10年記
 2014年10月  韓国インチョン アジア大会、パラリンピック
 スタンダード クラス1 4位入賞
 
 2014年7月  カザフスタンオープン大会
 スタンダード クラス1 2位
 
 2014年2月4月  ようちゃん大腸摘出手術  
 2010年11月  車いすダンス世界選手権大会 (ドイツ)
  スタンダード(クラスT) 4位
 
 2010年3月 スーパージャパンカップ ウィルチェアーダンスの部
(千葉県 幕張)(クラス2)に挑戦。スタンダード・ラテン共 2位
 
  
 2009年12月  第8回車いすダンス全日本選手権大会 (東京)
  5年ぶり出場  (クラス1) スタンダード 優勝  ラテン 優勝
 
 2009年8月  台湾の台北で行われた 「タツンカップ競技会」
(クラス1)スタンダード優勝  ラテン 2位
 
 2009年6月  広島パレス主催「世界のダンス紹介の夕べ」
広島支部の皆さんと、僕たちが出演させていただきました。
 
 2009年3月  中国 北京車いすダンス競技会
(クラス1) スタンダード 5ダンス 優勝
(クラス1) スタンダード 3ダンス 優勝 ラテン 3ダンス 優勝
 
 2009年2月  スーパージャパンカップ ウィルチェアーダンスの部 (千葉県 幕張)
3年ぶり出場   (クラス1)スタンダード 優勝
 過去4回優勝  ラテン 優勝 過去4回優勝
 
 2007年12月  中国 広州 デモンストレーション  
 2006年12月  第6回 車いすダンス全日本選手権大会 デモンストレーション  
 2006年9月  結婚  
 2006年3月  スーパージャパンカップ ウィルチェアーダンスの部
(千葉県 幕張)   (クラス1)スタンダード 2位
 
