ほおづえついて


バスタオルを手にとって、5秒ばかりどうしようか迷った。
結論。
やっぱり髪はこのまま、がしがしと適当に拭いて、水滴をぽたぽた垂らしたままフローリングを汚すことにする。

さてさて。
俺の予想が正解ならば、吉井はそれに気付かないで、あとになって怒ることでしょう。
そしてラッキーにも俺の予想が外れていれば、素直に謝ることにします。

ひょこ。

リビングを覗くと、ムツカシイ顔をした吉井が、床の上のノートを睨んで、煙草をふかしてる。
残念。
俺の予想は当たってしまいました。

ぽたぽた水滴を振りまいて、まずはその被害はキッチンへ。
冷蔵庫の中には、ビールとウーロン茶とアミノ酸飲料と、ジンの瓶に並んでカプチーノ。
はい、そこはよくできました。
あれ?・・・でも、端っこにイチゴ牛乳発見。
よし、これにしよう。
今日はこういうモードにしよう。

ぽたぽたぽた。
被害は更にリビングへ。
少しだけ吉井から離れた位置に、うつ伏せに寝転んで整った横顔を見上げる。
適当にそのへんの雑誌を前に広げて、イチゴ牛乳にストローを挿して、準備完了。

この位置から吉井を見上げると、最近頬が更にこけたのが判るなぁ。
お疲れの様子。
根をつめるからだよ。適当ってことができないお子様はコレだからいけないね。
っていうかさ。
だいたいいつも作詞の頃になると、集中のあまり俺の存在を疎かにするのは、とてもいただけないことですよ。コンポーザーとしては上出来かもしんないけど、俺が気に食わないことをやってはいけません。

ぽたぽた。ぽたぽた。

オマエが一向に俺の有様に気付かないから、フローリングはもう水滴だらけ。
あとで掃除をするのは誰だよ。・・・・もちろん、吉井だけどね。

ああ気に食わない。
仕事は結構。集中結構。
でも最優先事項を間違えると、こういう被害が起きるんだ。覚えとけ。


んー、退屈だ。
ここはひとつ、吉井の顔の観察と行きましょう。
ムツカシイ顔してても、やっぱり綺麗な顔だよね、この男。
体でかいけど、頭は割とちっさいし、ちょっと凶悪だけど綺麗な瞳。・・・でもタレ目なんだよね。笑える。最近は年の所為か、更にちょっと垂れた?あはは。
コンプレックスらしい大きい鼻も、見慣れるといいもんだねぇ。
なんかね、俺、吉井の鼻の穴の形好きなの。マニアック?



「…何見てんの?」

やっと吉井が俺に目を向けた。遅い!

「鼻のあなー」

「なんで?」

「吉井の鼻の穴、好きだなぁって」

あ。赤くなった。面白いヤツ


「そういうトコが好きなんですか?エマさん」

「うん」

くっくっと笑いながら、もちろん、声音は無邪気にね。
そして小道具、イチゴ牛乳。
ピンクの液体をちゅっと吸い上げて、頬杖ついて。
上目遣いでにこっと微笑む。


はい。吉井が書きかけのノートを向こうへ押しやりました。
やっぱりね。この仕草に弱いんだなぁって、もちろん見抜いているわけですよ。俺は。

頭にばさっと被ってたバスタオルを取り払おうとして、やっと吉井がそのことに気付いた。

「うわーっ!エマちゃん、また髪拭かないで出てきたね!?」

ぽたぽたぽたぽた。
俺の周りは水浸し。一応気を遣って、布類の上は避けたんだよー?

「拭いたもん」

「水浸しじゃんよ。ほら、こっちおいで」

おいでと言いながら、吉井のほうが、寝転んだままの俺の脇によってって、髪を拭いてくれる。

「長いんだから、ちゃんと拭かないと風邪ひくでしょ?」

エマってばいっつも適当にしか髪拭かないんだから。
エマが泊まると、次の日いつも水浸しだよ、もう!
そんなふうにブツブツ文句を言うけれど、開口一番、床を水浸しにしたことよりも、俺が風邪をひくかもしれないことに気を向けてくれたのが俺の気を良くする。

そこで俺は。
頬杖をついたまま吉井を振り返って甘えるんだ。

「拭いてくれるかなー、と思って」

ここは本当に嬉しそうに、かまってくれて嬉しいんだよって表情で。

「イチゴ牛乳とか、いつまでたっても似合うし、髪は濡れたまんまでほっとくし、エマってば実はすっごい手がかかるよね。俺じゃなきゃダメでしょ」
なんて調子に乗る吉井。

そうされると、俺はとっても気分がいいから

「うん」

こういうときだけ素直に頷く。
すると吉井は簡単にでれっとした表情になるから面白い。


水浸しの髪は、手が掛かってどうしようもない俺を、吉井だけが操縦できるんだよっていうアピール。
子供っぽいイチゴ牛乳も。
わざとオマエが好きな仕草で見上げるのも。
女の子とか美少年とかだったら、無意識にやってるのかもしんないけど。
勿論、俺は計算づく。
ちょっとでもたくさん、オマエに可愛いって思ってもらえるように努力してるんだよ?

だから、俺が傍にいるときは、何を差し置いても俺を最優先しなくてはいけません。
判りましたか?吉井和哉さん。


甘ったれの仕草で誘って、甘い味覚のキスをして、甘ったるい夜を、俺が紡ぎたい日は、オマエはそうしなければいけないの。


作戦成功。


アルバムの発売が遅れたって、それは俺の所為じゃない。



end




どこまで酷い男なのか、エマ ・・・。
最近、しんどい話ばっかり書いてたので、無性に甘ったるいのが書きたくなって。っていうか、ここまで甘ったるい話は初めて書いたかもしんないな。

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