8月25日、浜寺公園駅
 朝7時3分東京発の「のぞみ」で大阪へ。世界陸上の最初の種目、男子マラソンがスタートした直後でした。マラソンランナー達が目指していたのは、長居スタジアムですが、我々が目指すは南海電鉄浜寺公園駅。明治40年(1907年)、辰野金吾の設計で建てられた、私鉄最古の現役駅舎です。辰野の駅舎建築といえば、もちろん東京駅(中央停車場1914年)があり、皇居前広場へのシンメトリカルな都市計画と連携して、バロック的な建築-都市空間が実現したのですが、7年先んじて、規模は小さいものの、ここ浜寺公園において、彼はバロックを試みていたのです。今年はそれからちょうど100年目に当たるので、表敬訪問という訳です。改札からは、正面に、道がまっすぐに海を目指していました。


                                                   (この写真のみ、撮影;永田博子)

  ここの海岸は、かつては青い松と白い砂浜の阪神有数の海水浴場で、高級な別荘地でもありました。そこに公園が整備され、駅が建設されるときに、駅を降りて海岸へと歩いていく華やいだ舞台として、バロック的空間が構想されたのでしょう。辰野はバロックの光源となる建築として、ハーフティンバーのピクチュアレスクな意匠を描き、成功しています。インテリアも現役で、下の写真はギャラリーとして使われている部屋です。





 上の画像はGoogleEarthからのもので、右の赤い屋根が駅です。そこから、画面左の海に向けて500メートルにわたるバロック空間が見てとれます。公園の中央には噴水、軸線のエンドには幾何学的構成のバラ園と、役者もそろっています。大通脇には阪堺電車の駅舎も顔を出して、スケールを抑えています。大阪という都市において、これだけのバロックは他にあるでしょうか? 中之島には、シンメトリカルで重厚な建築は連なってあるのですが、都市空間としてバロック的ではないのです。ここは、貴重な建築-都市文化財だと思いました。しかし、駅舎は文化財として保護されているのですが、この空間構成が保護されていくかというと大いに疑問です。というのは、駅を降りてすぐ、両側に二階建ての町屋的な商店街が形成されているのですが、その一角がごそっと歯抜けになって、高層のマンションが建っていたのです。



 これにはあきれてしまい、それでも猛暑のなか元気を出して、かつての砂浜まで行ってみました。護岸がなされた先は、200メートルほどの水路を隔てて埋立地の工場地帯が広がっており、ここは海?という感じでした。やはり、今は昔か・・・

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