タイ報道

 新聞・テレビ・機関誌などの報道から得た、タイ関連のニュ−ス 2001年1月から記録を開始

 2001年                                            タイ この国の基本資料へ戻る

報道月日 内容 
1月6日 下院総選挙、定数500。新党・愛国党が過半数を獲得、次期首相にタクシン氏(51歳 Taksin Shinawatra) 
1月23日 アジア開発銀行と日本政府ODAによる、サムトプラカン県の汚水処理施設建設は地元住民が反対。
1月29日 1月6日の下院選挙で違反が発覚した62の選挙区で再投票。
2月3日 下院再選挙の結果、愛国党は248議席、過半数251にとどかず。
2月10日 愛国党タクシン・シナワットラ氏、首相に就任。華人系チェンマイ出身。
2月12日 愛国党は自由正義党と併合、下院定数500のうち262議席を確保。
2月23日 エイズ感染者100万人を越す同国内で、臨床実験中のワクチンが米国にて効果なしと判定、継続に混乱。
3月4日 3日午後3時、トンムアン空港、タクシン首相が搭乗直前のタイ航空B737、爆発炎上1名死亡6名負傷。
3月4日 2000年観光客総数は950万人。前年比10.7%増、国別では日本から120万人で首位、アジア圏から58%
3月10日 3日の航空機爆発は原因捜査混迷・・・@首相暗殺 A航空関係の内紛 B軍関係の内紛 C事故
3月18日 ランパ−ンの国立象センタ−からCD発売 700バ−ツ。象が太鼓、木琴・打楽器など10種の楽器を演奏。
3月24日 3日の航空機爆発、米国運輸安全委員会とボ−イング社は、燃料引火の爆発事故とした中間報告。
4月8日 7日午後、ハジャイ駅構内にて爆弾爆発、男児1名死亡、37名負傷。ヤラ県のホテルでも爆発、5名負傷。 
4月10日 8件の国立病院にて30バ−ツの定額医療制度を試験的に開始。国民の30%低所得層が対象。
すでに3月から当該資金のため、酒・たばこの物品税を引き上げた。
4月13日 国会議員の報告、カンチャナブリ県の洞窟で旧日本軍の財宝を発見。
4月19日 13日、旧日本軍の財宝は誤報。この国会議員は5年まえにも、同様の報告。
5月23日 タクシン首相は1997年の資産報告書で、総額45億バ−ツ(126億円)を虚偽の疑い。
6月8日 ランパ−ンの国立象センタ−では毎日2トンの糞尿に苦慮。それを原料とした再生紙の開発に成功。
7月6日 名古屋⇔バンコクのタイ航空は、金曜日の運行を追加。日本航空と共同運航で週7便体制。
7月7日 仏教高僧は信者からの寄進を集約、30万ドルの小切手と680kgをこす金の延べ棒をタイ中央銀行に寄付。 
7月16日 日本人歌手、青井英里奈 「ERINA」 CDデビュ−。タイ語、英語、日本語など全10曲。あおい輝彦の長女。
7月22日 玉本敏雄(関連事項 → 3月21日)は、アランヤプラテ−トからタイへ入国しようとして身柄拘束。指紋確認。
7月26日 6月8日の続報・・・象の糞尿から再生紙、日産200枚、一枚20バ−ツで販売。
8月4日 憲法裁判所は3日、タクシン首相の資金疑惑に関して判事15名により、8対7の僅差で無罪判決。
8月12日 11日ペチャブン県、集中豪雨による地すべり。死者48名、行方不明40名以上。
8月28日 プ−ケット保健所は性転換手術(♂→♀)のパッケ−ジツア−を企画、外国人を誘致するため政府観光局に提案。すでに、医療技術と廉価な費用で実績あり。
10月16日 南部のイスラム教連合組織は、米国の武力報復に抗議、米・英製品の不買運動を奨励。
10月25日 中部ナコンラチャシマの陸軍弾薬庫で、搬送中のトラックが横転して爆発。死者13名、負傷者60名以上。
10月31日 2年前、北部ランパ−ンで発掘された頭蓋骨は、50〜100万年前の原人と判定。(ジャワ原人は100万年前)
11月10日 タクシン首相は、米国の武力報復に応じた自衛隊の後方支援活動を評価。ウタパオ基地を中継地に使用。ただし、タイ国としては米国の武力行使について指示表明を控え、国内のイスラム教徒に配慮を示した。
11月15日 タイ航空国内便は運賃改正。
例:バンコク・チェンマイ間1870 → 2170バ−ツ、空港使用料も改正30 → 105バ−ツ。
12月26日 24日南部の警察官詰め所3ヶ所がイスラム過激派から襲撃をうけ、警官5名と住民1名が死亡。警察は一部のイスラム教徒が、テロ組織と関連の疑いから取り締まりを強化、組織の1名を殺害。
12月27日 国際協力銀行はメコン河の第二国際橋梁の建設資金として、タイ・ラオス両国へ総額81億円の円借款を決定。タイ側ムクダハンとラオス側サバナケットを結ぶ全長1.6km片側一車線、2003年に着工、2006年6月に完成予定。

