漢俳への挑戦
漢俳とは漢字を五七五並べて、作った短形詩である。
漢詩の長い歴史の中で完成した詩表現と、日本の恵まれた自然の中で生まれた俳句を結合して、新しい詩の形式が作れないか。
最近日中の詩人の間で模索が行われているようだが、私の知る限りまだ決まったルールも定型も無いようである。
約1400年前、元々大和言葉が日本語として存在した中に、中国から漢字が渡来した。
この優れた表意文字は、大和言葉の中に、仮名の表音文字として使われた半面、伝来したときの文字の意味が音読として残された。
その後音読された漢字は、そのまま日本語化した。だから日本人は、漢字を漢文読みしたら、大体の意味と、詩としての感情も伝わる。
しかし逆に、日本語化した漢字で、中国人に詩情を伝えることは非常に難しい。
中国語そのものも難しいが、押韻、平仄となるともっと難しい。
以下漢俳に挑戦するに当たって、私が心がける漢俳作法八カ条は、あくまでも試行錯誤のプロセスと言うべき私案である。
大和言葉の五七五のリズムで作られた詩情と、中国語の押韻と平仄で作られた詩情を結合して一つの短形詩を作ることは、木と竹を繋ぐより難しいかもしれない。
将来は、日本語漢字による日本的漢俳と、漢詩のジャンルとしての漢俳と、別々の道を歩むかもしれない。
それでもよいのだが、もともと一つの根から分かれたこの詩を、日中共通の鑑賞に堪える詩にするためには、日本語をもう一度掘り下げる必要があるかもしれない。
漢俳習作は、まだ押韻も平仄も、そもそも推敲をしていないまさに習作である。
ご笑覧方々、是非各方面のご指導啓発をお願いしたい。
漢俳作法
漢俳、(漢字を五七五並べた短形詩)にどんな規則があるのか。
私なりに、心がける作法を以下三つの条件に分類して記してみたい。
◎ほぼ絶対
◯ 出来るだけこうしたい
● あまり気にしない
作法1
◎ 漢字を五七五使う。
字余り字足らずも絶対駄目という訳ではないが、、これは大原則である。
作法2
◯ 漢字は二語+三語 二語+二語+三語 二語+三語 構成
漢詩の基本構成を踏襲することで、共通の足場にしたい。
作法3
◯ 起句、転句、結句構成。
絶句の承句が省かれることで、転句が劇的になる。。
作法4
◯ 押韻は、起句と結句で押韻したい
そもそも押韻が必要かどうかも分からない。
作法5
◯ 同字の使用禁止
これも漢詩の作法の踏襲である
作法6
● 平仄は一三不問 二四不同 弧平を避ける 三連平を避ける
緩い原則である。
作法7
● 対句 起句と結句を対句仕立てにして効果を上げる
技巧に走ることは避けたいが、対句は律詩風にならないか。
作法8
● 季語は求めない。題材も自由にしたい
所謂花鳥風月のみを詠むのは、潔しとしない。
漢俳習作
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2003年夏牡丹江郊外の関東軍古戦場磨刀石にて
■ 題 関東軍古戦場
粛立古戦場 粛立す古戦場
風雪溶去時流緩 風雪溶け去り時流緩やかなり
旧敵已成友 旧敵已に友となる
関連俳句
古戦場 昨日の敵は 今日の友
■ 題 磨刀石
遥望磨刀石 遥かに望む磨刀石
夕日在背想故郷 夕日背に在りて故郷を思う
烈風搬鳴雲 烈風鳴きて雲をはこぶ
関連俳句
見渡せば 雲と空なり 磨刀石
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2011年東北三省自転車巡礼
■ 題 北極白夜
北極終日白 北極終日白し
狂陽毀損体内表 狂陽体内表を毀損す
一天老三天 一天三天老ゆ
註 最北の地漠河は中国の北極と呼ばれ時にオーロラが見える。5月は白夜で夜は短い。「表」は中国語で時計。一天は、1日
■ 題 興安嶺騎遊
騎遊興安嶺 興安嶺を騎遊す
無限山野不見人 山野限り無く人影を見ず
暫停傷腿痛 暫しとどまり痛む足を癒す
■ 題 出稼人
背褥抬包人 褥を背負い包みを抱える人
問沉答不家等我 問う重からずや、否家人我を待つ
黒臉笑容美 黒臉笑容美し
註 背褥抬包は飯場暮らし出稼ぎ労働者の典型的スタイル
■ 題 旅心
旅行心里湖 旅行く心に湖
水面浮現喜寿年 みなもに浮現す喜寿の年
不知何方去 知らず何処へ去る
■ 題 無名兵士
遙望蘇満境 遙望す蘇満国境
地道一条泪痕迹 地下壕一条泪の跡
此眠無名士 無名戦士ここに眠る
関連俳句
防人の 泪流るや 黒竜江
関連短歌
キャタビラの 下に屍す命一下 蘇満国境 兵は帰らず
註 黒龍江を挟むソ連と旧満州国境は、勝山、虎頭、東寧と要塞地帯だった。
最後に下った命令。
貴様らに名誉の戦死の場を与える。兵は前へ!
