あなたの知らないRIKAさんMamiさんのすべてがわかる 掲示板ダイジェスト
2006-2009年

私達の従姉妹? 投稿者:RIKA 投稿日: 6月 4日(日)03時39分23秒

アンジーさん、初めまして。 私達の従姉妹と同じ職場、とうかがいましたが、従姉妹の中で高校の同級生と言う人はいませんが、誰でしょうか? 不思議!


いとことドラマ 投稿者:acchan 投稿日: 6月 4日(日)19時03分24秒

>アンジーさん
はじめまして。チューインガムの「木彫りの子熊」という歌の解説に、「いとこのあやこちゃんが修学旅行のおみやげに北海道から持ってきてくれました。」という記述があります。同じ職場の「りかさん・まみさんのいとこ」の方のお名前が「あやこ」さんでしたら、この歌とゆかりの深い方ということになります。そのおみやげがなければ「木彫りの子熊」の歌は生まれなかったかもしれないのですから。


再びお邪魔します 投稿者:アンジー 投稿日: 6月 4日(日)21時44分46秒

>acchan様
おおっ! そうですっ、まさしく彼女の名はあやこさんです!! 今日は彼女お休みしてたので、まだ詳しい事は聞けないのですが、またいろいろ聞いたらこちらに伺います。


謎がとけましたね! 投稿者:RIKA 投稿日: 6月 6日(火)05時33分1秒

なんだ、従姉妹の綾子ちゃんの事だったのですね。 彼女は少しお姉さんで、高校は大阪女学院高校です。 テニスが抜群に上手でラケットを振る姿が凄く素敵な彼女でした。 アンジーさん、彼女にくれぐれもよろしく、「りかはイタリアで元気にいます」と伝えてください。(メッセンジャーになってもらってスミマセン)


み〜つけた!! 投稿者:KUNI 投稿日: 6月17日(土)02時00分41秒

初めまして。
チューインガムの二人がバルバルーンとして活躍していた時、バックバンドをしていたライムライトキャンキャンのKUNIと申します。偶然観たチューインガムの掲示板に、当人達がカキコミをしていたのでビックリ!!して、僕も書き込んでしまいました。2人とも元気そうでとても嬉しいです!


(無題) 投稿者:Mami @work 投稿日: 6月18日(日)04時41分6秒

Kuni saaaaaan.


5周年ですね 投稿者:RIKA 投稿日: 6月19日(月)01時43分2秒

5周年おめでとうございます。 距離が離れていてもいつでも皆様とこうしてコミニケート出来る機会を作っていただいている事に感謝しています。 これからも末永く宜しくお願いします。
 
KUNIさん、やっと登場してくれましたね。 お元気でしたか? KUNIさんとは10年程前にイタリアから帰国した時に東京で飲みにいきましたよね。 確か他のメンバーも一緒に楽しく明け方近くまで「同窓会」した記憶があります。  その後も何度かお手紙書いていただいてましたが、私も移動が多くてお互いに音信普通になり、どうしておられるのかと思ってました。 これからもチョクチョク近況教えてください。
ところで、W杯の話題になりますが、私は今日白いシャツに赤いズボンという日の丸カラーで応援していました。 残念ながらクロアチア戦は引き分けになりました。 次のブラジル戦は・・・すごい選手達が勢ぞろいの強敵にくじけず、是非頑張ってほしいものです。


Better late then never.... 投稿者:Mami @work 投稿日: 6月23日(金)00時46分29秒

Happy Belated Birthday to Okada Sanae chan!(I'll catch up with you soon)


oops 投稿者:Mami @work 投稿日: 6月23日(金)00時47分50秒

It should have been "Better late than never"


Thank You! 投稿者:Mami @work 投稿日: 7月 6日(木)00時53分32秒

Thank you very much, everyone, for the birthday wishes.
The rain fits my birthday just fine; I am "ameonna".
acchan, thank you for remembering my son's birthday. He is 6 years old now!


テープ発見! 投稿者:チー坊 投稿日: 7月16日(日)23時48分39秒

例のテープですが、やっと再発見。が、まだ聞いておりません。テープには、リカ独特の文字で、Rika Matsudaとサインしてあります。近々、中身を聞いてみます。


何ですって!? 投稿者:RIKA 投稿日: 7月19日(水)04時48分47秒

チー坊さん、テープを発見したって本当ですか? なんかしゃぺってました? 結構気になります。
ところで、皆様少しご無沙汰していました。 休暇をとってました。その間にワールドカップではイタリアが優勝して、こちらイタリアではもう大お祭り騒ぎでした。 フランス人とドイツ人はピッツァはもう食べない、とヴォイコットしているらしいです。 余程悔しい思いだったのでしょう。
今まで国旗など窓から掲げないイタリア人なのに結構あちこちで国旗が目立ってます。 過去のワールドカップ優勝歴を調べてみたら、1位がブラジルで5回優勝その次にイタリアで4回優勝しています。 次回は是非とも全日本に頑張って欲しいですね。
もう、そろそろ日本は梅雨明けですか? こちらミラノは36度の暑さです。 夏バテに気をつけて皆様頑張ってくださいね。