 2002年                                            タイ この国の基本資料へ戻る

報道月日 内容
1月5日 スリン県のカムセク知事は、愛子さま生誕を祝い両国の皇室を通じて、雌雄の象一対を日本へ贈呈する計画。
1月8日 元首相サンヤ・タンマサック氏(95)逝去。1973年、国王の要請で首相に就任、民主化運動で混乱した国政を収拾。
1月12日 11日昼まえ、小泉首相が訪問、ホアヒン離宮のプミポン国王を表敬、タクシン首相と会談、夕食会。
1月21日 ラオス政府観光局の広報によると、2001年10月15日からタイ・ラオス友好橋の通過時刻は22時まで延長された。
1月21日 カォプラヴィハ−ン遺跡は灌漑用水の汚染をめぐり住民と国境警備隊が紛争、12月17日から観光不可能。
2月15日 2003年12月、バンコクにてA.P.E.C.(アジア太平洋経済協力機構)首脳会議の開催を決定。
2月21日 20日からプ−ケットにて、アセアン外相の非公式会議開催。独立をひかえた東ティモ−ルの加盟を協議。昨年11月、首脳会議で「反テロ共同行動宣言」を採択をうけ、各国からの情報交換と、今後の結束を強化。
3月2日 訪問中の北朝鮮ナンバ−2、金永南・最高人民会議常任委員長は、タクシン首相と会談。投資促進や分化交流などの協定に調印。タイから輸入したコメ代金、未払いの160億円相当は4月から返済を開始。
3月4日 2日夜、南部ハジャイ、ホテル駐車場の観光バスが爆発。マレ−シアからの乗客は降車したあとで無事。警察の判断はイスラム過激派の犯行を示唆、調査中。
3月8日 タクシン首相は政権に批判的な報道機関に反発、主要銀行に報道関係者の個人資産を調査依頼。言論介入?
3月8日 7日バンコク市内で、イスラム過激派のパキスタン人・イラン人など計20名を偽造旅券所持で逮捕。
3月14日 タクシン首相は政府批判を連載するネウナ−新聞の社長とゴルフ場で遭遇。愛国党が同紙に対した8件の起訴を撤回することを条件に、政府批判記事の中止を要望。ワリン社長は同意せず、この談判を公表。
5月15日 14日から28日までウタパオ空軍基地にて、シンガポ−ル・米国と合同の軍事演習「コブラ・ゴ−ルド02」を実施。オブザ−バとして日本、韓国、中国、ベトナム、ロシア、インド、オ−ストラリア ・・・ など18か国が参加。
6月17日 2001年4月から7月にかけて日本人男性ふたりが行方不明。その後クレジットカ−ドが悪用され、防犯用ビデオの映像からピチャ−ド・サンケオ(年齢不詳)を殺人の疑いで逮捕。被害者アベ・アキノブ(32) コシャ・トモヒロ(30)
6月18日 上記続報:共犯者としてミャンマ−国籍のオン・ジョル・ソル(19)を逮捕。被害者の氏名漢字、阿部暁信・古謝友弘。
8月25日 インドネシアやマレ−シアで生息する希少動物センザンコウは、中国では皮膚病やがんの予防として需要拡大。タイ国内を密輸ル−トとして通過、今年すでに9000匹を押収。
8月29日 国家歳入と経済の活性化をねらい国内にカジノ設営の待望論、タイ人が隣国カンボジアやミャンマ−に越境して散財する1年間の総額は、250億バ−ツ(約750億円)と見込まれる。
10月29日 「愛子さま」の生誕祝いとして上野動物園に献呈された象2頭を公開。アティ5歳オス。ウタイ4歳メス。
12月27日 チェンセ−ン付近のメコン河畔では、中国の主導による浅瀬の爆破に批判。無計画な爆破による環境破壊と流域諸国の主権を侵害。中国は乾季にも500トンクラスの船舶が航行できるよう、自国の貿易拡大がねらい。

 2003年                                            タイ この国の基本資料へ戻る

報道月日 内容
1月29日 タイ航空は、バンコク ⇔ ヤンゴン路線をミャンマ−航空と共同運航を実施、週23便以上を確保。
2月1日 カンボジア国内の反タイ暴動について、プミポン国王はテレビ放送を通じ国民へ沈静化を呼びかけ。
2月6日 5日深夜ロッブリ−県、ノンカイ行き旅客列車と反対方向の貨物列車が正面衝突、乗客4名死亡、46名負傷。
2月11日 暴動でバンコクへ避難していた政府関係者は10日、関係修復の外交団を派遣。タイ航空プノンペン便は欠航中。
2月17日 タイ航空のバンコク ⇔ プノンペン便は2月15日から運行再開。
2月20日 今月はじめから4月末まで麻薬撲滅作戦を展開、すでに694人が死亡。タクシン首相は各県別による成果を検討し結果しだいで警察幹部の更迭を示唆。そのため麻薬組織と癒着する警官が強行に殺害?の推測もある。
4月25日 今年1月末にプノンペンで発生した反タイ暴動で本国へ召還されていた駐カンボジア大使は復帰、外交正常化。
5月3日 2月から実施した麻薬摘発運動の成果、逮捕者43012人、投降者43372人、死亡者1612人(うち警察側の正当防衛による死者37人、警官の殉職4人) 
5月17日 東南アジア最大の合同軍事演習 「コブラゴールド03」 が16日から29日まで、ウタパオ空軍基地や国内各地で実施。参加人員はタイ5600人、米国7600人、シンガポール95人。
6月6日 6日早朝、南部ナコンシータマラート県の高校で男子生徒が銃を乱射、女生徒1名死亡、5名負傷。
6月11日 10日、南部ナラティワート県でイスラム教徒3名を逮捕。容疑は爆発物不法所持と在バンコクの米・英・豪大使館の爆破計画が露見。
8月1日 7月31日午後、在バンコク日本大使館へ北朝鮮からの脱出者10名が敷地内に進入、亡命先を確認中。
8月16日 今週はじめ、バリ島爆弾テロ首謀者で「ジェマア・イスラミア」のナンバー2、インドネシア人のリドゥン・イサムディン(通称ハンバリ)を潜伏中のアユタヤで逮捕。13日に身柄をインドネシアへ護送、米国管理下。
8月23日 7月末、在バンコク日本大使館へ進入した北朝鮮からの脱出者10名は、22日夜タイを出国、亡命先は韓国。
12月5日 プミポン国王は強権的とされるタクシン首相にたいして、メディアの批判に耳を傾けるよう苦言。
マスコミ各社は国王の提言を歓迎。
12月23日 メェソトからミャンマー国内を縦断し、インド・モレーに至る全長1360km 高速道路を建設、来年着工。
12月30日 ベトナム戦争で米国に徴用されたラオスのモン族(Hmong)約15000人は、1992年ごろラオスからタイ国内へ不法に越境し定住。米国政府は来年2月から移民審査を開始。ベトナム戦争の直後すでに30万人が米国へ移住。

