-BEAUTIFUL-
クチビルノスルコトハ



ステージで昔よくキスをしたのは、パフォーマンス以外の何物でも無く、無駄な毒を沢山抱えていた俺にとって、プライベートなキスは、欲情に任せたものだった。もう、永いこと。

ただ静かに唇を重ねるだけのキスをしたのは、一体いつ以来だろう?

っていうよりも、ここにきて俺は自分が何をしてるのか判らなくなってた。

確か俺は今日、このシングルを聞かせるためにエマの部屋に来た筈だ。
・・・でも、なんで今日?こんな時間に?
今更それを言うほど、遠慮のある仲じゃなくなってる。入り浸ってるし。
・・・なんでそんなに入り浸ってるんだ?
便利だし、そのほうが楽しいし。
・・・どうしてそんなに楽しい?
そもそも、なんで俺はあんなにずっとエマのことばかり考えてた?
・・・友達、だから。大事な。
顔が見たかったんじゃないか?本当は、ただそれだけじゃないか?
・・・・・・・・・・。
どうしてエマに固執した?
・・・・・・・・・・・。

あの歌は、誰に宛てたもの?


不思議なキスをしながら、俺の思考回路は自問自答で溢れ返っている。

判らない。そんなこと、判らない。
だけど。
ただ、俺は・・・。

まだ唇を重ねたまま目を開けたら、エマも目を開いていて、目が合った。

「なんで・・・?」
触れたままのエマの唇が訊いてくる。
「わかんない」
正直に答えて、やっと俺はすこし離れた。

エマはそのまま、俺の隣にいる。
見てたら、また触れたくなった。

今度のキスは、さっきより少し強く押し付けた。

3度目は、エマから触れてきた。

「・・・何してんだろ、俺たち」

4度目の前に、エマが呟く。

「・・・・・・さぁ?」

この感情が何なのか、俺にも、多分エマにもよく判らない。
恋だとか、そういうものとは少し違う気がする。
だけど、友情とも明らかに違う。
敢えて言うなら、『愛しさ』のようなものか。

5度目のキスでは、腕の中にエマを抱きしめていた。



――――たとえば、エマが女の子だったら、多分そのあと一気にベッドインしててもおかしくない雰囲気だったけど、俺たちはその夜、ただひたすらキスをしていただけだった。
眠りに堕ちるまで。

何十回目か、もう数えられないキスのあと、エマは目を開けなかった。
そのまま気持ちよさそうに俺の腕の中で寝息を立てていた。

いつの間にか乱れていた髪を書き上げて、額にキスを贈って、エマが抛りっぱなしにしていた毛布を引き寄せ、2人の上に掛けて、俺も目を閉じた。

朝が来て、俺が目を開けたら、エマは既に部屋にいなかった。
テーブルの上に1枚のメモを残して。

『昨日、曲聞かせてもらって、正直めちゃくちゃ悔しかった。
お前が超えた壁、絶対俺も超える。負けない』

一読して、自分でも笑顔になってるのを感じた。
そのメモの強気な態度が、死ぬほど嬉しいと思った。

「俺だって負けねーよ」

独り言を呟きながら、「さて」と、腕まくりする。
俺は今日はオフ。それまでに、この部屋をなんとかしておかないと。

エマのメモには、続きがあった。

『PS.練習してくるから、今晩メシ食いたかったら、この部屋片付けておくこと』

見回せば、昨日着ていたニットなんかも脱ぎ散らかしてある。
ここで着替えたのか?と思ったら、ズキっと急遽欲情が発生してくるのを認めて、俺は流石にヤバイことを自覚した。

「あらら・・・アタシ、惚れちゃったのかしら」

誤魔化すように、懐かしのオカマ言葉で呟いたら、脳裏で昔の女装姿の俺が嘲笑うのを見たような気がした。

――――・・・とっくに惚れてた癖に。



まだまだ超えなきゃいけない山は無数にある。
まだ何も解決してはいない。
相変わらず、悩んだりもがいたりする日常を送りながら、スコン、と俺の中に答えの欠片が落ちてきたのは、それから2ヶ月ほど経ってからのことになる。

『エマはエマでいいんだよ。エマのままで、弾けばいい。期待してる』

次のツアーのリハ直前、大晦日に送ったメール。
どうやらそれはエマの懊悩の中核を突いていたらしく、年明けに再会したエマは、挑むように俺に笑いかけながら、擦れ違い様、ひとつだけキスをくれてストラップをかけると、軽い足取りで俺の左に立った。



end



普段私は話を書くとき、テーマごとに起承転結をはっきりしたものを書くことを心に決めているんだけど、今回はかなり意図的に歯切れの悪い展開にしてみました。だから結末もまだ何も解決しないまま。『BEAUTIFUL』があまりにも心に沁みる好きな曲だったことと、1/28名古屋のエマが、久しぶりにすごく良い陶酔っぷりを見せてくれたことから生まれた話。
・・・いやさ、ホント言うと、もっと下らない動機もあって、ここんとこの臆面ないラブラブで「実は最近つきあいはじめてたんだったらいいねぇ」なんて某氏と話していたからってのもあるんだけどさ(笑)
だけど、ライブ見て、曲を聞き込んでいるうちに、そんな軽々しい感じのものにならなくなっちゃった。
新曲を、勝手にいじくってごめんねー、吉井。(そして純粋なファンの方)
相当根深い、色んな願望が詰まってます(笑)

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