あらしのよるに

キャラクター説明
キャラクター 役上での性別
ヤギ メイ ♂/♀ 女の子ということにしたほうがいいかとも思います。
ガブ 狼ですw
ヤギ タプ メイと友達の男の子
モロ メイと友達の男の子
ミイ メイト友達の女の子
長老 ヤギの長老
メイのあばあちゃん そのままw
おばさんやぎ ヤギの村でのその他大勢
やぎA
やぎB
やぎC
ギロ 狼のボス 過去にメイの母親に耳をちぎられてる
バリー 側近の部下
ザク
リスA 森のその他大勢
リスB
リスC
サル
ナレーション 女性の方がいいと思います


台本の色分け 4:4
メイ 175
ガブ 178
おばさんやぎ(6) タプ(13) リスA(1) 20
メイのあばあさん(9) ミイ(7) モロ(2) リスB(1) 19
ナレーション 124
ギロ(28) ヤギA(5) サル(1) 34
バリー(21) ヤギB(4) リスC(1) 26
ザク(9) ヤギC(3) 長老(8) 20
SE 効果音です
場面転換等の為、間を開けて下さい。


あらしのよるに 台本
001

「さわやかに晴れわたったある日の午後のことです。
フカフカ谷(だに)の草原では、ヤギの群れがのんびりと草を食べていました。
その群れの中に、メイという名前のヤギがいます。メイはおばあちゃんのおみやげの草を集めに、丘をのぼっていきました

そのとき、急に雨雲がひろがって、空がうす暗くなってきました

タプ(♂

おーい、メイ。そろそろ、かえるぞー

モロ(♂) はやく戻んないと、やばいよ
メイ ちょっと、待ってー
タプ(♂) ひぇー、こりゃひと雨くるぞ
モロ(♂) おれたち、先に行ってるぞー

「タプとモロがさけんでも、ミイがせかしても、メイはなかなか来ません。
とうとう、みんなは
メイをおいて、丘を駆け下りはじめました」


「メイが気がつくと、あたりはもう真っ暗です。
急に雨がふりはじめ、風もピュウピュウとメイの体にぶつかってきます」

SE ピカッ!ガラガラガラッ!
メイ 「ひえーっ!」
010

どこかにカミナリが落ちたようです。
その音におどろいたメイは、丘をすべり落ちていきました。
すべっていくメイのあとを、カミナリと激しい雨がおそいかかっていきました。


どれくらい、走ったでしょう。メイは丘の下に、壊れかかった小屋を見つけ、やっとの思いで、その中に逃げこみました」

メイ 「なにも見えない・・・・・・。こまったな。こりゃ、とうぶんおさまりそうにないよ
SE ピカッ!ガラガラガラッ!
メイ 「ひえーっ!」
そのとき、ガタッ!と大きな音がして、だれかが、ドアから入ってきました。
メイ だれだろう?

メイが耳をすますと、コツン、ズズ。コツン、ズズ・・・・・と、床を歩く音が聞こえます

メイ(M) ヒヅメの音だ。なあんだ、ヤギだ。よかった・・・・・。
メイ すごい嵐ですね
ガブ えっ!おや、だれかいやしたか。こいつは失礼。真っ暗で、ちっとも気がつきやせんで
020 メイ

わたしも、ついさっきとびこんできたところですよ。すっかりずぶぬれです

ガブ まったく。おかげで足はくじくし、もうさんざんでやんすよ。ふぅー

そういうと、そいつはツエにしていた棒切れを床におきました。
そう、声の主は、なんとガブという名前のオオカミだったのです。

メイ あなたが来てくれて、ホッとしました
ガブ

そうっすよねえ。嵐の夜に、こんな真っ暗な小屋にひとりぼっちじゃ、心ぼそくなっちまいますよ

は、は、は、はーっくちゅ!

メイ だいじょうぶですか?
ガブ どうやら、鼻かぜをひいちまったらしい
メイ わたしもですよ。おかげで、ぜんぜんにおいがわからないんです。

くしゅっ!
ガブ えへへ、いま、わかるのは、おたがいの声だけでやんすね
メイ ところで、どちらにお住まいですか?
030 ガブ へえ。おいら、バクバク谷(だに)のほうでやんす
メイ ええっ!バクバク谷ですってぇ!
バクバク谷とは、オオカミがたくさん住んでいるところです。
メイ あっちのほうは、危なくないんですか?
ガブ へえ、そうでやんすか。ま、ちょっとけわしいけど、いいところでやんすよ
メイ ふーん。度胸があるんですね。わたしはサワサワ山(やま)のほうですよ
ガブ おおっ、そいつはうらやましい。そっちのほうは、うまいエサがいっぱいあるじゃないですか

サワサワ山(やま)とは、ヤギがたくさん住んでいるところです。
ガブはヤギたちが、お尻をフリフリしながら草を食べているところを想像して、思わず舌なめずりをしました

メイ わたしは、フカフカ谷(だに)のエサのほうが好きですけど・・・
ガブ おいらもですよ。あそこのエサは特別うまいんすよね
040 メイ ほんと、やわらかいのに歯ごたえもあって・・・・・
ガブ ああ、あそこのエサがいま、ここにあったらなあ〜
メイ その気持ち、すごくよくわかります。だって、わたしいま、おなかがすいちゃって
ガブ おいらも、もうペコペコですよ

そういえば、おいら子どものころは、やせっぽちでね。いまじゃ、特別大食いだけど・・・・・・。
あのころは、おふくろから、もっと食え、もっと食えーって、よくいわれたもんすよ

メイ

あら、わたしもですよ。食べられるときに、しっかり食べておかないと、
いざというときに、はやくはしれないでしょって

ガブ そうそう。おいらのウチもまったく同じいいかたっすよ。はやくはしれないと生きのこれないわよって
メイ ははは、まったく同じだ。でも、わたしはお母さんじゃなくて、おばあちゃんですけどね
ガブ へえー。おばあちゃんが?
メイ 母はわたしが幼いときに・・・・・
ガブ そうでやんすか。おいらのおふくろも、もう死んじゃいやしてね
050 メイ そうですか。なんか、わたしたちって似てますね
ガブ へへへ、ほんと。真っ暗でおたがいの顔も見えないっすけど、じつは顔まで似てたりして
SE ピカッ!ガラガラガラッ!
はげしいイナズマが光り、小屋のなかが昼間のように明るくなりました
メイ

あっ、わたし、つい下をむいてしまいましたけど、わたしの顔、見えたでしょ? 似てましたかあ?

ガブ ・・・・・それが、おいら、思わず目ぇつぶっちまって
SE ピシッ!ガラガラガラッ!
メイ ひゃあ!
ガブ
メイ あっ!失礼!どうもわたし、この音に弱くて・・・・・
060 ガブ ふぅー、おいらもなんですよお。はぁー、びっくりしやした
メイ なんか、わたしたちって、ほんとによく似てると思いません?
ガブ いよっ。じつは、おいらもいま、気があうなあーって
メイ そうだ!どうです。こんど天気のいい日に、いっしょにお食事でも
ガブ いいっすねぇ。ひどい嵐で、最悪の夜かと思ったけど、いい友だちに出会えて、こいつは最高の夜かもしんねぇす
ガブ おや。嵐がやんだみたいでやすね
メイ ほんとうだ・・・・・。それじゃ、とりあえず、明日(あした)のお昼なんてどうです?
ガブ いいっすよ。嵐のあとは、とくにいい天気っていいやすからね
メイ 会う場所はどうします?
ガブ うーん。それじゃ、この小屋の前では?
070 メイ きまり。でも、おたがいの顔がわからなかったりして・・・・・
ガブ じゃあ、念のために、おいらが<嵐の夜に出会ったものでやんす>っていいやすよ
メイ はははは。<あらしのよるに>だけでわかりますよ
ガブ じゃあ、おいらたちの合言葉は<あらしのよるに>ってことっすね
ガブはゆっくり立ちあがりました。ところがメイは立ちあがれません。
メイ うっ、いつつつぅ・・・・・
ガブ どうしやした?
メイ ははは、足がしびれちゃって。お先にどうぞ
ガブ それじゃ、明日(あした)。あらしのよるに
メイ 気をつけて。あらしのよるに
080

