真の剣士は、剣に頼らずとも無手で十分に戦いうる。
だが、手足を失っては戦うことじたいが覚束ないことは言うまでもない。
──Hungry?
1942年4月1日
「燃料が?」
それは、キンメルにとっては信じがたい報告だった。
マーシャルに持ち込まれた燃料が、枯渇しようとしている。報告に来た補給参謀の顔は蒼白だった。
太平洋艦隊はこれまで、のべ300隻を超えるタンカーを動員して60万トン以上の艦艇用燃料をマーシャルに運び込んでいた。これは150隻の大艦隊が、半年以上作戦行動してもおつりが来るだけの量と見積もられていた。だが、現実の戦闘は机上の計算をはるかに上回る激烈なものだった。連日の空襲に対する回避運動や緊急出港によって各艦の燃料消費は莫大な量に達し、次々と撃沈される駆逐艦や輸送船舶は、そのたびに数百トンから数千トンもの重油を海底への道連れにしていた。おまけに最前線への航路上には日本軍のものと思われる潜水艦が多数出没し、マーシャルへ向かうタンカーに次々と魚雷を放っていた。続出する損害に兵站輸送は遅々として進捗せず、マーシャルの備蓄量は消費が供給を上回って減少の一途をたどるばかりだった。さらに、先日ハワイが大規模な空襲を受けて補給中継基地としての能力を喪失してからは、本土からマーシャルへの補給はパルミラを経由するただ一本の補給線に頼るほかなくなっている。ボトルネックとなっているパルミラ近海は、日本軍の潜水艦にとっては絶好の狩場だった。3月だけで輸送船の被害は23隻、12万トン。この数字は前月比で二倍に膨れ上がっている。輸送船を護衛すべき駆逐艦は、開戦当初からの大量消耗のために満足な数を回せていない。応急処置として、本土の軍港に予備艦として繋留されていたフラッシュデッカーを現役復帰させているが、これらですらマーシャルに着いた途端に空襲で撃沈されてしまうものがすくなくない。開戦以来太平洋艦隊がうしなった一線級駆逐艦は36隻にのぼり、もはや残存数のほうが少ないというありさまだ。現役復帰したフラッシュデッカーを含めてすら、現在太平洋艦隊の手元にある駆逐艦の数は50隻を超えない。ただでさえ太平洋の半分におよぶ補給線を維持しなければならないのに、この数字はあまりに酷なものだった。
さらに、補給部から提出されたレポートは、過去合衆国軍が経験したことのない事態が発生しつつあることを示していた。
船腹の欠乏である。
開戦以来の船舶被害は、既に50万トンを超えていた。この数字は軍艦の含まれていない、商船のみにおける喪失総トン数である。たしかに合衆国は他の追随をゆるさないほどの造船大国だが、その巨大な造船能力をもってしても、この損失を埋め合わせることは容易な作業ではない。だいいち、この数字は太平洋正面で発生した損害のみの累計であって、実際にはドイツ海軍のUボートによって恐るべき数の船舶が撃沈されている大西洋正面の数字がこれに上乗せされてくるのだ。このままでは、兵站を維持するための輸送船の徴用によって、民需輸送にしわ寄せが生じかねなかった。
キンメルは決断した。このままではだめだ。潜水艦と空襲、せめてどちらか一方に対して抜本的な手を打たなければ、太平洋艦隊の今後の作戦行動には重大な障害が発生してしまう。
「参謀長を呼んでくれ。今後の作戦行動について打ち合わせを行いたい」
「もはや逡巡の時は終わった」
キンメルのその一言は、太平洋艦隊の現状と決意のすべてを的確に表していた。このままでは対日進攻部隊は干上がる一方だ。可及的速やかに行動を起こさない限り、状況は改善しない。行動目標は決まっていた。日本軍の前線基地が置かれ、連日マーシャル各地に対して航空圧力を掛けてくるエニウェトク。太平洋艦隊の可動戦力全てを集中してここを攻略し、航空脅威を排除するのだ。
計画は、目標を単一に絞りこんで戦力を集中した成功の確率の高いものに思われた。少しでも戦力を捻り出すために、3月19日の攻撃でメジュロ環礁のリーフに着底していた「ワシントン」からまで重油がサルベージされ、作戦に参加予定の駆逐艦に分配された。苦しい台所事情の中から捻り出した駆逐艦は、フラッシュデッカーを改装したDDEまで含めて23隻。これはメジュロに残っている駆逐艦の半数以上が、この作戦に動員されることを示している。今や駆逐艦は、戦艦や巡洋艦にも勝る太平洋艦隊の宝だった。
