敷物を包むための布麻服麻の繊維でできた粗い手触りの夏向きの洋服教壇黒板の前に敷いてある少し高い木の壇先生の立つ所昇降口出入り口モリブデン金属元素記号Mo光沢のある鉛色の輝水鉛鉱モリブデナイトMoS2として産する 作者自身ものがたりの舞台付近で見つけたこともあるらしいすけろ手伝えやんたじゃやだよ 9月2日この日ははっきりとした転校生に対する怖れの章です三郎の最初のひとことが早くもみんなを圧倒していますこの日の注目すべき出来事は鉛筆騒動です三郎はみんなの注視の中で思い切って一つの選択をしましたそれはみんなにどう受け取られるでしょうか 何はともあれ三郎は徐々に融け込んでいきますみんなと同じ唱歌も歌えるではありませんかしかしかすかな敵愾心をもって眺める孝一一郎のことは下級生に鉛筆をやったり消し炭で筆算したりする三郎に対し複雑な思いを懐きます分別ある孝一にとっては三郎は風の又三郎とは思えないけれど自分の理解を超えた存在であるのがなんだか恐ろしいような気がするのです 嘉助の発見がなければそうは感じなかったかもしれませんからこれは嘉助からの伝染と言ってよいでしょうそしてこれはこのあとの騒動の予感でもありました 何間間けんは長さの単位約1.8m算術帳算数帳わかんないなだめだよ支那人中国人勘定計算読トク本国語の本唱歌音楽マンドリン弦楽器の一種消し炭火のついた薪の火を消したものもう一度炭として使える運算筆算 9月4日でもそこは子供のこと彼らは急速に接近しますしかし今日もみんなと三郎の会話はしばしば行き違います三郎は虚勢を張っているのでしょうはるか西の方には大きな川とともにまだみんなの知らない広い世界ほんとうの野原が見えています 嘉助が丸太を外したのは魔が差したのでしょうしかし三郎がさせたのだと言ってもよいのはお分かりと思います嘉助はこのとき自らの運命の心の安全装置をも外したのですみんなは三郎が馬を怖がると言ってしつこく三郎をからかいます三郎を挑発するとどうなるのでしょうか そしてこのあと危機がやって来ます誰でも子供の頃に一度は経験した気がする極限の状況がこの場合は本当の命の危機でした 日常からほんのちょっとはみ出した上の野原という不案内の舞台で馬が逃げ出したという切迫した状況と天候の急変濃い霧と風という非日常的装置が彷徨と幻聴と昏倒とそしてその果てのガラスのマントの夢?をもたらし嘉助は三郎が風の又三郎であるという確信を持ちましたしかしそれも後日興奮から醒めるに随って揺らいでいったように見えます この日嘉助は一歩間違えれば底知れずの奈落が口を開ける未知の荒野を何かを求めて必死にさ迷い歩くという人生の一断面の象徴の凝縮された予告編をいち早く荒っぽく体験させられたのですいつの日か彼には特別の感慨をもってこの日の体験を思い起こすときがやって来るのでしょう さてこの嘉助が眠っていた時三郎は本当は何をしていたのでしょうか色を無くした三郎の唇は何であったのかやり過ぎに対してしっぺ返しを食らわせたこの知らない世界への畏怖の念であったのかそれとも この日の後もみんなは三郎と行動を共にすると平穏では済まず遊びが遊びではなくなってしまいます三郎は騒がせ屋なのです 吹がせだらべも吹かせているんだろうよあいづあいつ春日明神さんの帯角川文庫イーハトーボ農学校の春所収の種山ケ原の注大塚常樹氏によると春日大社の神体である山の麓を流れる川の古歌万葉集など的比喩三郎は知ったかぶりをして言っているわらじ藁で編んだ履き物ぞうりに足に結ぶためのひもが付いた形をしている楢どんぐりのなる木の一種けろづのだなくれと言うのだな鞍乗馬するときに馬の背につけて尻に敷く道具 牧夫馬の世話をする人どう馬や牛を止めるときの掛け声くつわ馬の口にはめる道具おとこえし丈1mぐらいのオミナエシ科の多年草小さな白い花をたくさんつける薊あざみキク科の草赤や紫の花をつける 白墨チョーク五寸約15cm三尺約90cm童ワラス子供息子または娘山男山に住む得体の知れない恐ろしい男鬼と人間の中間のような存在あべさ歩めよ行こうむぞやなかわいそうにわろこども金山カナヤマ堀り鉱山師後光仏様の後ろに光る神々しい光 9月6日この日は本当は何日であったのかはこの部分のオリジナル原稿が失われていて不明です5日ということも考えられます事実ほとんどの本では4日の次だから5日だろうということでしょうか5日としていますがものがたりの流れから考えてどうも疑問があります4日の衝撃が薄れるためには間に一日あったほうが良いように思われるのです この日の三郎の行動タバコの葉をむしる栗の青いイガを落とす木の雫を落とすこれらはみんな風のしわざ以外の何物でもありません三郎は最初は半ば無意識に最後ははっきりと自分からこれらの行動を起こしています対して耕助の三郎に対する言動はこの日の冒頭から横暴な風に対する人間の怨嗟の声を代弁していますこの日の三郎に対する挑発は大事には至りませんでした三郎は耕助の挑戦に応え 自分が風であることを引き受けた形で数々の悪口を受け止めそれに対して風はいいこともするのだと言いますそして最後には迷惑をかけたことを詫びるのですここには作者自身のこの地方を訪れる擬人格としての風に対する評価や思いのようなものが現われているようです なお論争の最後に出てくる風車の部分は少し解りにくいので説明しておきましょう風車という言葉及び概念は全面的に風というものの存在に負っています風のおかげがなければ風車など意味を持ちませんところが耕助は風がこの世の中に不必要だということを言う論拠の中にこの言葉を使ってしまいましたこの論理的矛盾に鋭く反応して笑い出した三郎は五年生としてはずいぶん頭のいい少年だと言わねばなりません 三郎はこのヤマブドウ採りに本当には参加できませんでしたまだ白い栗を取るだけでみんなからはみ出した存在です最後にはそれらを交換し接点は繋ぎましたが ところで後から書き直したと言われる2日の分を別にしてこの日から地の文は三郎を又三郎と呼び始めます語り手は三郎は本当に又三郎だよと囁きかけているのでしょうか天沢退二郎氏は作者語り手がものがたりの進展に随って子供達の思いの側に身を寄せて行ったのだと言っています謎解き・風の又三郎丸善ライブラリー 下ったら学校が終ったら下校したら葡萄蔓ヤマブドウわがないじゃだめだよ専売局国の機関後の専売公社JTまゆんだであつぐなうんだぞ弁償しろよあべ歩め歩け水へ入ったように川に落ちたように失敬失礼ばりさなばかりするよ傘手で持ってさす種類のものこうもり番傘蛇の目転覆オッケアしたり引っくり返したりあかし灯りシャップシャッポ帽子笠頭に直接かぶる種類のもの主に農作業用菅笠などラムプランプ油をともし風除けにガラスの筒をかぶせて上に笠が付いている 9月7日三郎がみんなの泳ぎを笑ったということはまだ三郎がよそ者であることを双方が再確認したことになりますまた発破漁をめぐる大人達と子供達のふるまいは両者の世界が異質なものであることを物語っていますがそんな中で三郎の世界はずいぶん大人たちの世界に接触しているとは感じないでしょうか さてみんなが三郎の行動を笑うというところが二ヶ所出てきます石取りで三郎も失敗して浮かんで来たときと発破漁のあと三郎が魚を大人に返しに行ったとき前者の笑いには一種安堵の開放的な気分が感じられますが後者は自分達と違う世界へ軽率に行き来する者に対してのかすかな違和感を押し隠しながら発せられているように私には思われます そのあとみんなは変な男から三郎を守ろうとします一旦は全員一体となって囃し立てていたものの危機が去ってしまうと再びみんなは三郎になんとなく距離を感じるのです先駆作さいかち淵ではがらんとした気持ちは興奮して少しやり過ぎたことの反動でしたがここではそれ以外に三郎に対する違和感も入り混じっていると考えられます さいかちマメ科の木枝や幹にトゲがある大きな豆のさやが生るねむの木マメ科夜細かい葉を閉じる六七月紅色の花が美しい淵川のよどんで深くなっているところ肌脱ぎ和服を着たまま上半身だけ脱いだ状態発破火薬による爆破工事瀬浅瀬砥石刃物を研ぐための石せきれいツバメぐらいの大きさの鳥川原の石にとまって長い尾を上下に動かす習性がある坑夫鉱山労働者 きせる細かく刻んだ煙草を吸うための竹の筒と金属でできた細長い喫煙具奇体きたいおかしい変腹かけ腹から胸まで覆い背中でひもを結ぶ衣類職人が半纏の下に着る物入れが付いているかじか清流に棲むハゼに似た魚食用になる鮒鯉を小さくしたような魚食用にもなる活動写真映画 網シャツ網の目のように粗く織った生地のシャツはだか馬鞍を付けていない馬雑魚ザコ特に高価ではない小さな雑多な魚類 脚絆キャハン歩きやすくするために細長い布を膝からくるぶしまで巻き付けたもの粘土極めて細かい粒でできた土粘りがある手拭テヌグイ日本手拭木綿の生地でできた薄いタオルのようなものタオルと違いケバが一切ない 9月8日これまで三郎君はとても変でした怪しい表情を見せたりおかしな言動や奇ッ怪な飛翔でみんなを驚かせ迷わせてきましたところが今日は今度はみんなのほうが変になって三郎のほうが驚くのです さて鬼っこの場面では三郎は我知らず夢中になりますみんなもその混乱の中で本気で走ったり泳いだりしたでしょうそんな中で嘉助は三郎を挑発してしまい4日の再来のように今度は文字通り三郎に振り回されましたやはり挑発はまずかったのです その時天候の急変の下ではっきりとみんなと三郎は流れを挟んで対峙しましたこの場面での激しい風と雨雷は両者の決定的対決を意味せずにはおきません 不思議な叫び声の場面は常識的に考えればみんなが愛憎半ばする種類の逆襲に出三郎は自分の立場と役割に気付きかけたというところでしょうか先駆作さいかち淵ではこの場面の意味には不法な毒もみを行ったしゅっこに対する懲らしめの側面があったと思われますがここでは当然それは直接関係はありません しかし最初に叫んだのは本当は何者なのでしょうかみんながすぐ声をそろえたといいますからそれはみんなの側の者であると思えますところがみんなは叫んでいないと白を切るのです三郎ががたがた震えたのですから三郎側の者であるはずもなさそうです 子供たちと三郎とがそれと知らずに共同で進めてきた壮大な規模のコックリさんそしてそれがついにつづり出した運命の文言の弾けるような暴露そのような瞬間だったのだというふうにも言えるでしょうか いずれにせよあの時両者の次元の壁が揺らいだそのある種の隙に一気に雪崩れ込んだものがあったのではないかと思いますもし何者かがみんなと三郎の交わりにおいての又三郎の位置の不明瞭さに業を煮やしてこの機会に逆説としての決定的な対立という触媒を放り込んだのだとすればこのあとどんな化学変化が促進されるのか続く記述に期待しなければならないところですがここでものがたりはサッと最終日に跳ぶのです 毒もみ毒による漁山椒ミカン科の低木葉と実は食用香辛料となる巡査警察官町の祭のときの瓦斯のような匂アセチレン灯が出すガスの匂いここでは灯火漁に使われたカンテラ携帯用アセチレンランプから捨てられた燃料カーバイドが水と反応してアセチレンとともに発生したホスフィンリン化水素類によるものか あるいは川原に自然発生した微量のリン化水素によるものか鬼っこ鬼ごっこはさみ無しのひとりまけかち一人負けた者が勝者という意味ではなさそうだもしそうなら誰もパーを出さない一人だけの勝ち又は負けで一人を決定する方法と思われるこの方法では一人だけパーを出すと勝ちながら鬼となる他の者が負けながら勝ちとなることになる山つなみ山崩れ 9月12日もともと作者は三郎に3日頃に風の歌を歌わせるつもりだったらしいのですが結局遺された原稿ではその場面は実現していませんここでは記述はされていないが一郎は三郎の歌を聞かされていたと理解します 8日の騒ぎのあと一両日中に少年達と三郎の間には少なくとも心のうちでは何らかの和解と融合の儀式がとり行われていたのだろうと私は推測します表面上はどうだったか分かりませんが彼らの精神的距離は縮まっていたのだろうと思いますしかし季節の移ろいとともに去り行くものは去り行かなければなりません大自然の摂理とのアナロジーは全うされるのです 胸騒ぎで起きた一郎は庭に落ちた青い栗のイガを見て6日を思い出し嵐の中に三郎の気配を感じたに違いありません二百十日9月1日で来て二百二十日9月11日であわただしく彼方へ去って行く三郎は台風が野山を吹き荒れるごとく一郎のそしてみんなの胸を掻き乱してやみません最終日が11日ではなく12日に設定されたのは曜日の関係があると思われます なぜ彼らはそんなにも三郎に惹かれたのでしょうか三郎がただの目立たない転校生であったなら当然このものがたりは生まれなかったでしょうが子供たちの日常のあらゆるシーンも上の野原やさいかち淵のような馴染みの場所も三郎という鏡に写ることによって全く新しい相貌を見せました自分達の世界に思わぬ新しい自画像をもたらした外来存在に対する十日間のアンビバレントな心の揺れ動きが彼らのこの時期の成長の大きなステップとなり得たからこそというのは結果論に過ぎるでしょうか 先生は又三郎はという嘉助の問いにもちょっと考えて又三郎って高田さんですかと答えます嘉助達の重大問題はやはり大人の世界とは他次元のものでした先生の説明を聞いた後でも嘉助は納得できませんしかし嘉助と一郎はとまどっています こうして三郎と嘉助と一郎と子供達とそして又三郎とのついには判然と炙り出されることを得なかった世界の在りようの許されただけのすべてを読者の前に提示し尽くしてものがたりは終わります 提灯チョウチン箱提灯つまり竹ひご竹を縦に細かく割って作ったごく細長い棒に紙張りの中に蝋燭をともして使う灯り道具しまうときはアコーデオン式に縮められるをしまっておく箱土間ドマ家の中の床の張ってない地面むき出しの部屋作業などに使う馬屋家の中にある馬の家床に藁を敷き入り口には横棒を差し渡す潜クグり潜り戸大きな戸を閉めたままその一部をさらに開け閉めできる戸にしたもの身をかがめて通るぐらいの高さ タスカロラ海床タスカロラ海淵Tuscaroradeepはるか北東方千島・カムチャツカ海溝の深部の一つN44°17′6″E150°31′1″-8514m名称は発見した船の名によるなおここでは当時の慣用に従って千島・カムチャツカ海溝自体のことととるタスカロラ海溝とも言われる従って北のはじはベーリング海付近粟イネ科の作物今はもっぱら粟おこし小鳥の餌として見る 金カナだらい金属製の洗面器様の大きなもの洗濯などに使うお汁ツケ味噌汁かまど釜や鍋を乗せて下から薪をくべて煮炊きをする土製の装置鳥こ鳥小鳥油合羽防水用に油を塗った紙などで作ったマントレインコート蓑藁萱の葉などで作った背中から腰までをすっぽり覆う雨具板床床板しゅろ箒シュロの木の幹を覆う糸状の皮を揃えて掃く部分の材料にした箒単衣ヒトエ夏用の薄手の和服電報電話のないところへ急ぎの知らせを届ける手段 近くの電報局から電信機で相手の最寄りの電報局へ送信しそこから文書で配達される 上記以外の隠れた論点作中に存在する名前学年その他の矛盾の問題については後述の風の又三郎の謎で述べます 分かりにくいせりふの方言などの訳 若い読者のみなさん勘違いしていませんか さあ皆さんはもう一度今度は強い雨風に吹きさらされる校舎と校庭を上空から見下ろして下さいもう一段高く昇るとほらかすかに揺れ動く北上の緑濃い山々がはるかはるかに続いています 参照ページ
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分かりにくいせりふの方言などの訳 小さいときに風の又三郎を読んだけれど方言が難しくて歯が立たなかったという声をよく聞きます低学年の方はこのページを参考にして下さい 岩手県ご出身の皆さんへニュアンスなどについてご意見がありましたらどうぞお教えくださいなるべく正確なものにしたいと思っております
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勘違いしていませんか70年以上も前のしかも今となっては馴染みの薄い山村の生活を描いたものがたりには特に若い読者が思わぬ誤解を引き起こす元がいくつも含まれていますあなたは勘違いをしていませんでしたか 姿を想像できるでしょうかこの子らは着物和服姿なのです丈の短い着物を着て下は裸か股引をはきその上にモンペをつけ足には藁草履をはいています他の子供たちも全員着物姿です いわゆる天然のやや茶色がかった髪色です染めた色ということはあり得ません 半靴は短靴とも言います長靴ではないという意味ですから普通の靴のことです特別な長さの靴ではありません子供が靴を履くのが珍しかったのです 洋服を着ているだけで日本人の子供だとは思われなかったのですおまけに髪の色が わあわあいうわあいなどのせりふの意味については注意する必要があります標準語的なわーいではありませんおいぐらいの意味です 牧場やどこかの子馬というのではありません自分の家で飼っている馬のことです馬は農家が農耕用に飼ったり子馬を預かって育てたりしました 優しい言葉使いから女の先生と思われがちですが間違いなく男の先生ですもし女なら必ずそう明記されたはずです分教場に一人で赴任して一人で宿直もします12日 呼子は今でも学校の先生が使う普通の笛です江戸時代の捕り物に使った竹製の笛ではありません シャッポもただの帽子の意味です特別な帽子ではありません ほとんどが草履でしょう晴れている山道ですから下駄の子は少ないでしょう靴の子はまずいません雨の日は草履がグチョグチョになりますから下駄の子が増えます 女の子の名前ではありませんこの地方では男の子の愛称を〜ッコというふうに言いますあとに出てくる喜っこぅのことでしょう 通信簿は通知表です 佐野ではありません女の子の名前ですひらがな二文字の名前が多かったのです 木ペンは特別なペンではありません普通の鉛筆のことです 特別に包んで来たのではありません鞄を持たない子は普段からみんな風呂敷を使いましたそれが普通でした 高い壇ではありませんせいぜい階段一段分ぐらいの高さの木の壇が黒板の幅程度に敷いてあって教卓が乗っています 昇降口はただの出入り口という意味です数段の階段で出入りするのでそう言います 算術は算数のことです 読本は国語の教科書のことです 消し炭は火を付けてから消した木炭また使えるのことも言いますが木の燃え殻のことをも言います当時は薪を使いますからその燃え殻はどこにでもありました 会津川ではありませんあいつ川だぞの訛りです 午まはお昼のこと午後は曇るという意味午まになったら又来るがらはお昼になったら〜の意味 見っともないは元々は直視できないまともに見られないという意味ですここではその通りの意味だと思って下さい 下がるは下校することここでは授業が終ったらの意味 入ったは落ちたの意味です川へ落ちたように銀河鉄道の夜にジョバンニカンパネルラが川へはいったよとありますがこれも同じですオツベルと象の最後も同じです これは暑い時に着物の袖から腕を抜いて肩を出した状態ですですから和服姿です 馬が裸というのはわかりにくいですが鞍を付けずに乗馬することをこう言うのです 読み間違えてきたないやつだなと思っている人がたくさんいますきたいなは奇妙なという意味です 押えられるは捕まえられるの意味 祭りの夜店の照明にはアセチレンガスが使われましたしかしねむの木がそんな匂いを出すわけではありませんガスの元になる石が捨てられているのでしょうその匂いは説明しにくいのですがプロパンガスの匂いをきつくしたような感じです 馬屋は家の中にあるのです板張りの床から土間へ下駄をはいて降り土間の一部にある馬小屋の前を通り過ぎて外への戸を開けたのです岩手県のこの地方では馬と同居する南部の曲り屋という家屋形式が有名です ごはんは白米のご飯ではなさそうですこの地方では米を作っていないようです当時は米のご飯を食べない地方がたくさんありました今で言う雑穀米というよりは雑穀のみのご飯です麦が主体のものでしょうもし米のご飯とするなら相当の豪農ということになるでしょう 油を染み込ませた紙製のレインコートです水分を弾きますが紙製ですので丈夫なものではありません 上に説明したようにこれは外で濡れながら待っているのではなく家の中へ入って待っているのです 単衣とはたとえば浴衣のように布が一重の夏用の着物のことです布が二重の着物は袷あわせといいますここではたぶんは洋服姿であるいつもの先生からは想像できないくだけた普段着姿を見て意外に思ったものと思われます
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鑑賞の手引き2 風の又三郎とは ここでちょっと予備知識を得ておきましょう 風特に強風は一般的に言って農耕社会の人々にとって厄介なものです和辻哲郎の風土は日本を含むモンスーン地帯の自然の暴威について人間をして対抗を断念させるほどに巨大な力でありしかし湿潤なる自然の暴威は横溢せる力生を恵む力の脅威であってこの地域の人間の構造を受容的忍従的として把握することができると言っていますですから日本各地に伝わる風の神の神事風祭りは 概ね敬して遠ざけるふうのものでありそのことはその個別的名称からも解ります風鎮祭風止め籠り吹かん堂トウセンボ風の神送り二百十日の風の盆も元は同種の由来のものです 東日本には古くから伝えられるカゼノサブローサマ風のサブローサマ風の三郎様があります万有百科大事典小学館によりますと新潟県佐渡島では二百十日に真言を唱えて風の神に災難除けを祈る行事また古志郡山古志村では旧暦6月27日に粗末な小屋を作りそれを通行人にこわしてもらって風に吹きとばされたことにして風の神に村をさけて通ってもらう行事が風の三郎様と呼ばれています もう一つの面を見てみましょう生活の古典牧田茂角川選書では次のように言っています 宮沢賢治さんの童話で有名になった風の又三郎などという東北の妖怪も八丈島や新潟県中魚沼郡などではいまも風の三郎様として祀られている風の神様なのですカゼを引くという日本語などもその言葉通り直訳しては外人にはさっぱりわからないような言葉ですが昔の人の考えでは目に見えない悪霊のようなものが通り過ぎる時には風もないのに草が揺れたりするものでそれに行き当たると カゼをひいたり身体がだるくなったりするのだと思っていたのです土佐の鵜来島高知県宿毛市で身体の疲れた時など表を歩いていて急にたまげるようなことがあって病みつくことを悪いカゼに当てられたといっているのなどそのよい例であります 壱岐ではオコリのことをクサフルフといっていますがこれは昔の人にとっては原因のわからない病気だったので草をふるわせて通る目に見えぬ悪霊に行き当たったと考えたのです中略 たとえば新潟県の山奥と伊豆の八丈島とに同じ風の三郎という名の神様があったというような場合ですとそれはむしろ同じ例が遠く離れた二つの場所に残っているという意味で大変貴重な資料となるのですこれこそむかしの形が残っているとみてよいのですが後略 9月4日の上の野原での草々の狂態を思い起こさせる記述です嘉助はまさにカゼに当てられたのでしょう この三郎という名はある地方の伝承によれば新羅三郎義光が不思議な力で風を呼び起こしたという伝説に由来するということです賢治童話の方法多田幸正勉誠社 新羅三郎義光とは八幡太郎義家の弟で後三年の役に参戦し東北にも縁の深い源義光のことでいわゆる忍者集団の創始者とか合気道の始祖ともされている謎の多い人物です彼は幼くして弓馬の道に秀で音律を能くし有名な笛笙の名手であったと言われていますその義光と風の三郎とどちらの伝承が古いのかまた両者が同一視され始めたのはいつごろのことかなどは不明ですが人々が風の音を聞くときには義光の吹く笛を思い起こしたであろうとは容易に想像されるところです また三郎の語感はさぶ寒いという言葉に連結しているように私には思えますし実際に言い伝えられてきた風の三郎様には小僧のイメージが伴っていたこと日本伝奇伝説大事典角川書店も指摘しておきたいところです 三郎ではない又三郎という名は宮沢賢治の創作だと言われています又は夜叉の叉に通じ鬼のイメージを感じさせますまた前身作風野又三郎では主人公以外にその兄も父も叔父もまたみんな名前が同じだとされていますからそのことと関係があるのかも知れません 恐ろしい妖怪としての風の又三郎は後述の参考作品抜粋ひかりの素足抜粋でごらん下さい 参考山崎進宮沢賢治研究ノート10四次元昭和28・7宮沢賢治研究会より山崎善次郎山崎進宛書簡 作品に描写されている様な東北の山中に生れてあの様な分教場に学びあの様な山や川に遊び廻つた私も風の又三郎と云う風の神の子供を想像しておりましたよく父母に叱られて泣き止まないでいると父母は手で窓や障子をガタガタゆすぶつてほら風の又三郎が来たぞと云ったもので幼心に恐ろしいものを想像して泣き止んだものですまた障子の破れ目などで風がプープー音がしてゐるのを聞くともうすつかり風の又三郎が来るものと信じておつたものです 作品中の嘉助も風の又三郎とはその様なものと信じておつたのではないでしようか東北の子供達が今でもそうした原始的畏怖感情が仂いておるかどうかはわかりませんけれど 三郎の正体 高田三郎は又三郎であったのかそうでないのかについての侃侃諤諤は皆さんご存知の通りですしかしこの問題について私はあまり迷うことはありません 三郎が風の精又三郎であったとすれば初日彼がにやっと笑ったのも教室から消え失せたのも皆本当のことでしたガラスのマントも空を飛んで去って行ったのも本当のことです一方彼がただの人間だったとして読めばにやっと笑ったのはみんなの気のせい教室から消え失せたのも単なる見落としガラスのマントは夢空を飛んで去って行ったというのは思い過ごしに過ぎません同じようにその他の重要部分こまごました部分も皆このように両様に解釈できます しかしだからといってそこからさて一体どちらが本当なのだろうという問いが本当に出て来るでしょうか 三郎が本当に又三郎であったとすればものがたりは本当のことをそのとおり書いただけです風の精が空を飛んでどこに不思議があるでしょうそしてそれは風の精の化身に遭遇した子供達がその正体について半信半疑に終わってしまったというだけの話に過ぎないことになります風の又三郎はそんな話なのでしょうか 風の又三郎のファンタジーとしての高名に惑わされず予断を持たずに読んで見ますと実際のところ三郎はちょっと変わった小生意気な転校生にすぎませんしかしそんな一個の人間が偶然にまるでおあつらえ向きのように用意された位置にピタリとはまったときそしてそれがナイーブな自然児たちの集団の真っ只中である時にはなんと刮目すべき写像へと変換され得ることでしょうかそしてその照り返しがなんと素晴らしい効果を生み出すことでしょうか そんな可能性を私達は十分理解していますそしてそうであるからこそこのものがたりの備える見事なリアリティーに私達は唸るのです こういう訳で作外の私は思い悩むことはありませんが作中の嘉助と一郎にとってはこの論理は通用しません二人には是非思い悩んでほしいと思っています メディアとしての三郎 実は大きなことを一つ言い忘れています それはあの風の歌のことです1日と12日のそれぞれ冒頭で高らかに歌われているあの歌はものがたりにとって一体何なのでしょう本当にただの転校生と子供達だけのものがたりなのなら感じるはずの取って付けたような違和感をそこに見出すことは出来ません 私はこう思いますあの歌は正に風の又三郎つまりあの時代あの土地あの社会にヴァーチャルに実質的に実在した存在の発するものであってあの時代あの土地あの季節を当然に暗に覆っていたそしてものがたりは正にそこに発生したつまり子供達は三郎を又三郎と同一視しそこにつけ込んだ又三郎が三郎とのきわどいニアミスを果たし子供達は決定的な妄想に捉えられる風の又三郎は裏側から見るとこのような高田三郎と子供達と そして風の又三郎との三つ巴のものがたりなのだと上の三郎の正体で述べたのは表側の相ということになります ものがたりの見方を再構築してみましょう 9月1日子供達が三郎に又三郎を見たそしてそれと戯れることを望んだときそれは裏側から言えば又三郎が三郎を通して子供達と戯れることを望んだということと同値です風の精霊又三郎はこれを好機と三郎にまとわり始めますそして4日ついに三郎に取り憑いて又三郎を演じさせ特に嘉助の目には決定的な姿をさらします嘉助ははっきりとそれを見たのに三郎がまるで色のなくなった唇をきっと結んでと三郎本人に自覚がなさそうなのは明らかにメディアよりしろ媒体霊媒としての特徴を思わせます 三郎と子供たちの関係に又三郎は三郎の側からアクセスしているその後三郎は又三郎の役を引き受けそうでもあり6日また現実大人の世界に引き戻されそうでもあるのを子供達が必死に防ごうとしたり7日して8日を迎えます この日三郎が髪の毛が赤くてばしゃばしゃしているのにあんまり永く水につかって唇もすこし紫いろなのでと本物の鬼尋常世界ならざる者のようになった瞬間を捉えて又三郎は今度は子供達のほうに憑依して三郎に対し又三郎を引き受けろという声を上げさせます三郎はびっくりしますが子供達はそでないそでないとやはり自覚がありません その後どうなったかは残念ながら記述がありませんが子供達が一定の愛惜の念を持って三郎又三郎を見送ることになったいささかの過程を想像することが出来ます 再び風の又三郎とは一人の転校生を稀有の契機として風の精霊が子供達と戯れた12日間の奇妙な交歓ものがたりであると規定することができるでしょう まとわり付きそそのかしのりうつり 又三郎の動きを日を追って整理してみましょう なおこれから言うまとわり付きとは風があえて三郎の周囲に巻き起こること そそのかしとは又三郎が人をしてなにげない言動をさせること のりうつり取り憑きとは又三郎が人をして怪異の言動をさせることを意味します 1日子供達は三郎を又三郎と思い込むその機を逃さず風は早くも三郎にまとわり付く 2日ややそそのかされている三郎の言動が子供達をとらえる 4日朝からまとわりついていた又三郎は嘉助三郎をそそのかし状況を見て猛烈に接近し一瞬三郎にのりうつる 6日又三郎は三郎をそそのかし軽く風の役を演じさせてみる 7日三郎は現実世界に引き留められている子供達は三郎を通じて又三郎と遊びたい又三郎は三郎を通して子供達と遊びたい利害の一致する両者は三郎を非現実世界に呼び戻そうとする 8日又三郎は好機と見て子供達にのりうつって三郎を一気に取り込もうとするが 12日又三郎は未練を残し去って行く子供達はその気配を三郎からのものと感じる 風の精霊は一貫して三郎をメディアとして子供達と交流したがっていたように思えます当然のことに悪霊としての本性を持つ又三郎の試みは子供達にとって強烈過ぎやり方を変えた又三郎に対し思いのほか我の強い三郎はなかなか意図通りには取り込まれなかったようです又三郎は本当は嘉助のようなもっとナイーヴなお誂え向きの少年をメディアとして選ぶべきだったのでしょうが目を付けた転校生は気の強い合理主義者だったのです しかし嘉助の方はちゃんと又三郎の発見者強烈な感応者として働いてくれることになりました試行錯誤ののちあせって奇策を弄したりする又三郎の見えない姿は恐ろしくも幾分ユーモラスにまた憐れにも感じられます ここで改めてうらおもてをひっくり返してみると又三郎のまとわり付きとは三郎と風との関連を子供達が意識することそそのかしとは登場人物の何気ない言動が子供達の思い込みに沿うことあるいはそれを促進する方向に働くことのりうつり取り憑きとは極めて思いがけない突発的状況が奇しくも怪異の物のしわざそのものであると思い込まれることと言い直すことができますこれらはもちろんものがたりの表の相を言う言い方であることはお分かりでしょう ついでながら作品風の又三郎に捉えどころのない宙ぶらりんの感じ足が地に付かない感じを禁じ得なかったという方もこのように考えて来ることでものがたりを貫く筋が分かったと安心していただけるかも知れません さて以上のような裏側の見方あるいは深層構造を考えに入れても三郎は決して又三郎ではないということについては変わりはないということはお分かりいただけると思います 歌の問題 とここまで書いて来てたった一つだけ何か引っかかるところがあるような気がしてしょうがないのですそれは12日の冒頭先頃又三郎三郎のことから聞いたばかりのあの歌を一郎は夢の中で又きいたのですという一行についてのことです 単なる転校生である三郎がなぜ風の歌などを歌って聞かせたのか彼はその歌をどこから仕入れたのか何も知らされない私としてはなんとなく釈然としません 三郎に又三郎がのりうつって歌ったと考えることは出来ないように思いますのりうつりは何らかの切迫した危機的状況でのみ起こるはずです憑依された三郎がみんなに歌を聞かせるような場面は考えられませんいやあるいはその後完全に又三郎に取り込まれた三郎が全き風の精の化身として穏やかに歌ったのでしょうかいえいえもしそうならば最終日子供達があれほどまでに惑うはずがありません やはり三郎は自らの意志で風の歌を歌ったのに違いありませんしかしなぜ あれこれ考えてみるとこれはひょっとしてもしかしたら三郎は決して又三郎そのものではないとしてもと私も頭の隅のほんのかすかな妄想のうごめきのようなものを否定することが出来ないのです もちろん作品のこの部分は前身形風野又三郎からの横滑りに当たる所ですから作者の本当には意図しないうっかりが原因の齟齬だと考えることもできますしあるいは一郎の夢の中の錯覚だとして逃げてしまう手もあるでしょうがしかしもしこの冒頭部分が単に又三郎三郎のことがこんな歌を歌うのを一郎は夢の中できいたのですとなっていたら私はなんの引っかかりもなくこの項を書き終えてしまうことになっただろう それはまた寂しいことだと思いついてみるとなるほどこの部分は私にとって風の又三郎の汲めども尽きぬ魅力の源泉の一つとも言うべき妖しい熱水鉱脈でありいつまでもこのものがたりに惹かれ続けていく理由の大きな根拠ともなる部分であるのだなと思い定めるのです 三郎の正体については三郎の正体の根拠を参照してみてください後述の風の又三郎の謎や風の又三郎クイズ最後の問題みなさんの答えも参考になります なお私としてはもう一度サイトのおしまいの方でも考えてみるつもりです どうもほじくり過ぎてしまったような肉を削ぎ過ぎてしまったような気がしないでもありませんものがたりはもっと表層に意味を持つのだということも忘れてはならないと思います 私の読み方 そうですものがたりの深層構造は上記のようなものであったとしても作品のテーマは何かということになるともちろん答えは一通りではあり得ませんそれぞれの好みもあるでしょうが私はまず次のように読んでみました 山あいの小さな世界に住む子供達精神的にも社会的にも空間的にもより広い世界への渇望を内に秘めています その小さな世界に外の世界からの台風のようにやって来て日常をかき回しみんなを振り回す転校生三郎 敏感な嘉助は彼に異常な関心を持ってしまいほとんどそそのかされるようにその渦の真っ只中に引きずり込まれ危険な目に会います 三郎自身は徐々に自分の役割に気付かされていきます 一郎は努めて冷静に受け止めようとしますがこの出会いを自らの内なるものに自覚的に向き合い始めるきっかけとすることが出来たようです 台風と三郎はそれぞれの胸に何かを残し去って行きました 伝統的社会の因習に囲われた子供たちと別の種類の社会性を身につけた三郎とそしてその間にうまく位置することになった又三郎の概念そんな意味では又三郎こそがメディアでした子供たちには三郎は又三郎のような異人に見えますところが三郎にとっては又三郎はついに接近し尽くせなかった土着社会の象徴でしたそのメディア又三郎を中心として両者がぐるぐる回転しながら果たされた際どい接近遭遇のものがたり 三郎と子供たちはお互いの方向に又三郎を見ているまた村の子供たちは自然児です遠い町からやってきた三郎に比べれば土地の精を思わせると言ってもいいくらいの存在ですそんな土着の存在が外的世界の精を思わせる者と出遭って引きおこされた興奮緊張融合反発まるで神話に語られた人間くさい神々のドラマのようなものがたり風の又三郎は土地土地に神々が宿っていたそんな最後に近い時代の神話であると言うこともできるでしょう もう一つ指摘しておきたいのは嘉助の存在ですもしあの学校に嘉助がいなかったらきっと何事も起きなかったでしょう三郎と又三郎を結びつける触媒は嘉助だったのですそして事態は嘉助というメディアから伝染した集団的オブセッションだったのです三郎と又三郎を嘉助が結び付け子供たちはそれを見ている 嘉助の風の又三郎 作中には嘉助があいつは風の又三郎だと叫ぶ場面が七ヶ所にわたって配されこれがクサビとなって作の展開を引き締めていると言われます恩田逸夫風の又三郎國文學解釈と教材の研究昭和38・9學燈社それではおしまいに嘉助が全面的に正しかった場合つまり錯覚でも比喩でもなく本当に事実として三郎がまさに又三郎そのものであったとした場合のものがたりの意味を述べてみると大体こういったふうになるでしょう 又三郎は北海道生まれの若い風で父に連れられて長征に出ました 1日二百十日の風の仲間と一緒に東北上空に来た時風である自分が子供たちにどう受け取られているのか知りたかった又三郎は父にせがんで人間世界にまぎれ込もうとします正体を隠し人間の子供に化けた又三郎はガラスを割り石ころとともに教室に飛び込みましたでも化けきれていない又三郎は奇異な格好です嘉助のでまかせに言い当てられた又三郎は一旦姿を消し改めて帽子で髪を隠し態勢を立て直して校庭に現れました先生をだますのは訳ありませんでした 帰りには運動場が気になってしょうがありません若い又三郎は早速つむじ風を起こしてみたいのです 2日又三郎は運動場のどの辺がいいか考えましたそしてちょっと不用意につむじ風を起こしてしまったのです早速警戒されてしまった又三郎は嘉助たちが見張っているのでおとなしくせざるを得ません鉛筆騒動だってほんとの又三郎にとっては不本意な成り行きでした人の物はもぎ取ってみたいのです火の消えた消し炭を見ると吹き付けて火をおこしたい気持になるのですほんとはもっと暴れてみたいのです 4日又三郎は遠くの川を見て北海道で何度も見下ろした雄大な川を思い出しました 朝から待ちきれなかった又三郎は好機をとらえついに思い切り吹き荒れようとしますしかし子供たちにとっては強烈過ぎたことを知り事態を収拾しますがこのとき嘉助に正体を見られてしまったことには気付きません馬は上空から見つけて強い風を吹きつけてなんとか嘉助のもとへ連れて来ました 6日又三郎のお母さんはヤマブドウをたくさん吹き落として発酵させ良い匂いを辺りに吹き広めるのが得意なのでした 又三郎はこの日は小出しに風のしわざを演じて見せますたばこの葉をむしると思いがけず激しい反発を受け青い栗のイガを落として反応を見もっとちょっかいを出したい又三郎は木のしずくをかけて耕助を挑発して風に対する子供たちの考えを言わせまた風の方の言い分も言ってみます又三郎たち風はつねづね風車を回すことに自負を感じているだけにそこは十分説明したいのでした 7日風としてあちこち飛び回る又三郎はその広い見聞をひけらかしたくてしょうがありません同時に人間の子供としてはどうふるまっていいのか少しとまどっている又三郎です 又三郎は川の上を静かに渡るのが得意ですみんなの泳ぎは水を乱しすぎるのですでも潜るとなると又三郎も不得意です 鼻の尖った男は風の仲間の乱暴者です川を荒らしながら又三郎に近づいて来ました 8日夢中のうちに思わず又三郎は本性を顕わしそうになりますその時自然に対して敏感な子供たちが無意識のうちに三郎の正体を言い当てる声を上げましたたかをくくっていた又三郎はショックを受けます正体をズバリと言い当てられて退散する怪物という典型的な民話モチーフそのままにということができます 12日子供たちには本当には気付かれてはいなかったのですが早合点をして神通力を失った又三郎は二百二十日の仲間のしんがりで名残惜しげに去っていきます 又三郎は一郎にさよならを言いたかったのですがまた青い栗を落として贈るのが精一杯でしたそして最後まで学校を吹き付けて別れを惜しんでいます さあこう見てみるとこれもまた何と面白いファンタジーおとぎ話でしょうかある種の教育的場面ではむしろ積極的にこのような読み方を示唆した方が良い効果を得られることもきっとあるでしょう しかし作者は決して直接このように受け取られる書き方をしていないことつまりこの作品を単なるおとぎ話として書いたわけではないことに留意したいと思います 作品冒頭のどっどどどどうどという魅惑的で力強い歌により膨らまされた幻想的ものがたりへの期待は4日のクライマックスと思える場面での急速な現実への撤退によりあっさりとしぼまされてしまいますまた8日では極めて現実的で緻密な遊びの描写の連続を幻想的叫びが一気に収束させますがそれは全くあとを引きません この作品での幻想的要素は決定的な場面を演出するものでありながら抑制的瞬間的なものにとどまっており幻想ものがたりだと思うとふっと現実に引き戻され現実だと思うとふいに幻想が介入するそんな一種不安定な構造を支えているのです また例えば又三郎が空を飛んだ4日は日曜日でしたもしそれが4日ではなくて同じ日曜日でも11日に設定されたのだったらものがたりの流れは次のようになったでしょう又三郎はまず6日に子供たちと軽いジャブの応酬を行い8日に子供たちから逆襲を食らい11日に決定的な姿を披露しそしてすぐに去って行く このような流れの方がお話としては随分自然で安定していますしかし実際の流れは次のようなものです いきなり4日に決定的な姿を現したように見えるのに6日にはジャブの応酬8日に逆襲を食らいそのあと謎の空白を挟んでから隠れるように去って行く これはまた単なるおとぎ話にしては何と含蓄的過ぎる展開でしょうこの意味で映画化された作品ではいずれも葡萄採りの場面を上の野原行きよりも前に設定しているのが注目されますあくまでも現実を離れない上での虚実のせめぎあいが構築した独特の世界それが風の又三郎の世界なのだと思います 風の又三郎の一般的な評価は各種の事典類によって知ることができます 事典に見る風の又三郎 もっと考えてみたい方へ 以上はごく基本的な読解の手引きにすぎません大きな本屋さんへ行くと独立した宮沢賢治のコーナーがあってそして宮沢賢治の童話というようなタイトルの本がいくつも並んでいますそれぞれに独特の視点からの読解を披露していますのできっともっともっと興味ある発見にめぐり会わせてくれることでしょうなお風の又三郎をタイトルとしたものは次の三点です 謎解き風の又三郎天沢退二郎丸善ライブラリー原作草稿の成立過程を解き明かしながら様々な記述の矛盾点にこだわって作品の意味を考えている宮沢賢治風の又三郎論山下聖美D文学研究会父性原理に支配される子供たちと母性原理を希求する三郎との葛藤の物語と見る宮沢賢治風の又三郎精読大室幹雄岩波現代文庫作者論宗教論物語論童子神としての高田三郎の拠って来たるところ作品自体を詳細に精読しているわけではない
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三郎の正体の根拠 三郎が又三郎である根拠三郎がただの人間である根拠 この作品の本当のタイトルが風野又三郎であるちなみに前身作風野又三郎の主人公は風野又三郎と名のる風の精とすれば作者はこの風の又三郎でも同じ精を登場させたのではないか本文中には一度も風野又三郎という表現はないとすればこの作品には風の精は登場していないのではないか 9月1日に登場した時の三郎の姿がみんなから見ておかしすぎる 風が吹いてきた時にやっと笑って少し動いたようなのは怪しい そのあと急に姿を消すのも怪しい 先生は三郎のことを全く不審に思っていない 先生が三郎以外に言っているのに三郎が手を挙げたのは小学生としては常識はずれである 通信簿も宿題帖も持っていないのは学校へ行っていないからではないか 9月2日につむじ風を起こした たった一本の鉛筆を他人にやるというのは小学生としては常識はずれである 消し炭で筆算するというのも常識はずれである 授業初日に国語唱歌数学と難なくこなしている 9月4日に空を飛んだ嘉助の夢であることが明らか 色のなくなった唇をしていたのはただの弱い人間であることを示す お母さんが葡萄を樽に二つ漬けたというのは人間くさい風の精はそんなことはしないだろう 9月6日に風のしわざのようなことばかりする 耕助の挑戦に対し僕が世界中になくってもいいってどういうんだい?と言わずに風が世界中にと言っている自分は風ではないと暗に言っているようだ風野又三郎では主人公は同様の場面でちゃんと僕たちが世界中にと言っている 耕助との論争で風の味方のようなことを言う 9月7日にみんなの泳ぎを笑ったのは風の習性水の上をさらさら渡るからではないか自分の泳ぎに自信があるような物言いをするのは人間だからである風は泳いだことないだろう 9月8日に風という正体を見破られたような狼狽ぶりを示す不思議な現象に驚くのは人間臭い自然の精ではないだろう いつかみんなに風の歌を歌って聞かせたらしいただの人間はそんなことしない 三郎の言動がしばしば孤立的である三郎の言動が細部にわたって人間臭い いちばん分別のある一郎が終始嘉助の見方に懐疑的である 地の文でも途中から三郎のことを又三郎と言っている 作者は執筆当時現実から離れない世界を描きたいと思っていたのではないだろうか
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事典に見る風の又三郎 風の又三郎の一般的な評価は各種の事典類によって知ることができます各書から一部抜粋させていただきました 国語辞典 大辞泉小学館 山奥の小学校に転校してきた少年を村の子供たちが風の化身と思い込み親しみと畏怖の念を抱く姿を描く 言泉小学館 前記にほぼ同じ 大辞林三省堂 東北の小学校に転校してきた少年を村の子供たちが風の化身と思い恐れ親しむ姿が自然の中の遊びを通して描かれる 日本国語大辞典小学館 大風の吹く日に転校してきた少年を風の化身と思い込み親しみと畏怖の念を抱く谷川の小さな分教場の生徒たちの姿を郷土色豊かに描く 百科事典 日本大百科全書小学館 日を追ってエピソードが進行するうちに子供達の気持ちは高田三郎を又三郎とみる嘉助とそうでないとみる一郎の間で揺れ動く 自然とともに息づくような表現によって地方色豊かに造型された少年文学の傑作 旺文社百科事典エポカ 村童スケッチ系の後期の代表作 土俗信仰的な風の具象化又三郎に対する村童の親近感と恐怖感の入りまじった気持ち 賢治童話の一要素である郷土性の豊かな名作 国民百科事典平凡社 宮沢賢治の童話の代表作 空想性のつよい賢治作品中でめずらしく写実的に子どもの姿をとらえ美しい自然の中に神秘性と科学性をとかしこんでいる 説明中おりまぜた短編挿話の中にひかりの素足を含めているのが珍しい 玉川児童百科大辞典誠文堂新光社 東北の自然を背景として民話性と現実性をまじえて小学生たちの心理や生態をいきいきと描いた作品 マイぺディア98日立デジタル平凡社 全編を通じて風の吹き鳴る自然描写の中に又三郎への恐れと親しみを写実的に描き賢治童話の代表作 文学事典 日本文学事典平凡社 山村児童の生活感情豊かな世界を生き生きと描いた作 最初の原稿風野又三郎をよりリアルに書き改めたもの 賢治の童話中の四大長編の一つ他はポラーノの広場グスコーブドリの伝記銀河鉄道の夜 近代日本文学辞典東京堂出版 異稿風野又三郎を一層芸術的に深化したもの 賢治童話中郷土的色彩を有するものの代表的作品 賢治の諸傾向を代表するものの一つ 日本文学鑑賞辞典東京堂出版 村童スケッチの集大成と見られる 制作の主眼は三郎よりも嘉助に代表される村童たちの心理である 自然に対する神秘感としてはしんとしてという表現がしばしば使われている下記参照 賢治童話の一要素である郷土性を代表する作品で方言文学としても興味がありまた彼が農学校の教諭をしていた経験に基づく学童ものの一つ 児童文学辞典東京堂出版 又三郎に対する親愛感と神秘感と三郎に対する現実感とが微妙に交錯する村童たちの素朴な心象が中心 自然村童民俗信仰などの郷土的要素を集大成した長編童話である 日本文学史辞典角川書店 三郎を風の子又三郎だと考える小学生たちの素朴な心理を外枠に自然の中でいきいきと遊ぶ村童の集団の生態を描く 終結部は現実の中に空想世界が渾融する子どもの心の世界を見事に照らし出している 日本現代文学大事典明治書院 初期形風野又三郎から童話種山ケ原さいかち淵を取込みさらに小さな分校の村童の実際を取材するなどして岩手の小学生たちの現実をふまえた物語に改稿した 農山村の子供たちの暮らしぶりや仲間意識が日常の遊びや学校での生活を通じて見事なまでに捉えられると同時に転校生の持つ謎めいた雰囲気が呼び起こした土地の子供たちの共同性に底流する伝承や自然への畏怖を浮かび上がらせている 児童文学事典東京書籍 風野又三郎から一転してリアルな筆致で描いた 豊かな自然描写と心理描写の照応のうちに鮮やかに造型している とりわけ九月八日の章は戦慄的である 冒頭と終章に出てくる風の歌もまことに象徴的印象的効果的である 名作の研究事典小峰書店 子供達は三郎を風の神のように考えるそしてこの神秘的な存在がいつのまにか少年たちを取りまく大自然の中にとけこんでいく しかも二百十日という気象の変化と結びつけていくところにこの童話の興味が一段とましてくる この童話のように現実世界の子どもをえがいたものはこの作者にしてはめずらしいもの 賢治童話事典別冊國文学宮沢賢治必携學燈社より 天沢退二郎宮沢賢治の彼方へ思潮社昭43はぼくの詩的問題のいくつかをして宮沢賢治の作品を通過させてみよう賢治の作品を通過することによってはじめて形をとる詩的問題を提してみたいとの立場から作品の彼方の深淵が風景のこちら側にその使者を送ったことに作者が気づいたそれがこの作品を書いたことの意義だとする 一般的には村童物語の集大成とみる境忠一評伝宮沢賢治桜楓社昭43は馬の頭巾種山ヶ原から十月の末谷さいかち淵みぢかい木ペンなどを中心にした村童スケッチが初稿風の又三郎の風の精と科学啓蒙話を村童物語の現実に近づけ江刺郡種山あたりの山村を舞台にしているので種山ものの集成とする 恩田逸夫は風の又三郎解説岩波書店昭38で嘉助に代表される村の子供たちが三郎を通して又三郎への親しみと畏れを抱く心理描写が作品の主題だとみる佐藤通雅童話風の又三郎国文学昭50・4は現実超現実の激しい交錯またぎりぎりのせめぎあいがこの作品の要とする 続橋達雄風の又三郎をめぐる断想賢治研究昭54・2はわらべ唄と関わる一面をさぐろうとする なお古賀良子賢治の少年小説について四次元昭32・3は初期形と最終形の違いを分析初期形が科学と民話と村童描写とは未だ個々別々で教訓性もかなりむき出しなのに対し最終形では転校生高田三郎を中心に素朴な東北の童子の生活と心理がリアリスチックに描かれている点に注目この面の掘り下げも今後の課題の一つ しんとして及び類似の表現については美しい自然しんとした風景参照
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なぜ風か 風の又三郎はなぜ風の又三郎なのでしょう雨のでもなければ雪の霧の雲のでもありません 風というのは空気の密度の差によって引き起こされる現象です気圧の高い所と低い所が接する場面では空気は穏やかではあり得ません空気の分子はただひたすらに空隙を求めて走りますその時には分子の走りようは自らの求める最短最良の軌跡を取ることを許されることがありませんただカオスの原理に従って闇雲に見える野性的曲線を描くばかりです そんな風の原理が選ばれてこその風の又三郎であるのでしょう三郎と子供たちのそのあわいに発生するものは風でなくてはなりませんでしたそしてやはりその三郎の気団と子供たちの気団との前線の風はカオスの曲線を描いたのです 風が吹くとはただ風が吹く側のことのみを意味するのではありません風が吹くとは何かが吹かれて初めて言われることです 何かが吹かれるとは圧力を受ける吹き動かされる動揺変形を余儀なくされることを言います 別冊國文學宮沢賢治必携學燈社では佐藤義勝氏は春と修羅の表現四次元昭和43・1宮沢賢治研究会で詩集春と修羅を調べその詩から風が吹く対象物を変形させる表現を持つ特色を捉えたと紹介されています 風の又三郎ではその特色が純化されているのでしょうその風の歌からもわかるように風は激しく吹き猛烈に揺さぶります テレビでのある芝居の一場面です河童沼のそばに住むという少年が漁師の脚を治して去りますあわててあとを追った女房が外へ出てみると時ならぬヒューヒュー強い風が吹いてきて木々の枝が大きくゆれますそしてこの情景だけで女房も観客もテレビの前の私もすぐにああ少年は河童だったのだなと了解するのです 風はこのように何か非日常的なもの超感覚的なものの気配を感じさせるものだと私たちは理解していますところが普段私たちは生活の中で風が吹いたからといって何かの気配を感じるということがあるでしょうか自宅の周りとか通勤の途中とか風は常に吹いていますが私はそれによって特別なものの気配を感じたということはありませんけだし私は芝居の中という形式的情景に合わせて形式的に理解したにすぎません 登山に行ってどこかの山小屋に緊急避難して一人で過ごす夜ならば風の音に恐ろしい何かを感ずることはあるでしょうしかし現代科学文明社会の日常の中では私たちは自然現象の持つ人間に対する本来の意味を感じる感覚をほぼ失ってしまっています東北地方の人々が風の三郎様の伝承をついこの間まで伝えていたと言われるのはそのような自然の本当の意味を感じる感覚を持ち続けていたということなのでしょう とこのように考えてきてしかしもう一度思い直してみると私は芝居の場面を見て河童の気配をどうも半分は知識ではなく本当にゾーッと感じたような気がします小説や映画やのさまざまな記憶がそのように仕向けているだけとは思えなくなってきました現代社会の私たちにも残されている本能に関わる部分が何かを感じているのではないでしょうか 雨が降っても雪が降っても霧が出ても雷が落ちてもどんな雨カンムリが出てきても風の引き起こす気配に勝るものを感じることはないように思われますなぜ風がそのような力を持っているのか簡単に言えば目に見えない透明なものが辺りの物をゆすぶる不思議さから来るといえばいいのでしょうか雨や雪やいろいろのものは皆そのもの自体の姿を目撃されるのだけれど風だけは自身を見られるのではなく他を動かす作用のみを目撃される しかもそれがどこから来てどこへと去って行くのかさえも不可知であるようなそんな根源的な不思議の存在が人間の本能の奥底に訴えかけているのだということだけは間違いないように思われます
あききぬとめにはさやかにみえねどもかぜのおとにぞおどろかれぬる古今集一六九わがやどのいささむらたけふくかぜのおとのかそけきこのゆふべかも万葉集四ニ九一秋風引何處秋風至蕭蕭送雁羣朝來入庭樹孤客最先聞秋風のうた劉禹錫いづれのところよりか秋風いたり蕭蕭として雁群をおくる朝来庭樹にいり孤客もっともさきにきく
風尋常小学唱歌風よ風そもいづちよりいづちふく草の上やぶの中岡を過ぎ谷を過ぎ鹿も通はぬ奥山こえて風よ風そもいづちよりいづち吹く池の上森の中村を過ぎ里を過ぎ鳥も通はぬ荒海こえて夜はふけぬ燈消してねに行けば泣くがごとむせぶごと戸をたたきまどをうつ風やうらやむ我が此のふしど夜は明けぬとく起出でて園見れば草はふし木はたふれ花は散り実は落ちぬ風や荒れけん夜すがら此処に 風クリスティナロゼッティ西条八十訳誰が風を見たでしょう僕もあなたも見やしないけれど木の葉をふるわせて風は通りぬけていく誰が風を見たでしょうあなたも僕も見やしないけれど樹立が頭を下げて風は通りすぎていく 風が運ぶメッセージ別役実朝日新聞1989年3月2日誰が風を見たでしょうクリスティナロゼッティ作西条八十訳という歌があるこれは僕もあなたも見やしないと続きけれど木の葉をふるわせてと転調し風は通りぬけてゆくとなるのだ風というもののありようを見定めるための美しい形式として覚えておいていいことかもしれない どっどどどどうどどどうどどどうという風の又三郎の冒頭から聞こえてくる歌はもっと奥深いところから見えるも見えないもなく湧きあがってくるもののように思えるがにもかかわらずこの谷川のほとりにある小さな村の一郎や嘉助など子供たちを木の葉のようにふるわせ再び風と共に吹きぬけていったという意味でやはりこの同じ形式を踏まえたものだと私には思われる 風が木の葉のふるえによって知られるように風の又三郎もまた夏休みあけのほんのひとときを彼と一緒に遊んだ一郎や嘉助など子供たちの心のときめきによってのみ知られるのである言葉を変えて言うとこの形式さえ踏まえることが出来れば誰でも風のもたらす智恵を風の又三郎のメッセージを聞きとることが出来るということであろう かつて我々は誰でも谷川のほとりの小さな村に住む子供だったそこには冬があって春があって夏があって夏休みあけの秋口あのいつもの風が吹いていたのであるそしてそれはまた嵐となってタスカロラ海床を目指して吹きぬけていったのである 風は吹いてきて伝えまた吹き抜けてゆく伝えられるためには吹かれるところに立たなければならないそして木の葉のようにふるえなければならないもしかしたら風の又三郎という作品は我々をそこに立たせてくれるためのガイドブックなのである劇作家 宮沢賢治は風をどう見ていたのでしょう彼の遺した兄妹像手帳には次の詩がありますわが雲に関心し風に関心あるはたゞに観念の故のみにはあらずそは新なる人への力はてしなき力の源なればなりその他の作品より風からも光る雲からも諸君にはあたらしい力が来るポラーノの広場初期形雲からも風からも透明な力がそのこどもにうつれあすこの田はねえ風とゆききし雲からエネルギーをとれ農民芸術概論綱要 作者が風とどのように交感していたかその秘密の一端を垣間見ることのできる記述がサガレンと八月の冒頭に見られます 何の用でここへ来たの何かしらべに来たの何かしらべに来たの 西の山地から吹いて来たまだ少しつめたい風が私の見すぼらしい黄いろの上着をぱたぱたかすめながら何べんも何べんも通って行きました おれは内地の農林学校の助手だよだから標本を集めに来たんだい私はだんだん雲の消えて青ぞらの出て来る空を見ながら威張ってそう云いましたらもうその風は海の青い暗い波の上に行っていていまの返事も聞かないようあとからあとから別の風が来て勝手に叫んで行きました 何の用でここへ来たの何かしらべに来たのしらべに来たの何かしらべに来たの もう相手にならないと思いながら私はだまって海の方を見ていましたら風は親切に又叫ぶのでした 何してるの何を考えてるの何か見ているの何かしらべに来たの 私はそこでとうとうまた言ってしまいました そんなにどんどん行っちまわないでせっかくひとへ物を訊いたらしばらく返事を待っていたらいいじゃないか けれどもそれもまた風がみんな一語づつ切れ切れに持って行ってしまいましたもうほんとうにだめなやつだはなしにもなんにもなったもんじゃないと私がぷいっと歩き出そうとしたときでした向うの海が孔雀石いろと暗い藍いろと縞になっているその堺のあたりでどうもすきとおった風どもが波のために少しゆれながらぐるっと集って私からとって行ったきれぎれの語を丁度ぼろぼろになった地図を組み合せる時のように息をこらしてじっと見つめながらいろいろにはぎ合せているのをちらっと私は見ました また私はそこから風どもが送ってよこした安心のような気持も感じて受け取りましたそしたら丁度あしもとの砂に小さな白い貝殻に円い小さな孔があいて落ちているのを見ましたつめたがいにやられたのだな朝からこんないい標本がとれるならひるすぎは十字狐だってとれるにちがいないと私は思いながらそれを拾って雑嚢に入れたのでしたそしたら俄かに波の音が強くなってそれは斯う云ったように聞えました 貝殻なんぞ何にするんだそんな小さな貝殻なんど何にするんだ何にするんだ おれは学校の助手だからさ私はついまたつりこまれてどなりましたするとすぐ私の足もとから引いて行った潮水はまた巻き返して波になってさっとしぶきをあげながら又叫びました 何にするんだ何にするんだ貝殻なんぞ何にするんだ 私はむっとしてしまいました あんまり訳がわからないなものと云うものはそんなに何でもかでも何かにしなけぁいけないもんじゃないんだよそんなことおれよりおまえたちがもっとよくわかってそうなもんじゃないか すると波はすこしたじろいだようにからっぽな音をたててからぶつぶつ呟くように答えました おれはまたおまえたちならきっと何かにしなけぁ済まないものと思ってたんだ 私はどきっとして顔を赤くしてあたりを見まわしました ほんとうにその返事は謙遜な申し訳けのような調子でしたけれども私はまるで立っても居てもいられないように思いました そしてそれっきり浪はもう別のことばで何べんも巻いて来ては砂をたててさびしく濁り砂を滑らかな鏡のようにして引いて行っては一きれの海藻をただよわせたのです そしてほんとうにこんなオホーツク海のなぎさに座って乾いて飛んで来る砂やはまなすのいい匂を送って来る風のきれぎれのものがたりを聴いているとほんとうに不思議な気持がするのでしたそれも風が私にはなしたのか私が風にはなしたのかあとはもうさっぱりわかりませんまたそれらのはなしが金字の厚い何冊もの百科辞典にあるようなしっかりしたつかまえどこのあるものかそれとも風や波といっしょに次から次と移って消えて行くものかそれも私にはわかりませんただそこから風や草穂のいい性質があなたがたのこころにうつって見えるならどんなにうれしいかしれません また童話集注文の多い料理店の序も見逃すことは出来ません わたしたちは氷砂糖をほしいくらいもたないでもきれいにすきとおった風をたべ桃いろのうつくしい朝の日光をのむことができます またわたくしははたけや森の中でひどいぼろぼろのきものがいちばんすばらしいびろうどや羅紗や宝石いりのきものにかわっているのをたびたび見ました わたくしはそういうきれいなたべものやきものをすきです これらのわたくしのおはなしはみんな林や野はらや鉄道線路やらで虹や月あかりからもらってきたのです ほんとうにかしわばやしの青い夕方をひとりで通りかかったり十一月の山の風のなかにふるえながら立ったりしますともうどうしてもこんな気がしてしかたないのです ほんとうにもうどうしてもこんなことがあるようでしかたないということをわたくしはそのとおり書いたまでです ですからこれらのなかにはあなたのためになるところもあるでしょうしただそれっきりのところもあるでしょうがわたくしにはそのみわけがよくつきませんなんのことだかわけのわからないところもあるでしょうがそんなところはわたくしにもまたわけがわからないのです けれどもわたくしはこれらのちいさなものがたりの幾きれかがおしまいあなたのすきとおったほんとうのたべものになることをどんなにねがうかわかりません 風の又三郎を吹く風 風の又三郎ではあたりまえといえばあたりまえですがさまざまな場面で風が吹いて来ますごく自然な普通の風もあるでしょうが何かを象徴する特異なものもありますこのものがたりではこのようなさまざまな風の持つ意味について掘り下げて考えてみることは特に意義のあることと思われます直接風を表現するオノマトペは赤字でそれ以外のものは青字で表しました この歌はものがたりの前奏曲であって9月1日の空に吹いている風というわけではなさそうだ 風は息をしている風速や風向が絶えず変化しているのである風の息の程度は風速が大きいほどまた野原よりも森林を吹くときに激しくなる複雑な摩擦により形成される空気の渦の規模が大きくなるためであるどうという音は風による遠近の葉ずれや気塊気柱の共鳴空気の渦による音などの総合したものそれがシンコペーションを交えながら方向を変えて行き来している気柱の共鳴については作者の別の童話おきなぐさに記述がある 大きく口をあくと風が僕のからだをまるで麦酒瓶のようにボウと鳴らして行くくらいですからね なおこのオノマトペは作者の完全なるオリジナルというわけではない岩手のわらべ唄からヒントを得たものらしい 風の歌のメロディー作者は執筆中に以前の教え子であった沢里武治氏にどっどどどどうどの歌の作曲を依頼していますこの作品の冒頭を実際にメロディーの付いた歌いあげることのできる歌で始めたかったようなのです 沢里氏はのちに思い出を書き記しています風の又三郎賢治の童話 どつどどどどうどどどうどどどう有名な風の又三郎主題歌であるこれはまさしく風の音なのだがこれを風の音律として朗誦し得る人はあるまいいやわたしだけしか知らないだろうということである 宮沢賢治先生が上郷地区の石灰岩を調査するという名目で小生宅を訪ねて下さることの葉書を頂戴したのは昭和5ママ年の或日のことであるその日わたしは宙を翔ける心地で軽鉄遠野駅に先生を出迎えそのまま車中ならぬデツキにならんで立つたのだがやおら先生は首につるした例の銀製シヤープペンシルで書いたと思われる主題歌どつどどの紙片をわたしにつきつけ今でもはつきり耳に残つているあの朗朗たる声音でどつと詠み出されたときには全くドキツとしたどどどどう 余りにも強烈な余りにも鋭い気魄に度肝を抜かれてしまつたのである何といつたらよいか全く無我夢中といつてはあたらないし呆然という表現も彷彿とはしないし ガツタンゴツトンだつたかどうか記憶にないが何せ軽鉄線仙人峠駅へ向う上り勾配を喘ぎ走るその車輪の騒音をも打ち消してはつきり耳朶にしみ通る韻律を以て一気に朗誦されるのだつた あアまい果淋ママも吹きとばせエーさて本論に入るのだがこれに曲をつけろという御託宣であるつまり作曲を仰せつかつたのであるわたしは夢中でおしいただいたさてそれからがわたしの夢遊彷徨がはじまるのである或時は森の下部落名から猫川の川原今の上郷小学校校舎から上郷中学校へと続く一帯の松林をうろつきまわり又或場合は風の日を選んで新平田滑田峠に風の旋律とそのリズムを捉えようとあせつた 然し先生のどどどうゴゴゴーツというあの音調は風の中から採譜されるようなものではないように思えたものの何回かいや何箇月か繰返し探し求め続けた だがだが所詮わたくしにして成し得る業ではなかつたのであるやがてわたしは花巻は豊沢町のお店に先生を訪ねてもぞもぞと詫びごとを言上に及んだ先生は黙つては居られたが大変がつかりされた様子でしばらくの後静かに稿本風の又三郎開巻第一頁に楽譜風の又三郎を掲載するつもりであつたことを語られこの上は誰にも作曲は頼まないとつぶやかれた あの時の青白い先生のお顔とその前にかしこまつてふるえているわたし自身のあわれな姿は今もはつきり思い出すことが出来る略遠野地区校長会会報いちい第二号昭和48・3・20所収校本宮澤賢治全集第六巻筑摩書房の引用より ところで宮沢賢治全集7ちくま文庫の解説天沢退二郎氏によると沢里氏はこの時の紙片には冒頭の部分がどっどどどどうどどどうどどどうたてがきという字配りで書いてあったと語っているのです また岩手在住の宮沢賢治研究家板谷栄城英紀氏がNHKラジオで語ったところによりますと沢里氏が作者の朗読のようすとして再現したのは息を思い切り吸って勢い良くダッダダダダアダダダアダダダアというものであったといいますとすれば作品の字面から受ける印象以上に激しい風を思い浮かべた方が良いかもしれません さてこのことがあってのち後悔の念にかられた沢里氏は岩手師範学校専攻科に入って音楽の勉強をやり直すこととなったとご本人が述懐されています 風の歌は作者の亡きあと映画の中で歌われることになります映画風の又三郎参照 昭和15年の風の又三郎では杉原泰蔵氏が作曲して有名となり平成元年の風の又三郎ガラスのマントでも同じ曲が使われました昭和63年のアニメ作品では宮下富実夫氏が作曲しています作者の期待の大きさを考えれば慎重な曲作りとならざるを得なかったでしょう果たして作者のイメージに ものがたり開幕のファンファーレであり主人公登場を予告する意味ある風でもある高みから暗に辺りに宣言するだけの強い吹き方 何もない空で音が鳴るのは空気の一様でない流れ同士が摩擦して渦を作ることなどによる 不思議な少年との密接な関係を疑わせる風木の葉の裏側の青白さが風景を変え不気味な印象をもたらすだけでなく子供達のすぐ傍でがたがた鳴る 写真のポジがネガに反転するように風景が一変し不安な気持ちをかき立てる情景の作者独特の常套描写 不思議な少年を去らせた風孫悟空のきん斗雲のようなもの向う方向へみんなを取り残して去って行く 三郎と嘉助は去っても掻き乱された空気は収まらない当然話は続く 日常の風しかし今日は何か違って見える これは日光によってグランドが周囲の草地よりも暖められて上昇気流が起こりその低気圧状態に周囲の空気が流れ込んで巻き上がる塵旋風ジンセンプウである固く巻き上がったつむじ風はしょっちゅう見られるものではないタイミングは三郎との関係を疑わせるに十分 なお強く高いつむじ風の外形は錐状や放物線状というより下部が細く中空で急に太くなることが多い的確な表現と言える 自然の風に対して本気ではないが十分意識している 波乱を予告する常套的な風木々の葉鳴りはいつも不安を掻き立てるものだ かすかな前触れの風ものがたりの進行を促す草原の風とは荒涼さそのものだ もう覆われてしまっているもうすぐ風は降りてくる 以上はものがたりの深層モチーフが吹かせる風嘉助の内面を吹き渡る風と同時にここまで彼を巧妙に導いてきたのは三郎であるからこの風も当然三郎但し無意識の三郎言い切れば又三郎が吹かせる風 風の姿は草々の姿によって描かれる悪霊としての風風はその内面の奥底の深淵を覗き込めと誘うが嘉助にはまだ訳が分からず代償としての夢をみる夢の中にも風が吹いている夢による昇華作用にもかかわらず風はすぐに収まる訳ではない 作者独特の特異な表現が際立っている 過去をどんどん洗い流す風新しい場面と展開を用意するこの後小康状態を得て風は吹かなくなる7日に至っては風は死んだように眠っている 再びものがたりの深層モチーフが吹かせる風妥協を許さない覚悟を迫る風今度は三郎の内面の奥底を吹く風がこのあと一瞬表面に躍り出て宣言するだが三郎本人には気付く用意が出来ていない風は再び深いところに退却する他はない 強烈な日差しによってたっぷり暖められた大気その上空に忍び寄る秋の冷気大気の状態が極めて不安定となるのはこのような時であるそこに発生した局地的な前線が通過する時天候は急変するこの時を境としてこの地方は本格的な秋に入ったと思われるひゅうひゅうというのは木々の枝などの風下に生じる空気の渦の連発カルマン渦による音エオルス音一定以上の強い風によってはっきり聴こえるエオルス音については十月の末に記述がある電信ばしらがゴーゴーガーガーキイミイガアアヨオワアゴゴーゴゴーゴゴーとうなっていますこれはエオルス音が電線の固有振動と共振している様子を表しているほかにもシグナルとシグナレス 月夜のでんしんばしらに同様の記述が豊富にある 私事に亘るが私自身の幼年期の記憶が皮膚の上に甦る思いがするしかしついこの間まで伝えられてきたこの国の基底生活感覚とも言うべきものは遅くとも昭和40年代を境として今は影もないように思われる果たしてそんな現代にこのような記述のうちの何が真に伝わるというのだろうかその時代を知らなければ文学作品は理解できないのかと問われれば 知っている者からすればそうだと答えるしかない稲作及び稲藁による生活用品土間及びイネ科植物の敷物の上での庶民の生活スタイルなどに特徴付けられる広義の弥生時代は有史以前から昭和30年代まで2千年以上続き突然断絶したその意味で日本史はここに二分されるというのは私だけの妄想ではない例えば鑑賞の手引き19月12日の注をごらんいただきたい ほんの一世代のうちに旧世界は失われてしまったのであるこのようなことは明治維新期にもあり得なかったであろう とすれば昭和に生きた日本人が時代劇を理解するよりも平成の若人が昭和前半の生活感覚を理解する方がずっと困難であるのは無理もない幸か不幸かそんな稀有な時代に生きる若い読者は少なくともここでは自分の知っている風とは違う風が吹いているのだと覚悟しなければならないだろう ものがたり総ざらえの風全てを根こそぎ持ち去ろうとする台風一郎の見るものには皆去りつつある三郎の影が感じられる風はまずさらさらと心の中のわだかまったものを流し始めるそれからどかどかと思いを昂進させるアドレッセンス前段の少年の妖しくも狂おしい存在に惹かれる心理と計らずも見つけたその対象を今失おうとしている心理を描くこの秀逸な場面は一種官能的な迫力を備えている 異形の転校生との出会いに触発され掻き乱された少年達の心のいっときの喘ぎの声々風の又三郎の中心はこれだと見ることができるものがたりは少年期の心にふいに現れてさまざまに惑わし時には命の危険にまで誘い込みそしていつしか拒否されてあるいは憑き物が落ちたように去って行く成長の重大局面の一部始終なのである この朝雲は北へ流れて台風の中心が北西方向にあることを示している暴風は盛りにかかっている 風はこの期に及んでも二人を翻弄してやまない 風はまだ何かを言いたそうに所構わず吹き付ける 最後のなごり遠く去りながらも一瞬近くへ鳴り響くものがたりは未完だと言いたそうに つかの間この世に存在を許され自然の摂理に従って程なく消え去りゆくもろもろの自然現象たちのこの世に対する限りない愛惜の念と悲しみと言えば悲しみと言えるそれらの存在のしかたそのものがわれわれの心を打つのだということを言ってみたくなるような最終場面 がたがたは三郎の苗字高田であると天沢退二郎氏は前出謎解き・風の又三郎で冗談めかして言っている 風についての気象学的解説は参考作品紹介風野又三郎を読むにもあります 強い風の日に森や林の入口に立ってその奥の方から聞こえてくる風の音を聞くときあなたは何を感じますか? ザワザワいう無数の葉ずれの音に木々の枝が風を切る無数の音が混じってゴーッと唸っているのはあれは確かに風の音に違いありませんがしかしあの恐ろしいような物凄いような底知れぬような人を立ち竦ませてしまうような音を私はただの物理的音響の無意味な集合だと思うことができませんそれにしては余りにもはっきりと意味を持って襲いかかってくるではありませんか もしもその風の音の奥に何か人格的とでも言うか何らかの意志の力が存在しているのだというのであれば私はあの圧倒的に襲いかかられる感覚の理由を容易に納得するでしょう なぜ私はそのように感じてしまうのでしょうか 森や林とそこに吹き付ける風というこの組合せが何か神秘的なまじないのように働いて私をすくませ追い立てるのは遠い昔の私の祖先が裸で大自然に曝されていたときの感覚の長期!記憶の一部なのに違いありません私の祖先は森の中の風の音にすくませ追い立てる神を感じていたのではないでしょうか
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台風模式図ものがたりの舞台付近赤丸で北へ向かって風が吹くときは台風の中心は図の方向おおよそ北西にあります台風が小型なら中心はもっと赤丸に近いでしょうが方向は同じです