あっ、しゅんちゃん! 投稿者:RIKA 投稿日: 8月12日(土)21時41分21秒

しゅんちゃん、お久しぶりです。早速マイスターのBBS覗き、富さんとのライブ写真を見せていただきました。 お店は素敵なBGMが流れて雰囲気良さそうですね。 今度是非しゅんちゃんに髪切ってほしいなあ。 イタリアにハサミ持って来てください。(冗談です。)
 
さて、イタリアは8月の声聞いて急に涼しくなり、ミラノは今朝雨が降って肌寒いくらいです。 もう夏は終わりなのかしら・・・ ヴァカンスに出かけている人達が多いので町の中は静か。 8月のミラノが大好きな私です。


お久しぶりです。 投稿者:RIKA 投稿日:10月13日(金)06時36分59秒

皆様お元気ですか。 例年よりゆっくりとした秋の到来のミラノですが、朝晩はかなり冷え込んできました。
最近ソニーの方からお聞きしたのですが、ピンクレデイーのお二人が復刻紙ジャケCDの購入特典CDとして私達チューインガムの曲をカバーして録音したそうです。
彼女たちがアマチュア時代にYAMAHAでレッスンしていた曲で多分「リルケの詩集」だったという事です。


RIKAさんへ 投稿者:KEN 投稿日:10月19日(木)09時45分17秒

「バハマ」以降は、喉に力を込めたパワフルな歌唱法になったと思います。しかし、前期チューインガムの歌や、フォークソングを歌うときは、前期チューインガムの喉に負担をかけない、素直な歌唱法で歌われたと思います。
また、「バハマ」以降、大人っぽいしっとりした声に声変わりされたものの、声の質自体は変わらず、さらに低音域と高音域が広がったように思います。
ですから、前期チューインガムの歌・フォークソング・静かな歌、を歌われるときは、ほとんど前期チューインガムの歌声と同じ声で、しかも低音と高音がより良く出ていたと思うのです。そのため、前期チューインガムと聞き比べても全く違和感がなかったものと思います。
ですから、「バハマ」以降は、素直な発声法とパワフルな発声法という、2種類の発声法をもっておられたと思うのですが、その点、ご確認を宜しくお願い致します。


KENさんへ 投稿者:RIKA 投稿日:10月20日(金)03時16分13秒

KENさん、 私達の歌唱法を見事に分析されていますね。 お見事です。 自分自身では、ここまで分析できないものです。 確かに前期のチューインガムの歌唱は父からの指導を受けていたので(でもレコーデイングの時だけでした)逆に言えば苦労なく、天真爛漫に歌っていた様です。 後期の歌唱法はそれに比べ、楽曲のカラーが変わっていった為にそれに合わせてパワフルさが加わったのですね。 後期の方はもう東京に住んでいて、父もレコーデイングに立ち合わなくなったので、自分達でかなり工夫しました。 この頃のコーラスアレンジは主にまみが担当していました。 バハマのシングル盤を聞いて、ある古くからの知人に言われた事を今でも覚えています。 「確かにバハマはアメリカンポップスを意識して2人の成長ぶりが感じられる出来栄えだけど、B面のスターダストセレナーデの方が2人の本来の歌唱法とハーモニーの完成度が高い」と。
 
TOGETHERをプロデユースされたのが木森さんという方で私達の歌唱をとても評価してくださっていたので、依頼を受けました。 あのレコーデイングは殆どワン・テイクでOKになり、「え、これでいいの?」という感じでアッと言う間に終わたのです。 レコーデイング中にああ歌ってくれ、こういう感じで、といった注文もアドバイスもなく、自然にそのまま歌えた曲でした。 レコーデイングが終わって「凄いよなー」と木森さんがおっしゃった一言が印象に残っています。


お元気ですか 投稿者:RIKA 投稿日:11月15日(水)18時06分41秒

お久しぶりです。
music clubさん、どんな形であっても私達の音楽を愛好していただいている方にこの掲示板で巡り会えてこんな嬉しい事はありません。 「チューインガム文化」などという高いご評価をしていただいて光栄です。 これからもよろしく。
そうですね。 最近の近況はそれと言って大きな出来事はありません。 朝晩が冷え込んで急に天候が変ったので風邪をひきました。 ほとんど治りましたが、私って以前から直ぐに喉がやられて、いつまでも喉の痛みが残ります。 皆様もこの時期の風邪気をつけてください。