「ハンマーヘッド作戦」と名付けられた作戦計画に従い、エニウェトク攻略艦隊──第14任務部隊は三群に分割されていた。指揮官のフレッチャー中将が座乗する旗艦「コロラド」以下「ウェストヴァージニア」「メリーランド」「テネシー」「カリフォルニア」と戦列を組むTG14.1、ニュートン少将率いる空母「ヨークタウン」「ホーネット」を中核とするTG14.2、そして第一海兵師団1万8000名を乗船させた輸送船団からなるTG14.3である。あいも変わらず駆逐艦の頭数は不足気味だったが、太平洋戦線──そもそもこんなところに戦線が形成されていること自体、当初の戦争計画の埒外のできごとではあったのだが──においては、この程度のことは日常茶飯事であった。
──それでも時々
1942年4月3日
「おおげさすぎるんじゃないかな」
藤田浩之大尉のつぶやきは、理由あるものだった。彼の眼前には、飛沫を切って南シナ海を驀進する第一航空艦隊という、平時であればさぞかし見応えのあるであろう一大パノラマが広がっていた。日本が世界に誇る39000トン級の大型正規空母「紀伊」「尾張」「駿河」「近江」からなる第一航空戦隊は、作戦機数・練度ともに掛け値なしの世界最強といえるほど強力な洋上航空兵力だ。それを、戦艦「金剛」「榛名」、重巡「最上」「三隈」「熊野」「鈴谷」、軽巡「那珂」および駆逐艦10隻という大兵力が取り巻いている。
(こりゃ、ちょっとした観艦式だよ)
もっとも、この“観艦式”の観客達に艦隊の威容に見とれている余裕はなかった。彼らはこれから、インド洋においてイギリス東洋艦隊の残存兵力との決戦にのぞむことになっているからだ。浩之が感じている疑問も、まさにこの点だった。
ほんらい、開戦前に策定されていた海軍の戦争計画には、インド洋での作戦行動という項目は含まれていなかった。この時期空母機動部隊の主力は、米豪遮断作戦のために南太平洋へと投入されている筈だった。一応、陸軍によるビルマ方面の攻勢に呼応して基地航空隊を派遣する予定はあったが、本格的な艦隊の投入は考えられていなかった。なにせ、この方面には連合軍の海上兵力は皆無だったからである。開戦時にはフィリピン・シンガポール・蘭印に米英蘭あわせて巡洋艦9をはじめとするかなり有力な水上部隊があったものの、それらは開戦劈頭におこなわれた一連の南方作戦によって殆ど撃滅され、今ではわずかな残存部隊がオーストラリア西岸に貼りついているにすぎない。
その見通しに変更を迫ったのは、英空母部隊回航さるの一報だった。マダガスカルに引っ込んでいた東洋艦隊残存兵力に、本国から回航された正規空母「フューリアス」「カレイジャス」「グローリアス」が合流し、セイロンに進出してきたのだ。空母が出てきたとあっては、基地空の派遣だけでお茶を濁すわけにはいかない。かくして、GF最精鋭である一航戦のインド洋派遣は現実のものとなった。
「多分、とっとと叩き潰して帰って来いってことなんだろうな」
「それが大変なんだけどね」
「──雅史か」
「相手の勢力を考えるとね。なにせ英空母の戦力はうちとほとんど互角だろ。ウチの航空隊も、開戦からこのかたずいぶんと欠員が出てる。英空母の実力がどの程度かは戦ってみないとわからないだろうけど、少なくとも米軍より下だとは思えない」
それを聞いた浩之の表情が引き締まった。たしかに、未起工に終わったインコンパラブル級巡洋戦艦の船体設計を流用した英空母の図体はたいしたものだと聞いている。1937年度のジェーン海軍年鑑によれば、その搭載機数は公称値で100機だという話だ。公称値がサバを読んでいることはよくあるから、実際の搭載機数は110〜120機に達しているとみて間違いないだろう。合計で約350機。たしかに空母四隻という強大な戦力をもってしても、容易ならざる相手だ。
「片手間に倒せるような相手でもないか……かんがえてみれば、相手も大西洋で揉まれてきた連中だもんな」
浩之の脳裏によみがえったのは、開戦来帰ることのなかった部下達の顔だった。直属の中隊からは、すでに5機の被撃墜が出ていた。おかげで浩之は麾下の飛行隊から未帰還機を出すことに慣れはじめていたが、好きで慣れてしまったわけではない。
この日、浩之たちはセイロン島のトリンコマリ軍港に対してはじめての空襲をおこなった。浩之の直率中隊からは、さらに一機の未帰還が出た。
南溟死闘録
第三話 Go Ready Go!
