カンボジア報道

 新聞・テレビ・機関誌などの報道から得た、カンボジア関連のニュ−ス 2001年1月から記録を開始

 2001年                                           カンボジア この国の基本資料へ戻る

報道月日 内容 
1月2日 ポルポト政権時代(1975年4月〜1979年1月)の虐殺責任を裁くため「特別法廷設置法案」下院で可決。
1月14日 1月2日の下院可決事項は、昨年7月の国連との合意事項と異なることが判明。政府はポト派対応に苦慮。
2月16日 フンセン首相の談話、投降したポルポト派幹部キュ−・サンファンとヌオン・チアンを訴追対象とする。
3月21日 1973年タイ・チェンマイにて複数少女と重婚、タイ政府から永久追放をうけた玉本敏雄(58歳)は、シェムリアプ近郊で、60名の若年女性と正式な婚姻関係を結ばず、生活援助。
3月25日 上智大学アンコ−ル調査団は、バンタイ・クデイ参道から仏像103体を発掘、いずれも頭部が切断されジャヤバルマン7世王の死後(1219年)廃仏運動の証拠物件か・・・
4月27日 在・北京の同国大使館は過去数年間、発給するカンボジア査証の代金20ドルを30ドルとして不正徴収。累計額は71000ドル(870万円) 当大使館はシアヌ−ク国王の直轄、現行政府の監査が及ばなかった。
5月7日 ベトナム国境方面、国道2号線を日本の援助で修復を要望、資金供与ならばオブチ(小渕)ロ−ドと命名。
6月1日 国際協力事業団は、プノンペン市内に路線バスを導入するため予備運行、2路線で22台の車両を供与。
7月5日 4日11時、プノンペン中心街のホンコンホテル一階で爆発、5名負傷。1時間後ベンチェットホテルで2回の爆発、3名死亡6名負傷。犯行声明ではホテル経営者に怨恨か?、20万ドルを要求。
7月12日 下院はポルポト時代の虐殺に関与した人物を裁く特別法廷の設置を可決。三審制、カンボジア人12、外国人9、計21名で結審。最高刑は終身。
8月15日 和平が達成され、各国からの遺跡調査団が僻地にも入るようになった。しかし盗掘が頻発し、新たな難題。
8月25日 上智大学調査団は、12世紀末〜13世紀に建立されたバンタイクデイ遺跡参道から四面千仏石柱を発見。一面110×45cm 縦21、横12、計252の区画にそれぞれ仏像を彫刻、総計1008体。大乗仏教、信仰の証明。
11月27日 26日午後、プノンペン中心街(ロシア大使館付近)で大火、原因は家庭用ガスの爆発か?2300戸が消失。
12月4日 シアヌ−ク国王は、健康診断と療養を兼ねて3日から中国・北京に滞在。
12月29日 政府観光省はタイ国境に近いポルポト派最後の拠点、アンロンベンを観光地として整備する計画。1998年4月に同地で逝去したポルポト氏の墓と私邸、地下壕や要塞跡が現存。

 2002年                                           カンボジア この国の基本資料へ戻る

報道月日 内容
2月17日 ポルポト派の幹部、ケ・ポク元最高委員会副書記長(72歳)は、糖尿病悪化のためアンロンベンにて死亡。
3月9日 旧・ポルポト政権下の虐殺を裁く法廷設置交渉は、現政府と国連の対話進展せず事態は膠着。
3月11日 プノンペン市内トゥ−ルスレン博物館に展示されていたポルポト時代の犠牲者、320人ぶんの頭蓋骨でかたどった国土地図は、自然崩壊がすすみ撤去。今後は棚にならべ 展示を継続。
3月16日 膠着状態の旧・ポルポト政権下の虐殺を裁く法廷設置交渉は、カンボジア政府が国連側に対話再開の要望。
3月22日 連立与党のフンシンペック党は先月の地方選挙で大敗。内戦時代に亡命していた「帰国派」と祖国で生きのびた「土着派」の内紛が表面化。来年の総選挙にむけて、連立政権の解消も検討。
4月2日 1日午前8時、プノンペン市内の空軍基地でロシア製ヘリコプタ−が離陸に失敗、3名死亡、1名重傷。
6月22日 日本をふくむ22ヶ国と国際機関で構成する「カンボジア支援国会合」はインフラ整備や保健、医療、地雷撤去などに総額6億3500万ドル (775億円) の新規援助を決定。
7月7日 国連側が、2月から停止していたポルポト政権時代(1975〜79年)の大量虐殺を裁く特別法廷設置交渉は、フンセン首相がアナン国連事務総長と電話会談し、国連側の意向を譲歩。交渉再開の見通し。
9月28日 シアヌ−ク国王(79)は、王位継承の憲法が整備されず不満、「王位継承評議会」が決定権をもつ要望書を作成。
11月4日 訪問中の中国・朱鎔基首相は、1950年以降にカンボジアへ貸し付けた借款、全額棒引きを約束。推定で10億ドル(約 1240億円)さらに道路整備の費用として5000万元(約8億円)の無償援助と、同額の無利子借款。
11月5日 中国が参加したアセアン首脳会議を開催中。テロ・麻薬・国際犯罪などで協力を強化する共同声明。(中国が初めて声明に参加)域内の自由貿易協定(F.T.A.)の締結は、2010年を目標。ただし、ベトナム・ミャンマ−・ラオス・カンボジアの4ヶ国が締結に加わるのは、2015年を目標とする。