メイはしびれた足を気にしていて、戸口から出ていったガブの姿を見ていませんでした。
だんだん、ガブの姿が遠くなっていきます。
メイも、おくれて小屋から出てきて、二匹はそれぞれ反対の方向に歩いていきました。
やがて夜が明け、雨あがりの木々がキラキラとかがやいていました。

あくる日は、夕べの嵐がウソのように晴れわたり、小鳥も元気よくさえずっています。
森の道を、メイが楽しそうに歩いてきました。
首には、弁当の包みを巻いています。

そして小屋の前まで来ると、あたりをキョロキョロと見まわしました。
まだ、だれも来ていないとわかったメイは、ちょっとしたいたずらを思いつきました。小屋のそばにある大きな木のかげにかくれたのです。
反対の林からは、大きな体のガブがずんずんと歩いてきました。ガブも、弁当の包みを首に巻いています。
ガブは小屋の前までやってくると、木にかくれているメイの影を見つけ、ソロリソロリと近づいていきました。
木のそばまで来たガブは、うれしさをこらえながら、コホン!とせきばらいをして、大きな声であの合言葉をいいました
ガブ あらしのよるに!
メイ あらしのよるに!

メイも、思わずにっこりして、合言葉をかえします。そして、おたがいの姿を見てびっくり。

メイ 「えっ!」
ガブ

おだやかな日ざしが照らす丘の上を、ガブとメイがのぼっています。
二匹の笑い声が楽しそうに、丘にひびきわたります

メイ ははは、ほんとうにびっくりしましたよ。あなたがオオカミだったなんて
ガブ おいらもでうよう。まさかあんたがヤギだったとはね・・・・・
メイ ほんと・・・・・。オオカミといっしょにお昼ごはんを食べる約束をしたんですから、いまでも信じられませんよ
090 ガブ おいらだって、そうっすよ。お昼ごはんといっしょに、お昼ごはんを食べるようなもんすから。あっ、こりゃ失礼
メイ ははは、気にしませんよ。あなたがわたしを食べるつもりなら、さっき小屋の前で食べていたでしょ?
ガブ そうなんす。こう見えてもおいら、なにより友情を大切にしてるんす
メイ わたしもですよ。よく、おばあちゃんからいわれました。友だちだけは大切にしろって
ガブ そう、おいらも、おふくろに同じいいかたでいわれやしたよ
メイ カミナリに弱いところといい、わたしたちって、ほんとうによく似てますね。ははは・・・・・
ガブ へへへ、まったくだ
どうやら二匹は、岩山のてっぺんで弁当を食べようというのです。
メイ あーっ!
とつぜん、メイが声をあげました。ガケくずれで、道がわれていたのです。
100 メイ 気をつけてくださいよ
ガブ へへ。おいら、これくらいのガケ、なれてやすよ。ほれ、よいしょっと

ガブがそういって、ポンとわれめをとびこしました。と、そのときです。
首に巻いていた弁当の結びめが、するりととけて・・・・。」

SE ヒュ〜ン
ガブ おっとっと!し、しまったあ!おいらのお弁当が・・・・・、た、谷底にぃぃ


なあに、おいら、二、三日食わなくったって、へっちゃらですから
メイ 夕べは特別大食いだって、いってたじゃないですか
ガブ へえ。そんなこと、いってやしたっけ

二匹は、ずんずん岩山をのぼっていきます。
でも、ガブはあんまり元気がありません。

ガブ あ〜あ、今日一日、お弁当なしでやんすか・・・・・あっ!

ガブが思わず声をあげました。前を歩くメイのお尻がフリフリとゆれて、なんともおいしそうに見えたからです
ガブは、思わずゴクリと生つばを飲みこむと、あわてて首をプルプルふって、ギュッと目をつぶりました。

110 ガブ(M) おいら、なんてやつだ。友だちをおいしそうだなんて・・・・。

そっと目をあけると、またフリフリのお尻。
ゴクリと生つば・・・・。

SE グーッ!

ガブのおなかの音。また、プルプルと首をふって目をつぶります。
そんなことをくりかえしているガブに、メイが気づきました。

メイ どうしました?つきましたよ、てっぺんです
ガブ い、いや、なんでもないっす。ははは
ガブは、まぶしそうにメイを見あげました。
岩山のてっぺんに立つと、ひろびろとした景色がひろがっています。
メイ ほら、ここからフカフカ谷(だに)も見えますよ
ガブ ほんとだ。おいら、あそこによくエサを・・・・・うっ
メイ え?エサ?
120 ガブ い、いや。おいら、ヤギの肉なんて一度も食べたことないっすから。ははは
メイ そうですよね。・・・・じゃあ、お弁当にしましょうか
あっ、落としちゃったんですよね
ガブ そうなんす・・・・
メイ わたしの干し草、半分食べます?やっぱり肉じゃなきゃダメですよね
ガブ いや、その・・・・
メイ あっ、もしかして、さっき落としたお弁当って、ヤギの肉だったりして
ガブ と、とんでもないっすよ。おいら、ほんとうにヤギの肉だけは大きらいで、もう、そんなのきまってるじゃないですかぁ
メイ そうですよね
ガブ もちろんでやんす。さ、おいらにかまわず、食べてくださいっすよ。おいら、ちょっと昼寝でもしやすから
メイ そうですかぁ?それじゃ
130 メイはガブに背中をむけると、弁当の包みをあけました。なかには、おいしそうなクローバーがたくさん。
メイ ひゅう、おいしそう!
ガブ(M) おいらだって、お弁当があるといえばあるんだよね、ほら、うしろに・・・・。
メイ

やっぱり、こんな景色をながめながら食べるお弁当って最高ですね。
あっ・・・・・、ごめん

メイがふりかえると、ガブは目をつぶったまま、眠ったふりをしています。
メイ おや、もう寝ちゃいましたか

メイはそういって、またガブに背をむけて、食べはじめます。そして弁当を食べおわると、大きくのびをしました

メイ ふぁー、おなかいっぱい。気持ちいいから、わたしも寝ようかな
急に、眠くなっちゃった。ムニュムニュ・・・・

メイは大きなあくびをして、ゴロリと横になりました。
ガブのほうは、おなかがすいて眠れません。
むくりと起きあがると、ぐっすり眠っているメイをジーッと見つめました。

ガブ(M) こいつ、すごくいいやつなんすよねぇー。食べてもうまいけど、なにかいっしょにいると、ホッとするんすよねぇー。
まぁ、味もいいっすけど・・・・。
140 そのとき、メイの耳がヒクヒクと動きました。
ガブ おっ・・・・
ガブ(M) ちょっとだけ、かじってみようかな。
<あなたは友だちですから、かたっぽの耳ぐらいならどうぞ>
なーんて、いうわけないか。・・・・でも、
おいら、もう・・・・。