──あっ、敵だ
1942年4月4日 エニウェトク東南東650浬
「二度目……たぁ言え、そうそうこいつは手を出すわけにゃ行かんわな……」
潜望鏡越しに第14任務部隊を監視していたのは、伊−161潜艦長の端島中佐だ。彼が米空母部隊と遭遇するのは、これが二度目となる。おまけに、相手は前回と同じ「ヨークタウン」「ホーネット」。この前取り逃がした分をお見舞いしてやろうかという考えが頭を掠めたが、彼はそれをわざわざ頭を振って思考から追い払った。まずは報告のほうが先だ。
──もっとも端島自身、こののち自分が「世界一空母との遭遇回数の多い潜水艦長」の称号を頂戴することになるとは思いもよらなかったが。
エニウェトク基地
「野郎共!」の一喝からはじまる野中五郎少佐の出撃前訓示は、十一航艦の名物である。八幡大菩薩の幟と陣太鼓。彼らの士気・技量は間違いなく、なみいる基地航空隊のなかでも最高のものだった。このパフォーマンスがあまりにも日本人の感情的なツボを衝いているために、相対的に言って、隣の第二中隊を率いる藤井冬弥少佐の統率力に疑問を感じるものが出るのは仕方がない。ましてや、日常における彼が何事につけ態度のはっきりしないところがあるとなれば、なおさらだ。
だが、第二中隊の面々の前でその話題は禁句である。空中での冬弥は、毘沙門天も顔色なからしめるのではないかと思われるほどの勇気と、陸攻の巨体を超低空で手足のようにあやつる操縦技術の持ち主だった。とうぜん、隊員からは全幅の信頼を寄せられている。
十一航艦の主力は、昨年制式化された一式陸上攻撃機だ。この機体は海軍がまだ漸減邀撃作戦をそのドクトリンとしていた当時に、基地航空隊の主力とするべく開発された長距離攻撃機だった。洋上長駆進出して雷撃を行うことを目的とした設計コンセプトのため、兵装搭載量は魚雷一本分にすぎず、航続距離を稼ぐためにほどこされた軽量化の影響で装甲防御力も貧弱だ。だが、ある意味そうであるがゆえに、それと引きかえに得られた低空機動性は素晴らしいものだった。高度100メートルを切るような超低空で戦闘機も青くなるような機動を見せられる双発機──それも、四発機にこそふさわしいような巨体を持つ──は、航空機界広しといえども彼女たちだけである。この特性は、航空魚雷のプラットフォームとしてはきわめて理想的なものだった。艦上機である九七式艦攻に匹敵するとさえいえる。
「今回の目標だが──戦艦部隊だ。まぁ、ウチの目標はその取り巻きだが」
冬弥の一言に、整列した60人あまりの搭乗員達からどよめきが上がった。これまでの出撃で、第二中隊はメジュロの米軍基地に数百トンの爆弾を投下していたほか、補給線攻撃や対潜哨戒任務で輸送船・駆逐艦・潜水艦など10隻以上を撃沈していた。だが、その彼らでも本格的な戦闘艦隊への攻撃はこれが初陣となる。俄然、緊張が走った。
「今回の目標はいつもの中古品とちがって、れっきとした艦隊型だ。少しは骨のある相手だろうが……所詮は駆逐艦、かならず隙はあるはずだ。後には船団攻撃も控えているから、つまらん死に方をするなよ!」
かたちこそ違えど、それぞれの中隊長に対して全幅の信頼を寄せる勇士たちは、三菱重工発動機部門製の1520馬力空冷レシプロエンジン36基分の轟音を響かせ、朝焼けの引いた水平線に向かって飛び立っていく。彼らのあとには、さらに14機の陸攻と23機の零戦が続いていた。
──世の中は危険に満ちている
エニウェトク東方560海里
最初に異変に気付いたのは、他の二群から突出していたTG14.1の前衛を務めている駆逐艦「ヒューズ」だった。より正確を期した表現をもちいるならば、「ヒューズ」の右舷見張り員として配置されていた上等兵曹だった。彼が見つけたのは海面でのほんの一瞬の光の反射の変化だったが、下士官としての彼の豊富な経験は、それが海面下に注意すべき兆候であると警報を発していた。
「右舷、潜望鏡!」
合衆国海軍、わけても太平洋艦隊所属の駆逐艦乗組員たちにとっては、ほかのどんな警報よりも覿面の反応を喚起する報告が飛んだ。たちまち、前衛の駆逐艦たちのあいだに蜂の巣をつついたような騒ぎが発生する。後続の本隊が危機に晒されているからという単純な理由だけではない。皮肉な話だが、現在合衆国海軍の駆逐艦乗りたちにとっての最悪の敵は日本海軍の潜水艦だった。開戦以来、彼らの手によって海底に叩きこまれた合衆国駆逐艦の数は20隻になんなんとしている。はやいはなしが、彼らはまず自らが生き残るために、潜水艦一隻に対しても過剰なまでの慎重さと集中力でもって臨まなければならなかったのだ。