 2006年2月  車いすダンス 大阪グランプリ(五月山)
(クラス1)スタンダード 優勝 3連覇
 
 2006年2月  (財)日本障害者スポーツ協会
(障害者スポーツ振興)から
 平成15年度 特別賞を受賞しました
 
 2005年4月  ようちゃん 難病になる
病院の診察で「潰瘍性大腸炎」と診断された。
「潰瘍性大腸炎」は テレビ「たけしの本当は怖い話し」でも紹介された。
 
 2005年4月  「ひかり介護タクシー」開業
 日本初、車いすの介護タクシー運転手
 
 2005年3月  香港・アジア車いすダンススポーツ選手権大会
(クラス1・2混合) スタンダード2位  ラテン2位
 
 2005年3月  スーパージャパンカップ ウィルチェアーダンスの部
(千葉県 幕張) (クラス1)スタンダード 優勝  ラテン 2位
 
 2005年1月  車いすダンス 大阪グランプリ(五月山)
(クラス1)スタンダード 優勝   ラテン 優勝
 
 2004年11月  車いすダンス世界選手権大会 (日本)
  (クラス1)スタンダード 3位
 
 2004年8月  世界選手権大会代表選手選考大会(東京)
(クラス1)スタンダード 優勝  日本代表選手に選ばれる
 
 2004年3月  香港・アジア車いすダンススポーツ選手権大会
(クラス1・2混合) スタンダード 優勝   ラテン 3位
 
 2004年1月  西部で初めて開かれた車いすダンス 大阪グランプリ
(五月山)
(クラス1)スタンダード 優勝   ラテン 優勝
 
 2003年12月  第3回 車いすダンス全日本選手権大会 (東京)
(クラス1)スタンダード  優勝  ラテン 優勝  2連覇
 
 2003年8月  台湾の台北で初めて行われた 「タツンカップ競技会」
(クラス1・2混合)スタンダード優勝   ラテン 優勝
 
 2003年3月  スーパージャパンカップ ウィルチェアーダンスの部
(千葉県 幕張)
  (クラス1)スタンダード 優勝    ラテン 優勝3連覇
 
 2002年11月  第2回 車いすダンス全日本選手権大会 (東京)
  (クラス1)スタンダード 優勝  ラテン 優勝
 
 2002年10月  車いすダンス世界選手権大会 (ポーランド ワルシャワ)
(クラス1)スタンダード 4位   ラテン 7位
 
 2002年3月  スーパージャパンカップ ウィルチェアーダンスの部
(千葉県 幕張)
 (クラス1)スタンダード 2位   ラテン 優勝2連覇
     
 2001年11  第1回 車いすダンス全日本選手権大会 (東京)
  (クラス1)スタンダード 4位   ラテン 4位
 
 2001年3月  初出場 スーパージャパンカップ ウィルチェアーダンスの部
(千葉県幕張) (クラス1)スタンダード 初優勝 
 ラテン 初優勝
 
 2000年  
 女優 松島トモ子さんと みつペアで 
 アジア太平洋選手権大会(クラス1)優勝
 
 1999年  
 10月ようちゃん車いすダンス始める。   ようちゃんと出会う
 


2006年2月4日

「大阪グランプリ大会」

「ようちゃん半年の闘病生活 難病と闘いながら

 ようちゃんは 2005年4月 病院の診察で「潰瘍性大腸炎」と診断された。

「潰瘍性大腸炎」は 「たけしの本当は怖い話し」でも紹介された。
国に指定されている難病である。


それから、 ちょっとずつ 体調が悪くなっていきました。その時は 「軽度だった。」

僕たちは、この病気を軽く考えていた。それがいけなかった。

 病気の中でも「軽度」「中度」「重度」「激症」とある。

 それから、徐々に「激症」になってしまった。

 「ひかり介護タクシー」をやりはじめて1ヶ月、2ヶ月 体調が悪くなるばかり
症状は 下痢が1日10回以上・下血。 腹痛がすごい。うずくまってしまう。

ついに、5月終わり頃から 入院。
そして、11月終わり 薬が効いて退院することができました。

 この半年、ようちゃんは口では説明できないくらいの キツイ治療が始まりました。

 まず 薬(ペンタサ)を飲み試みたが、あまり効果がなかった。
 次に「白血球除去療法」(透析)の治療が始まった 週に1度 6週間

 だいぶん、いいようだが 治ってないようだ。

 次の治療は 「ステロイド パルス療法」
ステロイドといえば 副作用のすごくキツイ薬。1粒2粒でもキツイ。 それを点滴で
大量の薬を投与して 治すと言うことだ。

 週に3日 1日に3リットル それを3週間 合計9リットル
その治療が終わると ステロイドの粒の錠剤へ 毎日 6粒服用 
 副作用もすごいでる薬 顔のムクミ 吐き気 胃の痛み 精神障害がでだした。

 キツイ思いでやった。 いいようだが治っていない。

 また「ステロイド パルス療法」を やってみようという事に。
ようちゃんの体重は167cmの身長で やく40キロ 

食べないと体が危ないと先生に言われた。「若いから体がもっているけど
年配の方だったら寝たきりだよ」と

 今でも体がボロボロなのに大丈夫かと思った。
 また、「ステロイド パルス療法」が始まった。

けれど、あまり効果がなかった。 ほんとうに、この状況は「絶望」と言うのであろう。
 薬の副作用で精神障害もあるので、精神科の先生にも見てもらう日が続く。

 僕は ようちゃんに何もしてあげこともできず、病院に通っていた。


 
          
みつがようちゃんにプレゼントした植物。
 成長したら「がんばれ」という文字が浮き上がる。これがみつの精一杯のプレゼントだった。

「ひかり介護タクシー」は ようちゃんができない分 お父さんに手伝ってもらい親子で
やっていた。
 
ようちゃんに何もしてあげれない、その分 仕事に打ち込んでいた気がする。

 「もう手術で大腸を摘出するしかないのか」そんな中 医者が「ステロイドより
もっとキツイ薬で 「免疫抑制剤」の療法があるから、やってみる?との案がでた。

その頃の ようちゃんの薬の量もはんぱじゃない。毎食で19粒 薬でお腹がいっぱい。

         

 

 僕は不安で、その薬は反対だった。体も精神的にも限界がきていると思ったからだ。
副作用もでたら大変。 腎臓障害・髪が抜ける・精神障害

 それなら、「いっそ、手術の方がいいのじゃないのか」そう思えてきた。

ようちゃんは、「頑張ってこの薬にかけてみると」言った。
この薬でダメなら手術しかないのだ。

 そんな ようちゃの心には 「治してまたダンスがしたい、踊りたい」 
希望を胸に いだいていたから乗り越えたのだと思う。

 10月31日〜11月7日 「免疫抑制剤投与」

そして、ようちゃんの下痢も止まり いい感じ。

11月23日 退院することができました。

 今も薬を服用していて、ステロイド・免疫抑制剤 約1年間飲まないと副作用がでてしまうから
大変。徐々に薬の量も減っている。

 「ようちゃん、えらい。よく頑張ったよ」
  (..)(^^)(^。^)(*^o^)(^O^)ウレシーーー!!