千島カムチャツカ海溝タスカロラ海淵進路風向

緑の矢印は8月の赤の矢印は9月の台風の標準経路北半球では風を背に受けて立ち左手を斜め前方に上げればその指さす方向に台風などの中心がある南半球では右手になる―バイス・バロットの法則バイス・バロットボイス・バロット ChristophHendrikDiederikBuys-Ballot1817-90低気圧の風向については参考作品紹介風野又三郎を読む参照タスカロラ海床とタスカロラ海淵については鑑賞の手引き19月12日の注参照
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美しい自然 子供たちの躍動を取り巻くさまざまな自然の印象的な記述は風の又三郎のなくてはならない重要な要素です今そのポイントを美しさとダイナミズムと見てみましょうまず冒頭の学校周辺の描写や四日の雨上がりの風景などによってものがたりがこよなく美しい世界の一断面であることを私たちは忘れないでいることができます また風景はうねるように震えるように時時刻刻の変化が顕著ですがただ激しく動くだけではない動に挟まれた静の部分がビバルディ四季の油のような夏の描写を思い起こさせもしますものがたりのバックボーンとしてはてしない深み生命力を秘めた自然が存在することをあたりまえのように感得できる所以でしょう ここで作者の有名な言葉を二つ挙げておきましょうじつにわたくしは水や風やそれらの核の一部分でそれをわたくしが感ずることは水や光や風ぜんたいがわたくしなのだ口語詩種山ケ原春と修羅第二集下書き稿種山と種山ケ原より もし風や光のなかに自分を忘れ世界がじぶんの庭になりあるひは惚として銀河系全体をひとりのじぶんだと感ずるときはたのしいことではありませんか宮沢清六氏宛書簡校本全集書簡番号212より ものがたりの自然描写の背景には作者のこのような自然との交感力があったことも忘れるわけにはいきません さてそんな美しくてダイナミックな描写をじっくりと読んでいきますと風の又三郎の舞台にスッと溶けこんでいくような気がしますそして更には 是非たて書きの文章で読んで下さい 青い世界 自然の描写における色彩表現に注目してみますと青と白が目立っていることがわかりますそのうちの青について見てみましょう 青という文字自体は作品全体で23ヶ所使われているのですがその対象を見ますと植物の未熟な色を表すのが7ヶ所植物の葉裏の色3ヶ所うち2ヶ所は青じろく1ヶ所は青く白く空の色3ヶ所陰影の色3ヶ所粘土の色3ヶ所木の光2ヶ所と自然についての描写が21ヶ所に及んでいます他に顔色1ヶ所らっこの色1ヶ所 またその上同じくあおと読みますが碧の文字を使って2ヶ所でほんとうの野原を描写しています碧はもともと青い美しい石の意味でもっぱら空や海の色を描写するのに使われますがここでは遠く広い野原のイメージが美しくとらえられていると言えるでしょう そしてもう1ヶ所これもあおと読みますが蒼を使って4日の風景を描写しています蒼はもともと草木が茂るさまのことですが心が色を失った状態を表すのに使われます嘉助の心に対応している風景の表現です さてそれらを含めて自然描写では全部で24ヶ所も現れている青あおに対して緑はまた紺や藍もたったの1ヶ所も使われていませんなぜ作者は青あおあるいは青白にこだわったのでしょうか 作者の比較的前期には一種の精神病理学的症状として青いあるいは青白い色の景色とその不気味さに押しつぶされそうになる心理の体験があったと言われています作者にとって景色が青白く変わるということは精神の破綻につながる類の一種恐怖感を伴う世界の反転現象のようなものであったかもしれませんまたオホーツク挽歌春と修羅の中で作者は青い風景を描写しながら青い色は亡き妹トシさんの持っていた特性であると言っていますつまり青はこの世ならぬものの色でもあるというのでしょう 作者の他の作品を広く見ますと桜が青かったり夕日が青かったり一般的な感覚とは異なる表現にしばしば出会います作者の特異な感覚が見出す自然界のおびただしい青の要素はわれわれの普通の注意力では捉えることができませんとすれば青いという色の感覚ではない別の感覚をとぎすますことによって自然が青いという意味のわれわれなりの本当の感覚をとらえることができるということもあり得るでしょう 作者の描く自然が美しく透明感にあふれたものであると同時に底知れぬ深さ時には不気味さをも備えたものであるのはこの青の働きによるところが大きいといってよいでしょう 略わびしい草穂やひかりのもや緑青ろくしょうは水平線までうららかに伸び雲の累帯構造のつぎ目から一きれのぞく天の青強くもわたくしの胸は刺されてゐるそれらの二つの青いいろはどちらもとし子のもってゐた特性だ略 しんとした風景 日本文学鑑賞辞典東京堂出版で指摘されている自然の神秘感を表すしんとしてという表現及び類似の表現子供たちがしんとなったものは除くを本文から抜き出してみました そのほか風に関する描写については風の又三郎を吹く風をごらん下さいまた作品に登場する動物と植物については動植物たちにリストがありますなお自然の描写については専門家から見て風の吹く様子雲が流れる有様川の地形地質の状態そして魚や草木の生態などじつに的確に科学的に記述されている宮沢賢治と自然宮城一男玉川大学出版部という評価のあることを付記しておきます 9月の風と透明な魂風の又三郎より神戸在住の画家戸田勝久氏の美しい世界をごらん下さい氏は風の又三郎の世界の中を散歩しながら描いたと言って下さいましたギャラリー1ギャラリー2ギャラリー3ギャラリー4 前から気になっていた風の又三郎の世界を自分なりに絵で表現してみようと取材のため夏の初めに花巻盛岡小岩井を訪ねました見るもの全て大きく雄大で特に空の高さと森の深さと木々の大きさに驚き賢治の生きていた土地の空気を吸った気分になりました又三郎その人ははっきりとは描かずに空雲森風水を描き又三郎を象徴できればと思っています戸田勝久 風のありか9月1日風の来る日モリブデンコテージきのうの空朝の道空のマントいつかの教室まきばさらさら川日曜の森新しい秋ささやかな友情又三郎窓の向こう風の夜旅の空cby Katsuhisa Toda 2003
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きれいな草の山というだけでここが子供たちのミニユートピアであることが分かりますごぼごぼつめたい水を噴く岩穴とはまたなんと清冽な世界の象徴でしょう 青じろくなるとは葉や草が裏返しになることですがそれだけではなくその場の空気も裏返ったような景色を表しています 呼子がこだまして帰ってくる描写はそれだけで朝の爽やかな空間の光と空気を鮮やかに印象付けます
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その下の山の上の方ではと遠く見通せる広い風景そして風が覆っている風景に子供たちの世界が広がっていることを実感させます つむじ風は誰もが見たことのある景色しかしどうしても何か怪しいものを感じさせる心騒がせる景色です
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汗まっ白な岩こぼこぼ噴きだす冷たい水誰もが本能的に知っている生き返った気持ちです ほんとうの野原への広い眺望は普段の子供たちの視野とは異質なほどに巨大ですしかしほんとうの野原はなんだか複雑なものの向うにしかも模糊としています見ている子供たちの気持ちと同じです やはり天候は変わってきました上空も地表も無言のうちに何かを押し流すように変化しつつあります
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赤い花はアザミ白い細かい花はオトコエシ

