日本史の流れ (ページ4)重要語句

   4 年表 まとめ
時代名とその順番 簡単年表

 

原始

古  代

 中  世           近  世

近代

〜縄文

弥生 大和(古墳) 飛鳥 奈良 平安

鎌倉


(南北朝)室町(戦国) 安土桃山 江戸

明治

再び簡単に、重要語句で流れをまとめてみましょう。

 

 日本列島に小さな国がたくさんできました。

 有力豪族の連合が九州から東北までの国土を統一しました。

大和政権:大王(おおきみ・天皇)を中心とする豪族たち 氏姓制度:豪族たちの世襲的役職 有力氏族:大友、物部、蘇我氏ら

 天皇が諸豪族の干渉を抑えて中央集権体制を作りました。

大化の改新:天皇中心の中央集権 律令制輸入:統治のための先進文明取り入れ 公地公民:豪族の土地支配終わる

 律令体制が崩れ始めました。

公田の荒廃:班田制の崩れ 荘園:強者の土地私有 東国の反乱・鎮圧:治安の乱れと武士の台頭

 一方、華やかな王朝文化が花開きましたが、その中にあって権力を横取りしようとする動きとそれに対抗する動きがありました。

摂関政治:藤原氏による天皇の弱体化 院政:上皇による天皇家の巻き返し

 実力のない貴族は武士の武力に頼り、その後却ってその武力の介入に耐えられませんでした。

保元・平治の乱:上皇・天皇の争いに武士が参加した戦いと、武士同士の主体的な戦い 平氏政権:名目は朝廷に属する形の武家政権

  













 鎌倉幕府は武家の名門(源氏)として地方の武士を掌握しましたが、初期には朝廷の支配も並存しました。

鎌倉幕府:朝廷から離れて立つ本格的武家政権 守護・地頭:武士が貴族の地方支配に食い込む 執権:幕府の要職。この地位にあった北条氏が源氏将軍に代って実権を握る。承久の変:朝廷の巻き返しを跳ね返して幕府の権威を打ち立てたた戦い

 その後、鉄製農具普及、生産力増で人口が増え、さらに貨幣の流通などで産業が発達する一方、元寇による疲弊、分割相続による武士の貧窮と格差増大、幕府の専制などにより、有力武士が後醍醐天皇の反幕運動に加担することとなり、幕府は倒れました。

元寇:幕府の疲弊と専制を招く 徳政令:幕府の威信低下 建武の新政:後醍醐天皇による朝廷の一時的巻き返し成功 南北朝:足利氏の謀反で後醍醐天皇が逃亡。以後数十年両派の諍い続く

 足利氏(源氏の流れ)による室町幕府は、公領・荘園の権利を奪い取って領国を形成した各地の守護大名の連合の上に載った形でした。幕府の統率力はしだいに失われ、武士階層内部の相克が顕わなものとなって収拾がつかなくなっていきました。

応仁の乱:将軍継嗣問題に有力守護大名が絡んだ騒乱。戦国時代への序章 一揆:力をつけた民衆と下克上の風潮 鉄砲・キリスト教伝来:海外情勢の押し寄せ

 戦国時代を経て(血統や出自、幕府の権威などと関係なく戦国大名が実戦で互いに競い合った結果)、全国の武士を旧来よりも強固に統治する新型の武家政権が出来ました。このころ、武士たちは土地を離れて城下町などへ移住し、実際に耕作を担当する百姓に年貢を納めさせました。(兵農分離)
 勝者は
織田氏豊臣氏徳川氏と変転しました。
 またこの時代には古代の影を引きずる中世的な傾向(血統主義・宗教的権威など)も薄まり、ヨーロッパ文化到来、鉄砲の普及、商工業の発達、民衆文化の興隆、合理的精神の広まりなどにより、もう一息で近代への扉が開きそうにも見えました。
 この段階から後を近世といいます。

太閤検地、刀狩:土地・人民掌握、荘園消滅 鎖国:外国文明と西国大名への疑心

 ここからの武家政権は平和時の政権ですから実力だけでは治めていけなくなります。徳川幕府は厳格で巧妙な統治戦略と繰り返しの改革によって起て直しを図りながら存続しますが、その間、厳しい統制と鎖国政策により政治的発展(民主主義への動き)は停滞し、日本の近代国家への脱皮はなりませんでした。しかし産業興驕E都市勃興・商品経済・学問発達・民衆の教育水準の高まりなど、その素地は整えられつつありました。

幕藩体制:大名による地方分権制をさらに幕府が強力に統制する中央集権制 鎖国完成:幕府を脅かす外国の影響遮断 享保・寛政・天保の改革:統治の崩れと財政の建て直し ペリー来航:鎖国の終わりの始まり

 その後、海外からの近代文明の波を背景にした討幕勢力には抗しきれず幕府は倒れました。

安政の大獄:幕府混乱の中での弾圧 薩長同盟:反幕勢力の結束 大政奉還:徳川家が生き残る方策としての政権返上 戊辰戦争:決着のための掃討

  
近代  近代化への素地ができていた日本は急速に先進諸国に追いつこうとして行きます。

版籍奉還・廃藩置県:武士の土地支配終わる

 

 


 

 つまり日本史の流れとは、下図のように

古代
貴族政治
中世          近世
武家政治(封建時代)
近代・現代
政権層内の争い → 権力者交代の繰返し → 新政権層と交代 → 政権層内の争い → 権力者交代の繰返し → 新政権層と交代 →  
小国家分立 → 大和政権 → 律令国家 → 王朝国家 → 先駆的武家政権 中世武家政権(鎌倉・室町) → 近世武家政権(織豊・江戸)  
民 衆 の 力 の 増 大→民 衆 の 力 の 増 大→民 衆 の 力 の 増 大→民 衆 の 力 の 増 大→

 「政権層内の争い→権力者交代の繰返し→衰亡→新政権層と交代」という流れを二回重ね、その上に「民衆の力の増大」が伴っていたという図式にまとめられることが理解できたと思います。

 この流れのうち貴族だけが政治を担った時代を古代と言います。古い価値観(血統・宗教など)のみの時代でした。
 武家が政治に加わった時代を中世と言います。実力という価値観が加わりました。
 武家政治時代の後半を近世と言います。古い価値観が廃れ、合理的精神が広まった時代です。
 その後、国民全体が政治を担う形式に進んでいく時代を近代・現代といいます。

 アジア一般の歴史には、ヨーロッパや日本におけるような中世という時代が欠落していると言われることがあります。その見方に立てば、日本を除くアジア諸国では古代的な政治形態から民衆の力の十分な発展のないままに外国の干渉によって一気に近代政治形態へ飛躍しようとしたため、安定的な民主政治が定着するには相当な困難を伴うのだという理解が成り立つでしょう。

 歴史を学習するときには、一つ一つの細かい事項をただ闇雲に暗記するのではなく、それは歴史の流れを進める方向に働いたものであったのか、あるいは押し返す方向に働いたのか、ということを考えながら覚えるようにするとよいでしょう。そうするとつまらないと思っていた日本史の勉強がとても楽しくなって来るはずです。
 また、たとえばいわゆる難関と言われるような大学のユニークな入試問題に柔軟に対応するためにも、上のような歴史認識をしっかりと把握しておくことが大切だと思います。

 それでは日本史の流れがわかる年表で政権の移り変わりとその流れを確認してみることにしましょう。


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