駆逐艦4隻による対潜掃討行動は、それなりに効果的なものだった。開戦前の合衆国海軍はお世辞にも対潜戦闘の得意な軍隊ではなかったが、さすがに駆逐艦ばかり20隻近くも潜水艦に食われたとあっては、彼らも目の色が変わる。けっして安い授業料ではなかったが、それだけに手痛い損失から合衆国が学んだものは大きかった。彼らの向上した対潜戦術は、確実にその効力を発揮して海面下の潜望鏡の主を追い詰めつつあった。
対潜迎撃戦闘は成功していた。いや、成功しすぎていた。それによって自分達の現状認識に重大な見落としが生じたことに誰も気づいていなかった。駆逐艦「メイラント」の艦橋左舷ウィングに配置された対空見張り員がそれを発見したときには、「認識の穴」は空冷14気筒発動機の轟音とともに、TG14.1を自らの間合いの内にとらえていた。
十一航艦の陸攻隊32機が目標に向けて突撃を開始したのは、つぎの瞬間だった。前衛群の駆逐艦が防空陣形を組みなおす時間は与えられなかった。TG14.1は、外周防空火力を二分割したままで基地航空隊最強の雷撃集団の攻撃を受けるはめになった。たちまち、前衛群左翼寄りに位置していた「マグフォード」が魚雷1本を受けて大傾斜、黒煙と水蒸気につつまれて停止したところへさらに2本を撃ちこまれ、火柱とともに真っ二つに折れて波間に消えた。隊列の中央部に大穴があいたことで、前衛に混乱が生じる。そこへたたみかけるように、後続の陸攻たちが翼をひるがえして襲いかかる。駆逐艦たちも必死に対空砲を放つが、たかだか一隻あたり1500トンの船体に搭載できる火器の数にはどうしても限界がある。散発的に撃ちあげられる曳光弾や時限信管付きの5インチ砲弾をかいくぐり、新手が主隊に迫った。
輪形陣の中で最初に血祭りに上げられたのは、外陣最左翼の「モリス」だった。彼女はちょうど僚艦からもっとも距離をおいた支援砲火を受けにくい位置にいたこともあって、2個小隊6機の陸攻から同時に狙われていた。彼女の雷撃回避運動もけっして稚拙なものではなかったが、それでも左舷中央部の機械室付近と艦尾に1本ずつの魚雷が命中。水中防御などなきにひとしい条約型駆逐艦の予備浮力は瞬時にして使い果たされ、また損傷と浸水によって機関が動きを止めたこともあり、被雷から5分後には早くも総員退艦が発令された。
続いて狙われたのは「モリス」の右舷後方に位置していた巡洋艦「チェスター」だった。さすがに10000トン級の大型巡洋艦ともなると対空火力は駆逐艦の比ではなく、彼女は来襲した陸攻のうち2機に火を吹かせ、残りが放った魚雷もすべて回避することに成功した。だが、この出来事はそのままTG14.1にとっての幸運には直結しなかった。被弾炎上した陸攻のうち1機は墜落の過程でそのコースを変え、彼女の後方に位置していた駆逐艦「ヒラリー・P・ジョーンズ」を冥土への道連れに指名したのだ。
僚艦の上空に向けて弾幕を張っていた「ヒラリー・P・ジョーンズ」の対空火器群は、ただちにこのさし迫った脅威へと向けられた。20ミリ、40ミリ、127ミリの各種砲弾が、上空から突進してくる火の玉に向かって激しく撃ち上げられる。左主翼の外翼がなかばで折れとび、右翼の発動機が粉砕され、垂直尾翼と機首風防に無数の弾痕が穿たれた。だが、時速200キロを超える速度でつきすすむ陸攻の巨体を止めるにはいたらなかった。胴体内に800キロ航空魚雷を抱えた一式陸攻は推力を失った右舷に向かってわずかに傾斜しながら、「ヒラリー・P・ジョーンズ」の第一煙突付近の舷側に左舷75度方向から激突した。
激突とそれにともなって発生した魚雷の炸裂じたいは「ヒラリー・P・ジョーンズ」に致命的というほどの被害をもたらすものではなかった。ほぼ全備状態の陸攻がもつ運動エネルギーはたしかにおおきなものだったが、そのすくなからぬ部分は突入時に潰れた機首キャビンが吸収してしまったし、もともと陸攻の機体じたいが駆逐艦の艦体にくらべてやわらかいジュラルミンで構成されているからだ。魚雷の弾頭部にも200キロ以上の炸薬が収められていたとはいえ、炸裂時の化学エネルギーはまずもって陸攻の機体を破壊するために消費されてしまった。だが、この破壊効果によって、主翼内のインテグラル・タンクに残っていた大量のガソリンが撒き散らされて一斉に発火した。大気中に散布された高オクタン価の航空燃料はつづいて爆燃を起こし、周囲の空気中に存在する酸素をことごとく反応させてしまったのだ。爆燃現象とそれにつづく衝撃波および酸欠と高熱によって、彼女の中央部で中甲板より上にいた乗組員はほぼ瞬時に無力化された。こうして中央部での応急対処能力が一時的にせよ極端に低下した結果、彼女の上構全体には手のつけられない大火災が発生。それが一番魚雷発射管の誘爆という事態にエスカレートするまでには、7分の時間を要しただけだった。