海の見える放送局 投稿者:RIKA 投稿日:12月 9日(土)23時18分47秒

以前にも書きこみした事があったかもしれませんが、「風と落ち葉・・・」に続く第2弾シングルは「海の見える放送局」「岡田さんの手紙」の2曲が候補に上がっていました。 レコード会社側は「海の見える放送局」にしたかった様です。 結局その当時の私達の希望で「岡田さんの手紙」に決定されました。


そうでしたか。 投稿者:岡田早苗 投稿日:12月10日(日)22時47分12秒

RIKAお姉さんのお話、わたしは初めて聞いた(読んだ)話だと思います。
確かに、大人の考え方だと、友達、それもたった一人のことを歌った歌よりも、多くの人が分かる地元のラジオ局をイメージした歌の方が受けそうですものね。分かります。でも、そこをあえて希望してくださったこと、また、それを大人の人達が受け入れてくださったおかげで、今があるとおもうと、とてもありがたいことだと思います。
 
長い間大切にしていた新聞の切り抜きがあったのですが、どこかへ紛失してしまいました。(残っていたら絶対「お宝」になったものです。残念)もちろんチューインガムの記事なのですが、その中で記憶に残っている言葉があって、それは、曲紹介の中で「マミが泣きながら詞を書き、りかが曲をつけた『岡田さんの手紙』」という言葉です。この言葉を思うと「この曲を出したい」と当時のお二人が思った気持ち、分かるような気がします。
 
その新聞記事の中でもう一つ記憶している内容があるんです。
「男の子達に『やい、風船ガム』とからかわれて『名前がいやや』とお母さんに向かってプッとふくれる」というくだりです。Mamiちゃん、そんなこと、ありましたか?


Together 投稿者:RIKA 投稿日:12月12日(火)05時53分47秒

Togetherの話題が出ていますね。
この曲はシングルの片面に英語版、片面に日本語版で発売されましたが、CMヴァージョンの方はセリフがシルベスター・スターローンで録音されました。 それをレコード化するにはスタローン氏との契約の問題もあり、他のアメリカ人に依頼してセリフをレコーデイングしたそうですが、申し訳ないほどスタローンの貫禄に負けて味気ない出来ばえになっています。
CMヴァージョンはテープに録音したのを今でも記念に持っています。 間接的な共演なので、当時感激しました。


またまたTOGETHERについて 投稿者:RIKA 投稿日:12月13日(水)04時05分5秒

スタローン氏のセリフは出だし頭の"Together"の言い方から雰囲気あって全然違います。 レコーデイングヴァージョンの方は「棒読み」調です。(笑)
 
Blue Treeさん、ピーター・バラカンさんは今もご活躍なんですね。彼のヨーロッパの音楽評論を良く聞いていました。 でもあのCMヴァージョンの音源はラジオ局で手に入るでしょうかね。
 
KENさん、私の"Together"の発音が都会風でマミが田舎風ですか・・・私は嬉しいですが、マミは怒りますよ(笑) と、いうかあのTogetherの部分だけあまりにも英語っぽく発音すると不自然なので、少しカタカナで言う「トゥゲザー」と混ぜた感じで2人共発音してうたいました。 だから英語バージョンとは発音が違っているはずです。
マミは最近インフルエンザで不調気味です。 昨日からガム母が渡米して、クリスマス、年末を迎える予定です。


Merry Christmas ! 投稿者:RIKA 投稿日:12月25日(月)19時28分44秒

皆様、メリークリスマス! 今年は暖冬でホワイトクリスマスにならなかったイタリアですが、寒いの苦手な私としては大いに嬉しい事です。


カラオケですかー。 投稿者:RIKA 投稿日: 1月21日(日)02時01分33秒

カラオケにはもう何年も行っていません。 以前はイタリアでも「KARAOKE」と呼ばれてブームだったのですが、もう流行らなくなってしまいました。 日本に帰ると行きます、私も。 でも自分達のレパートリーは当然ないものだと思ってましたし、ガラっと違った曲を歌って発散したくなるのですよね。 前回帰国した時はカラオケボックスに行って「六本木心中」「夢芝居」「セ・フィニ」「SMOOTH OPERATOR」「恋におちて」と結構歌いました。


Super Bowl 投稿者:Mami @work 投稿日: 1月24日(水)02時15分48秒

Chi-bou san > Everybody's going crazy here. If I were to choose, I'd root for the Colts, but to tell you the truth my honest attitude about the whole thing is "whatever". I'm not a football fan... Don't get it, don't care for it (sorry!). My ex-husband is excited 'cause Feb. 4 is his birthday (he's a Bears fan).


