註：黄色は三人称、緑色は一人称でザッピングしています
「さてと！ それじゃ買い物に出ますか」
かーさん、嬉しそうだこと。
結局、あのあと下着まで引っぺがされて、あれこれ取っかえ引っかえ着せ替えられてしまった。その結果が今の服装。幸か不幸か、胸とウエスト（６７センチ……）の関係でフィアッセの上着はまったく合わなかったが、
「試着だってするんだから、下着くらい女物を着けてきなさい」
とのかーさんのお達し（一見すました表情が怖かったです……）によって、辛うじてサイズが合わないこともなかったショーツの上に、元から着ていたカッターとジーンズといういで立ち。
確かにトランクス穿いてくよりは不自然じゃないんだろうけど……うぅ、精神的にはかなりきついんですが。
「うーん、やっぱりこうして見ると、単なる黒尽くめってのは華がなくてダメねー。よぉし、ここはいっちょ、かーさんが腕によりをかけて可愛くしてあげなくちゃ」
あ"あ"あ"、この人は……
「恭也も、ちょっとは桃子の気持ちを分かってあげた方がいいんじゃない？ それにむやみに抵抗感じてるよりも、少し合わせてみた方が楽になるかもしれないよ？」
フィアッセが、そっと耳打ちしてくれた。
ご忠告感謝します、姉上。気持ちは有難いんだけど……
「あ、そうだ。姿格好が女の子なのに『恭也』もまずいわよね。う〜ん……まぁ『恭子』ってことにしとこっか？」
「んー、ちょっとストレートすぎないかな？」
「でも、元の名前に近いほうが違和感なく呼べていいじゃない♪」
あぁ二言不一致。こちらでは実に楽しそうにかーさんと改名談義してらっしゃるよ。
「──というわけで、ちょっと恭子の服を買いに駅前まで行ってくるわね」
『恭子？ ……あぁ』
そういうことね、と一同納得。
あんまりしないで欲しい。
「……その前に」
リビングにて人員徴集。ここで一言入れておいたほうがいいだろう。絶対。
「美沙斗さん、すいませんけど一緒に来て貰えませんか？」
「？」
いまいち話の流れが掴めていないらしい美沙斗さんに、そっと耳打ち。
「服選びのアドバイスをお願いしたいんです。あの二人だけに任せておくと、後が怖いので……」
視線を移すと、今にも鼻歌を歌いだしかねないご機嫌ぶりできゃいきゃいとはしゃいでいる似た者二人。
「……なるほど」
美沙斗さんなら、少なくとも俺の気持ちを少しは解ってくれるんじゃないだろうか、という一抹の望み。それに、同じ剣士だ。ある程度剣術の動きをすることも考慮した選び方をしてくれるだろう。かーさんとフィアッセに任せておいたら、いつぞやの晶じゃないけど、激しい動きなんかしたくてもできないようなふりふりを着せられてしまいかねない。
「確かに……ちょっと危険そうだね。協力させてもらうよ、恭……子さん？」
あぅ。貴女まで迷わないでください。
「恭子〜っ、そろそろ行くよ〜♪」
……死刑宣告に聞こえたのは、気のせいでしょうか。
一方、こちら海鳴駅前。
「さーてっと。まっすぐ帰るにはちょっと早いのよね〜。『ネメシス・レイ』の入荷はもっと先だし……」
ある意味、現状においてもっとも危険な人物が、何事かつぶやきながら駅前通りを歩いていた。
「うーん、たまにはデパートでも歩いてみよっかな。しばらくぶりに千花亭のマドレーヌでも買って行って……」
そこで、はたと手を打つ。
「うん、そしたら高町さん家にお土産に持っていって、恭也たちとお茶にするのもいいよね。その後はノエルに迎えに来てもらえばいいんだし……よしっ、決まり！」
……第二種接近遭遇警報、発令。
「さーてと、この時期なら春物はすっかり安くなってるわよね。夏物と合わせてパーっと買っちゃいましょう！」
気味が悪いくらいにご機嫌のかーさん……いや、この人が雨ニモ負ケズよろしくにこにこと笑ってるのはいつものことなんだけど。
今日ばっかりは、その笑いに薄ら寒いものを感じてしまうんですが。
「み……美沙斗さん、よろしくお願いします……」
「あ、ああ……」
百戦錬磨の剣士も、今日のかーさんとフィアッセが纏っているオーラには気圧され気味。
「まずは下着からかな？」
「そーねぇ、アウターのほうも見たいけど、まずはインナーね」
……それはひょっとして、一番行きにくい例の売り場ですか。
「あれ？ あそこにいるのって……」
デパートに足を踏み入れた忍は、先のほうに見慣れた後姿を発見した。
「あれって……桃子さんにフィアッセさん？」
こんな時間に珍しいこともあるもんだ、と声を掛けようとした矢先。
「あら？」
さらにその隣に、二人ほど見慣れない顔が。
