ウランアオジュ村の若者たち 2003年

(リポート:中村民夫)

 

 

出稼ぎに行く若者たち

 ここ数年のことですが、村の若者が減っている、と感じてきました。例えば夜の交換会で青年団の舞踏団は8人と少なくなっていました。8組との共同作業も大人と子供の姿は多いのですが、活きの良い青年が少ない。青年たちはどこに行ってしまったのでしょうか?

 8組の皆さんの家族調査をしました。8戸のデータが集まりました。その結果を紹介しましょう。
 8戸の中で若者(ここでは16歳〜29歳とします)は11名(男子6名、女子5名)です。その内訳ですが、独身で村在住2名、結婚して村在住2名、都市へ出稼ぎ4名、結婚のため他村転出3名、となりました。つまり、村にいる若者は11名中4名だけです。「青年が少ない」という実感は正しかった訳です。結婚で他村転出は以前からある常態です。独身の若者で出稼ぎ者は4名、村在住も4名。ですから、「半数の若者は出稼ぎで離村している」ということになります。
 出稼ぎは若者だけではありません。8組のSさん(41歳)は家族を村に残して北京に出稼ぎに行っています。Dさん(36歳)は5人家族ですが、子供も連れて出稼ぎに行っており、一家は村にはいませんでした。
 「出稼ぎ」が急速に始まっている・・・それがこの村の状況です。

 ところで、「出稼ぎ」と書きましたが、村の若者は都市労働者として安定した職場に就業しているのではないようです。デルゲルジャ氏の子供2人は02年に瀋陽の建設会社に出稼ぎに行きましたが、仕事が暇になった11月〜5月まで村で生活し、6月から承徳の建設現場に働きに行きました。通年雇用ではない点は日本の東北地方農村部の「出稼ぎ」によく似ていますね。
 中国では農村住人が都市に戸籍を移すことが難しいといわれています。この国は今、経済発展の真っ最中で、高学歴・高資質の労働力は不足していますが、低学歴の労働力は溢れています。農村には1〜2億人の潜在的失業人口がおりますが、それらの人々が都市に流入しても就業条件の整った職に就くのは難しいのです。つまり、農村から上京しても正社員になるのは難しいのです。
 せっかく知合った村の若者が、都市で劣悪な職場環境の中で生活していることを思うと、心が痛みます。

(注)中国の潜在的失業人口については、朝克図先生(東京大学留学中)からいただいた情報を参考にしました。

 

 


若者たちの独立@

 デルゲルジャさんの長男、アルガムジャ青年は昨年の秋に結婚し、今年の春に長男チンヘルちゃんが誕生しました。彼は長男が生まれると同時に、親元から独立して新家庭をつくりました。奥さんはホンハイさんと言います。
 01年の夏にアルガムジャ青年は私たちに、恋人のホンハイさんを紹介してくれました。「結婚するつもりです」と言いながら。可愛いお嬢さんでした。「どこで知合ったのか?」と聞いたところ、広域の青年団が集まって行なった作業で知合ったとか・・。つまり恋愛結婚ですね。 (アルガムジャ君、やるじゃないか・・)私たちは嬉しそうに恋人を紹介してくれた青年をみて、ちょっと幸な気分になりました。
 ところで、この地方では7割が見合い結婚だそうです。この話しはバジリ村長から聞きました。バジリ村長は何十人もの仲人役をしたといいます。村の大人が中に立って若者同士を紹介する・・そんな風景が一般的なのでしょう。
 02年に訪れた時に、2人はまだ結婚していませんでした。でも、彼女はデルゲルジャさん一家と一緒に住んでいました。「婚前同居」ですね。「何故結婚しないのか」との質問に、「いろいろな事情があるから」との答えでした。
 「婚前同居」は特別なものではないようです。老少さんの長女は、02年夏には親元に居ませんでした。「結婚したので居ないよ」と昨年聞いたのですが、結婚したのは昨年の秋だったことが分かりました。つまり・・かなり一般的なことだと理解したほうがよいのでしょう。
 何故「婚前同居」があるのでしょうか? それは日本の感覚で受け止めてはダメです。これは推測です。中国は一人っ子政策により人口増加を抑えてきました。結婚するにしても、出産するにしても、その規制がかなり厳しいのです。村の「計画生育委員会」が認めなければ結婚できないし、出産もできないのです。デルゲルジジャ君は計画生育委員会から認可される順番待ちの状況だった・・それが02年夏の状況だったと思います。そして、02年の秋に結婚することができ、03年の5月に男の子が生まれたのでした。おめでとう!アルガムジャ君、ホンハイさん。そして生まれてきたチンヘルちゃん。



