13世紀に登場したスペインのギターラは、当時、同じギター属のビウェラと切り離せない関係があります。ビウェラというのは、本来、楽器群を示す言葉で、次のようなものがあります。
・ビウェラ・デ・マノ Vihuela de Mano(手のビウェラ)撥弦楽器6コース(或いは5コース1単弦)(単に「ビウェラ」と言った場合、ビウェラ・デ・マノを示すことも多いです)
・ビウェラ・デ・プエブロ Vihuela de Pueblo(人々のビウェラ)撥弦楽器4コース、弾奏楽器
・ビウェラ・デ・ペーニョラ Vihuela de Penola(プレクトラムのビウェラ)撥弦楽器3弦か4弦プレクトラムにより演奏
・ビウェラ・デ・アルコ Vihuela de Arco(弓のビウェラ)擦弦楽器、弓奏楽器3〜4弦(クルトザックスは、これをフィドルとしています)
・ビウェラ・デ・フランデスVihuela de Flandes(16世紀リュート)撥弦楽器6コース(スペインにもバックの丸いリュートは存在していました)
当時のビウェラ・デ・マノは6対か7対の弦で、標準的な6対のチューニングは、1弦をぎりぎりまで高く張り、4度−4度−3度−4度−4度といった構成になっていました。(時代と種類により、違う調弦法もありました。ビウェラ・デ・マノは、16世紀頃、ルイス・ミランを始めとする音楽家に宮廷で盛んに弾かれました。「宮廷楽器ビウェラ」と呼ぶ人もいます。)このビゥエラは、当時、裕福な階層に広がっており、それとは逆に一般の民衆に伴奏楽器のように使われた小さな楽器をギターラと呼んだようです。その小さなボディに合わせた弦長と、当時の弦の未発達な製作技術の為、ギターラに5〜6弦はつけられなかったようです。ちなみにギターラの調弦は4度−3度−4度で、現代の1〜4弦の関係と同じです。音域は9度か10度しかありませんでした。
何故、複弦を使っていたのかというと、当時の弦の質の問題で、オクターヴ重複によって、上声の響きを豊かにする必要があったということです。
現存するビウェラは、3本しかありません。しかも、弦長やボディの大きさもまちまちで、具体的な特徴を断言できるほどの資料はないと言います。まして、民衆のギターラは、絵画等の資料もあまりない状態です。
1596年にアマートの小冊子「5コースのスペイン式ギター」が出版されたといわれますが、この少し前にマエストロエスピネルによって第5コースが低音に追加されたとのことです。(但し、フレデリックグレンフェルドは、エスピネルより先にファンベルムードが5コースギターを発案していたと異論を述べています。)
この頃から、個々の和音をアルファベットで表し、ラスゲアードでかきならす単純な奏法がギター音楽の発展をリードしていきました。
「ガチャガチャかき鳴らす」ギター奏法は、このスペイン式の5弦ギターから始まったそうです。調弦は4度−4度−3度−4度です。
著名なギター制作家ラミレスV世は、その著書の中で、この5コースギターこそ、最初期のギターと呼べるものだと述べています。
楽器の発展の方向として、より音を大きく、音域を広くという演奏者の欲求を基にした6コース単音弦ギターは、弦を製作する技術が発展する18世紀を待たなければなりませんでした。