 2005年4月20日
 「ひかり介護タクシー開業!」 

 2004年10月18日みつは車の2種運転免許(タクシーとかを運転する免許)を
習得した。 おめでとう!
 1月には中国運輸局で一般乗用旅客運送事業の試験に合格し
営業許可を取得した。

 広島県で車いすの人が2種免許を習得したのはみつがはじめてらしい。

全国介護タクシー協会(みつが加盟している)でも全国で介護タクシー
運転手は聞いた事がないと言っていた。

 みつは車いすだから、特別のタクシーの運転免許とか思われている方も
いるが、普通の人と同じ扱いで、実技も学科もやって、一発合格だ!

 2005年4月20日にタクシーの運転手になった。

 2種免許の合格発表の電光掲示板に自分の受験番号がでたときは
メチャメチャ嬉しかった。二人で声をあげて喜んだ。
 その日、何人も試験を受けていたが、合格したのは、みつ、一人だった。
 
 みつが通った自動車学校は広島の中でもデカイ 沼田自動車学校だ。
車は自分の車を持ち込みでやった。詳しくは親の車だが。補助ミラーに
補助ブレーキを付けて教習車完成。
もちろん、お金は自分もちだからちょっと大変。

 広島県内の中に2種免許を習える学校は少ない。その中で車いすの人を
受け入れてくれるところは指5本以内だ。

 2種免許を習得する前に、まず学校が受け入れてくれるのを探すのが大変だった。
普通免許1種は車いすの人でもたくさんいるけど、2種免許は過去に例がないから
よけい入学の受け入れに戸惑ったのかもしれない。

 ぼくは、簡単に考えていた、教習所に入学できる事を、まず、
インターネットで県内の2種免許をやっているところを探したり電話で聞いてみたり
したものの意外と少なかった。

 何校もあたってみたが、車いす対応の建物のではないと断れる事も、
(講習の部屋が2階、3階ということで。エレベーターはついていない)
 ある教習所は車いすと聞いただけで入学自体を拒否されることもあった。

 これが今の障害をもった人の現状かもしれない。
 
 あきらめかけていた時、免許所センターに相談に行った時、職員の方が、「ここから
もっと行った山の方の沼田自動車学校はどうだ」と行ってくださったのでダメもとで車を走らせた。

 受付に校長先生がでてきてくれて、僕の話を聞いてくれた。
校長先生はやさしかった。そして僕を受け入れてくれました。
 
 沼田自動車学校には車で片道1時間45分かかった。ちょっときつかった。
でも、それより僕を受け入れた学校があっただけ、僕は嬉しかったので全然、苦とは思わなかった。

 毎週岡山に車いすダンスのレッスンで片道3時間、運転をしているから、
それが良かったのかも。

 僕がまずビックリしたのは、まず生徒さんが多い。明るいあいさつが飛び交い
、いい感じ。沼田自動車学校の先生方、受付の方、明るく雰囲気もいい感じ。

 僕は皆さんに助けられ卒業する事ができました。ありがとうございました。

 ようちゃんは頑張って8月頃、ホームヘルパー2級を習得しました。
 おめでとう!!


ひかり介護タクシーを開業したきっかけは、

 
ようちゃんがヘルパーの資格をもっていたので、みつはようちゃんに
「施設とかで働けるネ」とよく言っていた。

 みつは、自分が障害を持っているということで、自分で仕事をするということを、
あきらめかけていた。

 障害を持っている方でも仕事をされて、がんばっている方は多いが、実際、
事務関係が多い。みつみたいにスポーツばかりやっていて勉強ができない人は
どうすればいいだろうか?

 ある日、ようちゃんに怒られた「自分でも仕事探してがんばりんさい」って。
 「自分で何が出来るだろう」考えた。

 みつは、運転が好きでドライブもよくする。ダンスで県外にもよく行っていて
地理には詳しかった。 1年で多い時には車で4万キロ近く走る事も。

 車で九州の方や大阪、遠くて名古屋に日帰りで行ったことも。
 運転が好きだったので、運転のお仕事が出来ればと思った。それから、
タクシーの運転手になろうと思った。

 車いすの方のお仕事は、まだまだ、現実、たいへんな事だとは思う。
(社会の中でたくさん頑張っておられる方もたくさん多いが)何年後には、当たり前に、

障害をもったたくさんの人達が社会に溶け込めて、周りの皆さんも理解してもらえる社会に
なればと思っています。

 みつがやっている、介護タクシー。
こういう仕事も車いすの方も出来るということも心の片隅においといていただければ幸いです。

 みつは今まで、たくさんの方々にお世話になったし、これからもお世話になると思う。

これから、ちょっとでも、皆さんのお役にたつ、お仕事が出来て幸せだと思います。
 体の不自由な方と同じ目線で、優しい運転・優しい運転手目指して、
頑張って参ります。応援よろしくお願いいたします。


