正月を『新春』とはいうが、2006年になって、文字通り『新しい春』が来ている人を、俺、日下部正則は半ば感動を覚えつつ目の当たりにした。
いや、正確には『新しい春が来ている人たち』だな。
素晴らしい。

「もう、吉井ってば馬鹿なんだから」
「何だよぉ、エマちゃんだって」
「一緒にしないでくれる?」
「うわ、酷いなぁ!言いつけちゃお、ヒーセに」
「いいよ。ヒーセは俺の味方だもーん」
「じゃあアニーだ」
「お前、それ嫌がらせでしょ」
「あ、バレたぁ?」

実に素晴らしい。
何が馬鹿だったのか知らないが、俺に言わせりゃ、年明け早々スタジオに同伴出勤してきながらの会話がコレじゃ、纏めてバカップルだ。
吉井はエマの頬を指でつんつんとかしてて、2人の周りにはピンクのハートが乱舞してる。
40前後のバカップルって中々見れるもんじゃない。
去年もなかなか凄かったが、今年はどうやらバカップルがグレードアップするらしい。

俺はいそいそと携帯を取り出した。
あれ、なんかメールが来てる。
えーっと、おお、あっくんか。
『バーニーさんへ! 今日からリハですよね。またあの2人の様子、報告してくださいね。頑張れー』
ふむ。
任せとけ、同志よ!
昨年来、僕とあっくんはエマ絡みの件についての吉井応援団と化していて、今やすっかりメル友だ。去年の吉井の誕生日前夜、エマと一緒に吉井の出演するライブイベントに出かけたのも、その活動の一環である。あとで三人で飲みに行って、0時丁度にエマが会話を止めて、
「吉井、お誕生日おめでと」
「え?」
「今、8日になった」
とにっこり笑い、吉井が物凄く感激して
「あっ・・・、えっと、――――うん。ありがと。・・・・照れるなぁ」
なんてふにゃふにゃのトロトロになったのを見届け、即座にあっくんにメールを打つべくトイレに駆け込んだほど熱心に活動している。戻ったら二人で手なんか握り合ってたもんだから、またトイレに行かなきゃならなくなり、2人にはすっかり腹を壊してると思い込まれてしまった。

楽しいなぁ。他人の色恋ってなんでこんなに楽しいんだろう。
いや、場合にもよるか。「馬鹿か?」ってムカつく場合も多々あるというのに、この2人にはどうも注目してたくなる何かがある。

「バーニーおはよう!正月早々悪いけど、またよろしくねー」
「おはよー!よろしくぅ」
2人から順にかけられる挨拶に、にっこりと
「こちらこそ、よろしく」
と返してたら、またスタジオのドアが開いた。

―――新春とはいえ、1月は真冬である。
入ってきたのは、文字通り真冬の人だった。
なんか他のレコーディングも同時進行で抱えてるらしく、徹夜の連続でフラフラになっていて酷い顔色。そこまで大変なら断りゃいいのに、今回もサポートを引き受けたベースの根岸さんは、面白いことにエマに惚れてしまっている。
今日も今日とて、来るなりバカップルのラブラブを目の当たりにして、漫画みたいに『がーん!』という形容が似合いそうなリアクションを取っていて、ホント、面白いにも程がある。

今回の新加入サポートは2人。
彼らもまた衝撃を味わうことになるのだろうか、と、俺は機嫌よくリハーサルの準備を進めた。


だが、どうやら吉井とエマにはオンとオフの区別はそれなりにあるらしい。
すっかり事情を知ってしまっている俺たちの前ではともかく、新しいメンバーやスタッフの前では、度を超えていちゃついたりはしなかった。・・・どうやら、俺たちは既に他人に数えられていないらしい。