まみさんだっ! 投稿者:acchan 投稿日: 1月24日(水)23時54分15秒

まみさん、お久しぶりですね。お元気でしたか?
ずっと@workからのカキコばかりですが、まみさんのパソコンはまたどこか不具合がおありなのでしょうか?
来月でジュナちゃんは確か9歳ですね。少し早いですが、HAPPY BIRTHDAY!
寒さが続いていると思いますが、ギター教室もライブもがんばって下さい。


Football shmootball 投稿者:Mami @work 投稿日: 1月25日(木)01時25分35秒

>Chi-bou san
My PC at home is shot, and the PC at work does not have a Japanese software installed.
There are a lot of female football fans over here. Basically any beer-drinker who likes to sit around and watch TV on Sundays is a potential football fan, ha ha ha.
 
>acchan
Thank you!!!!!


お〜い、まみ!だいじょーぶかぁ〜? 投稿者:チー坊 投稿日:2007年 2月 7日(水)18時41分11秒

相当の寒波のようですが、大丈夫? シカゴの空港じゃ、ほぼ閉鎖のようだし、・・・学校も休校あいついでるようだし。
英語の方がエエのかな?
Are you OK?


(無題) 投稿者:Mami @work 投稿日:2007年 2月 8日(木)02時16分11秒

>acchan san
"杉のないインディアナには花粉症もないのでしょうか?"
... arimasuyo!
 
>Chi-bou san
Yup I'm OK! nantoka ikitemasu! demo sugooooooku samui.....


地味なファンより愛をこめて 投稿者:Mayumi 投稿日:2007年 2月15日(木)05時51分19秒

はじめまして。Mayumi(男です)と申す者です。
 突然で恐縮ですが、今から10年前の今日、私の姪が僅か7年の生涯を閉じました。母親である義姉は(マミ様と同じ歳です)出産時に難があり間もなく他界、姪もその時に脳に障害を負い、その後遺症で最後まで歩くことは勿論、会話をすることすらできませんでした。勤めで忙しい兄に代わり、彼女の世話は私が引き受け(私は画家なのでほとんど家にいます)、いつも音楽を聴かせていました。義姉が大事にしていたチューインガムのカセットテープが彼女もお気に入りで、とくに「まだらうさぎのムー」と「木彫りの子熊」を聴かせると、いつも可愛らしい笑顔を私たちに見せてくれました。
 声楽家を目指して音大にも行った義姉は兄とは幼馴染で、私も子どものときによく遊んでもらいましたが、そんな彼女がいつも「私にもチューインガムくらい才能があったらなぁ」と口癖のように言っていたのを覚えています。
 私たちは、チューインガムのうつくしい作品を聴くとき、かけがえのなかった人たちの笑顔をいつでも心に思い浮かべることができます。優れた芸術というものはきっと、そんな力を持っている物のことをいうのだろうなと思います。
 初投稿で私事ばかり、長々と書き込んでしまい大変失礼しました。ただ、広い世の中には、こんな地味なファンもいるのだということを、この素敵な掲示板に集まる皆さんに知っていただきたかったのです。
 なお、義姉は、一度もその腕に抱くことのなかった最愛なる娘に、大好きだったアーチストと同じ「マミ」という名を付けたということを追記しておきます。
 それでは、りか様、マミ様のお二人をはじめ、永年にわたり当HPの運営に尽力されているBlue Tree様、cavtot様とその他多くのお仲間の皆様に末永く幸多きことを、陰ながら、心よりお祈り申しております。さようなら。


Mayumi様ようこそ 投稿者:Blue Tree 投稿日:2007年 2月15日(木)11時30分25秒

Mayumi様初めまして。
なんだか、涙が出そうになりました。ただ騒ぐだけじゃなく、いろいろな人生と思いを持っている人がいることを思い知らされました。
いろいろ書こうと思いましたが、今はこれ以上言葉が浮かびません。
よかったら、これからも書き込みしてください。


MAYUMIさん! 投稿者:RIKA 投稿日:2007年 2月16日(金)18時23分11秒

お義姉様と姪御さんのエピソードを読ませていただいて胸が熱くなりました。 私達の音楽をご愛聴していただいていたのですね。 そして姪御さんに「まみ」さんと命名された事も大変光栄に思います。 どうかこれからもお二人の思い出を大切に頑張って人生を歩んでいかれます事を心からお祈りいたします。