次に狙われたのは、輪形陣の先頭を走る「シムス」だった。ここまで陣形を崩しておいてなお駆逐艦を狙うあたり、九品仏の作戦指示も徹底している。もっとも、「シムス」のほうもただ黙ってやられていたわけではなかった。このクラスは復原性向上のために建造時5基あった主砲のうち1基を撤去しているが、浮いた重量を利用して機銃を増設している。この時点で雷装を残していた陸攻は一個中隊9機。「シムス」の対空砲火は、先頭を切って突入してきた小隊の先導機の機首キャビンを粉砕。コントロールをうしなった陸攻は、急に錘をつけられた凧のように海面へ落下した。つづいて突入した第二波にも容赦なく砲火が襲いかかる。高度10メートルを突進してくる相手への命中率はけっして高くはなかったが、それでも何機かに弾片や機銃弾による被害が出た。
冬弥は舌打ちした。「お先に行かせていただきます!」とばかりに威勢よくバンクを振って真っ先に突入した第二小隊だったが、小隊長の越前大尉は冬弥の目の前でコクピットごと粉砕されて波間に消えた。隊形を乱された第二小隊は、結局満足な雷撃針路をとれないまま魚雷を投下して離脱するはめになった。
「くそっ、さすがに主力は手数が違う」
後続する冬弥たちに向かって、各種対空砲弾が雨あられと飛んでくる。駆逐艦にも対空銃座が増設されているらしく、なかには巡洋艦なみの対空火力で撃ってくるやつまでいる。
「後続、ついてきてるか?」
「各機異常なし!」
伝声管を通して尾部銃座から報告が返ってくる。
「よぉし」
冬弥は舌なめずりすると、前方の駆逐艦に視線を据えた。投下距離まで約3000。完全編成の二個小隊で掛かれば、1〜2本の命中は期待できるだろう。
そう考えたとき、30メートルほどの至近距離で炸裂した時限信管付き5インチ砲弾の爆風が、冬弥の乗機をゆるがした。
旗艦「コロラド」の艦上でフレッチャー中将は歯噛みしていた。日本軍の駆逐艦集中攻撃のことは僚友ハルゼーから話に聞いてはいたが、いざ実際に体験してみると聞きしにまさる激しさだった。連中、本当に太平洋艦隊を外堀から埋め立てる気でいるらしい。各艦の対空砲力は開戦来の改装によってそれなりに向上していたが、狙われているのが輪形陣の最外周では、たいした砲火は集中できない。おまけに──
「畜生。連中、相当の腕利きだぞ」
輪形陣外縁の駆逐艦を狙って執拗に雷撃動作をくりかえす日本の双発爆撃機は、恐ろしいほどの低空機動性をそなえていた。プロペラの回転で海面に飛沫が上がるほどの超低空を、まるで滑るように接近してくる。フレッチャーはぞっとした。一歩間違えたら海面に突っ込みかねないほどのアクロバットだった。そしてそれ以上に彼を戦慄させたのは、味方の対空砲火がじれったいほどに当たらないことだった。無理もなかった。陸攻隊は、戦艦の舷側なみの高度を飛んでいた。対空射撃方位盤は、こんな低高度の目標を射撃するようには作られていなかった。
そのとき、先頭を飛行していた編隊のど真ん中で誰かが放った榴散弾が爆発した。1機が左の主翼から火を噴き出し、長機らしいもう1機が大きくバランスを崩す。その直後、後方の梯団が一斉に魚雷を投下した。やや放射線気味の雷跡をえがいたそれは、「シムス」の左舷に1本の命中を記録した。この一撃で「シムス」は罐室の半分が浸水する被害を受けて後退を余儀なくされた。いっぽう、前方梯団の2機は──
大きく舵を振られた陸攻の巨体を、冬弥はやっとのことで立て直した。右の主翼端が海面をかすったが、どうやら大きな損傷は受けなかったらしい。しかし目標と定めていた駆逐艦は、左舷はるかに流れていってしまっていた。
「ちっ。次の目標……」
そう言いかけて、冬弥はばつの悪い苦笑いを浮かべた。
「まいったね。こいつは……」
冬弥たちの進行方向に現れたのは、こちらに向かって景気よく対空砲弾を放ってくるカリフォルニア級戦艦の姿だった。
「あいつらにああ言っちまったんだがなぁ」
風防の至近を曳光弾が掠めて行く中で、冬弥は出撃前に自分がぶち上げた訓辞を思い出した。
駆逐艦集中攻撃。指揮官たる自分が真っ先に違反してどうするか。
「とはいえ、今から目標を変えるわけにも……お?」
「三番機、ついて来とりますな……」
尾部銃座の杜月一飛が呆れる。
「抜け駆けはずるいですよ、隊長」
三番機機長の鮎川中尉が、不敵な口調で無線を飛ばしてきた。
「莫迦は一人で十分だっての……」
悪態をつきながら、冬弥は突入進路に機体を乗せた。間合いどんぴしゃり。
「……っと、貰った! 投下!」
