アトリエ・リング 一級建築士事務所

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塚本の田園

塚本夏景、スケッチ

埼玉大学の授業が終った日、学食で昼を済ませた後、自転車でちょっと遠出をしました。行き先は、旧浦和市の塚本地区。かつて親戚が住んでいたところで、子どもの頃はよく遊びに行っていました。そこは荒川の堤防の川側にある田園地帯で、現在は廃村になり、人家はありません。何年も行っていないので、どんな様子か、訪ねてみたのです。

まず行ったのは千貫樋(せんがんぴ)。埼大から塚本への中間にある、かつての水門の跡です。昔は「せんがんび」と呼んでいたような記憶があるのですが、どちらにせよ、その不思議な響きは、子ども心に、ちょっと怖い場所としてイメージされていました。今は「千貫樋水郷公園」として整備されています。鴨川と荒川をつなぐ水路に位置し、荒川からの逆流を防ぐためにもうけられました。かつては木造だったものを明治37年に煉瓦造になおしたものが、今に残されているのです。二つのトンネルのうちひとつを遊歩道として通れるようになっており、精緻に積まれた煉瓦のアーチを下から見ることができます。

千貫樋、スケッチ

スケッチを済ませて、塚本へ。堤防の上に出ると、田んぼの黄緑と、森の濃い緑の二色で塗り分けられた風景が展開します。かつては、農家の屋根がぽつぽつと見えていたのに今はそれがありません。農地としては利用されいるので人の営みは続いているのに、だれも住んでいないという不思議な田園地帯です。堤防を降りて、親戚の家の場所に向かいます。

田園風景

旧浦和市内で、これだけ建物が見えない風景というのは、ここだけかもしれません。親戚の家は消えてしまっていますが、農具などを入れる小さな小屋が見えました。おばあちゃん(90歳)が、まだ畑を続けていると聞きました。かつてよく遊んだ、その畑まわりの風景をスケッチしたのが最初の画像です。

道端に自転車を止め、荷台のところにパレットを置いて描いていたのですが、その間に、二度、車が通ってよけました。いずれも農家の小さなトラックで、農作業に通ってきていることがわかりました。

その道を荒川方面へ進み、道から直角にあぜ道に入って竹やぶをぬけ、薬師堂へ。人家はなくなりましたが、小さなお堂は健在でした。人影は無く、時間が止まっているようでした。

薬師堂

ここには、市指定の天然記念物、「薬師堂のマキ」というマキの巨木があります。昭和39年の指定時には17.8メートルという記録があるのですが、ここの説明板には平成7年に17メートルと書かれていました。やはり時間が止まっているのでしょうか・・・

マキの巨木

帰り、竹やぶを抜ける時に下の写真を撮りました。現実の時間へ戻っていく、タイムトンネルのようでした。(絵・写真・文;青山恭之)

竹のトンネル