吉井の隣は、僕の部屋だ。
夕方の時点では、飲み会が吉井の部屋になるとは思っていなかったので、鑑賞会は僕の部屋にセッティングしていた。
ボウインマンのスタッフに、彼らのDVDとデッキを用意してもらって、予め準備しておいたのだ。
隣の部屋では音が漏れてしまうのではないか、と少し心配はしたが、まぁ、もしも見たことが判ったとしても怒りはしないだろう、という判断で、僕たち3人は計画を実行することにした。

スタッフが用意してくれたのは、解散後に彼らがリリースした、『THE YELLOW MONKEY LIVE BOX』という、10枚組のDVDセットだった。
すごい量ではあるが、時代を追って癖を掴んだほうが、判りやすいといえば判りやすい。
明日のリハーサルは午後からの予定だし、僕たちは最初から順を追って見ていくことにした。

「おー、さすがに若いね!」
「うわ、美形!」
バーニーと金子くんが揃って感嘆を上げたとおり、そこにはとても若く、そして知っていた以上に美形の彼らが映っていた。
・・・正直に言おう。
僕はそのとき、本当に単純に、エマの美しさにうっとりしてしまった。
吉井が女装していたりするシーンもあるのだが、僕にとってはやはりエマの雰囲気のほうが好もしいようで、「若いときから知り合いたかったなぁ」などと思ってしまう。
いや、別にそういう気があるわけじゃないんだけどね。
もし僕かこんなことを考えたのを知ったら、エマが気持ち悪く思うだろうと思って、
「このへんは少し荒いね」
などと、音的な感想に集中することにした。
1枚目、2枚目とどんどん見進めていく。
そのあたりまでで、僕はエマの今回のツアーでの大変さをしみじみと感じてしまった。

なんせ、華があるのだ。
ステージミュージシャンには、音楽性やテクニックだけでは如何ともしがたい部分があって、それを一言で表現するなら『華』だろう。
画面上で見ていても、彼らには先天性とも言える『華』と『色気』があった。特に、吉井とエマには。
例えばあの2人は、楽器を持たずに黙ってステージに立ったとしても、それだけでぱっとその場が華やぐオーラを持っている。
ソロツアーなのだから、吉井には勿論、それがないと困るのだけれど、エマはこりゃ大変だ。
吉井がどう思おうと、エマがどう振舞おうと、こうまで華があっては、やはりサポートに徹するのは無理だろう。若い金子くんなんかはすっかり心酔してしまって、
「すげぇ、すげぇ」
と連発するほどだ。
リハーサルや合宿の日常の中では、うまく僕たちに溶け込んでくれているけれど、これはステージで化けるタチだぞ、と覚悟した。
・・・まぁ、それがいざツアーが始まってみれば想定していた通りの状態になって、おかげで僕たちは空気に呑まれて萎縮する、というような事態に陥らずに済む効果をもたらした。

だが、それはまだ後日の話。
そのときは改めて思い知った2人の本質に圧倒されつつも、華やかなステージングに続きの期待を込めつつ見ていた。

確かに、『華』と『色気』があると思った。
ただ――――・・・正直言って、まさかそれ以上の『オマケ』があるとは、そのときまでは認識していなかったのだ。

衝撃は、3枚目の『CHERRY BLOSSOM REVOLUTION』の後半でやってきた。
いや、それまでにも「おや?」と思うシーンはいくつかあったんだけど、その都度3人は「へぇ、こんなこともしてたのか」という反応を平然と示していた。
だが、今度ばかりは凝視せざるを得なかった。

あとで知ったことだが、僕たちが凝視してしまった『SUCK OF LIFE』という曲は、どうやらファンの子たちの間ではある種特別な曲だったらしい。

前奏で客の歓声が一際大きかったから、盛り上げる曲なんだな、と思ったのは正しかった。
途中、吉井が歌詞を間違えて誤魔化すシーンがあったりして笑っていたんだけど、僕たちの笑い声は曲が感想に差し掛かったあたりで消えた。