30キロ爆弾を腰にした兵士の最後の一瞬。
■ 題 山道
郭公鳴不停 郭公鳴き止まず
短春短夏作営巣 短春短夏巣作りを営む
舜徒蹬終日 舜徒終日ペダルを踏む
関連俳句
郭公の 鳴き止まぬ坂 ペダル踏む
註 「舜徒」は、伝説の理想の帝王舜に仕える純朴な人民
■ 題 北大倉
眼前北大倉 眼前に北大倉
麦田全球一圏儿 麦田地球を巡らし
不見一人影 一人の影を見ず
関連俳句
地平線 地球の半分 麦畑
註 「北大倉」は黒竜江省大穀倉の別称。かつては「北大荒」と言われた永久凍土の荒れ地だった。
■ 題 731部隊
哈市731 ハルピン731部隊
鬼神哭泣冻死人 鬼神も哭泣す凍死の人を
未溶历史冰 未だ溶けず歴史の氷
関連俳句
鬼も泣け 原野の氷に 人柱
註 正式名称は関東軍防疫給水本部、731部隊は秘匿名称。部隊長石井四郎の名前をとって石井部隊と呼ばれるときもある。ここで極寒の戸外で裸の人間に冷水を浴びせ生きたまま凍死をさせた凍傷実験、柱に縛り付けた人間に空中散布したペスト菌を感染させるなど、50項目を越える生体実験が行われた
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2013年夏、東京で行われた東高同窓会に参加するため、自転車で旅行した。その時の作。
■ 題 台風一過水遊子
白濤洗奇岩 白濤奇岩を洗う
波間浮沈水遊子 波間に浮沈す水遊びの子
黒頭隠不見 黒き頭隠れて見えず
関連俳句
白波や 波乗り遊ぶ子 ぷかぷかと
■ 題 朝顔咲午後
朝顔開花昼 朝顔昼花を開く
難道忘却過時刻 時の過ぎるのを忘れたか
或是等昼餉 昼餉を待っているのかな
関連俳句
朝顔や 咲きくたびれたか 昼餉どき
■ 題 無題
人生八十路 人生やそじ。
不知何処有青山 知らず青山何処に有り
旅行無限道 旅行く果てしなき道
関連俳句
旅行かん 終の棲家の 道求め
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2014年4月14日、東京で開かれた東高同窓会に参加した。
その折、自転車で東海道、新潟、北陸を旅した。
■ 題 春風
問春風羅馬路 春風に問うローマへの道
逍遥春風道 春風の道を逍遙す
如何能到羅馬路 如何にして到るローマへの道
在于是足下 そは足下に在り
関連俳句
春風や ローマの道は 足の下
■ 題 月夜之笛 於 鎌倉街道、笛吹き峠。
南北鎌倉道 南北に鎌倉道
月夜逼迫追捕吏 月夜迫り来る追捕の吏
吹笛託命運 吹く笛に命運を託す
註 南北朝決戦運命の前夜,宗良親王が笛を吹いたと言われる故事による。
■ 題 哭春宵 嗚呼!旅は寂びしかるべき
春宵哭孤独 春の宵独り哭く
一片白雲昨夜涙 一片の白雲は昨夜の涙
誰知人何去 誰か知る人は何れへ去るかを
関連俳句
独り哭く 行方を知らず 春の宵
■ 題 日米首脳会談
日美開談判 日米会談開く
譲歩才是交基礎 譲歩こそ交わりの基礎
希望和平光 希望する和平の光
駐 第二次安倍内閣でオバマ首相と、首脳会談が開かれた。この時期日中間では歴史認識をめぐり、靖国参拝や尖閣列島問題で対立している
■ 題 現代貧乏問答 貧者全生貧困。貧しき者は、一生貧しき。
貧困故借銭 貧困故に借銭す
還款生涯更窮乏 生涯返済更に窮乏す
何為奨学金 何が為の奨学金ぞ
註 A君は、契約社員の不安定な身分の中で、元利含めて月額26000円強を奨学金返済している。預貯金は無し。通帳残高1万数千円が全財産。テレビ番組から。
■ 題 平成之親不知 平成の親知らず
母親愛遊戯 母親ゲームに溺れる
不顧孩子放車里 我が子を顧みず車内に放置す
可憐児熱死 可憐なり児は熱中死
註 北陸路最大の難所親不知は、新潟県糸魚川から富山県に入る15キロほどの海岸沿いの隘路。親が子を構うこと、子が親を思うこともままならぬことからこの名が生まれた。
炎天の車に子供を置いたまま、パチンコに熱中した母親が子供を死なせてしまったという悲しい話があった。
● 題 午睡夢 夢は世界を駆け巡る
一睡五月道 一睡五月の道
黄梁美夢騎環球 黍炊く間の夢世界を巡る
醒走北陸路 醒めてまた行く北陸路
関連俳句
五月晴れ 土手の昼寝は 何の夢
註 世界一周自転車旅行の夢は、必ず実現したい。
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2015年4月 輪行 米原まで
■ 題 情人乗
春路情人乗 春路相乗す
有人叱責犯規則 人有りて規則違反を叱責す
勿視去笑道 無視し笑去る
関連川柳
やつかみの 爺を尻目に 二人乗り
関連俳句
相乗りの背に 花散らす 土手の風
関連短歌
独り踏む 重きべダルの 旅の坂横駆け抜ける 相乗りの子等
関連都都逸
相乗りは 違反ですよと 言ってはみたが ウィンク返され 照れ笑い
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