狙われた側の「テネシー」は悪態をつく余裕もなかった。海面すれすれを飛んでくる超特大の雷撃機という現実ばなれした光景に圧倒されていた。たしかに合衆国陸軍の重爆のなかにも雷撃能力をもっているものはあったが、それはあくまでも余技のたぐいであって、これほどのアクロバットをおこないながら魚雷を投下するためのものではない。悲鳴のような転舵命令が飛んで「テネシー」の32000トンの巨体はゆっくりと回頭をはじめたが、完全に射点にくらいつかれた状態では遅きに失した。藤井機の投下した九三式魚雷が艦首付近に命中。動きが鈍ったところに、鮎川機が投下した魚雷までが直撃した。直ちに沈没に至るほどの損害ではなかったが、「テネシー」は1000トン余りの浸水と傾斜を生じて隊列からの落伍を余儀なくされた。
「『テネシー』は12ノットが限界です」
「しかたあるまい、『シムス』と一緒に『ローワン』を付けて下がらせよう。陣形の再編を急げ」
見事な手際で駆逐艦3隻と戦艦1隻に雷撃を見舞った日本軍機は、来襲したときと同じ、あざやかなまでの手際のよさで引き上げていった。「テネシー」が戦力外となったのもさることながら、無傷の駆逐艦を護衛に割かなければならないのが非常に痛い。フレッチャーは苦虫をかみつぶしたような表情で命じた。TG14.1の駆逐艦戦力は、一気に半減してしまったのだ。
「前衛がたった2隻だと……冗談じゃないぞ」
フレッチャーは肩を震わせた。戦艦4隻、巡洋艦4隻というTG14.1の陣容を考えれば、これは丸裸にひとしい数だ。そもそも、これほどの規模の艦隊ならば4個駆逐隊16隻くらいは随伴していてしかるべきなのだ。以前キンメルが口走った「日本軍は我々を外堀から埋め立てようとしている」という言葉の意味が、今こそ彼には心底理解できた。
冬弥は、ものの数分間ですっかりガタのきてしまった愛機と必死で格闘していた。「テネシー」に雷撃を命中させるという大金星を挙げたはいいが、その襲撃運動のあいだに一式陸攻は5発以上の機銃弾と、それに倍する各種砲弾の破片をあびていた。左翼の発動機はさっきから何度も息をついているし、なにが壊れたのか昇降舵がひどく重い。上部機銃座はキャノピーごと吹きとび、配置についていた鳴海二飛曹は下半身だけの姿で通路の床に転がっていた。
「あ、畜生」
左翼からつたわってきた妙な振動に冬弥は呻いた。
「発動機が完全にイカれやがった」
「ここから片肺ですか……進出距離が短くて幸いでしたな。自分は江田島のころから水練が苦手でして」
航法士の相馬少尉が苦笑いするが、冬弥の表情は険しかった。
「それが、そうでもないんだ……さっきから昇降舵の調子がおかしくてな」
その一言で、相馬少尉の表情が青ざめる。
「まあ、手は打ってみるがね……心配なら救命胴衣でも準備しといてくれ」
右翼の発動機が全開まで吹いているにもかかわらず、陸攻の高度は徐々に下がりつつあった。
──猫まっしぐら
エニウェトク南東200海里
「畜生。連中、腕を上げやがった」
「蒼龍」戦闘機隊の第一中隊第三小隊を率いる久住飛曹長は、これまでになく獰猛な山猫を相手に手を焼いていた。開戦以来米軍の一線に出ていた母艦戦闘機部隊は、特に日本軍の搭乗員と比較した場合、まるで話にならないほど練度が低かった。しかし、米軍もさすがにこのままではまずいと判断したのか、今回は相当に腕のたつ連中を送りこんできたらしく、容易に隙を見せてはくれない。
もともとF4Fは、野暮ったい外見から想像されるほどには鈍重な機体ではなかった。水平旋回性能の権化のような零戦と比較するのがそもそも間違いなのであって、飛行安定性と操縦応答性のよさでは欧米の戦闘機の中でも一目を置かれている。それなりの技量の持ち主があやつれば、戦闘機として一級品の働きはできるのだ。
久住の見たところ、今日の対手が愛機の長所を確実に知悉しているのは間違いない。頑丈な機体と太いトルクを活かした一撃離脱。これを徹底されると、機体剛性の低い零戦では付き合いきれなくなる。これまでのように安易に優位を奪える迂闊な手合いではなかった。
問題は、久住達の置かれた立場が悠長な戦闘を許すものではないということだ。彼らは「蒼龍」を含む第二航空艦隊の直掩隊であり、なんとしても眼前の敵機を排除せねばならない立場だった。敵機は概算で30機前後。その全てがF4F。当然その背後には間違いなく、多数のSBDやTBDが控えている。
そして、今日のF4Fは手強かった。旋回戦闘にはほとんど付き合ってくれない。それどころか、ズーム&ダイブに釣り込まれて落とされる零戦まで出始めた。直掩に上がっていたのは22機だが、
(5、6機は落とされているんじゃないか?)