 2004年                                            タイ この国の基本資料へ戻る

報道月日 内容
1月5日 4日、南部ナラティワート県の国軍駐屯地が武装集団に襲われ兵士4名死亡、銃器100丁が強奪された。
パッタニー、ナラティワート、ヤラ、3県に戒厳令を施行。
1月26日 中部スパンブリ県の養鶏業者は陸軍兵士の支援を得て、鳥インフルエンザの流行による鶏とアヒルの大量処分を実施。タンシン首相は2〜3週間まえから流行を懸念、情報隠蔽の批判を受ける。
2月5日 急速に蔓延中の鳥インフルエンザは、タイで5名、ベトナムで11名の死亡を確認。
2月28日 南部のイスラム過激派「パタニ独立統一戦線」はインドネシア・スマトラ島の武装組織「自由アチェ運動」に武器を供給。首謀者は70人前後、タイとマレーシアの二重国籍者、タイ国内でテロ活動、マレーシア国内で潜伏。
3月27日 南部ナラティワート県で爆弾テロ、路上のバイクに細工、市民とマレーシア人ら29名が負傷。
4月28日 南部パッタニー、ヤラ、ソンクラー3県で武装集団が警察施設を襲撃、武装側107名、警官・兵士5名が死亡。
5月14日 東南アジア最大の合同軍事演習 「コブラゴールド」 が13日から27日まで、ナコンラチャシマ空軍基地や国内各地で実施。参加人員はタイ軍6000人、米国軍8000人のほか、今年からモンゴルとフィリピンが参加。
5月15日 14日、農業省は鳥インフルエンザの終息を宣言。
6月16日 元首相タノム・キッティカチョーン氏(92)逝去。1971年クーデターで政権、73年の民主化運動で米国亡命。
7月3日 地下鉄開通。国鉄ファランポーン駅からバンスー駅まで総延長20km 18駅を所要30分。
8月21日 南部ヤラ県の3ヶ所で同時爆弾テロ、市民13名が負傷。
8月26日 南部ナラティワート県で爆弾テロ、市民1名死亡、30名負傷。
10月18日 先月19日、バンコクから飛来したオリエント航空の回送機は羽田着陸の際に迷走していた事実が発覚。
東京タワーの上空200m まで接近、原因は乗務員の知識不足。
10月21日 隣国ミャンマーの穏健派キンニュン首相の失脚にともない「カレン民族同盟」は和平交渉を断絶。
タイ・ミャンマーの陸路国境は一時閉鎖。
10月25日 南部ナラティワート県で民間人6名がイスラム武装組織に武器調達の疑いで逮捕。
これに抗議した住民と警察が衝突、拘束した住民を移送する車中で84名が窒息死。
12月29日 26日にスマトラ島北部で発生した地震と津波による死者、タイでは1829名。
・・・沿岸諸国合計の死者数77000名以上、今後実態が判明すれば10万人を越す。

 2005年                                            タイ この国の基本資料へ戻る

報道月日 内容
1月3日 26日にスマトラ島北部で発生した地震と津波による死者、タイでは5104名。
・・・沿岸諸国合計の死者数14万人以上、日本人の死亡確認は22名。
1月4日 南部カオラックでは26日の地震直後、観光用に飼育されていた象8頭が絶叫、一時間後には観光客を乗せたまま山側へ疾走、津波の被害を免れた。
1月17日 午前9時30分、バンコク地下鉄「文化センター」駅で停車中の列車に回送車両が衝突、負傷者180人。
1月18日 タイへ出稼ぎ中のミャンマー人、推定12万人のうち地震と津波で2500〜3000人が死亡、4000〜7000人が行方不明。ほぼ全員が不法出国による非合法就労のためミャンマー、タイ両国の統計にあらわれず。
2月6日 下院選挙投票日。定数500のうち与党の愛国党は377(改選前319)、野党第一党の民主党は96議席(前109)。
3月5日 プーケット沖合でフェリーが転覆、乗客70名のうち6ン死亡、48名が負傷。大半はヤオノイ島の住民。
4月3日 3日夜、南部ハジャイ空港とソンクラー県3ヶ所で同時爆弾テロ。2名死亡、外国人4名をふくむ69名が負傷。
5月3日 2日から北部チェンマイ地方で、自然災害を想定した米軍との共同軍事演習「コブラゴールド05」を12日間の日程で開始。
5月19日 南部パッタニー県の私立イスラム学校で、国際テロ組織「アル・カーイダ」から提供された軍事教材を発見。学校は閉鎖、経営者は逃亡中。昨年1月以降のテロによる死者は、累計600名以上。
5月21日 ベトナム戦争当時に米国に徴用されたラオスのモン族は、本国で迫害をうけタイ国内に越境していた15000人に限り、2003年から米国への移住を実施。この計画を誤解したモン族が、新たにタイへ流入を続け5700人がラオスへ帰還できず、米国へは移住不許可、タイでは不法滞在者として行き場を失う。
7月4日 メコン河に架かる友好橋に今年9月から鉄道の敷設工事を開始。
7月18日 テロが頻発している南部ナラティワート、ヤラ、パッタニー、ソンクラー県を非常事態地域に指定。
集会の禁止、報道管制、通信傍受など治安対策を実施。
7月22日 メコン河第二橋梁の工事現場ムクダハンにて、資材落下事故。日本人1名死亡、行方不明8名、負傷13名。
8月27日 南部ナラティワート、ヤラ、パッタニー3県ではテロ対策の一環として国軍が学校教師に射撃訓練を実施。
9月1日 日本政府との自由貿易協定(F.T.A.)を基本合意。
日本からの自動車部品は2007年までに関税撤廃、タイから輸出する農林水産品1400品目の関税撤廃。
9月9日 スマトラ沖地震一周年の12月26日、現地で行う追悼式に外国人犠牲者の家族を招聘、国費で負担。

