天気の良い連休の中日。
街は人で溢れかえっている。
但し、曜日なんてもんは自由業の自分たちには関係ないものだ。
それでも家族と暮らす身の上にはそれなりに感覚として存在するものだが、浮世離れの権化たるエマちゃんは、月曜だろうが日曜だろうが、盆だろうがゴールデンウィークだろうが関係ない。
彼にとって『カレンダーが赤い日』は、昼間に道が混むので鬱陶しい日として認識されている。
よって運転席を拒否したため、オイラにお鉢が回ってきたのだ。
「ってか、吉井を誘えよ、吉井を。帰ってんだろ?あいつ」
「冷たいこと言わないでよ。買い物はヒーセとって決めてんの、俺は」
だったら空いてる平日にでも行けばよさそうなもんだが、思い立ったら吉日のエマにはそういう理屈は通じない。
と、いうか。
またなんか喧嘩でもしたか、つまならない嫌がらせしてるかどっちかなんだろうよ。
オイラはいい加減、その手の巻き添えには慣れっこになってる。
それもエマにだけやられるわけじゃない。こいつらは喧嘩をすると、それぞれ別個に俺を巻き添えにする。
吉井の場合は奈落の底辺にいるときに
「あのさ、ヒーセ、ちょっと話があるんだけどいいかな・・・」
とやってくる。
背景に青白い火の玉が無数に乱舞してるので、その時点でオイラとしちゃ察知してアニーなり田中なり巻き込むことにしてる。じゃないと、エマが絡めば、吉井の落ち込みはまさに自己嫌悪を具現化した状態になるから鬱陶しくてやってられないのだ。しかも理由は大抵の場合、恐ろしいほど下らない。
一方エマちゃんの巻き込み方は発散型だ。
単純にムシャクシャしてるのを晴らすために誘ってくることもあるし、吉井への嫌がらせのためにオイラに懐くこともある。そういうときはアニーより俺だ。やっぱアニーのヤツはどこまで行っても弟だし、効き目としては薄い。そして女の子と一緒にいるよりも、男に懐くほうが効力が強い。そして遊んでるうちに、だんだん理由を話してくれるんだ。ここんとこその辺の役割は根岸さんが買って出ていたらしいけどね。
そんなわけで、エマちゃんからのお誘いは、閉口はしても割と気安くつきあってやるんだよ。
まぁ、ちょっとばかし、吉井を・・・精神的な意味ではエマちゃん一人に背負わせてる、元・・・っつーか、メンバーとしての「悪ぃな」って気持ちも手伝うんだけどな。中々難しい男だから、吉井は。(エマさえ与えとけばいいっていう見方もあるけどな)
だけどそういうのも本当は建て前かもしれない。
なんていうのかな、エマちゃんのこういう行動はさ、無鉄砲だった少年の頃を思い出せるというか、いや、更に正直になるとすれば、女の子の苛々みたいで可愛いんだ。・・・言えないけどな。言ったが最後、東京湾に浮かぶ覚悟をしなきゃいけない。
「で?エマちゃん、何を買うんだ?」
「服。男らしいの」
「・・・・は?」
「いっそおっさんくさくてもいい。間違っても可愛くないやつ」
「なんで?」
オイラは首を傾げながら、助手席に視線を送った。どうぜ渋滞で暫く動かない。
エマちゃんは拗ねたみたいに膝を抱えて通りを見ながら、
「今度という今度はあの馬鹿に愛想が尽きた」
などと口を尖らせている。
なんだか知らねぇけど・・・要するにやっぱり吉井絡みって訳なんだな。
はー・・・。相変わらずだねぇ、お二人さん。
軽く溜息をついて歩道を見遣れば、人波を掻き分けて誰かが全力疾走している。あちこちぶつかりながら、そのたびに人々に振り返られて、指まで指されてるところを見ると、有名人かもしれない。
なんだ?