ガブが、そおっとメイの耳に口を近づけました。
口を少しあけると、するどいキバがキラリと光ります。

ガブ うぅー、おいしそう。ふぅー
メイ うふふっ。よしてくださいよ。くすぐったいじゃないですか
ガブのため息が耳にかかるとメイが目をさましてしまいました。
メイ ふわぁー、よく寝た。わたしって、くすぐったがり屋でしてね。
とくに耳はダメなんです。えっ、どうしました?わたしの耳になにかついています?
ガブ えっ!あ、いやべつに。その、なんでもないっす
メイ うふ、ヘンなの。じゃあ、そろそろ行きますか?
150 ガブ そうっすね
メイは立ちあがって、歩きだしました。
ガブの目はつい、前を歩くメイの耳にいってしまいます。
口からは、よだれがたれてきました。また、メイのお尻がゆれています。
はぁ、はぁ。だんだん息づかいがあらくなり、ガブは思わず、メイのところにかけよっていきました。
ガブ ううう・・・・。こんなの・・・・、やっぱり・・・・、がまんできねぇーっ!
メイ ん?なにか
ガブ い、いや。ひとつ大事なことを忘れてたんすよ
メイ え、なんでしたっけ?
ガブ もう、じれってえなぁ・・・・。だからぁ
ガブが下をむいて、ポソリといいました。
ガブ こ、こんど、いつ会うっす?
メイはガブを見つめて、にっこり。
丘の上の二匹の影がひとつになって、どこまでもどこまでものびていました。
160
朝のサワサワ山では、ヤギの長老がみんなを集めてなにか話しています。
長老 えー、コホン。これから、冬にむかってじゃな。あのおそろしいオオカミどもが、われわれヤギを、つぎつぎにおそってくると思うのじゃ
つまり、コホン。要するにじゃ、コンコン。いまが、一年でいちばん危険な時期ということになるわけじゃ。くれぐれも油断せずにじゃな。コホン
長老のせきが、なかなかとまりません。
長老 コホン、コホン、コホン。いやだいじょうぶじゃ、ありがとう。
なるべく一匹で行動しないよう心がけ、コホン、群れで動くように・・・・。コホン、じゃな・・・・

まだ、話のとちゅうだというのに、メイがどこかへ行こうとしています。
それに気づいたミイが声をかけました。

ミイ(♀) メイ、どこ行くの?
メイ えっ!いや、その・・・・
ミイ(♀) なんか、あやしい!
メイ べ、べつに・・・・
170 メイがもじもじしていると、そこへタプがやってきました。
タプ(♂) こんなとこで、なにしてんだ?
ミイ(♀) メイが、どこかに行くみたいだから
タプ(♂) どこ行くんだ?メイ
メイ いや、その、ちょっとソヨソヨ峠で約束があってさ
タプ(♂) ソヨソヨ峠ぇーっ!
なに、バカなこといってるんだ!
あそこは、このあいだ真っ昼間にヤギがオオカミにやられたところだぞ!このごろじゃ、“昼飯峠”とも呼ばれてんだ。一匹じゃ、危ないぞ
メイ でも・・・・約束したから
メイがなんとか、一匹だけで行こうとしていると・・・・。
メイのおばあちゃん だめよ、絶対ダメ。行くんなら、タプといっしょに行きなさい

おばあゃんに、そういわれてしまいました。しかたなく、メイはタプとミイと三匹でソヨソヨ峠にむかいました。
とちゅうでタプが得意そうに話しはじめます。

180 タプ(♂) いいか、メイ。おまえ、そんな顔してるけど、おれがついてきてよかったんだぞ。
オオカミのことなら、なんでも聞いてくれ。あれっ、なんで、そこでため息なんかつくわけ?
メイ ・・・・
ミイ(♀) あのねぇ、メイ。オオカミってのはねぇ・・・
そんな話をして歩いているうちに、三匹はソヨソヨ峠につきました。
タプ(♂) まだ、友だちはきていないみたいだな
メイ え、ああ
そういって、メイがなにげなく、しげみのなかを見てびっくり。ガブが、かくれていたからです。
タプ(♂) おい、メイ。なに、ぼんやりしてんだ?
メイ えっ?あ、べつに
タプ(♂) いままでいってなかったけどな、おれはオオカミのことに、ただくわしいだけじゃない。
何度も見てんだ。ま、オオカミなんてさ、近くで見るとさ、目はギラギラして、口は下品で、鼻はぶさいくで、ほんとうにどうしようもない顔したやつだけどな
それを、しげみのなかで聞いていたガブはムッとして、オオーンと小さな声で遠ぼえをしました。
190 ガブ オオーン
タプ けっ、あんなもんで、おどろいちゃ、しろうとよ。いいか、オオカミがもしあらわれたら、こうしてツノでさして、つぎにうしろ足でエイッ!
そのひょうしに、タプの足がしげみのなかのガブの頭に、
ガブ ガウォウウウー!
タプ(♂) ひっ、ひっ、ひぇーっ!
ミイ(♀) きゃぁー
タプ(♂) 出たぁー
ミイ(♀) た、たすけてぇー!
タプとミイは大あわてで逃げだします。ガブは、頭のコブをおさえながら言いました。
ガブ おぉー、痛ぇ。いきなり頭をけとばされちゃったでやんすよ
200 メイ ははは、ごめん、ごめん。いまの・・・・、わたしの友だちなんです
ガブ ははは、すごく、おいしそうな・・・・、いや、気のよさそうなお友だちで。でも、なんだか、おどかしちゃったみたいで
メイ ふふふ。でも、やっとふたりだけになりましたね。
メイが心配だからどうしてもついてくるっていって、こまっていたんですよ。あっ、わたしの名前、メイっていうんです
ガブ へえ。メイでやんすか。おいら、ガブっていいやす
メイ 強そうな名前ですね。でも、なにかヘンですよね。いまごろ、おたがいの名前をいいあうなんて
ガブ ほんとうっすね
メイ ははは。ところで、ずいぶん待たせちゃっいました?
ガブ いや、いや。おいらもさっき、来たところっすよ
メイ とにかく、なかまがうるさくって。いまからオオカミと会うなんていったら、たいへんなことになってましたよ
ガブ でへへ。おいらも同じでやんす。ヤギと友だちだなんて、なかまには絶対いえないっすよ
210 メイ わたしたちだけの秘密ですね
ガブ そ、そんないいかたすると、おいらドキドキしちゃいやすよ。
でも、ほんとうに、いいんでやんすか?おいらのようなオオカミとつきあって
メイ ははは、そんなこと。あなたこそ、いいんですか?わたしのような。ヤギとつきあって
ガブ だから、秘密の友だちなんじゃないですか
メイ そうですよね。秘密の友だちだものね。うふふ
ガブ ははは

二匹は森のなかを歩きながら、たくさんおしゃべりをしました。そして、また会う約束をすると、それぞれの群れにかえっていきました。

翌日、バクバク谷(だに)でオオカミたちの集会がありました。まんなかいるのは、片耳のないボスのギロです。
ギロ みんな、わかってるな。これからの狩りでは失敗はゆるされねぇぞ。
なんたって、もうすぐ寒い冬だ。なんとしてでも、いまのうちにエサをつかまえねぇとならねぇ。いいか、気を引きしめてかかれ
バリー へい!
ザク
ガブ
ギロ 手はじめに、さっそく今日は、ポロポロが丘でヤギ狩りをやる
220 ガブ げっ、ポロポロが丘!
ガブが思わず声をあげました。メイと会う約束をしていた場所がポロポロが丘だったからです。
バリー ポロポロが丘?ギロさん、あそこはあんまりヤギがいないんじゃ・・・・
ギロ ふっふっふ。だから、ねらうのよ。あそこは、ゴツゴツした岩ばかりの丘だが、その岩のあいだに草が生えている。どうやら、その草がヤギにはうまいらしい。
おれが見たところ、かならず何匹かのヤギがチラホラとやってくる
バリー なるほど、さすがギロさん、ヤギ狩りに関しては考えることがちがうや。で、どんな作戦で狩りをやるんで
ギロ バリー、お前たちはいつものようにヤギを追う役だ。そっと近づいて、とりかこむのを忘れんな。つぎに、ザク。お前らは、反対に先まわりしろ。はさみうち作戦だ
ザク へい!
ギロ あとはいつもどおり、おれの指示にしたがってヤギをつかまえりゃいい
バリー わかりやした!
ザク
ガブ
ガブ(M) こうなったら、なんとかメイだけでも逃がしてやらねえと
230

メイが、ポロポロが丘にやってきました。ところが、あたりは深い霧におおわれて、ほとんどなにも見えません。そこに、オオカミたちが丘をのぼってきました。

なにも知らないメイは、霧のなかをさまよって、なんとギロのすぐ近くに来てしまいました

メイ おや、オオカミがいる。ガブかな?