 2006年                                            タイ この国の基本資料へ戻る

報道月日 内容
1月13日 タンシン政権に批判的な新聞社オーナーの集会に、政権擁護派が妨害。
1月14日 前日の妨害に対し、集会の参加者約300人は首相官邸に乱入、40人が逮捕された。
1月27日 バンコク近郊、司法省が入居する民間ビルで爆弾、市民4人が負傷。
2月2日 南部ナラティワート県で爆弾テロ、2名死亡、1名重傷。2004年から爆弾テロの累計被害者1100人を超す。
2月3日 ウライワン文化大臣はタクシン首相の強健政治に異をとなえ辞任。首相一族の会社で持ち株の転売により巨額の利益、これが無税扱いとされ批判。
2月4日 バンコクでタクシン首相の辞任を求める抗議集会、約5万人が参加。
2月24日 タクシン首相は国王と面談、下院解散を決断し選挙により国民の判断を仰ぐ。
2月26日 バンコク、王宮まえ広場でタクシン首相の辞任を求める抗議集会、約5万人が参加。
3月19日 タクシン首相を支持する農民が地方から集結、約3万人の集会。
4月2日 下院選挙で与党の得票率が50%を超え、定数500のうち349議席を確保、タクシン首相は政権持続に意欲。
4月4日 下院選挙は白票多数、与党の圧勝ではなく辛勝、タクシン首相は国王に謁見直後、辞任を表明。
4月7日 バンコク西方に建設中のスワンナプーム国際空港は工事が遅れ、9月以降に開港見込み。
5月8日 憲法裁判所は4月2日の下院選挙を主要野党の不参加を理由として無効の裁定を下す。
5月25日 政治的に中立を保つべき機関、憲法裁判所と選挙管理委員会が対立、下院選挙の日程は混迷。
6月9日 プミポン国王(78)は在位60周年を迎え、国をあげて盛大な式典。
6月20日 スワンナプーム国際空港は9月28日に開港、7月下旬からテスト飛行。
7月20日 プミポン国王(78)は脊柱手術を受け、順調に快復中。
7月22日 下院再選挙の投票日は10月15日に決定。
8月22日 皇太子の長女、パチャラティキヤパー王女(27)は、9月1日付けで検事に任命され、本人の希望により南部ナラティワートまたは東北部ウボンラチャタニへ赴任。
8月31日 南部ヤラ県内の銀行22店舗で連続の爆弾テロ、1人死亡、30人が負傷。
9月16日 南部ハジャイ、ショッピングセンターを含む5ヶ所で爆弾テロ、4人死亡、30人以上が負傷。
9月19日 陸軍がクーデターにより実権を掌握。タクシン首相は国連総会に出席のため不在、首相は陸軍司令官を解任し、非常事態宣言。急遽、帰国するもよう。
9月20日 クーデターを主導したソンティ陸軍司令官(59)は、プミポン国王から民主改革評議会議長に任命され暫定政権を樹立。国王からの信託が確実となり、タクシン前首相はロンドンへ逃避。
9月24日 さきのクーデターで実権を掌握した民主改革評議会の報道官は、バンコクの新しいスワンナプーム国際空港を予定どおり、9月28日に開港すると発表。
9月28日 ドンムアン空港に替わり、バンコク東方に新しくスワンナプーム国際空港が開港。
10月1日 民主改革評議会は暫定政権の首相として元陸軍司令官スラユット・チュラノン氏(63)を指名、プミポン国王の承認を得た。任期は総選挙までの一年間。
10月3日 タクシン元首相は英国から愛国党あてにファクスを送信、この党首を辞任した。
10月20日 南部ソンクラーで爆弾テロ、3人死亡、13人が負傷。
11月27日 イスラム武装組織のテロは学校教師を目標としているためパタニ県の公立小中学校は無期限の休校。
11月28日 カンボジア領のカォプラヴィハーン遺跡は地雷撤去が完了、世界遺産への登録申請を検討。
12月20日 タイのムクダハンとラオスのサバナケットを結ぶメコン河の第二友好橋が完成。
12月21日 スワンナブーム新空港の混雑を緩和するため、格安航空路線のみ旧ドンムアン空港へ移設を検討。
12月25日 アンダマン海沿岸や海上で暮らすモーケン族は2年前の大津波ののち、援助団体から過剰に船を供給され、漁場の過密化をまねく。また自然保護の名目から漁場を制限、従来の伝統漁法が困難。
12月31日 バンコク中心街の6ヶ所で同時爆弾テロ。2人が死亡、20人以上が重軽傷。