空がまっ白に光るのは目が刺激に耐えられなくなりそうなのですぐるぐる廻るのは脳の血流がぐるぐるしているのです雲が速く速く走るのは動悸と呼吸の速さの反映ですカンカン鳴るのは血流が聴神経を叩いているのですすてきに背の高い薊夢中の嘉助のそばで素敵なアザミ泣きそうな嘉助と素敵なアザミ嘉助がいてもいなくても素敵なアザミあしたもあさってもずっと限りまで咲く素敵なアザミまわりがぼうっと霞んで来た中で眼の前をぐんぐん通り過ぎて行く雲や霧はただひたすら無情です 一切の希望とは無縁にこちらとの交渉を拒否するかのように通り過ぎて行きます
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草がからだを曲げてともう草はただの植物ではありません何かが憑依していると言ってよいでしょう 霧の乱舞のなかで嘉助はもう周りから異質な者として括り出されたことを感じたでしょうシインとしたときはもう完全に孤立させられてしまったことを思い知ったでしょう ススキの乱舞はもう嘉助が精神の限界にあることをうかがわせますもう世界がまともには見えていないのです
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空と風と草は共謀しているのです空と風の変化はもう自然のものではありません何か狂気に似たものの跋扈する世界です草が再三パチパチいうのは雷の電気も共謀しているのでしょう 嘉助は境界を越えて異次元でものを見ています冷静に青い影を見ています見えすぎるほど細部を見ています かすかな稲光は恐ろしい体験の残影草を焼く匂は尋常世界のほっとする匂い
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完全に名残を吹っ切った瞬間です明るい陽の光はさっきまでの狂気を一掃します 草も雫も同じ自然の風景がさっきまでとは全く別の健全な表情を見せます雨上がりの透明な空気が鮮烈です
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雨上がりの湿った空気の中で山々は生まれ変わったようにホカホカになります ねむの木はその性質も語感もどんよりした空気にふさわしい木です
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むっとする真夏の暑さと陽光が現前します はるかに小さい鳥影は何でしょう何か別世界の印のような何かの前兆のような
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ヤナギの葉裏が空気が一変したことを知らせ山の草はしんしんとくらくなりふたたび4日の姿に帰ります 鳴り出した雷の方向もこの場が4日の上の野原と無縁ではないことを強く意味しています ひゅうひゅうという雨まじりの風はさっきまでと比べると凄絶とさえ言える急変です
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古い日本家屋内の光の階調がシンプルかつ十二分に描写されています暴風下の不穏な空気を見事に表すだけでなくこの章の独特のトーンを早くも確固たるものにしています 目覚めたばかりの目には烈しくもまれている木々はどんなに凄く見えるでしょうか
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遠くの風を思うと自然に海が連想されるのです次項の海を予感させます 風は擬人化されています自分の知っている丘や野原の空の底のある意味で馴染みの風たちがタスカロラ海床の北のはじというはるかな未知の領域へ勇躍豹変し飛んで行くのを思うのは何か求めても求めきれないものの大きさに圧倒されることなのです 雨に打たれガタガタ叩かれる窓ガラスしかしついにその窓ガラスの内と外と
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動植物たち 登場した動植物名のうち種名まで明らかなもののリストです名前だけで実物の登場しないもの原義から離れた名詞などは括弧に入れました太字のものには説明を付けました 1日くるみかりん栗烏鼠いろ苹果リンゴ萱子うま山雀ヤマガラ鷹麻服馬2日萱蟹4日楊ヤナギ栗馬熊楢茶いろ萱おとこえし薊すすき鼠いろ笹長根虎こ山6日萱栗葡萄蔓葡萄たばこ鼠いろ7日さいかちねむの木あざらしらっこせきれいたばこ入れ茶いろかじか瓜鮒馬煙草の葉煙草たばこ畠8日山椒の粉萱ねむさいかち楊ヤナギの木12日くるみかりん馬栗の木栗のいがたばこ粟しゅろ箒くるみ胡桃クルミの実は硬い殻の外側に果肉がある未熟のものは緑色 かりん花梨果梨バラ科の木の黄色い果実硬いので生食には向かない砂糖漬けなどにする 萱ススキなどの背の高い穂のある草 山雀スズメぐらいの大きさの野鳥捕まえて教えると芸をよく覚える 麻服麻の繊維でできた粗い手触りの夏向きの洋服 楢どんぐりのなる木の一種 おとこえし男郎花丈1mぐらいのオミナエシ科の多年草小さな白い花をたくさんつける 薊キク科の草赤や紫の花をつける 葡萄蔓葡萄ヤマブドウ さいかち皀莢マメ科の木枝や幹にトゲがある大きな豆のさやが生る ねむの木合歓木マメ科夜細かい葉を閉じる六七月紅色の花が美しい せきれい鶺鴒ツバメぐらいの大きさの鳥川原の石にとまって長い尾を上下に動かす習性がある かじか鰍清流に棲むハゼに似た魚食用になる 鮒鯉を小さくしたような魚食用にもなる 山椒ミカン科の低木葉と実は食用香辛料となる 粟イネ科の作物今はもっぱら粟おこし小鳥の餌として見る しゅろ箒棕櫚箒シュロの木の幹を覆う糸状の皮を揃えて掃く部分の材料にした箒 登場場面 麻1日教室の後ろで三郎の父が白いだぶだぶの麻服を着て立っている 薊4日上の野原で嘉助がすてきに背の高い薊の中で道を見失う嘉助は戻ろうとするがあんまり薊がたくさんあるところへ出てしまう あざらし7日一郎があざらしのような髪で震えながら三郎に問う 粟12日一郎のおじいさんがああひどい風だ今日はたばこも粟もすっかりやられると言う 馬1日みんながまるでせっかく友達になった子うまが遠くへやられたように思う先生がモリブデンを掘るのはいつもみんなが馬をつれて行くみちから少し川下へ寄った方らしいと言う4日一郎がもう少し行くと馬のいるところもあると言う三郎がここには熊がいないから馬を放してもいいと言う二匹の馬が一郎を見て鼻をぷるぷる鳴らす一郎の兄さんが帰りに馬を連れてってくれと言うまだ牧場の馬が二十頭ばかりいると言う向うに光る茶色の馬が七頭ばかり居る一郎がこの馬はみんな千円以上する来年から競馬にも出ると言う馬はみんな寂しかったというように寄ってくるみんなは手を出して馬になめさせる三郎は馬に慣れていないらしく手をポケットに入れる悦治は三郎が馬を恐がると言う三郎は手を出すが馬が舌を出すとまたポケットへ入れる悦治がまた三郎が馬を恐がると言う三郎がみんなで競馬をやろうと言うみんなは競馬ってどうするのかと思う三郎が競馬は何回も見たこの馬は鞍がないから乗れないみんなで一頭づつ馬をあの大きな木まで追って行こうと言う三郎が競馬に出る馬は練習をしていないといけないと言うみんなも三郎もそれぞれ好みの馬を決めるみんなが楊の枝や萱の穂で馬を軽く打つが馬は少しも動かない馬が走り出すがどうも競馬にはならない馬はどこまでも顔を並べて走る馬は少し行くと止まりそうになるみんなはまた馬を追う馬はぐるっと回って土手の切れたところへ来る一郎は馬が出ると叫ぶ馬は土手の外へ出たらしい二頭の馬は土手の外で草を口で引っぱっている一頭の馬は嘉助と三郎が寄ると驚いたように南へ走る一郎が馬が逃げると兄さんを呼んで叫ぶ三郎と嘉助は懸命に馬を追う馬は今度こそ本当に逃げるつもりらしい嘉助は倒れて馬の赤いたてがみとあとを追って行く三郎の白い帽子を見る嘉助は立って馬の行った方に歩き出す草の中に馬と三郎の通ったらしい跡がある嘉助は馬は恐くなってどこかに立っているだろうと思うかすかな道は切れたり馬の歩かないような急なところを過ぎたりする急に馬の通った跡は草の中でなくなるたくさんの馬の蹄の跡でできた小さな黒い道が草の中に出てくる野馬の集まり場所らしい円い広場が霧の中に見える嘉助が目を開くと馬がすぐ目の前に立っている嘉助は跳ね起きて馬の名札を押さえる一郎の兄さんがなれた手付きで馬の首を抱いてくつわを馬のくちにはめる一郎の兄さんは馬を楢の木につなぐ馬はひひんと鳴いているおじいさんが向うへ降りたら馬も人もそれ切りだったと言う兄さんがおじいさんに馬を置いて来ようかと言う7日網シャツを着た人がはだか馬に乗ってやって来る網シャツの人が馬に乗ってまたかけて行く12日一郎が下駄をはいて土間を下り馬屋の前を通って潜りを開ける馬屋のうしろの方で何か戸が倒れ馬はぶるるっと鼻を鳴らすお母さんは馬にやる餌を煮るかまどに木を入れながら一郎に問う一郎はしばらくうまやの前で嘉助を待つ 瓜7日嘉助が鮒を取ってまるで瓜をすするときのような声を出す おとこえし4日上の野原で嘉助がおとこえしの中で道を見失う かじか7日耕助が川で茶色なかじかが流れて来たのをつかむ 蟹2日妹の鉛筆を取った佐太郎が机にくっついた大きな蟹の化石のようになる 萱1日風が吹いてきて学校のうしろの山の萱や栗の木がみんな変に青じろくなってゆれる風がまた吹いて来てうしろの山の萱をだんだん上流の方へ青じろく波だてて行く2日谷川の下の山の上の方でときどき萱が白く波立っている4日みんなは楊の枝や萱の穂でしゅうと云いながら馬を軽く打つ6日三時間目が終ると山の萱からも栗の木からも残りの雲が湯気のように立つみんなは萱の間の小さな道を山の方へ少し登る8日佐太郎がザルを岩穴の横の萱の中へ隠す 烏1日嘉助が大きな烏のように笑って運動場へかけて来る かりん1日青いくるみも吹きとばせすっぱいかりんもふきとばせ(歌)12日青いくるみも吹きとばせすっぱいかりんもふきとばせ(歌) 熊4日三郎がここには熊がいないから馬を放してもいいと言う 栗1日学校のすぐ後ろは栗の木のある草山風が吹いてきて学校のうしろの山の萱や栗の木がみんな変に青じろくなってゆれる先生が栗拾いや魚取りのときも三郎を誘わなければならないと言う4日上の野原の入口に根元が焦げた大きな栗の木が立っている嘉助がてっぺんの焼けた大きな栗の木の前まで来ると道が分れてしまう足を投げ出している又三郎の肩に栗の木の影が青く落ちている半分に焼けた大きな栗の木の根もとに小さな囲いがあっておじいさんが待っている上の野原から帰るとき向うの栗の木は青い後光を放つ6日三時間目が終ると山の萱からも栗の木からも残りの雲が湯気のように立つ山の中の南側に向いた窪みに栗の木があちこち立って下には葡萄が大きな藪になっている三郎は栗を取ると言う棒で剥いて白い栗を二つ取る耕助が一本の栗の木の下を通るといきなり上から雫が落ちてくる三郎はみんなに白い栗を二つづつ分ける12日一郎の家の前の栗の木の列が風に激しくもまれているちぎれた青い栗のいがが地面にたくさん落ちている くるみ1日青いくるみも吹きとばせすっぱいかりんもふきとばせ(歌)12日青いくるみも吹きとばせすっぱいかりんもふきとばせ(歌) さいかち7日広い河原のすぐ下流は大きなさいかちの木の生えた崖になっている一郎が崖の中ごろから出ているさいかちの木へ昇って行く庄助が川に入って持ったものをさいかちの木の下へ投げこむみんなは生洲をこしらえてまた上流のさいかちの木へのぼりはじめるみんなは又三郎をさいかちのいちばん中の枝に置いてまわりの枝に腰かける8日みんなはまたいつものさいかち淵に着くさいかちの木は青く光って見えるぺ吉など三四人は泳いでさいかちの木の下で待っているみんなはさいかちの木の下にいて三郎が吉郎をつかまえるのを見ている三郎がひとりさいかちの木の下に立つ三郎は恐くなったらしくさいかちの木の下から水へ入って泳ぎだす 笹4日一郎の兄さんがおじいさんの問いに笹長根の下り口だと答える 山椒8日佐太郎が持ってきたザルを一郎が覗くと毒もみに使う山椒の粉が入っている しゅろ12日一郎と嘉助がしゅろ箒で水を窓の下の穴へ掃き寄せる すすき4日大きな谷が嘉助の目の前に現われすすきがざわざわざわっと鳴る風が来ると芒の穂は細い沢山の手を一ぱい伸ばしてせわしく振る せきれい7日みんなは砥石をひろったりせきれいを追ったりして発破に気付かない振りをする 鷹1日先生がみなさんは朝から水泳ぎもできたし林の中で鷹にも負けないくらい高く叫んだりしたでしょうと話す たばこ6日みんなが少し行くと藁屋根の家があってその前に小さなたばこ畑があるたばこの木はもう下の方の葉をつんである一郎はびっくりして三郎にたばごの葉とるづど専売局にうんと叱られるぞ又三郎何してとったと言うたばこ畑からあがる湯気の向うでその家はしいんとしている7日庄助が砂利の上へ坐ってゆっくり腰からたばこ入れを取り出す嘉助が三郎にあの人はお前の取った煙草の葉を見つけて捕まえに来たんだと言う鼻の尖った人が煙草を吸うときのような口つきで言うその人が崖の上のたばこ畑へ入ってしまう12日一郎のおじいさんがああひどい風だ今日はたばこも粟もすっかりやられると言う 茶4日向うの少し小高い所にてかてか光る茶いろの馬が七頭ばかり集まっている7日耕助が川で茶いろなかじかが流れて来たのをつかむ 虎4日おじいさんが自分も虎こ山の下まで行って見て来たと言う 楢4日みんながしばらく行くとみちばたの大きな楢の木の下に繩で編んだ袋が投げ出してある一郎の兄さんが馬を楢の木につなぐ 鼠1日教室の中の少年が変てこな鼠色のだぶだぶの上着を着ている4日空がまっ白に光ってそのこちらを薄い鼠色の雲が走っている又三郎が足を投げ出していつもの鼠色の上着の上にガラスのマントを着ている6日木の向う側に三郎の鼠色のひじが見えている ねむ7日みんなは川原のねむの木の間をまるで徒競争のように走って川に飛び込む向うの川原のねむの木のところを大人が四人やって来るほんとうに暑くなってねむの木もまるで夏のようにぐったり見える8日みんなはねむの河原を急いで抜けていつものさいかち淵に着く雨が降ってみんなは川原から着物をかかえてねむの木の下へ逃げ込む 葡萄6日耕助が嘉助に葡萄蔓とりに行がないかと言う二年生の承吉が自分も葡萄とりに連れてってくれと言う耕助は自分の見つけた葡萄藪へみんな来て面白くない窪みに栗の木があちこち立って下には葡萄がもくもくした大きな藪になっているみんなは葡萄を取るのに一生懸命耕助は木の下を離れて別の藪で葡萄を取り始める一郎は三郎にぶどうを五ふさばかりくれる 鮒7日嘉助が六寸ぐらいある鮒をとって顔をまっ赤にして喜ぶ三郎が返すよと言って中位の鮒を二匹川原へ投げるように置く 楊4日みんなが楊の枝を一本づつ折って青い皮を剥いで鞭を拵えるみんなが楊の枝や萱の穂で馬を軽く打つ8日一郎が楊の木に登る楊が変に白っぽくなり山の草はしんしんと暗くなる 山雀1日みんながせっかく捕った山雀に逃げられたように思う らっこ7日みんなはわれ勝にとび込んで青白いらっこのような形をして底へ潜る 苹果1日教室の中の少年の顔がまるで熟した苹果のよう 自然全般の描写については美しい自然をごらん下さい
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個性的な子供達それを取り巻く大人達登場人物の横顔です 登場人物 全登場人物 学校の児童総勢38人+三郎学年は9月2日以降の記述に従う下の表参照 6年生一郎孝一 5年生嘉助三郎きよほかに5人 4年生佐太郎喜蔵甲助ほかに3人 3年生かよほかに11人 2年生承吉ほかに7人 1年生小助ほかに3人 うち学年不明耕助悦治五郎嘉一喜作キッコ喜っこ喜作?喜蔵?いずれにしろ男子名さの女子名コージリョウサク吉郎ペ吉 作者の意識としてはさのは五年ぺ吉は三年であったらしい 先生 三郎の父 一郎の家族 兄さんおじいさん嘉助の祖父でもあるお母さん 大人達 庄助その仲間3人見物人5〜6人+馬に乗った人1人鼻の尖った人 本文内の学年などの表記1日朝礼前三郎記述なし嘉助は5年生6年生は一郎3年生はいない1日朝礼以降三郎は4年生嘉助は4年生6年生は〃3年生はいる三郎は5年生嘉助は5年生6年生は孝一3年生は〃3日以降三郎記述なし嘉助記述なし6年生は一郎3年生は〃 主な人物 高田三郎 主人公5年生北海道から転校して来たという初めは緊張していたらしいが物怖じしない校庭を歩測するような行動消し炭を筆記用に使うことなどから独自の世界発想力を持っている印象を受ける耕助との風に関する論争や鬼っこのやり方など頭の良さは隠せない 都会的なものを備えているがひ弱ではないみんなの分からないことを口にしたり負けず嫌いで知ったかぶりを披露したりやられたらやり返す遠慮のない図太いところがある大人に対しても堂々としている いさかいの最後には素直に謝る潔いところや鉛筆を取られたかよに同情する優しい面も持つ 9.1教室に現れる整列と始業式?に参加する父と一緒に帰る9.2登校しおはようと言って校庭を歩測する佐太郎に鉛筆を与える国語唱歌数学消し炭で運算する9.4上の野原へ行く競馬をしようと言う逃げた馬を追う空を飛ぶ9.6葡萄藪へ行くたばこの葉をむしる栗を取る耕助に雫をかける風の論争をする仲直りする栗を分ける9.7泳ぎに行くみんなの泳ぎを笑う魚を返しに行く変な格好の人から守られる 9.8泳ぎに行く鬼っこをする嘉助を振り回す不思議な叫びに震える11日父と一緒に去る 三郎の内面については下記三郎の見たもの参照 風の又三郎としての三郎の言動の意味については鑑賞の手引き2嘉助の風の又三郎参照 嘉助 準主人公5年生陽気で天真爛漫おっちょこちょいでひょうきんな面もある少年上級生らしい責任感もある積極的で機転が利く敏いところもあるが感情が表に現れやすい発言は軽く思い付きを勇ましく口にしいざとなるとすぐへこむ学校の勉強はいまひとつらしい三郎に興味を持ちかつ好意的に接する 9.1風の又三郎だと叫ぶ先生に三郎の名を訊く9.2つむじ風を見てあいつ何かするときっと風吹いてくるぞと言う授業で読本を読む9.4丸太の棒を外す逃げた馬を追う昏倒する三郎が飛ぶのを見るあいづやっぱり風の神だぞと言う9.6三郎を葡萄採りにさそう9.7三郎を泳ぎにさそう9.8鬼っこで三郎に振り回される9.12一郎と一緒に登校し先生から三郎の去ったのを聞く タネリはたしかにいちにち噛んでいたようだったには北風カスケの記述が見えるもし嘉助が又三郎と同じ風の仲間であるのなら作品中嘉助が重要な位置を占め三郎に異常な興味を示すのもよく理解できるまた角川文庫ポラーノの広場所収の同作品の注大塚常樹氏によると東北では寒がりのことをカスケと言うというなお作者の母方の祖父の弟の三男に宮沢嘉助氏がおり盛岡中学で作者の一年上級であった 一郎 6年生ただ一人の最上級生らしく貫禄があるが独裁的ではない分別があり慎重な性格家庭でもしっかりと自立した行動をし物思う年頃に差しかかりつつある嘉助の従兄に当たりよく行動を共にする当初は三郎にライバル意識を持つ 9.1窓の外から三郎を呼ぶ朝礼後先生に三郎のことを訊く9.2嘉助をさそい校庭で三郎を待つ鉛筆騒動を見て変な気持ちがする三郎が消し炭で運算するのを見る9.4上の野原へ行く逃げる馬を押える嘉助を探しに行く9.6葡萄採りに行く9.7石取りをする発破に出会う変な格好の人から三郎を守る9.8泳ぎに行く9.12風の歌の夢を見て目ざめる外へ出て嵐の様子を見る急いで嘉助をさそって登校し先生から三郎の去ったのを聞く 一郎のせりふわあわあいうわあいなどについては注意する必要がある標準語的に解釈するよりもむしろおいぐらいの意味に取った方がよい一郎の名前の変化については風の又三郎の謎風の又三郎の謎9月2日参照 佐太郎 4年生行動力がある上級生にも遠慮がない妹かよの鉛筆を取り上げるなどずるいところがある毒もみをする 9.1嘉助に対し又三郎だなぃ高田三郎だじゃと言う9.2妹の鉛筆をとろうとし三郎の鉛筆をもらう9.4上の野原へ行く9.6葡萄採りに行く9.7あいづ専売局だぞと言う9.8毒もみに失敗し鬼っこしないかと言う 悦治 宿題帖を忘れたりじゃんけんに失敗するなどうかつな人物 9.1やかましくして一郎に叱られる宿題帖を忘れたと先生に名指しされる9.4上の野原へ行く又三郎馬怖ながるじゃいと言う9.6葡萄採りに行く9.8じゃんけんに失敗し鬼になる 耕助 利に敏い狭量なところがある三郎と風の論争をする 9.1お天気のいゝ時教室さ入ってるづど先生にうんと叱らえるぞと言う五郎の足の指をふんで喧嘩となる9.4上の野原の土手の丸太をくぐろうとする9.6三郎を不本意に葡萄採りに連れて行くたばこの葉を取った三郎をしつこく非難する三郎と論争する9.7三郎が一旦返した魚を取って来る9.8さっぱり魚浮ばなぃなと言う ペ吉 尻馬乗りで軽い人物だが場の空気を読んだ物言いをする 9.8耕助に続いて魚さっぱり浮ばなぃなと言うみんなに続いてそでないと言う 先生 言葉遣い作者自身教諭として授業時には丁寧な標準語を使ったと言われているからも察せられる実直な人物マンドリンを弾くことや12日の格好からは案外な気の置けない地も伺える 9.1子供たちを校庭に整列させる教室で三郎を紹介する三郎の父と挨拶を交わす9.2複式授業を行うマンドリンを弾く9.7暑い中で授業をする9.12早朝くだけた格好で一郎たちに三郎が去ったいきさつを語る 三郎の父 実のところは会社員かもしれないが鉱山掘りで洋風なハイカラ趣味とは世間師的な山師を思わせる 9.1教室の後に立ち先生と挨拶し三郎を連れて帰る 会社から電報で呼ばれ11日に三郎と一緒に去りまたちょっと戻ってくるという 鼻の尖った人 正体不明の男さまざまに想像することができる 9.7生簀をかき回し川を行ったり来たりする専売局の人だと思われて子供たちに囃される このようにまとめてみますとそれぞれの子供たちの性格が面白いように浮かび上がってきます作中に女の子の影が薄いのは当時の男の子たちの遊びの世界に女子の影が薄かったことをそのまま反映しているのと同時に作者の性向の反映でもあるでしょう なお作者は自分の分身としてのキャラクターをそれとなく作中人物に与えていると考えられるふしがあります 山村の子供ではない町の子としては三郎に もの思う少年としては一郎に 音楽好きであった教師としては先生に 地質調査に歩き回ったころの自分としては川を歩く鼻の尖った男にそれぞれ人格の一部を託していると見ることができるでしょう 三郎との関係みんなが三郎をどう見ていたのか日を追って見てみましょう人物は登場順数字は行為の時間的順序 9.1 一年生二人1三郎を発見し恐がる 三郎 嘉助4又三郎だと叫ぶ8先生に三郎の本名を訊いて喜ぶ 佐太郎11嘉助に三郎の名は又三郎ではないと言う 耕助 女の子たち 一郎3最初に三郎に声をかける10三郎の父の仕事に興味を持ち先生に訊く 五郎 嘉一 先生7普通に三郎を紹介する きよ キッコ さの 悦治 喜っこ 三郎の父 コージ リョウサク 他に子供たち2みんなはしんとなって何とも言えない5みんなもそうだと思う6みんなは興味を持って三郎をじろじろ見る9低学年の子らは何か恐いと思っている 9.2 孝一一郎1三郎に興味を持ち待ち受ける6又三郎かどうかわからないと思う8鉛筆騒動を見て複雑な気がする9三郎の消し炭を見る 嘉助2三郎に興味を持ち待ち受ける5つむじ風を見てやっぱり又三郎だと叫ぶ 三郎 先生 佐太郎7三郎の鉛筆を強引にもらう かよ 喜蔵 甲助 他に子供たち3みんなは三郎の突然の挨拶にとっさに答えられない4みんなは又三郎のほうを見るがもじもじしている 9.4 一郎2三郎の言う事を訊き返す11嘉助に対し三郎は風の神の子ではないと言う 嘉助7三郎と一緒に馬を追って行く8三郎が空を飛ぶのを見る9三郎の姿を見て震える10あいつやっぱり風の神の子だと言う 佐太郎 悦治4三郎が馬を怖がるといって冷やかす 三郎 一郎の兄さん 耕助 おじいさん6嘉助と同様三郎にも優しく接する みんな1みんなは三郎のうわさをし三郎は正直だ三郎が風を吹かせているなどと言う3みんなもわけが解らず黙ってしまう5みんなは三郎の言う競馬とはどうするのか解らない6みんなは三郎の勧めに乗る 9.6 耕助2三郎を葡萄採りに連れて行くのを嫌がる6たばこの葉を取った三郎をしつこく非難する7水をかけた三郎を非難する9風について論争を始める11最後は三郎につられて笑い出す 嘉助1葡萄採りに三郎を誘う5たばこの葉を取った三郎をなだめるように言う 三郎 承吉 一郎3三郎がたばこの葉を取ったのでびっくりして非難する12三郎に葡萄をわけてやる 佐太郎 悦治 小助 みんな4みんなもたばこの葉を取った三郎を非難する8みんなは三郎と耕助のやりとりをどっと笑う10みんなは三郎と一緒に耕介の答えを笑う 9.7 嘉助1三郎を水泳にさそう7三郎が魚を返したあとでぴょんぴょん踊る9三郎に専売局が捕まえに来たのだと言う 三郎 一郎2三郎になぜ笑うのかとしつこく訊く3泳ぎ方がおかしいと言われきまりが悪くなる10みんなに三郎を囲めと言う 庄助5魚を返しにきた三郎を奇妙な子だと思う その仲間3人 耕助 見物人5〜6人 馬に乗った人 鼻の尖った人 佐太郎8あいつ専売局だぞと叫ぶ 他に子供たち4みんなは石取りに失敗した三郎をどっと笑う6みんなは魚を返しに行った三郎と庄助のやりとりをどっと笑う11みんなは三郎を囲んで男を囃す12みんなは男も三郎も気の毒なような気になる 9.8 佐太郎 一郎2三郎と同じく毒もみから離れている6三郎に対しみんなと相談している9三郎に捕まる 耕助 三郎 嘉助1三郎と一緒にさいかち淵へ行く4鬼っこで三郎を馬鹿にする10一人だけ捕まらずに逃げる11三郎に捕まり引っ張り回される12もう鬼っこをやめると言う ぺ吉17みんなのあとについて同じく否定する 悦治 喜作 吉郎3三郎に捕まって鬼になり三郎の指図を受ける 他に子供たち5子供らは三郎の様子を恐がる7みんなは三郎に対抗しひそひそ話している8みんなは三郎に捕まる13小さな子らはみんな川原に上がる14みんなは三郎だけを対岸に残す15みんなは声を揃えて叫ぶ16みんなは叫んだのはお前らかと三郎に訊かれて否定する 9.12 一郎1夢の中で風の歌を聞く2外の様子を見て胸騒ぎがし急ぎ出す3お母さんに聞かれて又三郎のことを少し話す9三郎の去った理由をなおも訊く11嘉助と顔を見合わせる おじいさん お母さん4又三郎について見当がつかない 嘉助5先生に今日三郎は来るのかと訊く8飛んでいったのかと訊く10先生の説明を否定しやはり又三郎だったと叫ぶ11一郎と顔を見合わせる 先生6嘉助に又三郎と言われちょっと考える7三郎の去った経緯を自然に説明する 三郎の見たもの ものがたりは一郎や嘉助に代表される子供たちの側に沿って描かれている傾向にあります三郎の側の思いや内面についてはほとんど描かれていません 三郎はことの推移をどのように見ていたのでしょうか想像してみることにします内は行動 九月一日 風変わりな教室のたたずまい 人見知りする一年生のナイーブさ 群れて騒ぎすぐに喧嘩を始める野卑な生徒らと理解困難な方言 生徒らの無遠慮な好奇心と外来の者に対する不慣れな様子 明日からどう振舞えばよいかという戸惑い 九月二日 挨拶を無視された屈辱 無視するくせに関心を隠せない卑怯な生徒たち 兄弟で鉛筆の取り合いをする粗暴さと貧しさ 自分がどう反応するかという生徒らの好奇の視線 平気で他人のものをくれというあつかましさ 田舎の生徒の学力の遅れている程度 開き直って授業を受け始める態度 九月四日 約束が守られるかというかすかな不安と安堵高揚感 急速に慣れ始めた態度 つい口に出したくなるひけらかしの癖不慣れさを隠すための言わでもがなのつぶやき はじめて見る光景とみんなが馬に非常に慣れていることの驚き 知らない世界へのかすかな脅えと自らの弱点をさらけ出した敗北感 とっさの思い付きでの逆襲競馬 うまくいくかという不安 うまくいき始めた安堵 一転急激な不安の襲来 無我夢中の推移責任感の圧迫と破局の予感 茫然自失を必死にごまかす強がりの声おう なんとか生き返りながら心底脅え切った心もち 深い後悔の念 九月六日 かすかな不安も名誉回復のための好機到来 またもひけらかしの性癖お母さんは 名誉回復の自意識による奔放行動たばこの葉 不案内の領域に無知なことの再認識と跳ね上がりの後悔 屈辱感と耕助に対する反感 人による疎外を跳ね返す強がり行動と自然からの疎外の再確認白い栗 腹立ちによるしつこい報復 勝利感と軽い後悔 一転こちらの土俵に乗ってきた相手を勇んで迎え撃つ気持ち 次第にやりすぎを収めたい気持ち 相手の返答を好機として収束を図る冷静さ 笑いによる終結の幸運と安堵 一気の謝罪 交流の深まりに対する満足 九月七日 今日はうまくやろうという自覚 やはりみんなの様子の違和感泳ぎ 思ったことを隠せない性格 またも余計なことを言ったという後悔 しかし結局は開き直る性格 遠慮や逡巡に無縁ですぐ行動を起こす性格石とり 大人の世界に近づかず遠巻きにするみんなの行動様式の不思議さ 隠れていずに大人の世界に近づかなくてはいられない気持ち それを遠巻きにしか見ないみんなに対する優越感 再び大人を遠巻きに囃すみんなとは一線を画したい自分と本音は少し恐い自分の乖離をどうしようもできない敗北感 強がり 九月八日 隠れて大人の不法行為を嬉々として真似するずるさに対する軽蔑感 反動で公明正大な遊びで思いっきり振舞ってやろうという興奮 自分に近しい感じのする嘉助に対する近親憎悪的感覚 興奮の末の敵対感から一気に変質した疎外感 説明不能の恐怖 最終的な失敗と挫折の予感 三郎の性格を雨ニモマケズに示された希求像に対照してみますといつも自分を勘定にいれて行動し周りから誉められたいと意識している点において否定的に描かれていると言わざるを得ません少なくとも一郎や嘉助たちの方がデクノボーと呼ばれるのにふさわしい存在です 作者は三郎に自分の一部を託しているとすればその醜さをもはっきりと含めて託しているのだと言わなければなりません 人間関係 一郎をリーダーとする子供たちの階層社会は自然な子供っぽさを備えています上級生が喧嘩を止めに入るという健全さだけでなくつまらない喧嘩がすぐ始まるという健全さも欠いてはいません いつも一郎を中心に行動するグループは嘉助佐太郎悦治耕助でそれに三郎が加わりました悦治耕助が4年生であると仮定すれば45年生男子の半数を超えると思われます 子供たちは全て天真爛漫な明朗な関係を築いているというわけではありません耕助はちょっと利己的そうですし佐太郎は一筋縄では行かなさそうです正義感の強そうな一郎も9月8日の佐太郎の毒もみには口出しを遠慮しており面と向かっての差し出がましい言動にも斜に構えています 子供たちが厳しい労働に従事する姿はありません作者はその学生時代教師時代を通じて農山村の児童労働の現実について良く知っていたはずですしかしその種の場面を描くことはしませんでした教師の優しい描き方とも合わせ子供たちが伸び伸びと育つ環境を願う作者の理想主義を読み取ることができます子供たちに対する作者の眼差しの色合いは文語詩盆地に白く霧よどみにうかがえます 9月4日一郎と嘉助のおじいさんはよそ者の三郎に対しそのわろは金山堀りのわろだなさあさあみんな団子食べろさあ嘉助団子喰べろこのわろもたべろと全く差別をしませんこれはもし子供たちが遭難寸前であったという状況がなかったら往々閉鎖的に過ぎると言われる日本の村社会の老人としては却って不自然なほどの開明さです しかしそんな大人達も当然穏やかな人間関係の内ばかりにあるわけではありませんおじいさんの牧夫来るどまだやがましがらなは村人と専門牧夫たちとの間のいざこざや価値観のずれを想像させますし鉱山業に頼る村は発破の庄助のようないささかアウトロー的な労働者の存在も甘受しなければなりませんでした
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三人のせりふ 主な登場人物三人をそのせりふによって振り返ってみましょうついでにその心理もちろん心理はせりふだけに表されているわけではありませんがも探ってみることにします少し大げさに表現してみました方言については鑑賞の手引き1分かりにくいせりふの方言などの訳を参照してください 今日から楽しい学校だ悩みはなーんにもないし早速一年生の前で偉そうにできるぞ晴れがましいなあ一郎がいたらもうなんにも怖いことはないからな思いつきでも何でも言っちゃえどうだオラだから分かったんだぞオラが見つけたのにみんなさっきのこと思い出してくれよ又三郎のこと聞くからなやった!オラの言ったとおりだどうだみんなその話ならオラも言わなきゃぶち壊しにするなばかやろうオラは今日はついてるんだぞ ちょっと不気味だがここは踏ん張って早くあの子のことを聞きたくないのかお父さんのことを聞くついでのようにしてなんとか詳しく聞き出してみよう嘉助ともちょっと話してみたいが 今日来ないということはないだろうな半分あやしかったけどこれは間違いないぞ名前で呼ばずにちょっと距離を置いているつもりいやそんなことはないがやはり正体のはっきりしないやつだなますます不思議なやつだもっと観察しなければ一郎さんも見ているケチだと思われたくないしまだ自分の地を顕わす勇気がないどうしてもここはいやだとは言えない あんまり格好いいとこ見せようとし過ぎたぞ三郎見ろよオラこんなに気は大きいし逞しいんだ積極的に積極的につい口癖よし挽回だなんにも大変なことはなかったんだなんでもない顔をしてまた又三郎に顔を合わせられるもう助けてくれ恥も外聞もどうでもいい心底助かった本当にそうなんだぞだけど何がなんだか分からない分からないことを言われて6年生として黙っているのは何と奇矯なこれからは僕の領分だ僕のペースでいける ほーら僕に任しとけすっかり僕の余裕だなあ図にのりすぎた!又三郎は悪くない僕の責任だかわいそうだったなやはりちゃんと面倒みてやらなけりゃ考えすぎだよだけど二人だけの時に何かあったんだろうかもう4日目で堂々としている遠慮しなくてもいいだろう少し優位に立っているかな 自分が中心になりたいしできるだけサービスもしなきゃついこんなことを言うのは来歴のなせる性癖?確かお父さんがそんなこと言ってたなよく分からないけどこう言っておこうみんな知らないだろう聞きたかったら話してあげるからねよしいいこと考えついたぞこどもらしい軽い虚言まじり?ここで引っ込むと元の木阿弥馬のことなんか分からないし譲歩の振りに如かず平気だよ大したことないよ心配するなとはいうものの きっと一昨日のことは夢だったんだこの面白いやつともう一度ちゃんと付き合ってみなきゃ知らない家じゃなし何とか許してもらえるかもやはり又三郎は計り知れないところがある抜けているのか図太いのか全然油断できないこれ以上もめていてもしょうがないここはさっさと切り上げよう雰囲気もあまり乗らないしまずまず収まって気分は晴れた一昨日のことなんか平気だよというところを見せなきゃ ぼくはこんなに主体的に自由に振舞うんだほら見て分かったよだからこの土地の言葉で反省するよ降参だこれでなんとか見逃してくれみんなの世話にはならないよほらみんなぼくは風だって言ってたじゃないかこの辺で収めようかなみんながそんなに風の又三郎風の又三郎と言うのならそれを引き受けようじゃないか アハハはっきりしたよ完全にぼくが優位に立てたからもういさかいは解消したことにしてもいいよはっきりと謝る率直さ 昨日のこともあるしオラがさそってやらなけりゃやったやったみんなで又三郎も混ぜて遊びはいつものように大成功だやっぱり来たやっぱり又三郎がことの中心だどうしても気になるのは又三郎のちょっとした言動ちゃんと話を通じさせたいこん畜生ドギマギいや不覚だったやはり又三郎は俺達と違ういつものペースに戻そう又三郎も見てろよさあ僕の出番だ独壇場だ当然守ってやるぞまかしとけしまったここは遠慮するべきだった余計なこと言わずにごまかしちゃえ じゃあ言っちゃうよどんくさいなあぼくはずるいことが嫌いなんです立派でしょみんなもほら見てぼくは大人なんか怖くないんだからね怖いそれにみんなに無様なところを見られることになったらどうしよう怖かっただけどみんなは今どう思ってるのだろう憐れんでるのだろうか ついいつものお調子者に手を出し過ぎたんだろうか又三郎の加減というものがまだよく分からないよしちょっと考えてそのうちにカッコのいいところを見せてやろう無我夢中一体どうしたんだろうまさかみんながとてつもないことをやらかして見せたのだろうかぼくはどうしてしまったんだろうぼくはだまされているのだろうか 早く学校へ行くのは何か不安だもう急いでも追いつかないような来るはずがないんだもうこう訊いてもいいだろうお母さんに言ってみてもしょうがないけどなぜか口に出して言ってみたいお母さんもうあまり聞かないで考えていたってしょうがないよ先生何か言うことあるんじゃないんですか本当にそうなんですか違うんじゃないんですか
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この魅力的なものがたりは一体どこで繰り広げられたのでしょう

イーハトーヴォの山と谷

位置関係図ミニ説明と本文参照付き

北上川へさいかちの木ねむの木本当の野原北上盆地三郎の家湧水草山上の野原岩穴たばこ畑嘉助の家葡萄藪一郎の家
北上川学校の前の谷川は下流で北上川に注ぐと思われる4日みんなは上の野原へ登る途中遠くに北上川を見るさいかち淵川の合流する下流7日みんなは泳ぎに行って発破漁に遭い変な人を囃す8日に毒もみ鬼っこをするねむの木さいかち淵の手前の川原に生えているいつもそこを通って泳ぎに行く8日には雨宿りをするさいかちの木淵のガケに生えている大きな木泳ぎながら登ったり周りでさまざまに遊んだりする ほんとうの野原上の野原より広い遠くの野原北上盆地上の野原へ登る途中振り返ると見える大きな川北上川も流れている草の山学校の裏山萱や栗の木が生えている岩穴学校の裏手運動場の隅にあって冷たい水が湧き出る8日には毒もみの笊が横に隠される 学校谷川のそばの小さな分教場たった一つの教室に三十数人が学んでいる先生も一人鉄棒テニスコートぐらいの狭い運動場にある鉄棒 2日一郎と嘉助がここで三郎の登校を待つ葡萄蔓ヤマブドウ子供たちの自然のおやつの一つみんなは6日にとりに行く葡萄藪耕助が去年新しく見つけたところここで三郎と耕助が風についての論争をするたばこ畑6日葡萄藪へ行く途中にある三郎は知らずに畑の葉をむしりみんなに責められる嘉助の家学校の上流にありより上流の一郎は朝嘉助をさそう一郎の家土間くぐり戸馬屋井戸かまど家の前には栗の木の列12日の朝の情景 三郎の家父と一緒に住む仮り住まい谷の上流にある湧水上の野原へ行く道の途中三郎の家への分かれ道にある白い岩から冷たい水が噴き出す大きな栗の木上の野原の入口にあり根元が多分落雷でこげた洞になっているいろんなものが吊るしてあって何かを祀っているような木 放牧土手で囲んだ放牧地に馬が放されているみんなは馬と遊ぶが上の野原村から近い高原山の上にあるのでそう呼ばれている馬の放牧草刈などが行われており子供たちは手伝いなどで訪れる場所みんなは日曜の4日に出かける

この図はものがたりの記述から知られる子供達の行動範囲のおおよその位置関係図ですあくまで架空の場所であり実際に種山ケ原周辺にこのまま存在する地形ではありませんポインタを合わせるとミニ説明が表示されクリックすると本文を参照しますブラウザによっては上の図が乱れる場合がありますその場合はこちらをごらん下さい シーンの推移9.1遠景→運動場→教室9.2嘉助の家の前→途上→運動場→教室9.4途上→湧水→上の野原入口→土手の中→野原→栗の木の下→湧水→帰途9.6教室→上流方向→たばこ畑→葡萄藪→帰途9.7教室→さいかち淵9.8運動場→岩穴→教室→さいかち淵9.12一郎の家の中→外→中→嘉助の家の前→教室 小さな学校学校とその周辺の様子は作品の記述に草稿の推敲過程も合わせて考慮してみますといろいろに想像することができますここでは試みに一つの例を挙げてみることにします学校の見取り図

自然に囲まれた小さな木造校舎草の山がけ岩穴住居職員室宿直土手玄関昇降口窓教室運動場門

岩穴はもう一ヶ所運動場に近いところにもあるのかもしれません方角は上が北であることも考えられます 9.1一年生が川下?から土手を回り門を入って教室の中を見る教室の一番前の席に三郎がいる川上から嘉助らが来る一郎が川上から来る一郎らが窓の下へ行く先生が職員室に来ている先生が玄関から出て来る三郎があとにつく笛が川向こうの山にこだまするみんなが玄関に向かって整列する左の低学年から順に前を通り右手の昇降口から教室に入る教室でも運動場側は低学年廊下側が高学年らしい教室のうしろに三郎の父が現れる父が玄関から出る三郎は昇降口から追いつき川下へ帰る 9.2子供たちが運動場で棒かくしをしている孝一一郎と嘉助が川上から来て教室を覗き鉄棒へ行く谷川の下流が見える三郎が川下から門を入り回りを見渡す次に門から玄関まで歩数を数え職員室の前を土手のほうへ歩く運動場の中央から玄関へつむじ風が起こる先生が玄関から出てくる先生は太陽に向かっているのでまぶしいみんな教室へ入る一時間目が終るとみんな外で遊ぶ 9.6みんなが放課後学校から川上のほうへ行く9.7みんなが放課後学校から川下のほうへ行く9.8みんなが運動場で遊んでいる佐太郎が来てみんなと一緒に裏の岩穴のそばへ行き笊を萱の中に隠して運動場へ戻る放課後佐太郎が笊を取ってみんなと川下へ行く9.12一郎と嘉助が川上から来て昇降口から教室へ入る先生がやって来る先生が宿直室方向へ戻る 座席位置考えられる学年の配置の一つの例です教壇廊下当初左のようであったが三郎が入って右のように5年生が一人はみだした三郎らは2日の記述に従って5年生とする一郎6はいちばん後ろ嘉助5の後ろが三郎5その後ろがきよ5佐太郎4の隣りがかよ3三郎の父 さいかち淵

残暑厳しい河原の水しぶき瀬いけす川原がけさいかちやなぎねんどたばこ畑ねむの木上流学校上の野原方向

9.7みんながねむの木の間を走り向こう岸へ泳ぐ一郎がさいかちの木へ登り石を落として遊ぶねむの木のところに大人が来る子供たちは下流の瀬に行く庄助が川原の岸から発破をさいかちの木のところへ投げる大人は川に入り子供たちは魚を取る見物の大人達が川原に来る三郎が魚を庄助に返して来る大人達が上流へ行く耕助が泳いで行って魚を取り返して来るみんなはいけすを作ってまたさいかちの木に登る 男がいけすをかき回すみんなは三郎を中にしてさいかちの木の枝に腰掛ける男は川原の岸を歩いて上流の浅瀬で行ったり来たりする男は囃されて川を渡りがけを斜めに登ってたばこ畑に入るみんなは木から飛び降りて川原へ泳ぎいけすの魚を持って帰る9.8みんながねむの木を抜けて淵に着く小さい子供らが淵を囲むペ吉らは泳いでさいかちの木の下へ行く佐太郎が上流の瀬で笊を洗うペ吉が向うで魚浮かばないなと言うとみんな川に飛び込むみんな川の中で鬼っこの相談をする 一郎が上流のがけの下の粘土を根っこに決める鬼の悦治が川原を走る鬼っこが続くみんながさいかちの下にいる鬼の吉郎が上流から粘土の上を追う一郎が楊に登るみんなは上流の粘土の根っこに上がる鬼の三郎がそっちへ泳いで行き水をかけるみんなは落ちる嘉助が上を回り下流方向に?泳いで逃げる三郎が追いつく小さな子供らは川原の砂利に上がる三郎だけさいかちの下に立つ楊が白っぽくなる上の野原方向で雷が鳴る淵の水にぶちぶちが出来るみんなは川原から着物を持ってねむの木下へ逃げる 三郎も飛び込んで泳ぎ淵から飛び上がってみんなのところへ走る三郎は川のほうを見る 上の野原 上の野原の地理的関係は漠然としすぎていますのでまとまった図にするのは困難ですそれぞれに全体像を想像してみて下さい

