天体 |
星が見たいって、エマちゃんいつも唐突ね。 八王子ならさ、別に出かけなくても見れるんじゃないの?っていう俺の軽口に。「うっさい!」って返して。 夜8時に仕事が終わって、ちょっと恋人の声を聞くために電話。 会話途中で彼が思いついたその提案。 行き先の指定もなく、いきなり「迎えに来い」とおっしゃいます。 飲んでないからいいけれど、俺のお姫様はいつも気まぐれ。 行ったところで、「気が変わった」とかいうこともしばしばでしょう、アナタは。 そんな文句を脳内で垂れ流しながらも、俺は車を走らせてしまうのです。 アナタの望みを叶えるために。 あれ? でも、星? 今日は朝からずっと曇ってる。 今となっては、いつ降り出してもおかしくない空。 こんなんで、一体どこに行けば星が見れるって言うんだよ。 エマの家の前に着いた頃には、案の定降り出してきた。 エマは、珍しく玄関にまで出て待っていた。 「どこに行くの?」 「いいから、吉井は車に乗って」 星なんて、絶対無理だと思われるのに、不機嫌ですらない。 それどころか、自分はいそいそと運転席に乗り込んで、俺を助手席に追い立てる。 なんでよ!って聞いたら、ポルシェが修理中で運転したいからなんだって。なるほどね。 雨の中を、エマはご機嫌にドライブ。 星を見に行くって言ったのに、何故か車は都内へ向かう。 「星じゃなかったの?」 「星を見に行くんだよ」 意味が判んないけど、ここは好きにさせとこう。 だけど、目的地に到着して、俺は仰け反った。 ここって・・・ここって・・・。 エマは迷わず車を留めて「早く!」なんて俺を急かす。 あのさあ、エマさん?それならそうと言ってくれれば、俺はちゃんとセッティングしましたよ? 俺ら、別に貧乏でもないし、こんなトコ来なくても・・・。 しかも、エマにこういうところは、イマイチ似合わない気がする。いくら見てくれがそれなりに豪華に作ってあっても、どこかチープなイメージが拭えない・・・ そう、ここはラブホテル。 ご休憩¥8,500 ご宿泊¥16,000。 「エマ、こういうとこ嫌だって言ってたじゃん」 俺ら男同士だし、変な目で見られるから嫌だって、昔もっとお金が無かった頃、そう言って絶対拒んでたでしょ?(そりゃ昔入ろうとしたところはもっと安かったけど) なのにどうしたの。 「嫌だったんだけどね、今日はどうしてもココに来たくて」 ちょっとだけ困ったような顔で、笑いながらエマがセレクトした部屋に入って―――――- 納得。 これか。 ベッドの上、天井がプラネタリウムみたい。 ラブホにしては、キレイにデザインされた、それは星空。 「だってせっかくこんな日なのに雨なんだもん」 悪戯っぽく笑ってエマが灯りを落とすと、蛍光色のソレは薄闇の中に光った。 「こんな日?」 今日は・・・7月7日。 「あ、七夕か」 そうそう、とエマが笑う。ごろんとベッドにうつ伏せになって、足をぱたぱたさせながら。 星の中で抱き合うのに相応しい日でしょ。 ってね。 エマさんってば・・・もう。 ケラケラ上機嫌で笑いながら、俺をベッドに引き倒して、ちゅっとキスをくれながら俺のシャツの胸を開いた。 「って、まぁ、口実なんだけど。なんかしたい気分だったときに電話かかってきたから、ちょうどいいし呼び出しただけー」 なんだ?ちょうどいいしって。あんとき電話したのがどっかの女だったらソイツ呼び出してたんでしょ。 だいたい、なんでこんなラブホ知ってんの。どっかの女と来たんでしょ。しかもここって結構新しい。最近? 「当たり前じゃん」 あらま。 おっとこらしいこと。 昔だったらココできっと本気の喧嘩になってたんだけど、今はそうはならない。 だって知ってるから。 そういう憎まれ口こそが、この人の口実だってこと。優位に立ってたい天邪鬼。 騙されててあげましょう。俺は口先だけで怒って、エマはそれを悠然と宥める。 俺は傷ついたフリをして、彼は酷い恋人のフリをする。 何万年も年に一度の逢瀬だけの牽牛・織女は、きっとお互いに一途なフリをしてる。 だけど彼らは知っている。 いつまでもイイ男・イイ女であるお互いに、他にも恋人がいるんだろうということを。 年に一回しか会えないから、無駄な喧嘩はしないでおこうと。 俺たちは、多分馴れない関係を継続したくて、わざと不埒な恋をする。 いつも逢っていたいから。 年に一度なんてまっぴらだから。 わざと無駄な喧嘩をしましょう。 そして程よいところで許して、本当は一途な心と身体を確かめ合うのです。 天の川が、あまりの馬鹿らしさに呆れて、俺たちを隔てるのを諦めるように。 end |
ロビエマですよ?エマロビではありません。 本当は七夕の日に上げようと思ってたんだけど、なんとなく書きそびれたので、せめて7月中にアップしてみました(笑) それはそうと、この話のどこが『天体』なんだ(爆笑) |