だけど、俺が反応するよりも、エマの反応のほうが早かった。
「あれぇ・・・?ハイドくん?」
「へ?」
俺が聞き返す間もなく、エマは窓を開けて大きく片手を挙げた。
「ハイドくん?」
「あっ・・・!エマちゃん!」
走っていた男もそれに気付いてやってくる。
確認すると、確かにそれはラルクのhydeだった。そんなに頻繁ではないが、会えば楽しく歓談する程度にこの2人が親しいということは、吉井なりアニーなりから聞いたことがあった。
「あっ!ヒーセさんや。こんにちは。急で悪いけど・・・・とりあえず、匿って」
「え?」
「アホの尾行撒いとったら、痛いファンに見つかってん!頼むわ!」
アホの尾行というのが解らないけれど、見つかって困ってる気持ちはよく解る。オイラはなんだか知らないけれど、急いでハイドくんを後部席に乗せた。
乗り込むなり身を伏せて姿を隠している。エマはそんな後部席に身を乗り出して事情を訊きはじめた。
「今度はどうしたの?」
「アホテツが訳のわからんこと言いよんねん。ムカツクから逃げたったら、あのアホ、尾行しよんねん」
・・・あほてつ?
アホ・・・は阿呆なんだろう。ってことは、テツは・・・ああ、ベースのtestuくんか。同業者だな。
「何を言われたの?」
「・・・・ランジェリーショップに行こうとしよるんや」
「ぶっ!」
オイラは思わず飲んでたお茶を吹き出した。
なんだそれ!話の意味が判らない。
「この間、酔った勢いで女物の浴衣を着てやったんが悪かったんやな。変態がエスカレートして、レースのキャミソール着てくれとか言い出しよって」
「・・・・・・・・」
「俺かって大人やから、ちょっとしたコスプレまでは妥協もしたるわ。やけど、あれはあかん。15年前ならともかく、今はもう似合わへんもん」
思わず想像してしまった。
・・・見るに耐えなくはないんじゃないか?
いやいや、そういう問題じゃねぇだろ!
昔、初めて対バンしたときに見たhydeくんは、確かに女の子だと思ったくらいではあったけれど、似合う・似合わないの話じゃないような気がそもそもする。
っていうか、こいつらはアレか。同じ穴のムジナか!
道理で昔、アニーが楽屋見舞いに来ていたhydeくんを見送ったあと、やけに憔悴していた訳だ。聞いたんだろうな、色々と。
いやー、しかし・・・。
吉井みたいなのが他にもいるとは思わなかったな。世の中って意外とそういうもんなのか?
しかもhydeくんのこの天然っぷりは、エマちゃんと同質の浮世離れを感じるぜ。
だけど。
俺はそのあとのエマちゃんの発言で、更にぶっ飛ぶことになった。
「ヒーセ!」
「は、はい?」
急に呼びかけられて声が裏返る。
「俺が間違ってたかもしれない」
「な、何が」
「あのくらいのコトで怒った俺が悪かったんだよ、きっと」
「どの?」
「だからぁ、吉井のお土産」
「は?」
だからも何も、オイラはそもそも事情を知らないんだ。解るように話してくれ。
「吉井がアメリカ土産にいっぱい服買ってきてくれたんだよ」
いっぱい?
俺にはベルト1本だったぞ?愛の差か?ケッ!
「でもね、去年ペアルック状態のTシャツでステージに立ったから調子に乗ったみたいで、半分がお揃いだったんだよね」
「・・・・は、はぁ・・・」
「それであとの半分が、ピンクのピタピタのTシャツとかフリルのついたノースリーブとか、明らかな女物でさ」
「・・・・吉井ってヤツは・・・」
「ホルダーネックなんか、男の俺にどう着ろっていうんだよ、ねぇ?俺、てっきり女宛のお土産間違えて持ってきたんだと思って怒ったんだよね」
「おう」
そりゃそう思うだろう、普通。
「そうしたら吉井ってば、『エマちゃんのだよ。決まってんじゃん。髭剃ったら充分似合う!可愛い!これ着てエッチしよ』なんてオヤジ丸出しで、俺さ、ムカついてムカついて・・・」
「・・・・・・・・・・」
前言撤回。
吉井は相変わらずではなかった。
どうやら更に進化していたようだ。
「あー、エマちゃん、あかんあかん。甘い顔見せたら付け上がるで」
俺が脳内を宇宙空間に飛ばしている間に、hydeくんが口を挟んできた。
「そんなん、一回妥協したらなし崩しやで。ウチのアホなんか、平気で俺にワンピースとか買うてきよるからな」
「そういうもん?」
「やって。まぁ、俺の場合は昔は着とったからな。その頃はつきおうてへんかったし、昔の憧れとか言われたら拒みきれへんかったけど、挙句の果てにランジェリーやもん。しかも一緒に買いに行こうとするか?普通。ええ年した男2人でランジェリーショップ入ってみ?通報されるわ」
「なるほど」
ランジェリーショップじゃなくても通報したい気分だ。
警察とまではいかなくても、社長あたりに。もしくは菊地のご両親あたりに。
「解った。やっぱ俺、男らしい服買う!」
「その意気や!俺も行く!」
「いっそバカボンのパパみたいな格好してやろうかな。同い年だし」
「それええな!俺もしよっかな。あいつらがどこまでのラインで欲情しよるか見ものやな」
そんなエマちゃんやそんなhydeくんは嫌だ・・・・。
俺は泣きたい気持ちで、絶対に下町は避けようと思った。
「でも、いきなりそこまでやって嫌われたら元も子もないよね」
そうだ。やめておいてくれ。
「そやなぁ・・・。貢ぎのペースが落ちても困るしな」
「そうそう」
・・・そういう問題か?