風と霧の中の彷徨虎こ山笹長根の下り口

入口の大きな栗の木草の中の一本道を行くと大きな楢の木草たば小さな道をまっすぐ行くと土手土手の外に沿って南方向へ高く低くどこまでも草の中のかすかな道道がいくつにも分かれるそのまん中の道道がなくなる引き返す元とは違うところアザミ岩かけ大きな谷ススキ引き返す小さな黒い道ぐるっと回るてっぺんの焼けた大きな栗の木円い広場黒い道を戻る大きな黒い岩黒い道が消える笹長根の下り口 ゆるい傾斜を二つほど昇り降りする黒い大きな道半分に焼けた大きな栗の木と草小屋 おじいさんは虎こ山の下まで行って来た ものがたりの舞台1 風の又三郎は日本のお話ですなぜってそれは登場人物が日本語をしゃべるからです こんな風に虚心坦懐に考えていくことにするとこのあとは 北海道以外の地方三郎がそれまでは北海道の学校に居たということから 東日本風の三郎様の伝承のある地方 ということになりますまた方言を丁寧に観察すれば 岩手県 ということもほぼ明らかですまあそう虚心坦懐にならなくても作品の周辺事情を知っていればここまでは当然に分っていることです さてそれではその先を考えるために9月4日に注目してみましょう もしあなたが同じ作者の種山ケ原という作品をお読みになったことがあるなら風の又三郎の9月4日の舞台となっている上の野原はその種山ケ原に描かれている上の野原登場人物は上の原と呼ぶと全く同じ場所であるということにはすぐ気が付くはずです 種山ケ原冒頭から引用してみましょう 種山ケ原というのは北上山地のまん中の高原で青黒いつるつるの蛇紋岩や硬い橄欖岩からできています 高原のへりから四方に出たいくつかの谷の底にはほんの五六軒ずつの部落があります 春になると北上の河谷のあちこちから沢山の馬が連れて来られて此の部落の人たちに預けられますそして上の野原に放されますそれも八月の末にはみんなめいめいの持ち主に戻ってしまうのですなぜなら九月には原の草が枯れはじめ水霜が下りるのです 放牧される四月の間も半分ぐらいまでは原は霧や雲に鎖されます実にこの高原の続きこそは東の海の側からと西の方からとの風や湿気のお定まりのぶっつかり場所でしたから雲や雨や雷や霧はいつでももうすぐ起ってくるのでしたそれですから北上川の岸からこの高原の方へ行く旅人は高原に近づくに従ってだんだんあちこちに雷神の碑を見るようになりますその旅人と云っても馬を扱う人の外は薬屋か林務官化石を探す学生測量師などほんの僅かなものでした 簡潔ながらものがたりの舞台が鮮やかに提示されています 岩手県のこの辺りは猫山北竜のモリブデン鉱山宮沢賢治と自然宮城一男玉川大学出版部によるの他赤金大峰釜石の各有名鉱山を擁するなど風の又三郎の雰囲気を十分に感じさせる地方でもあります さてそうすると風の又三郎の舞台はこの近辺と考えてよいことになるでしょう 種山ケ原周辺図北上山地中南部

岩手山高洞山小岩井農場盛岡日詰早池峰山豊沢川花巻釜石線猿ケ石川外川目遠野大峰鉱山跡釜石鉱山上郷大橋さいかち淵黒沢尻仙人峠釜石人首川岩谷堂伊手木細工種山ケ原水沢緯度観測所赤金鉱山北上川東北本線栗駒山約50Km39°141°
下流は花巻市内を流れている二つの淵があった上流の早瀬川は谷川のモデル付近は舞台の候補の一つとされている作者はここの小学校を訪ね取材した鉱山のモデル鉱山小学校があった作者は昭和6年9月この周辺を取材種山ケ原との方向関係からすると舞台にふさわしい伊佐戸のモデル作者は大正6年地質調査で付近を歩いた前身作品風野又三郎に登場するほんとうの野原の大きな川

赤と水色の項目はミニ説明が表示され水色の項目にはリンクがあります画像全体が表示された状態で試して下さいそれでもミニ説明が表示されない場合はこちらをごらん下さい上図中央部の詳細地図は次のものがたりの舞台2にあります 周辺の村々 地形図で北上山地の南西江刺市の東方標高871メートルの物見山種山を中心に650mの等高線をなぞってみますとこの高原の輪郭が現れてきますなだらかな地形は南北約10km東西約7kmに及びますかつては馬の放牧が盛んでしたしいまも牧場が広がっています物見山頂上付近には嘉助が出会ったような大きな物見岩もあります遥か西にはまさに帯のような川北上川とほんとうの野原種山ケ原では北上の野原と明記北上盆地が眺められますちなみに作品中の上の原あるいは上の野原という名はこの高原上にあったいくつかの放牧地のうちの上野放牧地から来ているものと思われます 作者は高等農林時代の大正6年8月末から学友とともに江刺郡土性調査に従事しており9月2日前後に初めてこの種山ケ原に登っていますそしてそのときの日付が種山ケ原の夜作品の成り立ち先駆作品参照に生かされることになりましたまたその後何度も登ったこの高原の悪天候下の体験が種山ケ原に生かされていますなお作者がこの調査時に江刺郡と東磐井郡との境にある阿原峠近くでモリブデン鉱を発見したらしいことを示す英文メモが父親宛手紙の封筒裏に記されています新校本宮沢賢治全集書簡77校異 この土性調査の際江刺郡は作者に良い印象を与えたようです調査に同行した友人に対し翌年手紙で江刺ノ山ハ実ニ明ルクユックリシテヰタデハアリマセンカ私ハ正法寺ノ明方伊手ノ薄月夜ノ赤垂衣岩谷堂ノ青イ仮面又阿原山ヤ人首ノ御医者サンナドヲ思ヒマスと風土や人の好もしさを述べています校本全集書簡番号54土性調査旅行などの雰囲気は短編泉ある家十六日参考作品紹介参照文語詩土性調査慰労宴作品の成り立ち病床参照でよく窺えます この高原のふもとには北側から時計回りに角出沢外山沢藤沢高津沢赤岩沢アヅ沢千能沢大文字沢畑沢大股川人首川山本川中沢上大内沢その他の谷が入り込んでいてそれぞれまばらな集落を伴っています地質調査でこの近辺をよく歩いた作者はおそらく後にはこんな谷あいの小学校をモデルとして舞台を設定することを暖め始めたのでしょう実際には昭和6年9月に改めて遠野の先にある上郷村にかつての教え子の勤める上郷小学校をあるいは仙人峠近くの大橋鉱山小学校などを訪ね子供達の様子を取材したようです ものがたりの記述を頼って高原の西麓を探しますと物見山の西人首ひとかべ川沿いの江刺市木細工地区に旧江刺郡米里村立人首小学校の木造校舎が保存されていますこのいかにもそれらしい建物はなるほどかつて映画風の又三郎の撮影に使われたものだそうです しかしながら本文中にある伊佐戸笹長根虎こ山の具体的地名はいずれも架空のものであるため現地にそれらしい場所があっても確実に同定することは出来ません伊佐戸は木細工の更に西方人首川の下流に位置する岩谷堂現江刺市街を念頭に置いた造語とも言われますまた伊手川のほとりの伊手の伊+里であるという意見もあります森からの手紙伊藤光弥洋々社いずれにしても元の種山ケ原の同じ場面にも使われていますしやまなしにもイサドとして出てきますから作者のお気に入りのようです笹長根は北上川の西北上市から胆沢郡金ヶ崎町にかけての同じ地名を借りているものと思われます またさいかち淵のモデルは作者の生まれた花巻の豊沢川の旧流路石神地内に実在したさいかちの生えた2ヶ所の淵でそこでの実見が作品さいかち淵そして風の又三郎に生かされたと言われていますその場所は不動橋と道地橋の中間に当たりますが今では川筋も変わりさいかちの木も見られませんなおさいかち淵の内容を風の又三郎へ転用するにあたり作者は新たにそこはこの前上の野原へ行ったところよりもも少し下流で右の方からも一つの谷川がはいって来て少し広い河原になりという説明を付加しているのですがそれは状況をこの種山ケ原西麓に合わせたということなのではないかとも考えられます種山ケ原俯瞰画像イメージ転換参照小原忠さいかち淵賢治研究昭和54・2宮沢賢治研究会でからごや淵とまごい淵と紹介されている さて作品の舞台は一義的ではなく漠然と種山ケ原の周辺だと考えるのが妥当ではないでしょうか特に西麓の特定の地区を取り上げて作品の設定と割合マッチするからここがモデルだと断定したくなる誘惑もありますがそう単純なものではありません地元の人でさえここがモデルという説がありますねと言うとそうでないという説もありますと答えます 花巻と早池峰山とのほぼ中間地点に当たる稗貫郡大迫町外川目地区も舞台の候補と考えられていますこの村はかつて優良な軍馬を産し葉巻の外巻き用として優れた品種の南部葉を葉の一枚一枚まで登録管理して栽培していました食料は雑穀栽培が中心でこの点は稲の栽培が進んでいた人首川流域より符合すると言えそうです岩手日日新聞2005.7.26によると谷川に当たるのは旭ノ又川学校は旧外川目小の旭ノ又分教場モリブデン採掘地は合石上の野原は猫山920.2mと同定しますなおこの山には牧場の土手やそれらしい大きな黒い岩急な崖もあるそうですおじいさんの行った虎こ山は猫山だったのかという楽しい想像もできますなおたばこの専門家であるJTのサイトおしまいに参照によれば作品中の葉たばこの描写は大迫のものと見るのがふさわしいということです
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種山ケ原俯瞰画像太平洋側はるか上空から鳥瞰した岩手県南地方左から中央上へ白っぽく細長いのが北上盆地その左上が横手盆地ちょうど画像中央が遠野盆地雪を頂く山は左上が焼石岳中央右上が早池峰山その上が岩手山その上ぎりぎりに八幡平白い矢印が種山ケ原 真上から

岩手山小岩井農場盛岡宮古早池峰山花巻北上遠野仙人峠釜石江刺水沢

種山ケ原上空正しい立体感を得るために南を上としています

赤金鉱山姥石峠木細工物見山人首種山高原人首川山本川盛街道北一郎嘉助三郎ぶどう学校湧水さいかち淵上の野原の入口虎こ山上の野原谷川伊佐戸ほんとうの野原

イメージ転換イメージ転換するとここをものがたりの舞台と仮定した場合の位置関係を示します変化がない場合はイメージがダウンロードされていない可能性がありますこのページをもう一度最後まで読み込み直して下さい
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今度は時代を考えてみることにしましょう ものがたりの舞台2

又三郎が去った日から日経ちました

昭和7年の風 子供たちが上の野原へ行く9月4日は日曜日であると明記されていますこのことから執筆の時期を考え合わせるとこのものがたりの舞台を昭和7年1932年の設定であると解釈することが可能となります 曜日の関係だけから見ると昭和21927年も可能性はありそうですが私の計算によると昭和7年の二百十日は9月1日ですが昭和2年は9月2日ですのでやはり昭和7年の方がものがたりにぴったりと合致することになりますその後当時の新聞によって昭和7年は9月1日であることを確認しました 昭和7年は戦前最後の政党内閣である犬養毅内閣が五・一五事件によって倒れた年です満州国承認やリットン調査団というキーワードで思い起こされる年でもあります しかし歴史年表に出てくるようなそんな事項がかもし出すなんともきな臭い緊張した空気に日本中が包まれていたというわけでは決してありません人々の日常の生活はそんな時代の流れから一定の距離を置いてむしろ今の日本の世情からすればずっと平和な暖かい空気の中にあったと言わなければならないでしょう特に地方の暮らしは中央のあわただしい動きからは良くも悪くも隔絶されていました 1925大正14治安維持法普通選挙法公布東京でラジオ放送開始川端康成伊豆の踊り子 1926昭和元 1927昭和2金融恐慌東京に地下鉄開通円タク流行芥川竜之介河童 1928昭和3アムステルダム五輪で織田幹雄活躍トーキー映画輸入 1929昭和4航空旅客輸送始まる世界恐慌発端小林多喜二蟹工船島崎藤村夜明け前 1930昭和5特急つばめ農作物価下落で農村危機 1931昭和6満州事変国産トーキー映画 1932昭和7五・一五事件山本有三女の一生 またこの時代昭和初期は国民生活の近代化が著しい時代でした航空機ラジオ放送映画などの主要ヨーロッパ科学文明が輸入され野球水泳陸上競技などのスポーツの流行をみました高層建築電車など都市の近代化も進みました重要ポイント日本史京大歴史教育研究会編ミネルヴァ書房 しかしやはりマスコミの発達によって文化の均一化の進んだ今とは違ってそんな華やかな流れには乗りきれない地方庶民生活の伝統的体質世界も広範に存在しました そういった時代にあった東北の山深い村の子供たちの世界に突然吹き付けてきた風広い世界中央の世界のさまざまな匂いを乗せてやって来た風ここでは三郎の登場の意味をこのように考えてみましょう 岩手の風 それではこの年9月初旬の岩手県内の様子を当時の地元紙紙面からうかがってみることにしましょうほんの一部のみの引用ですがものがたりの背景の雰囲気に少しでも触れられるかもしれません風の又三郎の世界を思わせる事項を赤で間接的に関係するものを橙色で示します なおものがたりに記述された気候や天気は実際の昭和7年の気象にしたがって描かれたわけではなく事前に構想されたものであることに注意して下さい 岩手日報昭和7年1932年 8月31日夕刊 明九月一日の二百十日の形勢まづ平穏豊年万作ちょっと小雨か風ぐらゐは吹くか 測候所長福井さんに伺ひを立てると云々盛岡測候所長福井規矩三氏作者は大正13年以降何度か氏を訪ねて教示を請うており昭和2年7月18日に訪ねた際の翌日に書いた礼状が残っている 9月1日朝刊 各地とも豊作 二百十日の平穏も目先がつき農家は大喜びだ 9月1日夕刊 二百十日恵みの雨 午前十一時頃になって雨気を帯びて小降りになった云々 久慈地方二十九日から三十一日にかけ残暑猛烈室内華氏九十三度に33.9℃ 和賀郡湯田村翁沢鉱山からの鉱毒で和賀川の魚白い腹を見せて死ぬ 上閉伊郡甲子村に金山話で同地方活気和賀西部でも金採取に血眼東磐地方も砂金掘流行 地名参考地図

岩手県50km八戸小坂浄法寺久慈安比川北上川盛岡葛丸川大瀬川石鳥谷和賀和賀川湯田江刺郡付近猿ケ石川甲子釜石萩荘一関千厩東磐藤沢矢沢花巻豊沢川北上川釜石線猿ケ石川鱒沢野手崎黒沢尻北上市和賀川梁川東北本線江刺郡稲瀬人首川米里種山岩谷堂江刺市木細工水沢小山10km

9月2日夕刊 釜石町長発案の失業救済砂金採取近く認可になる模様 9月3日朝刊 千厩煙草専売所では本年度の東山葉煙草量目検査施行中の処この程終了した 9月3日夕刊 各地にチフス 9月4日朝刊 三日午後八時五十九分盛岡地方に地震あり震度弱震の弱 盛岡園芸購販利組合市場近況 味覚をそそる秋の果実が出始めて来ました ふさふさした白粉をふいた葡萄日本梨りんご西瓜西洋梨云々 風物写真子供盆踊り櫓を取り巻き輪になって踊る浴衣姿の子供たち 9月5日朝刊 二歳駒せりいよいよ今日から十五日間景気煽って蓋あけ 恒例盛岡産馬畜産組合のせり売は市内馬検場にて開催されるが出場頭数は牡馬七四七 牝馬八〇一頭で陸軍省農林省も多数購買あるはず云々 9月5日夕刊 午後零時八分地震あり 震度弱震の弱震源地は八戸東方遥か沖合タスカロラ海溝で三日夜の余震である 三日に三歳の子四日に二歳の子川に落ち水死 各地の秋祭り 黒沢尻諏訪神社の祭典は七日から三日間盛大に施行されるが剣舞獅子踊り等をはじめ 見世物等もあり町内はゴッタ返しの大にぎはひを呈するであらう 季節の暴君台風のはなし中央気象台大谷東平氏 9月6日朝刊 二百十日夏作作況平年よりやや良し 9月6日夕刊 五日夜どしゃぶりの雨 稲が大分倒れた云々 花巻人口動態 八月中出生四十二に対し死産八は前例がなく母体の栄養不足か生活苦かと云々 9月7日朝刊 本県では山林不況の応急対策として新たに炭窯を構築するものに対し補助金を出すことに なった 黒沢尻地方六日午後四時頃より降り出した雨は六時頃から雷雨となり云々 不況知らずの煙草耕作地方東磐井郡藤沢町 江刺郡農会主催の興村祭は十一十二の両日に亘って岩谷堂公会堂に開かれる定めし 盛況をみることであらう 江刺郡下自家用醤油醸造増加 9月7日夕刊 今年の伝染病一時にドッと出る 五日現在県南地方は腸チフス百一名で昨年一年の五十一名の二倍となってゐる 地方馬一斉調査期日は十月一日一馬も洩れなきやうに 黒沢尻秋祭り 七日の第一日は前日来の豪雨もカラリと晴れ好天に恵まれ絶好のお祭り日和で近郷近在から 押寄せた人は実に一万を越えた 水路決潰して水田流さる江刺郡稲瀬村の豪雨被害 杉の木に落雷ゆふべ膽沢郡小山で 鮎簗活況呈す猿ケ石川 上閉伊郡鱒沢村川内簗は三日の豪雨で俄に活況を呈し当日は鮎五千尾うなぎ百尾の漁で あった 虚弱児童に肝油を与ふ一関小学校計画 全校児童一千七百五十名のうち虚弱児童と見られる百五十名に対し強壮剤肝油を云々 9月8日朝刊 パンの講習会 稗貫郡矢沢分教場に於て自家生産の小麦と馬鈴薯にて作る食パンの製造講習を開催 云々 火薬で雑魚採罰金二十円不服 石鳥谷町○○××三三は七月四日大瀬川で火薬を使用し魚類を捕獲したので 花巻区裁判所から略式命令で罰金を言ひ渡されたが云々 9月8日夕刊 八日朝釜石鯨の大漁 マッコー鯨十頭を漁獲した船が入港 フィラリヤ症山村に発生 9月9日朝刊 茸狩り列車十一日に増結 そろそろ秋冷を覚える頃となり云々 9月9日夕刊 鹿角郡小坂鉱山の煙林檎を枯らす被害は二千町歩 風物写真夏も名残の水辺大きな川の水辺でザルとバケツで雑魚を採る子供たち 9月10日朝刊 マンドリンとギター練習 岩手医専音楽部マンドリン倶楽部にては来る十三日より医専食堂に於て初歩練習会を開催 初歩好者を歓迎する 9月10日夕刊 御安心下さい二百二十日も無事と福井さんは語る 八日午後から思ひ出したやうにそぼふる雨と時折の突風もその後は云々 盛岡庭球大会あす仙北小学校コートに於て挙行 二戸郡浄法寺村○○××四三外三名同村安比川俗にマダ淵と称する場所に於てダイナマイト を使ひ雑魚を捕獲した事実あるを二戸署の探知する所となり云々 西磐井郡萩荘村大字上黒沢○○妻××四八は先月二十六日厩舎に提灯を置き忘れ厩舎の 屋根を焼いた云々 風物写真いなごとり田んぼの稲の中に着物姿の女の子二人 9月11日朝刊 冬季過剰労力利用共同施設決定 藁細工共同施設予定町村江刺郡米里村他云々 9月12日朝刊 昨日二百二十日全国申し分ない天気で終結 9月12日夕刊 さんま大漁釜石 9月13日夕刊 薬草七十五円児童が採取 江刺郡梁川村野手崎小学校の全校生徒は放課後薬草ゲンノショーコを採取し五百貫を集めて 七日黒沢尻町の薬草店に持って来たがこの代金は七十五円で云々 以上思いのほか風の又三郎に通じるキーワードが多い紙面ですまた二百十日二百二十日に対する関心の並々ならぬのも見逃せません 他に農事一般農村運動関係薬草講習会など生活改善関係講習会各種スポーツ大会鉄道道路建設養蚕の作況馬市祭り濁酒密造関係伝染病生活苦盗みのニュースが目立ち鉱山師殺し裁判所火事の記事また宮沢賢治ファンにはお馴染みの暁烏敏氏の講演会の度々の告知が目を引くことを付け加えておきます なおこの時期の全国ニュース記事としては満州国関係リットン調査団関係ロサンゼルスオリンピック選手団帰国関係のものが目立っています 取材の日前年の昭和6年9月6日には作者は猿ケ石川上流域に取材に出かけていますその際の雰囲気も見てみましょう 岩手日報昭和6年1931年 9月5日夕刊 花巻の両橋架替へ工事水害で進捗せず豊澤橋は結局明春から再着手 花輪線視察 花輪線は来る十月十七日開業するが既に線路橋梁等はすっかり完成し 花農修学旅行 花巻農学校三学年生三十九名は鈴木武井両教諭同道四日午前八時半花巻駅発北海道視察の途に上った帰校は十三日の予定 今晩の天気 北東の風曇り勝ちでまだ小雨があります明日の天気南の風時々はうす陽もさしますがまだ曇空で一時は小雨 盛岡気象 朝の最低温度摂氏十六度八平年より一度一低い日中の最高温度摂氏ニ三度六平年より三度ニ低い 日の出五時五分日の入り六時四分 9月6日朝刊 冷気雨天に再び凶作の心配穂が黒色に枯死して殆んど稲作全滅の湯田澤内 中にも最も被害の甚大なのは郡下西部の湯田澤内両村であって一ニ日前から折角出穂したものが曇天と冷気のために穂に黒色を帯びて枯死する状態であり目下の予想では 八九割の減収で殆んど全滅に近いものとされ両村始まって以来の凶作だと云はれてゐる 膽江の晩稲悲観さる 膽江地方に於ける遅蒔の稲作は花盛りを控え低温に災ひされ少なからざる打撃をうけて居る特に山間部の稲は被害甚大で此の天候が尚続けば江刺郡は約一割膽澤郡は二割位 の減収を見るであらうと言はれて居る右について吉田膽江分場長は語る 例年今頃の開花期に於ける天候は二十七度位であるのに今年は全く変調な天気で三日の如きは十八度五分といふ低音である八月上旬以来の天候回復は此の調子だと ぬか喜こびに終りはしまいかと心配して居る天候の事であるから全く策のほどこし様がない けふの天気内陸部南よりの風時々は日も射して暖かくなりますが驟雨の気味もあります 9月7日朝刊 けふの天気内陸部西の風晴れ時々曇って驟雨のきみがあります 9月7日夕刊 雨もカラリと晴れ盛岡競馬始まる 猿ヶ石川鮎大漁 鼻曲鮎の本場猿ケ石川の鮎ヤナは二百十日を過ぎても頗る閑散であったが三日夜来の雨で名物の鮎は銀鱗を踊らしてヤナに殺到五日朝に至って田瀬ヤナでは五百尾淵のかけ では約五百尾立澤ヤナでは約一千二百尾の漁獲を見た岩手軽鉄では鮎ヤナ見物の団体には特に大割引で歓迎すると云ふので今後鮎見物の人々で相当賑はふことであらう 尚金筋鮎で有名な稗貫川も四日夜からの雨で約七百尾から一千の漁獲があった 盛岡気象朝の最低温度摂氏十三度六平年より二度五低い日中の最高温度摂氏ニ二度九平年より〇度七高い 日の出五時〇九分日の入り五時五八分 なお各日の紙面は県議選24日投票の記事で賑やかです気温については一部誤植の可能性があります 山村のくらし 風の又三郎の住民達のくらしは作品内の記述や種山ケ原の夜に見られる種山ケ原とその周辺の住民との林業的関係などから総体的に見れば農業を主体としささやかな林業牧畜河川漁業鉱山業などに依存する複合的なものであることがうかがえます 4日に出てくる草刈りは飼育用のものでしょう6日のたばこ畑12日の一郎のおじいさんの心配の言葉今日はたばこも粟もすっかりやらえるは村の主要な作物を表しているのでしょう ここで特に注意すべきは作品中に田んぼや稲に関する記述が全く見られないことですおじいさんの心配の中に稲が入っていないのが目立ちますし6日の風に関する論争の耕助の言い分の中にも稲作社会であれば子供であっても風の悪さとして当然真っ先に挙げるべきと知っているはずの稲の倒伏が出てきません 東北北部では明治の中頃まで稗粟などの雑穀栽培が普通のことでしたグスコーブドリの伝記では沼ばたけ水田でのオリザ稲栽培に苦闘する先端農家の姿を描いていますそれは近代日本への脱皮に苦闘する東北地方の姿でもありました 山深い山村では稲作への転換はもっともっと遅れたことでしょう12日一郎が食べる冷たいごはんは果たして我々の知っている普通の白い米のご飯だったでしょうかそれは大いに疑わしいのです さらにそんな村々では遠く縄文時代にさかのぼる採集経済につながるくらしの様式の名残をそこここに残していたとも言われています後期の柳田国男が説いた稲作を共通基盤とする汎日本的文化はこの当時のそんな村ではいささか影が薄かったといってよいでしょう さてそういう村での人々の生活とは自然に密着した生活という言い方よりはむしろ生活そのものが自然の一部であるという言い方で表すのがふさわしいものであったと言わねばなりませんそうしてそのようなくらしの中にこそ現れた風の又三郎という見方をすればもっと風の又三郎の世界の奥深さが見えてくるのではないかと思われます またもう一つ野山にも生活の中にも石油プラスチック類の皆無であったエコロジカルに清浄な世界を我々は今本当に思い出してみる必要があります我々は本当に取り返しのつかないことをしてしまったのではないでしょうか環境だけではなく精神までも混濁した現代社会の我々とは異なる透明な世界の住人たちの上に現れた風の又三郎その意味を今果たして本当に理解できる我々であるかどうか厳しく内省してみなければなりません 前身形の風野又三郎には稲の話は出てきますが風の又三郎では他の部分でも周到に拭い去られています
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二百十日の計算二百十日とは雑節の一つで立春の日を元日として210日目に当たる暴風の吹きやすいと言われる日です二百二十日も同様の日です初め私は昭和初期の暦をみつけて立春あるいは二百十日の日付を調べるつもりでしたがなかなかその暦が見当たりませんそこで計算によって調べてみようと思い立ち事典を参考に次のような道筋で考えてみました立春とは二十四節気絶対的な季節の指標の一つですから毎年地球が公転軌道上で太陽に対して同じ位置に来た瞬間の日付をもってその日が決まることになります そこで地球の公転周期を調べてみますと365.2422日とあります@すると立春の時刻は我々のカレンダーや時計の上では毎年0.2422日約5時間49分ずつ遅れることになります 4年経つと丸24時間近くも遅れることになりますがしかしその4年間のうちには日数が一日多い閏年が一回含まれていますから差し引き約45分逆に早まる計算になりますAつまり立春に限らず二十四節気の時刻というのは全ていつの年でもその4年前と比べると約45分早まっていることになりますただしこのことは途中に閏年を省く年があると当てはまりません次に手掛かりになる日付を見つけるため私物の古い手帳など資料を調べてみたところ1984年の立春が2月5日で1988年の立春が2月4日であることが分かりました さあこの4年間にも立春の時刻は45分早まったはずですが日付まで変わっているということは次の可能性しか考えられません1984年の立春は2月5日0時台で1988年の立春が2月4日23時台であったここまで分かればつぎの表が完成します 立春の時刻 1984年閏5日0時台 1985年平@によりまた前年は立春のあと平年より1日多いから一日戻して4日朝6時台頃 1986年平@により4日昼頃1987年平@により4日夕方17時台頃 1988年閏@によりまたAにより4日23時台 いよいよ概算で目的の年の立春を調べます1927年から1987年までは60年経っておりこの間に閏年が省かれることはありませんでしたこの間立春はAにより11時間15分ほど早まっているのですから1927年の立春は1987年の時刻よりもその分遅いおおよそ5日の朝5時前後であったはずですまた1932年から1984年まで52年経っておりこの間に閏年が省かれることはありませんでしたこの間立春はAにより9時間45分ほど早まっているのですから 1932年の立春は1984年の時刻よりもその分遅いおおよそ5日の午前10時前後であったはずですところでAで示した時間はあくまで平均です事典によるとより正確には44分56秒で最大15分程度の誤差を持っているということですから概算の結果が日付の境目24時に近い場合は厳密な計算が必要になります しかし上に示した結果は日付の境目からは充分離れていますので誤差が日付にまで影響を与えている心配はありません日付はそのまま確定してよいことになりますそれでは目的の1927年の二百十日を数えてみましょう結果は9月2日となりますまた1932年の二百十日を数えてみますとこの年は閏年ですから9月1日となり風の又三郎の記述内容と合致しますついでに風野又三郎の方の設定年と思われる1924大正13年について同様に求めると9月1日となりこちらも記述内容と合致します 月齢の計算 月の満ち欠けは平均29.53059日で一巡します 一年は365日ですから12巡と10.63292日ですそこで月齢は翌年の同月同日には10.63292進んでいることになります但しその間に2月29日が挟まると11.63292進みます 計算上29.53059を越えた月齢はそこから29.53059を引いて表わします 新聞で調べると今日の月齢は約○○.○とわかります映画風の又三郎で述べた1977年の9月3日は今日の時点から××××日さかのぼりますつまり△△△巡と★★.★★日ですそうすると今日の月齢はその日よりも★★.★★進んでいることになります ○○.○から★★.★★を引いてみましょうマイナスになれば29.53059を足して表わします このようにして計算すると1966年9月3日の月齢は18弱1977年9月3日は19台であることがわかります
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宮沢賢治略年譜学生時代〜24歳教諭時代前半25歳〜春と修羅時代教諭時代後半〜29歳春と修羅2時代羅須地人協会時代29〜31歳春と修羅3時代晩年病床32歳〜 明治2918968月27日現花巻市に生れる 36小学校入学 42盛岡中学校入学 大正31914中学校卒業入院家業手伝い 4盛岡高等農林学校入学 5校友会会報に短歌発表 6同人誌アザリア創刊最初の種山ケ原調査行 7高等農林卒業同校研究生童話執筆妹トシさん看病のため上京 8帰郷家業手伝い 9高等農林研究生修了 10上京童話多数帰郷稗貫農学校改称花巻農学校教諭雑誌に雪渡り発表 11詩作妹トシさん死亡 12諸紙誌に詩童話を発表昭和8まで樺太旅行 13風野又三郎完成詩集春と修羅童話集注文の多い料理店出版 1415農学校退職羅須地人協会設立上京チェロ教習など 昭和219273上京大島旅行病臥 45小康 6創作メモ東北砕石工場技師仙人峠取材上京発病帰郷病臥 7風の又三郎発表予定8文語詩稿完成9月21日死亡 作品の成り立ち 風の又三郎はどのようにして出来上がった作品なのでしょうか実は風の又三郎は作者がこのタイトルで素直に書き下ろした一編というわけではなくさまざまな別の先駆作品がない交ぜになって成立したものがたりなのです 風の又三郎はおそらく昭和6年の早い時期に文教書院刊佐藤一英編季刊児童文学第三号昭和7年刊行予定に発表する予定が立てられましたそしてそれは既に大正十年代に書かれていたいくつかの作品の再利用と新たな取材による子供たちの様子などによって構成されることになったのです 先駆作品再利用されたもののうち一番のおおもとになっているのが風野又三郎という紛らわしい名で知られている作品ですこの作品は風野又三郎と名のる空飛ぶ風の精子供たちは風の又三郎と言うが子供達に体験談を聞かせるという面白い科学物語のような一面を持つ大正13年完成の気宇壮大なファンタジーです趣きはずいぶん違いますが話の舞台や登場人物などものがたりの外枠はすでにこの作品で用意されていますのでこの風野又三郎は風の又三郎の初期形先駆形であると言われています私は姉妹篇であると同時に前身形であると言っても分かりいいと思いますこの作品については下記参考作品紹介風野又三郎を読むでごらん下さい全文もごらんになれます 作者は完成後もこの作品をさらに書き換えようとしていたふしが見られるのですがここに到って明確に新たな作品化を決断したものと思われます内容的には風の又三郎の枠とも言える9月1日及び12日がこの風野又三郎を土台として書き上げられさらに6日の重要部分がほぼそっくりこれからの引用で出来上がっています 作者がこの作品を新作風の又三郎へと変化させるに当たっての一番のポイントは主人公をこんどは風の精ではなく普通の人間として転校させて来てものがたりをより現実に近づけることでしたですから新たな主人公は直接不思議な振る舞いをしたり風の講義をしたりはしなくなりますしかしそれだけになおのこと主人公の一種の神秘さが引き立ってきています この両作品名を話し言葉で区別するときはアクセントを変えますドミミと発音すれば風のとなりミドドとすれば風野という苗字になります次に主人公がみんなと一緒にいろいろ行動する場面には村童スケッチとか種山ものと言われるジャンルの二三の作品の一部またはほとんど全部がもちろん修正された形で引用されました 村童スケッチとは作者自身の分類名で広義には馬の頭巾さいかち淵十月の末谷種山ケ原鳥をとるやなぎひかりの素足二人の役人祭の晩みじかい木ペンなどを指す種山ものとはさるのこしかけ種山ケ原種山ケ原の夜など まず9月2日はそのほとんどを新しい取材の成果で構成したようで先駆作品の取り入れの目立たない章なのですが教室の場面はみじかい木ペンの一場面を彷彿とさせます 9月4日の原稿はほとんどそっくりそのまま種山ケ原の原稿の借用で出来上がっていますですからこの日の文章は振り仮名が目立ったり読点が多かったり他の日とはやや異なる色合いを持っていますなお肝心の嘉助の見る夢はもちろん元のものとは全く別内容です9月78日でもさいかち淵の総ルビ付きの原稿を文体をたからましたに変換してほとんどそのまま使っています風の又三郎のテキストとしてはほとんどのルビは無いものと判断するのが自然ですしかしここでも一番最後の部分では風の又三郎独自の謎を残すよう巧みに書き換えてありますなお八日には二ヶ所にわたってたがましたへ変換されずに残っています 風野又三郎は作者の創造した風の精にまつわるファンタジーですまた種山ケ原は作者の見聞と想像が生み出した一人の少年の心の中の世界ですそしてさいかち淵は形式的には作者が一人称で語る私的な経験です新作風の又三郎はそのいずれとも異なる現実世界の集団の少年たちの身の上に起こった三人称で語られる形式のものがたりとなりました この他に谷鳥をとるやなぎの内容も取り入れる構想があったようですが実現しませんでした下記創作メモ参照 なお4日の舞台となった上の野原の馬の放牧などについては種山ケ原の夜にも風の又三郎につながる記述があります7日の砥石については鳥をとるやなぎにまた8日の毒もみについてはさいかち淵では丹礬を使っていますが山椒を使う方法について毒もみの好きな署長さんに詳しい説明が見られます もう一つ7日の川を歩く鼻の尖った男については作者の体験に基く台川イギリス海岸や楢の木大学士の野宿などの作品によって示唆が得られるように思われます 風の又三郎の由来 プロットモチーフ描写の断片参考 1日風野又三郎風野又三郎 2日みじかい木ペン 4日種山ケ原種山ケ原風野又三郎種山ケ原の夜 6日風野又三郎 7日さいかち淵さいかち淵鳥をとるやなぎ台川イギリス海岸楢の木大学士の野宿 8日さいかち淵さいかち淵毒もみの好きな署長さん 12日風野又三郎風野又三郎 ついでながらこれらの他にマグノリアの木の内容が風の又三郎の9月4日を強烈に思い起こさせますがその彷徨のモチーフの起源は早期に書かれていた同作品の前身小品峯や谷はにありまた彷徨の細部昏倒のモチーフや霧の描写などは種山ケ原由来と考えられますまた谷でも深くて恐ろしい谷のモチーフが風の又三郎を思い起こさせますがそれは直接には種山ケ原から来ていると思われます つまりこの二つの作品マグノリアの木谷と風の又三郎との関係は種山ケ原を親とした兄弟関係であると言うことができそうです風の又三郎は大変立派な弟ですけれどもずいぶん遅生まれの弟です下記参考作品系譜参照付言すればさるのこしかけには種山ケ原との共通性があります銀河鉄道の夜には川を題材としていることによる若干の参考部分があります 以上言及した作品は峯や谷は大正7年銀河鉄道の夜大正13年頃から昭和6年頃以外は全て大正10〜13年頃の作内容については下記参考作品紹介参照 取材行昭和6年3月ごろから作者は東北砕石工場技師としての仕事を始めましたそして5月頃から遠野の先にある上郷村の上郷小学校に勤めるかつての教え子沢里武治氏に対して同村近辺の岩石調査の際に会いたいという手紙を何通か出しておりその後8月に次のような手紙を出しています 略一ぺん例の軽鉄沿線の人造石原料の調査に出る訳ですがあなたはいまそちらにお出でですかまた細越近辺乃至沓掛あたり半日ぐらゐご一緒できるでせうかご都合お知らせ下さらば幸甚です童話ママ文学といふものへ毎月三十枚から六十枚書く約束しましたあなたの辺にも二三篇取材したいと思ひますもしご都合よければ私の方は明日にも出掛けたいと思ひます略8月13日校本全集書簡番号377 岩手軽便鉄道現JR釜石線猿ケ石川上流の早瀬川流域沓掛は源流の仙人峠付近 略仙人峠の方は今月末或は寧ろ学校が始まってからの方が好都合な点もありますそれはこの頃童話文学といふクォータリー版の雑誌から再三寄稿を乞ふて来たので既に二回出してあり次は風野又三郎といふある谷川の岸の小学校を題材とした百枚ぐらゐのものを書いてゐますのでちゃうど八月の末から九月上旬へかけての学校やこどもらの空気にもふれたいのです略8月18日校本全集書簡番号379 6年7月児童文学創刊号に北守将軍と三人兄弟の医者7年3月第二号にグスコーブドリの伝記を発表 また作者の遺した手帳の一つ兄妹像手帳には次のようなメモや詩があります MentalSketchModified1931.9.6.TheGreatMilkyWayRailRoadKenjyMiyazawa 丘々はいまし鋳型を出でしさましていくむらの湯気ぞ漂ひ略 盆地をめぐる山くらくわづかに削ぐ青ぞらや稲は青穂をうちなめてつゆもおとさぬあしたかな topazのそらはうごかず略をちこちに稲はうち伏しその穂並あるひはしろき略はてにしてうちひらめける温石の青き鋸いと小き軽便の汽車ほぐろなるけむりをことこととはきて峡をのぼれる略 これらは仙人峠への取材旅行を裏付ける内容と思われます上記引用部分のすぐ後には後述の風の又三郎創作メモも書かれています TheGreatMilkyWayRailRoadとは軽鉄つまり岩手軽便鉄道現JR釜石線のことでしょう 丘々はは下記創作メモと共通するところがあります 盆地をは参考作品抜粋の盆地に白く霧よどみの原型です 温石の青き鋸とは蛇紋岩が目立つ早池峰山と思われます おそらくは9月6日日曜に出発し翌日の月曜日に学校を取材したことも考えられます9日には沢里氏に礼状を書いています この取材が行われた時の岩手県内の雰囲気についてはものがたりの舞台2取材の日を参照して下さい この取材行の折遠野駅で落ち合った沢里氏に対し作者は車中でどっどどどどうどの歌の作曲を依頼したがその過大な期待の重圧に沢里氏は結局作曲を果たせなかったという逸話は良く知られています風の又三郎を吹く風風の歌のメロディー参照 創作メモ 作者の遺したたくさんの原稿類の中には風の又三郎に関する各種創作メモがあちこちに紛れ込んでいましたいずれも昭和6年に入ってからのものとみられますが執筆前中のさまざまな構想が窺えるその興味深い記述をごらんいただきましょう一部省略誤字などは原文のママ新校本宮澤賢治全集による なお最終的に風の又三郎にはっきりとは実現しなかった部分を赤で示しておきます メモ中風野又三郎とあるのは前身作風野又三郎のことではなく後日風の又三郎と題されることになる新作を意味します 童話風野又三郎梗概 九月一日登校授業前見知らぬ子 足をふむ子ら喧嘩してさわぐ間に居なくなる 招介モリブデン稼行するとて社の命に父来り住す 職員室より教師とともに出で来る 教師訓示する間に背広にシシャツ着て黒のハンケチを巻ける男窓外より扇子を持ちてうかがふ あだ名いまだ恐れて近づかず別れ去る 八月二日子らはじめて近づく 又三郎風の歌をうたふ ぼくに風のうたうたへっていふのか 又三郎歩き来れる地方のことを語る 八月三日アセチレン燈にて火ぶりす 剣舞の練習后 八月五日風の効用に就て子らと争ふ 風野又三郎 九月一日木小学校転校 九月二日金消炭にて書く鉛筆を貰った子湧水を教へるみんな又三郎の挙動ばかり見てゐる 九月三日土又三郎語る草山の下を通る風の歌又三郎の前の学校のはなしあしたの相談 九月四日日草刈を見に行く 九月五日月 九月六日火雨消炭はやる 九月七日水雨葡葡とりに行く又三郎効害論 九月八日木情勢険悪 九月九日金神楽 九月十日土又三郎云はず 九月十一日日 九月十二日月嵐転校 どっどどどどうどどどうどどう どっ 1あまいざくろも吹きとばせすっぱいざくろも吹きとばせ 2青いりんごも吹きおとせまっ赤いりんごも吹きおとせ Bアモイ東京タスカロラ上海青森オホーツク 六年孝一 五年嘉助又三郎さの 四年佐太郎喜蔵甲助辰治このきのよ 三年ぺ吉かよ 画習算国体全部一諸 風野又三郎木 九月一日晴 九月二日金転校 三土消シ炭話シ 四日原馬 五月水泳 六火 七水雨 八木葡萄とり 九金夜神楽 十土又三郎平然 十一日記事ナシ 十二月風雨終リノ日 九月二日金鉛筆ニ就テノ紛争又三郎消シ炭ニテ書ク 九月十一日曇日 九月十二日風雨月 以下は既述兄妹像手帳のもの童話風野又三郎 自九月一日至九月十日 雨はれし次の日白雲うづまけり 種山ケ原のかた青くけむること 楊の葉いまだブリキならず胡栗の葉に病葉あり たばこの葉をとりしとて又三郎いぢめらる 専売局の役人 あんまり川をにごすなぢゃいつでも先生ぁ云ふでなぃが 山の雨の中萱のむらや栗の木の間を雲は這ってあるきました 第二日又三郎談ル 第三日カヂカ突キ 風ぇどうど吹いで来豆けら風どうど吹いで来 第四日種山ケ原 第五日又三郎鉛筆ヲカシ自ラハ消炭ヲ拾ヒ来リテ算ス 終テ運動場ニ出デ風ノ中ヲ飛ビアルクワアウナホントア風ノ又三郎ダベ 第六日雨タバコヲツム又三郎雫ヲ落ス 第七日又三郎風ノ効用ニ就テ争フ 第八日火ブリ 第九日 第十日父迎ヒニクル 第十一日日曜 第十二日転校 風野又三郎 雨はれ山々新に鋳型をいでしがごとき 萱の間でかくれっこしなぃが 谷川の上流にて小鳥ら柳に吸はる 谷の上なるきのことり それからあかしも消さな それからそれからラムプも消さな 以上作品本文とは異なる内容や変形された内容採用されなかったモチーフ果ては地名を読み込んだ歌までもの存在が目を引きます作品鑑賞の立場ではそれらはあくまで除外して考えなければなりませんが作品研究の立場からは大変興味のそそられるところです なお作品に実現されなかった内容は多くは2日3日及び9日10日に設定された諸内容であると同時にその日にち自体もまた2日以外は結局残されなかったことに留意したいと思います三郎が自分のことを語り風の歌を歌うところと情勢険悪のあとの三郎の様子は完全に隠されてしまったのです 現存本文は1日から8日までのうち二日間が抜けていますが当初は全ての日付が揃う構想であったことは次のことからも明らかですすなわち現存2日から8日までの何れの本文も冒頭が次の日または次の朝で始まっておりしたがって四日の冒頭がそうである以上当然3日の本文が存在し同じように6日と目される本文の冒頭により5日の本文が存在したことが分かりますまたもし6日と目される本文が実は5日のものであったとしても7日冒頭は6日の本文の存在を示しています 火ぶり火ブリは灯火漁のことです四万十川の火ぶり漁などの例がありますアセチレン燈にてとありますが例えば銀河鉄道の夜の最後の場面には魚をとるときのアセチレンランプが出てきますなおこのメモに火ぶりがあることは8日のねむの林の匂いの正体の大きなヒントとなっていると私は考えます 楊の葉いまだブリキならずは鳥をとるやなぎとガドルフの百合に風ぇどうど吹いで来豆けら風どうど吹いで来岩手のわらべ唄よりは風野又三郎に類似部分があります 谷川の上流にて小鳥ら柳に吸はるは鳥をとるやなぎの谷の上なるきのことりは谷のモチーフです 山々新に鋳型をいでしがごときはどんぐりと山猫の冒頭の朝の景色に通じますその場面はまるで風の又三郎の一場面のようです 病床作者は東北砕石工場の仕事で東京出張中の昭和6年9月21日に一旦遺書を書くほどの重い病に倒れその後風の又三郎は概ね実家の病床での執筆となりました7年残念ながら児童文学は廃刊となりましたが作品は翌8年9月のギリギリまで手直しされ続けたようです特に9月2日の部分は一番最後に改めて全面的に書き直されたものらしく他の部分との矛盾を含んだ章となっていますそしてご存知の通りものがたりは結局最終的な完成を見ることはできませんでした原稿未整理による作中の矛盾の問題については後述の風の又三郎の謎参照 しかしながらこのように風の又三郎が複数の既成の作品からの引用を重要なファクターとして成り立っているということは作者にとってこれが一つの言わば集大成的作品であったのだと考えることができることを示しています思えば作者が過ぎ去った日々にあちこちで出合った小さな学校や谷川高原などでの印象が後々まで心を離れなかったからこそきっと宮沢賢治はそれらのシーンをもう一度この作品に再現させて生き返らせてみようと考えることになったのでしょう 文語詩夜をま青き藺むしろにの先駆形土性調査慰労宴には郷土の山河に対するこまやかな愛情表現が見えます作者最晩年の作であり作者自身が過去を追体験した作品であると同時に我々もまた作者学生時代のひとコマを鮮やかに追体験させられる思いです ことあたらしくうちしける 青き藺草の氈の上に 人人のかげさゆらげば 昨日も今日もめぐり来し たばこばたけのおもひあり また人人の膳ごとに 黄なる衣につゝまれて 三尾添へたる小魚は 昨日も今日もたどり来し くるみ覆へるかの川の 中に生れたる小魚なれ 酔ひて博士のむづかしく 大学出なる町長も たゞさりげなくあしらへば 接待役の郡技手も 眉をひそめてうち案じ 縮れし髪を油もて うち堅めたるをみなごも なすべきさがを知らぬらし 酒得て呑まず酔はざらば 西瓜を喰めとすゝむるは 組合村の長なれや あゝこのま夏山峡の 白き銀河の下にして 天井低きこの家に つどへる人ぞあはれなれ なお作品が最初に刊行されたのはそれからほんの間もなくの昭和91934年宮沢賢治全集第三巻文圃堂によってでしたその後宮澤賢治名作選羽田書店宮澤賢治全集第三巻十字屋風の又三郎羽田書店下図扉絵いずれも昭和14年などに収められています その後更に後の経緯は山崎進宮沢賢治研究ノート10四次元昭和28・7宮沢賢治研究会にまとめられています 昭和九年十月十九日宮沢賢治全集第三巻に所収文圃堂発行 昭和十四年二月二〜七日築地小劇場に於て東童宮津博氏演出風の又三郎上演さる 昭和十四年三月七日宮沢賢治名作選に所収文部省推薦となる松田甚次郎編羽田書店発行 昭和十四年十月二十七〜二十九日有楽座に於て劇団東童宮津博氏演出風の又三郎上演さる 昭和十四年十二月二十日風の又三郎坪田譲治解説で羽田書店発行文部省推薦 昭和十五年十月十日日活映画風の又三郎封切文部省推薦文部大臣賞受くポリドールテイチクレコードに風の又三郎吹込む 昭和十六年一月十六日東京中央放送局からラジオ小説風の又三郎放送 昭和十六年四月二十三〜八月十五日盛岡放送局から五回にわたり風の又三郎朗読放送 昭和十七年二月十一日新京満州文芸文書房から風の又三郎漢訳風大哥発行される季春明訳 昭和二十四年二月宝塚中劇場に於て青沼三朗演出風の又三郎上演 昭和二十五年十二月三十日あかね書房から世界絵文庫初級向風の又三郎発売高橋忠弥画 昭和二十五年十二月三十日ポリドールレコード劇団東童吹込みで風の又三郎発売 昭和二十六年四月十五日宮沢賢治児童劇集に所収聖光社京都発行 昭和二十六年四月二十五日岩波文庫風の又三郎谷川徹三編発行 昭和二十七年三月ラジオ東京から劇団東童出演で風の又三郎放送 昭和二十七年五月十日日本の名著毎日ライブラリー毎日新聞社発行に風の又三郎所収 昭和二十七年五月十日日本名作物語少年毎日ライブラリーに風の又三郎所収 風の又三郎主な出版歴児童文学者人名事典中西敏夫編出版文化研究会より 宮沢賢治全集全3巻高村光太郎宮沢清六藤原嘉藤治草野心平横光利一編文圃堂書店1934〜35 宮沢賢治全集全6巻別巻高村光太郎中島健蔵宮沢清六藤原嘉藤治草野心平谷川徹三横光利一森惣一編十字屋書店1939〜441946〜48再版 風の又三郎絵文庫あかね書房1956 風の又三郎筑摩書房1956 宮沢賢治全集全11巻別巻筑摩書房1956〜58 宮沢賢治全集普及版全11巻筑摩書房1958〜59 風の又三郎宮沢賢治童話集1春日部たすく絵岩波書店1963 宮沢賢治童話全集全7巻岩崎書店1964 風の又三郎少年少女日本の文学21あかね書房1967 風の又三郎よだかの星鈴木たくま絵旺文社1967 宮沢賢治全集全12巻別巻筑摩書房1967〜8 風の又三郎学習研究社1969 風の又三郎名著復刻日本児童文学館29ほるぷ出版1971 宮沢賢治全集校本全14巻宮沢清六天沢退二郎猪口弘之入沢康夫奥田弘小沢俊郎堀尾青史森荘已池編筑摩書房1973〜77 風の又三郎ポプラ社1978 宮沢賢治全集新修全16巻別巻宮沢清六入沢康夫天沢退二郎編筑摩書房1979〜80 風の又三郎宮沢賢治童話全集シリーズ文庫版2深沢省三絵1982 風の又三郎宮沢賢治童話集2広瀬雅彦絵講談社1985 宮沢賢治全集文庫版全8巻天沢退二郎入沢康夫宮沢清六編筑摩書房1986 宮澤賢治童話集1矢立出版1987 風の又三郎偕成社1989 風の又三郎宮沢賢治童話全集9岩崎書店1989 風の又三郎宮沢賢治絵童話集12くもん出版1992 風の又三郎春日部たすく絵岩波書店1994 現在発売中のものについての情報はおしまいにの読書案内をごらん下さい 参考作品紹介 風の又三郎に組み込まれた作品群です 風野又三郎を読む みじかい木ペン概要 種山ケ原を読む さいかち淵を読む 種山ケ原の夜概要 鳥をとるやなぎ抜粋 毒もみの好きな署長さん抜粋 台川概要 イギリス海岸概要 楢の木大学士の野宿概要 泉ある家抜粋 十六日抜粋 マグノリアの木あらすじ 峯や谷は抜粋 谷あらすじ さるのこしかけあらすじ 銀河鉄道の夜抜粋 どんぐりと山猫抜粋 やまなし抜粋 逆にと言ってはおかしいのでしょうが又三郎の姿が別の作品の中に現れることもあります 参考作品抜粋 風野又三郎以外にもイーハトーボ農学校の春には風野又三郎が陽気な春の風の精としてひかりの素足には風の又三郎が恐ろしい死神のような存在として描かれています雪渡りとまなづるとダアリヤにはほんの名前だけですが又三郎が出てきますこれらはいずれも風の又三郎より前かつ風野又三郎よりも前の作品ですから又三郎の概念自体は早くからデビューしていたわけです また又三郎の名はついていませんがいちょうの実にはガラスのマントの葡萄水には又三郎の原型と思われる赤毛の子供の記述があります吹雪の世界を空前の美しさで描いた水仙月の四日に出てくる雪婆んご雪狼雪童子は又三郎の眷属と言っていい存在でしょう 文語詩盆地に白く霧よどみの内容は子供たちも学校も風の又三郎の原風景そのものです 詩孤独と風童では作者は風を童子と見て話しかけ童話風野又三郎の発表宣言をしています 又三郎から離れて風一般ということになるとこれはもう宮沢賢治の多くの作品の中に自然な風景としてまた重要な何かを象徴するジングル場面転換や異世界へのスリップのブリッジとしてお定まりのように吹いてきます後者の典型的な例は例えば注文の多い料理店どんぐりと山猫鹿踊りのはじまりなどに見ることができるでしょう作者は風に対して並々ならぬ関心と興味を抱いていたことは間違いありません 宮沢賢治の生涯にはイーハトーヴの野や林に立って風を見つめながらものを思ったシーンがそれこそ数え切れないぐらいあったことでしょう