 2003年                                           カンボジア この国の基本資料へ戻る

報道月日 内容
1月30日 今月中旬、タイの女優スワナン・コンジン(24)が「アンコ−ルワットはもともとタイの遺産」と、発言。29日プノンペン市内で 3000人規模の反タイ暴動。タイ大使館を包囲、タイ国旗を焼却。タイ航空は当面のあいだバンコク ⇔ プノンペン路線を欠航。女優自身は発言を全面否定。
1月31日 29日の暴動は、タイのタクシン首相が自国民のために特殊部隊の派遣を示唆したことにより悪化。タイ国政府は駐カンボジア大使を召還、経済協力は中止。タイ国軍輸送機によりタイ民間人500名をバンコクに退避させた。
2月1日 フンセン首相はタイのタクシン首相あて謝罪文を送達。暴動はタイ大使館やタイ資本の企業を特定して襲撃。そのため自然発生的な暴徒とは考えにくく黒幕が扇動した可能性大。今年7月の総選挙を控え野党の画策か?
4月7日 1日に発行した新しい500リエル紙幣に、日本のO.D.A.で修復した国道7号線キズナ橋梁を図案として採用。
5月4日 ニュ−ヨ−クの国連総会人権担当委員会は、旧ポルポト政権下の虐殺を裁く法廷設置を決議、年内に実現。
5月20日 アンコール遺跡では観光客の増加にともない、ゴミの焼却、水質悪化、排気ガスなど環境汚染が進行。政府は日本の上智大学アジア人材養成研究センターや民間コンサルタントと協力して3年後には、環境管理の国際規格I.S.O.14001の取得をめざす。
6月18日 プノンペンで開催中の ASEAN 外相会議は17日、ミャンマー政府が拘束するアウンサンスーチー女史の早期開放を求める共同声明を採択。発足以来、内政不干渉を原則とした ASEAN としては、異例の措置。
6月26日 任期満了にともなう下院選挙が告示、定数123、比例代表制、投票日は7月27日。
7月27日 定数123、下院総選挙の投票日。与党・人民党は組閣に必要な3分の2を確保できず、連立内閣を模索。
8月9日 下院総選挙、開票途中の公式発表・・・得票率、フンセン首相率いるの人民党47%、サム・リャンシー党22%・・・
11月6日 7月の下院選挙以来、次期政権が混迷。5日、シアヌーク国王を交えて人民党、ラナリット党、サムリャンシー党の三党が合意。総与党政権が樹立されフン・セン首相は留任。

