魚や虫、鳥たちが卵を産んで、新しい生命を育てる。
哺乳類も卵子を持つ以上、やはり例外ではない。
だけど、やはりそれは女性のもので、俺たち雄には、どっか薄絹を通した彼方に、その生命体は存在するように思えるのだろう、普通。


吉井が、このところまた、眠れないと嘆いていた。

俺たちの卵は、メロディや言葉という姿で、季節や周期に関わり無く、それこそ常時体内で産み落とされるのを待ってる。それが上手く産まれないというのは、つまり雌の種族で云えば、分娩困難。吉井は沢山その卵たちを内包していて、産卵の苦しみを充分知っている種族だから、眠りから見放されるくらいのことは、当然・・・無理もないと思う。
それを共感できるのは、俺も同族だからで、吉井もそのことをよく判ってる。

その苦しみを更に共有するべく、吉井はもうひとつの性を俺の中に解き放つ。
痛みを共有し、お前もこの苦痛を思い知れとばかりに、注がれた精が俺の卵を刺激する。

髪を撫でて、汗を感じて。
束の間の安息は、だけど新しい痛みのための準備で。
古来、数え切れないほどの生命がこうして産み落とされたというのに、俺たちの産卵は、どこか切ない。
卵はいつも、種族の連綿たる繁栄の為に産まれるというのに、俺たちの間の卵は、この世の生態系にとって、一体なんの意味を持つのだろうかと、時折本能が嘆くんだ。

「吉井・・・」
呼べば、強く繋がれる手が、たったひとつの救いかもしれない。
そうやって産まれた卵に、今度は4人で精を与え、それを待ってくれてる人たちの前で、初めて雛が羽根を広げる。
いつか羽ばたくその鳥を夢見て、吉井は苦しみに耐える。俺も、また。

眠れない夜が何日も続き、やっと生まれた卵は、なんだか変な模様だった。それでも安堵からか、いつになく上機嫌で俺たちは冗談なんか言いながら、スタジオに向かう前に、珍しく朝食を摂ろうとしていた。

異変は、突然だった。

「吉井、カフェオレにする?」
コーヒーを準備していた俺が、コンロの前の吉井を振り返ったときだった。

ぐしゃり、と鈍い音がして、吉井の手の中の卵が割れた。

熱したフライパンの上に、ぐちゃぐちゃに潰れた卵と、殻の欠片が散らばった。

綺麗なフォルムの手を卵まみれにして、吉井は呆然とそれを見ていた。
手の中に残った大きな殻を、珍しい宝物を壊してしまったような表情で見つめて。

「吉井・・・?」

ただならぬ雰囲気を察し、カップを置いて吉井の傍に寄る。
吉井は俺を見て、
「卵が、潰れちゃった・・・」
と呟いた。

「卵・・・壊れちゃったんだよ、エマ・・・」

さっきまでの笑顔が嘘みたいに、壊れた卵は吉井の表面に辛うじて張っていた薄膜を破り、両目に涙を溢れさせた。

「エマ、卵が、壊れた・・・」

泣く吉井の背中に、黙って俺は抱きついた。

ごめんね、吉井。
知ってたんだ、俺も。
今、吉井が産みたい音楽の卵は、あんな模様じゃなかったね。
知ってたのに、知らないふりで、一緒になって無理して産んだ。

子供みたいに嘆く吉井の手から、卵の残骸を拭い取って、綺麗になった指先に、そっと口接けた。





「エマ・・・もう一回、最初からやり直そうか・・・」
それから何年か経って、吉井が俺にそんなことを言った。
俺は少し迷った。
二人が離れて、最近吉井が産んだ卵は、とても綺麗な純白だったから、もしかしてまた俺が吉井の卵に変な模様をつけてしまうかもしれないと思って。

だけど。

ああ、卵は卵のままじゃ、いつまでも鳥になれない。
そうだ。吉井は卵しか産んでない、ここんとこ。鳥が羽ばたく瞬間を、まだ見ていない。

そのことに気付いて、俺は頷いた。

だから・・・最近。
また俺も、卵を産もうかなって思うんだよ。






「エマさん、なんか判りにくい表現だけど、わかった。辛うじて納得した。要するにOKしてくれたのね?」
ソロのツアー、一緒に回るよって返事に添えた俺の述懐に、吉井は苦笑しながらも、ぎゅーっと強く俺を抱きしめて言った。



end



本当は7/7がイエローモンキーの一周忌だけど、8/2はそれを知った日として、やっぱり切ない日なので・・・。まあ、そういう雰囲気の話。命の核、卵。生まれた鳥はPHOENIXかな。

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