久住の疑念は現実からそう懸け離れてはいなかった。この時点で艦隊上空の零戦の数は、18機に減少していた。
そして何より問題だったのは、戦場空域そのものが艦隊直上へと遷移しつつあったことだ。視界の隅でSBDが高度を下げていくのを見た久住は、罵声じみた唸り声を上げた。数機の零戦が阻止を試みたが、F4Fが素早く立ち塞がる。見れば、SBDの一部は艦隊陣形への急降下を開始していた。その先には五航戦の空母群。
そこまで見届けたところで、久住は新たなF4Fとの格闘戦に巻き込まれた。一連射を叩き込んで撃退したとき、第二航空艦隊の陣形からは一条の黒煙が立ち昇っていた。
「被害を報告します。『ヨークタウン』への命中魚雷は1本にとどまりました。速力が27ノットに低下しましたが、艦載機の発着は可能です。ただし身代わりになった『アンダーソン』の方は、先ほど総員退艦が発令されております。このほか、本艦と『アトランタ』に至近弾がありました。本艦の損害は軽微ですが、『アトランタ』は爆圧で船体に歪みを生じており、22ノットが限界とのことです。直掩隊の損害は被撃墜が5機、パイロット2名が救助されております。損傷機の数は現在集計中です」
旗艦「ホーネット」に報告が届いたのは、戦闘終了の20分後だった。さほど手際は悪くない。
TG14.2を率いるニュートン少将は思案顔になった。報告によれば、偵察機が発見した敵空母は4隻。このうち、第一次攻撃隊が1隻を撃破している。
一方、さきほどの防空戦闘で撃墜報告のあった敵機数は、直掩隊によるものと防御砲火によるものを合わせて30余り。実際には誤認や重複があるから、いいところその半分くらいだろう。
「来襲したのは70機ほどだったな……これは第二波も同程度の規模と見ておいたほうがいいな」
攻撃隊が受けた迎撃の規模は、さほど大きなものではなかったと言う。二次空襲はあると考えたほうが自然だ。
「交代の直掩隊を早目に上げよう。敵の第二次攻撃隊が間もなく現れるはずだ」
エニウェトク東南東480海里
「おぉっ。敵さん、今度は本気かっ」
偵察員席の春原一飛が声を上げた。一式陸攻の操縦席からも、眼下に十数隻の輸送船が方陣を組んで航行している様子が窺える。
「攻略部隊まで随伴していやがったか。発見が早くて幸いだったな。通信手、司令部に打電だ!」
してやったりという表情で、機長の向坂中尉が叫んだ。
瑞鶴に命中したのは、爆弾3発と魚雷2本だった。幸い、爆弾のうち1発は舷側の高角砲座を直撃して吹き飛ばすに留まったが、残りの2発が飛行甲板中央部に連続して命中したため、艦載機の発着は不可能な状態だった。
「一次攻撃隊の未帰還は艦戦2、艦爆4、艦攻4です。このほか艦戦1、艦爆3、艦攻2が損傷のため再使用不能とのことです」
難しいところだ、立川少将は思った。
一次攻撃隊は68機を放っていたから、消耗は4分の1に近い。二次攻撃隊でも同程度の損害が出るとすると、第二航空艦隊は航空兵力の2割近くを失うことになる。これに加えて、直掩隊からも無視しかねる規模の損害が出ていた。三次攻撃隊を出すとなると、直掩隊の生き残りの一部を制空隊に割り当てるとしても、使える機数は50程度。決して少ない数ではないが、だからといって一次攻撃隊の成果を考えれば十分とも言いがたい。
十一航艦の陸攻隊からの報告が二航艦司令部に届けられたのは、ちょうどそのタイミングだった。立川少将は報告電を一瞥するなり、即座に判断をくだした。
「三次攻撃隊は予定通りの編成で即時出撃。四次以降は陸用装備」
20分後に各艦を飛び立ったのは、艦戦16、艦爆15、艦攻22の合計54機。攻撃隊を送り出した母艦の艦内では、直掩隊の補給作業と補用機の組立作業が大車輪で開始されていた。
「通常弾を片付けるそうだ」
「ってことは、第四次からは船団攻撃か」
整備員達の間でそんな噂が飛び交っている横で、久住飛曹長はげんなりとした顔で搭乗割が書かれた黒板を眺めていた。