 2007年                                            タイ この国の基本資料へ戻る

報道月日 内容
1月1日 昨日に続きバンコク中心街で爆弾テロ、8人が重軽傷。
1月14日 国鉄南方本線、ホアヒン付近で列車衝突、乗務員3人死亡、93人が負傷。
1月20日 年末年始のバンコク爆弾テロの容疑者として軍人をふくむ15人を拘束。
1月26日 昨年9月のクーデター以降、全土に発令されていた戒厳令はバンコクを含む41県で解除。
タイ北部とイスラム武装組織の暗躍する南部31県では発令を続行。
2月1日 国際線空港税500バーツから700バーツ、国内線空港税50バーツから100バーツに値上げ、今後は航空チケットに含み当日の別途徴収を廃止。
2月6日 昨年9月に開港したスワンナプーム国際空港は滑走路に亀裂100ヶ所以上、旧ドンムアン空港を第二国際空港として4月ごろに再開させ併用。
2月7日 憲法起草委員会は、新しい憲法の国民投票を9月3日に挙行、過半数の支持あれば発布。
2月19日 18日から19日にかけて南部4県で連続50件以上のテロ。テロの標的は、カラオケバー、ホテル、ガソリンスタンド、発電所、軍人自宅など多数。少なくとも9人死亡、50人以上が負傷。
3月14日 南部ヤラ県でハジャイへ向っていた小型バスがイスラム武装勢力に銃撃され、乗客9人全員が死亡。
3月25日 ドンムアン空港の運用再開、タイ国際航空は国内便4ケタ番号、ノックエアとワンツーゴーは全便を移設。
3月26日 タイ・チョンメグ、ラオス・ワンタオ国境の出入国は、従来まで6時から18時までのところ、20時まで延長。
3月31日 日本・タイ修好120周年を機に、江戸時代にタイへ渡航、アユタヤ王朝で傭兵として活躍した山田長政を映画化。6月からクランクイン、来春の完成を目指す。
4月14日 南部トラン県の観光名所、滝の周囲から鉄砲水、少なくとも37人死亡。10人以上が行方不明。
5月30日 タイ憲法裁判所は、2006年4月の下院選挙で、当時の最大野党「タイ愛国党」に解散命令を下した。
その理由は・・・タイ愛国党は、選挙まえ微弱な3政党に対して勝ち目のない対立候補を擁立するよう買収。
6月11日 昨年9月の軍事クーデターで失脚したタクシン前首相らの不正疑惑を調査している資産調査委員会は、タクシン氏と親族名義の21口座、計約529億バーツ(約1960億円)の凍結を決定、即時発効させた。
7月9日 昨年9月のクーデターで失脚したタクシン前首相は英サッカー・プレミアリーグの名門クラブ、マンチェスター・シティーの買収に成功し、会長に就任した。
8月19日 新憲法案の賛否を問う初の国民投票が行われ即日開票された。60%近い賛成票により承認されるもよう。
新憲法は国王の署名を経て9月に公布され、民政復帰に向けた総選挙が年内に実施される。
9月16日 午後4時ごろ(日本時刻、午後6時)プーケット空港にて、バンコクからの格安航空ワンツーゴーMD82型機が着陸に失敗、炎上。乗員・乗客130人のうち、87人死亡、生存43人。

 2008年                                            タイ この国の基本資料へ戻る

報道月日 内容
1月19日 昨年12月のタイ下院選(定数480)で第1党となったタクシン前首相派の「国民の力党」など6政党の代表は、バンコクで記者会見し、連立政権樹立で合意したことを正式に発表した。
1月28日 下院は「国民の力」党のサマック氏を首相に指名。組閣ののち、2月上旬に新政権発足。
  サマック新政権はプミポン国王を前に宣誓式を行い閣僚名簿の承認を受け、正式に発足。
タイは、軍事クーデターから1年5か月ぶりに民政復帰。
2月11日 ナイトクラブやパブ、カラオケ・バー、ディスコなどが法律により全面禁煙。
2月28日 2006年9月の軍事クーデターで放逐されて以来、国外亡命状態にあったタクシン元タイ首相(58)が滞在先の香港からバンコクのスワンナプーム空港に到着、約1年5か月ぶりに帰国した。
5月31日 サマック首相は首相退陣などを求めてバンコク中心部の首相府近くの道路を約1週間占拠・封鎖してきた反政府勢力に対し警察機動隊を動員し強制排除。
6月20日 サマック首相退陣などを求める反政府勢力がデモを展開し、首相府前に陣取った。反政府勢力は、タクシン元首相の復権を急ぐサマック政権が憲法改正を検討し、汚職で起訴されたタクシン氏の法的手続きに介入しようとしたことに反発。
8月11日 2006年の軍事クーデターで放逐され、今年2月に帰国したタクシン元タイ首相は英国への亡命を決意。
8月26日 サマック首相の退陣などを求める反政府勢力の抗議デモは、国営テレビ局の占拠や政府設の敷地に侵入。
8月29日 反政府勢力「市民グループ連合(PAD)」の抗議活動は、国有鉄道のストライキや地方空港の一部占拠など全土に拡大。
9月4日 タイ政府は緊急閣議を開き、サマック首相退陣を求める反政府勢力「市民民主化同盟(PAD)」による首相府占拠などの政治危機を打開するため、首相の信任を問う国民投票の実施を決定。
9月9日 テレビの料理番組に出演したサマック首相が、首相の副業を禁じた憲法に違反したと認定し、首相資格停止と内閣総辞職を命じる判決。
9月18日 プミポン国王は最大与党「国民の力党」副党首のソムチャイ首相代行を新首相として承認した。
(ソムチャイ氏は英国に亡命したタクシン元首相の義弟)
10月1日 観光施設、主要遺跡の入場料金が大幅な値上げ。
例・・・バンコク国立博物館40→200バーツ、ピマイ遺跡40→100バーツ
10月3日 5月、ユネスコから世界遺産として指定をうけたカォプラヴィハーン遺跡の周辺で、タイとカンボジア双方の軍隊が交戦。
10月5日 タイ警察は首相府不法占拠を続ける反政府勢力「市民民主化同盟(PAD)の中心的指導者、チャムロン元バンコク知事を反逆などの容疑で逮捕した。
10月7日 国会議事堂を包囲した反政府勢力「市民民主化同盟(PAD)」に対し、警官隊が催涙弾と発煙弾を数回発砲して強制排除を実施、1人が死亡、410人が負傷するなど、国会周辺は終日、大混乱した。
10月15日 カォプラヴィハーン遺跡の周辺で、タイとカンボジア双方の軍隊が再度の交戦。
10月21日 最高裁判所は、国有地の不正取得に関与したとして汚職防止法違反罪などに問われたタクシン元首相(59)に対し、禁固2年の実刑判決を下した。ポチャマン夫人(52)については無罪とした。
11月15日 今年1月に84歳で死去したタイのプミポン国王の姉、ガラヤニ王女の本葬が、首都バンコクの王宮前広場で営まれた。タイ王室最高位クラスの本格的な葬儀は12年ぶり。
11月20日 反政府勢力「市民民主化同盟(PAD)」による不法占拠の続く首相府で爆発があり、1人が死亡、28人が
負傷した。
11月25日 バンコクで首相府の不法占拠を続ける反政府勢力「市民民主化同盟(PAD)」支持者ら約1000人が、スワンナプーム国際空港に乱入し、タイ空港会社は同日午後9時(日本時間同11時)、安全上の理由で空港を閉鎖、
すべての出発便の運航を停止した。
11月27日 ソムチャイ首相は、反政府勢力「市民民主化同盟(PAD)」が不法占拠を続けるスワンナプーム国際空港と
国内線のドンムアン空港に非常事態宣言を発令した。
12月2日 憲法裁判所はソムチャイ首相率いる最大与党「国民の力党」など政権与党3党の選挙違反に対する判決公判を開き、有罪判決を下し3党に解党を命じた。
12月3日 ソムチャイ内閣の総辞職を受けて反政府勢力「市民民主化同盟(PAD)」は空港から撤収を開始、9日間におよぶ空港封鎖は終結。
12月15日 反タクシン元首相派の旧野党・民主党のアピシット・ウェーチャチーワ党首(44)を新首相に選出。