 2004年                                           カンボジア この国の基本資料へ戻る

報道月日 内容
3月7日 旧ポル・ポト派政権のキュー・サムファン元議長は、回顧録「最近の歴史とわが立場」を出版。
6月27日 昨年7月の下院選挙以降、政局が低迷。このたび第一党の人民党が6割、第二党のフンシンペック党が4割の閣僚配分による連立政権が合意。
10月5日 ポルポト政権時代の大量虐殺を裁く国際法廷を設置、下院で承認され国連と合意文書。
10月8日 シアヌーク国王は退位を表明、チア・シム上院議長に後継者選出の法整備を示唆。
10月10日 シアヌーク国王(81)は後継者としてシハモニ殿下(51)を指名、長男のラナリット殿下(60)は翻意を要求
10月15日 王位継承評議会は新しい国王として、シアヌーク元国王と三番目のモニク后との実子シハモニ殿下(51)を選定。即位戴冠式は10月29日に挙行。
10月29日 前日からの仏教儀礼につづき、29日ノロドム・シハモニ新国王(51)が即位戴冠式。
11月29日 ラオスの首都ビエンチャンで東南アジア諸国連合ASEANの首脳会議を開催。
ASEAN加盟国間の投資制限の撤廃、観光、航空事業での全面自由化をめざす。
カンボジア、ラオス、ベトナムが接する国境地帯を開発地域に指定、経済、貿易の促進。

 2005年

報道月日 内容
6月1日 アンコール遺跡の入場料金を各3ドル値上げする予告は中止。従来どおり、1日券20ドル、3日券40ドル、7日券60ドル。
6月16日 朝9時半ごろ、シェムリアプの私立国際学校に武装した4人が乱入、児童と教師29名を人質に1000ドルを要求。6時間を経過し逃走を図る4人を逮捕、カナダ人の男児ひとりが死亡。
6月17日 学校へ乱入した犯人は現地在住韓国人の元・運転手、怨恨から児童を狙うが犯行当日は登校しておらず、事態は予想外に拡大。
7月5日 シェムリアプ空港で夕刻、ホーチミンからのベトナム航空VN829便がオーバーラン、空港は一時閉鎖。
10月21日 名古屋に領事館を開設、両国の親善を図るとともに観光査証の発給業務を行う。
11月1日 アプサラ保存局は環境保護のため、アンコール遺跡を巡るための電動自転車を整備、貸し出す。

 2006年                                           カンボジア この国の基本資料へ戻る

報道月日 内容
1月23日 初めての上院選挙、定数61のうち現政権の人民党が圧勝、改選前の31議席から45に増加。
3月25日 コンポンスプー州で、鳥インフルエンザによる5人めの死者、W.H.O.が確認。
4月1日 アンコールトム城内へ大型車の乗り入れを禁止、南大門で下車して馬車に乗り換え要。また通過するだけの用途に備え迂回路を建設中。
7月3日 旧ポルポト政権の大量虐殺を裁くための特別法廷を担う法律専門家は、王宮にて就任宣誓式を行う。
すでに政権崩壊から27年が経過、今後は起訴、一審、二審に各1年を見込み、3年後に結審。
7月21日 ポルポト政権時代の大量虐殺に関与した元参謀長タモク氏(80)はプノンペンで病死。

 2007年

報道月日 内容
5月18日 アンコール遺跡の入場券は従来まで、3日券と一週間に各自が持参した顔写真を添付できたが、入場券の発行事務所にて直前に撮影し発行するよう改正。1日券は写真不要。
5月20日 ポル・ポト時代の歴史をふくんだ、新たな視点の歴史教科書を南部タケオ州の高校で配布。
ただし正規の教科書として認可されず、副読本として使用。
6月25日 シェムリアプからシアヌークビルへ向かう小型双発機が墜落。韓国人をふくむ乗客、乗員22名全員死亡。
7月20日 1970年代のカンボジアで大量虐殺に関与したポル・ポト政権元幹部を裁く特別法廷の検事団元幹部5人を捜査判事に書類送検した。
11月19日 カンボジアの旧ポル・ポト政権下で大量殺害に関与した幹部らを裁く特別法廷は、同政権の国家元首だったキュー・サムファン元幹部会議長(76)を拘束、人道に対する罪などで訴追した。

