8月9日 志賀島から玄海灘 西田橋 城山からの桜島 博多、山本旅館
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
楽風の門から 楽風の庭 家形のオブジェ 床の間の花屋の作品 灯 アトリエ・リングの展示 スライド会の様子 アトリエ・リングの夜景1 アトリエ・リングの夜景2
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
   
温泉街のメインストリートに面した外観 案内図
鎌倉風呂

渋・金具屋(しぶ・かなぐや)
 毎年3月恒例の、かけがえのない建築に泊まる旅。今年は北信濃、渋温泉の金具屋さんに泊まってきました。30年ほど前にも一度泊まったことがあるのですが、そのころはまだ自分が建築の道に進むとは思いもよらなかった時期なのに、なにやら不思議な印象の濃い建物だったのは覚えています。今回もその雰囲気は全く変わっておらず、古い建物に少しずつ手を加えながら丁寧に維持してきた宿の経営者に敬意を感じました。
 金具屋さんは、「歴史の宿」と銘打ってあるように、創業が宝暦八年(1758)です。長い年月を経て、かなりの密度で建て混んでいる温泉街の中、背後に崖を背負った敷地に数棟の建物が複雑にからみあって構成されています。現在の建物のうち、登録文化財に指定されているのが「斉月楼」と「大広間」で、昭和初期の建築です。文化財指定の際の文部科学省の記述には、湯田中・渋温泉の旅館建築。木造4階建て、入母屋造り、鉄板葺。昭和8年起工、同11年竣工で、内部は主として客室とする。外観・内装ともに数奇屋風の様々な意匠をちりばめ、細部も細かく造り分け、非日常的な空間を現出する、温泉旅館建築の好例である。」と、あります。今回はその「斉月楼」の二階、「養老の里」という部屋を指定しました。以下がその平面・断面のスケッチです。


金具屋さんの特徴のひとつに、各部屋のつくりがそれぞれ違うということがあります。スケッチをしながら、廊下と畳の面との高低差、玄関の造りなどを見ていくと、各部屋を、一軒一軒独立した「離れ」のように構成しようとした意図が読み取れます。トイレも一度外に出て濡縁づたいに行くという動線です。現在は、宿の入口で靴を脱ぎますが、廊下の仕上げに石が多用されているのを見れば、かつては廊下から玄関までは、下足の空間だったのではないかと想像できるのです。「金具屋ホテル」という呼び方にも、昭和初期のモダニズムを感じとることができます。
 また、断面をスケッチしようと窓を開けて軒裏を見た時、軒を支えているのが「雲型肘木」であることに驚きました。先の文部科学省の記述では、「数奇屋風」と書かれていましたが、これは飛鳥時代の様式です。この建物の建設にあたって、時の館主が善光寺の宮大工を京都・奈良まで連れて行って、古建築を勉強させたというのがこのあたりにうかがえます。また、トップの風呂の写真は「鎌倉風呂」と呼ばれている内風呂で、ここでは、平安から鎌倉時代にかけて成立した、「和様」の木組みを見ることができます。これは日本建築のオーダーのようなもので、寺社建築にのみ見られる格式の高い様式です。(ここのお湯のすばらしさも付記しておきます)
 このように、昭和初期の建築のポテンシャルの高さがこの宿にはつまっていて、短い滞在でしたが、密度の高い時空を味わうことができました。最後に、「養老の里」のパノラマ写真を掲げておきます。(スケッチ・写真・文;青山恭之)

金具屋さんのホームページへは、下記URLからジャンプできます。
http://www.kanaguya.com/

渋温泉のページでは、足湯のライブ映像も見ることができます。
http://www.avis.ne.jp/~sibu/

update050413
ヒノキ