 2009年                                            タイ この国の基本資料へ戻る

報道月日 内容
1月1日 バンコクの高級人気ナイトクラブ「サンティカ」で、年越しを祝うイベント中に火災が発生し、地上2階地下1階建て全焼。
2月12日 南部パッタニー県で路上の爆弾により警察官3人死亡、負傷1人。分離独立を求めるイスラム過激派の犯行。
3月5日 隣国ラオスとつながる鉄道が開通した。構想から15年、1997年のアジア通貨危機による作業中断など苦難を経て、国民の悲願がようやくかなった。開通したのは、ラオスの首都ビエンチャン郊外のタナレンからメコン川を渡り東北部ノンカイまでの3、5キロ、タイ国営鉄道会社が運営する。
3月26日 経済刺激策の一環として、2000バーツ(約5600円)の「国家救済小切手」を発行し、低所得者層など受給資格者への配布を開始した。
4月4日 カンボジア世界遺産プレアヴィヘール周辺の国境地帯でカンボジア軍と交戦、双方4名の兵士死亡。
4月5日 昨日の国境地帯で衝突した事件で、現地に駐留する両軍の代表は交戦の経緯を巡り短時間対話した。
4月11日 パタヤで開催中の東南アジア諸国連合(ASEAN)の関連会議は、アピシット首相退陣を求めるタクシン元首相派のデモ隊が会議場に突入するなど大混乱に陥り、首相がその後の全会合の中止を決めるとともに、非常事態を宣言。
4月13日 アピシット首相退陣を求める反政府活動の激化を受け非常事態宣言が出されているバンコクで、国軍によりいったん強制排除されたデモ隊が中心部に再集結し、兵士らと衝突した。
4月14日 タクシン元首相派実動部隊「反独裁民主戦線(UDD)」は、バンコク首相府前からデモ隊を撤収、事態収束。
4月24日 タイ政府は首都バンコクと周辺地域に12日から発令されていた非常事態宣言を解除した。
6月8日 日本人男性とタイ人女性との間に生まれた子供が、日本に帰国して消息不明の父親を捜すケースが急増し、社会現象化している。父親と連絡がとれた少年はメディアに引っ張りだこで、漫画化やCM起用の話も浮上している。
6月22日 タイ国有鉄道(SRT)労組は、政府がSRT民営化を画策しているとして、これに抗議して全国的なストライキに突入した。
8月3日 タクシン元首相の恩赦をプミポン国王に求める署名運動が活発化。すでに国民の一割、600万人の署名を集めた。恩赦の請願は、法律上の規制がなく、これまでにも人事異動や減刑などの前例がある。
8月4日 南部のリゾート、サムイ島の空港で午後2時(日本時間同4時)過ぎ、バンコクエアウェイズ国内線ATR72型機(乗員乗客72ーー72人)が着陸後、管制塔に衝突。1人死亡、42人負傷。
8月6日 映画「戦場にかける橋」で有名なカンチャナブリ、クワイ河鉄橋の景観を乱す隣接地に、宗教団体が観音像を建設中。
9月7日 オランダの農家が開発した黄色の新種チューリップに「キング・プミポン」と命名できることを、国王側が認可。近くタイ国へ贈呈される。
10月1日 バンコクではゴミのポイ捨てを行った人に対し、100バーツの罰金が科せられる条例が施行。
10月8日 タイ政府とバンコク当局は、繁華街で内外の観光客の前でバナナを食べたり、客を乗せる芸をさせられる「出稼ぎゾウ」を保護、地方に移送する作戦を進めている。一時200頭に達したゾウは現在10頭ていど。
10月24日 チェンライ県で北朝鮮からの脱出難民42人が不法滞在により拘束。
11月2日 入院中のプミポン国王(81)の容体に関する風説をインターネットに流し、株価急落を招いて社会不安を引き起こしたとして、外資系大手証券の元幹部の女(43)らタイ人2人を、コンピューター関連犯罪法違反容疑で逮捕。
バンコクの証券市場では10月中旬、容体を巡る風説をきっかけに株価が急落し主要株価指数は7〜8%下落、今も以前の水準に戻っていない。
11月30日 タイ王室事務所は、プミポン国王による毎年恒例の誕生日(12月5日)の演説など、祝賀関連行事の大半を無期延期を発表。代行はワチラロンコン皇太子。
12月24日 政府はデモに巻き込まれた外国人旅行者の損失を補償する「デモ保険制度」を導入した。来年3月末までの観光シーズン限定で適用、死亡時1万ドル(約91万円)、10日以上の入院治療費の発生で1000ドル、航空便欠航などで出費を強いられた場合は1日100ドルが支払われる。運用資金は政府が全額支出し、掛け金は不要。補償を希望する人は、旅券や診断書などを観光警察に提出する。
12月29日 北部ペチャブン県のキャンプで難民生活を送っていたラオスの少数民族モン族約4000人の強制送還を実施。