 2008年

報道月日 内容
2月1日 米国は、カンボジアがテロ組織の拠点になりつつあるという懸念から、プノンペンにFBI事務所を開設、活動開始。ちなみに海外事務所としては60ヶ国め。
3月30日 ディス・プラン氏(映画「キリング・フィールド」のカンボジア人助手のモデル)は膵臓がんで死去、65歳。
5月3日 入国の際に即日発給されるアライバルビザの申請用紙の書式が変更された。
6月23日 タイとの国境に位置するクメール遺跡「カォプラヴィハーン」は政府の通達により立ち入り禁止を実施。カンボジア政府がこの遺跡をユネスコの世界遺産に申請する意向で、反対するタイ国内シーサケット県らの住民が抗議活動。そのタイ国内反応に態度を硬直。この遺跡は1962年に国際司法裁判所の裁定によりカンボジア領として結審済み。
7月7日 カナダのケベックで開かれているユネスコの世界遺産委員会は、タイ・カンボジア国境に位置するカンボジアの歴史遺産「プレアビヘア遺跡」を世界遺産リストに登録することを決定。
7月15日 タイ国境のプレアビヘア遺跡に、タイ人3人が侵入し、カンボジア当局は拘束。
8月9日 カンボジア国家選挙管理委員会は、7月27日に投票された下院選(定数123)の暫定集計結果を発表。
フン・セン首相の与党・人民党が58・1%(349万2374票)を獲得し、第1党となった。選管は、野党の異議申し立てを審査した上で9月17日に獲得議席数を含む公式結果を発表。
10月3日 5月、ユネスコから世界遺産として指定をうけたカォプラヴィハーン遺跡の周辺で、タイとカンボジア双方の軍隊が交戦。
10月15日 カォプラヴィハーン遺跡の周辺で、タイとカンボジア双方の軍隊が再度の交戦。

 2009年

報道月日 内容
1月7日 首都プノンペンの競技場で、200万人近い大量虐殺などを展開したポル・ポト政権の崩壊から30年を記念する式典が行われた。
4月4日 世界遺産プレアヴィヘール遺跡周辺の国境地帯でタ国軍と交戦、双方で4名の兵士死亡。
4月5日 昨日の国境地帯で衝突した事件で、現地に駐留する両軍の代表は交戦の経緯を巡り短時間対話した。
9月11日 日本からの旅行者で埼玉県久喜市の飲食店従業員、加藤淳容疑者(40)が、人身売買及び性的搾取容疑でカンボジア警察に逮捕されていたことが判明。
11月23日 1970年代のカンボジアで大量虐殺に関与したポル・ポト政権元幹部を裁くプノンペン郊外の特別法廷で、人道に対する罪などに問われた政治犯収容施設「ツールスレン尋問センター」元所長のカン・ケ・イウ被告(67)の最終弁論が始まった。
11月25日 ポル・ポト政権元幹部を裁く特別法廷で、検察はツールスレン政治犯収容施設元所長のカン・ケ・イウ被告(67)に禁固40年を求刑した。

 2010年

報道月日 内容
1月15日 2007年10月より修復工事のため、見学が禁止されていたアンコールワット第三回廊の再公開。ただし一回100人、所要15分間の限定。
2月10日 カンボジア政府は、ネット検索世界最大手の米グーグル社の地図情報サービス「グーグルマップ」について、タイと領有権を争う世界遺産のヒンズー教寺院「プレアビヒア寺院」遺跡周辺の国境の線引きが「正確さを欠く」として、同社に訂正を求める文書を送付した。
3月23日 メコン河の水位が過去20年間で最低になり、流域のタイ、ミャンマー、ラオス、カンボジア、ベトナムでは漁業、農業に影響。例としてタイ・チェンセン郊外では、2月下旬わずか水位30センチ台、3月上旬で1100センチ強。漁獲高は例年の5分の1。ベトナムでは、河口付近で海水が逆流、水田に塩害。
7月26日 1970年代のカンボジアで大量虐殺に関与した旧ポル・ポト派幹部を裁くための特別法廷は、人道に対する罪などに問われた収容施設「ツールスレン尋問センター」元所長のカン・ケ・イウ被告(67)に、禁固35年の判決。
11月22日 プノンペンで毎年行われている伝統行事の水祭りで、橋の上に殺到した市民が将棋倒しになった。政府報道官は347人が死亡、395人が負傷と発表。