伏せ目勝ちに、エマに近づいていく吉井。
やがて、画面の中の吉井がエマに抱きついたところで、金子くんが
「おおっ!?」
という声を上げた。
まぁ、僕はね。
よく外タレとかでこういうパフォーマンスをする人はいるし、デビッド・ボウイなどのグラムロックに傾注した吉井がこういう手法をセレクトするのは当然だと思ったから、それほどの動揺は無かった。80年代から90年代にかけて、日本のバンドでも所謂『カラミ』というショーをライブに混ぜる人たちがいるのは知っていたし。
ただ、きっとエマをよく知るまでは思わなかったであろう
「吉井、いいなぁ」
っていう感想があったのは認める。

が。
数秒後、僕たちは唖然とした。

なんせ『カラミ』が終わらない。
他のバンドでのこの手のパフォーマンスに比べて長いのだ。
しかも、シーンが進むにつれ、本当にパフォーマンスなのかどうか疑わしくなってくる。
それでも、エマに首筋を愛撫させてるような見せ方で演じる吉井には、まだ「うまいな」くらいに思っていたんだが・・・。
そのあと、エマに軽く何かを囁いて、エマが吉井に抱きしめられたままでふと微笑む遣り取りを見て、僕はいい年をして思わず赤面してしまった。
そのまま吉井はエマの頭を片手で抱くような形になり、それがアップで映し出される。
目を閉じて陶酔している吉井の表情もさることながら、エマの、長い髪と吉井の首筋の間から覗く顎のラインは、まるで少し強引な男に翻弄され、愛撫を返す女性のように悩ましく見えた。
しかも吉井とエマのパフォーマンスは既に客席のほうを向いていない。
あんな細かい演技をしたところで、半端じゃないほど密着しているわけだから、その詳細は最前列からでも殆ど見えなかったことだろう。3列目くらいまで下がれば、ずっと抱き合ってただけに見えてもおかしくない。
やがて吉井はエマの両脚の間に自分の片脚を差し入れて、2人して腰をグラインドさせはじめた。
・・・ここまでくると、本当に他人の情事を盗み見した気分になってくる。

やっとのことで2人が離れて、吉井がまた軽く身繕いなんかするものだから、カラミにリアリティーがあって、とてつもなく恥ずかしい。

時折映る他のメンバーが、目のやり場なく視線を逸らす気持ちがよく判る。

ふと隣を見ると、バーニーがマドラーを手にしたまま呆然と画面を凝視していて、金子くんはグラスを持とうとした手を、数分前と同じ形で静止させていた。

「・・・い、いやぁ、凄かったな」

バーニーがなんとか沈黙を破ったものの、僕たちの間に広がった動揺は、乾いた笑いとは裏腹に拭えない。

やがて次の『TRUE MIND』というDVDに移って、今度はオフショットなんかも満載の構成になっていたから、漸く3〜40分して空気はまた笑いの混じる和やかなものに戻った。
僕はこっそりパッケージのインデックスを確認して、かの『SUCK OF LIFE』が収録されていないことに安堵したんだけど・・・まさか、エンドロールが絡みシーンだけのフューチャーアップになってるとは思わないじゃないか!

今度は更にエスカレートしていた。
2人が手を繋いだ瞬間、客席が極端に沸きかえるから、殆どが女の子であるはずのファンの子たちが喜んでいるのは疑いようもない。
「女って怖い」などと妙な感想を抱いたのも束の間、吉井がエマの指を口に含んで、またエマがそれを動かす指の動きはいやにリアルで、普段の彼らを知るだけに、またしても見ていて羞恥が込み上げる。
挙句に吉井は、エマのTシャツを捲り上げ、あろうことか乳首をあらわにして、マイクで弄ろうとするものだから、既にポルノ状態だ。一瞬エマがそれを拒んで押し返そうとし、吉井がニヤリと笑う口元が確認できる。
・・・これはすでに演技じゃないのではないか?
僕はそんなことを考えながら、ふと、吉井の普段の行動を思い出した。

酔っ払ってはエマに甘えようとする吉井。
必要以上に、僕たちの前で吉井と距離を置こうとするエマ。
僕とエマが話しているのを見ては、間に割り込んでくる吉井。
もしかして初日に睨まれたのは、彼の厳しさ所以というよりは・・・・僕とエマが顔を見合わせてにこにこしていた、という・・・それが原因じゃないのか?

