声 |
ベッドに凭せ掛けた枕に半身を預けた吉井は煙草を吸いながら、その胸でまだ抜けない余韻を楽しむ俺の頭をずっと左手で撫でてる。 情事は好き。 でも、そのあとの甘ったれた時間が、本当は一番好き。 甘やかされたあとにだけ訪れる、今は俺の至福の時間って言えるんだよね。 こうして甘えられるようになってからは、そんなにまだ間がない。 少し前までは意地のほうが大きくて、抱かれてもすぐに冷静さを装っていたんだけど。 吉井があんまりあんまり甘やかすから、なんかそれも無意味なような気がしてきて・・・そうなると、俺は自分の快楽を優先する。 甘えたきゃ甘えればいいって、素直な持論は無敵なんだよ。 だけど、目を閉じて、頬に伝わる鼓動の微かな振動を楽しんでたら、吉井が不意に吉井の左手が離れていった。 「・・・なに?」 不満。ずっと撫でててほしいのに。 「ん、時間だから」 『時間』という言葉に、俺はびくっと震える。 その言葉は大嫌い。 「どっか行くの?」 「違うって、ラジオの時間」 「え?」 吉井は俺を抱いたまま、手を伸ばしてリモコンでデッキを操作した。 誰かの新曲リリースのCMが、俺と吉井と2人だけの甘い静寂を破る。 「英ハウス」 「―――・・・そんなの、いいじゃん」 つまんない。仕事なんか思い出したくない。 普段は仕事のことばっか考えてるようなもんだけど、このひとときだけは、全部忘れたくなるのに。 俺より冷静な吉井が許せなくて、ラジオなんか忘れさせようと、抱きついてキスを仕掛ける。 いつもだったらそこで吉井は俺に集中しだすのに、今日はクスクス笑いながら俺を制した。 「こらこら。これは聞き逃せないの」 「なんで?」 「大好きなアーティストが出るから」 「・・・え?ゲストなんかいないよ?」 「残念でした。エマさんっていうギタリストのファンだから、俺」 そういう嬉しがらせを言うときの吉井の声は、決まってすこし掠れてる。 いい加減慣れそうなもんなのに、俺は相変わらずそれにドキっとしてしまう。 『THE YELLOW MONKEY Rockn'Roll Brothers 英ハウス、ギターの菊地英昭、エマです』 『こんばんわ、ドラムの菊地英二、アニーです』 耳慣れたイントロに続いて、この間録ったばっかりの自分の声が聞こえてきた。 「んー、やっぱ楽しそうだなぁ。悔しいっ!アニーの奴め」 吉井はわざと悔しがってみせて、おどけた調子でラジオを睨みつけた。 「もう、ねぇ、いいじゃん。止めようよ」 「ダメ!確認するまでは」 「・・・何を?」 なんだか目的があるらしい吉井の口調に疑問符が頭を支配する。 でもそれには答えてくれずに、それでいてラジオに集中するわけでもなく、もう一度俺の腰の辺りに回した手を、愛撫の形で動かし始めた。 「ねぇ、吉井ってば。ラジオ止めようよ」 「やだ」 頬や首筋にキスを降らせながら、簡単に押し倒されて組み伏せられるのを、制止する理由は最初からない。 ただ、楽しげでありつつも冷静な自分の声と、普段どおりの弟の声に囲まれながらの情事は、いつもよりも恥ずかしくてちょっと気が引ける。 『夢でねぇ、駐禁切られてたんだよ』 『あはははっ!』 ラジオでは相変わらずの軽い話題が続いてる。 「もう、こういうの性質悪い・・・」 だけどつい零れる俺の文句に、吉井は耳を貸さない。 「いいの。違いを楽しむんだから」 「違い?」 よく判らない吉井の主張に訊き返したら、途端に内腿をくすぐるように撫で上げられて、「ひぁ・・・っ!」というマヌケな声が自分から漏れた。吉井はそんな俺の反応に満足そうに笑う。 「これこれ、この違い」 「・・・違いって、何の・・・んっ・・・!」 『ヘンな夢話はおいといて、曲行きましょうか』 『はい』 流れる音声とは裏腹に、愛撫はどんどん進んでく。 「吉井っ・・・待って、さっきのが・・・、あ・・・ん・・・」 「こんなふうにね、声が違うんだよ」 やっと吉井がラジオに拘る理由を教えてくれた。 「こないださ、知り合いのDJに、『エマさんの声って時々高いですね』って言われてさ、俺、エマって元々声高いよなって思ったの。で、ヒーセにそのこと話してみたら、『そうでもないんじゃない?』って言われてさ。なんでだろうって思ってて」 「―――ん・・・っ」 「ちょっと気になって今までのラジオ聞き返してみてさ、気付いたんだよね。エマ、俺といると声高いって」 「そ・・・んなこと・・・な・・・」 「いや、あるって。ほら、聞いて。これがアニーと2人のときの声」 突然愛撫の手を止められて、不満を訴える自分の身体を宥めながら、こういうときの常で、つい言われるままに素直に耳を傾ける。 『次のFAXです。三重県の・・・』 「ね?」 「わかんない」 言いながら、本当は判ってた。 っていうか、今更指摘されるまでもなく俺はとっくに自覚してた。 最近、自分でもコントロールできないことの一つだから。 「絶対違うって。ほら、特に今なんか甘えた声全開。可愛いなぁ。俺に可愛いって思ってほしいんでしょ?」 からかわれて、ぺしっと吉井の額を軽く打った。 図星を指されるほど恥ずかしいものはない。 「お前だって、2人のときはエロ声だもん」 「何言ってんの。私はいつもエロ声です。あんたのことが片時も頭から離れないから」 「くはは、馬鹿?」 「馬鹿だよ?エマ馬鹿ってやつ?」 キスが深くなった。 ラジオなんていう邪魔者が去る気配がしてる。 俺は本格的に愛撫に溶かされる前に、リモコンに手を伸ばして音を止めた。 「じゃあ、折角だから甘えた声に集中してよ」 「・・・賛成。このトーン変調がある限り、俺の勝ちは確定してるんだって確認できたから」 「もう!」 2人して笑いながら、再び静寂に満ちた空間に沈んだ。 お前がそれで喜ぶんなら、俺はこれからもっと甘い声で鳴いてやったっていい。 結構、俺って吉井のためなら何でもしちゃうヤツなのかな、って思ったら可笑しくて、可笑しいついでに、今度は意図的にとびっきり甘えた声で 「吉井」 と呼んだ。 抱きしめられる腕の強さに、途方もない満足を感じながら。 end |
懐かしの英ハウス。 いや、あのときも結構エマちゃん可愛さ全開をアピールしてた気はするんだけど(笑) でも実際、吉井がいるほうがエマの声、高いような気がするんだよ・・・。気のせい? 私は吉井がエマにメロメロ以上に、エマが吉井にメロメロを書くのが好き。それでも絶対にエマロビにはならないあたりが、えままのえままたるところ。バカップル万歳。 |