註:黄色は三人称、緑色は一人称でザッピングしています
「さてと! 恭也が当分元に戻らないのなら、相応に対策を取らなくちゃね」
……あの、母上、なんでせうかその満面の微笑みは。
「そーねぇ、精神的なところもおいおい変えなきゃならないけど、まず服をどうするか考えなきゃね」
ぐぁ。やっぱりそう来ますか。
「とりあえず、服は私の貸してあげるね」
こちらもすっかりノリノリの姉上。
「そうと決まったら、まずは着替えね♪」
……ひょっとして、反論は許されていないってやつでしょうか。どうも二人の表情を見てるとそんな気がしてならないんですが。とかなんとか考えてるうちに、むんずと両腕をホールドされて。
ずりずりとかーさんの部屋まで引きずられて行ってしまった。へるぷみー。
わざわざ車でマンションの部屋にとって返したフィアッセが持ってきたのは、彼女の持ち服の中でもわりとゆったりしたワンピースやスカート、シャツの類だった。ご丁寧に下着まで一式用意してあるし。
「あ、下着はまだ使ってないやつだから大丈夫だよ」
無闇に嬉しそうにフィアッセが一言。いったい何が大丈夫なのやら。ついさっきまで男だった身としては、女性用の下着というのはめちゃくちゃ恥ずかしいんですけど。
「かーさん、やっぱり女物はちょっと……」
「何言ってるの。娘に男物着せておくなんて母親として恥ずかしい真似、できるわけないじゃない」
う……そこでその表情を出しますか。
「そうだよー、恭也、せっかく可愛くなったんだから目一杯お洒落しなくちゃ損だよ」
フィアッセが唱和してくる──って。
「可愛い……?」
『へ……?』
二人揃って間の抜けた問いが返ってきた。
「そっか。恭也、まだ鏡見てなかったもんね」
得心がいったという表情のフィアッセ。
「あ〜ん、もう、せっかく可愛くなったのに勿体無いわよ〜」
かーさん、はしゃぎ過ぎ……
「ともかく、一度見てみようよ」
……女になった自分の顔というのが、いまひとつ想像と言うか実感できなかったので、今まで容姿のことは考えないようにしていたんだけど。
実際、姿身の前に引っ張り出されてみると……可愛いんだ、これが。信じられないことに。しばらく鏡の前で呆然としていた。
事ある毎に「きつい」と言われていた目つきが、すっかりタレ目に変わっている。髪の毛も若干長目にボリュームアップされているし、全体的に顔つきが丸くなったように思える。そしてなにより、首から下。体型が曲線主体の女性らしいものに変わっているのはまだしも、ほっそりとなった胴周りを男だった頃の数字に埋め戻すと言わんばかりに、派手に自己主張している胸。身近な例でこれに近そうなのといったらフィアッセやノエルあたりとなるんだろうけど、それでもここまで大きくはないんじゃなかろうか。
「──どぉ? 自分で見惚れるでしょー?」
かーさんが、きゃいきゃいと騒ぐ。
「かーさん、いくらなんでも喜びすぎじゃ……」
「だぁーってぇ、思いもかけず年頃の娘ができたんですもの〜♪ あ〜んなこととか、こ〜んなこととか、いろいろ母親らしく世話焼いてあげたいじゃない」
「年頃って、俺は別にそんな世話になるつもりは……」
「何言ってるの、どこかの誰かさんのせいで美由希にはちっとも母親らしい事してあげられなかったのよ? ちょっとは責任感じて可愛くしてもらうからねっ」
「……!!」
そっ……そんな論法、アリですかっ!?
「さっ、そうと決まれば早速着替えにかからなくちゃね? フィアッセ、サポートお願い」
「Yes, mem. 桃子!」
同時に、背後のフィアッセが機先を制して両腕をしっかりと握ってくれた。
──厄日だ。今日は人生最大の厄日に違いない。
「さてと、まずは早速だけど合わせてみようか、フィアッセ?」
「そうだね、サイズの目安にもなるし」
「……ってわけで、恭也」
「……?」
「その服、脱ぐ!」
……まぢですか。
「脱がなきゃ着れないじゃない」
いや、それはそうなんですが。どうしても着替えなきゃだめですか?