いやいや、まさか。
ミュージシャンは・・・ことにヴォーカリストはアクターだ。
彼の演出を真に受けてどうする。
しかもこの映像なんて、今から10年ほども前のものじゃないか。

だが。

「あっ!」

3人揃って、思わず声を上げた。
吉井がエマの乳首に吸い付いて、エマが本気の反応のように髪を舞わせたからだ。
僕は今さっき『真に受けてどうする』と思ったばかりだったから、
「くっついてるだけだよ。だってエマ、普通に弾いてるじゃない」
なんて、別にしなくてもいいフォローをしてしまったんだけど、その所為で金子が
「いや、絶対ちゃんとやってる」
と反論してしまい、ご丁寧に少し巻き戻してスロー再生した。
おかげで僕たちは、吉井の口元がきっちり蠢いているのを見てしまうことになった。
「・・・あれは、本気でやってますよ・・・」
金子くんはそう呟き、そのエンドロールをきっちり見終わってから、
「あー、びっくりした」
と言って、一旦再生を止めた。
丁度、持ってきていた氷が無くなったのだ。
「俺、調達してきます」
と、気の効く彼は立ち上がる。
丁度良かった。
休憩したかったんだ。トイレに行きたくて。
・・・いや、本当に生理現象で。そんなまさか、アレを見たからトイレに行きたいとか、そういうわけではない!
断じて!
・・・多分。

そのおかげで部屋は静かになり、その上、煙草で煙った空気を入れ替えようと、バーニーが窓を開けた。
僕はドアを開けた。

つまり、風通しと音通しが良くなった。

それぞれが行きたい場所に移動しようとした・・・・そのときだった。



「ダメ、吉井・・・」



ふと、小さな声が聞こえて、僕たちはそのまま停止した。

僕たちは顔を見合わせた。
そしてそのまま視線が窓のほうに集中する。
隣の部屋から聞こえたにしては、クリアな音だったのだ。

若い金子くんが、一番に動き出した。
「まずいよ、ちょっと!」
と、囁き声とアクションで年長2人が止めるのもきかず、金子くんが窓から隣の部屋のほうを見る。
そしてがばっと振り向いて、僕たちを手招きした。

僕は正直言って、あんまり見たい気がしなかった。
あの2人が仲がいいのは結構なことなんだけど、どうもさっきまでの想いとは別に、軽いヤキモチみたいなものを感じてしまうんだよ。
だが。
好奇心のほうが、まだ強かった。

僕たち3人がベランダに腹這ってそっと覗くと、かの2人は隣の部屋のベランダにいた。

エマが柵に凭れかかって外を見ているのを、吉井が背後から抱いている!

少し屈んでエマの肩に顎を乗せ、髪の中に鼻先を埋めるようにしていた。
僕たちが見ているのに気付かず、二人はしめやかに囁きあった。

「酔っ払い。合宿中はダメって言ったのに」
「だって・・・エマと一つ屋根の下なのに、もう3日もお預けなんだよ?」
「隣、ネギさんでしょ?」
「なんでネギを気にすんの。・・・そういや最初からお気に入りっぽかったね」
「馬鹿、違うよ。みんないるみたいじゃん。もし聞こえたら困るもん」
「大丈夫だよ。なんか音楽でも聴いてるみたいじゃない。聞こえないって」
「ダメだってば・・・。もしもばれたら、他の人が気を遣うからって、約束したじゃん。ね?」
「エマ、ここんとこ妙に大人でつまんない」
「・・・どういう意味?」
「俺のこと、嫌いになった?」

僕たちは揃ってコンクリートと同化したまま、赤面で焼けてしまうのではないかと思った。
とても同世代の男同士の会話ではない。
まるでまだ10代の少年の口説きを聞いてるみたいだ。

いや、でも。
そのままエマが酔って口説く吉井をあしらっていれば、それはそれだけで済んだ。

だが、そのあと。
エマはくすくす笑って
「そんなわけないじゃん」
と向き直り、吉井の首に腕を回すと、すこし背伸びをして、情熱的に自分から唇を重ねた。
そのままキスしている吉井の手が、そろりそろりとエマの脇腹を伝い、Tシャツを捲ろうと蠢く。

――――リアル・再現!