きみにならびて野にたてば風きららかに吹ききたり柏ばやしをとゞろかし枯葉を雪にまろばしぬげにもひかりの群青や山のけむりのこなたにも鳥はその巣やつくろはんちぎれの艸をついばみぬ文語詩稿五十篇より

又三郎を彷彿とさせる作品群です イーハトーボ農学校の春抜粋 ひかりの素足抜粋 雪渡り抜粋 まなづるとダアリヤ抜粋 いちょうの実抜粋 葡萄水抜粋 水仙月の四日抜粋 盆地に白く霧よどみ 孤独と風童 注文の多い料理店抜粋 上に掲げた以外にこのサイトで引用している作品についてはおしまいにの引用作品名一覧でごらん下さい 参考作品おおよその執筆年 大正7年高等農林卒業峯や谷は 10年上京帰郷農学校奉職種山ケ原毒もみの好きな署長さんどんぐりと山猫雪渡りいちょうの実葡萄水まなづるとダアリヤダアリヤさるのこしかけ注文の多い料理店 11年台川イーハトーボ農学校の春ひかりの素足水仙月の四日 12年みじかい木ペンさいかち淵鳥をとるやなぎイギリス海岸楢の木大学士の野宿マグノリアの木谷ガドルフの百合やまなし 13年詩集春と修羅童話集注文の多い料理店出版風野又三郎種山ケ原の夜孤独と風童 昭和6〜8年風の又三郎盆地に白く霧よどみ泉ある家十六日銀河鉄道の夜最終形 参考別冊國文學宮沢賢治必携學燈社 参考作品系譜

葡萄水いちょうの実雪渡りまなづるとダアリヤイーハトーボ農学校の春ひかりの素足孤独と風童風野又三郎みじかい木ペンさいかち淵峯や谷はマグノリアの木谷種山ケ原種山ケ原の夜どんぐりと山猫風の又三郎鳥をとるやなぎ毒もみの好きな署長さん台川イギリス海岸楢の木大学士の野宿

1彷徨のモチーフ 2彷徨獣道 3彷徨の細部昏倒霧の描写など 4深い谷のモチーフ 5種山ケ原の風物自然の描写 6達二が出発してから夢の大部分を除いてほとんど全部夢の先生の場面 7夢の先生の場面 8風野又三郎の概念 9一郎と舞台の雰囲気 10毒もみ 11風野又三郎の概念 12詩での童話への言及 13鉛筆紛争 14二日間のできごとほとんど全部 15砥石 16鼻の尖った人への示唆 17草刈り焚き火馬ヤマブドウ自然描写地名人名など 18初日と最終日の大枠風に関する論争他に描写の断片
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風野又三郎から風の又三郎へ 風野又三郎はなんとも爽快な風の世界を描いたユニークな魅力たっぷりの作品ですこれを読むと又三郎の世界が急に思わぬ方向に膨張したのが感じられ歓声を上げたくなるような気がします是非一度じっくりとお読みになって下さい前記参考作品紹介よりどうぞ ここでこの作品と風の又三郎の関係についてもう少し考えてみましょう 風野又三郎9月1日を読んで感じるのは圧倒的な自然さです一年生の子が泣いたのもおかしな子の格好も言葉が通じないのもみんなが及び腰なのもすべて当たり前のように理解されて全く引っかかる所はありませんそうして物語のトーンは一貫したまま進んで行きますところがこれが風の又三郎になると読者はなんだか不自然にまがまがしく起こる事々と急に色合いの変わる空気によってなんだか落ち着かないような気分にさらされることになります 他に両者に共通する場面を見てみますと風に関する論争の部分についても風野では周到な前提状況の上に当然のように行われたと理解される流れであるのに対し風のではいささか唐突に無理やり始められたシーンの感じが否めません 最終日の風を見上げる一郎の感慨やタスカロラ海床の名も風野では何ということもなく理解できるのに対し風のでは一瞬かすかな戸惑いに似たものを覚えさせることになります そうです風野又三郎が絵空事であることがはっきりしているゆえの自然さを備えて読者に与えられる作品だとすれば風の又三郎は現実世界から離れないからこそ読者を放っておかない干渉するわざと考えさせるように干渉する作品なのです 風野又三郎の風野又三郎は短気で生意気で傍若無人なお天気屋です率直に言ってやなやつだなあという印象です ふつう童話に出て来るの精といえば純粋無垢の天使のような神様のような性格の存在だとされることが多いと思いませんかそんな常識を前提に風野又三郎を読んでなんだか裏切られたような気持ちになった方も多いでしょう しかし考えてみると上のような又三郎の性格は人間世界を無情に吹き付ける実際の風そのものに対して我々が抱くなんとも抗い難い思いをそのままに表しているではありませんかそういう側面をきれい事で包み隠さずズバッとさらけ出させているのは薄っぺらでない誠実な物語という印象の根拠ともなっておりまたただ甘いだけとは違う深い味わいを備えた不思議なお菓子のような童話という評価にも大きな関わりを持っています さてそんな又三郎の性格は風の又三郎の高田三郎にも引き継がれています転校生といえば絵に描いたような優等生というステレオタイプからは変にずれていますですから風の又三郎は好きだけれども三郎の性格がちょっとネという人もいます このような三郎の性格はつまり高田三郎は風野又三郎とは別に全く新しく創り出された人物というわけではなく外見は異なっているけれども何かしら共通のものを持っているのだということを示唆していますしかしそのことによって高田三郎の内実もやはり又三郎そのものであるということの保証が与えられているとまでは言えないでしょう三郎の正体についてはもう少し別の観点からも考える必要があります 創作メモでごらんになったように作者は新作風の又三郎のことを風野又三郎と呼んでいました実は風の又三郎手書き原稿も本当は風野又三郎と題されていたのです作者没後の刊行にあたりいくつかの理由から風のと改題されましたとすれば作者のつもりでは風野又三郎は表題名かつ主人公の名前である固有名詞であり風の又三郎は風の神性を言う普通名詞であると使い分けていたのだろうと推測できます 登場するのは具体的個人子供達が思うのは伝承の風の神性という意図ではなかったでしょうかこの構図は前身形風野又三郎ではっきりと示されています主人公は風野又三郎と名のりこどもたちは風の又三郎だと思いますその構図がもし風の又三郎まで一貫して持ち越されているのだとすれば高田三郎という名は偽名であると断言できそうですが しかし風の又三郎本文中には風野又三郎という名は一切出てきませんとしたらさてどこまでその構図を信じるべきでしょうか前身作と紛らわしいこと作者が前身作を改作する意図で教え子に筆写させたときに章題を風のとせよと命じたと伝えられること他既出謎解き風の又三郎天沢退二郎が指摘している ものがたりの舞台1の地図をごらん下さい風野又三郎に登場する岩手県内の地名岩手山高洞山日詰水沢の位置に対して風の又三郎の舞台と思われる地域は明らかに一定方向にシフトしています 大正13年に書いた風野又三郎を昭和6年には鉱山上の野原という新たなモチーフをからめて作り変えたわけですがこの新しい舞台となる地域については作者はすでに例えば江刺郡一帯は風野又三郎以前の大正6年をはじめくまなく歩いてとうに馴染み深いものとなっていたはずですしかし風野又三郎はそれとは特に関係なく書かれました そして7年後美しい高原や清らかな谷川素朴な村童たちの思い出は最晩年の作者が今改めてこの地域の風土の魅力をどうしてもこの作品に固定しておきたいと思わせるそのようなまでに魅力的なものとなって甦ってきていたのでしょう 風野又三郎は汎地球的規模に及ぶものがたりですから当然でしょうが赤道直下の群島から上海九州富士川東京などの南方系の地名及び見聞が頻出する作品ですそして又三郎自身も東京から移って来た友だちぐらいに思われるとされていて東京からの転校生という新作への重大な示唆を宿しているように思えるのに対し実際の新作風の又三郎では南方の地名は一切登場せず三郎も北海道から来たとされています 何となく都会的である三郎の出自が北海道に求められたというのは作者の北方志向が単純に現れたということだけではないでしょうそれが純然たる中央大都会である東京ではなくまたみんなに一段近い準都会の仙台などでもなくまったく方向違いの茫漠としてとらえどころのないように思える土地であったことは子供たちの気分に一定の大きな影響を与える必然であったように思えます 風の歌作品のテーマソングとも言うべき風の歌は両作品で微妙に異なっています今その変遷と推敲の様子を少しく細かに辿って見てみましょう 風野又三郎では 1.9月1日冒頭 2.9月3日又三郎の歌 これは東京の保久大将の家の庭のザクロの木という実際に即して発生した歌詞です1.はこれが一部ひらがなに変わっていますがほぼそのまま作品の前奏曲として使われているものです 3.9月10日冒頭一郎の夢 これは3日の歌の記憶です 4.9月10日一郎の歌 これは2.3.と同じものここまではすべて同じ歌詞と見ていいでしょう 5.9月10日又三郎の歌 一郎の歌に続いて追加するように歌っています楢栃胡桃は大将の庭だけではなくもっと広い野山を吹くんだよと言っているようです 次に創作メモの段階では どっどどどどうどどどうどどう どっ―― 1あまいざくろも吹きとばせすっぱいざくろも吹きとばせ 2青いりんごも吹きおとせまっ赤いりんごも吹きおとせ Bアモイ東京タスカロラ上海青森オホーツク と新たにりんごと風野又三郎の活躍を思わせるマクロな地理的歌詞での発展を意図しています そして風の又三郎では 1.9月1日冒頭 オリジナル原稿のコピー複写を見るとこの部分は上記風野又三郎の1.を一旦筆写してそれに手を入れているのですがまず2行目と3行目のざくろはどちらもかりんに書き換え次に上の欄外へはみ出しての書き込みで2行目を青いくるみに変え3行目を一旦赤いりんごとしそのあとすっぱいかりんに戻していますかりんは実際には旧かなでくゎりんです ザクロとリンゴという果実は何となく派手な印象をまとっているのに対しクルミは地味で堅くカリンも酸味と渋みでそのままでは食べられない硬い果実です未成熟な者たちを象徴するにはよりふさわしいものです つまりここではある個別の東京の大将の庭の情景から発生した歌詞ざくろからはっきり離れて新たなものがたり用にかりんを持ち出したことああまいをやめて青いにしたことより野性味のあるくるみすでに風野又三郎の5.に現れていたを採用したこと赤いをやめすっぱいに戻したこと創作メモにもあったりんごをやめたことなどによる風の無頓着ではない意図的な残酷さ野性味を強調する効果と また創作メモのBを却下したことによるものがたりの土着性を曖昧にしない効果を指摘することができるでしょう2.9月12日冒頭一郎の夢 ここはオリジナル原稿では新しく書き下ろしていますまず2行目をうっかりあぁまいざと書いてざを消しかりんもと続け3行目をすっぱいかりんもと書きましたそのあと上方への書き込みで2行目を青いくるみもと変え3行目を黄いろな赤いりかりんもすっぱいりんごと次々に書き換え最後にすっぱいかりんとして結局1.とおなじ形に収まっています つまりここでもやや迷いはありましたが逆にそのことでこの形が決定稿だということを念押ししているようです 板谷栄城宮沢賢治の短歌のようなNHKブックスでは作者の作品推敲は多くは作品の全面的書き換えでなければイメージの比喩の選択の迷いによるものだと言っていますこの風の歌においても作者が複数の候補をあれでもないこれでもないといかにイメージに合わせようかと腐心した挙句この最終形にたどり着いたのだということを草稿の上から良く読み取ることができます 消えた表現 風の又三郎推敲の過程で現われ結局採用されずに消えたものは上記の歌の歌詞の単語ばかりではありません非常に興味深い表現がいくつも書きかけられそして消えていきましたものがたり世界の細部を想像するときそれらは結局無駄なものだったとばかりは言えないような気がします実際には採用されなかったことを承知した上でそれら元になった先駆作品にも新作風の又三郎にも顔を出すことのなかった表現のうちのいくつかを見てみることにしましょう新校本宮澤賢治全集による 9月1日 どうと鳴りビールいろの日光は 黒い雪袴をつけ小さなわらじをはいた というわけはこの朝は学校も学校のすぐ左の先生のおうちもあんまりひっそりとして にらめていましたらありがたいことにはちょうどそのとき川上からも川下からもうしろの崖の横を下りてくる山みちからも黒い小さいみんなの影がぽ あいつは外国人だなトルコ人だな みなさんはよく高田さんにこの辺のことも教えてあげまた向うのこともお話 悦治さんと甲治さんとリョウサクさんとですね 9月2日 正門から先生や時々来るお客さんの出たり入ったりする玄関まで大股に歩数を数えながら 行ってしまうとこんどはこっちを向いて眼で運動場の横の方がいま歩いた分にくらべて何倍あるかあゝちょうど三十歩あるから十五間 いちばんうしろでちゃんと見ていましたそしてなんだ佐太郎悪いやつだなあ 25−32と書きました では三郎さんこゝを読んでと云いました又三郎は何でもないというように立ってはっきりさっさとそこを読みましたそれもいままでみんなが聞いたことのない調子でした 又三郎は出来るぞ嘉助やみんなは顔をまっ赤にして聞いていました子どもらもみんな又三 みんなはいままでに唱ったのを先生のむちについて 9月4日 次の日も空はよく晴れてすゝきはざわざわ風に鳴りました 待ぢでるんだ又三郎とっても正直だもな あゝ暑う風吹げばいゝな又三郎さ頼めばいいのさ そこはもう上の野原の入り口ですゝきやおみなえしの中に 丈ぐらいある草の中のわずかなみちとも風の痕ともつかないしのをふんで 9月7日 ところが又三郎はきものを着たまゝ岸にいてみんなの泳ぐのを見ていましたが声をあげてわらいました わあ又三郎入らないのが そだら又三郎泳いで見ろと云いましたら又三郎は 9月12日 戸棚からつめたいごはんと味噌を出してお湯をかけてざくざくたべると大 今日は稲もたばこも稲もすっかりやらえる二百廿日一日遅 椀をこちこち洗ってそれからすっかり鞄を 異彩風の又三郎は作者の四大長編の一つと言われていますが他の三編ポラーノの広場グスコーブドリの伝記銀河鉄道の夜と比べると明らかな異彩を放っています幻想的な舞台濃厚な教訓性それに人物の横文字名などが捨てさられいわば飾りを排した正味の中身だけですっきりと屹立している風に見えます SF的な前身形風野又三郎から現実的な風の又三郎への変化がなければ風の精又三郎から転校生三郎への転換がなければ私達はこの異彩を見ることはできませんでしたではなぜ作者はこのような書き換えを行わなければならなかったのでしょうか 宮沢賢治少年小説続橋達雄洋々社はおおよそ次のようなことを言っていますより現実的な内容への変化は農村活動の挫折苦しい闘病セールスマンとしての苦闘などにより現実社会の厳しさを味わった作者のかつては奔放であった夢想の力に抑制がかかり現実を見る目に変化が生じたことによる種山ケ原とさいかち淵の戦慄すべき場面が取り入れられたことは死と向かい合った病の床で平和な日常も常に死の深淵と隣り合わせであることを悟ったから 舞台が山奥の小さな学校であるのは人間関係のわずらわしさを離れて静かに自然や生命と向き合える場所が欲しかったから 私はこれらの理由には積極的に肯定的な意義が認められるべきなのだと念押しした上でこの説明に同意します その上で作者にはそれまで書き溜めてきたたくさんの作品に描かれたさまざまな作者自身の分類に従えば花鳥童話動物寓話西域異聞少年小説村童スケッチイーハトーブ民譚などの世界をこの時期にいま一度統一しておきたいという欲求が意識的にか無意識的にか働いていたものと私は思いますつまり現に生を受けているそしてまもなく永遠に別れを告げることになるであろうこの世のただあるがままのなんら解釈を加えないそのままのありように対する限りない愛しさ下記病床などに強く表れているのゆえに作者は自らの作品群世界における空想と現実の融合という儀式を執り行っておかなければならなかったのです そしてそれにはそれまでの作風とは異なる風の又三郎という形式が是非とも必要だったのです

病床たけにぐさに風が吹いてゐるといふことであるたけにぐさの群落にも風が吹いてゐるといふことである疾中より

風野又三郎は風の精です子供たちもみんなそう思っていますし実際にそうであることに疑問の余地はありません空を飛ぶのも先生には姿が見えないのも現実であるという確固たる一つの世界が描かれています 高田三郎は何なのでしょうただの転校生であるのかどうなのか一郎と嘉助の考えは違っています空を飛んだのも現実なのかどうかはっきりしませんこの曖昧さは最後の最後の瞬間まで貫かれています どんなにそれが奇妙なものであろうとそれが一つのこれこれこんなものであると描いている風野又三郎と見る者によって異なって見えるのみならずその正体を知ること自体が可能ではあり得ないのだ言わんばかりの描き方の風の又三郎両者は似通った話どころではありません大げさに言えば世界把握の原理が異なっているのです この世界ははたしてどう出来上がっているのかその正体を私たちはどう知ることができるのかできないのかこのことについての作者の晩年の思索を反映している事実なのではないかとも思われます もっとも作者の早くからの法華経信仰表明の表現をつぶさに見ればここで初めてこの境地に至ったわけではなく今この地点に深く回帰して来たのだということが理解できます 作者は死の直前昭和8年の9月11日にかつての教え子に宛てた彼自身最後の手紙柳原昌悦氏宛校本全集書簡番号488の中に自らの人生を反省した次のような言葉を遺しています空想をのみ生活して却って完全な現在の生活をば味ふこともせず漸くじぶんの築いてゐた蜃気楼の消えるのを見てはといふやうな考では本気に観察した世界の実際と余り遠いものです上のそらでなしにしっかり落ちついて生きていきませういずれも自らの慢心を批判し後輩を指導する言葉なのですが作者最晩年の創作態度の変化の源を示唆しているようにも見えます 風野又三郎では一郎は最終日又三郎の去って行く最後を見送りましたしかし風の又三郎では一郎と嘉助は三郎との別れに間に合いませんでしたそして謎を前にして立ち尽くしてしまいました漠然と死期を予想していた作者は銀河鉄道の夜にもしばしば現れている何かに遅れてしまう惧れと焦りのモチーフを昇華してこの場面に集約し自らの到達点の一総括として示しておこうとしたのではないでしょうか不幸にも死の予感は的中しましたがこのような作者の周到な対応があったと考えると私は感謝とだけでは言い切れない深いものを感じます 作者の言葉の通り作品は実は永遠に未完成であるとしておいて良いはずのものであるのかもしれませんしかしこの作品は作者の死の直前の覚悟された遺志として評価しなければならないと私は考えるものですひとことで言えば風の又三郎は世界に対する賛美の歌自然という神への最後の信仰表明であったのです 日付の問題 ものがたりの舞台2で述べたように風の又三郎は昭和7年のものがたりと理解することができます構想を行った時期は昭和6年ですが曜日設定は作品発表予定である翌年に合わせたまたは都合よく翌年の曜日を利用できたと理解してよいのではないでしょうか しかしまたあるいは三郎が去って行く二百二十日9月11日を日曜とする構想がまずあってそれが作者の与かり知らぬところで偶然にも発表予定年のカレンダーに合致しただけと考えるべきなのでしょうかいえいえきっと作者はカレンダーとにらめっこしながら翌年の曜日を慎重に調べたに違いありません風野又三郎では日付と曜日を完成の年大正131924年のカレンダーにきちんと合わせていますし 種山ケ原の夜では舞台の設定を農学校での実際の上演の翌月の1924年9月2日であると明記していますこれらの例から見ても作者はものがたりの設定の日付とリアルタイムの関係について敏感であったと考えるべきでしょう 三郎は二百二十日の日曜日に退去させたい一方一郎が朝起きて三郎の去る気配を感じる風野又三郎のシーンはもう放棄することが不可能なまでに圧倒的であるまたものがたりを終えるためには一郎と嘉助は先生からいきさつを聞かされる必要もある こうして作者は三郎が去るのは二百二十日日曜日子供たちが別れを知るのは翌日月曜日とあえて二つの日時を分離してまでも昭和7年のリアルタイムのものがたりを作り上げたのです さてもし作者がカレンダーにこだわっていなかったらあるいは昭和7年のカレンダーが実際とは異なっていたらつまり9月11日が日曜日であると考える必要がなかったら子供たちが二百十日に三郎に出会い二百二十日に別れるという一番自然な基本的枠組みがそのまま採用されたかもしれませんもしそうなら最終日は9月11日ということになり登校した一郎と嘉助に先生はこう言うでしょう 又三郎って高田さんですかえゝ高田さんは今朝早くお父さんといっしょにもう外ホカへ行きましたまだ薄暗いうちだったのでみなさんにご挨拶するひまがなかったのです 風の又三郎の9月1日二百十日から12日二百二十日の翌日の月曜日までという時期の設定は必然でしたところが組み込まれることになった先駆作品はもともとそのためにぴったり合うように書かれているわけではありませんでしたからそこで二種類の言わば時期的なやりくりが行われたことになります まず種山ケ原由来の9月4日の上の野原で逃げたのは元の牛から馬に変更されたわけですがこの日にまだ上の野原に放牧馬が残っていることは種山ケ原冒頭の記述から見ても種山ケ原の夜の設定日及び内容から見てもやや無理があるように思われますしかし4日と11日を日曜とする設定の上では子供たちが上の野原へ行くのは4日しかありませんでした つまりそうして馬たちには気の毒でしたが彼らは作者によって少なくともぎりぎり9月の4日まで気候のリスクを冒して高原に留め置かれることになってしまったのですでも馬たちは健気にも?牛では得られない種類の緊迫感をかもす役目をちゃんと果たしてくれました またさいかち淵に描かれた8月1314の二日間の天候はまさに8月中旬にふさわしいものですがこれを九月に持って来るためにはことさらに異常な暑さのぶり返しであったという説明を加えることが必要になりましたしかしどうでしょうそのことは却ってものがたりの意志にぴったりと沿ってあっという間のめまぐるしい季節の移ろいと子供たちの思いの移り変わりをくっきりと描き出したではありませんか
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参考作品紹介風野又三郎を読む あらすじ執筆の時期及び曜日の関係から1924年大正13年の設定と思われる括弧の中の下線部は風の又三郎との相違点当然の相違点には下線は付けない 9月1日小さな小学校の教室に不思議な男の子が現れる冒頭の歌はああまいざくろも吹きとばせすっぱいざくろもふきとばせ三年生はいない不思議な子は赤毛で鼠いろのマントを着て透き通った靴をはいている先生には不思議な子は見えない 9月2日不思議な男の子は草山で子供達に風の精風野又三郎と名のり岩手山に行った話など風としての体験談を聞かせる草山は川の向こう側にある不思議な子は毎日草山の栗の木の下に来る彼は風野又三郎と名のり子供たちは風の又三郎と言う又三郎はやや生意気で高飛車な物言い昨日は二百十日だと言うタスカロラ海床に言及する又三郎が廻るとマントがギラギラ白光りする 9月3日又三郎は東京の大将の家を通りかかった話峠を通る幼い兄弟を吹き付けた話などをする又三郎は大将の家で叫んだ風の歌を歌う人をうらやましがるなという説教もする靴がガラスのマントがすきとおると描写されている 9月4日サイクルホール低気圧の話をする 9月5日上海の気象台から日本まで吹いてきた話をする岩手県水沢市の緯度観測所が登場する子供たちは又三郎の勝手な言動に変な気がする 現国立天文台観測センター北緯39度8分 9月6日又三郎に飽きたみんなは草山へ行かない又三郎は耕一にいたずらをして木のしずくを浴びせ風で傘を壊す午前中雨みんなは又三郎になれてまるで東京からふいに田舎の学校へ移って来た友だちぐらいに思うようになる壊れた傘はうちへ帰ってみるとちゃんと直して返されているマントがガラスのと描写される 9月7日耕一は日曜にもかかわらず一郎と一緒に草山へ行き又三郎に談判しようとするが風についての論争となり最後は仲直りをする又三郎は風がするいたずらと良いことについて話す耕一は風は稲を倒すと言い又三郎も認め詳しく話す 9月8日地球規模の大循環の話をする 9月9日昨日の話の続き 9月10日一郎は又三郎から聞いた風の歌を夢の中で聞き目覚める折からの台風に乗って又三郎がさよならを言って去っていくのがわずかに見える又三郎は飛びながら楢の木の葉も引っちぎれとちもくるみもふきおとせと歌う 風の又三郎への主な移行 風の歌が1日と12日へ 1日の冒頭から朝礼教室での先生の話までが1日へ 2日の又三郎が座っている情景の影の描写一郎と耕一が又三郎の前にかけ上がって来るところの息が切れた描写が4日へ 6日の耕一が木の雫をかけられること7日の耕一と又三郎の風に関する論争が6日へまるで東京からふいに田舎の学校へ移って来た友だちぐらいの概念が北海道から転校して来た高田三郎へ 10日の又三郎の声と姿以外の部分が12日へ古賀良子一つの心象スケッチの出来上るまで四次元昭和29・910宮沢賢治研究会で指摘された 風野又三郎全文 風に関する用語の解説 9月4日 サイクルホール作者の造語つむじ風や台風など空気の渦主に中心の上昇気流によって形成される低気圧状態周辺の大気が等圧線に対し直角気圧の低い中心方向に真っ直ぐではなく風速に比例して右に傾いて流れるのは作中の記述どおり下記9月4日の読解参考参照 逆サイクルホール高気圧下降気流が地表に当たってできる状態 9月5日 風力計お椀がくるくる回るロビンソン風速計 風信器風向計 颶風台風 暴風下の表参照 9月8日 赤道無風帯南北の貿易風帯からの風が向かうが太陽に暖められ上昇気流を生む低圧帯 9月4日の読解参考低気圧の風向a.気圧傾度力低気圧の中心に向かい等圧線に対し直角の力b.転向力地球の自転によるねじれの力風速に比例する北半球では右向き低気圧の渦形成の契機偏向力コリオリの力c.遠心力外側に向かう力d.摩擦力地表海面との摩擦による後方への力1.傾度風上空においてa=b+cのとき北半球では反時計回りに等圧線に平行に吹く風2.旋衡風台風の中心付近や竜巻においてa=cのとき北半球では反時計回りに等圧線に平行に吹く風3.地上風地表において12にdが加わってやや中心方向へ吹き込む風 9月58日の読解参考海陸風島風海風昼間は陸が暖められ風は海から陸島に向かって吹く陸風夜間は比較的海が暖かく風は陸島から海に向かって吹く 9月5日の読解参考ビューフォート風力階級表から 平穏〜0.2m煙がまっすぐ上昇 至軽風0.3m〜煙がなびく 軽風1.6m〜顔に風を感じる木の葉がゆれる風見が動く 軟風3.4m〜木の葉や細い枝がたえず動く軽い旗が開く 和風5.5m〜砂ほこりが立つ紙片が舞い上がる小枝が動く旗がはためく 疾風8.0m〜葉のある低木がゆれる池の水面に波頭が立つ 雄風10.8m〜大枝が動く電線が鳴る傘がさせない 強風13.9m〜樹木全体がゆれる風に向かって歩きにくい 疾強風17.2m〜小枝が折れる風に向かって歩けない 大強風20.8m〜建物にわずかの損害瓦がはがれる 全強風24.5m〜樹木が根こそぎになる建物に大きな損害 暴風28.5m〜広い範囲の破壊をともなう海は山のような波で中小船舶は一時見えなくなる海面は風向に沿った長い白い泡の群れで覆われ波頭が飛ばされて水煙となる 台風32.7m〜重いものが飛ぶ家が倒れる記録的な大被害 詩和風は河谷いっぱいに吹く春と修羅第三集他も思い起こされる ビューフォートボーフォートFrancisBeaufort1774-1857 9月89日の読解参考大気の大循環模式図