「まずは甚平あたりかな」
「あれは結構ヤラシイからなぁ、普通に欲情しよるやろ」
「そっかぁ」
本気なのか冗談なのか、恐らく本気だと思われる怖い会話を聞きながら、オイラは運転中に失神しそうになっていた。
なんとか渋滞を抜け、何度か来たことのある無難な古着屋に2人を連れて行った。
悦に入って妙な柄のシャツを物色してる姫君二人の従者として、珍しく自分用の物色に気合が入らない状態で店内をうろうろしていたら、店の外から異様な視線を感じた。
「!?」
思わず振り返ると、そこには目深に帽子を被り、グラサンをかけた男が立ち尽くして一心に暴走姫君たちを見ている。
あれは・・・tetsuくんか?
普段人見知りな傾向であまり仲良くない人に話しかけるのが苦手なオイラだけど、流石に今回ばかりは声をかけた。
「testuくんですよね」
「あ・・・、えっと、ヒーセさん」
「・・・事情は聞いたよ。ここまでつけてきたのか?凄いな、どうやって判った?」
「―――――・・・気配で」
・・・・怖っ!
鳥肌がたってしまったが、怖がるのはまだ早かった。
「そうそう、あとはね、匂いとかね、行動パターンとかね」
更に背後から声がかかる。
振り向くと、案の定立っていたのはよく知った大男だった―――――。
「オメェもか、吉井・・・」
どうやらあの手の男にハマる男は、同じ習性を持つらしい。
恋人を可愛く可愛くしておきたい傾向。
尾行癖。
気配だけで追ってこれる特殊能力。
本来ならあまりの恐ろしさにオイラが逃げ出してもおかしくなかったんだけれど、車内での会話の衝撃がまだ残っていたオイラは、2人の肩に手を置いて懇願した。
「とりあえず、女装させんのは諦めてくれ。じゃないとあの二人、マジでステテコとか買いかねない」
泣き声で事情を訴えると、天然ストーカーたちは呆れたように揃って溜息をついた。
「まだまだ自分が判ってないな、エマは」
「ほんまや、ハイちゃんも」
「どんなカッコしても、エマが可愛いことに変わりはないのに」
「ステテコやハラマキくらいで、あの色気が隠せると本気で思ってんねんやろか」
「んなことしても、それはそれで可愛いくせに」
「それを着飾らせて押し倒して何が悪いっつーねん。彼氏の特権や」
「そうだよ。可愛くしたら100倍可愛がってあげるのに」
恐ろしいほど話があっている。
喧嘩したらしいのに吉井が地の底に沈んでない理由もこれで判った。
微塵たりとも自分が間違っているとは思ってないんだ・・・。
この2人の最大の共通点。
それは留まることを知らない『恋人バカ』であることだろう。
オイラは、もう溜息すらも出ないほどの疲れを感じて、ぐったりとしゃがみこみながら、気配を辿ってこられたことを知らない姫君2人が楽しげに笑っているのを、若干の同情をこめて、ただなす術もなく見守ってしまうのだった。
end
ごめんなさい。本当はこんな人じゃないよ(爆笑)
前はエマちゃんとhydeさんに暴走させたので、今回はダーリンズを暴走させてみました。