北戴河は秦皇島市に属する。写真は市のシンボルで龍をかたどっている。
2004年9月14日。移動なし。晴れ。
北戴河は、中国を代表する海浜リゾート地区である。国家重点風景名勝区。古くは漢の武帝、唐の太宗も来たと言われる。今は、米英日本など外国の別荘も多い。
私達が泊まったのは、劉文麗旅館。秦皇島から北戴河に入った国道を山の方へ進んだ道路わきの一角。そこに民宿が500軒ほど軒を連ね、それぞれが、宿主の名前をつけて旅館を名乗っている。秦皇島の駅で一休みしているとき、丁度その宿の娘さんという人が、北戴河に行くならうちに泊まれと、名刺をくれた。宿賃7元。
歌姫の張さんが、海から遠いとだだをこねる。シーサイドホテルでも夢見ているのだろうか。10元以下でそんな所があるはずがない。無視してさっさと荷を下ろす。そうでないと、また宿探しに時間を潰す。
近所の人が、私の髭面を見て「蒙古人か?」と問い掛ける。黙っていると、「韓国人か?」と問う。また無視する。
実は李さんに、ここでは日本語は使わないでくれと言われている。何故なら日本人は、三ツ星クラス以下のホテルには泊まっていけない法律があるそうだ。
Fさんが、自分で大阪の領事館にビザの申請に行って、自転車旅行と言ったら受け付けて貰えなかったそうである。途中に泊まれる宿が無いというのが、その理由。嘘も方便だが、もう遅い。仕方ないから、旅行社に手数料を払って、申請しなおして貰った。
こんな法律があるのは、私は全然知らなかった。なら、これまでの私の中国生活は殆どが法律違反である。私はしがない年金暮らしの退職老人。高級ホテルに泊まる余裕はない。
法律が少し位不合理でも、中国の庶民は困らない。
「上有政策、下有対策」(お上に政策があるなら、私達には対策がある)
法律は破られる為にある。
知らぬが仏。招待所に泊まるための紹介状を政府機関の友人に頼んだのだが、みな断られた。断った彼が言う。「紹介状を書いたら、却って面倒なことになります。大丈夫ですよ。黙っていたら泊まれます」。
事実、その通りこれまで、身分証明書の提出もせず、中国人で通してきた。
しかしここは、同業者に密告される恐れがあるという。まあばれているだろうが、わざわざ外国人とふれ回ることもない。
旅館は、完全な民宿。間口三間位。奥の部屋を二階に改造して、ベットを置くだけの部屋を三部屋作っている。少し狭いが、4+4+5と13人寝れた。
残念ながら、便所は家族を含めて一つ。それも非常階段のような屋外の階段を下りた下にある。
階段が、段差がばらばらで、最初思わず躓いた。
松山城の天守閣に登る階段が、わざと一段だけ段差をつけていて、進入した敵兵が躓くように作ってある。それを思いだした。
水のシャワーが一つだけなので、私達は外の旅館のサウナに行くことにした。どの道Fさんは毎日、マッサージに行っている。
マッサージは大体何処も、中国式が50元。泰式が80元である。それに風呂代、垢すり、浴衣のような着替え、ビールと全部で約120元〜150元位要る。李さんや、王隊長が一元でも安くと頑張ってくれているのに、ここでごそっと笊で水を掬うように、150元も天文学的出費をするのは心苦しいが仕方がない。Fさんは一日も欠かさず行ったから、風呂とマッサージ代だけで、2000元は軽く超えた勘定になる。
泰式と中国式の違いは、泰式は若い女性が背中に上がって足で揉んでくれる。さらに腰にまたがり、密着按摩。
Fさんと、Kさんは、泰式ですぐ鼾をかいて寝てしまう。Tさんは、初日に湯船が無く危うく風邪を引きそうになって、あまり行きたがらない。北海道育ちの彼は、屋内の寒さには却って弱いのだ。
私は、お義理で中国式を付き合う。悪いが彼女達マッサージは下手くそ。
プロのマッサージ師が揉むと、血行がよくなり全身がほてってくるが、今回その手の人にあたったのは一回だけだった。
松山の針灸マッサージ専門のTさんという女性が、間際に参加申し込みをしてきた。残念ながら、あまりに時間が切迫してビザが間に合わずお断りした。
Tさんに「私を連れて行かないと、後悔しますよ」と恨み言を言われたが、その通りになった。
私の担当の大柄な女性マッサージ師が、「泰式をしましょう」とせがむ。この下手くそに、腰に乗られたら死んでしまうと思ったので「泰式はいいから、特別按摩を頼む」と言ったら、「いいわよ」と自分のパンツに手をかけたから、こちらがうろたえた。
冗談冗談と押し止める。私は、安全を祈願して髭もそらずに清く正しく頑張っているのである。ここで汚れてバチが当たってはたまらない。
改革開放の成果は、ここにも顕著に現れている。
中国の法律では、結婚証明書がないと、男女でホテルにも泊まれないことになっている。
建前上はである。
守られない法律があるのは、日本も同じ。昭和32年に制定された、「売春禁止法」は笊法の代表。公職選挙法もときに笊になる。談合も建前上は非合法のはずだが、なかば公然と行われている。
いずこも同じ秋の夕暮れ。
北京まで後300キロを切った。私の涙ぐましいまでの節制に免じて、神よ!安全を恵み給え。
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