今一度おじゃまします 投稿者:#131 投稿日:2007年 2月17日(土)03時12分56秒

先日Mayumiというハンドルで書き込みをした者です。投稿後、当掲示板を見た友人から「MayumiじゃMamiさんと紛らわしいだろ」との指摘をうけまして、私も実にもっともな話だと思いましたので、今回は#131と名乗らせていただきます。
 Blue Tree様、cavtot様そしてあのりか様までもが暖かいご返事をくださるなんて、夢のようです。本当にありがとうございます。
 実は、前回こちらのような楽しい掲示板にあのような身内の話を無神経に投稿してしまい、特にチューインガムのお二人には不快な思いをさせてしまうのではと内心とても心配しておりました。しかしながら、私は決して負の気持ちを伝えたかったのではないということをぜひご理解ください。
 私たちがチューインガムの曲を聴く時に流す涙は決して悲しい涙ではなく、楽しかった思い出の涙なのです。私の兄は現在、単身ドイツに住んでおりますが、毎年姪(彼にとっては娘ですね)の命日には必ず帰国します。そして親戚と共に、妻と娘のために、チューインガムの103番「The first noel」をかけながら一緒に歌うことが最高の楽しみなのです。
 姪の死後、私は絵筆も持つことができず画業も中断するほど、心の病に伏していた時期がありました。しかし前出の友人からこちらのHPを教えられて、今度は自分のためにチューインガムを聴くようになってからは見違えるように元気になりました。そしてとうとう思い切って書き込みをすることができたのです。これはチューインガム資料室に訪れるすべての皆様のおかげだと思っております。本当にありがとうございました。
 
 なお、余談になりますが、前出の友人が50歳を過ぎても未だに独身でいるのは、曰く、「りかちゃんを理想の女性にしてきたのがいけなかった」のだそうです。彼も義姉の影響でガムファンになったのですが、芸術家というのは妥協ができない生き物らしいです(彼はわりと有名な日本画家なのです)。ちなみに現在41歳の私はマミさんが理想でしたが23歳の時に妥協してしまいました(だから未だにいい絵が描けないのか?しかも2年で離婚しちゃったし)。
 ふたたび長々と失礼しました。それではりか様&マミ様、それに世界中のチューインガムファンの皆様、お元気で。


お久しぶりです 投稿者:RIKA 投稿日:2007年 6月28日(木)01時51分12秒

随分ご無沙汰していました。 インターネット回線の故障が長々と続き、世界から見放された様な状態でしたが、やっと復興しました。 遅ればせながらこのページの6周年おめでとうございます。 父が他界した際に帰国してこのページにめぐり合ったのですよね。 そして本日はその父の命日でした。


毎日暑〜い 投稿者:RIKA 投稿日:2007年 6月29日(金)23時34分13秒

脚の指の捻挫をしたり(たかが脚の指と思っていたら、これが結構長引いて)、インターネット回線が1月近くもストップしたり、6月は災難続きでした。 こちらイタリアは毎日太陽がサンサンと照っていますが、日本は梅雨明けまだですか。
マミからはずっと長い間音信不通ですが、便りのないのは元気な証拠でしょう、と思っています。


お久しぶりです 投稿者:RIKA 投稿日:2007年 7月19日(木)21時48分23秒

少し休暇を取っていました。 お元気ですか。 イタリアはかなり猛暑です。 中越沖地震のニュースを知りましたが、被害者が多かったようで、お気の毒です。
さて、私も同級生と語っている方のプログを拝読しましたが、全く心当たりがありません。高校時代に一緒にポプコン会場に行ったなんて・・・私がポプコン会場に一緒に行った友人はフーコともう一人の友人だけで、中学生の時です。
ガム母の名前は「素子」ではなく、「泰子」なので明らかに間違いです。間違えやすい漢字ですけど。
KENさん、バハマ以降の活動について何かご質問があったら、ご遠慮なくなさってください。ポプコンとは無縁になっていましたが、ライブ活動を主にしていました。 A面の「バハマ」はアメリカから帰国後に書いた曲なのに対して、B面の「スターダスト・セレナーデ」は実は渡米前に書いた曲を再アレンジした楽曲です。 出だしの「The stars are whispering to me.」の箇所はもともとは「やがて暮れる空」でした。


