すっかり熱も下がって、今日からの遠征はバッチリ行けるぞ!
・・・と、思ったら、吉井が風邪をひいた。
この間仏頂面で俺の自己管理の欠落を無言で咎められたことを思い出し、俺はこっそり苦笑した。
なんだ。
吉井だってパーフェクト人間じゃないじゃん。
いや、吉井がパーフェクトだと普段思ってるわけじゃないんだけど、ただ単純にこの間の大人っぽい所作が悔しかったから、つい。
俺はすぐに自分のことで一杯一杯になっちゃうのに、吉井とか英二はちょっとしたことですぐ気遣いを見せる。そのへんが、年上=大人だった時期からもう卒業して、自分を磨くことで本当に大人にならなきゃいけないんだって、自分に足りない部分を神様に説教されてる気がして嫌になるんだ。
それでも英二は「気を遣ってます」という顔でやるからまだ救われるんだけど、吉井はね・・・。
なんだか、ずっと吉井に対してはひっかかりがあるんだよね、俺。
くだらないプライドだって言ってしまえばそれまでなんだけど、俺は吉井より年も上だし、キャリアも長いし、前にも一度プロでデビューしてるっていう自負が、本当は拭えない。
だけど今、年下の吉井がウチのバンドを引っ張ってて、前のバンドではどうしても到達できなかった本当の意味でのメジャーのエリアに、吉井の力でのし上がっていこうとしている。
まぁ、バンドってもんは個人の資質だけじゃなくて、全体のフィーリングで成長していくもんだから、前と今とではそれが徹底的に違ってるんだし、個人レベルでの素材として劣ってるとは思わないけど、結局のとこ、それでも素材の一歩上、バンマスとしての力量は吉井のほうが上ってことは疑いようがない。
それでも吉井が子供っぽく我侭だったり、傍若無人な人間だったらそこまで劣等感は感じないんだけど、更にエスパーだし。
男としても負けてるっていうのは、どうにも悔しくて意地になっちゃうんだな。
だからって吉井が嫌いなのかと聞かれると、全然そんなことない。
むしろ、ミュージシャンとしては割と同じ匂いを感じるし、好きだな、うん。
ただ、ちょっと近寄りがたい。
吉井だけ、他のみんなと俺に対する態度が違うからかな。
他のみんなの俺に対する態度―――――――・・・あれ?
待て。
そこで俺は一つ思いついた。
違う違う。
俺がこんなにコンプレックスを刺激されるのは、吉井の所為じゃない。
どうもここ数年、俺を取り巻く環境がおかしいんだ。
「寝てなさい」
今日だって、明日の公演に備えて現地入りした途端、社長・マネージャー・英二・ヒーセに口を揃えて言われた。
本当は今日は4人でラジオ番組のコメント録りをして、夜には俺と吉井で別の番組にゲスト出演する筈だった。
だけど吉井が風邪でダウンして休むことになり、何故か元気になった俺まで強制的に休まされた。
既にちょっと咳が出るくらいで、もう何ともないというのに、コンサートスタッフまで巻き込んで大事をとらされた。
「兄貴は熱出しやすいんだから、無理しないほうがいいんだよ」
という英二の一言が引き金になったんだ。
熱出しやすいってお前、それはもっと子供の時の話で、今は普通だよ!・・・・と、主張はしてみたが、何故か誰もが俺のことを身体弱いと思ってるらしく、ホテルに閉じ込められた。
仕方ないから寝ちゃおうと思って着替えるべく鞄を開けたら、自分で入れた憶えもないビタミン剤や栄養ドリンク、のど飴、蜜柑、挙句の果てには厚手のカーディガンっていうような風邪引きグッズがゴロゴロ入ってて、これは確実に英二とお母さんの仕業だと思うと、あまりの過保護っぷりにだんだんムカついてきた。
大事にされてて怒るのはいけないことなんだろうけど、過保護にされると「お前は頼りないです」って宣言されてるみたいで嫌になる。
今日だって、もしも熱を出した順番が俺と吉井と逆だったら、多分吉井は休まされなかったと思うんだよね。そういうとこ、あいつは信用されてるし、俺は信用が無い。
ベッドに転がって、溜息をついた。
それにしても、おかしいなぁ。
以前はこんなこと無かったと思うんだど。
デビューした頃は、全員まとめて困ったヤツらだと思われてたし、別に俺だけ信用なかったわけじゃない。
むしろ、ヒーセと俺と、年長組として、吉井の暴走を制御したり、英二に方向を示したりしてた。
英二は以前は俺のことは頼りになる兄ちゃんって感じで後ろをついてきてたし、ヒーセも俺に対して過保護傾向を見せるようになったのはここ最近。マネージャー連中も社長も。
なんでだぁ?
みんな大人になったのに、俺だけ子供っぽいのかな。
いや、絶対そんなことないと思うんだけど。
むしろガキんちょみたいに騒ぎがちなのは、俺以外の3人だぞ?
仕事に手抜きしたことなんかないし、遅刻すんのは英二も一緒だし、体調管理にしたってみんな同じように風邪ひいたり腹壊したりしてるじゃん。
むむ・・・。
となると、やっぱ気遣いってこと?
周囲に対する配慮不足が、俺を頼りなく見せてるのかな。
っていうか、自分でもこんなんじゃダメだって思うから、しっかりしようと心がけるのに、そういう傍から何故かみんなが世話を焼く。
・・・・もしかして、こういうキャラを要求されてるのか?と、たまに思わないでもない。
ぼんやりとそんなことを考えてたら、隣の部屋からゴホゴホと、小さく咳をする声が聞こえてきた。
吉井だ。
そういや、吉井、ホテルに入るときにはもう真っ青でフラフラだったことを思い出した。
医者は来てたみたいだけど、大丈夫なのかな。
なんとなく隣の壁を見てたら、そこにドアがあるのに気がついた。
あれ?
