デジタル



あれはまだ僕たちが小学生の頃、「家の中で電話を持ち歩けるようになるとはね」などと言って、コードレスフォンの普及を持て囃していたというのに、その後の技術の進化というのは、そら恐ろしいものがある。昔は考えもつかなかった携帯電話の進化や、パソコンの普及・・・なんて、プロのWEBデザイナーの僕が言うのは可笑しいだろうか?

吉井和哉のサイト担当者になって、3年になる。
開設当時から考えても技術は格段に進歩したし、日々革新されていく情報に置いていかれないようにするだけでも、正直僕たちは四苦八苦している。今まで使用してきたタグが非推奨になって使えなくなったり、馴染んだ構成が時代遅れで標準規格から外れたり・・・なんていうのが、年単位でなく月単位。酷いと、見た目は変らないというのに、作成中のページの変更を余儀なくされるのだから、これは一体誰の陰謀なのか、と頭を抱えたくなることもしばしばだ。
そこへもってきて、ここ1年ばかり、吉井さんの活動がいよいよ本格化してきたということもあって、仕事は日増しにハードになっていくばかりだ。ただ、これは純粋に嬉しい悲鳴なのだけれど。

そこに加え、吉井さんが最近、何かにつけて注文がうるさくなってきた。
会社サイドから一度OKが出たページでも、最終チェックで吉井さんは簡単にNOを出す。
それは別に難しい問題をもちかけられるのではなく、
「この写真はまずいでしょ」
なんていう、どうでもいいようなことに文句の電話をかけてくるのだ。
彼のいうまずいというのが、ショット的にブサイクだとか、イメージに関わるとかそういうものなら「すみません」というが、とてもそんな写真ではないので、こっちは辟易する。
彼が主に文句を言っているのは、ライブレポートの、バックステージ。ファンクラブ会員限定のこのページは、しょっちゅう彼のお気に召さないらしい。「あれはダメ」「これはダメ」の連続だ。
もともとはプロの仕事を尊重してくれる人なので、最近までこういうことはなかったのだけれど・・・。

先々週のNGは、根岸さんがエマさんの髪をとかしてあげている写真だった。
微笑ましくていいと思ったんだけど、
「あのさぁ、ダメでしょ。こんなの。常識で考えてよ」
なんて辛辣な言葉に、脳内をクエスチョンマークが飛び交った。
ツーショットはダメなのか?と思ってみたが、他の写真でもツーショットはいくらでもあるし、それに対して文句をつけられたことはない。暫くあとの仙台公演のときには、歯磨きをしているエマさんとそれを見ている吉井さん、というツーショットがあって、事務所からデータが送られてきたメールには、わざわざ「吉井希望により、歯磨きのは必ず使うこと」という但し書きがついてきていた。
・・・判らない。

先週のは、楽屋のソファに寝転がって進行表をチェックしていたエマさんが、カメラに気付いて「ん?」っていう顔をしている写真。とてもナチュラルで映りのいい写真だったので、まさかこれに文句が来るとは思っていなかった。

「あの・・・なんかこれ、問題あります?」
恐る恐る僕は聞いた。いい加減、傾向をはっきりさせないと、仕事の効率が悪いのだ。
「問題ありありじゃない!よく見てよ!シャツがめくれてる。お腹が見えてる!」
・・・今時、仮に女の子でもそのくらいのこと、どうでもいいじゃないか。何が悪いんだ?
「しかも顔が可愛すぎる!こんなの人目に晒せないでしょ。常識だよ!」
―――――・・・僕には彼のいう常識が判らない。

仕方ないので、エマさんのショットは外しましょうか?と聞いたが、それはそれで不満らしい。
次に出した目を閉じてる写真は、しぶしぶながらもOKが出た。
「結構秘蔵なんだけどなぁ・・・これも」
などと彼はまだ文句を言いたそうだったが、背後から何かを言われたらしく、電話は切れてくれて助かった。