しかし、猫というのは被っていても必然的に剥がれるときが来るのだ。
なんせ彼らは相当に年季の入ったバカップルである。

案の定、去年の俺たちと同じ議題を、新加入の柴田さんと古田さんが、ツアー開始直前に持ち出した。
「ライブビデオ、見といたほうがいいかな」
「去年のもだけど、大きい会場もあるから、イエローモンキーのも参考になるよね」
ブーっ!という音に反応して根岸さんの方を見ると、彼は飲みかけのコーヒーを盛大に噴出していた。
来た。
来てしまった。
この瞬間が、今年も。
ただ、去年と違うのは、ここに吉井もエマもいるということだ。
しかも間が悪いというかいいというか、そこはスタジオのリクライニングルームで、DVDデッキもあれば、彼らのDVDボックスもあった。
根岸さんはすかさず、
「だ・・・だったら、レッドテープにしよう!」
と主張した。
「それか、スプリングツアー!」
根岸さんの提案を、ボックスのインデックスを見ながら聞いていた吉井は、にやりと人の悪い笑みを浮かべると、
「ネギ坊、俺がそれ嫌だっつったら、ジャガーかメカラ7っていうつもりでしょ」
と言った。
そのセレクトが何を指しているかというのは、別にそれぞれの収録曲を俺が暗記しているというわけではなく、遣り取りのお互いの口調で意図は明確だった。
根岸さんは素直にぎょっとしている。ああ・・・そういう反応は墓穴なのに。
「ネギ坊はー、チェリーとTURUE MINDと、3.10は嫌なんだもんねー」
吉井の嫌味はますます的確に衝いてくる。
エマだけが訳のわからない顔をしていた。
「え?ネギさん、嫌いな曲あるの?」
あるんだよ、エマくん。
気付いてあげなさいよ、君もね、いい加減。あー面白い。
「えっと、嫌ってわけじゃないんだけど・・・その、えーっと・・・」
「何?どの曲?」
「だから、そんな嫌とかじゃなくて・・・」
座ってるエマに上目遣いに見上げられて、根岸さんは耳まで赤い。
僕は早々に宣告することにした。
「ネギさん、遅かれ早かれ、洗礼は必要なんだよ」
どうせツアー中に猫の皮は剥がれてしまうから。去年だってそうだったじゃない。日を追うごとにあからさまにラブラブになっていってさ。
だけど吉井は、
「いや、やめとこう」
と言った。
「バーニーさんたち、去年も観たんでしょ?同じの観てもつまんないじゃない」
あからさまに根岸さんはほっとする。
結局、その場では去年のソロライブのDVDだけを見て、ツアーは始まった。


恐ろしいことに、吉井の拒絶は更なる衝撃に落とし込むための罠だったのだ・・・。

ツアーが始まって、だんだん温度も高まってきた2月の初め。
宿泊先のホテルで集合がかかった。
「DVD鑑賞会やるよー!」
嬉々とした吉井の呼びかけに、僕は「お?」と腰を上げたが、根岸さんはぎょっとした顔で吉井の手元を凝視した。
手に持っていたのは、既製品ではない、シンプルなプラスチックケースに入ったDVDが2枚。
「それなに?」
エマが吉井の肩の向こうから、ちょこんと目から上だけを出して覗き込んでる。
吉井がエマの可愛らしい仕草に、蕩けたような視線を向けた。
お、これは結構あっくんに報告ショットだな。
「ワタシのとっておきのコレクション。こないだのオフに家からビデオ持ってきて、田中に急いで編集させたんだよ」
「あ、そうなんだ。道理で2、3日、田中見ないと思った」

吉井の部屋にみんなして酒を持ち込み、おもむろに吉井が取り出したDVDのうち、1枚には『マル秘・18禁』とマジックで書かれている。
・・・AV?
ここにきて、いい年した団体でAVなのか?



――――全部見終わるまでに、4時間かかった。

1本は、商材に収録されなかった各時代の映像で、これは純粋に貴重だった。
俺も邪念を捨てて、完全にライブの空気感を満喫した。
恐らく色んな想いが交錯してしまうのだろう、吉井は時折部屋から出たり、バスルームに行ったりしていた。
エマも微笑を湛えながらも複雑なのか、やはり時々席を外した。

だが・・・そろそろみんなが疲れてきた頃、吉井はさっきまでとは別人のような、嬉々とした顔で次の1本を持ち出してきた。
「じゃあ、これも見といてもらおうかなー」
と、いそいそとデッキにセットするなり、ベッドに腰掛けて、「おいでおいで」と、エマを手招いてる。
きょとんとしながらも吉井のほうに行くエマを隣に座らせて、吉井はリモコンを操作した。

俺は、さっき見てしまった『18禁』の文字に期待を・・・いや、心配をした。
一体ナニを見せられるんだ?

結論から言うと、確かにそれはある意味AVだったかもしれない。
2枚目は、『追憶の銀幕 完全版より抜粋』というテロップが最初に入っていた。
いい加減聞きなれたドラム音に続き、
「ファスナーを降ろして!」
という、絶叫のようなヴォーカルが始まり、途端に根岸さんは腰を浮かせた。
背後から
「逃げるなネギ坊!」
という吉井からの檄が飛ぶ。
古田さんと柴田さんにはその意味が判らないようで(当たり前だ)、最初は普通に見ていた。
だけど、新参2人のみならず、、我々までも唖然とさせる瞬間がやってきた。
既に観たものと違っていたのは、コレには小芝居が入っていて、吉井からの誘いかけをエマが拒絶し、オカマちっくに倒れた吉井をエマが踏みつけたり、センターで挑発したりするようなバージョン。
エマの腕や肩にキスする吉井とかは相変わらずのカラミっぷりって感じではあるが、どうもわざとらしい演技っていうのが何だか観ててこっぱずかしくて、俺はちょっと戸惑ってしまったんだけど、やっぱり今年も俺たちは声を揃えて
「あっ!」
と言うことになった。
クライマックスあたりで、エマの大きく足を開いた間に身体を滑らせ、吉井がまさに・・・その、エマのを、口でするような・・・ダイレクトな・・・シーンが・・・あったからだ。
しかもエマのギターは吉井の頭から外。つまり、確実にエマのその部分と吉井の顔は密着していた。
・・・しかも、例によって長い!
そりゃ、こんなものリリースできなかった筈だ。
だが実はそれをテレビで放映したのだというから恐ろしい。
パフォーマンスでここまでしてる日本人を、長いミュージシャン生活の中でも、俺は知らない。