(無題) 投稿者:しゅん 投稿日:2007年 7月20日(金)10時03分28秒

ご無沙汰してます。元ライムライトキャン・キャンのしゅんです。KENさんは「チューインガム」以後のりか&まみ。つまり「バルバルーン」の時代の資料がないということでレスしました。
僕は「バハマ」「スターダストセレナーデ」「ブロークンハート」「ミスティブルー」「置手紙」までの付き合いでしたが。
 ロックバンド=大音量と言うことですが、キャンキャンはロックバンドですが、バルバルーンのバックをやる時は、それほどロックはしてなかったような気がします、そしてPAシステムもしっかりしていたので、大声をはって歌うということは、無かったと思います。当時のサウンド的イメージとしては、「Electric Right Orchestra」かな?その中でちょっとロック色を出した曲としたら「ブロークンハート」。「ToTo」を意識したアレンジだったと思います。
 ライブのレパートリーの中で特に印象に残っているいるナンバーといえばオリビヤ・ニュートンジョンの「フィジカル」そしてシェリル・リーンの「Got to be real」。特にこの曲の二人のハモは背筋が「ぞっ」とするようなコーラスでしたよ。
 りかも元気そうで。とめは意欲的にライブ活動していて、年1の割合で僕の店でライブやっているんだ。僕も参加してるけどね。キャンキャンがまた出来るよう思案中。くに次第だけど、もし再編成したら・・・・・。唄ってくれるかな?
 まみは何してるのかな?


お便りコーナー 投稿者:RIKA 投稿日:2007年10月17日(水)04時09分56秒

お便りコーナーに掲載していただいてありがとうございます。
岡田さん、お久しぶりです。まみと私は3年ぶりに会ったんです。だから喧嘩しなかったんでしょう。 チューインガム時代はいつも一緒だったので、しょっちゅう喧嘩していましたよ。歌う前に喧嘩して、歌っている時は中断して、また歌った後で喧嘩を続行、という器用な技も使っていました。(笑)


Deokure 投稿者:Mami @work 投稿日:2008年 1月 9日(水)03時05分37秒

Sorry...I'm late.
I wish everybody a happy new year.
I'm going to make a CD this year!


お久しぶりです 投稿者:RIKA 投稿日:2008年 4月20日(日)08時59分43秒

皆様お元気ですか。 昨日アメリカからイタリアに戻ってきました。わずか10日間の滞在でしたが、楽しいひとときを過ごしました。 やっぱり、私はアメリカが好きです。
まみも元気でした。 2人で揃ってパーフォーマンスはしませんでしたが、まみのライブ活動を拝見しました。 CD制作にむけてオリジナルの曲作りに励んでいるようです。
 
hanboさん、「遮断機」の動画を私もまみも拝見しました。あの出演時の事はうっすらと覚えています。民放のTV番組に比べて国営放送の楽屋の雰囲気は穏やかでのんびりしているんです。それでいて、スタジオ内は緊張感があって・・・そんな事を思い出しました。


ともだちの歌 投稿者:RIKA 投稿日:2008年 4月29日(火)04時47分19秒

柏餅さん、初めまして。 私の大好物が「柏餅」です。 まみがアンコ系が苦手なので、いつも私一人喰いしていました。 イタリアで食べれないのが残念です。 おっしゃる通り、まみは喫茶店好きでした。 でもアメリカには静かにコーヒーが飲める喫茶店がない、といつも言っています。
 
KENさん、「忘れていたニックネーム」に関してはハッピーなエピソードがないんですよね。 チューインガムに名前を戻す復活シングルの企画の際、「私達はやっぱりチューインガムだった」という思いでかなり期待していました。 ですから、是非ともシングルは自分達のオリジナル曲で出したいと希望していたわけですが、他の人が書いた曲になってしまって100パーセント満足できなかったんです。 おまけにB面の「HELLO MR.DJ」の詞の内容が「DJに恋する女性のラブソング」から「恋する女性がDJにラブソングをリクエストする」内容に変更された事に関してもがっかりしていたんです。


ご無沙汰しています 投稿者:RIKA 投稿日:2008年 6月28日(土)04時53分10秒

皆様お元気ですか。 日本は梅雨の時期ですね。 こちらイタリアは陽射しが強く、日中はかなり暑いです。
そういえば、今月21日で、デビューの年から36年ですね。相当な昔話になっていますが、今も皆様のお陰で花を咲かせてもらって感謝しております。 当時の皆様のエピソードも書き込んでいただいて、楽しく読んでいます。
 
「サポデイラ」「リルケ」のジャケ写の時の私の靴が同じだというご指摘まで・・・そうそうあれは当時流行っていた、今で言う「ウエッジシューズ」ですね。 ジャケ写用の服装は「かたくりの花」までは自分達が選んでいました。殆ど私のコーディネートでした。「だいだいラプソデイー」以降からはスタイリスト、ヘアメイクさんがバッチリついてコーディネイとしてくださってました。 ヘアメイクさんに髪や顔をいじられるのが大好きで、変身する自分を楽しんでましたね〜。


ありがとうございます 投稿者:RIKA 投稿日:2008年 8月23日(土)02時49分41秒

皆様のバースデイメッセージ読ませていただきました。 ありがとうございます。 親しいイタリアの友人が4人グループで今日本を旅しています。 初めての日本なので見る物味合う物全て新鮮な様です。 電話口で「秋葉原には驚いた」と言っていました。(笑) そして「暑い」を連発していました。 イタリアの方も相変わらず気温はありますが、朝晩に涼しい風が吹くので息が出来ないくらいの暑さではありません。むしろ秋の気配もそろそろ感じる頃になっています。


(無題) 投稿者:Mami @work 投稿日:2008年11月26日(水)02時30分32秒

> Coffeeshop san
Welcome! American life 25nen desuka. Watashi ha 21nenme desu.
Very nice to "meet" you.