メイがじっと見つめると、それは片耳のギロでした。
メイはあわてて岩かげにかくれます

ギロ ちきしょう。風むきが悪くて、においがわかりにくいが、まちがいなくヤギが近くにいるはずだ

ギロが、どんどんメイに近づいてきます。

―どうしよう、見つかってしまう―メイが、そう思ったとき

ガブ あ、ギロさん。なにか見つけやしたか?
ギロ しっ!大きな声を出すんじゃねえ。近くにヤギがいるんだ
ガブ ああ、そのヤギならたったいま、この岩のむこうに行きやした。それを知らせにきたんでやんす
ギロ よし、おれが行く。お前はここで見はってろ
ガブ へい
240

ギロが行くのを見とどけて、ガブはホッとしました。
ところが、メイのほうを
ふりむくと、こんどは、いまにもバリーが、メイにとびかかろうとしているではありませんか。
ふりむいたメイは、
こわさのあまり身動きできません。
バリーのキバがギラリと光ります。と、そのとき、ゴロン、ゴロン!と地面をゆるがすような大きな音が聞こえてきました。

バリー あわわっ、あ、危ねぇ!

大きな石が、バリーの目の前に落ちてきたのです。あわてて石をよけて気がつくと、
もう、メイの姿はありませんでした。ガブがメイの手を引いて、霧のなかへ逃げ去ったからです。

あちこちで、ヤギの悲鳴やオオカミのうなり声が聞こえてきます。ポロポロが丘は、まるで戦場です。

そのなかを、ガブとメイは、しっかり手をつないではしりました。
やがて二匹は、小さな洞穴を見つけ、そのなかにとびこみました。

ガブ よかったでやんす。おいら。もし、あんたがやられたらどうしようかと・・・・
メイ ありがとう。ガブ。何度も助けてくれて
ガブ 当たり前でやんす
メイ 当たり前のオオカミは、ヤギを追いかけるほうですよ。ヤギの肉を目当てにね
ガブ そりゃ、そうっすね、ははは。でも、おいら、いまはヤギの“肉”じゃなくて・・・・ヤギが好きなんす・・・・
メイ ガブ・・・・
メイが照れくさそうに、下をむきました。
250 ガブ 外は静かになりやしたね。でも、また霧が濃くなってきてるでやんす
メイ おかげで、見つからなくてすんだじゃないですか
ガブ そうでやんすけど、ほんとうはおいら、この丘にあんたを呼んだのはね、今夜が満月だからでやんす
メイ 満月ですか?
ガブ むかし、よく月を見に、この丘に来たんでやんすよ。
ここから見える月は、すごくきれいなんすよ。あーあ、あんたに見せたかったなぁ。その月を見てると、いやなことなんか、みぃーんな忘れちまうでやんすよ
メイ 今夜は月は見られそうもないけど、わたし、ガブと話してると、いやなことなんか、みぃーんな忘れられるんですよ
ガブ ほ、ほんとでやんすか。お、おいらもです
メイ また満月、見に来ましょうよ
ガブ オ、オーケーでやんす
やがて谷底からわいてくる霧が、岩山を白くつつみこんでいきました。
260

さわぎのあった翌朝、サワサワ山のふもとでは、ヤギたちがなにやらさわいでいます。
おばさんヤギが体じゅうキズだらけになって、かえってきたからです

おばさんやぎ あの、あのね。ポロポロが丘で、オオカミに群れにおそわれてさ
ヤギA あそこに、オオカミが出たって話は、いままで聞いたことないな
おばさんやぎ ほかの山のヤギたちと、いっしょだったんだけどさ。オオカミは群れで来たから、そりゃたいへんだったよ
ヤギB 何匹ぐらい、やられたんだい?
おばさんやぎ そんなこと、わかんないよ。自分が逃げるだけで、せいいっぱいだもの。あたしだって、ほれ、こんなにキズだらけさ
ヤギC 冬が近いから、やつらも必死さ
おばさんやぎ あっ、そうそう、逃げるとちゅうで、とんでもないもんを見ちまったんだよ
ヤギA とんでもないもんって、なに?
270 おばさんやぎ それがさ、そのさわぎのなかをヤギとオオカミが、なかよく手をつないで逃げてたのさ
ヤギB ヤギとオオカミが?
ヤギC まさか。ウソだろう?
おばさんやぎ あたしも最初は信じられなかったさ。
思わず逃げるのも忘れちまって、じっと見ちまったよ。で、そのヤギがさ。どこかで見覚えがあると思ったら、あのメイじゃないか
ヤギA えーっ!あのメイが?
ヤギC 信じられん!
ヤギB そういえば、あいつ。このごろよく、フラフラでかけてるよな
ヤギA ところで、メイはいまどこにいるんだ
バクバク谷(だに)でも、オオカミたちが集まって、夕べの狩りの話をしていました。
280 バリー まったく、昨日の狩りはさんざんだったな
ザク あの霧じゃ、しょうがねえよ
せっかくのごちそうを前にしてな
ギロ おい。ガブはどこにいる?
バリー へい。じつは夕べから見かけないんで
ギロ 昨日ガブは、お前といっしょにヤギを追う役目だったな
バリー へい。それが、あのドタバタさわぎのなかで、とちゅうから姿をくらましやがって・・・・
ギロ オオカミの狩りでは、勝手な行動はご法度だ。ゆるせねぇ!すぐにガブを呼んでこい!
バリー それが、どこへ行きやがったか、わからねえんで
ギロ なら、すぐに手わけしてさがせ!
290

サワサワ山のふもとでは、ヤギたちがメイをとりかこんでいました。
心配そうなメイのおばあちゃん、こまった顔のタプ、いまにも泣きそうなミイ、みんな、じっとメイをにらみつけています。

メイ あれぇ!みんな、どうしちゃったの?そんな、こわい顔しちゃって

あはは。わたしがなにか・・・・?

メイが話しかけても、みんなだまったまま、じっとメイをみつめています。
とまどいながら、メイがみんなのいるほうに近づいていくと、長老がゆっくりと口をひらきました

長老 コホン。メイ、お前、オオカミとなかよくしているそうじゃな
ヤギのなかまが、つぎつぎとオオカミにおそわれているときに、オオカミとなかよく手をつないでいたというのは、ほんとうの話か?
ミイ(♀) ウソでしょ。ねえ、メイ。ウソよね
メイ ・・・・ほんとうなんだ
メイのおばあちゃん おおおおおお!
メイのその言葉に、メイのおばあちゃんは思わず泣きくずれました。
メイ あいつ、いや、あのオオカミ、すごくいいやつなんです
300 ヤギA なに考えてんの? オオカミは、わたしたちを食べるのよ
ヤギB 頭が、どうかしちゃったんじゃない
長老

なあ、メイ。やつから見たら、わしたちはただのエサだ。やつらは、わしらを食べて生きているんだ。
そういうやつらが、わしらエサとなか
よくすると思うか?