(アルガムジャ一家・・子供を抱いているのはツアー参加した中川さんです)

 

 


若者たちの独立A――婚前同居について

2002年夏にツアーに参加してくれた東京農工大学大学院生の高橋智子さんから、メールで「結婚事情」に関する情報を送ってくれました。面白いので皆さんにも「お裾分け」します。)
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  ウランアオジュ村便りを楽しく読ませていただいております。まずは、村長さん逝去の知らせには、非常に驚かされました。それと同時に、昨年のツアーに参加し村を訪問した時に見た、村長さんの温厚な笑顔が思い出されました。心からご冥福をお祈りいたします。

 さて、私は先の便りにありました、モンゴル人の若者の(婚前)同居および中村さんの推測に対しまして、関心を持ちました。そこで、最近知り合いになったモンゴル人の留学生Hさん(シリンゴル盟・東烏珠穆沁旗出身)に尋ねてみました。

中村さんの推測に対しまして、Hさんは「出産申請とその受理については厳しい面もあるかもしれないけれど、婚姻申請の受理にはそんなに時間はかからないはずだと思う」と、自身のお姉さんたちの事例をもとに答えていました。そう答えたあとで、Hさんはモンゴル人の結婚事情について以下のように説明してくれました。

Hさんによれば、近年、婚前同居はモンゴル人の間では社会現象としてよく見られるものだそうです。婚前同居は、当初は都市部を中心として若者たちが行っていたそうですが、この5年くらいの間に(テレビドラマなどメディア等の影響もあって)農村地域にも浸透し始めたようです。もちろん、これには両者側の親の承認がなければならないそうですが。また、もともとモンゴル人社会では、結婚(同居)に関してはかなりルーズであったそうです。何よりも女性側にとっては、子どもが産めるかどうか、が一大事で、もし子どもを産めなければ男性側の家族に認められず、「結婚」できなかったそうです。(このあたりは、日本の「後継ぎ問題」の事情と同じですね)つまり、逆に「出来ちゃった婚」の方が喜ばれたふしがあったようです。
 しかし、こうしたルーズな結婚事情も文化大革命の頃までで、それ以降は漢族移住者や漢族側の思想や政策がドンドン入ってくる中で、モンゴル人の間にも「婚前同居」や「出来ちゃった婚」などは、世間体のよくない恥ずかしいものだと意識づけられていったようです。(それでも、改革開放以降は、「婚前同居」は親の許可のもとで復活してきたよなぁ)「出来ちゃった婚」の方は、計画出産が義務づけられている現在ではさすがにありませんが。そんなことになったら罰金をとられますからね。

モンゴル人の婚前同居には、Hさんが説明してくれたような潜在的な文化的要因があるようですが、その一方で、中村さんもコメントしていましたように、各家庭の様々な事情(経済的な要因や働き手の問題など)もあるのだと思います。
 ちなみに、男女の出会いについてもHさんは簡単に説明してくれました。農村の男女の出会いの仲介者役には、ウランアオジュ村のように村長がなる場合もあるそうですが、その他にも村内の婦女連合(日本でいう「婦人会」のような組織)が世話する場合もあるそうです。あるいは男性が祭り(ナーダム)などで知り合い一目ぼれした女性のことを自分の親に話し、それを聞いた親がその女性の親に縁談を持ちかける、という場合もあるそうです。自由恋愛・相思相愛のカップルであっても、親や周囲に隠れてコソコソつきあうことはしないようです。