周極風高緯度低圧帯偏西風中緯度高圧帯北東貿易風赤道無風帯南東貿易風

9月8日の読解参考極渦幻想に気象学の裏打ち地球上の風の摂理を平易に根本順吉朝日新聞1989年3月2日 略極渦の概念が長期予報の現場に生なましく持ちこまれたのは賢治のこの作品が生まれてからおよそ二十年後の戦後のことであり当時冬から春先にかけての極気の氾濫の源泉として極渦が注目されたこの極渦に風の又三郎がいったん入るとなかなか出られぬ話がこの作品ではのべられているのであるが極気が極渦によって周囲の空気から遮断されてしまうという考えこそまさしく現代的話題なのである二三年前から特に注目されるようになった南極オゾンホールの形成は極渦のこのような働きなくしては考えられぬことでこれは賢治のおどろくべき先見であると私は思う略気象研究家 風の又三郎中の風については風の又三郎を吹く風参照風に関する用語についてはおしまいにのリンク参照風野又三郎と風の又三郎の比較については風野又三郎から風の又三郎へ参照 以下の童話の全文はおしまいにのリンクを利用してお読みになれます みじかい木ペンみぢかい木ペン概要あらすじ キッコ男の子は学校で慶助に鉛筆を取られてしまう 帰途キッコはみすぼらしいおじいさんから短い鉛筆をもらう 翌日短い鉛筆は何でもひとりでに正しい答を書いてしまう喜んだキッコはそれからだんだん威張るようになる ある日キッコはその鉛筆をなくし窮地に立つ 風の又三郎への移行は最初の鉛筆を取られる場面ととなりの三郎に鉛筆を貸してくれという場面が2日へ みじかい木ペン抜粋 キッコ汝の木ペン見せろにわかに巡査の慶助が来てキッコの鉛筆をとってしまいました見なくてもいよごせキッコは立ちあがりましたけれども慶助はせいの高いやつでそれに牛若丸のようにうしろの机の上にはねあがってしまいましたからキッコは手がとどきませんでした ほこの木ペンこの木ペン慶助はいかにもおかしそうに顔をまっかにして笑って自分の眼の前でうごかしていました よごせ慶助わあいキッコは一生けん命のびあがって慶助の手をおろそうとしましたが慶助はそれをはなして一つうしろの机ににげてしまいました いがキッコこの木ペン耳さ入るじゃぃと云いながらほんとうにキッコの鉛筆を耳に入れてしまったようでしたキッコは泣いて追いかけましたけれども慶助はもうひらっと廊下へ出てそれからどこかへかくれてしまいましたキッコはすっかり気持をわるくしてだまって窓へ行って顔を出して雨だれを見ていましたそのうち授業のかねがなって慶助は教室に帰って来遠くからキッコをちらっとみましたが又どこかであばれて来たと見えて鉛筆のことなどは忘れてしまったという風に顔をまっかにしてふうふう息をついていました わあい慶助木ペン返せじゃキッコは叫びました知らなぃじゃうなの机さ投げてたじゃ慶助は云いましたキッコはかがんで机のまわりをさがしましたがありませんでしたそのうちに先生が入って来ました 三郎この時間うな木ペン使ってがらおれさ貸せなキッコがとなりの三郎に云いましたうん三郎が机の蓋をあけて本や練習帖を出しながら上のそらで答えました 種山ヶ原を読むあらすじ 種山ケ原上の原の説明 夏休みもそろそろ終わり達二は剣舞のことを思い出している 達二はお兄さんとおじいさんが働く上の原へ牛を連れて使いに行く 上の原で牛が逃げ出し達二は追いかける辺りの情景描写天候の急変大きな谷との遭遇 達二は昏倒し剣舞教室での先生の話可愛らしい女の子山男と争って殺してしまう夢を見る 牛も見つかり兄さんが助けに来て雨も晴れる 風の又三郎への移行は夢の先生の場面が風野又三郎を経由して1日へ達二が出発してから夢の部分を除いてほとんど全部が4日へ 天候などについては作者の実際の種山ケ原行の体験が生かされている種山ケ原夢を見ること楢夫の名がさるのこしかけと共通しており両作品の近親性を思わせる楢夫はひかりの素足にも登場する 歌稿大正六年七月よりで種山ケ原を歌っている七首をみるとこの年9月初頭の最初の種山ケ原調査行は濃霧に見舞われたらしいことが分かる大正14年7月の日付のある口語詩種山ケ原春と修羅第二集の下書き稿種山と種山ケ原によると略今日なら誰が迷ふものかこんなところはなんでもないこの前江刺の方から登ったときは雲が深くて草穂は高く牧道は風の通った痕とあるかないかにもつれてゐてあの傾斜儀の青い磁針は幾度もぐらぐら方位を変へた略 種山ヶ原全文 さいかち淵を読むあらすじ 8月13日ぼくはしゅっこリーダー格の男の子といっしょにさいかち淵へ泳ぎに行く 大人たちが発破漁をするぼくらは流れてきた魚を取る みんなで変な格好の鼻の尖った男を囃し立てて追いやる 8月14日しゅっこの毒もみ漁が失敗しみんなは鬼ごっこをする しゅっこが鬼になって乱暴な振る舞いをした後天候が急変し不思議な叫び声が聞こえとても怖かったけれどもぼくはみんなが叫んだのだとおもう 風の又三郎への移行は13日ほとんど全部が7日へ14日ほとんど全部が8日へ13日のしゅっこは風の又三郎では一郎となり14日のしゅっこは風の又三郎では毒もみ主宰者としては佐太郎鬼としては三郎となるまたさいかち淵の三郎は風の又三郎では嘉助一部耕助と一郎となる文末の文体はたであるが風の又三郎では一部を除いてましたに変換されている 発破漁をする石神の庄助の石神はさいかち淵が実在した花巻の地名だが風の又三郎では削られている最後のけれどもぼくはみんなが叫んだのだとおもうは風の又三郎では削られている さいかち淵全文 種山ヶ原の夜概要 戯曲1924年大正13年9月2日の設定未明の種山ケ原の草刈小屋放牧馬は既に高原を下りているはずなのに迷い馬の声がする仲間が馬を捜しに行った間にあとに残った若い農夫が夢をみる農夫は樹木の精たちに山の森が国から払い下げられるかどうか教えてくれと言う精たちは払い下げを受けたら木を一本も伐らないと約束しろと言う 風の又三郎の主に9月4日との共通点は草刈り草小屋と焚き火笹長根嘉っこ放牧馬の行方不明の話迷い馬を捜しに行く山葡萄白い鏡のような太陽と走る雲背の高い薊雷神北上の野原の眺め天気が晴れての草刈り再開など下線は種山ケ原にはないもの 日付については作者の大正6年の実際の種山ケ原行をふまえていると思われる余談ながらこの年大正13のこの夜はちょうど風野又三郎の風野又三郎が谷川の岸の小さな学校に現れたその夜に当たる今又三郎は岩手山にいるこのあと学校のそばの草山へ行くために種山ケ原辺りをめがけて吹いて来るはずである 鳥をとるやなぎ抜粋 飛んでいる鳥を吸い込むという木を友人と一緒に見つけに行く 私たちは河原にのぼって砥石になるような柔らかな白い円い石を見ましたほんとうはそれはあんまり柔らかで砥石にはならなかったかも知れませんがとにかく私たちはそう云う石をよく砥石と云って外の硬い大きな石に水で擦って四角にしたものです 風の又三郎の7日の砥石の由来 毒もみの好きな署長さん抜粋 山椒の皮を春の午の日の暗夜に剥いて土用を二回かけて乾かしうすでよくつくその目方一貫匁を天気のいい日にもみじの木を焼いてこしらえた木灰七百匁とまぜるそれを袋に入れて水の中へ手でもみ出すことです そうすると魚はみんな毒をのんで口をあぶあぶやりながら白い腹を上にして浮びあがるのです中略 とにかくこの毒もみをするものを押えるということは警察のいちばん大事な仕事でした 風の又三郎の8日の毒もみの先駆 台川 農学校の教師として生徒達を連れて川を歩き地学の実地指導をする作者が自らを内省的に描く 風の又三郎の7日の川を歩く男から連想される イギリス海岸 作者が農学校の教師として夏休みの農場実習の暇に生徒達を連れて北上川に遊びに行ったときの体験談 同上 楢の木大学士の野宿 宝石商から蛋白石の注文を受けた学者が採集の旅に出三夜に亘って地学的な夢を見る 風の又三郎の7日の川を歩く男を思い起こさせる 泉ある家抜粋 これが今日のおしまいだろうと云いながら斉田は青じろい薄明のながれはじめた県道に立って崖に露出した石英斑岩から一かけの標本をとって新聞紙に包んだ 富沢は地図のその点に橙を塗って番号を書きながら読んだ斉田はそれを包みの上に書きつけて背嚢に入れた 二人は早く重い岩石の袋をおろしたさにあとはだまって県道を北へ下った 道の左には地図にある通りの細い沖積地が青金の鉱山を通って来る川に沿って青くけむった稲を載せて北へ続いていた山の上では薄明穹の頂が水色に光った俄かに斉田が立ちどまった道の左側が細い谷になっていてその下で誰かが屈んで何かしていた見るとそこはきれいな泉になっていて粘板岩の裂け目から水があくまで溢れていた 一寸とおたずねいたしますがこの辺に宿屋があるそうですがどっちでしょうか 浴衣を着た髪の白い老人であったその着こなしも風采も恩給でもとっている古い役人という風だった蕗を泉に浸していたのだ 宿屋こゝらにありません 青金の鉱山できいて来たのですが何でも鉱山の人たちなども泊めるそうで 老人はだまってしげしげと二人の疲れたなりを見た二人とも巨きな背嚢をしょって地図を首からかけて鉄槌を持っているそしてまだまるでの子供だ どっちからお出でになりました 郡から土性調査をたのまれて盛岡から来たのですが 田畑の地味のお調べですか まあそんなことで 老人は眉を寄せてしばらく群青いろに染まった夕ぞらを見たそれからじつに不思議な表情をして笑った 青金で誰か申し上げたのはうちのことですが何分汚いしいろいろ失礼ばかりあるので いゝえ何もいらないので それではそのみちをおいでください 老人はわずかに腰を曲げて道と並行にそのまゝ谷をさがった五六歩行くとそこにすぐ小さな柾屋があった道から一間ばかり低くなって蘆をこっちがわに塀のように編んで立てていたのでいままで気がつかなかったのだ老人は蘆の中につくられた四角なくぐりを通って家の横に出た二人はみちから家の前におりた ときときお湯持って来老人は叫んだ家のなかはしんとして誰も返事をしなかったけれども冨沢はその夕暗と沈黙の奥で誰かがじっと息をこらして聴き耳をたてているのを感じた いまお湯をもって来ますから老人は自分でとりに行く風だった いいえさっきの泉で洗いますから下駄をお借りして 老人は新しい山桐の下駄とも一つ縄緒の栗の木下駄を気の毒そうに一つもって来た どうもこんな下駄で いゝえもう結構で 二人はわらじを解いてそれからほこりでいっぱいになった巻脚絆をたゝいて巻き俄かに痛む膝をまげるようにして下駄をもって泉に行った泉はまるで一つの灌漑の水路のように勢よく岩の間から噴き出ていた斉田はつくづくかゞんでその暗くなった裂け目を見て云った 断層泉だな そうか 富沢は蕗をつけてある下のところに足を入れてシャツをぬいで汗をふきながら云った 頭を洗ったり口をそゝいだりして二人はさっきのくぐりを通って宿へ帰って来たその煤けた天照大神と書いた掛物の床の間の前には小さなラムプがついて二枚の木綿の座布団がさびしく敷いてあった向うはすぐ台所の板の間で炉が切ってあって青い煙があがりその間にはわずかに低い二枚折の屏風が立っていた 二人はそこにあったもみくしゃの単衣を汗のついたシャツの上に着て今日の仕事の整理をはじめた富沢は色鉛筆で地図を彩り直したり手帳へ書き込んだりした斉田は岩石の標本番号をあらためて包み直したりレッテルを張ったりしたそしてすっかり夜になった さっきから台所でことことやっていた二十ばかりの眼の大きな女がきまり悪そうに夕食を運んで来たその剥げた薄い膳には干した川魚を煮た椀と幾片かの酸えた塩漬けの胡瓜を載せていた二人はかわるがわる黙って茶椀を替えた この家はあのおじいさんと今の女の人と二人切りなようだな膳が下げられて疲れ切ったようにねそべりながら斉田が低く云った うんあの女の人は孫娘らしい亭主はきっと鉱山へでも出ているのだろうひるの青金の黄銅鉱や方解石に柘榴石のまじった粗鉱の堆を考えながら富沢は云った女はまた入って来たそして黙って押入れをあけて二枚のうすべりといの角枕をならべて置いてまた台所の方へ行った 二人はすっかり眠る積りでもなしにそこへ長くなったそしてそのまゝうとうとした後略 作者学生時代の土性調査の雰囲気が窺える富沢は宮沢のもじりらしい青金が赤金に当たるとすれば県道は盛街道川は人首川と思われ風の又三郎の舞台と重なるものがたりの舞台1周辺の村々種山ケ原俯瞰画像参照この作品は風の又三郎と同じ最晩年の昭和6〜8年頃の作と考えられている 十六日抜粋 ふと表の河岸でカーンカーンと岩を叩く音がした二人はぎょっとして聞き耳をたてた 音はなくなった今頃探鉱など来る筈あなぃな嘉吉は豆の餅を口に入れた音がこちこちまた起った この餅拵えるのは仙台領ばかりだもな嘉吉はもうそっちを考えるのをやめて話しかけたはあおみちはけれども気の無さそうに返事してまだおもての音を気にしていた 今日はちょっとお訪ねいたしますが門口で若い水水しい声が云ったはあい嘉吉は用があったらこっちへ廻れといった風で口をもぐもぐしながら云ったけれどもその眼はじっとおみちを見ていた あこっちですか今日はご飯中をどうも失敬しましたちょっとお尋ねしますがこの上流に水車がありましょうか若いかばんを持って鉄槌をさげた学生だった さあお前さんどこから来なすった嘉吉は少しむかっぱらをたてたように云った 仙台の大学のもんですがね地図にはこの家がなく水車があるんです ははあ嘉吉は馬鹿にしたように云った青年はすっかり照れてしまった まあ地図をお見せなさいお掛けなさい嘉吉は自分も前小林区に居たので地図は明るかった学生は地図を渡しながら云われた通りしきいに腰掛けてしまったおみちはすぐ台所の方へ立って行って手早く餅や海藻とさゝげを煮た膳をこしらえて来て おあがんなんえと云った こいつあ水車じゃありませんや前じきそこにあったんですが掛手金山の精錬所でさ あゝ金鉱を搗くあいつですね えゝそうそう水車って云えば水車でさあたゞ粟や稗を搗くんでない金を搗くだけで そしてお家はまだ建たなかったんですねいやお食事のところをお邪魔しましたありがとうございました 学生は立とうとした嘉吉はおみちの前でもう少してきぱき話をつゞけたかったし学生がすこしもこっちを悪く受けないのが気に入ってあわてて云った まあひとつおつき合いなさいこゝらは今日盆の十六日でこうして遊んでいるんですかかあもせっ角拵えたのをお客さんに食べていたゞかなぃと恥かきますから おあがんなんえおみちも低く云った 学生はしばらく立っていたが決心したように腰をおろした そいじゃ頂きますよ はっはなあにこごらのご馳走てばこったなもんではそうするどあなだは大学では何の方で 地質ですもうからない仕事で餅を噛み切って呑み下してまた云った化石をさがしにきたんです化石も嘉吉は知っていた そこの岩にありしたか えゝ海百合です外でもとりましたこの岩はまだ上流にもニ三ヶ所出ていましょうね はあはあ出てます出てます 学生は何でももう早く餅をげろ呑みにして早く行きたいようにも見えまたやっぱり疲れてもいればこういう歓待に温さを感じてまだ止まっていたいようにも見えた 今日はそうせばとどこまで えゝ峠まで行って引っ返して来て県道を大船渡へ出ようと思います 今晩のお泊りは 姥石まで行けましょうか はあゆっくりでごあんす いやどうも失礼しましたほんとうにいろいろとご馳走になってこれはほんの少しですが学生は鞄から敷島を一つとキャラメルの小さな箱を出して置いた なあにすそたなごとお前さんおみちは顔を赤くしてそれを押し戻した もうほんの学生はさっさと出て行った なあんだあと姥石まで煙草売るどこなぃもぼかげで置いて来おみちは急いで草履をつっかけて出たけれども間もなく戻って来た 脚早くてとっても 若いがら律儀だもな嘉吉はまたゆっくりくつろいでうすぐろいてんを砕いて醤油につけて食った この作品も学生時代の経験をもとにした最晩年の作と目されている マグノリアの木あらすじ 諒安は西域の険しい山の霧の中を眠ったり倒れたりしながら苦労して歩いている不思議な声が聞こえてくる 霧が晴れ一面のマグノリアの木が見える二人の子供がマグノリアを讃えて歌う もう一人現れた人と諒安はお互いが同時に相手と同一でありまたマグノリアの木が寂静であり覚者の善であると話し合う 彷徨と昏倒霧の描写などが風の又三郎を思わせる 峯や谷は抜粋 峯や谷は無茶苦茶に刻まれ私はわらぢの底を抜いてしまってその一番高いところから又低いところ又高いところと這ひ歩いてゐました 雪がのこって居てある処ではマミといふ小さな獣の群が歩いて堅くなった道がありました この峯や谷は実に私が刻んだのですそのけはしい処にはわが獣のかなしみが凝って出来た雲が流れその谷底には茨や様々の灌木が暗くも被さりました雨の降った日にこの中のほゝの花が一斉に咲きました 彷徨のモチーフなどのおおもとと言える 谷あらすじ 私尋常三年か四年は馬番の理助にキノコを採りに山へ連れられて行って谷を見せられまるで頭がしいんとなるように思い崖が恐ろしく見えもうくるくるしてしまう 翌年藤原慶次郎とキノコ採りに出かけまだまだと思っていた崖がもうすぐ眼の前に出私はぎくっとする二人は俄かに恐くなって崖をはなれどんどん遁げる 恐ろしい谷が風の又三郎を思わせる さるのこしかけあらすじ 楢夫が栗の木に生えたさるのこしかけを見ていると三匹の小猿が現れる 小猿に誘われて楢夫は栗の木の中に入り昇っていくと種山ケ原に出る 楢夫は演習をしている猿たちに縛り上げられ高いところから落とされそうになるところを山男に受け止められる 気がつくと元の家の前である 種山ケ原夢を見ること楢夫の名が種山ケ原と共通しており両作品の近親性を思わせる楢夫はひかりの素足にも登場する 銀河鉄道の夜抜粋 その時向う岸ちかくの少し下流の方で見えない天の川の水がぎらっと光って柱のように高くはねあがりどぉと烈しい音がしました発破だよ発破だよカムパネルラはこおどりしましたその柱のようになった水は見えなくなり大きな鮭や鱒がきらっきらっと白く腹を光らせて空中に抛り出されて円い輪を描いてまた水に落ちましたジョバンニはもうはねあがりたいくらい気持ちが軽くなって云いました 空の工兵大隊だどうだ鱒やなんかゞまるでこんなになってはねあげられたねえ僕こんな愉快な旅はしたことないいゝねえあの鱒なら近くで見たらこれくらいあるねえたくさんさかな居るんだなこの水の中に 小さなお魚もいるんでしょうか女の子が談につり込まれて云いました居るんでしょう大きなのが居るんだから小さいのもいるんでしょうけれど遠くだからいま小さいの見えなかったねえジョバンニはもうすっかり機嫌が直って面白そうにわらって女の子に答えました 7日の発破と同モチーフ みんなもじっと河を見ていました誰も一言も物を云う人もありませんでしたジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてゝ流れているのが見えるのでした 8日の瓦斯のような匂創作メモの火ぶりのヒント どんぐりと山猫抜粋 けれども一郎が眼をさましたときはもうすっかり明るくなっていましたおもてにでてみるとまわりの山はみんなたったいまできたばかりのようにうるうるもりあがってまっ青なそらのしたにならんでいました一郎はいそいでごはんをたべてひとり谷川に沿ったこみちをかみの方へのぼって行きました すきとおった風がざあっと吹くと栗の木はばらばらと実をおとしました この部分は名前も含め風の又三郎そっくりの世界 やまなし抜粋 やっぱり僕の泡は大きいね兄さんわざと大きく吐いてるんだい僕だってわざとならもっと大きく吐けるよ吐いてごらんおやたったそれきりだろういゝかい兄さんが吐くから見ておいでそらね大きいだろう大きかないやおんなじだい近くだから自分のが大きく見えるんだよそんなら一緒に吐いてみよういゝかいそらやっぱり僕の方大きいよ本当かいじゃも一つはくよだめだいそんなにのびあがってはまたお父さんの蟹が出て来ましたもうねろねろ遅いぞあしたイサドへ連れて行かんぞお父さん僕たちの泡どっち大きいのそれは兄さんの方だろうそうじゃないよ僕の方大きいんだよ弟の蟹は泣きそうになりました イサドが見える伊佐戸は上記種山ケ原にも見える 参考やまなしの学習 参考作品抜粋紹介の一覧
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風野又三郎宮沢賢治 は原稿欠落部分そこには元は教室の中に入ってみたら変な子はいなくなっていたということとそのあと子供たちが向こうの草山の栗の木の下にその変な子がいるのを見つけたが先生はそれが見えないのでたけにぐさが揺れているだけだと言ったことが入っていたと思われます 鑑賞の参考として参考作品紹介風野又三郎を読むをごらん下さい
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参考作品抜粋原則として童話は現代仮名遣い詩は原文通りです童話の全文はおしまいにのリンクを利用してお読みになれます イーハトーボ農学校の春抜粋 そこの角から赤髪あかげの子供がひとりこっちをのぞいてわらっていますおい大将証書はちゃんとしまったかい筆記帳には組と名前を楷書で書いてしまったの さあ春だうたったり走ったりとびあがったりするがいい風野又三郎だってもうガラスのマントをひらひらさせ大よろこびで髪をぱちゃぱちゃやりながら野はらを飛んであるきながら春が来た春が来たをうたっているよほんとうにもう走ったりうたったり飛びあがったりするがいいぼくたちはいまいそがしいんだよ ひかりの素足抜粋 日はもうよほど高く三本の青い日光の棒もだいぶ急になりました 向うの山の雪は青ぞらにくっきりと浮きあがり見ていますと何だかこころが遠くの方へ行くようでした にわかにそのいただきにパッとけむりか霧のような白いぼんやりしたものがあらわれました それからしばらくたってフィーとするどい笛のような声が聞えて来ました すると楢夫がしばらく口をゆがめて変な顔をしていましたがとうとうどうしたわけかしくしく泣きはじめました一郎も変な顔をして楢夫を見ました お父さんがそこで 何なした家さ行ぐだぐなったのが何したとたずねましたが楢夫は両手を顔にあてて返事もしないで却ってひどく泣くばかりでした 何した楢夫腹痛いが一郎もたずねましたがやっぱり泣くばかりでした お父さんは立って楢夫の額にてをあててみてそれからしっかり頭をおさえました するとだんだん泣きやんでついにはただしくしく泣きじゃくるだけになりました 何して泣いだ家さ行ぐだいぐなったべあなお父さんが云いました うんにゃ楢夫は泣きじゃくりながら頭をふりました どごが痛くてが うんにゃ そだらなして泣いだりゃ男などあ泣がないだな 怖おっかないまだ泣きながらやっと答えるのでした なして怖っかないお父さんも居るし兄あいなも居るし昼まで明りくて何なっても怖っかないごとあ無いじゃい うんう怖っかない 何あ怖っかない 風の又三郎あ云ったか 何て云った風の又三郎など怖っかなぐない何て云った お父さんおりゃさ新らしきもの着せるって云ったか楢夫はまた泣きました一郎もなぜかぞっとしましたけれどもお父さんは笑いました ああははは風の又三郎あいいこと云ったな四月になったら新らし着物買ってけらな一向泣ぐごとあないじゃい泣ぐな泣ぐな泣ぐな一郎も横からのぞき込んでなぐさめました もっと云ったか楢夫はまるで眼をこすってまっかにして云いました 何て云った それがらお母っかさんおりゃのごと湯さ入れで洗うて云ったか ああははそいづあ虚うそぞ楢夫などあいっつも一人して湯さ入るもな風の又三郎などあ偽うそこぎさ泣ぐな泣ぐな お父さんは何だか顔色を青くしてそれに無理に笑っているようでした一郎もなぜか胸がつまってわらえませんでした楢夫はまだ泣きやみませんでした さあお飯まま食べし泣ぐな 楢夫は眼をこすりながら変に赤く小さくなった眼で一郎を見ながらまた言いました それがらみんなしておりゃのごと送って行ぐて云ったか みんなして汝うなのごと送てぐどそいづあなあうな立派になってどごさが行ぐ時あみんなして送ってぐづごとさみんないいごとばがりだ泣ぐなな泣ぐな春になったら盛岡祭見さ連つれでぐはんて泣ぐなな 一郎はまっ青になってだまって日光に照らされたたき火を見ていましたがこの時やっと云いました なあに風の又三郎など怖っかなぐないいっつも何だりかだりって人をだますじゃい 楢夫もようやく泣きじゃくるだけになりましたけむりの中で泣いて眼をこすったもんですから眼のまわりが黒くなってちょっと小さな狸のように見えました お父さんはなんだか少し泣くように笑って さあもう一ひとがえり面洗つらあらないやないと云いながら立ちあがりましたこのあと兄弟は吹雪の中で遭難することになる 雪渡り抜粋 堅雪かんこ凍み雪しんこ鹿の子ぁ嫁ぃほしいほしい すると向うで 北風ぴいぴい風三郎西風どうどう又三郎と細いいゝ声がしました まなづるとダァリヤ抜粋 風が南からあばれて来て木にも花にも大きな雨のつぶを叩きつけ丘の小さな栗の木からさえ青いいがや小枝をむしってけたたましく笑って行く中でこの立派な三本のダアリヤの花はしずかにからだをゆすりながらかえっていつもよりかがやいて見えておりました それから今度は北風又三郎が今年はじめて笛のように青ぞらを叫んで過ぎた時丘のふもとのやまならしの木はせわしくひらめき果物畑の梨の実は落ちましたが此のたけ高い三本のダアリヤはほんのわずかきらびやかなわらいを揚げただけでした いちょうの実いてふの実抜粋 北風が笑って 今年もこれでまずさよならさよならって云うわけだと云いながらつめたいガラスのマントをひらめかして向うへ行ってしまいました 葡萄水抜粋 その気の毒なそらかすきとおる風かそれともうしろの畑のへりに立って玉蜀黍のような赤髪をぱちゃぱちゃした小さなはだしの子どもか誰かとにかく斯う歌っています 馬こはみんな居なぐなた 仔っこ馬もみんな随いで行た いまでぁ野原もさぁみしんじゃ 草ぱどひでりあめばかり 水仙月の四日抜粋 雪婆んごは遠くへ出かけて居りました 猫のような耳をもちぼやぼやした灰いろの髪をした雪婆んごは西の山脈のちぢれたぎらぎらの雲を越えて遠くへでかけていたのです ひとりの子供が赤い毛布けっとにくるまってしきりにカリメラのことを考えながら大きな象の頭のかたちをした雪丘の裾をせかせかうちの方へ急いで居りました そら新聞紙を尖ったかたちに巻いてふうふうと吹くと炭からまるで青火が燃えるぼくはカリメラ鍋に赤砂糖を一つまみ入れてそれからザラメを一つまみ入れる水をたしてあとはくつくつくつと煮るんだほんとうにもう一生けん命こどもはカリメラのことを考えながらうちの方へ急いでいました お日さまは空のずうっと遠くのすきとおったつめたいとこでまばゆい白い火をどしどしお焚きなさいます その光はまっすぐに四方に発射し下の方に落ちて来てはひっそりした台地の雪をいちめんまばゆい雪花石膏の板にしました 二疋の雪狼ゆきおいのがべろべろまっ赤な舌を吐きながら象の頭のかたちをした雪丘の上の方をあるいていましたこいつらは人の眼には見えないのですが一ぺん風に狂い出すと台地のはずれの雪の上からすぐぼやぼやの雪雲をふんで空をかけまわりもするのです しゅあんまり行っていけないったら雪狼のうしろから白熊の毛皮の三角帽子をあみだにかぶり顔を苹果のようにかがやかしながら雪童子ゆきわらすがゆっくり歩いて来ました 雪狼どもは頭をふってくるりとまわりまたまっ赤な舌を吐いて走りました カシオピイアもう水仙が咲き出すぞおまえのガラスの水車きっきとまわせ 雪童子はまっ青なそらを見あげて見えない星に叫びましたその空からは青びかりが波になってわくわくと降り雪狼どもはずうっと遠くで焔のように赤い舌をべろべろ吐いています しゅ戻れったらしゅ雪童子がはねあがるようにして叱りましたらいままで雪にくっきり落ちていた雪童子の影法師はぎらっと白いひかりに変り狼どもは耳をたてて一さんに戻ってきました アンドロメダあぜみの花がもう咲くぞおまえのランプのアルコールしゅうしゅと噴かせ このあと子供は吹雪の中に倒れることになる 孤独と風童大正15年1月雑誌貌発表形 シグナルの赤いあかりもともったし そこらの雲もちらけてしまふ プラットフォームは Yの字をしたはしらだの 犬の毛皮を着た農夫だの けふもすっかり酸えてしまった 東へ行くの 白いみかげの胃の方へかい さうではおいで 行きがけにねえ 向ふのあの ぼんやりとした葡萄いろのそらを通って 大荒沢や向ふはひどい雪ですと ぼくが云ったと云っとくれ ぢゃさようなら 樺の林の芽が噴くころにまたおいで こんどの童話はおまへのだから 盆地に白く霧よどみ 先駆形1 そこは盆地のへりにして 稲田はせばく水清く 藻を装へる馬ひきて ひとびと木炭すみをととのふる 東仙人六角牛の 洞に水湧き雲湧けば 南なだらの高原に 黄金の草こそ春は鳴れ そこに五つの窓もてる 宿直いへゐをかねし教室の やどり木つけし栗の木を うちめぐらして建てるあり とは云へなれがそのひとみ つひに朽ちなんすがたかは いざかしこなる青空に こゝろのかぎりうたひ来よ 冒頭のそこは推敲の過程で一旦遠野となっていたまた別の下書き稿によればなれは教師を指す 先駆形2 凶作地 そこは盆地のへりにして 稲田はせばく水清く 馬は黒藻をよそほへり やどり木吊かけし栗の下 丘に五つの窓もてる 宿直いへゐをかねし校舎あり 髪やゝ赤きうなゐらの 白たんぽゝの毛を吹かん とは云へなれがそのひとみ そこに朽ちなんすがたかは そらは晴れたりなれを祝ぐ 最終形文語詩稿五十篇盆地に白く霧よどみ 盆地に白く霧よどみめぐれる山のうら青を 稲田の水は冽くして花はいまだにをさまらぬ 窓五つなる学校まなびやにさびしく学童こらをわがまてば 藻を装へる馬ひきてひとびと木炭を積み出づる 最終形直前の下書きには二学期の題が付いていた 以上の他に推敲の過程新校本宮澤賢治全集によるではおおよそ次のような内容が読み取れる遠野盆地の縁にあるこの小さな学校に五年勤めよと命ぜられた君髪の赤っぽい子供たちが登校して来て君を囲み君が教えた歌を歌う またタンポポの綿毛を吹きながら話をしてくれとせがむ君はこのままここで朽ちてしまうわけではない君の胸に燃える火をこの子たちに移せ君の弾くバイオリンや笛の音に風のいのちを込めるのだ この作品を含め文語詩群は作者最晩年に書かれている 注文の多い料理店抜粋 そいじゃこれで切りあげようなあに戻りに昨日の宿屋で山鳥を拾円も買って帰ればいゝ兎もでていたねぇそうすれば結局おんなじこったでは帰ろうじゃないかところがどうも困ったことはどっちへ行けば戻れるのかいっこう見当がつかなくなっていました 風がどうと吹いてきて草はざわざわ木の葉はかさかさ木はごとんごとんと鳴りました あるきたくないよあゝ困ったなあ何かたべたいなあ喰べたいもんだなあ二人の紳士はざわざわ鳴るすゝきの中でこんなことを云いましたその時ふとうしろを見ますと立派な一軒の西洋造りの家がありました そこで二人はきれいに髪をけずって靴の泥を落しましたそしたらどうですブラシを板の上に置くや否やそいつがぼうっとかすんで無くなって風がどうっと室の中に入ってきました二人はびっくりして互によりそって扉をがたんと開けて次の室へ入っていきました 室はけむりのように消え二人は寒さにぶるぶるふるえて草の中に立っていました見ると上着や靴や財布やネクタイピンはあっちの枝にぶらさがったりこっちの根もとにちらばったりしています風がどうと吹いてきて草はざわざわ木の葉はかさかさ木はごとんごとんと鳴りました犬がふうとうなって戻ってきました 参考作品紹介抜粋の一覧
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宮沢賢治は天才なので童話なぞはすらすらと特に深く考えることなく書いたのだろうという人がありますがとんでもない考え違いです推敲のしつこさは遺された原稿用紙に明らかですし友人宛の手紙母木光氏宛書簡昭和7年6月21日校本全集番号421を読みますと読者の受け取り方を重々忖度して構成を考え効果を測り登場人物の名前の語感にも気を配るなど周到な彼の創作手法の一端が読み取れます宮沢賢治作品は大いに深読みし甲斐のあるものなのです 隠されているもの 風の又三郎には含蓄的なというよりはimplicitな記述がさまざまに混入して作品世界の厚みを増していると言われます気が付かずに読めばなんでもないところも一旦気が付くとそれは飛躍的な洞察に結びつく時もありますしあるいはとんでもない謎の渦に我々を引きずり込むこともあります 詩人の吉田文憲氏は風の又三郎の妖しい文字見えないのに見えている見えているのに見えないものに注目して同じく詩人の天沢退二郎氏と対談してさまざまの注目点を指摘しました詩人の鋭敏な言語感覚が剔抉した諸論点の概要をご紹介させていただきます 吉田 9月1日の歌について子供たちは前夜夢の中でこの歌を聞きどうという音を刷り込まれたそしてその後どうという音に敏感に反応するようになる 天沢 小さい川小さい学校たった一つの教室に対して生徒はみんな揃い岩穴もあるという言い方はこの舞台がミクロコスモスであることを意味する 吉田 最初の数行に作品の世界の構造が書き込まれている地上の学校を中心として上には裏山上の野原天空という上昇する力の世界下には岩穴さいかち淵タスカロラ海床という下降する力の地下世界を暗示穴や淵洞ちぎれ目などという裂け目から不穏な力が湧いてくる世界 草山の栗の木は風野又三郎で又三郎が出現する特別な場所であった栗は他にも重要な意味で登場する草の山は風野又三郎と違いすぐうしろと書き加えられている 天沢 きれいな草の山冷たい水を噴く岩穴とは聖なるという意味 吉田 運動場は次々に人が登場してくる舞台空間嘉助がやってくる川上とは異様な者がやってくる方向 天沢 ちょうはあかぐりなど訳のわからないことを言う嘉助はトリックスター 教室の中の三郎とみんなを隔てるガラス窓は双方のディスコミュニケーションを象徴文語詩馬行き人行き自転車行きての作者とガラスの外のじいさんも 略絣合羽につまごはき物噛むごとくたゝずみて大売り出しのビラ読む翁まなこをめぐる輻状の皺略絣の合羽にわらぢばきもんぱぼうしに額づゝみ物噛むごとく売りだしのビラに向へるまなこをめぐり皺はさながら後光のごとき眼のうす赤いぢいさんが読んでゐるのか見てゐるか略 登場するのがなぜモリブデンなのかモリブデンのmbdという口を開かずに出てくる音声に何か意味がありそう天沢氏はこう表現するが音声学的に言えばmとbの有声両唇という濃密な音声的類似性に対しdは唇の素性を欠いているしかし前方性というやや弱い素性が共通するので聴覚的印象は近い モリブデンは無声音を含まず声門の開放が一切ないので口から出る呼気風が比較的弱くまた母音aを欠いているためもあって聴覚的印象が発散的開放的でないことは確かであるまた日本人には濁音の連続も一定の印象を与える 吉田 9月1日は掃除の場面で終るが最終日も同様登場する箒や団扇は何かを清める道具 バケツの黒い波はさいかち淵を思わせる 吉田 9月2日三郎がちゃんと学校へ来るかどうかという思いは最終日でも繰り返される 吉田天沢 黒板の白い縞は昨日の出来事が拭いて消したはずなのにその痕跡が翌日になってぼんやりと浮き上がってきた物 天沢 棒かくしは地面を二つに分けてそのどちらに棒があるかないか当てるというゲームそれは棒が暗示するように一種の占いであり高学年の一郎や嘉助ではない小さなほうの子供たちが行っていた三郎の正体当てである 吉田 呼子扇子うちわ箒木ペン消し炭などの小道具はみな呪術性を持っている 座席の位置によって一郎は木ペン騒動の一切を目撃できる嘉助は一部しか見えないこの関係はここだけにとどまらない 天沢 三郎が行った見返りを期待しない木ペンの贈与に対して一郎の入りかけている大人の論理は奇怪さを感じている 吉田 貴種貴種流離譚のである三郎からの贈与を羨望する一郎 天沢 木ペン消し炭は筆記具の魔力性みじかい木ペンにはっきりしているを象徴しているここでは木ペンがないとどうしようもない側と消し炭で物語を作っていける者との対比 天沢 9月4日では三郎が地の文の又三郎が子供たちの呼び方として意識的に使い分けられているのを作者手書き原稿の手入れ状況が鮮やかに示している 吉田 にもかかわらず地の文で曲り角の処に又三郎がと又が使われているのはそこが曲り角分かれ道という又の部分つまり誘惑の場所迷いの場所であるからであるこのあとにも二ヶ所の分かれ道が出てくる 天沢 約束の湧水とは美しい学校の湧水はごぼごぼここはこぼこぼ標高の違いによるリアルな書き分け 吉田 春日明神の帯はガラスのマントにつながる 兄さんが現れると明るくなり居なくなると暗くなる 種山ケ原の牛よりもこの馬のほうが風との関連性がはっきりしている 途中から三郎が消えてしまう話運び 天沢 ほんの数時間の間にめまぐるしく変る天候の変動はこの高原種山ケ原の一年間を凝縮している描写は34行で次々に変っていくが密度は濃い 吉田 二つ目の又はすてきに背の高い薊の中で二つにも三つにも分れてしまって三つ目の又は大きなてっぺんの焼けた栗の木の前まで来た時ぼんやり幾つにも岐れてしまいましたそしてついにそこは牧場馬ではない野馬の場所であった 天沢 ススキがみっともないのは無節操だからトリックスターである嘉助にはそれなりの倫理観がある高原の入口には人間の祀りの場である栗の木そして一番奥には人間がなかなかたどりつけない野馬の祭りの場 吉田 ここへの通路は嘉助にだけ一回限り許された 天沢 この広場は円と放射軸からなる車輪のイメージ幾つにも分かれるというのが賢治の異世界への入口の印銀河鉄道の夜の星の足も そしてジョバンニは青い琴の星が三つにも四つにもなってちらちら瞬き脚が何べんも出たり引っ込んだりしてとうとう蕈きのこのように長く延びるのを見ました 吉田 馬の陰で見えなかったもの最初の饒舌だった三郎とは同一とは思えないものを言わない三郎が姿を現す9月1日の一旦姿を消した三郎が再び現れたあの不連続と通じる 天沢 1日にぶるぶる震えた一年生と同じぶるぶる震える恐怖 おじいさんの牧夫来るどまだやがましがらなはこのあとの専売局発破川を歩く人巡査などの大人の世界の伏線 吉田 草がパチパチ言うなど帯電していた世界が栗の木が後光を放つことによって放電し電気が抜けて行く 天沢 後光の形は車輪状である前出馬行き人行き自転車行きてのじいさんの皺も 吉田 9月56日の書き出しの天候は78日のそれの伏線 この日から違法行為が三日間繰り返されるタバコの葉発破毒もみ 天沢 この日から三日は連続した日である7日で天候を今日もと言っているのはこの日の翌日であることを意味しているさいかち淵を利用している部分も最初は9月89日としたのを78日に変えているこれも三日間を連続させようとした意図ではなかったか 初期の文圃堂十字屋版全集あたりまでは内容未整理の印象を避けたいので日にちの章題を無視したがその後章題を復活しようとした時にはこの部分の原稿が失われてしまっていた 十字屋本ではこの部分の主人公の表記を三郎で統一しているが本当はどうだったか分からない 吉田 三郎がタバコの葉をむしるのは歌の吹きとばせの荒々しさを思わせる おら知らなぃぞなどの囃し立ては1日の窓の中への囃し立てこのあとの風の論争その他も含めてこの物語の囃す囃されるという祭神事の要素である 白い栗は痛々しい深層の荒ぶる力を想起させる 天沢 まだ落ちるはずのない青いいがを落とし未成熟な白い栗を無理矢理むき出しにするのは荒ぶる風のプリンシプル 三郎のこもった笑いをわらみんなの開かれた笑いを笑と書き分けている 吉田 喧嘩のやりかたを教えている二人をみんなが見守り最後は笑いへ 吉田天沢 ぶどうと白い栗の交換は交換としては成り立たない不平等であるが贈与に対する返礼和解の象徴である 天沢 栗の返礼は自然は持ちつ持たれつであるという意志 吉田 9月7日巨きなさいかちの樹は上の野原の巨きな栗の木に対するこの二つの樹が降霊の木であり物語の二つのクライマックス48日を成す憑依空間を現出する ねむの木の語感は眠いゆるいだるい だぁんだぁんと泳ぐ音は発破と翌日の雷言わば空の発破の予兆裸で無防備にまっさかさまに飛び込むのも翌日の伏線 この日と翌日は発破と生洲の章生洲とは囲まれた空間子供たちの物語空間発破とはそれを破るもの 天沢 ステッキで掻き回される生洲は三郎をみんなで囲むことと同格 4日では子供たちと大人のビジネスの世界牧夫との間に兄祖父という中間項6日には専売局との間に一年生の小助の家があったがこの日は一郎がリーダーとして大人達との中間項の役割を果たしている 吉田 嘉助の一人踊りは彼の感応しやすさを示している 生き返ってももう遁げて行かないようにというのは物語り空間が現実に破られないようにということ 空もまるで底なしの淵のようにとは上の世界が下の世界に侵される予兆 天沢 活動写真のようにには作者の当時の映画への趣好が反映している 三郎が魚を返しに行くのには彼の父と庄助の職業の関連が関係している 川を歩く鼻の尖った男は作者の高等農林の恩師関豊太郎教授などの姿の投影かもしれない 吉田 9月8日のぞき込むかくす裏岩穴などは三郎の正体というテーマに関っているこの学校の裏の岩穴は運動場の隅の岩穴とは別らしい 吉田天沢 佐太郎は小さい子供らを仕切る中間の学年上級生は蚊帳の外にいる 天沢 黒い鳥は天候急変の兆し 吉田 黒い鳥は物語の外深層からやって来たもの 三郎は6日の違法行為が厳しく咎められたのに昨日今日の違法行為にみんなが寛大なことに反抗する気持ちで冷めている 前日のダイナマイト瓦斯このあとの雷はすべて火のイメージ 鬼っこの根っこアジールが不安定なところに決められたのは伏線 押えたり押えられたり何べんもは物語全体の要約になっている おいらもうやめたこんな鬼っこもうしないは嘉助の物語終結宣言 ひとりとみんなの対比の構造が目立つ 天沢 78日は話の進行の不可逆性運命を操るものの存在が感じられる 鬼っこの鬼とは異次元からの恐ろしい存在鬼自身も忌まれる存在だと自覚しているみんなは二つの役割を何度も繰り返し体験することによって憑依状態となりついにストレンジャーの三郎一人が鬼となってもう繰り返しには戻らないという収斂状態がやって来る 吉田 鬼っこの場面は三郎が民俗学的鬼と名指されていく過程である この日は4日と同じく雷が鳴り憑依と脱魂が起る 天沢 最初に叫んだのはおそらく嘉助である7日に一郎が音頭を取りみんなが唱和したのとこの誰ともなく叫んだあとみんなが叫んだのとそのあとみんながそでないと言いペ吉が繰り返したのとはパラレルであるいずれも誰だか知っている者のあとに従うのであるここでみんなが恐がらずにすぐ唱和したのはやはり誰か知っている人間のあとに付いたのである 天沢 9月12日第十二日という章題はこの日がこれまでとは異なるレベルであることを意味する 吉田 8日の出来事が十二日という新しい次元を開いたそれまでも4日などで何度か開けそうになってはいたが この日の歌が1日の歌よりも最後の一行多いのは更に強く吹いていることを示す 天沢 最後の一行繰り返しは夢の中のエコー覚めかけている部分 吉田 外ではほんとうにひどく風が吹いての外は物語という夢の覚めた外幻想が壊れた外の意 この日は嘉助が主人公の物語から一郎が主人公の物語に転換してバランスを取っている 油合羽は雨を弾くもの蓑も同じ箒で掃くのは風雨又三郎の残骸を掃き出す儀式民俗学的異人殺しのモチーフが感じられる 古来村落共同体ではたまさかそこを訪れる通過者異人ストレンジャーに対して畏怖と賤視のいりまじった危険な感情を抱きとりわけ薬商人や座頭霊能者などを泊めてその治療や祈祷の恩恵に浴したあと村境でこれを殺して金品を奪いしかしそのために利益を得た者がのちにその祟りを受けるたのを異人を祀ることで祓うというのが異人殺し伝承の基本パターンです天沢退二郎謎解き・風の又三郎 天沢 モリブデン鉱脈を司るのは地霊8日の出来事が地霊に影響を与えて採掘の話が立ち消え又三郎はいなくなったモリブデンとマタサブローはMBなどの音声が明らかに共通 吉田 モリブデンを掘らないことになったのと三郎が去ることとはワンセット うちわは何かを追い払う道具 高田三郎はその内面を描かれることはないそこにみんなの思いが注ぎ込まれて物語が成立した 天沢 作者は人物の内面を描かないことについては相当意識的である銀河鉄道の夜のカンパネルラも内面を描かれていない彼は影法師である 風の又三郎の謎にせまる朝日カルチャーセンター横浜’02.1.262.237.067.13より文責当サイト 風の又三郎の謎 皆さんは風の又三郎を初めて読んだときのことを覚えていらっしゃるでしょうか私の場合は小学校のとき友人に借りた童話集の中にあったのを読んだのですが校庭のつむじ風の挿絵の印象とともにこれは現実世界の話を書いたものなのかそれとも夢か何かとらえようのないものを書いたものなのかどうも分からないというとてもちゅうぶらりんな奇妙な感想を持ったことを覚えています新美南吉おじいさんのランプ岩倉政治空気がなくなる日とともに収録されていたように思います記憶違いかもしれませんが 大人になってから改めて読んだ風の又三郎はこれは鮮やかなリアリティーを持った最高傑作というほかはありませんと同時にまたこれは別の意味での不思議さを散りばめた作品であることも分かりましたしかし長い間私はこのものがたりにその奇妙さ謎こそのゆえにも惹きつけられて来たような気がします ここで言う謎というのに深い意味はありませんご存知のように宮沢賢治は風の又三郎の原稿を未整理のまま遺しましたそのためにこれを原作に忠実なテキストで読むと読者は矛盾や奇妙な記述によってしばしば混乱してしまうことになります風の又三郎の謎とはこのオリジナルテキストを読んだ時に感じる素直な常識的疑問のことを言いますそれにはいくつかの原因が考えられます 原稿整理の不徹底あるいは作者の勘違い意図的な齟齬読者の勘違い知識不足理解不足しかしここではそれらを区別せずに冒頭から順に挙げていくことにします謎に対する答は一応のものとしてごく常識的なものとうがち過ぎなものを取り混ぜて挙げてみました なおもちろんものがたりプロパーの謎例えば嘉助が見たガラスのマントは夢だったのかなどは除いてありますが一部解釈のしかたによっては面白そうなものは残してみました 9月1日 教室の中の子三郎はなぜ赤い髪なのか 作者の持っていた風の精のイメージによる 自然の栗色に近い色をそう言った鬼のイメージを思わせることによってより意識された 風に吹きさらされて赤茶っぽくなったイメージそのまま なぜか髪の毛まで化け切ることが出来なかった 三郎の眼はまっくろというのはどういうことか パッチリとしていて黒目勝ちということ都会的イメージとともに底知れぬものを感じさせる 髪の毛と同じく化けにくい部分なのであろう狐のしっぽみたいなもの 机の上に石ころがあったのはなぜか 休み中の誰かのいたずら 又三郎風が吹き飛ばしてきたガラスが割れていたのも同じで嘉一は濡れ衣かもしれない 先生が玄関から出てきたのがなぜ驚きなのか 驚きではない原稿未整理と考えると云っていたときこれはまた何という訳でしょう先生が玄関から出て来てぴかぴか光る呼子を右手にもってもう集れの仕度をしているのでしたがそのすぐうしろからさっきの赤い髪の子がまるで権現さまの尾っぱ持ちのようにすまし込んで白いシャッポをかぶって先生についてすぱすぱとあるいて来たのですのように理解する 風野又三郎の同じ場面も参考にするとこれはいつもの先生のやり方とは違うらしいと思われる又三郎の干渉か 三郎は最初から白い帽子を持っていたのか たぶんそうである 明るい所へ出るので髪の毛を隠すため改めて変身した 三年生がいないと明記されていたのになぜ三年生がいるのか 原稿未整理と考える冒頭近くの三年生がないだけであとはの消し忘れ三年生がないのは前身作風野又三郎の設定を引き継いだものだが作者は書き進むうちに気が変わって三年生を登場させたらしい 又三郎が引き連れてきたとすると鉛筆騒動のかよの存在も又三郎の意志ということになる 嘉助は五年生と明記されていたのに朝礼ではなぜ四年生なのか 作者の勘違い 又三郎の乱入による世界秩序の破壊 9月2日 一人だけの6年生の名前は一郎のはずなのになぜ孝一になっているのか この日の章は一番最後に書き直されたとされている全面的な書き直しの一環その後他の日の部分の書き直しまでには至らなかったものと見られる 前項世界秩序破壊の一環 この日地の文で三郎が又三郎と呼ばれているのはなぜか 上記の全面的な書き直しの一環ものがたり執筆終盤の作者の意識による 語り手の正しい洞察 三郎はなぜ運動場で歩数を数えるようにしたのか 照れ隠しのようなもの つむじ風を起こす準備 先生が玄関から出てきたのは普通のことなのか 上記9月1日参照 三郎の横の机も4年生なのか 原稿未整理が原因前日の朝礼のところで嘉助も三郎も4年とされているが実は5年なので当然隣は4年でよい 既述世界秩序破壊の一環 三郎は4年のはずなのになぜ国語の本を出しているのか 前項参照 嘉助はまた5年生なのか 前項に同じ 三郎も5年生なのか 前項に同じ学年ついては登場人物本文内の学年などの表記参照 5年生は読本の何ページの何課を開けばよいのか 原稿未整理後日の記入予定であっったと思われるこの後も散見される空白部分も同様 三郎はなぜ消し炭を持っていたのか 鉛筆がなくなったのでどこかで拾ってきたもの三郎の自由な発想を示している 又三郎にとっては鉛筆の意味が分からないその辺に落ちていた消し炭を使うことについて何の不思議も感じていない 9月4日 6年生の名前はやはり一郎なのか 上記9月2日参照 地の文で三郎が元どおり三郎と呼ばれるのはなぜか このあたりでの作者語り手の意識上記9月2日参照 又三郎の干渉 やって来たのは初め4人のはずなのになぜ3人になったのか 作者の勘違い このようなことは又三郎の回りでは起こるのだ 最初いなかった耕助がなぜいるのか 作者の勘違いあるいは書かれていないがどこかで合流した 前項に同じ 9月?日 この日は本当は何日なのか この部分の原稿が紛失していて不明しかし4日の出来事から考えて翌日の5日とするのには抵抗があるあれだけショッキングなことがあった翌日にもうケロリとしているのはいかがなものか7日へのつながりから考えてもこの日を6日としたいたばこの葉をむしってすぐその翌日に男に脅えるというのが自然ではなかろうか 地の文で三郎がまた又三郎と呼ばれるのはなぜか このあたりからの作者語り手の意識 4日の事件を経て又三郎も語り手に干渉し切れなくなった 9月7日 三郎は本当はなぜみんなの泳ぎ方を笑ったのか 単に見慣れない稚拙な泳ぎに見えたからやや優越感と自意識過剰による 又三郎風にとっては水というものはさらさらと表面を渡るのがスマート 鼻の尖った変な男の人の正体は何だったのか 作者自身が投影された地質関係者専売局ではない 又三郎を連れ戻しに来た風の世界の使者水の上を行ったり来たりする 9月8日 ねむの河原でなぜガスの匂いがしたのか 前夜誰かが行った灯火漁のなごりアセチレンランプの燃料を捨てたらしい 最初に雨はざっこざっこと叫んだのは誰か みんなのうちの誰か一人激しい雨と風で定かには方向が聞き取れなかった 本物の風の又三郎俺の名を騙るのは誰だと言っている 土着の自然の精三郎の正体を言い当てている コックリさんの神 みんなが叫んではいないと言ったのはなぜか 共謀して意地悪をした 無我夢中集団催眠のような状態であったから コックリさんの催眠状態三郎は醒めたので訳がわからず震えている 土着の精あるいは本物の又三郎に操られていたから 9月12日 三郎はいつ風の歌を聞かせたのかまたなぜ歌を知っていたのか 描かれてはいないが35910日のいずれか誰かに教えられた 三郎は歌ってはいない一郎の夢の中の錯覚または夢の中で二度聞いたと解釈する いずれかの日に歌ったかどうかは別にして又三郎として一郎の夢に干渉した なぜ先生は普通の単衣を着て赤いうちわを持っているのか 台風南風の影響で気温が上がり室内では蒸し暑かったまたもし台風の目に入ったのであるならそれによって幾分高温となったとも考えられる 一郎たちがそれまで先生のくつろいだ姿を見たことがなかったので特に注目しただけ この大事なときになぜのんびりしているのかという一郎たちの気持ち故に不思議に思われたもの 起きぬけで朝食の準備のため渋うちわで七輪の火を起こしていた 死神としての三郎が去ったことへの祝福一日の三郎の父の白黒のいでたちと白い扇に対応する 宿直室の方でごとごと鳴ったのは何か 風が何かを吹き倒した 七輪の鍋か釜 それ以上言うなという又三郎からの合図 先生が急いでそっちへ行ったのはなぜか 何か倒れた物を見に行っただけ 鍋か釜を見に戻った 又三郎のコントロール 栗原敦風の又三郎雑志宮沢賢治5洋々社より 日本テレビ世界一受けたい授業'07/10/13より ざっとこんなところですがどうでしょうこれらの答えに納得がいったでしょうか なお答えの部分で作者の勘違いと表現したのはむしろ原稿未整理とした方が良かったかもしれませんというのは原稿はまだ書き込みや削除の多い混沌とした状態で後にもっとはっきりとした清書を行うことを予定した上での推敲の段階であったことが明らかだからです清書原稿が完成しなかったことは残念ですがその後の関係者の努力がそれを補い十分立派な現行の本文が成立しました 風の又三郎オリジナル草稿はさてそれでは上記のような謎をほかにどんな風に受け止めたら面白いだろうかとあれこれ考える楽しみを与えてくれているのだと考えることにしたらどうでしょうかそしてそうするとそこで私は一つのSF風の又三郎という新趣向を思い付くことになりました コックリさん風の又三郎が壮大なコックリさんであると言いましたがそれを裏付けるのは何でしょうかコックリ狐狗狸さんの構成要素は紙フィールドと文字言葉鉛筆棒それを動かす複数の手それによる不規則な動きそしてつづり出される言葉ですものがたりの中にそれらのものを探してみることにしましょう 九月一日嘉助のちょうはあかぐりまだ意味を持つに至らない文字の羅列みんなと三郎との間に通じない言葉教室の構造と生徒たちの列は五十音図を思わせる三郎の参加と三郎の父という異物の添加は新しいフィールドが用意されたことを意味する 九月二日小さな子供らの棒かくしの棒は鉛筆を意味する鉛筆を探しているのか隠そうとしているのか三郎が試しに動いてみてもみんなはついて来ないそこで乱暴にかき回してみるつむじ風三郎は自分の鉛筆を差し出して開始の準備をする三郎は国語の授業でみんなと言葉を共有すること唱歌も一緒に歌えるを確認する三郎は早くも一人で先走る消し炭 九月四日みんなも参加し始める鞭を振るのは鉛筆の代替シンボル上の野原への道筋は鉛筆の動きみんなと三郎の動きにはずれがある春日明神の帯熊抑制的な大人土手から出るなと言う兄さん嘉助が動かすのは丸太の棒もっと激しく動こうという三郎のそそのかし競馬鉛筆の暴走と彷徨馬の逃走道の分岐反復ススキの手の方向の混乱決定的文章出現の寸前深い谷の前での引き返し錯乱と催眠状態三郎の離脱?飛翔一旦の収束救助 九月六日七日この二日間は三郎は比較的おとなしくしている三郎はみんなとは共同せず栗を棒で取るみんなの側のつづる言葉に対し反発し嘲笑してみたり耕助との論争成り行きに任せたり鼻の尖った男への囃し言葉している 九月八日鬼っこはコックリさんの擬似行為じゃんけんで出したみんなの手何べんもあっちへ行ったりこっちへ来たりするみんなで動かないでいるところを三郎は突き動かし腕をつかんでぐるぐる引っぱり回す突然文章がつづり出される叫び声憑依中のみんなは自分たちが叫んだ鉛筆を動かしたのだという自覚がない 九月十二日教室は水に浸かっているそれを二人は掃き出したがすでにフィールドは失われていて再現しようがない 以上注意しなければならないのは三郎が自覚的にある状態へと事態を推進させていったというわけではないことです三郎も自らの行動の意味については無自覚でした三郎とみんなの行動が絡み合って運命的に否応なくそこへ引き寄せられて行ったのだと言えましょうですから三郎は最後には意外な結果に驚愕して身を引いてしまいます