そのころバクバク谷(だに)では、やはりガブが、なかまたちにかこまれていました

ギロ ガブ。お前、気はたしかか?
ガブ へえ。なにか?
バリー

とぼけんな。それじゃなくても、あの霧で獲物をつかまえそこなったってのに、お前その獲物が逃げるのを手助けしたんだってな

ガブ え、あ、その・・・・
バリー グズグズいってねえで、はっきりしろっ!
310 ガブ あ、はぁ。でも、あいつ、いや、あのヤギはすごくいいやつなんで・・・・
バリー

バカか、お前は。ヤギはおれたちのエサだろうが。そのエサがいいやつだって、関係ねぇだろうが

ガブ

だ、だから、その。あいつだけはいいんでやんす。たった一匹のヤギだけで・・・・

バリー

よく考えてみろよ、ガブ。
たった一匹だって、友だちになりゃあ、
なんでも話すってことになるだろうが。おれたちのいる場所、いつどこで狩りに行って、どういう作戦なのか、やつらにわかっちまったら、おれたちは飢え死にしちまうんだよ

ガブ そ、そんな話、一度もしてないっす
バリー

いいかげんにしろ!お前、まだわからないのか。お前はやつらに利用されてるんだ

ガブ それは・・・・
バリー

いいか、ガブ。そのヤギのほうだって、自分のなかまを食いころしてるおれたちと、ほんとうの友だちになると思うか?

ギロ よし。ガブの処分をどうするかきまるまで、谷底の穴にぶちこんどけ
320 サワサワ山のふもとでは、メイが一本の木にヒモでつながれていました。
メイ

そうだよなあ。わたしはヤギだもんなあ。みんなのいうとうりだよ。
そういえば、ガブはフカフカ谷のエサが大好物だっていってたっけ。
そりゃあ、ガブはオオカミだものね。いままで、何匹もヤギを食いころしたことがあってもおかしくないよ。でも、ガブはヤギの肉だけは大きらいっていってたけど。ふぅー

