LOTUS 72D  (1972)
1993年製作、オートモデリング Vol.11掲載)
1970年シーズンにデビューしたロータス72は、その高性能さを発揮するも、リントの死という最大の危機に直面します。しかし、リントの死後、そのポイントリーダーの座を守ったのは、若きブラジル人ドライバー、エマーソン・フィッティパルディでした。第12戦アメリカGP、フィッティパルディは、GP4戦目にして初優勝、ロータスにコンストラクターズ、亡きリントにドライバーズチャンピオンをもたらしたのでした。しかし、翌71年、ロータスはドライバーの経験不足を露呈し、優勝0という参戦以来最低の結果に終わってしまいます。その間もロータス72は多くの細かい改良を加えられ熟成が進み、72Dとなりました。大面積の1枚リアウィング、洗練されたデザインのエアインダクションポッド、しかし、目を引くのは何と言っても、漆黒に金のピンストライプのJPSカラーとなったことです。JPSカラーとロータスはこれ以後、赤いフェラーリ、マールボロカラーのマクラーレンとともにF1のシンボルとしてファンに強烈な印象を与え続けていくのです。72年シーズン、成長したフィッティパルディは、本命視されていたティレル+スチュアートの不振を尻目に快進撃をつづけます。第2戦南アフリカでの2位を皮切りに第10戦イタリアまでに、スペイン、ベルギー、イギリス、オーストリア、イタリアと5勝、2位が2回、3位が1回とまさに破竹の勢い。因縁のイタリアGPで早々にチャンピオンを決めてしまいます。コンストラクターズタイトルも獲得し、発表当時‘棺桶’と呼ばれた72Dも‘黒い稲妻’と敬称されるに至りました。翌73年シーズンも72Dは活躍を続け、新たに加わったロニー・ピータソンとともに5勝をあげ、コンストラクターズタイトルを死守します。しかしドライバーズタイトルは宿敵スチュアートに奪還されてしまいます。その後も72はDからEさらにFへと進化し、75年まで、なんとデビューから6年間も走り続けました。しかし、これは後継マシンの開発に失敗したために他ならず、勝ち目のないシーズンを強いられた‘過去の名車’72にとっては悲劇でした。
Lotus72 のページでも述べましたが、これは72と同時進行でスクラッチした物です。当時は1/20ではスクラッチしか手はありませんでした。まず図面はタミヤの1/12の塗装図を拡大コピーし1/20の原寸図を作ります。ボディ上面、下面、横面を1mmプラバンから切り出し、とにかくくさび形を作ってしまいます。その後、フロントサスの取り付け部を切り取り、サイドの膨らみをポリパテで作ります。サイドポンツーンもプラバンで。リアウィングは大面積の1枚ウィングで真鍮板から作りました。ウィング前端で折り曲げ中空とすれば、後端も薄く仕上がります。
ウィンドウシールドはバルサで木型を作り、黄色の透明塩ビ板でヒートプレスしました。Lotus72でも述べたようにこの部分は一体で、透明部分のみ別パーツではないと言うことです。
エンジン、ギアボックスはティレルP34から流用です。サス関連は複雑きわまりなく、洋白線、プラバンからの自作となりますが、タミヤのキットが最高の資料となりました。アップライトもティレルP34から。エグゾーストパイプはこんなにうねってます。ここはタミヤでも再現されていません。なかなか凄みのあるところです。ここはアルミ針金で作りました。タイヤはフェラーリ312T3のミシュランが形が近そうなので、サイドのモールドを消して流用しました。ホイールはリジェJS11、ホイールスピナーはフジミのフェラーリ330P4より流用しました。
デカールはJPSカラーだけに使える方法。タミヤの72や78に入っているデカールのJPSのロゴを黒い台紙に貼って、クリアーデカールにコピーします。もとのデカールの文字は金色か黄色なのでコピー濃度を調節すれば、黒字にJPSのロゴだけが透明に抜けたデカールができます。これを72Dまでなら金色、それ以降のマシンならクリーム色(年によって微妙に色合いが違います)のベタデカールに貼り付ければ出来上がり。理論的にも絶対下地が透けないJPSカラーに仕上がります。作例では72Dのデカールを使ってほとんどのマークをこの方法で作りました。もっとも現在なら、コピーよりスキャナーで取り込んでプリンターで印刷するところですが。この反転のテクニックはいろいろと応用が利きます。アルプスプリンターなら白で印刷できるのですが、やはり薄色で印刷したマークは、濃色の地では透けます。そこで、マークを印刷するのではなく、逆にそのマークを透かしにして下地色を印刷するのです。これを文字色のベタデカールに貼るわけです(白文字なら白デカールに印刷する)。
クリアーコートは、デカールを傷めないということで当時流行っていたウレタンを用いました。吹きっぱなしで濡れたような艶がでます。しかし気をつけないと、作例のようにかなりぼてっとしてしまいます。最近はあまり使われていないようですが、アクリルラッカー系のクリアーを吹いた作品に比べて、その後の経時的変化にも強いようで、いつまでも美しい艶を保てるようです。