ここってコネクトルーム?
試しにノブを回してみると、どうやら鍵は向こうからかかってるらしい。
まぁいいか、と思ってベッドに戻ろうと思ったけど、吉井のほうから「あー・・・」とか「くっそー・・・」とか、悪態ついてるような声が聞こえてくる。
起きてんじゃん。
寝れないのかな。
ふと、もしかしたら吉井も、俺と同じように体調を崩した自分に腹を立ててるのかと思った。
この間のライブのとき、俺も自己嫌悪で相当辛かったし。
だから吉井が他の人たちみたいにただただ心配して何かと俺のために妥協したりせずに、厳しく通常運転を決行しつつ、何かと助けてくれたの、嬉しかったな。悔しくはあったけど。
それどころか、高熱のとこにライブでアクションしてて、自分でもわからないうちに熱が上がりすぎてるのを察知して、強制的に水まで飲ませてくれて―――――・・・・。
・・・ん?
そうじゃん、あの時、吉井、俺にキスした。
しかも終演後の体力消耗状態で抱っこしたり、更に俺が寝転んでからも吉井のシャツを離さなかったから、風邪が感染る機会は他の人よりも多かったじゃないか。
もしかしなくても、吉井の風邪って俺の所為・・・・。
それに気がついたら、いてもたってもいられなくなって、ドアをノックした。
すぐにスリッパを引きずる音がしたけど、どうやら廊下のほうに向かったらしい。
「吉井、こっち」
病人動かしてどうすんだ、とは思ったけど、呼びかけたらドアが開いた。
吉井はびっくりしながらも俺を部屋に入れてくれた。
顔が赤い。
額に触れたらやっぱりまだ熱が高いみたいだ。
よし。
この間のお返しだ。
今日は俺が看病しよう。
俺の場合は仕事中に倒れた訳だからみんなが看病してくれたけど、ホテルの部屋じゃ看ててくれる人もいないもんね。
決心して、まずは手始めにバスルームにタオルを濡らしに行った。
この間、吉井が額を冷やしてくれて気持ちよかったし。
絞ったタオルを持って部屋に戻ると、吉井はさっきよりも益々顔を赤くしてた。
いつもは近寄りがたいと思ってる吉井だけど、こうして寝てると子供みたい。
ちょっと微笑ましく思いつつ額を冷やしてあげたら、吉井はなんだかきまり悪そうに目を伏せた。
「エマさんも病み上がりなんだから、寝てたほうがいいんじゃないの?」
あ。
・・・しまった。
自分が世話を焼かれなれてるからって、誰もがそうって訳じゃない。
もしかして迷惑だったかも。
急激に苦手意識が蘇ってきて途方に暮れたら、何故か吉井のほうが慌てた。
「迷惑とかそういうんじゃないから誤解しないでね。ホント、違うから。凄い嬉しいんだけど、折角治ったのにまた感染しちゃったらいけないから」
うお。
またエスパーだ。
でも、とりあえず迷惑ではないらしい。
「同じ風邪にはかからないって。だって吉井の風邪、俺の風邪だもん」
と自分の行動を言い訳しながら、どうしてこいつは俺が考えることをこうして先読みできるんだろう?と益々不思議になった。
じゃあ、いっそ俺が考えてることを読んでみろ!・・・と思って、「吉井の看病がしたいよ」と、心の中で念じてみた。
そうしたら吉井は、更にユデダコ状態にまで顔を赤らめた。
あれ?
こいつの赤面って、もしかして熱の所為じゃなくて、照れてんじゃないの?
そうかそうか。
吉井ってそうなんだな。
あんまり周りに過保護にされた経験がないから、世話焼かれると戸惑うタイプなんだ。
俺はなんだか可笑しくなった。
それから、気を遣わせても可哀想なので自分も横になることにした。
「だからどうせ寝てなきゃいけないんだったら、吉井んとこで寝ようかなって。吉井の具合悪くなったらすぐ判るでしょ?」
隣のベッドに潜り込んで、どうやら目が醒めてしまったらしい(俺の所為?)吉井の、暇つぶしの話相手を務めることにした。
暮れゆく部屋の中、まったりと穏やかな時間。
時々起き上がって吉井の額のタオルを変えてやりながら、どうでもいいことを話してるうちに、吉井は寝入ってしまった。
タオルを外してやったほうがいいかな、と思って近寄ったら、ちっちゃな寝言が聞こえた。
「・・・エマ・・・さぁん・・・・」
言いながら、甘えるみたいに俺の手を握ってくる。
普段はガキっぽさもどっか独断的な吉井の、そういうとこは正直意外で、俺はびっくりして目を瞠った。
なぁんあだ。
こいつ、普通に可愛いじゃん。
人を置き去りにしてさっさと大人になっちゃったのかと思っちゃったよ。
なんか、こういうの・・・。
嬉しい、かも。
そういや、吉井のことを苦手だと思い始めたのはこいつが急に大人っぽくなってからで、昔はそんなことなかったな・・・と述懐する。
それほどに吉井はいつも気を張ってるんだろうな。
もう一回
「エマさん・・・」
と眠ったまま呼んだ吉井の頭をちょっと撫でてやってから、俺も一眠りしようと再びベッドに潜り込んだ。
end