 2010年

報道月日 内容
1月20日 タイ国際航空の取締役会議長が、タイ航空機にスーツケースを30個も持ち込みながら重量の超過料金を払わず、税関も回避したことが内部告発で発覚し、議長は辞任に追い込まれた。
2月16日 在バンコクの日本大使館は、在外公館では初めてビザ発給業務を民間に委託。
「日本査証申請センター」が開設された。
2月19日 バンコク都庁は、タイ王室行事が行われるバンコクの「王宮前広場」に群れる大量のハトの一掃作戦を展開中。
バンコク最大の寺院「ワット・ポー」に伝わる古式マッサージを継承するワット・ポー伝統医療学校が、年内にインド、中国へ進出し、巨大人口を抱える新興市場でタイ古式マッサージの普及に務める。
3月17日 国外逃亡中のタクシン元首相を支持する反政府勢力「反独裁民主戦線(UDD)」の抗議活動が続き、国外要人の来訪や議会が中止になるなど外交や内政に影響が出始めた。
3月23日 メコン河の水位が過去20年間で最低になり、流域のタイ、ミャンマー、ラオス、カンボジア、ベトナムでは漁業、農業に影響。例としてタイ・チェンセン郊外では、2月下旬わずか水位30センチ台、3月上旬で1100センチ強。漁獲高は例年の5分の1。ベトナムでは、河口付近で海水が逆流、水田に塩害。
4月3日 バンコクでデモを繰り返しているタクシン元首相派組織「反独裁民主戦線」(UDD)は、首都最大の商業地区周辺を占拠。
4月7日 アピシット首相はテレビ演説を行い、首都バンコクと周辺地区に非常事態を宣言。
4月9日 タクシン元首相派組織「反独裁民主戦線」(UDD)は、バンコク北にある通信衛星会社の施設を一時占拠。
4月10日 「反独裁民主戦線」(UDD)と治安当局が衝突、ロイター通信の日本人カメラマンが銃で撃たれ死亡。
4月21日 バンコク中心商業地区を占拠し、議会の早期解散を要求しているタクシン元首相派の組織「反独裁民主戦線」(UDD)の幹部は、政府以外の「第三者」を通じて事態打開に向けた対話を示唆。
5月3日 アピシット首相は緊急のテレビ演説を行い、「反独裁民主戦線」(UDD)による混乱を解決するため、国民和解に向けた5項目の「行程表」を発表、11月14日に総選挙を実施すると表明。
5月15日 治安部隊とタクシン元首相派勢力「反独裁民主戦線」(UDD)の衝突は拡大中、政府は一部地区を「実弾発射許可区域」に指定し鎮圧に強行姿勢。
5月16日 治安部隊とタクシン元首相派勢力「反独裁民主戦線」(UDD)はバンコク中心部で衝突、3日間で市民を含む少なくとも29人が死亡、221人が負傷。
5月17日 日本の外務省は、バンコクへの渡航情報(危険情報)を4段階のうち、上から2番目の渡航延期勧告。
5月19日 治安当局は、バンコク中心部を占拠するタクシン元首相派勢力「反独裁民主戦線」(UDD)を強制排除。
5月20日 タクシン元首相派の勢力「反独裁民主戦線」(UDD)は強制排除により抗議活動の終了を宣言。だが宣言に従わない強硬派が暴徒化し大型商業施設などに放火や略奪。政府はバンコクに夜間外出禁止令を発令。
5月23日 全面運休していたバンコクの都市高架鉄道(BTS)や地下鉄は運転再開。ただし「反独裁民主戦線」(UDD)の活動はなお活発と判断され、バンコクと22県の夜間外出禁止令を延長。
5月25日 バンコクで「反独裁民主戦線」(UDD)のデモ参加者の暴動などを扇動したとして、国外逃亡中のタクシン元首相に対し、テロ容疑で逮捕状を発行した。
5月27日 スラム街クロントイ地区で約40年にわたって生活環境の改善に取り組み、「スラムの天使」として知られるプラティープ・ウンソンタム・秦さん(57)が、自ら設立した支援組織「ドゥアン・プラティープ財団」の理事長を辞任。
「反独裁民主戦線」(UDD)を支援する集会を開いたことで逮捕状。
5月29日 アビシット首相は夜間外出禁止令を解除。また、年内の総選挙は断念。
8月23日 スワンナプーム空港とバンコク市内を結ぶ鉄道「エアポートレイルリンク」が開業。
9月19日 タクシン元首相派勢力「反独裁民主戦線」(UDD)は、元首相が追放されたクーデターから満4年となり、バンコク中心部の商業地区で大規模集会を開き5000人が集結。
10月5日 4月7日から発令している非常事態宣言を、さらに3ヶ月延長することを閣議で決定。
10月11日 アピシット首相は、ミャンマーの首都ネピドーでテインセイン首相らと会談した。会談で両国は、ミャンマー南部ダウェイに大型貿易港を共同開発することで正式合意した。
10月24日 東北部を中心に豪雨による洪水被害が拡大し、地元メディアによると、24日までに少なくとも34人が死亡した。
被害は全国の県の半数近い約30県に達し、過去数十年で最悪。
12月5日 プミポン国王、83歳の誕生日。即位から64年、世界の現役君主の中で在位期間が最も長い。
12月22日 4月7日にタクシン元首相支持派「反独裁民主統一戦線」(UDD)の反政府活動に対応して、バンコクと周辺3県に発令されていた「非常事態宣言」が、解除された。