今朝一番の空中哨戒に出て一次攻撃隊を上空から見送ったのが午前中。そのまま二度目の直掩任務をこなして襲来した米軍機を迎撃し、着艦したと思ったら今度は第四次攻撃隊に随伴して敵艦隊まで長駆するという。昼飯は二度目の直掩に出る前に機上で航空弁当を頬張って済ませていたから、今朝の出撃以来、地に足をつけて過ごしたのはこれが初めてだ。もともと作戦中の空母というのは乗っている人間の数の割にマンパワーに余裕のある環境ではない。それは重々覚悟していたつもりではあったが、いくらなんでもこれだけのヘビーローテーションはしんどい。
「仕方なかろう、瑞鶴が被弾して使える機数が減っとるんだ。俺たちで穴を埋めにゃならん」
一緒に黒板を見ていた小此木大尉が声を掛けてくる。
「船団くらい陸攻隊に任せられんもんですかねぇ」
「陸攻は午前中に戦艦部隊と一戦交えて大きな被害を出したらしい。攻撃に回る余力はないと聞いたぞ。今日の夕刻にはトラックからの増援が到着するらしいが」
変に色気を出して余計なことをしてくれたものだ。久住の表情がいちだんと渋くなった。
──と、そこに艦内放送が流れた。第二波の敵襲を告げている。
「こりゃ、船団どころじゃねぇや」
久住は一言呟くと、待機所から飛び出してくる搭乗員に混じって愛機に駆け寄った。
「ポートランド」に移乗したニュートン少将は、呆然とした表情で数十分前まで旗艦だった物体を見つめていた。今にも飛行甲板の縁が海面に触れそうなほど左舷に大きく傾斜した「ホーネット」は、ありとあらゆる開口部から濛々と黒煙を上げて洋上に停止している。
第二波として現れた日本軍の攻撃隊は、一次攻撃隊にもまして練度が高く、手際がよかった。最初に襲い掛かった一個中隊ばかりの艦爆が一撃で輪形陣外郭の「タッカー」と「ラング」を無力化し、その穴から続いて襲い掛かった艦攻の一隊が「ノーザンプトン」に魚雷2本を見舞って隊列から脱落させると、それだけで「ホーネット」の左舷は丸裸にされてしまった。
そこに、合計30機余りの艦爆と艦攻が雪崩れ込んできた。TG14.2には、陣形を組みなおす時間も「ホーネット」を庇う時間も与えられなかった。ものの数分間で理想的なまでの雷爆同時攻撃を見舞った日本軍機が立ち去ったとき、「ホーネット」には4発の爆弾と6発の魚雷が命中しており、「ヨークタウン」もまた、さらに爆弾と魚雷1発ずつを被弾していた。左舷側の艦首から艦尾まで満遍なく魚雷を撃ち込まれて機関部と発電系統に致命傷を負い、注排水能力を失った「ホーネット」の運命は、この時点で決定された。総員退艦が発令されたのは、それから僅か10分後のことだった。
なんてことだ。ニュートンの思考は、端的に言えばその一言を反復していた。日本軍の攻撃パターンは、もっぱら直衛艦の一角に穴を開けるために攻撃機の一部を割くので、どうしても空母や戦艦といった大物への攻撃は緩くなる。そのため、一撃でヨークタウン級のような大型艦が仕留められることはないと判断されていた。
だが、現実はどうだ。二次に渡る攻撃で護衛艦艇は駆逐艦1が沈没、巡洋艦2・駆逐艦2が脱落に追い込まれ、ほとんど半減という有様だ。あまつさえ「ホーネット」は、我々が想定してもいなかったことに──ただの一撃で沈められようとしている。恐るべきことだが、日本軍の雷爆撃の命中率は30パーセントを超えていた。
(これが、連中と俺たちの差か)
ニュートンは思った。認めたくない話だが、艦隊航空兵力の質でも量でも、俺たちは日本軍に優位を許している。この差を何とかして埋めない限り、俺たちはこの戦争には勝てない。なぜなら──
そこで、ニュートンの思考は轟音によって中断された。「ホーネット」の上構の後ろ半分が吹き飛び、巨大な火柱が吹き上がっていた。既に爆発による破孔からの浸水も始まっているらしく、ぎりぎりのところで持ち堪えていた傾斜が急激に深くなっていく。合衆国海軍史上初の空母喪失となることは確実だった。
(終わりだな)
空母1隻喪失、1隻大破。これで俺の経歴が終わらないほうがどうかしている。そして、満足な航空戦力抜きで日本軍の機動部隊を打ち払って上陸を強行することもできないだろう。ハンマーヘッド作戦そのものも、これで終わったのだ。
「ホーネット」の姿が完全に消えるよりも早く、ニュートンは「ポートランド」の艦内へと踵を返した。まるで失われた「ホーネット」の重量がそのまま両肩にのしかかったかのように、足取りは重かった。