メイのおばあちゃん メイ。起きてるかい?
メイ おばあちゃん・・・・
メイのおばあちゃん 寝てなんかいられなくてね・・・・。お前に話しとくほうがいいと思って来たんだよ
メイ なに?
メイのおばあちゃん お前のお母さんのことなんだよ
メイ え?お母さん?
メイのおばあちゃん そう。あの子はお前と、いつもいっしょだった。なによりも、お前を愛していたんだ
メイ おぼえてるよ。なんとなくだけど・・・・
330 メイのおばあちゃん あの子は、幼いお前を守るために、オオカミにころされたんだよ
メイ オオカミに!
メイのおばあちゃん そう。そのとき、勇敢にもオオカミの片耳を食いちぎってやったんだよ。でも、最後はオオカミたちに食われちまった・・・・
メイ(M) そうか、そうだったのか・・・・。
空が白々(しらじら)と明けはじめるころ、長老を先頭に数匹のヤギたちがメイのところにやってきました。
長老 やあ、メイ。コホン、どうだね、一晩、冷静に考えたか?
メイ え、ええ・・・・
長老 わしも、いろいろ考えたんじゃがなぁ。お前と親しくなったというそのオオカミに、お前、もういちど会ってみるか?
メイ ええっ?ガブと?
長老 ああ、そうじゃ。つまり、もし、やつらがお前を利用するつもりなら、反対にこっちがやつを利用してやるのじゃ。お前、ニコニコしながらそのオオカミと会ってな、やつらのいる場所、群れの数、やつらが絶対に行かない場所、やつらのこれからの狩りの予定なんかを聞きだしてくれ。そうすれば、お前はいままでどおり、わしらのなかまじゃ。どうかな?
340 メイはしばらく考えこんだあと、長老にむかってこたえました。
メイ わかりました。やってみます
バクバク谷の穴に閉じこめられたガブのところに、いくつもの足音が近づいてきます。ガブが、ハッとして上を見ると、オオカミたちの顔がズラーッとならんでいました。そして、ギロが声をかけました。
ギロ やあ、ガブ。頭を冷やしたか?
ガブ へえ
ギロ お前の処分がきまった
ガブ へえ?
ギロ オオカミのおきてにしたがって、お前は死刑だ
ガブ ・・・・
350 ギロ ただし、お前の父親はおれの親友だったこともある。そこで、今回は特別にチャンスを与えてやることにした
ガブ ・・・・
ギロ お前がなかよくなったという、ヤギにもういちど会ってこい
ガブ え?メ、メイと?
ギロ そうだ。お前はそこで、やさしそうな顔をして、ヤギのことをいろいろ聞きだしてこい
バリー へっ、へっ、へっ。よかったな、ガブ。お前、命が助かるんだぜ。あとは、お前がしっかり、やつらの動きを聞きだしてくれば、もうおれたち、苦労しなくたって毎日エサにこまらないってわけよ
ギロ いいか、ガブ。チャンスは一回だ。もし、またバカなことを考えるようなら、こんどは容赦しねえ。裏切り者は、どこまでも追いかけて処刑する。それがオオカミのおきてだ。わかったな
ガブ も、もちろん、わかったっす。おいら、もういちど、あのヤギに会ってみやす
雨あがりのソヨソヨ峠に、ガブとメイがやってきました。
360 メイ やあ、おそくなっちゃって
ガブ いや、おいらもいま来たところで・・・・
メイ ど、どうします?きょうは?
ガブ そ、そうっすね。じゃ、この下の谷川までおりてにやすか。へへへ
メイ ええ。そうしましょうか。ははは
どこかぎこちない、メイとガブ。二匹は足場の悪い峠のガケ道をゆっくりとおりていきました。そのようすを一目見ようと、森の動物たちがザワザワとついていきます。ヤギたちも、遠くのガケの上から、二匹のようすを見ています
タプ(♂) メイのやつ、うまくやれるかな?
長老 うむ。わしら一族の命がかかってるんじゃ。がんばってもらうしかなかろう
メイのあばあちゃん ああ。とんだことになっちゃったね
おばあちゃんはもう、おろおろするばかり。オオカミたちも岩場からようすを見ていました。ギロがつぶやきます。
370 ギロ あの野郎、あんなうまそうなヤギとなかよくしてやがったのか。ゆるせねぇ
バリー まぁ、まぁ、ギロさん。ガブがうまくヤギをだませりゃ、いくらでもヤギを食えるんですから
ギロ おれはヤギを見てるだけでムカムカするんだ。ヤギなんか、みんな食いころしてやる!
メイとガブが、あてもなく川原を歩いていると、やがて空から、またポツポツと雨が落ちてきました
メイ あっ・・・・
ガブ ふりだしやしたね
遠くカミナリの音がきこえてきたかと思うと、あっという間にドシャぶりです。林や岩場からのぞいていた動物たちも、雨やどりに大あわて。メイもガブも、雨やどりできるところを急いでさがしました。
ガブ あっ、あの大きな岩の下に・・・・
メイ そうですね
二匹は岩から岩へととびうつりながら、むこう岸の大きな岩へとむかいました。
380 ガブ 危ないっすよ
メイ ええ
すべりやすい岩を、二匹が助けあいながらわたっていくと・・・・。
SE ピカッ!
メイ ひゃー!
SE ゴロゴロゴローッ!
ガブ あわわ!
そのとき、カミナリにおどろいたメイが、ズルッと足をすべらせたのです。
ガブ 危ないっす!
ガブが、あわててメイの手を引っぱります。
390 ガブ むむむむ・・・・
ガブは必死で足をふんばり、やっとの思いでメイをかかえると、岩の下にしりもちをつきました。すると、冷たい体に友だちのぬくもりがつたわってきました。それは、ホッとするあたたかさでした。
ガブ ・・・・ったく。あいかわらずでやんすね。こんなところで、足をすべらせて
メイ はい、わたし、むかしから、そそっかしくって・・・・
ガブ じつは、おいら、ここに来るあいだずっと、あんたをだまそうと思ってたんでやんす。でも、おいら・・・・、やっぱり、あんたをだますなんて、どうしてもできねえ
メイ わたしもですよ。ほんとうは、いろいろ聞きだそうと思ってたんですが・・・、その・・・。ガブの顔見ちゃったら、そんなことできなくて・・・・
ガブ やっぱりおいらたち、秘密の友だちでやんすから
メイ う〜ん。でも、もう秘密じゃなくなったみたいですね
林のなかや岩かげから、大勢の動物たちが二匹のようすを見ています。
ガブ ほんと。えらいことになっちまったっすねぇ
400 メイ どうします?
ガブ 行くかかえるか、どっちかっすよね
メイ わたしを食べて、おわりっていうのもありますよ
ガブ ははは。それができりゃ、簡単だ
メイ ははは
ガブ ・・・・・・ここまできたら、いっそ行くところまで行ってみやすか?
メイ その覚悟なら、もうとっくにできてますよ
みつめあう二匹の足もとでは、ゴウゴウと、ものすごいいきおいで川の水が流れていました。
メイ 絶対、生きてまた会いましょうね
ガブ もちろんでやんすよ
410 二匹は大きく息を吸いこむと、川にむかって思いきりジャンプしました。たちまち、はげしい流れが二匹を飲みこみ、あとには川の水音だけがひびきわたっていました
なんとか川からはいあがった二匹が、朝の光のなかを歩いています。
リスA ねえ、あの二匹、夕べのヤギとオオカミじゃない?
リスB ああ。あのあと、川にとびこんだやつらだろ?
リスC よく、生きてたもんだ
リスたちの声が、林のなかから聞こえてきました。
ガブ このうわさは、すぐにオオカミたちに伝わるっす
メイ そうですね・・・・
ガブ どうしやす?これから・・・・
420 そういって、ふと立ちどまった二匹の目の前には、雪におおわれた大きな山がそびえ立っていました。
メイ あの山のむこうにでも行ってみますか
ガブ えっ!あ、あの山?あの山って、あの山のむこうには、だれも行ったことがないっすよ
メイ だから、行くんですよ。わたしたち、もう、もどるとこないじゃないですか
ガブ そりゃそうっすけど・・・・
メイ わたし、きっとあると思うんです。あの山のむこうにも、緑の森が
ガブ 緑の森っすか・・・・
メイ ええ。きっとありますよ。その森なら、オオカミとヤギがいっしょに暮らせるかもしれない
ガブ ほんとに、いいんでやんすね。てっぺんは、きっと深い雪がつもってて、こごえるような寒さが待ってて、そりゃあ簡単に行けるところじゃないっすよ。だから、だれも行かないし、むこうからも、だれも来ないでやんすよ。
メイ なんとかなりますよ
430 ガブ ・・・・そうっすよね。やっぱり、行くしかないっすよね。きっと、あるにきまってますよ、緑の森が
メイ うん
こうして、二匹は遠くの山へむかって歩きだしたのです。
ガブとメイを追うオオカミの群れは、森を抜けたところまで来ていました。先頭のギロが立ちどまって、オオカミたちにいいました。
ギロ おい。ここで二手にわかれてさがすんだ。バリーたちは北だ
バリー へい
ギロ おれたちは東をさがす
ザク わかりました
ギロ ったく、ガブのやつ。あまくしてやったのがまちがいだったぜ。ヤギなんかをかばいやがって、ゆるせねえ。どんなことをしてでも、絶対に見つけてやる
440 バリー 見つけたら、もちろん処刑ですね。それにしても、いっしょにいたヤギはうまそうだったなあ
ギロ バカ野郎。見てろ、あのヤギだって簡単にはころしゃしねえ。行くぞ!
バリー へい
ザク
オオカミたちは、ふたたびはしりだしました。ガブとメイは、やっと雪山のふもとにたどりつきました。でもそこで、ついにオオカミたちに見つかってしまいまいした。二匹がしげみにかくれていたところを、子分のザクとビッチに気づかれたのです。
ザク い、い、いたぞ・・・・、ガブをみつけたぞぉーー!
その声に、バラバラになっていたオオカミたちが、こちらにむかってきます。メイとガブはあわてて、しげみからとびだしました。オオカミたちが、どんどん追いかけてきます。ガブとメイは、森のなかを必死ではしりました。でも、二匹の行く先はガケになっていて、道がありません。オオカミたちも、すぐそばまでせまってきています。ガケの下は深い谷底です。
ガブ メイ、はやく!
メイ は、はい!
450 ガケの反対がわから突き出ている枯れ木につかまることができれば、むこうがわにわたれそうなのです。ガブにはげまされ、メイは思いきりはしってジャンプしました。メイがとびうつると、ギシッと音をたてて枯れ木がゆれました。でも、メイは、なんとか枯れ木にしがみつくことができました。こんどはガブの番です。メイはガブをふりかえってさけびました。
メイ はやくー、ガブー!
ガブのほうが、谷底をのぞいて、こわがっています。そのとき、うしろでギロたちの声がしました。
ギロ 絶対、逃がすんじゃねえぞ!
決心したガブがやっとはしりだし、メイのつかまっている枯れ木にむかって、思いきりジャンプしました。ギシッとまた枯れ木が大きくゆれ、そのはずみに、ガブとメイは、むこうがわにとびうつりました。そのとたん、枯れ木がおれて谷底に落ちていきます。
ザク あっ!バリーさん、いました
バリー よし、つかまえろ!
オオカミたちもガケをとぼうとしたのですが、ガブたちがつかまった枯れ木は、もうありません
ザク あっ、こりゃ、わたれませんぜ!
オオカミたちは、ほんとうにくやしそうに、いつまでもにらみつけていました。なんとか逃げきれたガブとメイは、ホッと胸をなでおろしました。岩だらけの山をのぼって、やがて峠に出ると、空はオレンジ色にそまっていました。
460 ガブ ずいぶん、のぼりやしたね
メイ ええ。さすがにつかれました
ガブ あっ、あそこに見えるの、サワサワ山じゃないっすか?
メイ ほんとだ。バクバク谷も見えますよ
ガブ ははは、ここから見ると、あんなにちっちゃいっすね
メイ わたしたち、あんなところで暮らしてたんですね
ガブ そう。毎日、追いかけたり、追いかけられたり。かくれたり、見つけたり。みんなたいへんっすよね
メイ やっぱり、ガブってヘンですよ。オオカミなのに、そんないいかた
ガブ そういうメイだって・・・・
メイ ははは。わたし、いま思ったんですけど・・・・
470 ガブ なにを?
メイ ガブと出会ってよかったなって
ガブ そんな・・・・。もちろん、おいらも・・・・。ねえ、メイ。きっと、ありやすよね、緑の森
メイ ええ。絶対にあるはずです
ガブ そこに行けたら、楽しいだろうな
メイ ええ・・・・。ガブといっしょなら
二匹は、まだ見たことのない緑の森を心にえがいて、いつまでも夕焼けをながめていました。

あくる日は、どんよりとしたくもり空でした。そして、二匹が山をのぼるにつれて白い雪がひらひらと舞いはじめました。気がつくと、あたりはもう真っ白です。
ガブが心配そうに、メイに声をかけました。

ガブ 明日(あした)は晴れるでやんすよね
480 メイ ええ、きっと、いい天気になりますよ

しかし、雪はどんどんはげしくなり、みるみるうちに猛吹雪になっていました
もう真っすぐには歩けません。メイがおくれはじめています。

ガブ メイ、だいじょうぶっすか?
ガブがふりむくと、メイはガクッとひざをつきました。
ガブ メイ!
メイ はぁ、はぁ。わたし・・・・、もうダメだ。もう歩けない・・・・
ガブ メイ、メイ、あきらめるな。こんなところで、たおれるな!