 以上、私がHさんから教えてもらったモンゴル人の結婚事情について、ささやかではありますがお裾分けいたします。

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(市場で見かけたカップル。田舎で手をつないであるくのは珍しいのです)

 

 


若者たちの独立Bー末子相続について

 この国は末子相続です。日本は長男が相続する。私たちは日本人からみれば「末子相続」は理解しにくいのですが、これには合理的な理由があるのです。
 長男が成人する時期には、親もまだまだ元気です。親は財産の家畜を長男に与えて独立させる。長男は親からもらった家畜の頭数を増やしながら「財産」を蓄積していく。そうやって子供たちを独立させて・・。末子が成人するころには親も年老いてくる。親は末子に残った全財産を与える代わりに老後の面倒をみてもらう。これが末子相続です。
 日本はどうして長男が相続するのか?
 農民にとって「財産」は土地です。土地は自ら増えることはない。加えて農耕には土地面積に応じて労働力が必要となります。一定の土地を持とうとすれば、少なくとも2世代の労働力(4人)は必要になります。長男が成人する頃、両親の親たち(祖父母)は、もう働けない年齢になっています。だから、長男に相続させて労働力とする。次男、三男には土地を与えることが出来ないので、彼らは離村して都市労働者(商屋の丁稚や大工・左官の徒弟)となるか長男の元で農奴のような生活をするか・・悲しいことですが、封建社会ではこういうことだったのです。

 遊牧民族の「財産」は増やすことが出来る家畜だった、農耕民族の「財産」は増やすことが出来ない農地だった、この違いが「末子相続」と「長子相続」となったのですね。新潟県の農村部では今でも、長男を「アンニャ」、次男を「もしかアンニャ」、三男以降を「オジ」といいます。アンニャは跡取として安定した身分、オジは財産がなんにも無い人、次男は(長男が死ねば財産を相続できる人)=もしかしたらアンニャになれる人 こういう意味です。この新潟の呼び方は残酷ですが、極めて正確に封建時代の農村の身分を表現していると思います。



(草方格を手伝う幼女ーこの子にはどんな未来が・・)

 

 

 


若者たちの独立C―アルガムジャ君の場合

 アルガムジャ青年の「分家=独立」について紹介しましょう。
 まず、家屋です。今まで両親と住んでいた家を若夫婦が使い、両親は3.5kmほど離れた所に移りました・・・これは日本では無い発想ですよね、新婚夫婦は親元を離れて暮らすのが一般的です。親が家を出ることは、まずありません。50年前までは遊牧していたので住居はゲル。だからこの国の人たちは、定住しても家屋そのものには執着はないのかもしれません。
 アルガムジャは独立するにあたり、親から羊15頭を貰い、牛1頭と馬1頭は自分で買いました。結婚する場合、奥さんも持参金代わりに家畜を親から貰うようです。アルガムジャの奥さんの持参金について聞き漏らしてしまったのですが、8組の組長の老少さんの場合は、長女ウイ・ロンさんの結婚の持参金に羊8頭を贈っています。

 アルガムジャは羊換算25頭(あるいはそれ以上)を持って独立したのです。彼の条件は草地を放牧で利用できるが、水田の配分は無い、というものです。

 この村では8組は特殊な共同体だということが今回分かりました。放牧地を個人配分しないで共同利用しているのです。共同放牧地は6000ムーあります。8組の「集団利用」は今年の秋に村政府で再検討されます。土地利用権を個人に移している中国の施策の流れからすれば、8組の行なっている共同利用は廃止され、土地は個人配分されると思われます。そうなった場合にアルガムジャのような若者の独立がスムーズにできるものかどうか、ちょっと心配です。「離農者の跡に新規就農者を入れる」と村長は言っていますが。

 これからは都市への出稼ぎが増加し、新規就農者は少なくなるでしょう。加えて1940−50年代生まれの牧民が世代交代の時期にさしかかっています。だから、世代交代は上手くいくかもしれませんが、離農が一気に進んでこの村が過疎化する危険も十分にあります。どうなるか判断はできません。もうしばらく見守っていくことにしましょう。



(村の舞姫)