 2011年

報道月日 内容
2月04日 タイとカンボジアの国境地帯で両国軍が交戦し、タイのテレビによると、カンボジア軍の砲撃を受け農民の男性1人が死亡、民家10〜15棟が炎上した。
2月10日 国連安全保障理事会は、タイ、カンボジア両国軍が世界遺産プレアビヒア寺院遺跡周辺の国境未確定地で交戦した問題で、初の公式会合を今月14日に開く方針を固めた。
2月21日 旧ポル・ポト派幹部による虐殺などの罪を裁く特別法廷は、大量虐殺が行われたツールスレン尋問センター(プノンペン)の元所長、カン・ケ・イウ被告に対する上級審判決が、6月下旬にも下されるとの見通しを示した。
4月22日 タイ、カンボジア両軍は国境付近で交戦し、少なくとも兵士6人が死亡した。世界遺産のヒンズー教寺院遺跡「プレアビヒア」の国境地帯ではなく、西に約150キロ離れた地帯で初めての交戦。
8月31日 隣国タイのインラック新政権を歓迎、紛争の続いた国境、ヒンズー教寺院遺跡「プレアビヒア」で和解の兆し。
11月23日 ポルポト政権下の大量虐殺の罪を裁くプノンペンの特別法廷は、元最高幹部に対する冒頭陳述を終了。
被告側は法廷が偏った審理を進めているとして、法廷批判を展開した。
12月15日 アンコール遺跡群「バンテアイ・クデイ遺跡」内に、「上智大学アンコール文化遺産教育センター」を開設。

 2012年

報道月日 内容
2月03日 旧ポル・ポト政権幹部による虐殺を裁く特別法廷で、人道に対する罪などに問われた元政治犯収容所長、カン・ケ・イウ被告(69)への上級審判決公判が行われ、最高刑の終身刑が言い渡され2審制のため判決は確定。
3月07日 ポル・ポト政権(1975〜79年)による大量虐殺の歴史を伝えるツールスレン虐殺博物館(プノンペン)で、虐殺の根拠となった「供述調書」が初めて公開された。
10月15日 ロドム・シアヌーク前国王(89)が療養先の中国・北京で死去。「国父」と慕われ、大国に翻弄された冷戦時代や、国民の大虐殺が行われた1970年代のポル・ポト政権時代など、国家の命運を左右する事態に関わり、カンボジアの現代史そのものと言える存在だった。前国王は1941年に18歳で即位。53年にフランスからの完全独立を果たした後、55年に一時退位して首相に就任。70年3月の親米派ロン・ノル将軍によるクーデターで追放され中国に亡命。75年にポル・ポト派のプノンペン制圧を受けて帰国したが、間もなくポト派に幽閉。カンボジア和平の象徴として93年に国王に復位。2004年10月に息子のシハモニ殿下に王位を譲る。

 2013年

報道月日 内容
2月04日 昨年10月に死去したカンボジアのシアヌーク前国王の葬儀がプノンペンで執り行われた。葬儀には、隣国タイのインラック首相ら賓客が出席。日本からは秋篠宮さまが参列された。
3月14日 旧ポル・ポト政権のイエン・サリ元副首相兼外相(87)がプノンペンの病院で死去した。元副首相はポル・ポト派ナンバー3で、ポト派による大量虐殺の真相究明に影響するのは必至。
7月28日 下院(定数123任期5年)選挙の投開票。フン・セン首相の与党、カンボジア人民党が68議席を獲得して勝利したが、前回2008年の選挙で獲得した90議席からは大きく後退、1993年の新生カンボジア誕生以降、初めての議席減少となった。
9月7日 最大野党・救国党は、7月の総選挙(下院、定数123)で「不正があった」として、プノンペンで初の大規模な抗議集会を開いた。
9月15日 本日よりカンボジア主要銀行のほとんどが「トラベラーズチェック」の取扱いを停止。

 2014年

報道月日 内容
1月03日 プノンペン郊外で、賃上げを求めてストライキを続ける縫製工場労働者らに警官隊が発砲した。
6月16日 軍事政権下のタイで、軍政が外国人の不法労働者取り締まりを指示したとのうわさが広まり、カンボジア人労働者14万人以上が帰国した。
8月07日 旧ポル・ポト政権による大虐殺を裁く特別法廷は、元最高幹部ナンバー2だったヌオン・チア元人民代表議会議長(88)とキュー・サムファン元国家幹部会議長(83)に、それぞれ求刑通り最高刑の終身刑を言い渡した。

 2015年

報道月日 内容
3月26日 旧ポル・ポト政権による大量虐殺の犠牲者の記念碑が、政治犯収容所のあった首都プノンペンのトゥールスレン虐殺博物館の敷地内に完成し記念式典が開かれた。
8月12日 インドのヒンズー教団体が東部ビハール州に世界遺産アンコールワットの「模造版」の建設を計画しているとして、遺跡があるカンボジア政府が抗議、インドの国会でも取り上げられ、両国間で一騒動となっている。

 2016年

報道月日 内容
   

 

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