しかし、寒さがメイの体を凍らせていきます。
ガブは急いで、雪のカベを掘り、二匹が入れそうな洞穴をつくりました。そして、ぐったりとしたメイを引っぱりこむと、いっしょうけんめいメイの体をあたためてやりました。

ガブ メイ、メイ、がんばってくれ、お願いだ。おいらをひとりにしないでくれ!メイ!
メイ ああ・・・・、ありがとう、ガブ
490 ガブ よかったぁ!生きてる。・・・・メイ
やがて日が暮れていき、二匹のいる雪穴も、とっぷり闇につつまれていきました。
ガブ これで、吹雪さえやめばいいんでやんす
ガブは、じっと雪穴の外を見つめていいました。しかし、つぎの日も、つぎの日も、吹雪はおさまりません。
雪穴は、半分うま
ってしまいました。うずくまっているガブのおなかが、グウとなりだしました。このまま吹雪がやまなかったら、二匹とも、この雪穴のなかで死んでしまうのでしょうか。ぼんやりとメイを見つめていたガブが、ハッとわれにかえり、ブルブルと首をふっています。メイが、そんなガブのようすに気づいて、ぽつりといいました。
メイ いま、わたしがおいしそうに見えたでしょう?
ガブ えっ?いや、そ、そんなことありやせんよ
メイ いいんですよ、ガブ。もう何日もなにも食べていないじゃないですか。
どうせ、外はこの寒さです。ヤギのわたしには、もう耐えられない。だから、ガブ・・・・、わたしのぶんまで生きて
ガブ な、なにをいってるんでやすか
メイ わたし、ガブと出会って、幸せだと思ってるんです。命をかけてもいいと思える友だちに出会えて・・・・
ガブ そ、そんなふうに思ってくれたら、おいらのほうこそ幸せでやんす
500 メイ だから、ガブは、はらいっぱいエサを食べて、元気にこの山をこえて・・・・
ガブ なに、いってるんすか。エサなんてどこに・・・・
メイ あるじゃないですか、ここに・・・・
ガブ ・・・・ち、ちがう!メイはエサなんかじゃない!友だちじゃないっすか!
メイ いいえ。あなたにとって、わたしは・・・・、友だちの前にエサじゃないですか
ガブ ちがう!
SE グーッ!
ガブのおなかが、大きな音をたててなりました。
メイ ね!
メイは、ニコッと笑いました。
510 ガブ ちがう!ちがう!
そういいながら、ガブはおなかをおさえるのですが、また、おなかがグーッ。
ガブ なるな!なるな!
SE グーッ!
ガブは自分のおなかを強くたたきますが、それでも、おなかはなりつづけるのでした。
ガブ なるな!なるな!なるな!
(泣き)なるなよ・・・・。ちくしょう・・・・。なんで、なるんだよ・・・・
ガブ ううう。なんで、おいら、オオカミなんかに、・・・・生まれてきちまったんだようー・・・・、ちくしょう・・・・
メイ ねえ、ガブ。正直にこたえて
ガブ ん?
メイ わたしとはじめて会ったとき、わたしがヤギだと知ってたら、どうして、ました?
520 ガブ 食ってやした・・・・
メイ そう、それでいい・・・・。そのときのつもりになれば・・・・。ね?
ガブ うん・・・・
ガブの目には、なみだが光っています。
ガブ べつに、おいら。もう、どっちが生きのころうと、いっしょに飢え死にしようと、
そんなこと、どうでもいいでやんす!どっちになっても、おいらたち・・・・、二度とおしゃべりもできなくなっちまう・・・・。
それが、いちばんつらいんすよ!
メイ わたしだって・・・・
メイのほおにも、なみだがつたっています。
メイ わたし、この吹雪のなかでずっと考えていたんです。
命だって、いつかはおわりがくる。でも、わたしたちが出会って、いっしょにすごした
時間が消えてなくなるわけじゃないって
ガブ ・・・・そうっすよね。長いか短いかのちがいだけっすよね。・・・・わかりやした。そこまでいうのなら、やってみやす。そうだ、はじめて出会ったことにして、おいらが外からやってきて、ガブッといくのは?
メイ きまり。じゃ、ガブ、元気でね。さようなら・・・・
530 ガブ ああ、さようなら・・・・、メイ
メイ さようなら・・・・ガブ
ガブは泣くのをこらえて、外に出ていきました。
ガブ ふっ、いまさらメイを食えるわけねっすよ。ああ、どこかに草の一本でもはえてねえかなぁ
そういって、ガブがうろうろと草をさがしていると、
ガケの下に小さな光がい
くつも見えました。小ぶりになった吹雪のなかを、くねくねとのぼってくるその小さな光の列は、だんだん近づいてくるにつれ、オオカミの目だということがわかりました。
ガブ ちっ。あいつら、こんなところまで
ふっ、命をかけてもいい友だちか・・・・
ガブは、メイの言葉を思い出しながら、かすかに笑うと、全身の力をふりしぼって遠ぼえをはじめました。
ガブ ウォーーーーン!
その声は、オオカミたちのところまでひびいていきました。ガケをとびこえ、谷をすべりおり、ガブは全速力ではしっていきました。ガブは、たった一匹でたたかうつもりなのです。メイを守るために。ガブを見つけると、オオカミたちはつぎつぎとおそいかかってきました。一匹のオオカミが、ガブの足にかみつきました。ガブは、痛みに悲鳴をあげながらも、そのオオカミをふりはらいました。命がけのたたかいが、はじまったのです。いったん引き下がったオオカミたちが、またジリジリとガブをとりかこみます。何匹かのオオカミが、ガブにとびかかってきました。でも、ガブも負けるわけにはいきません。オオカミたちをふりはらって、にらみつけます。そんなようすを見かねたギロが、いよいよ立ちあがりました。
ガブ ここから先には、絶対に行かせない
540 ガブはそういうと、ギロの前に立ちはだかりました。にらみあう、ガブとギロ。まるで時間がとまったようです。風が、ピューッと雪を舞いあげた瞬間、ギロがとびかかりました。ガブの首にギロがかみつきます。真っ赤な血が、雪の上にとびちり、ガブが雪の上にたたきつけられました。そして、ギロがふたたびガブにとびかかろうとした、そのときです。山の上のほうで、雪のかたまりがくずれはじめました。それがきっかけになって、どんどん山の雪が動きだします。そして、とうとう山全体をふるわすような、大きななだれとなっておそいかかってきたのです。オオカミたちは必死で逃げました。でも、もうもうと雪けむりをあげながらおいかけてくる雪の嵐に、なにもかもすべてが、あっという間に巻きこまれていってしまったのです。
SE
ガブ メイーッ!
ガブもなだれに巻きこまれながら、大声でさけびました。
雪穴にいたメイも、なだれの大きな音に気づいて顔をあげました。
メイ ガブッ!
メイが雪穴から顔を出したときです。あんなに吹き荒れていた吹雪がウソのようにやみ、しだいに空が明るくなってきました。
メイ ガブ・・・・。どこへ行っちゃったんですか・・・・
ガブ・・・・。もしかして、夕べのなだれに・・・・。ガブ・・・・、どこにいるの?
そして、ガケの上まで歩いていくと、メイの目の前には、思いがけない景色がひろがっていたのです。
そこは、あの雪山の頂上だったのです。
メイ あーっ、も、森だ!森が見える・・・・。緑の森はあったんだ!
ガブ、ガブ、はやく。やっぱり、あったんだよ、ガブーッ!緑の森だよ、はやくおいでよー!ガブーッ、ガブーッ!緑の森だよーっ!
550 メイは、いつまでもいつまでも、さけびつづけていました。
あれから、何日もたちました。雪山をいくらさがしても、ガブの姿はどこにもありません。しかたなく、メイはたった一匹で、緑の森にやってきたのです。
メイ(M) ガブは、いったいどうしたんだろう。もしかして・・・・。この緑の森で待ってさえいれば、いつかガブが来るかもしれない。
そう思って、毎日毎日、メイは森のなかをうろうろと歩きまわっていました。ほかの動物たちに話しかけられても、ガブのことで頭がいっぱいでした。いつの間にか春になりました。メイの体はもう、ボロボロでした。
メイ きっとガブは、もう天国に行ってしまったんだ
ああ、わたしはもうだめ・・・・
元気なくそういって、木の根もとにたおれこんだそのときです。突然、木の上でサルの話し声が聞こえてきました。
サル たいへんだ、たいへんだ!森のはずれにオオカミが出た!
メイ オオカミ・・・・。きっとガブだ!
メイは立ちあがると、はしりだしました。オオカミがいたという野原にむかって、むちゅうではしりました。のこっていた最後の力をふりしぼってはしりました。
560 メイ ガブだ。ガブが生きてたんだ!
どれくらい、はしったでしょうか。見晴らしのいい丘にのぼると、遠くのほうにだれか立っているのが見えました。オオカミのようです。
メイ ガブ・・・・。ガブだっ!
メイは大よろこびで、丘をかけおりていきました。ところが、よく見ると、そのオオカミの目はギラギラと光って、体じゅうの毛が逆立って、大きな口からは、よだれがたれていたのです。
ガブ グフッ、ヤギだ!
メイ ガーブーッ!
ガブ ヤギーッ!
オオカミも、メイにむかってはしります。ひろい草原の両がわから、ヤギとオオカミが一直線にはしりよっていきました。ガツン!と大きな音をたてて、二匹は思いきりぶつかりました。もう、何がどうなっているのかわからないうちに、メイは気をうしなっていました。オオカミは、やっぱりガブでした。でも、どうしたわけか、その目はこわいオオカミの目に変わっていたのです。ガブは、気をうしなっているメイの足をもって、ズルズルと引きずっていきました。洞穴の入り口に、ガブがすわっています。
メイ うううう・・・・。ん?
ガブ!よかった。生きていたんだ!
メイは大よろこびで、ガブにかけよりました。ところが、ガブはいきなり、メイをけとばしたのです。
570 メイ ねえ、ガブだよね。ここはどこ?こんなとこでなにしてるの?
ガブ うるせえなあ。見りゃわかんだろう。大事なエサが逃げねえようにしてるんだよ
メイ エサ?もしかしてわたしのこと?ねえ、ガブ、わたしですよ。メイですよ
ガブ さっきから、ガブガブってなんだよ。そのガブってのは、おれのことか?
メイ ガブ、じょうだんで、とぼけてるの?それとも、ほんとにわたしがわからないの?
ガブ ったく、よくしゃべるヤギだぜ。お前のことなんか知らねえよ。だがな、おぼえていることがひとつだけあるぜ
メイ な、なに?
ガブ ふっふっ。ヤギの肉が大好物だってことよ
メイ そ、そんな。せっかく、ガブに会えたのに・・・・
ガブ それにしても、お前、ほんとうにうまそうだぜ。ほんとうなら、すぐ食っちまうとこだが、こんなごちそうだ。今夜の満月でも見ながら、ゆっくり食ってやるよ
580 メイ ねえ、ガブ。お願いだから思い出して。わたしたち、友だちだったんですよ
ガブ ふざけんじゃねえよ。おれはオオカミで、お前はヤギなんだよ
メイ ほんとうなんです。いっしょにピクニックに行ったし、ここにだって、いっしょに来るはずだったでしょ。ねえ、ガブったら、わたしの顔をよく見て。ほら、わたしたち、秘密の友だちだったじゃないですか
ガブ うるせえ!だまってろ。助かりたいからって、わけのわからねえ話ばかりするんじゃねえ!
メイ ・・・・ガブ、ああ、きっと、あのなだれのショックで、なにもかも忘れてしまったんだ・・・・。あのときなら、ガブになら食べられてもいいと思った。でも、いまのガブはもうガブじゃない。ただのオオカミに食べられなんていやだ!
メイはひとりで、しゃべりつづけました。でも、ガブは舌なめずりをしながら、近づいてきます。メイの目から、なみだがこぼれてきました。
ガブ ヘッヘッヘ、もうすぐ満月がのぼるぜ。おや、お前、泣いているのか。ま、もうすぐ食われちまうんだから無理もないか
もう、おしまいです。ついにメイは、これまでのすべてをくやみました。
メイ