懐かしいです! 投稿者:kaoring 投稿日:2009年 1月 4日(日)00時43分41秒

ウィキペディアでチュートリアルを検索しようと思ったら、チューインガムが出てきて一気に小中学校時代にタイムスリップしました。私はマミさんと小中と一緒でした。クラスは違いましたが何度か一緒に帰ったこともあります。
写真も見せていただいて、あの頃と全然変わっていない彼女の姿に感動しました。
あの頃の住宅はすっかり建て替えられて綺麗になっていますよ。でも小学校は変わっていません^^


岡田早苗さんって・・・!? 投稿者:kaoring 投稿日:2009年 1月 6日(火)16時10分19秒

実に40年ぶりにこのお名前を見て一気に涙があふれてきました(年のせいか、最近涙もろい・・・)。小1の時5組だったあの岡田さんでしょうか?
もし、あの岡田さんだとしたら、私は岡田さんとよく遊んでよく喧嘩しました。なんであんなに喧嘩したのでしょうか?
多分、勉強もスポーツも何でもできて、全ての面でかなわないし母もよく岡田さんのことを褒めていたので気に入らなかったんだと思います^_^;
本心では仲良くしたいと思っていましたが、気が付いたら転校されていました。
「岡田さんの手紙」が岡田早苗さんのことだとあの頃多分知っていたと思いますが、忘れてしまっていました。
 
Blue Tree さん、ありがとうございます。
私は20年前に結婚して今は豊中からは離れて暮らしておりますが、両親が豊中におります。先日、お正月も帰ってきましたよ。


ごあいさつ、さらに‥ 投稿者:岡田早苗 投稿日:2009年 1月 6日(火)23時14分39秒

みなさんは、どんな2009年を迎えられたでしょうか。近年は、節目節目でしか登場しなくて、恐縮ですが、元気にしています。今年も、資料室が充実しますように。
 
>Coffeeshopさん
そうなんです。「岡田早苗」は、音楽ではなく陸上競技のご縁で「ひびきれいろう」さんという方に発掘されて、資料室のメンバーになりました。2002年3月20日は忘れられない「資料室デビューの日」です。
 
>kaoringさん
今、あなたの書き込みを読んで、かなり動揺しています。その通り、わたしは東豊中小学校で1年5組でした。ごめんなさい。1年生の時の思い出があまりなくて、担任の先生のことと、運動会のことを断片的に覚えているだけです。
「よく遊んで」はともかく、「よく喧嘩しました」に関しては、本当に申し訳ないです。今はそうでもないのですが、子どもの頃は気が強くて、けんかもしたかもしれません。それでも、覚えてくださっていて、感謝です。
これからも、ここで、子どもの頃のできごとなど、教えてくださいね。同級生の多くが年男、年女の今年、あなたにも、わたしにもいいことがありますように。まずは、ここで出会えたことがスタートですよね。よければ、個人的にも連絡しあいたいです。


It's late, but ... 投稿者:Mami @work 投稿日:2009年 1月 7日(水)03時06分7秒

A Happy New Year To Everyone!
Coffeeshop san
I hosted again on the New Year's Eve. Wish you could have come! tsukaremashitaga, tanoshikattadesu.
 
Kaoring san konnichiha!
> 私はマミさんと小中と一緒でした。
chuugaku ha onaji deha nakattahazu desuga (watashi ha Baika ni ikimashitanode), izurenishitemo natsukashii desune. korekaramo douzo yoroshiku ......
 
acchan san
kochiraha mechakucha samui desu! demo ganbatteimasu.