 2005年3月26・27日
 
車いすダンス香港競技会 

みつ・ようちゃん、香港に行ってきました。

クラスT・U混合 5種目総合
スタンダード 2位  ラテン 2位 入賞することができました。


 今回2005 全日本選抜選手権アマチュア部門、スタンダードで
優勝された、和智さん達、そして四本先生・奈良先生・木村さん
選手3カップル、その他みなさんで一緒に行かさせていただきました。


 大会が終わった後、パーティーでみつ・ようちゃんは和智さん達に
踊っていただきました。みつは綺麗な喜理子さんと車いすダンスで

ようちゃんは、紳士的な健朗さんと社交ダンスを踊っていただいて、
いい思い出になりました。ありがとうございました。

 そして、世界のトッププロのデモも見れたし、
美味しいものも食べれたし。ホント夢のような時間でした。

 四本先生にこのような機会を与えていただいて、本当に
ありがとうございました。沢山の課題ができました。
 もっと、もっと、がんばるぞー!


 スタンダードで優勝された方は台湾の選手。
去年、世界選手権でクラス2 4位になった方。

 素晴らしい選手だ。スピード、勢いがすごい!
僕たちの目標だ。


 
今回大会に参加してみて、アジアのレベルは確実に上がってきている。

 去年と全然、違う。日本の選手も去年の世界選手権を見て衝撃を受けたと思うが、
スタンディングはアマチュア・プロの選手で活躍していた方が出場している。

 日本の選手も頑張らないと抜かれるのも、そう、遠くない。もう、抜かれているかも。
車いすの選手も素晴らしい動きをする。例えば・・・クラスU
 サンバで1・2・3・4 の間に 最低2回転、3回転は出来ないと世界に通用しないと思った。


 2004年11月20・21日
車いすダンス世界選手権 東京 

みつ・ようちゃん やりました! 3位
!!

 11月20・21日と車いすダンス世界選手権が開かれた。
2年前はポーランドで開かれたが、その時よりも、予想はしていたがそれ以上にレベルが上がっていた。
 初めて世界の車いすダンスを見た日本のみなさんは何を感じとったでしょうか。
 ホント素晴らしかった。

みつは緊張していたのか表情がおもわしくなかった。逆にようちゃんは大会を楽しんでいた。
 今回、ようちゃんは日本で大会が行われるということで、和風ドレス おりひめ風のドレスを作って出場した。

20日ついに世界選手権大会が開かれた。 
 参カ国15カ国。



 20日 クラス1のラテン クラス2のスタンダードが始まった。
 クラス1のラテンを甘く見てはいけない、すごく迫力がある。世界レベルは日本のクラスUの上位クラス!

そして、スタンダードクラスU スタンディングの男性は紳士的で男前。背は高く見上げるようだ。180cmそれ以上だ。


 21日 クラス1のスタンダード クラス2のラテンが始まった。

                  
この日は天皇皇后両陛下が来られるということで朝早くから警備の方も多かった。
 クラスUのラテン すごいの一言。見に来られた方は、ビックリされたと思います。

 決勝戦は(東京グランプリも)天皇皇后両陛下が来られ見られました。
 決勝戦、僕たちは両陛下の前で5種目を踊りきれて良かったです。

 5種目め、最後はスタンダードの中で一番スピードがでる競技。よく接触をおこす踊りでもある。
ひどいと車いすの人はひっくり返ってしまう。
 その踊りでハプニングがおきた。

 クイックステップで僕たちは選手と接触しそうになり、ようちゃんは足がひっかかってしまい、
倒れてしまった。僕の不注意だった。
僕は大丈夫かと思い気や、ようちゃんは冷静に立ち上がり、軽くおじぎして笑顔で何もなかったように踊りだした。

「すばらしかった」接触した事に関しては採点に影響はないが、普通、人間の心理的にハプニングがあるとその後、動揺してしまい、いつもの踊りができないもの、それをものともせず堂々と最後、数十秒間踊りぬいた。

 ようちゃん成長したな〜って思った。感心した。

 
 
今回、日本だったので、皆さんの応援が
身にしみました。すごく楽しく踊れました。応援していただいた皆さん、本当にありがとうございました。



僕たちを応援してくれている皆さんのおかげで 
ここまで、これたと実感しています。
ありがとうございました。
これからも がんばりますので応援よろしくお願いします。

 


こんなコンビですが、これからも車いすダンスを
みなさんと楽しく、やっていきたいと思います。

                 みつ・ようちゃんより