僕たちはもうそれ以上見ていられなくて、這ったまま後退し、音がしないように最新の注意を払って窓を閉めた。
「本気でしたか・・・」
と呟きつつ、バーニーが慌てたように新しいディスクを入れて、DVDを再生する。
金子くんと僕は、それぞれ目的地に向かって部屋を出た。

動揺が隠せない僕とは違って、金子くんはなんだか嬉しそうだ。
「かわいい!かわいっすよね、あの2人!」
と。
でも僕は。
なぜか初日以来、吉井にマークされているらしい僕は。
――――・・・絶対、吉井のことだから、間もなくわざと隣の部屋に聞かせようとする・・・。
という予感がして笑えなかった。

だが2人はバレたとは思ってないのか、翌日も済ました顔で仕事をこなした。
夕方のリハーサル終了後、
「エマ、明日のリハの前にスティルアライブ詰めたいんだけど、いいかな」
「ん?いいよ。これからでもいいけど?」
「いや、明日でいいんだけどさ」
などと会話しながら、スタジオを後にする2人を見送りつつ、バーニーと金子くんは
「がんばれ、吉井!」
「今夜こそ!」
などと応援しだした。


僕の危惧が的中したのは、早くもその夜のことだった。
またしても吉井の部屋で飲み会となったんだけど、突如結成されたらしいバーニー・金子による吉井応援団の作為で、エマがいつもより呑まされ、夜更けには『くてん』という擬音が似合う状態まで酔っ払っていた。
応援団たちはむしろしてやったりな顔でそそくさと退室した。
僕はなんとかエマを部屋まで送ってあげようと試みたんだが・・・。
「ネギ坊、喧嘩売ってる?」
と、やっぱり酔ってる吉井に本気ですごまれ、仕方なく自室に引き上げるしかなかった。

そして案の定・・・。

それから程なく、聞いてはならない声が小さく聞こえてきたんだ。

僕は、布団に潜り込んで、なんとか聞くまいと耳に枕を押し付けたりしてみたけれど、もはやその時点では閨声が聞こえようが聞こえまいが、ベッドが軋む音が聞こえようが聞こえまいが、そんなことは関係ないほどに手遅れだった。

あのライブビデオたちを見てしまったから、どんな顔で吉井がエマの身体に挑むのか、エマがどういう顔で反応するのか、サンプル映像は脳内にインプットされてしまっているんだから。

衆人環視のステージで、拒絶も微笑もあんなに可憐だったエマは、恋人と2人のベッドの上ではどんなにか色っぽいことだろう。
ああ、そしてまさに、今。
このギシギシいう音を伴奏に、エマはそういう顔をしているに違いない。
あの細い背中を仰け反らせて。
白い頸を吉井に曝け出して・・・・。

イエローモンキーは艶と毒のあるバンドだとは聞いていたけれど、あれはまさに毒だ。
目の毒だ。
そういうつもりがなかった僕が、しかも充分人生と経験を積んでいた大人の僕が、10代の青少年よろしく、エッチな想像に罪悪感を抱かなきゃならないんだから・・・!


後日、ツアーが盛り上がってくるにつれ、吉井は「僕がエマに惚れてセクハラした」だのなんだのと公言するようになったが、僕はそのたびに口から一定の文句が出そうになるのを我慢するようになった。

「僕がエマに惚れちゃったのは誰の所為なんだ!吉井があんなことするから、意識しちゃうようになったんじゃないか!」


華と毒のあるバンドは、人をたぶらかす。
そして人の人生を狂わせることにかけて、間違いなく彼らは天才だ。



end



最近、いい加減書いてるもののタチが悪いような気がしてきた(笑)
メルトダウンの妄想活動により、「サポメンズが昔のライブ映像を見たら・・・」という話題から出たネタ。ネギがエマに惚れたのは、元はといえば吉井の所為。
そして書くためにDVD見てて、また普通に萌えてしまった。本当に毒だわ、彼らは。
収録のカラミを普通に観察描写したら、えままの書く程度のいつものエッチシーンよりよほどやらしかった(笑)
このお話は楽しかったので、また2006年の『MY FOOLISH HEARTのツアー』バージョンを書く予定です。
『合宿中の吉井とエマ』バージョンも今思いついたが、それは番外になるので・・・またFeticoat Laneの会報行きかなっ♪
ああ、妄想が楽しくて仕方ない。

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