札幌公演の直前。
いつまでたっても吉井さんの傾向が判らない僕は、事務所の社長である大森氏に泣きを入れた。
たまたま大森氏がこっちのオフィスに顔を出してくれたからだ。
僕は「吉井さんは本当にプロ意識が強いですよね」なんて、何気ないことのように雑談を交えながら事情を話すと、大森氏は何故か頭を抱えて項垂れた。
「独占欲も極まれり・・・か。あのバカが」
と呟いて。
そしておもむろに携帯を取り出し、電話をかけた。

「・・・・もしもし、エマか?俺だ。吉井のことなんだけどな、・・・・うん」

大森氏がそのまま立ち上がって行ってしまったので、それ以上会話を盗み聞きすることは叶わなかったが、エマさんに電話をしたということは、エマさんが嫌がってるのかな?と憶測した。
そういえば、常に文句が出るのはエマさんが絡んでいる写真だ。
あれ?だけど、だったら『吉井のことだけど』というのはどういう意味なんだろう?
それに、独占欲って何だろう?
・・・・・・判らない。

5分ほどして、大森氏は戻ってきた。
「本当に済まなかった。もう、こういうことはないと思うから」
と、随分恐縮されたが、僕の疑問は解決しないままだった。


そして、札幌公演終了後の深夜、僕は真実を知ることになる。
ライブショットと、オフショットのうちの何枚かで、解像度が随分違うのだ。
今までにも何枚か混じっていた、その解像度の低いオフショットは、間違いなく吉井さんの携帯で撮られたものだと判断できる。最近の携帯カメラがいくら進化したとはいえ、WEB用加工前の写真ではその差は明らかだ。
それに、どうやら間違いなのではないかという写真も混ざっている。
オフショット欄ではなく、SMOKEY KAZUYA用として送られてきている写真まで、その低解像度なのだ。しかも吉井さんではなくエマさんの写真。コメントテキストもついてきているけれど、確認しておいたほうがいいかもしれない。
そう考えて、念のため吉井さんに電話をかけた。

「あ、今回のはね、どれを選んでくれてもいいから。・・・え?SMOKEYの?合ってるよ。間違いない。もう、遠慮なくどれでも選んでよ。秘蔵は全部外しといたから」

彼の声はいかにも上機嫌だった。
これは余程ライブが上手くいっているのかと安堵して、「それでは失礼します」と言いかけたそのとき、ゴトっと音がした。どうやら切らないままで携帯を置いたらしい。まだ繋がっている回線のむこうで交わされている、密かな会話が聞こえた。盗み聞きはいけないと思いながらも、つい切りそびれて、僕はその会話を聞いてしまったのだ。

『なに?どうしたの?』
『エマさんの写真の話よ』
『俺の?・・・ああ・・・そのことね』
『なに?エマさん何か聞いたの?』
『ううん。・・・なに、変なのがあったの?』
『無いよ。あるわけないじゃない。リクエスト通り、エマちゃんの写真は俺が撮ったんだから』
『リクエストって』
『そ。エマちゃんが言ったんじゃない。俺に撮られるのが一番リラックスするって!』
『言ったけど・・・変なの、混ざってない?ちゃんと抜いた?』
『変なのって?・・・ああ、バレンタインのとか?』
『――――・・・うん』
『昨夜のヌードとか?』
『煩いな、もう!そんなのまで撮れって言ってないのに』
『デジカメが開発されて良かったなー。昔だったらあんなの現像してもらえなかったもんね』
『馬鹿か、もう!――――・・・ちょっと、吉井!何すんの、コラ』
『もう一枚撮っちゃお。はい、脱いで〜』

―――――・・・僕はいたたまれなくなって、終話ボタンを押した。

そういうこと、ね。
はぁ、なるほど。

納得はしたものの、脳内に今聞いた情報が循環するまでの間、僕はひとり、パソコンの前で長いことぼんやりしてしまった。



end



あかん、おんなじ話ばっかり書いてる。こんなことでどうする、私!
吉井さん、次のネタを早くプリーズ!(人間、欲が出てくるとろくなことがない・笑)
・・・って、つい3日ほど前のネタなのにね。

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