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懐かしい名作が新たな感慨とともに甦るSF風の又三郎不思議な出来事はなぜ起こったのかあの12日間は一体何だったのか成長した三郎が事件の真相を語りますあの出会ひはつひにすれ違ひに終はつたのかそれとも何か意味のあるものを交はし得たものであつたのか今でも考へることがあります―三郎語り高田三郎原作宮沢賢治 よこ書き本文一章ずつ第一章へ原作をよくご存知の方は三郎独白部分のみをどうぞ三郎独白部分のみたて書き三郎独白c小森法孝2000
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SF風の又三郎独白高田三郎 あの出来事はみんな本当に起こった出来事なのでしたただそれには私の大きな不注意による行動も決定的に影響していますので今そのことも含めて正直にお話ししてみたいと思います私の父は当時気象干渉の研究を行っていてそれはある程度の規模の実地の実験を必要とするところまで来ていましたそうして計画された実験はお察しの通り様々の技術的理由からあの時のあの土地に設定されなければならなかったのでした 父と幾人かのスタッフ達は事前調査のため現地を訪れそしてあの小さな学校の情報を持ち帰って来たのです私は父の語る風景や学校のたたずまいになぜか無性に懐かしさのようなものを感じ一気に転校の意思を固めていきました下準備と仮工事が済んでいよいよ実験に取り掛かろうという段取りになった頃に初めて私は決まりを守る迷惑をかけないという堅い約束をしてとうとうタイムマシンに乗ることを許されたのです九月一日私は数日前には引っ越して来ていたことになっていましたが 実はこの日の早朝初めてあの土地を訪れたのでした 少し早めに教室に入った私は事前に調べておいた通りきちんと腰掛け机の中に入っていた石ころを弄びながら時間を待っていたのですが窓の外での意外な事の成り行きとみんなの喋る言葉の判りにくさにうろたえてとっさにはどうしてよいか分かりませんでしたその時急に教室が細かくビリビリと震えだしましたので私はいよいよ実験が始まったことを知ったのです どうしてもあの素晴らしい装置の数々が動き始めるところを見ておきたかった私はまだ少し時間があるのを確かめるとみんながこちらを見ていない隙にさっと教室を飛び出して実験室へ向かったのでした実験室は学校の地下に作られていました入り口は宿直室のとなりの床下にありますしかるべき筋から根回しもしてありましたので先生は架空の設定やまずこのあたりの地層を調べたいという父の言い分をすっかり信じ込んでいる様子でした 実験室は意外に広く運動場の下あたりまで続いていました一つの装置は日照時間と気温に影響を与えもう一つは気圧と風に関係しどちらも気候の温暖化を狙っているのでした 私は父達と一緒にモニター装置の動きを眺めているうちに時間のたつのを忘れてしまいそして朝礼に遅れたことに気付くとしばらく考えてから父の目を避けて奥のタイムマシンへと走りました自宅に着くと私は母に隠れて手早く忘れ物などをまとめそれから慎重にマシンの時刻をセットし直して元へ戻りました実験室を出ますと廊下のむこうで先生が私を見つけニコニコ笑いながらやって来て挨拶しそのまま二人は玄関から朝礼に向かったのでした 学校の後父と一緒に仮の住まいに着いた私はしばらく家の中の珍しい物を見て回った後もう一度実験室に行き夜には父の許可を得てマシンで自宅へもどりました私は明日からの授業の準備のためにいろんな珍しい道具を取り出し鉛筆でノートに書いてみたり向こうの家で見つけた炭の破片をノートにこすりつけてみたりしました教科書は明日先生が貸してくれることになっていましたので唱歌の練習だけを時間をかけてやりましたそうして翌朝再びマシンに乗ったのです 九月二日この日登校してすぐ私は装置の真上あたりの運動場でつむじ風が舞い上がったのを見て実験が始まっていることを知り今日も放課後すぐに地下へ行ってみようと思いましたところがそのあと私はおかしな事に気が付きはじめたのですいつの間にか嘉助君も私も五年生の仲間に入っているではありませんか六年生の孝一さんの名もたしか一郎だったはずですところが回りの誰もそれを変とも何とも思っていないらしいのです 私はすぐに位相が揺れているのだ昨日の朝父に隠れてタイムマシンに乗ったときの余計な操作がいけなかったのだと思いましたこんなことがまれにあり得るとは聞いていましたがそれが本当に起こってしまったのですとすれば昨日の朝にも位相の揺れは起こっていたはずです事実昨日の朝礼の前と後でも生徒たちの学年がずれていたのでしたがみんなと初対面の私に気が付くはずもありませんでした私は落ち着いていました 幸い位相の揺れは決して致命的な結果を招くことはないという事を知っていましたし私にとっては四年も五年も名目ならどっちでも良かったからです 放課後私は位相の揺れは上りだけで下りにはないことを確かめるとすぐにマシンで自宅へ帰りましたそしてなんとか一人で不具合はほとんど修正出来たように思いました昨日の位相に完全には戻れないにしても少なくとも状況がこれ以上こじれることはないと思いましたが小さな揺れまで完全に排除出来たかどうか自信がありませんでしたそのあと私はいろいろ考えました 向こうの世界の小さなずれ学年や名前の違いは私にとって本質的なものではなく明日の学校がまたほんの少し変わっていたとしてもなにも恐れることはないのでしたがせっかくなじみかけた学校や友達に対して毎日毎日違和感を感じ続けることになるかもしれないというのはやはり嫌なことでした私は思い切って向こうの子供になり切ろうと思いました毎日自宅に帰るのではなく夜は向こうの家に泊まるのです 考えてみれば父達もそうしているのですし私がそうしていけない訳がありませんその方がもっともっとみんなと仲良くもなれるのです翌三日朝私は母にしばらく帰らないと断り必要な道具などを全部持ってマシンに乗り込みました 向こうの世界にはそぐわない余計なものは持ち込まないという決まりだったのですがただ一つ万一の時の安全のために携帯用の浮揚機だけは持って行きましたその日の学校では一郎さんの名前が戻っていた他は昨日と変化がないようでしたでも私は満足でしたこれからこのみんなと思い切りどんどん友達になって行けると思うととても自由な伸び伸びした気分になりました そして一郎さん達が明日遊びに行こうと相談しているのを聞くと元々私も自然や冒険が大好きなたちでしたから早速混ぜてもらう約束をしうきうきとあの家に帰ったのでしたその夜父はタイムマシンの位相がずれていたのでいま直して来たのだがなにか困った事は起こらなかったかと私に訊きました私は気がかりだったことが解消してほっとしながら別に何もないと答えました 同時に私はマシンが直って障害がなくなったにもかかわらず私の決心がちっとも変わらないのを確認してなんだかとても嬉しくなりました 九月四日日曜この日は朝から実験の影響で気圧が下がりやはり大気や地下水の様子にも変わったところが見えていたのでした私はあの時予想以上に急変した天候の濃い霧の中でなんとか早く馬を見付けないと大変なことになるとあせりながらこれ以上あたりを走り回っては危険だと思い嘉助君が目を瞑っているのを確かめると浮揚機の装具を付けてさっと飛び上がったのでした 翌五日月曜日みんな昨日のショックも午後になる頃にはすっかり忘れていたように思いますが嘉助君はどうだったのかそれは分かりません九月六日私はそれまでみんなが私のことを風の神様の子供のように言うのを面白がってはいましたがこの日初めてその話に乗ってみたのですでもそれほどこのことを気にしている訳でも嫌がっている訳でも喜んでいる訳でもありませんでした九月七日実験は軌道に乗って気象干渉はようやく順調に効果を現し始めていました そんな中モニターで川の辺りに変則的な空気振動を見付けて原因を確かめにやって来た技術者があの変な格好の人なのでしたが私はその顔見知りの技術者をさも全く見知らぬ人のように装いそして彼に気付かれぬようみんなと一緒に囃し立てたのでした彼はひょっとして私に気付いていたのかもしれませんが知らん顔をして行ってくれましたので私はみんなと一つの仲間になっているこの状況の中で自分だけが除け者になってしまうという心配から開放されてほっとしていました 九月八日私は一瞬実験が何かとんでもない事を引き起こしたのではないかと思いましたそれほど不気味な空の色だったのですしかしもっと私を驚かせたのはまるであらぬ方向から聞こえてきたあの最初の声でしたそれは決してみんなが発したものではありませんでしたその瞬間何かとてつもなく大きな恐ろしい物がこの世界の上に覆い被さっているのが見えた気がして私は心底恐怖に震えたのです みんなと一緒に我を忘れて思い切り遊べた興奮と訳の判らない恐ろしい物に遭った恐怖とで私は家に帰ってもしばらく震えが止まらなかったように思います 私はそれまでいかにも迷信くさいみんなの言動を一定の距離をおいて見て来たのでしたがそういう私に対してみんながいや何かこの世界が一気に正体を現して逆襲して来たような気ともう一つ自分は本当のこの世界の子供になってしまったのではないのかという気と私にはこの二つがしていたのですが本当はどっちがどっちだか判らない状態だったのです私 は本気で風の又三郎に興味を持ちました父はこの時期遠く日本海を通る台風が巨大な力で南から吸い寄せた大気をこの地方の空気もろとも遥か北の海床の果てまで吹きさらしていく様子など様々な風の話と人々が大昔から圧倒的な風の力に寄せてきた思いについて話してくれました私は次の日学校で自分から風の話をしましたみんなは熱心に聞きました私は風の歌も歌ったのです別れの時はすぐやって来ました 実験の期限は厳しく決められていたのです十一日の日曜日は実験の撤収の手伝いもありみんなとは会えませんでした夜になると父達は宿直室で先生と別れの酒を酌み交わしました実験の余熱を放射しているので宿直室の辺りはうだるような暑さでした全員とねんごろな挨拶を交わした後先生はくだけた格好のまま寝入ってしまいました翌朝私は暗いうちに出発の用意を済ませました外では実験の余波を交えた台風が吹き荒れています このあと残っているスタッフと私が順にマシンで帰り一番最後には父が一人でまだ先生が起きる前に密かに実験室の入り口を厳重に閉じて帰還することになっています 外が薄明るくなったころ時間になり私はまだ余熱でうだる実験室のタイムマシンに乗りましたみんなに会って挨拶をすることが出来なかったのが心残りでしたが私はもう二度と会えない一人一人に心の中でさよならを言いながら飛び立ちました九月十二日第十二日完
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SF風の又三郎梗概 三郎はタイムマシンによって過去の学校へ通学するがマシンの不調によって現地に留まることにする 一方三郎の父が現地で行う実験の影響もあり子供達は三郎が風の又三郎であるという強い疑いを持つ三郎はみんなに融け込もうとするがなんとなく壁がある 両者は軋轢を伴いながら交流を進めるが期限が来て三郎は去る SF風の又三郎解説 ご存知のように宮沢賢治は風の又三郎の原稿を未整理のまま遺しましたそのためにこれを原作に忠実なテキストで読むと読者は矛盾や奇妙な記述によって混乱してしまうのでこれまでの多くの刊行本では適当に文章が改変されてきましたしかしそういう本を読むといかにも原作が可哀想な気がしてそのために矛盾は矛盾として残したまま読者の側でうまく受け止めて楽しむという行き方もあるのではないかと考える人も多くいます このSF風の又三郎はもとより正統的な読み方ではありませんが第三の行き方として矛盾をうまく避けるだけでなくそれ以外の奇妙な記述をも適当な解釈により合理的に処理して原作に忠実なテキストを十分楽しめるようにと考えたときの一つの方法として提示したものです原作部分は元のままですが各章の前後にその後の主人公三郎の独白部分が最少限の分量で挿入してあります SFという手法を取り入れたために幾分異質な雰囲気が加わった反面新たな感慨を汲み取ることも出来るかも知れませんまた位相のずれ時間軸上の過去や未来の相は一義的に決まっているものではなく様々な無限のバリエーションがあり得るが誤って相矛盾する異なった相に遭遇することという安易な概念を使ってはいますがそれがものがたりに意味のある展開を与えるよう工夫してありますのでお許しいただきたいと思います なお気象干渉という概念は唐突なものではありません過酷な冷害のひんぱんな地に育った風の又三郎作者の念頭にこのような空想があったことはグスコーブドリの伝記にも明らかです 原作と比べますと三郎の風の精かもしれないという一種の神秘性がそっくり拭われていますのでその点についての寂しさを感じる方には異稿と呼ばれる本物の風の精の話風野又三郎参考作品紹介風野又三郎を読むに全文がありますを読んだ後でもう一度風の又三郎原作をお読みになることをお勧めしますSFとは違うまた原作のみとも違った又三郎の不思議な世界を発見できることと思います なおSFという形式に慣れていない方には物語の設定が解りにくいというご意見があるかもしれません発端先生と博士を追加しましたので必要に応じてごらん下さい それでは順にポイントを解説していきましょう 9月1日に教室に現れた三郎の格好はもちろん未来世界の彼が大人のアドバイスも得て目的の時代に合ったある程度都会的なものと思って用意したものでしたがそれは現代日本のファッションから大きくずれてはいないようです情景を思い浮かべるには窓の外の子供達が着物姿であることを忘れてはなりません 三郎がにやっと笑ったのはもちろん子供達がそう感じたのであって本人はにこっとしたのでした実験の試運転を前に技術的に腐心している父達を見ていた彼は思わずヤッターと言いたいところだったでしょう教室が震えたのは確かですがガラスが振動したのは風のせいかどうかは分かりません 先生が玄関から出て来ましたが朝礼の時玄関から出て来るのはそれまでないことでしたなお若い読者は先生を女性だと思っていることが多いようですがこれは常識的には男の先生です さてここで早くも位相のずれが現れていますいないはずの三年生がどっと出て来てこの後最後まで存在します一部の本ではこの三年生を隠すのに大わらわになってしまっています例えば三年生は二年生の間違いだろうということで二年生と直しそうすると今度は別の位置の二年生が邪魔になってきてそれを削除するというふうに収拾がつかなくなっています嘉助も五年だったはずが四年になっています 先生の紹介する三郎のプロフィールはもちろん名前も含めて架空のものですが今後の三郎の言動から見ると北海道にゆかりがあるのはどうやら幾分かは事実のようです 独白参照 ここで四つの位相を簡単に整理しておきましょう タイムマシンで到来 1日朝礼前嘉助は5年生6年生は一郎3年生はいない タイムマシンで往復 1日朝礼以降三郎は4年生嘉助は4年生6年生は〃3年生はいる タイムマシンで往復 2日三郎は5年生嘉助は5年生6年生は孝一3年生は〃 タイムマシンで往復 3〜12日三郎は〃嘉助は〃6年生は一郎3年生は〃 タイムマシンで退去 赤字は前の位相からのずれです2日の夜にマシンを調整したので次のずれは小さくなっています 原作には3日以降の三郎と嘉助の学年の記述はありませんが上のように理解します 翌9月2日たった一人の六年生の名前が替わっていたり三郎と嘉助が五年生になっていたりするのはあくまでタイムマシンに乗った三郎の側が感じる矛盾であって他の子供達にとっては昨日三郎と一緒に体験した一日は何の矛盾もなく今日の日に連続しているのでしたこれはタイムパラドックスの一種ですまた未来から到来した三郎にとっては学年というものはあまり意味を持っていませんでしたので大きく戸惑うことはありませんでした ついでに朝礼の時先生が玄関から出て来るのはこの位相ではあたりまえのことでしたこの朝三郎は実験室はこの辺りの下かなあと歩測していたのでありもうひとつ鉛筆と炭とどちらもカーボンを紙にこすりつけて字が書けるという意味でとても面白いと強い興味を持っていたのでした この日一日三郎は地の文で又三郎と表現されていますこれは地の文の表現者は当然子供達の世界に属しておりこの六年生が孝一と呼ばれる9月2日の位相においては三郎を又三郎と表現したいと思った存在であり翌日からの位相では三郎と表現したいと思った存在であったと説明することができますなおその後9月6日から地の文は又三郎と呼び始めますが これはもちろん位相は関係ありませんから地の文の表現者がものがたりの進展によってこの辺りから三郎を又三郎と呼ぶのがふさわしいと考えるようになったことを意味します 独白参照 9月4日では三郎はただの都会っ子ではないところを見せますがやはりちょっと無理がありました ひょっとしたらあの時三郎は深い谷に象徴されるような底深いその世界の正体に肉薄できたのかもしれませんしかし彼は寸前で浮揚機という文明の利器で状況から逃げ出してしまいました浮揚機の装具は上半身のほかに足にも付けるのです この場面では浮揚機を登場させずあれは嘉助の夢であったという設定も可能でしょうしかしここはこの前からもこの後も続くコミットメントの不徹底という流れの一環であるとして現実の出来事でなければならないと考えてみました なおこの日冒頭の子供達の人数及び途中で耕助が現れる矛盾については解決できませんでした今後の課題とさせて下さい 独白参照 このあとは風の又三郎のどの刊行本でも9月5日となっていますが本当はオリジナル原稿が失われていて不明ですしみんなの心理を考えても間に一日クッションがあったほうが流れが滑らかになるという判断から9月6日を採用しました タバコの葉に端を発するいさかいは収まりましたがヤマブドウと栗に象徴されるように依然として異質な者同士の溝は存在しています 独白参照 9月7日未来のスマートな?クロールからすればみんなの泳ぎは相当おかしかったのでしょう 発破漁をめぐる大人達と子供達のふるまいは両者の世界が異質なものであることを物語っていますそんな中で三郎の世界はちょっと大人たちの世界に接触しているとは感じないでしょうか発破は実験のモニターに感知され技術者たちは不審に思いました変な人の登場で三郎の立場は内心ですがまたちょっと微妙となります 独白参照 9月8日三郎は初めて我を忘れましたその時両者の次元の壁が揺らいだそのある種の隙に一気に雪崩れ込んだものがあったのではないかと思いますそれは両者の融合に触発されたものなのかあるいは両者の間に厳然と楔を打ち込むものなのか三郎には混乱の極みの中でとても判断は出来なかったでしょう 宮沢賢治の彼方へ天沢退二郎思潮社では原作のこの場面について作品という隔壁物質がごく薄くなっている部分であるとして向こう側の世界が透けて見えた瞬間であるという趣旨のことを言っています私もその向こう側の世界には到底手を付けられない気がしますのでこの日の謎はこのSFでももちろん謎のままで置いておくことにします 三郎が風の歌を歌うのは9日ではなくヤマブドウ採り5日とするのときの風の論争の次の日6日とする案もありましたが前者を採りました 独白参照 9月12日タイムトラベルと普通の飛行とはもちろん違いますしかし一郎の虫の知らせはほぼ正確に三郎の飛翔による退去を告げました林のうなりの中にも三郎のさよならがきっと聴こえたことでしょう 先生は終いのころには実験室の一行がどうやらただものではないらしいと気付いてはいましたがもちろん真相は知りませんから全て腹の中に納めています先生は宿直室がまだ暑いので夕べのくつろいだ薄い着物にうちわという普段は子供達に見せない姿で現れ三郎の父が実験室の入り口を閉じる音を聴いてあれまだ誰か残っていたのかと急いで戻ったのでした実験室の扉はその後二度と開けることは出来ないのでしたし 中の実験室自体も誰にも知られぬうちにきれいに消え失せてしまったのは言うまでもありません 一郎と嘉助が本当はどう思っていたのかそれは分かりませんその後の三郎がずっと考え続けていたように二人も考え続けたのではないでしょうか 独白参照 あの出会いはついにすれ違いに終わったのかそれとも何か意味のあるものを交わし得たものであったのか今でも考えることがあります―三郎
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SF風の又三郎発端 先生と博士 その小さな小学校を一人の鉱山技師らしい男が訪れたのは昭和六年の師走のことであったすでに冬休みに入って一人で宿直をしていた先生は世間話を始めてすぐにこの寒そうな作業服姿あり合わせのものを着てきていたのであるの男が土地の者ではないことを察していた男はこの東の方の山から良い鉱脈が走っていて是非とも詳しく調べてみたいとさかんに感心した風な口ぶりで言いきっとお国のためにいい仕事ができそうだいかにも時代に合うようにわざとらしく言ったのであるとも言った 翌昭和七年春の新学年が始まってすぐに役場を通じて鉱脈試掘の話があって男の根回しによるできる限りの便宜を図るようにとの指示があった先生はあああの男の言っていた話だなと思い出したがその後何の連絡もなく日が過ぎて行ったので半分は忘れたようなものだった夏休みに入ってから男はやって来たこんどは二人の部下を連れてスコップや測量道具のような物も持っている先生は男の顔と格好を見て一瞬半年以上も前の情景をありありと実はついさっき来たときと全く同じ格好なのだから思い出しながら 懐かしそうな表情で待っていたんですよというような挨拶をした 男も懐かしそうな挨拶をしたさっき会ったばかりなのだがその日からすぐに作業は始まった東の山の鉱脈はモリブデンという金属のものでそれが真っ直ぐにこの学校の真下を通っているまず手始めにここの地質をざっと調べたいついては二学期が始まる前に床下を掘らせてほしいこの工事については生徒たちにも村人にもくれぐれも内密に願いたいとこのような話であったが先生には否も応もなく彼らは宿直室の隣の物置のような部屋の床板を取り去って早速床下を掘り始めた 出た土はモッコで担いで裏の山の下に捨てたが不思議なことはそれから二日後裏の土の山がそんなに大きくならないのに先生にはもう何人もの作業員が床下の穴に入って行ってしまっているように思えたことだったある程度のスペースができたらあとは据え付けたタイムマシンを利用して一挙に土を別次元に排出したのである先生には嬉しいことがあった現場監督をしているあの男の息子がこの学校に転校して来ることである こんな山奥の分教場へ遠くからの転校生がやって来ていろんな刺激を与えてくれるのは願ってもない社会勉強の機会となる生徒たちもきっと喜んでくれるだろう先生はこう考えて心待ちにしていた 三郎がやって来るのは八月下旬の予定であった実際は違うが先生はそのように聞かされていたのである床下では相変わらず何事か工事が続いており思ったより長期化した調査に先生はやや戸惑っていた父と一緒に下流の谷の奥の小屋に住むために北海道からやって来たその少年と実際に顔を合わせることができたのは九月一日の朝であったが実は少年はその日に来たのである予想以上に利発そうな印象であった博士の専門は気象干渉であった 特定の範囲の気象を自在にコントロールする技術は急速に発展し実験室といっても相当大きなドーム内の空間であったがでの実績は申し分のないところまで来ておりあとは実際の開放された自然空間でのある程度の規模の実験が待たれるばかりであったしかし気象干渉は一定以上の環境に対して悪影響を与えるものではないことは確認されていたにもかかわらずどうしたことか法的な制約のクリアがなかなか思うように進まず 見通しは不透明であった政府も実験の重要性を認め積極的に後押しをしてくれた結果結局実験は別位相実験つまり過去の世界で実現されることになったのである まず人口が適当に過疎でありかつなるべく気象干渉の実用的意義が認められる地域を念頭に博士はタイムマシンを駆って昭和初年頃の東北北海道を何ヶ所か巡ってみたそして実験の規模も考え合わせて最終的に選んだのが北上山地南部の山村そして小学校であった博士は準備が全て整ってから行動を開始した急激な気象変化がありふれた時期 つまり夏から秋への急速な変わり目を目途にそこから充分に遡った冬休みの時期を選んで学校を訪れて伏線を張り次に仲間と一緒に夏休みの学校を訪れたタイムマシンを使ったので博士にとっては今行ってきてすぐまたとんぼ返りで行ったのであるもちろんその筋から巧妙に現地の役所等には根回しをしてある学校の先生は実直そうで機密保持は大丈夫だ作業の方も順調に進んでいるまずタイムマシンの部品さえ運び込んでしまえば 後は入口を通さないでも床下の作業のみで掘削も実験機器の組み立てもできる作業はある程度時間はかかるが実験期限の九月十二日までには成果は上がるだろうこう考えて博士は予定をこなしていったはタイムトラベル自体にはあまり馴染みがなかった 昭和七年の世界ももちろん彼にとってはほとんど見知らぬ世界である暇を見ては帰る自宅ではその珍しい見聞を積極的に家族に披露したそしてその過去の世界の様子に敏感に反応したのが博士の一人息子である少年であった少年は木造の小さな校舎や複式学級で学ぶ和服姿の子供たち澄み切った谷川緑濃い山々の話に異常に引き付けられて居ても立ってもいられぬ位の気持ちになっていったのである 博士の時代の風潮にあってはこのような過去の世界の話に興味を持ち引き付けられる子供というのは極めて珍しい存在であったがなんとかしてその学校に通いたいという少年の希望は法的には大きな問題はなかったしかし果たして何の悶着もなくあの世界の学校生活に入り込めるものなのか博士はその点で非常に懐疑的であったのだがその後少年が猛烈に勉強して授業の受け方とか当時の言葉とか 果ては三郎という古風な名前まで考えてあの世界に転校生としてなら完全に融け込めると自信を深めた様子を見てとうとうタイムトラベルの許可と現地の転校手続きを取ったのであった
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映画風の又三郎 風の又三郎と題する映画はいくつかありますが原作の雰囲気をよく伝えているのはなんと言っても最初の映画化作品風の又三郎日活監督島耕二主演片山明彦昭和15年10月10日封切白黒96分です この映画はモノクロですが美しい自然や動植物などをふんだんに描写しておりまた若き風見章子さんの美しさが大変印象的です あらすじはほぼ原作通りですが特記すべき内容を記してみましょうビデオ風の又三郎日活株式会社より 9月1日三郎が教室に現れるこれまでいなかった5年生だと紹介される嘉助は4年生 翌日鉛筆騒動三郎は佐太郎にきれいな鉛筆を与えみんなは好感を持つ三郎は国語の本を読んで皆を感心させる 日曜日みんなはぶどう採りにでかけ三郎は耕助との論争の前に風の歌を歌うぶどう採りのあとそのままうえのはらへ出かけるガラスのマントを着た三郎は風の歌を歌う助けられた嘉助は床につく一郎と佐太郎が見舞いに来て嘉助から三郎が空を飛んだ話を聞く 暑い日みんなは川へ泳ぎに行く佐太郎の妹かよは川原の兄の風呂敷包みからきれいな鉛筆を抜き取る川に現れた変な格好の男は地質関係者らしいそのあとみんなは相撲を取る投げられた三郎は悔しかったら風を吹かしてみろと言われ空の雲行きを見て風の歌を歌うと風が吹いてきて暴風雨となる 嘉助は三郎が風の歌を歌う夢を見て目覚める一郎が迎えに来て急いで学校へ行くと佐太郎が来ていて三郎にもらった鉛筆がなくなったので探しに来たと言う三人は先生から三郎が去った事を聞く耕助もやって来て四人は空に向かって風の歌を歌う 原作を念頭に置いて鑑賞したときのその他の目を惹くポイントを挙げてみましょう 川で蛙を捕まえる一年生の場面で始まる 村には鉄道が通っていることと校舎が古い藁葺きであることが別々の意味で意外である 蛙やカマキリミミズカタツムリフクロウカラスなどの小動物がなまなましく描写される 一郎は剽悍で威厳あるガキ大将嘉助はまじめで柔和な少年のイメージで描かれる 生徒は登校すると国旗掲揚塔に礼をする 先生はほとんどにこりともしない謹厳ぶりである 先生が二百十日の説明や川を濁すなという話をするところが描かれる 美しいヒロイン不在の原作を補完する嘉助の姉が登場する 初日けんかとそのあと三郎が教室から一旦消える場面がない 翌日三郎が消し炭を使う場面がない 日曜日三郎が論争の最後に風の有用性を詳しく説く 又三郎が座っている場面のガラス透明ビニール様のマントは裾が大きく拡がり目を奪う三郎の表情と相まって人身御供の花嫁衣裳のような不思議な蠱惑的雰囲気を漂わす 暑い日発破も毒もみもない 風を吹かしてみろと言われた三郎が密かに空の雲行きを計算して歌を歌い出したことを明示的に描写しておりここでは三郎が又三郎ではないことが示唆されている 最終日の発端が一郎ではなく嘉助の行動によって描かれる 佐太郎が三郎からもらった鉛筆が特に意味あるものとして扱われている 今から見れば稚拙な又三郎の飛翔場面の特撮風の論争での耕助の言い分の説明場面三郎が風の効用を説明する今で言えばCG風のアニメーションが興味深く見られる 先生が騒ぐ生徒を厳しく叱る場面などがあるがこれは明治以来昭和の戦後しばらくまで普通であった教室内の自然な情景をそのまま描いたものであり時代の要請によってことさらに曲げて描かれたものではないと思われる 補足として原作との微妙な関係に関する二三の興味ある事項を記します 初日の朝みんなが学校へやってくるところでの囃し声がチョーハーカグリになっている 上の野原がうえのはらと呼ばれているこれは種山ケ原での呼び方と同じ 三郎の父が教室であおぐ扇がことさらに風と関連付けられている 台風の説明をする先生がタスカロラ海床をタスカロラ海溝と言う タバコの葉をむしった三郎が1日の父同様にそれであおいでいる 風の論争をする耕助が言いよどむ時にそれからららと言っている手書き原稿のひらがなをそのように読み取る説もある校本全集編集を担当された天沢退二郎氏に問題部分の原稿コピーを見せていただく機会があったその部分は作者の農学校の教え子松田浩一氏が前身作風野又三郎を原稿用紙に筆写したものに作者の手入れがしてあるものなのだが当該箇所は松田氏の筆跡で私にはどうもらとは読めないように見えたなお松田氏の筆写の元になった作者自筆の風野又三郎原稿の当該部分はうと読まれて来ている 川原で男を囃す言葉が言うではないかとなっている 三郎の歌う風の歌杉原泰蔵作曲の歌詞が甘いりんごもすっぱいりんごも一番甘いざくろもすっぱいざくろも二番甘いくるみもすっぱいかりんも三番となっている映画製作当時は本文テキストが今のように確定していなかったという事情がある なお一郎役は若き日の大泉滉氏嘉助の姉役が風見章子さんですお二人を知る者にとっては並々ならぬ感慨で胸がいっぱいになってしまいます 作品データと鑑賞評へのリンクがおしまいににあります 平成元年に制作された風の又三郎ガラスのマント朝日新聞社ほか監督伊藤俊也カラー107分は原作にない薄幸の少女かりんを中心としその母娘にまつわるドラマを並行させて銀河鉄道の夜など他の作品のイメージをも取り込んだ新しい機軸で描かれました前作の影響も随所に見られます監修は入沢康夫氏 主な内容冒頭は風野又三郎を思わせる野山を吹き渡る風の視線でとらえた美しい空撮の連続タイトル後がドジョウを手づかみする幼児のシーンで始まるのは前作の影響お盆の時期父がなく自宅で結核の療養をする母壇ふみと二人暮しで片方の耳が聞こえないかりん早勢美里は男の子たちに病院臭いといじめられている嘉助ら男の子たちは前作と違い良く肥えている子が多い かりんの父方の祖父内田朝雄の家本家からの使い岸部一徳が来て母に対し療養所へ入りかりんを本家の養女にしろと言う立ち聞きしたかりんは怒り使いの革靴の片方を森の中に捨ててしまう木の洞で寝込んでしまったかりんは革靴を履いた一本足の巨大な魔物に追いかけられるが風が吹き払ってくれ歌が聞こえてくるそしてかりんは又三郎の姿を見る 9月1日の朝教室に不思議な男の子が現れる発見するのは二人の男の子だけでなく女の子も一人いる かりんは三郎の父草刈正雄が持つ懐中時計にどきりとする 放課後かりんは本家へ行き密かに蔵の中から父の遺品の壊れた懐中時計を持ち出す このときかりんは回想する昔森の中で猟をする父の後を追い父の銃の音に驚いて倒れ左の耳を打って聴力を失ってしまった 父の墓参りをしたかりんは本家で働く仲良しのお種ばあちゃん樹木希林から父が長男であったにもかかわらず風来坊なので分家されてしまいかりんの事故のあと気に病んで体を悪くしその後亡くなったことなどを聞く かりんは橋の上を走る汽車が空中へ舞い上がり銀河鉄道の夜のイメージその中で両親の姿父の姿は三郎の父に似るが窓に映りドアの向こうに又三郎が現れるのを見る 9月2日音楽の授業放課後かりんは森の中の療養所を見に行こうとするが途中で男の子らに病院臭いといじめられるそこへ三郎が現れてクレゾールの匂いは清潔だとかばい療養所へ連れて行ってくれる 夜留守番をしているかりんのところへ三郎が木の実を持ってきてくれる外出中の母が倒れたという報せにかりんが駆けつける 翌日かりんは欠席している放課後男の子らと三郎は葡萄採りに行くタバコの葉騒動葡萄藪には母に食べさせようとかりんが来ている三郎は白い栗を取ってかりんに見せる風の論争 帰宅してかりんは見舞いに来たお種ばあちゃんから例の使いの男が怒っていると聞いて靴を返そうと森を探すうちに三郎の家を見つける父親はセロを弾いているかりんは葡萄ジュースをもらったり偏光顕微鏡を見たり過冷却水中のきれいな結晶を見たりするこの辺りさまざまな作品のイメージ かりんは三郎に事故の話をし左の耳はいつもは聴こえない音が聴こえるのだと言う三郎はそれは本当の耳なのだと言う三郎の父が修理するとかりんの時計が動き出す 翌日曜日男の子たちが約束の場所へ来ると三郎がかりんを誘って来ている柵の丸太は嘉助ら三人が乗って折ってしまい嘉助が外す逃げた馬を追い嘉助がさまよう場面では地面や岩に顔のように眼があって脅し根っこが手になって嘉助の足をつかむ 木の洞に逃げ込んだ嘉助は上の枝からガラスのマントの又三郎が高く飛んで行くのを見る気を失った嘉助をかりんが見つける 上の原を下りたあと三郎とかりんは森で偶然例の靴を見つける三郎は僕に会いたくなったら本当の耳をすまし風の歌を歌えと言う 靴を持ってかりんが帰宅すると例の使いが療養所と養女の話を決めているのが聞こえる怒ったかりんはまた靴を投げ捨てる 寝込んだ嘉助の家へ男の子達が見舞いに来る男の子らが板の間の上に泥足の跡をつけるのは前作と同じシーン嘉助がガラスのマントの話をすると信じる子と信じない子の喧嘩が始まる 放課後川原で双方が対決するが仲直りし川で泳ぐ三郎が現れ石取りをしようと言うみんなは自分達の対決はお前のせいだと三郎を責め水の中に沈めようとするかりんはそれを見ている 逃れた三郎にみんなはお前が本当に又三郎なら風を起こせるかと言う三郎は口笛で風の歌を吹くが風は起こらないそのとき発破の音がしてみんなは魚を取りに行く専売局らしい男すまけいを囃し立てる男のイメージみんなが又三郎を囲むのが木の上ではなく川原であることが前作で描かれたものと良く似ている囃し言葉のではも前作と同じそのとき風が男の帽子を飛ばす 気が付くと木の上で三郎が口笛を吹いており嵐となリ雨も降ってくるかりんの先導でみんなは雨はざっこざっこ雨三郎風はどっこどっこ又三郎と叫ぶ風は吹き続く9月11日の日曜も無人の学校に吹きつけている 9月12日朝本家でかりんが朝ご飯を急いで食べマントを着て途中で一郎と嘉助も一緒になり学校へ行く先生の説明の途中でかりんはマントを脱ぎ走り出す誰もいない三郎の家で動かない時計を懸命に振る歌を歌うがうまく歌えない又三郎の姿を始めて見た晩の洞のある木に行き幹に左耳を当てると歌が聴こえてくる 療養所へ走り母を呼ぶと窓に母が現れるかりんは風の歌を歌うと子供達も現れて一緒に歌うラストシーンは白い帽子と広がったマントの形をした雲そして草原をどこまでも駆けていく子供たち この作品は原作の話にかりん原作にもう一人付加されたメディア巫女のような存在ですクレゾールの匂いに守られ聞こえない耳で自然からの不思議な声を聞きますの話が並行しているだけでなく三郎はその両テーマの接点で本当の耳などと有意的に絡んでいます明らかに又三郎の意味が拡大的に変質しており前作と単純に比較されるのではなく別の感慨をもって鑑賞されるべき映画ですしかしかりんのストーリーが分かりやすいだけに原作のテーマをよく理解していないと全体としての理解を得にくい人もあるかもしれません 風の歌は前作の杉原泰蔵作曲の同じメロディーが使われています歌詞は甘いりんごもすっぱいりんごもですが最後の場面では二番子供たちが歌う部分が青いくるみもすっぱいかりんもとなっています なお子供たちの洋服姿は戦後の風俗と言えるようです9月1日が二百十日であり3日が土曜日でその日の夜に描かれている月がおおよそ月齢18前後に見えることのみを根拠にすると設定は1966あるいは77年と考えなければなりませんしかしその頃にあのような結核療養所があったでしょうか66年はちょっと微妙ですが77年は否定されるでしょうしかし事実はこの月の映像はこの映画が撮影された88年の夏から秋にかけてのある日に偶然撮られたものに過ぎないのでしょうものがたりの舞台210000年カレンダー二百十日の計算月齢の計算参照 かりん役の新人早勢美里さん撮影当時五年生はのちに宮澤賢治その愛松竹監督神山征二郎主演三上博史平成8年に賢治の恋する岩手病院の看護婦さん役で出演して賢治映画ファンを喜ばせましたかりん役のイメージが忘れ難く思われてのキャスティングだったのでしょう映画中では名は一説により高橋ミネとされているが正確には不詳詳しい内容へのリンクがおしまいににあります 上記二作品の他に昭和32年1月配給の東映教育映画部制作の児童劇映画風の又三郎村山新治監督出演左卜全加藤嘉松山省次ほかがありますがこれは劇場公開用ではなく巡回上映や視聴覚ライブラリー用として作られたものでしたこのときは実際に江刺地方がロケ地として選ばれ地元の人も多数エキストラ出演したそうですこの映画については小学生の時に見た記憶がありますドラマとしては思い出せませんが木々の樹冠が照明に照らされて猛烈に揺れる夜の山とはるか超高空から見下ろしたふうの夜の山々の箱庭的衛星写真的シーンがずっと記憶に残っています オリジナルビデオ作品としては昭和63年にコナミから宮沢賢治名作アニメシリーズ風の又三郎りんたろう監督カラー30分が発売されています冒頭ほかに流れる風の歌は宮下富実夫の新しいメロディーでほぼ原作に近いナレーションをCWニコル氏が担当していますストーリーは原作通り進みますが日曜の上の野原の事件のあとは葡萄採りもさいかち淵も省略されておりすぐ最終日となりますたびたびの風の吹く場面は風景が横に流れるように描かれ又三郎の飛翔場面はオーロラのイメージの中を馬とともに光の粒を撒き散らしながら飛ぶという美しいものです テレビドラマとしてはNHKの少年ドラマシリーズで昭和51年12月6日から9日まで4日間にわたり午後6時5分から20分間風の又三郎脚本別役実演出上原正巳音楽池辺晋一郎出演宮廻夏穂すのうち滋之安藤一人ほかが放映されました 漫画風の又三郎 風の又三郎と題するコミックなら何といってもますむらひろし作風の又三郎賢治にいちばん近い風朝日ソノラマです収録作品集文庫版デジタル版もあります この作品は文学作品の漫画化にありがちな独自の展開や解釈などを一切排し極めて原作に忠実に描かれており風の又三郎コミック化の決定版とも言うべきものですただほんのちょっと原作と違う部分を挙げるとすれば登場人物が全てなんと猫になっちゃっていることぐらいでしょうか アニメ映画銀河鉄道の夜やシチューのテレビCMでおなじみのほんわか系の猫といえばお分かりでしょうあのお馴染みのちょっと太めの猫たちが着物を着た姿で活躍しますがそんな中で三郎はきりりとした猫として描かれています なおキャラクター以外の自然描写などは写実的です 冒頭の部分から順に気の付くことを挙げていってみましょう 9月1日 第一コマは一ページを使って学校と周囲の山川を描いており風の歌はすっぱいくゎりんと旧かなを生かしている 生徒については三年生がないだけであとはを削除してあとに矛盾が残らないようにしている 運動場はうんどうばとルビを付けている 先生は当然ながら洋服姿で眼鏡をかけている 三郎の白いシャッポは前につばのある形のもので猫の頭に合わせて耳の部分が突き出ている 整列するところでは学年別に6列きちんと正確な人数が細かく描き込まれていて微笑ましい低学年が右となっているが原作では逆と見たほうが良いかもしれない 三郎が列に入るところで生徒の一人に五年生かなと言わせ学年の矛盾を避けている教室の机は全部描き切れないので4列5段ぐらいに見える黒板に向かって右廊下側に一年生概ね左運動場側に上級生これも原作とは逆かもしれない 嘉助は最左列前から二番目その後ろが三郎一郎は左から二列目最後尾その二つ前が佐太郎 生徒たちは着物の柄で人物猫物?が識別できるようになっているためこのあと12日までそれぞれ着た切り雀である 9月2日 一郎は風呂敷包みではなくカバンを持っている つむじ風の場面ではフォーッという音がしている 先生は五年生の人は読本の十頁の三課をひらいて孝一さんは読本の十八頁をしらべてと具体的数字を言う 三郎が運算しているのは51÷3である 9月4日 湧き水のところにやってくるのはちゃんと4人になっている 切れたわらじが吊るしてある栗の木の場面でミーンミンミーとセミの声がする夏後半に多いミンミンゼミであろう 大きな谷の場面はページ左半分全部を縦長のコマに使って底知れずの深さを表現している 又三郎が足を投げ出している場面は一ページを使っている又三郎はまっすぐ前を見る厳しい表情 金山掘りにかなやまほりとルビを付けている 9月5日 この日を9月5日としている 三郎の取った栗は白くなく熟しているように見える 風車にかざぐるまとルビを付けている 9月7日 ミンミンゼミの声がする 水泳びにみずあびとルビを付けている 裸になった三郎以外の猫たちは概ねふくよかである あとから発破を見に来た大人たちの姿は馬に乗った1人以外は4人となっている 嘉助の瓜をすするときのような声をぞぞおと表現している いけすをこしらえたあとミンミンゼミの声がしている 鼻の尖った人の持っているのははっきりとステッキに見える 9月8日 ミンミンゼミの声がする 二時は柱時計が打っている柱時計の場所は黒板の左上9/1と9/2に描かれている さいかちが青く光って見えるという場面と三郎が雲の上の黒い鳥を見ている場面でミンミンゼミの声がする じゃんけんをしたのは総勢10人 誰ともなく雨はざっこざっこ雨三郎風はどっこどっこ又三郎と叫んだものがあった場面は見開き二ページを使って画面全体に降りしきる雨の縦線の中右ページにはねむの木の下で川面を見つめる子供たちの後ろ姿と脱いだ着物左ページにはそこへ向かって必死に泳ぐ三郎が描かれている作品中最大のコマ 9月12日 箒の形がしゅろ箒かどうか疑問 最終コマ二人が顔を見合わせた場面は一ページを使っている 以上一読後ほとんど違和感のない漫画化作品でした活字嫌いの子供たちにまず与えたとしても一定の風の又三郎の世界を感じ取ってくれるだろうと期待できます 猫については三郎をはじめとする子供たちに明確な容貌を与えてしまわないという意味でも悪い手法であったとは言えないでしょうでもものがたりを気に入った子供たちにこれは本当は猫じゃない人間の話なんだよと付け加えてしまっていいのかあるいは付け加えるべきなのかうーん迷ってしまう 他に山本まさはる風の又三郎文芸まんがシリーズぎょうせい有久祐子風の又三郎旺文社名作まんがシリーズがありますまた少女まんがとしては片山愁風の又三郎あすかCDX角川書店があります2日と川遊びの日7・8日が一日にまとめられているに省略が多いのが残念
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まずは挑戦風の又三郎クイズ選手権オリジナルクイズ集易しいものからマニアックなものまで全てこのサイト内に答えあるいは手掛かりが見つかるはずですすごろくで上がるとサイトトップで表彰されます 基本的な問題ごくごく初歩的な問題です次は図示問題まず舞台に関する問題です人物に関する問題ですここからは単語クイズです まず易しい問題比較的易しいクロスワード問題です難しい問題です図形パズル問題風の又三郎すごろく最後の問題です
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基本的な問題 1風の又三郎の作者は次のうちの誰?石川啄木高村光太郎太宰治夏目漱石宮沢賢治吉川英治正解のときだけ先へ進みます2作者が生まれたのは次のうちのどこ?北海道岩手県福島県東京都愛知県京都府熊本県鹿児島県3風の又三郎は次のうちの何?定型詩自由詩小説戯曲随筆評論論文4風の又三郎の舞台は次のうちのどこ?漁村山村都会小都市島天上地下5 時代はいつ?維新前後明治後期から大正前期大正後期から昭和初期戦中戦後初期昭和三十年代6季節はいつ?初春初夏梅雨盛夏初秋初冬寒中7登場するのは誰?天才児転校生美少女苦学生療養児童犯罪者子弟8風の又三郎とはそもそも何?過去の一人の先生の名前地元の伝説の悪漢伝承の風の神夢に出てくる魔物の名 宮沢賢治1896〜1933詩人童話作家農業指導者として活躍のかたわら創作自然と農民生活で育まれた独特の宇宙的感覚や宗教的心情にみちた詩と童話を残した生涯法華経を敬信童話銀河鉄道の夜風の又三郎詩集春と修羅など大辞林より稗貫郡里川口村現花巻市生れ盛岡高等農林学校卒業花巻の稗貫農学校のち改称し花巻農学校教諭その後農業指導者童話作者自ら少年小説と呼ぶ広い意味での小説北上川左岸支流上流域の山村をイメージして創られた人首川稗貫川上流の旭ノ又川猿ケ石川上流の早瀬川などの説がある前身作品は大正13年完成本作品は昭和7年をイメージして同6年から8年にかけ創られた真夏のような天候が出現するが日付は9月1日から12日高田三郎という転校生が騒動の中心となる現実の伝承神風のサブローサマに酷似した名前である作者の半創作によるもの
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下の図はものがたりの舞台の概念図です次の場所や物はどこにあてはまるでしょうか場所1〜11一郎の家上の野原嘉助の家学校草の山さいかち淵三郎の家たばこ畑土手葡萄藪湧水物A〜E岩穴大きな栗の木栗の木の列さいかちねむ
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人物に関する問題です下の図の左側の行為を行ったのは右側の誰でしょう●と●を直線で正確に結んで下さいその上で線の交わる交点に位置する文字を上のものから順に読むとある言葉になりますそれは何でしょうお手数ですがプリントアウトするかプリントスクリーンPrtSCボタンまたは画像右クリック→コピーでペイントなどのソフトに取り込んで直線を引きながらお解き下さい 定規などを液晶画面に当てることは避けたほうが良いでしょう