片一方は……白いセーターにスラックスという風変わりなファッションで判った。
（確か、美由希ちゃんのお母さん……美沙斗さんって言ったっけ）
で、もう片方……こっちが、どうにも記憶にない。
長身でちょっと日焼けした風。びしっと整っているようでいて、どことなく頼りなげな容貌。無粋なファッションの上からでも容易に分かる、ボリュームのあるスタイル。
「う〜ん、どこかで会ったような気もするんだけど……」
結論。分からなければ訊いてみよう。
忍は、いそいそと一行の方に向かっていった。
「ぅわ、とと……」
「……大丈夫かい？」
危うく躓きかけたところを、美沙斗さんが支えてくれた。
つい男の身体だったときのクセで、歩くときには元々重心のあった肩から先に出てしまう。ところが、女の身体になったことで重心が腰に移動している。この変化にまだ慣れていないせいで、下手に勢いよく踏み出すと転びそうになってしまう。
（また厄介なことに……）
日常歩くのも大変だけど……うぅ、ひょっとして歩法の基礎からやりなおしですか？
（美由希……すまん）
しばらくは一人で鍛錬をやってもらうしかないよなぁ。こっちが慣れるまでの辛抱だ……がんばれ。
……と、そのとき。
（！？）
猛烈に嫌な気配を感じた。このままここにいてはいけない、と全身の感覚が警報を発している。
（何だ……こんな場所で一体……！？）
周囲を警戒。気配の元凶を突き止める……よりも早く。
「あらー、忍ちゃんじゃない」
……なんだ、忍か……って、なんですとぉっ！？
「こんにちはー、桃子さん、フィアッセさん。お買い物ですか？」
「んふふー、ちょっと嬉しいことがあったのよねー♪」
まずい。非常にまずい。こんな姿を忍に感付かれた日には……
結論。とりあえず身を隠して嵐を避けるほかない。そこいらのハンガーを利用して離脱を……
「こーら。逃げることないじゃない」
きゃぁ。母上、鬼ですか貴女は。
「……で、こちらの女の人は？」
「えへへー、それがねぇ……」
神速で逃げられないというのが恨めしかった。
「ぷっ……くくくくくく……」
……神様、なんでこんなことになってしまったんでしょうか？ 忍、腹を抱えてぷるぷると肩を震わせてます。
「──というわけだから、可愛がってやってね？」
「あははははは！」
どうやら限界を超えたらしい。堰を切ったように大笑い。そこらへんに適当な壁なり台なりがあったら、ばんばんと派手な音を立てて叩いているところじゃないだろうか。
「こ、この子が恭也って……あの恭也が……うくく、あははははは……！」
「忍……そこまで笑わなくても……」
「あははは……ご、ごめんねぇ……ぷぷっ……だって……元の恭也とのギャップが……」
「あ、そうだ。せっかく女の子になったわけだし、これからは『恭子』って呼んでくれる？」
「き、恭子……あははははは……！」
かーさん……火に油を注いでどーするですか。
ひとしきり笑ってから、ようやく落ち着いた忍。
それはいいんだけど、とんでもないことを口走ってくれた。
「それじゃぁ、私も一緒に選んであげるね」
……やめてくださひ。
「なーに、せっかく同年代の女の子としてアドバイスしてあげようっていうのに、好意を無駄にするの？」
「いや、決してそんなつもりは……」
だから、なぜモノローグに反応するですか貴女方わ。
「だいじょーぶ、この忍ちゃんに任せておきなさいって。ちゃんと魅力的にコーディネートしてあげるから」
……魅力的にされてもなぁ。
「そんなにしおれた顔しないの。恭也も少し楽しんでみたら？ 意外とハマっちゃうかもよ？」
ハマりたくないです、忍さん。
うぅ……美沙斗さん、俺が最後の一線踏みとどまれるかどうかは貴女に懸かってます……
「ど……努力するよ……」
美沙斗さんは、悲壮に引きつった顔で売り場の奥へと消えていった。
「とりあえず、桃子と二人で適当に見繕ってみたけど……ちょっと合わせてみてよ」
かーさんと一緒にフィアッセが持ってきた下着類……気は進まないけど着ないわけにも行かないよなぁ。あの二人らしくファッション性に気を使ったデザインのが多いけど。
「恭子、着け方は大丈夫？ なんだったら私が手取り足取りコーチしてあげるけど」
心配されんでも大丈夫です。ここに来る前に二人掛かりで仕込まれました。というか忍さん？ そのわきわきと蠢いている両手は一体なんですか？
「あら……ざーんねん」
……美沙斗さん、早く品物を見繕って戻ってきてください。でないと、俺は人生二度目の貞操の危機ってことになりそうです。
うぅ……早く帰りたい。