こんなふうに死ぬなんて、絶対にいやだ。こんなことなら・・・・、この森でガブと会わなければよかった・・・・。こんなことなら、あの山をこえなければよかった・・・・。こんなことなら・・・・、いっそのこと・・・・、いっそのこと・・・・、あの嵐の夜に出会わなければよかった!

ガブ え?いま、お前なんていった?
590 メイ え?だから、嵐の夜に出会わな・・・・
ガブ 嵐の夜に? あらしのよるに?あらしのよるに?そうだ。あれはたしか嵐の夜だった
ガブの心のなかに、いくつもの思い出がつぎつぎにあらわれはじめたのです。
回想 メイ はははは。<あらしのよるに>だけでわかりますよ
ガブ じゃあ、おいらたちの合言葉は<あらしのよるに>ってことっすね
メイ え、なんでしたっけ?
ガブ もう、じれってえなぁ・・・・。だからぁ、こ、こんど、いつ会うっす?
600 メイ わたしたちだけの秘密ですね
ガブ

そ、そんないいかたすると、おいらドキドキしちゃいやすよ

ガブ

ははは。でも、おいら、いまはヤギの“肉”じゃなくて・・・・、ヤギが好きなんす・・・・

メイ ガブ・・・・、わたしを食べて、おわりっていうのもありますよ
ガブ ははは。それができりゃ、簡単だ・・・・
ガブ ねえ、メイ。きっと、ありやすよね、緑の森
メイ ええ。絶対にあるはずです
610
いつの間にか、ガブの目が、あのときにもどっていました。
ガブ メイ・・・・。こんなところで、なにをしてるんでやんす?
メイの目から、なみだがあふれました。
メイ ずっと、あなたを待っていたんですよ
ガブ メイ・・・・
メイ ガブ!

もう二匹に言葉はいりませんでした。やわらかい月の光につつまれて、二匹はいっしょに丘の上にのぼりました。

ガブ きれいでやんすねぇ
メイ ええ、ほんと・・・・
620 ガブ おいら、ずっとメイといっしょに月を見たかったでやんす
メイ わたしもですよ。やっと見られましたね
ガブ 最高の夜でやんすね
メイ ガブ、もうわたしたち、ずっといっしょにいられるんですね
ガブ ずっと、ずっと、いっしょっす

のぼってきた満月に、二匹の影がかさなりました。月のなかで二匹の心はひとつになっていきました。月は静かに空高くのぼっていきます。その月は遠く、バクバク谷やフカフカ谷からも見ることができました。

おしまい