 2011年

報道月日 内容
1月04日 昨年4〜5月にバンコク中心部をタクシン元首相派勢力が占拠した際、非常事態宣言下で政治集会を開き、逮捕を逃れて大阪へ避難したプラティープ・ウンソンタム・秦さん(58)が、約7か月半ぶりにタイへ帰国。
2月04日 タイとカンボジアの国境地帯で両国軍が交戦し、タイのテレビによると、カンボジア軍の砲撃を受け農民の男性1人が死亡、民家10〜15棟が炎上した。
2月10日 国連安全保障理事会は、タイ、カンボジア両国軍が世界遺産プレアビヒア寺院遺跡周辺の国境未確定地で交戦した問題で、初の公式会合を今月14日に開く方針を固めた。
3月24日 アピシット首相は読売新聞など日本メディアと会見し、2020年からの原発建設計画について、「(福島第一原発)事故で原発のリスクがより明確になったうえ、運転コストも高まると予想される」と述べ、計画の撤回を検討していることを明らかにした。
4月03日 南部で3月下旬から豪雨が続き、防災当局によると、洪水や地滑りなどで51人が死亡、約4万人が避難した。
4月22日 タイ、カンボジア両軍は国境付近で交戦し、少なくとも兵士6人が死亡した。世界遺産のヒンズー教寺院遺跡「プレアビヒア」の国境地帯ではなく、西に約150キロ離れた地帯で初めての交戦。
4月26日 在チェンマイ日本総領事館によると、タイ北部チェンライ郊外で日本人旅行者の男性2人とタイ人ガイドの間で銃撃戦となり、40歳代の日本人男性が死亡、50歳代の別の日本人が負傷し病院に運ばれた。
5月01日 日本人が無査証(ビザなし)でタイに滞在出来る日数を、現行の30日から90日に延長。10月末日までの暫定措置。
7月03日 タイ総選挙の投開票が行われ、タクシン元首相の妹インラック氏(44)を首相候補に据える野党「タイ貢献党」が下院500議席のうち過半数の254議席を獲得する見通しとなった。インラック氏は勝利宣言し、タイ初の女性首相の誕生が確実となった。タクシン派政党としては2008年12月以来の政権奪還となり、タクシン氏は事実上、復権を果たす。
8月10日 貢献党のインラック首相と新閣僚は、プミポン国王の前で宣誓式を行いインラック政権が正式発足。
9月12日 全土の半数以上48県で豪雨被害。7月以降87人死亡。
10月8日 観光地アユタヤが大洪水に見舞われ、遺跡や日系企業が集まる工業団地が水没するなど、被害が深刻化。7月以降、洪水による死者220人。
10月12日 歴史的な大洪水が首都バンコクに迫り、約2500人が通う日本人学校は13〜15日を休校措置。
10月23日 アユタヤ周辺の工業団地は1階部分が水没、日系企業400社以上が被害、駐在員の一時帰国。
10月30日 大潮のため満潮時にチャオプラヤ河が氾濫、バンコクの一部に洪水被害が及ぶ。
11月08日 洪水被害のうち感電死する人の続出が大きな問題となっている。保健当局幹部によると、感電による死者は45人、500人を超えた死者全体の1割近くを占める。
11月15日 在バンコク日本大使館は大洪水で被災した日系企業のタイ人従業員に対し、日本で働く特例短期就労ビザの発給を開始した。
11月19日 洪水被害はバンコク中心部を免れ、冠水地域は拡大せず。
11月20日 プラチャ法務大臣は、15日に閣議決定されたタクシン元首相の恩赦は、不可能と明言。
11月21日 在バンコクの日本人学校は再開。
12月05日 プミポン国王、84歳の誕生日。
12月08日 プミポン国王への不敬罪に問われたタイ系米国人男性(55)に懲役2年6月の判決。
(タイ国内で発売禁止された英文の国王伝記をタイ語に翻訳してブログに掲載)
12月16日 タイ外務省は、海外逃亡中に旅券を無効にされたタクシン元首相に新しい一般旅券を発給。

 2012年

報道月日 内容
1月20日 政府は日系企業約450社が被災した昨年の洪水を受け、治水対策の基本計画を発表。
2月02日 昨年 2011年7月にご逝去されたペチャラット王女の葬儀が、4月9日に行われることになり休日扱い。
2月14日 首都バンコクの日本人居住区まで数キロメートルの住宅街で午後、イラン人の男がタクシーに爆発物を投げつけるなどし、男自身のほかに4人のタイ人がけがを負った。
2月15日 タイの治安当局者は「イラン人の3人は暗殺チームで、イスラエルの外交官が標的だった」との見方を示した。3人のうち2人はバンコクで拘束され、AFP通信によると、残る1人もマレーシアの首都クアラルンプールで現地警察に逮捕された。
タイに逃れたミャンマー難民のうち、日本での定住を希望する人たちに対する面接調査がタイ北部メソトで行われた。難民を出身国でも、避難先国でもない第三国に定住させる制度として、日本政府は2010年度から3年計画で取り組んでいるが、今回面接に参加したのは、受け入れ枠30人に対し2家族9人にとどまり、定住先として日本の不人気が改めて浮き彫りになった。
3月06日 タイを襲った洪水で、昨年10月25日から閉鎖していたバンコクのドンムアン空港は、約4か月ぶりに営業を再開。
3月07日 インラック首相が来日、日本政府からは地球観測衛星の導入を申し入れ。

 

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