動揺の声を上げたメンバーは、勿論、俺と根岸さん、古田さんと柴田さんだ。
だが、エマも呑みつつ観ながら、
「なんか、改めて見ると恥ずかしいね」
と言った。
あ、吉井の顔がスケベになってる。いや、元々ニヤニヤはしていたが。
根岸さんはエマにも理性があったことを知って、少しほっとしたような顔だ。
だが。
「だって、演技下手なんだもん。変なカオー」
エマはそんなふうに照れた。
「そ、そこー!?恥ずかしがるの、そこ!?」
柴田さんがつっこんだ。
うんうん。やっぱりエマはこうでなくては。

1曲終わって、更に画面が切り替わる。
今度は随分後の『野生の証明ツアーより』というテロップが最初に入った。
またしても
「ファスナーを降ろして!」

たらり。
俺の背中に冷たい汗が流れた。

「吉井、このビデオ何分あんの?」
思わず聞いてみる。
「んー、2時間くらいかな、田中のヤツ、適当に編集したな。時代の順番がバラバラ」
俺の予感は的中した。

俺たちはその後、半強制的に『SUCK OF LIFE』ばかりを延々と2時間見続けることになった。
それでも退屈せずに済んだのは、背後から逐一解説(?)が入ったからだ。
「このときさ、エマ、おっきくなっちゃったんだよね」
「だって吉井がそうしたんじゃん」
とか、
「そういやよく内緒話したよね、こんとき」
「笑わせるんだもん。変なコト言って」
「別にいつも笑わせてた訳じゃないよ。ちゃんと愛を囁いたじゃない」
「・・・ステージにピロートークはいらないと思う」
とか。
挙句には
「うわー、なっつかし〜!初々しい、エマの反応が!可愛かったなぁ!」
などと昔の映像を見て吉井が言い出せば、既に2人の世界に行ってしまっているエマは臆面もなく
「今は?」
などと言って吉井の鼻をつまんでみたり。
だけど、それらをしっかり凝視していたのは俺だけだった。
みんなはもう怖くて後ろを向けなかったらしい。
各種バリエーションに富んだカラミは、1時間を過ぎる頃には「バラエティーに富んだラブシーン」という感覚になってきて、だんだん映像を見るだけで吉井とエマは恋人関係なんだと脳裏に刷り込まれていく。
それにしても、古田さんと柴田さんはツワモノだ。
普通に面白がりはじめた。
吉井のこの作戦は、明らかに意図があってのもので、そこから先の公演では、もはや2人の仲は公認、という雰囲気を見事に作り上げたのだった。

根岸さんは―――――・・・。
実は3曲目でリタイアした。
酔って眠ったフリをしていたけど、眦に涙が浮かんでいたのが、可哀想なところだ。

俺?
俺はそりゃ楽しいよ。
鑑賞会の間中、いつあっくんにメールしようかと悩みはしたけど。

やっとのことで鑑賞会が終わり、例によってエマをその部屋に残して退散したのが午前4時。
流石にもう、誰もエマを残してきたことにつっこむヤツはいなかった。
きっとこれは今後延々と、サポートメンバーに変化があるたびに通らなくてはいけない通過儀礼になるだろうと俺は確信しながら、おもむろに携帯を取り出すと、さっそくあっくんに長文メールを打った。


だが・・・。
この行動が墓穴を掘ったことを、後日、俺は思い知ることになる。

あっくんから、
『うわー、それ、俺も見たいです!!バーニーさん、吉井さんに頼んでコピーもらってくださいよ!』
と返信が来た。
俺とあっくんは、全くの好奇心で吉井を応援していたから、単純にそれを吉井に頼み、思いがけない誤解を受けることになるとは、思ってもみなかったんだ・・・。

「・・・・・・バーニーさん、あんたもエマ狙い?・・・懲りないねぇ」
と、嫌に低い声音で告げられ、その後、どれだけ否定しても信じてもらえなくなってしまった。
それでも吉井はもともと見せたいほうだから、コピーはくれたものの。

弄られキャラの矛先は、根岸さんから俺に移ってしまい。

生まれて初めての大阪状ホールという大舞台で、日本酒のラッパ呑みをさせられるという報復を受けたのだった・・・。


春を甘く見てはいけない。
どんなに百花繚乱になろうとも、春の嵐は凄まじいように、40手前でやってきた男の春は相応に湿り気を帯びていて、僕は人為的な花粉症に涙を流すことになりつつも。

つい、
今日も懲りずにあっくんにメールをしてしまうのだった。



end



バーニーごめん。バーニーごめん。バーニーごめん。バーニーごめん。バーニーごめん。
なんの罪もないのに、腐女子にしちゃってごめんなさい・・・。
くあー、しっかし、本当にあったら大金積んででも欲しいぞ、SUCKコレクション(解説つき)!

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