「あー、もぅ! 何度も同じこと言わせないの!」
って、モノローグに反応されてるし。
「ほら、脱いだ脱いだ!」
……父さん、生前かーさんに何か仕込んで行きましたか? この俺が抵抗する間もあらばこその研ぎ澄まされた早業ですよ?
上着とジーンズを引っぺがされて、あっという間にトランクス一枚にまで剥かれてしまった。
「……あら」
「……あー……」
そこで、二人揃って嘆息。多分、二人にとっては一番の見落としだったんじゃなかろうか。
その……残ってるんだなぁ。刀傷が。ものの見事に。
脱いでみてわかったこと。
やっぱり大きい胸ってのは目立つし重い。と言うか、さっきからどうも鎖骨の外側の筋肉が張ると思ったら原因はこれか。
──いや、それよりも。
驚いたことに、全身にくまなく走っていた傷痕は、その大半が綺麗さっぱり消えていた。魔法の力のおかげなんだろうか。
ただし、大きい傷のうち幾つかがまだ残っているのだけれど。
たとえば、胸板に走っていた大きな傷はそのまま左右の乳房に刻まれたままだったし、肩や腕、太腿、脇腹といったあたりにも、何本か傷が残っている。後で見てみたら、背中にも袈裟懸けに大きな傷が残っていた。
「やぁーんー、もったいないもったいないもったいない〜っ!」
かーさんが、駄々こねとも悲鳴ともつかない声を上げる。
「あ、でも桃子、膝の怪我が治ってるよ」
「それはそうなんだけど……やっぱり女の子の身体に傷なんかつけちゃだめーっ」
そういえば、妙に膝の具合が楽だと思ったら……再起不能寸前まで行っていた右膝の古傷が、影も形もなくなっている。
ちょっと、助かったかも……
「あーん、もう! こんなことになるとわかってたら、恭也に剣なんか持たせなかったのにぃ〜!」
かーさん、完全に別世界モード。不穏なことを口走ってらっしゃるし。先が思いやられるなぁ。
「恭也、とりあえず合わせてみようね」
苦笑しつつも、しっかりと腕を取ったまま離してくれないフィアッセ。
……あーもー、どうにでもなれ。
「……フィアッセ」
「……あら?」
ブラジャーを合わせに掛かっていたかーさんは、いち早く異変に気付いたらしい。
「……締め付けられて苦しい」
「あれー?」
フィアッセも、どうにも困ったような顔。
……いや、実際きついんだってば。アンダーはともかく、カップが全然合ってない。
「わりと大き目のを選んできたんだけどなー」
それでもきついものはきついんですってば。
「うーん……これは本格的にサイズを測ってみなきゃならないみたいね」
諦めて腕組みをしていたかーさんが、巻尺を持ち出してきた。
ちなみに、タグに書いてあったサイズは……D75。
……フィアッセが93センチ。ってことは、この胸……どうなってるんだ一体。
「えーと……うわ、すごいわ〜。104センチもあるもの」
俺の胸に回したメジャーを読んで、かーさんが驚いた声を上げる。
「……道理で、入らないわけか」
「うー、なんか悔しいよー」
フィアッセが拗ねたような苦笑いを浮かべていた。
「アンダーがフィアッセと大差ないってことは……Hカップかー、手持ちじゃどうにもならないわねぇ」
かーさんは困ったような表情でつぶやいている。
うーむ、世間の女性一般のスタイルのことはあまり気にしてなかったんだけど。それでも、この身体がかなり強烈なグラマーぶりだってことは見た目で分かる。
「とりあえず、買い物に行くしかなさそうよね。フィアッセ、車出してくれる?」
「OK、桃子」
はぁ……これは付き合うしかないか。