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高山右近 たかやまうこん
Takayama Ukon
1552〜1615年、キリシタン大名、1564年ジュスト高山として洗礼、1573年に高槻城主。
1614年、徳川家康の禁教令により夫人ジュスタ、娘ルチアを伴いマニラへ追放処分、現地で歓迎をうけたが40日後に病死。マニラ市内パコ駅前に立像、2020年11月現在は区画整理のため見学不可能。
竪琴 たてごと
Sawngau
竹山道雄の小説「ビルマの竪琴」で有名、ミャンマーの名称は「サウンガウ」
16弦の弓型ハープ、起源はインドのヴィーナ。
托鉢 たくはつ
Religious Mendicancy
仏教の教義により、出家した僧に対して在家の信者が食べ物を提供する習慣。
早朝、履き物をぬいで膝まづき、僧が持つ「鉢・バアツ」に食べ物を入れる。両者は眼を合わせたり言葉を交わしてはならない。近年では教義がゆるやかになり、食べ物以外の副食物、現金を入れることも容認される。またタイやミャンマーでは膝まづく習慣が喪失し、立ったままで行う。
タナッカー
Tannaka
ミャンマ−の成人女性と男女の子供が、日焼け防止や虫除け効果のために顔・腕に塗る。ゲキツキの樹皮に水を加えながらチャウピンChaupinと呼ぶ石台の上で研ぎおろす。樹皮は大きさと香りによってシェメタンShemetanとナンタプ−Nantapuに大別される。
顔の頬に刷け形 四角形、丸形 木の葉模様・・・などで個性を競うが、都市部では西洋式の化粧を好む傾向から、特に若い女性においてこの習慣は人気後退。しかし、農村地方や屋外労働者においては、依然としてこの習慣は根強い。
断食 だんじき
Lamadan
イスラム教徒が経典コーランの教えにならって、イスラム暦ラマダン月の約1ヶ月間、日の出90分まえから日没までの日中のみ、水と食物すべてを絶つ。イスラム暦は一年、約354日。
2021年の断食月は、4月13日から5月12日まで(イスラム暦により毎年11日づつ早くなる)
タンマユット派
Thammayut
タイ国仏教界の少数派、寺院の絶対数ではわずか5%にずぎない。ラーマW世王が出家僧の1830年代、現実的な戒律を批判し、より原初にちかいパーリ語の経典に基づいて分派した。主流派はマハーニカイ派。
ちゃ
Tea
ツバキ科の常緑樹、原産地は中国・雲南からインド・アッサムにかけて一帯。
茶つみをしたあと、その製法によって製品は3種に大別。特殊な例として食べる茶、ミャンマーの「ラペッソウ」は、塩、油、大豆、にんにく、干し海老、かぼちゃの種、ゴマ、野菜などを添加し、副食物とする。タイ北部の「ミエン」は、漬物に似た食材で噛みつづける嗜好がつよい。
完全発酵 ⇒ 紅茶
完全発酵 ⇒ ウーロン茶
半発酵 ⇒ 緑茶
チャイテヨーパゴダ
Kyaiktiyo Pagoda
ミャンマー、モン州、海抜1059m ハウンラウン山の断崖に乗る、高さ5.5m の巨石。俗称ゴールデンロック、巨石の周囲は金箔でおおわれ、仏教徒の聖地としてミャンマー全土から参拝者が絶えない。日本語でキャイクテヨーまたはキャイチヨーなどの表記は、誤り。
ヤンゴンから登山口キンプンKinpunまで車で片道4〜5時間。
キンプンからパコダまでは3つのルートがある。
中腹まで乗合トラック 30分 のこり行程を徒歩60分 (一般的なルート)
全行程を乗合トラック 50分 (体力に不安な人のルート)
全行程を徒歩 4〜5時間  (功徳を所望するルート)
チャム族
Cham Tribe
ベトナム中部、2〜17世紀にかけて交易国家チャンパを維持した民族。現在は、ベトナムとカンボジア両国に合計16万人の人口が居住。チャム語はマレー・ポリネシア言語に分類され、いまの居住地域である言語、ベトナム語やカンボジア語とは異系。遺跡調査により、かつてはヒンドゥー文化の影響が多大と判明したが、民族離反の末期に王族がイスラムに改宗し、現存の子孫たちにはイスラム教徒がおおく、チャム族の末裔としての自覚に乏しい。
11〜14世紀、カンボジアへ侵攻、わずか4年間のみ征服した。アンコールワットやバヨンの壁画の題材として、その戦闘場面がのこる。
チャンパサック王国
Champassak Kingdom
1713〜1947年、ラオス南部の王国で命名の由来は、かつてチャム族の支配下だったことを示す。
1700年ごろ、ラオ族のラーンサン王国がルアンパバーンとビエンチャンに分離したさい、王族ノーカサットが現パクセ周辺に独立国家を樹立。しかし1780年以降、約100年間はタイの属国、1893年にはフランスの植民地となった。時代とともに支配した民族がチャム、クメール、ラオ、タイ、フランス ・・・ と変遷。
チュラロンコン王
Chulalongkon King
1853〜1910年、別名ラーマX世(在位1868〜1910) 歴代のタイ国王のなかで、自国の近代化を達成し列強からの植民地化を未然に防いだ王として、いまでも国民から敬愛されている。
王の少年時代、イギリス人女性アンナ・レオノゥエンスがシンガポールから家庭教師として招聘され、知識や見聞をひろめる基礎を与えた。この史実が1956年制作のアメリカ映画「王様と私」で誇大に脚色されたため、タイ国内では上演禁止処分となった。名門チュラロンコン大学は、この王の名を冠して1917年に開校。
   
D.M.Z.
Demilitariseed Zone
1954年から1975年まで、ベトナム戦争中にベンハイ河を境として制定された非武装地帯の軍事境界線。幅10km 総延長60km におよぶ。和平後の現在は、観光地としてフエからの日帰り圏。
ディエン高原
Dieng Highland
インドネシア・ジャワ島中部、海抜2060m の高原カルデラ地帯に、7〜12世紀に栄えたマタラム王国のヒンドゥー建築が現存。8基の祠堂はマハーバラタの登場人物からアルジェナ、ビマ、スマルなど命名。ディエンの語源はサンスクリット語で「火の山」の意。
   
灯明祭
Dhadinjuq
ミャンマー、10月(ダディンジュ)満月の夜、釈迦が再び地上に降り立つとされ、その足元を照らすため灯明をともす行事、その形は単純な仕様から現代ふうの自動車、飛行機、動物まで種類豊富。
ドリアン
Durian
語源はマレー語のduli刺すの意、これに接尾語 an を合成。
収穫期はタイ、ミャンマー、マレーシア、ベトナム南部では4月から9月が最盛期。
匂いが残留するため、大半のホテルでは持ち込み禁止。
トンレサップ湖
Tonlesap Lake
語源はカンボジア語で「広がる淡水」の意。
メコン河と直結し乾季に排水、逆に雨季にはメコン河から流入。そのため乾季の面積3000平方lm、が雨季には3倍以上に拡大する。単位面積あたりの漁獲量は世界有数、漁民はベトナム人とチャム族が多く、船上家屋で生活し定住地をもたない。

  

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