一郎に上の野原に誘われた山椒の粉を持って来た三郎と風の論争をした石取りの石を落とした妹の鉛筆をとった鬼っこで最初に鬼になった葡萄採りに行った嘉助佐太郎耕助悦治


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次の単語をものがたりへの登場順に並べ換えて下さいあけがた悦治お母さん国語雑魚シャッポ虎こ山南側次にそれらの頭文字カナを下から順に読むと二つの単語になりますそれは何と何でしょう
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クロスワードですお手数ですがプリントアウトしてお解き下さいヨコのカギタテのカギ依拠する本文は当サイトの現代がなの本文です
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カタカナ語に関する問題です風の又三郎にはいくつかのカタカナ語が出てきますふり仮名は考慮しませんそれらのうち人の声やオノマトペ擬声語擬音語擬態語以外の名詞は重複を除いて18個3文字7個4文字6個5文字4個6文字1個ですその18個のカタカナ名詞が下の図の中に含まれていますただし濁音半濁音は清音と共通で小さいヤヨツも大きいものと共通で表してあります 読み方はたてよこななめに隣り合った文字をつなげて読んで下さい方向はどちらでも途中で曲がってもかまいません例えば図の左上の部分で言えばフヤムスはOkですがフヤスムはだめです同じところを何度読んでもかまいませんが一語の中で同じところを二度読んではいけません例えばロムスムはだめです さてこのようにして18個の名詞を全部読んだ時に一度も読まない文字がいくつか残りますその文字を左の行から順にタテに読みつなぐと風の又三郎に関係のあるある言葉になりますそれは何でしょうお手数ですがプリントアウトするか紙に書き写してお解き下さいヒント1ヒント2ヒント3ヒント4ヒント5ヒント6ヒント7さっぱり分らないという方は もう一度風の又三郎本文をじっくりごらん下さい依拠する本文は当サイトの現代がなの本文です
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絵クロスパズルです絵クロスは数字にしたがってマス目を塗りつぶすパズルです解き方の例です数字はその列で塗りつぶすマス目の数です数字が2個ある場合は1マス以上離して塗りつぶして下さい3個ある列は3ヶ所に分けて塗ります塗りつぶさないことが分かったマス目には/などの印をつけていくのがコツですこの例ではまずいちばん大きな数字5に注目しましょう出来上がりそれでは第一問第二問第三問第四問
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ふりだし一郎の家を出発して三郎の家に着くと上がりです現在地は青色のところですクイズに答えながら進んで下さい上がりものがたりの舞台はもうすっかりあなたのおなじみになったでしょう風の又三郎の舞台は大きく分けて上の図の左半分子供たちの日常世界と右半分非日常世界に分けられますその中間に位置させてあるさいかち淵は最初は日常的空間でしたが後には上の野原と同じ種類の空間に変貌しましたしかしよくよく考えてみると左側の地点でも岩穴やたばこ畑教室など何だか普通でない怪しい場所に見えてきませんか風の又三郎の舞台は謎がいっぱいなのです
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答えを投票していただいています 三郎は風の神の子又三郎であるのか三郎はただの転校生人間であるのか投票ページへ もっとまとまった文章を投稿したいという方は私の又三郎へどうぞサイトへのご意見や感想雑談などは掲示板でお待ちしています
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再び三郎の正体 朴の落ち葉がおびただしく降り敷いた奥多摩の山道の脇に座って私はゴーッという風の音と次々に舞い落ちる巨大な朴の葉に耳と目を奪われていました隣の尾根に目をやればそこも木々が大きく揺れて強い風が吹いているようでした そのとき今もしこの場所から視点を上空に上げてはるかな高みから特殊の目で俯瞰すれば視界の限りの関東の山々のあちこちに一斉に木々の揺れとざわめきが巻き起こっているのが確かめられるにちがいないいやそれだけではないもっとマクロな偏西風系の一部としてアジア大陸の南端から遥か北方の海上まで吹き抜けて行く一連の流れをも感じ取れるに違いないとそんな考えが起こってきたのです そして何か一つの人格的な意志あるいは意志の集合としての風をあらゆる山々のざわめきも隣の尾根の木々の揺れも目の前の朴の葉の乱舞もが見せてくれているようなそんな実感もしてきたのです同時に風野又三郎に描かれたうなの兄なも風野又三郎うなぃのお父さんも風野又三郎うなぃの叔父さんも風野又三郎の意味がパッと解ったような気がしました 作者宮沢賢治が風野又三郎執筆時にもしこれと同じような観念に一旦捕われていたのだとしたらそれから数年後に再び又三郎の話を書こうというときにそのアイデアから完全に離れることが一体できたものなのだろうかつまり彼には全くのただの人間のことを又三郎だと誤認する話を書けるということがあり得ただろうかあのときの実感を思い出すたびに私はこのように考えることを何度もしてみなければなりません 三郎の正体については鑑賞の手引き2その他でいろいろ考えてきましたが申し訳ないことに今はこうしてなんだか振り出しに戻ってしまったようなずるい形で筆を置かなければなりません おしまいに 永瀬清子氏は又三郎は初秋の日に吹き過ぎた風に寄せてイーハトーヴォの子供らが大空に描いた夢であると言いました風の又三郎の公演イーハトーヴォ昭和14・12宮沢賢治の会そこで私もここで最後にふさわしく作品風の又三郎とは何かと堂々とまとめてみるというのはどうだろうとしばし考えてみましたしかしどうもそれは長くなりそうですし要領よくまとまるかどうかこれまでもあちこちでぼちぼちと述べてきてありますしまとめ参照でその代わりとして少し具体的に風の又三郎においてカゼノマタサブロウとは何かについて辞書的に箇條を立てて記述してみるということならお茶を濁す程度のことはできるかもしれないと思い立ちました カゼノマタサブロウ @まずなんと言っても実際に又三郎と呼ばれている転校生高田三郎君こそがそれに当たります彼以外に又三郎と呼べる人間をみつけることはできません それから A嘉助が又三郎だと思って見る三郎現実の三郎ではありますが嘉助には特別の相が見えています初日教室でにやっと笑った三郎などがそうです それからそれから B嘉助が4日に見た空飛ぶ又三郎初めて見た又三郎の正体の具体的姿です風野又三郎そのもの それからそれからどうだい C三郎を又三郎と見ることの元のイメージ嘉助が思っていた風の神少年の姿をしています風野又三郎と同質の存在ですがもっと漠然と土俗的な姿であったかもしれません それからそれからあとはどうだい Dこのものがたり世界にヴァーチャルに存在する風の神嘉助のイメージの元となった大人たちの民俗的信仰神現実世界の風の三郎様と実質的に重なります それから?それからあとは?あとはどうだい Eそれがらううこのものがたり世界自体の名称作品風の又三郎のことです どうも風の又三郎の読解が一筋縄では行かないことはこんなことからも納得することができそうです さてしかしこういった重層的な意味を畳み込んでいることを意識してこの作品名風の又三郎を唱えてみることにすると カゼノマタサブロウカゼノマタサブロウカゼノマタサブロウ 案外うまくいけばかえってこれがものがたり世界の直感的構造把握の呪文となるような気がしないでもありません さてここでなんだかもう一つ答えが残っているような落ち着かない気分にさせられませんかどうしても考えずにはいられない当然かつ究極の問いが私に答えを促しています異形の者として現世に到来しこの世での振る舞い方を知らず世間にかく名指しされながらも自己の正体について知らぬままあとに大きな謎を残しながら彼方へとあわただしく去って行った人しかり F作者宮沢賢治こそが風の又三郎でしたこのことを言わぬままこのサイトを終えてしまうことはどうしてもできない気がします そして私は作者と風との関係を象徴するあの一編を思い起こさずにはいられません昭和三年に病に倒れてのちの詩です 風がおもてで呼んでゐる 風がおもてで呼んでゐるさあ起きて赤いシャッツといつものぼろぼろの外套を着て早くおもてへ出て来るんだと風が交々叫んでゐるおれたちはみなおまへの出るのを迎へるためにおまへのすきなみぞれの粒を横ぞっぽうに飛ばしてゐるおまへも早く飛びだして来てあすこの稜ある巌の上葉のない黒い林のなかでうつくしいソプラノをもったおれたちのなかのひとりと約束通り結婚しろと繰り返し繰り返し風がおもてで叫んでゐる疾中より あの禁欲の塊だった作者が結婚とまで言って吐露した風との親密な関係それが最晩年のこの風の又三郎によってついに最後の総括し切れない総括を示されたのだと私はしみじみと思うのです作品風の又三郎は作者宮沢賢治がイーハトーブの野に一人立ってつぶやく次のようなモノローグに還元されるのではないでしょうか 風よ私に近しい風よお前は誰なのかそしてなぜそんなにも私を掻き乱し急き立てるのか 風よ私に一体どうせよというのか私は一体どうしたらいいのか 風よ近しい風よ私を一人置いてお前はどこへ行ってしまうのか さあおしまいに作品風の又三郎の評価はどうまとめたらよいでしょう 小沢俊郎氏は十月の末の中の村童の育つ環境を自然と人とが一体となっている先祖伝来の生活と言っています賢治童話事典別冊國文學宮沢賢治必携學燈社私は作者の意図とは別に今となってはこの風の又三郎についてもかつて日本中でそれぞれの土着の自然風土と一体になって生きていた子供たちの世界への美しい賛歌オマージュという意味を離れてはどんな評価もむなしいような気がしてなりませんそのことを大前提として次のように思います まず教訓臭くなく感傷的でなく暗くなく日常茶飯的でなく現実遊離的設定でなく陳腐でなく嘘っぽくなく荒唐無稽でなく独善的でなく冷笑的でなく世知辛くなくと数々の否定表現の羅列で肯定的な評価を与えることが可能であることを見逃すわけには行きませんさまざまな意味でのわざとらしさからほとんど逃れきっていると言ってもよいでしょうしかしもしかするとそれはこの作品が欠点のない童話イコール力のない童話であることを意味するものだとそれこそ陳腐な公式的思考にとらわれる方があるかもしれませんでもそれは間違いです果たして現実には他にどんな作品が上の羅列を満足させることができているでしょうか教訓臭い感傷的暗い日常茶飯的現実遊離的設定陳腐嘘っぽい荒唐無稽独善的冷笑的世知辛いなどのどれをも免れ得てしかも悪人や犯罪大事件などという安易なモチーフにも頼っていないこの真に力強い作品は実に稀有のものだと言わなければなりません次に肯定語を使ってみましょう風土に根ざし無限に拡がるこれだけで十分でしょうきれい事のように聞こえるとしたらそれはあなたがこれまで余りにも実体のない空虚な言葉遣いの書評や文芸批評にさらされてきたことの悪影響ですここで言うこの評価は実に言葉通りの意味を持っているのです そしてその上で古いタイプの社会科学的児童文学方法論に毫も冒されていないことものがたりの命であるセンスオブワンダーそのものを中核に据えていることそして作者の言語感覚及び自然との交感力の特異さがこの作品の圧倒的な力の源となっていることを指摘すれば完全ですいやまだ足りないという方はどうぞ付け加えて下さい 風の又三郎は完全無欠の至高の作品だと言っているわけでは決してありません見方によってはちょっと変な作品ですただ風の又三郎という作品がどう利用されたとか作者がどう神格化されていったかといういわゆる後知恵的問題は論外ですよ否定的側面については投稿ページを参照して下さい エピローグに代えて私の白昼夢それから六十年ほどもたった平成の初めごろ夏休みも終りに近づいたある雨風の強い日ああひで風だ又三郎また来だなあおじいちゃん又三郎ってなあにうん風の又三郎っていうやづよふーんなんだか恐そうだね髪赤くておがしやづだったなあおじいちゃん又三郎見たことあるのうん一緒に山で馬を追いかげだり川で泳いだりしだなあむがしむがしのそれどもありゃやっぱり夢だったんだべがおじいちゃん濡れるようちへ入ろうよ 最後までお読み下さいましてありがとうございましたなんだはじめにで大言壮語したほどのことはなかったじゃないかとおっしゃるとすればそれは全面的に私の力なさに原因があります一貫した一つの力強い考えを提示するというよりは無秩序にあれこれと考え方のヒントを散りばめただけの感銘の薄いものになってしまっていることを率直にお詫びしなければなりません 何が言いたかったのだろうかと我ながら確認の意味でまとめのページを作ってみました しかしそれでもどうでしょうこれから先のあなたの人生あなたの目と耳に何回風の又三郎という言葉が触れることになるかわからないでしょうがきっとその度に少なくとも何かしらほんのちょっとした引っ掛かりみたいなものを覚えることになるだろうとは思われませんか そうです私としては皆さんにそんな暗示をかけさせていただいたつもりなのです皆さん今後はどうぞこぞって意識的あるいは無意識的の風の又三郎応援団として活躍していただきたいとお願いする次第です 募集のお知らせ 皆さんの文章を募集しています 内容は風の又三郎読書感想文あるいは風の又三郎にまつわるエッセイなど 投稿文集私の又三郎をごらん下さい 最後の問題にも是非答えをお送り下さいお待ちしております サイトへのご意見や感想雑談などは掲示板でお待ちしています 参考サイトへのリンクです 鑑賞の手引き2関連 風の民俗辞典風の辞典より 風の三郎信仰風三郎神社陶房酔翁SUIOUより 風の三郎ヶ岳の謎 げんちゃんのホームページより 風の又三郎を吹く風参考作品紹介関連 風の科学辞典風の辞典より 登場人物関連 さいかち淵と風の又三郎鼻の尖った人地学と宮澤賢治より ものがたりの舞台1関連 種山ケ原宮沢賢治の宇宙より 宮沢賢治と種山ケ原江刺ルネッサンスより さいかち淵碑宮澤賢治の詩の世界より 道地橋周辺イーハトーブの風の森より 又三郎が駈けぬけたたばこ畑JTホームページより 参考作品紹介参考作品抜粋関連宮沢賢治作品館童話篇森羅情報サービスより 映画風の又三郎関連 風の又三郎日本映画データベースより 風の又三郎日のあたらない邦画劇場より 風の又三郎邦画備忘録より かりんの活躍風の又三郎ガラスのマントより 子どもの文化と本16宮澤賢治の不思議な視点中風の又三郎の映画化をめぐって中澤千磨夫週刊読書北海道メール版より 武田鉄矢出張出前おろしミステリアス風の又三郎文化放送2016年09月03日公録 風の又三郎について中学生が授業で作ったHPとして貴重なものを紹介させていただきます 宮沢賢治ワールド風の又三郎茨城岩瀬町立西中学校 目で見る又三郎の姿です 種山ケ原風の又三郎像ぎんどろ公園風の又三郎群像宮澤賢治の詩の世界より 彫刻風の又三郎宮沢賢治の宇宙より 版画風の又三郎分教場の上空あんまり川をにごすなよ飛ぶCOMICBOX畑中版画展より 版画影絵風の又三郎レフグラフ藤城清治より イラスト風の又三郎ガラスのマント画廊犬神堂より イラスト又三郎によせて岸辺の風景より イラスト風の又三郎青色露店より 風の又三郎に関するあらゆる情報はGoogleによる風の又三郎検索Googleイメージによる風の又三郎の画像検索 ダウンロードサイト有料のものがあります 朗読 風の又三郎SSwebより 風の又三郎こえたばブックより 漫画 風の又三郎デジパより 宮沢賢治に関する厳選サイトリンク宮沢賢治推奨サイト ページのデザインを頂きました心休まるサイトです 北アルプスのはずれ郭公の森から 引用作品名一覧 宮沢賢治作品 悪意 あすこの田はねえ 雨ニモマケズ イーハトーボ農学校の春 イギリス海岸 泉ある家 いちょうの実いてふの実 馬の頭巾 馬行き人行き自転車行きて 丘々はいまし鋳型を出でしさまして おきなぐさ オツベルと象オホーツク挽歌 風がおもてで呼んでゐる風がおもてで呼んでいる 風野又三郎 花鳥図譜八月早池峯山巓 ガドルフの百合 きみにならびて野にたてば 銀河鉄道の夜 グスコーブドリの伝記 孤独と風童 さいかち淵 さるのこしかけ サガレンと八月 シグナルとシグナレス 鹿踊りのはじまり 十月の末 十六日 水仙月の四日 台川 谷 種山ヶ原 種山ヶ原口語詩種山と種山ヶ原 種山ヶ原七首歌稿大正六年七月より 種山ヶ原の夜 タネリはたしかにいちにち噛んでいたようだったタネリはたしかにいちにち噛んでゐたやうだった 注文の多い料理店 注文の多い料理店序 月夜のでんしんばしら 毒もみの好きな署長さん topazのそらはうごかず 鳥をとるやなぎ どんぐりと山猫 楢の木大学士の野宿 農民芸術概論綱要 春と修羅詩集 ひかりの素足 病床 二人の役人 葡萄水 北守将軍と三人兄弟の医者 ポラーノの広場 ポラーノの広場初期形 盆地に白く霧よどみ凶作地二学期 盆地をめぐる山くらく マグノリアの木 祭の晩 まなづるとダァリヤ みじかい木ペンみぢかい木ペン 峯や谷は やまなし 雪渡り 夜をま青き藺むしろに土性調査慰労宴 わが雲に関心し 和風は河谷いっぱいに吹く 書簡54 書簡212 書簡377 書簡379 書簡421 書簡488 風野又三郎メモ二種 童話風野又三郎メモ 童話風野又三郎梗概メモ 封筒裏英文メモ MentalSketchModified1931.9.6.メモ その他あききぬと古今集 風クリスティナロゼッティ 風尋常小学唱歌 秋風引劉禹錫 わがやどの万葉集 書籍等内容引用一覧書名のみの引用は除く 新校本宮澤賢治全集筑摩書房 風の又三郎講談社英語文庫 童話集風の又三郎岩波文庫解説谷川徹三 イーハトーボ農学校の春角川文庫注大塚常樹 謎解き風の又三郎天沢退二郎丸善ライブラリー 風土和辻哲郎岩波書店 万有百科大事典小学館 生活の古典牧田茂角川選書 賢治童話の方法多田幸正勉誠社 日本伝奇伝説大事典角川書店 四次元宮沢賢治研究会宮沢賢治研究ノート10山崎進春と修羅の表現佐藤義勝一つの心象スケッチの出来上るまで古賀良子 國文學解釈と教材の研究學燈社風の又三郎恩田逸夫 宮沢賢治風の又三郎論山下聖美D文学研究会 宮沢賢治風の又三郎精読大室幹雄岩波現代文庫 大辞泉小学館 言泉小学館 大辞林三省堂 日本国語大辞典小学館 日本大百科全書小学館 旺文社百科事典エポカ 国民百科事典平凡社 玉川児童百科大辞典誠文堂新光社 マイぺディア98日立デジタル平凡社 日本文学事典平凡社 近代日本文学辞典東京堂出版 日本文学鑑賞辞典東京堂出版 児童文学辞典東京堂出版 日本文学史辞典角川書店 日本現代文学大事典明治書院 児童文学事典東京書籍 名作の研究事典小峰書店 別冊國文學宮沢賢治必携學燈社賢治童話事典小沢俊郎 朝日新聞 いちい遠野地区校長会 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風の又三郎について中島国之国語国文学報昭和36・11 風の又三郎日本児童文学史の視点から西田古賀良子国文学解釈と鑑賞平成5・9 風の又三郎の構造分析篠田浩一郎修羅と鎮魂日本文化試論小沢書店 風の又三郎ノート平尾隆弘宮沢賢治1洋々社 風の又三郎は又三郎なのか萩原昌好国文学解釈と鑑賞平成12・2 風の又三郎論佐藤義勝四次元昭和36・9,10 風の又三郎をめぐる断想続橋達雄賢治研究昭和54・2 賢治研究の展望小野隆祥宮沢賢治1洋々社 賢治幻想曲板谷英紀れんが書房新社 賢治の少年小説について古賀良子四次元昭和32・3 三郎あるいは又三郎の彼方へ三浦佑之イーハトーブセンター会報平成9・3http://homepage1.nifty.com/miuras-tiger/sub2-g.html 初稿風の又三郎の面白さ風科学の詩宮本硬一四次元昭和43・1 新修宮沢賢治全集解説天沢退二郎筑摩書房 童話の宮沢賢治中村文昭洋々社 遠くからくる人風の又三郎芹沢俊介宮沢賢治の宇宙を歩く角川書店 評伝宮沢賢治境忠一桜楓社 又三郎の風斉藤征義北方文芸昭和56・11 宮沢賢治風の又三郎の構造境界の時空と遊びの理論押野武志文芸研究平成2・5 宮沢賢治風の又三郎風脉のアルケオロジー皆川美恵子國文學解釈と教材の研究昭和60・10 民俗文学としての風の又三郎阿部正路宮沢賢治5洋々社 以上それぞれに深く頷かされるものがあります煩雑を避けるために一々の引用はしませんでしたが機会があれば是非お読みになることをお勧めします 当サイトへのリンクは自由ですどのページへでもご自由にどうぞ以下はホームへのリンクバナーです レポート論文などへの引用は自由ですがURLを付記して下さい文献等引用部分は正確に明記して下さい商業的に引用なさりたい場合は事前にご連絡下さい 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風の又三郎とはまとめ 単なる幻想的世界ではない現実世界とその裏にひそむ世界との虚実二相の境界を背景に人間の生き方についての指針をではなく人間の生きるこの世界自体のありようそのものあるいはありようの捕まえ方について理解するための独特の示唆を与えようとするもの 子供たちと三郎とがそれと知らずに共同で進めてきた壮大な規模のコックリさん 一人の転校生を稀有の契機として風の精霊が子供達と戯れた12日間の奇妙な交歓ものがたり メディア又三郎を中心として両者がぐるぐる回転しながら果たされた際どい接近遭遇のものがたり 土着の存在が外的世界の精を思わせる者と出遭って引きおこされた興奮緊張融合反発まるで神話に語られた人間くさい神々のドラマのようなものがたり土地土地に神々が宿っていたそんな最後に近い時代の神話 三郎の気団と子供たちの気団との前線に吹いたカオスの曲線 つかの間この世に存在を許され自然の摂理に従って程なく消え去りゆくもろもろの自然現象たちのこの世に対する限りない愛惜の念と悲しみと言えば悲しみと言えるそれらの存在のしかたそのもの 異形の転校生との出会いに触発され掻き乱された少年達の心のいっときの喘ぎの声々 少年期の心にふいに現れてさまざまに惑わし時には命の危険にまで誘い込みそしていつしか拒否されてあるいは憑き物が落ちたように去って行く成長の重大局面の一部始終 作者自らの作品群世界における空想と現実の融合という儀式 この世界ははたしてどう出来上がっているのかその正体を私たちはどう知ることができるのかできないのかこのことについての作者の晩年の思索の反映 作者の世界に対する賛美の歌自然という神への最後の信仰表明 あの禁欲の塊だった作者が結婚とまで言って吐露した風との親密な関係について最晩年ついに最後の総括し切れない総括を示した作品 作者宮沢賢治がイーハトーブの野に一人立ってつぶやくモノローグ 風よ私に近しい風よお前は誰なのかそしてなぜそんなにも私を掻き乱し急き立てるのか 風よ私に一体どうせよというのか私は一体どうしたらいいのか 風よ近しい風よ私を一人置いてお前はどこへ行ってしまうのか余話
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余は如何にして風の又三郎信徒となりし乎私が初めて宮沢賢治さんの作品に接したのは小学生の時に隣りのお金持ちの家の同級生S君に借りて読んだ童話集でであったと思います新美南吉おじいさんのランプ岩倉政治空気がなくなる日とともに風の又三郎が入っておりました一番面白かったのは空気がなくなる日でしたストーリーも細かいところも非常によく覚えています次に覚えていたのは風の又三郎ですなんだか捉えどころのない不思議な話だったなあという強い記憶が長い間残っていましたおじいさんのランプは題名はよく記憶に残ったのですが内容はさっぱり忘れていました さてこの時のことが第一の伏線ですその後賢治さんの作品については学校の図書室かどこかでよだかの星を読んだのと教科書に雨ニモマケズがあったようなのとぐらいを除くと他にちょっと読んだものもきっとあったでしょうが特段の記憶はありませんそうして大人になるまでしかも中年になるまで私にとって宮沢賢治という人は特別にどうということのない作家でしかありませんでしたただある仕事の関係で雨ニモマケズを分析してみることがあった時に長年不思議だったホメラレモセズの意味に私的に思い当たるところがあって作者の人となりについてちょっと考えてみたということはありましたこれが第二の伏線であったかもしれません 直接のきっかけはある人の朗読練習に接したことでしたそれは懐かしいですねえと言いながら聞き始めた風の又三郎なのでしたが読み上げられる一つ一つの場面の持つ非常に力強い現実感に引き込まれた私はそれだけでなくそれらの内容に自分が余りにも憶えのないことに愕然として深く考え込まされてしまったのです私は風の又三郎を読み返しついでにおじいさんのランプ空気がなくなる日も捜し出して読んでみました空気がなくなる日は細かい内容も全体の印象も記憶どおりでした風の又三郎は部分的に憶えていた箇所以外はほとんど全く忘れていましたあの印象的なはずの風の歌や囃し言葉もです新たな全体の印象はあのぼんやりとした記憶とは反対にずいぶん現実的なリアルな話だったんだなという感じでした おじいさんのランプはやはり私には題名以外には本当に何も残していなかったことを確認したのでしたもちろんどれも名作ですしかしこういうことだったのでしょう子供の私にとって空気がなくなる日は文句無しに面白かった題材も処理も子供私にとってぴったりの作品であった風の又三郎は興味を惹かれながらも難しかった子供の手に余るところがあったおじいさんのランプは面白くなかった大人の知恵が勝ち過ぎている内容であった こうまとめ終えると同時に私には風の又三郎だけをもっと読み返してみたいもっと考えてみたいという思いが切迫して起こって来たのですそうさせたものは何かと今思い返してみると 空気がなくなる日は一言で言えばある天文学的事件に遭遇して右往左往する人々の愚かな姿を描いたユーモラスな風刺話ですおじいさんのランプは時代に取り残されようとするある律義者を描いたペーソスあふれる教訓話ですでは風の又三郎はと考えてみてそこで私にはどうもこの作品を一言でまとめる力はなさそうだと思い至ったのです突然やってきた不思議な転校生に振り回される子供たちと言ってみてもとてもこの作品はそんなことを描いたものなんかではないということは明らかです 他の作品はどれも何々を描いたということが比較的簡単に可能です上に例示した表現が的確かどうかは別にしていずれ一定の文章でそれぞれの作品を規定することができそうに思えますところがこの作品はそれが出来ない同じ地上の事物を描くにしてもただ地表の事物そのものを描くものと地中深くうねるものの奔騰せんとするとば口たる火口を描くものとの違いのようなあるいは仏教における顕教と密教お釈迦様がそれぞれ相手に合わせて分かりやすくお説きになったお経と宇宙の真理を人語に訳さずそのまま表わした真言陀羅尼との違いのような このように思い当たって私は改めて風の又三郎を真剣に読み始めたということなのではないかと後知恵ながら考えております


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