ウイグルの弓奏楽器「フシタール」について
フシタール(左図)は、ウイグル族の弓奏楽器です。
特徴は、独特のくびれがあることと、ヘッドに鳥の姿の飾りがついていることです。
4弦の楽器ですが、図のように共鳴弦を持つものもあるようです。現在はバイオリンと同じ調律を採用しており、弓もバイオリン用を使うことが多くなってきているそうです。 ただし、弓の持ち方は伝統通り下から握るかまえ方で、楽器を立てて弓を横に弾きます。
民族楽器の研究家には、フシタールを弓奏のサタールというロングネックリュートをベースにして、最近になってヴァイオリンの構造を取り入れて作られたのではないかという説をいう方もいます。
ですが、一方で、フシタールをヴァイオリンのルーツとして考えている民族楽器研究家もいます。
このフシタールのもつ「くびれ」の由来は不明ですが、大きな共鳴箱を持つ弦楽器を、弓奏したり、抱えたり、足に挟んだりするために、共鳴箱の一部をへこませて、演奏のじゃまにならないようにすることは、世界の民族楽器の中でもフィドル族やハープ族等、他にも時折、存在しています。
例えば、インド亜大陸のサーランギという弓奏楽器は、やはり、ボディの中央が弓の通り道のために若干くびれた長方形をしており、表面に山羊皮が張られています。弦は3~4本の羊腸。この楽器は、民謡や宮廷の宴会にも使われており、古典声楽にも用いられ、パンジャブ地方から北インドまで広がる古い弦楽器です。
また、インド亜大陸からイランまで分布する弓奏楽器のサーリンダ族も様々な形をしていますが、ボディは深いくびれを持ち、そのくびれの下側のイカリ型の部分のみに皮が張られています。弦は羊腸であったり、金属弦であったりしますが、両脇の2本の主弦の真ん中に2本の共鳴弦を持っており、ボディ表面が皮であることを除けば、2世紀ローマのアポロ石像のフィディクラに似た形状のものやバイオリンのくびれを大きくしたようなイメージのものもあります。
さらに、西アジアから伝わったと言われる ギリシャのクレタ・リラ(左下図)は、クレタ島で独自に改良されてきた3本弦の擦弦楽器(弓奏楽器)で、やはり膝に立てて演奏します。また、ネック部分を掴んで楽器をぶら下げた状態にし、立った姿勢で演奏することもあるそうです。クレタ文明は、ギリシャ文明の源流であり、世界最古の青銅製のヤスリが発見された場所でもあります。
これらの事実から、フシタールが古くから存在し、遊牧民によって西に伝播して、ヨーロッパの弓奏楽器の起源になったという説を完全には否定することができないと考えています。
確かに、トルコ系の遊牧民族は、その民族古典音楽の中で、ブリッジを交換しただけで、同じ楽器を弓奏楽器に転用すると言われており、日常的に馬と過ごす遊牧民が弓奏楽器を始めに作ったという説もあるようです。
また、ガンダーラ美術の影響を受けたシルクロードのミーランの遺跡では、羽をもった西洋の天使の壁画が有名ですが、3世紀に描かれたというくびれのあるギター型の楽器の壁画も存在し、ギター史研究家の間で話題になった時期がありました。
メソポタミアのロングネックリュートやショートネックリュートを遊牧民が弓奏化し、それが中央アジアを通ってヨーロッパに伝わったという可能性は存在すると考えています。
弓奏楽器の発展には、日常生活の中で馬と過ごすことの多い遊牧民が関わっていたこと自体は間違えの無い事かと考えます。特に紀元前に強大なアイアンロードを築いたというスキタイ人は、様々な鉄器を用いて馬具など日常生活に必要なものを作っていたといいますが、未だ謎に包まれています。スキタイ人の歴史が解明されると、弓奏楽器の歴史が現在よりも、はっきりとするのかもしれません。そして、弓奏楽器のボディの形状を受け継いだとも言われるギターの起源についても、新しい発見があるのかもしれません。