その3




ところが、その「そのうち」が なかなか来ない。







なぜだ?







もうあれから1ヶ月半も経つ…。





ホームページ上のネタもかなり増やした。アクセスカウンターも付けた。

私ばかりがホームページの作成に追われてひーひー言ってるのに、あいつらは手伝ってくれんのか?









「ねえねえKちゃん。早くホームページ手伝ってよ。」

K「あぁ…今G1(競馬ね)で忙しいから、パス。








おいおい…。( ̄∇ ̄;)









「お〜い。Rちゃん、いつになったらコーナー作ってくれるの?」

R「う〜ん。(-_- ) 今、ウルティマ・オンラインやってるんだよね。」

「ふ〜ん。で、ホームページはいつになったら手伝ってくれるの?」

R「UO面白いよ。UO。」(UO=ウルティマ・オンライン 当時一大ブームを巻き起こしたオンラインRPGの先駆的存在)

「いや、そりゃ良いんだけど、早くコーナー作ってよ。俺一人じゃホームページの更新も大変だしさぁ。」

R「UOが面白くってさぁ。( ̄∇ ̄)ゞ 」






(人の話、聞けよ) (-_-#)





R「おまえもいっしょにUOやんない?」








「ホームページ作ろう」
って言い出したのは、

お前だろっ!!

( ̄□ ̄#)!!










その後、彼はUOにハマリまくり、当然のごとくホームページの運営は私一人の肩に重くのしかかる事となる。

当時のコンビニTOPページには、

「……私たちコンビニ店員の心の叫びです……」

という説明書きがあったが、それはサイトをを複数の人間で運営する事を前提としていたからだ。(RとKもコンビニでアルバイトをしていた。)

が、結局の所「R」も「K」も一切このホームページに触れることは無かった。

そんな訳で当初は色とりどりのコーナーで溢れるホームページを目指していたはずなのに、その目論見も崩れ、結局のところアルバイト日記のページになってしまった。

そのつど伸び悩むアクセスカウンターを横目に、「YAHOO!登録」「掲示板設置」と私は頑張った。

おかげで常連さんもたくさん出来、ついには1998年12月に雑誌「あちゃら」でHPを紹介されるまでに至った。

しかし思えばあれが「あざらしのハイキック」の全盛期だったのかもしれない。

その後「あざらしのハイキック」は衰退の一途を辿り、やがて管理者の怠慢により更新休止状態に陥った。

コンとなの足跡