皆さんホントにありがとう! 投稿者:kaoring 投稿日:2009年 1月 7日(水)14時44分46秒

>岡田早苗さん
ありがとうございます。感激デス!やっぱりあの岡田さんだったんですね。私も東豊中小学校の1年5組でした。昭和43年のことです。これから色々思い出して書き込みたいと思います。
どうぞよろしくお願いします。
 
>マミさん
早速のメッセージありがとうございます。嬉しいデス!
それから、ごめんなさい。私はてっきり中学校も一緒だったと思い込んでいました。はっきりと覚えてるのはマミさんとアッコさん(本名は書けないけど覚えてますか)と私で学校の帰り3人の家の分かれ道で長い時間喋っていたことです。その場所が、小学校の近くではなく、あずさ書店などが並んでいた通りからまっすぐ団地の方へ入ってきたところです。そこが三叉路になっていて、アッコさんの家がそのあたりで、マミさんはそのまままっすぐ団地の奥の方がおうちで、私はそこを曲がってオアシス(スーパーマーケット)からまだずっと先の方が家でした。
内容は覚えてないけど、3人でケラケラ笑ってずっと喋っていたのを覚えています。
なので、それは中学校の帰り道だと思っていました。なんであんなところで喋ってたのかな?もしかして、バス停の辺で会ったのかな?もうわからないけど懐かしい思い出です。


I remember 投稿者:Mami @work 投稿日:2009年 1月14日(水)03時38分51秒

Kaoring san
Akko san. oboeteimasu. daishinyuu deha arimasendeshitaga, nakayoku sasete moraimashita. kanojo ha tashika sonogo hikkoshi saremashitayone? chigattakke?


こんばんは! 投稿者:kaoring 投稿日:2009年 1月26日(月)20時35分54秒

マミ様
>Akko san. oboeteimasu.
覚えていてくださって嬉しいデス! 私はアッコさんとはとても仲がよかったですが、高校で離れてしまってそれきりです。彼女はたしか第二へ引っ越されたと思います。その後、ご結婚されたと聞いています。
私も20歳の時に東豊中を出ましたので・・・
でも、昨年両親が東豊中の第二の方ですが、入居しましたので、久しぶりに東豊中小学校の前を通りました。校門までの坂道ってあんなに低かったっけ・・・って感じです。それに、第一がすっかり無くなって(高層に建て替えられたんですが)いて、少し寂しいです。
あ、それから私のこと誰かと思ってらっしゃると思いますが、私はo-tanです。覚えてくださってると嬉しいんですが・・・
 
それと、もうひとつ告白しなければと思っていることがあります。実は私も小4の時、作詞作曲して学校へ出しました。ピアノを習っていたし、音楽しか得意な教科がなかったのもありましたが、結構いい歌作ったわと思ってひそかに自信がありました。
でも、あとあと『風と・・・』を聴いたとき、自分がどれだけ恥ずかしいことをしたか思い知ったんです。だから、誰にもそのことを言いませんでした。そして、二度と曲は作らないと心に誓いました^_^;


O-tan 投稿者:Mami @work 投稿日:2009年 1月28日(水)05時17分48秒

O-tan! oboeteimasu. natsukashii desu. omoide iroiro arigatou.


地震情報 投稿者:RIKA 投稿日:2009年 4月 9日(木)11時14分22秒

ご無沙汰しています。 今回の地震で色んな方々からご心配していただいてご連絡をいただきました。 私が住むミラノはかなり北で離れてますので、全く揺れませんでしたが、震源地のアブルッツオ州ラクイラは200人以上の死者が出て大変な事になっています。 日本から観光客が訪れる場所ではないので、日本人の被害者もいなかったようで何よりです。 幸い私の友人知人にも被害にあっていないですのでご安心ください。 ただローマに住んでいる友人は揺れて怖かった、と言っていました。
 ところで、日本は今まさに桜の満開時期ですね。 お花見されてますか? 皆さんのお花見エピソードなど教えてください。


ありがとうございます 投稿者:RIKA 投稿日:2009年 8月21日(金)10時50分39秒

皆様大変大変ご無沙汰しておりました。 お元気ですか?
達さん、吉村AKIOさん、acchanさん、 Blue Treeさん、メッセージありがとうございます。
 
実を言うと、私はアマルフィに行った事がありません。(笑)でも映画が公開されて非常に話題になっている様なので私も行ってみたいと思っています。 次回は「ミラノ」という映画を製作していただきたいですね〜。(冗談です)
ミラノは毎日とっても暑くてグロッキー気味です。早く涼しくなってくれないかな・・・・


白い色は恋人の色 投稿者:RIKA 投稿日:2009年10月19日(月)08時44分51秒

「白い色は恋人の色」がどうしてもギターで弾きたくて、小学6年生でギターを習い始めました。 スリーフィンガーを練習して、晴れてこの曲が弾ける様になった時は嬉しくてたまりませんでした。 まみと2人でハーモニーを楽しみながら何度も歌ったものです。 そのうちに「私もギターを弾きながらハーモニーを楽しめる素敵な曲を書いてみたい」という気持ちに駆られ、最初に作曲した曲が「風と落ち葉と旅びと」でした。 ですから「白い色は恋人の色」こそが私達チューインガムの原点の曲と言えるでしょう。


管理者:Blue Tree

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