コピー



なんていうか、またしても悪戯みたいな感覚だ。
話が決まったと同時に清算を済ませ、タクシーを捕まえてみんなで同乗し、スタジオに向かった。

事務所が所有するスタジオは、深夜ということもあり静まり返ってた。

「あ、事務所から鍵借りてこなきゃいけないか?」
「大丈夫。俺持ってる」
「ナイス!エマ!」

仮に誰かに見つかっても別に咎められるわけでもないのに、俺たちは小声で囁き交わして、非常灯だけが緑の光を落とす屋内を、無意味に忍び足で進んでいく。
誰がということもなく、くすくすと笑いが漏れていた。

俺が、リハスタジオの重いドアを開けた。
灯りをつける、「カッ」という独特の音は、実は俺たちは普段殆ど聞くことがない。こういう立場になって長いから、いつもスタジオに到着する頃には、誰かが完璧にセッティングを終わらせてるもんだ。
今日は誰も試用してないスタジオは綺麗に片付いていて、それぞれ勝手に楽器やマイクを持ち出してセッティングを始めた。
その間に吉井はリクライニングルームの冷蔵庫からビールを持ってきて、みんなに渡す。
本当は飲みながら歌うのは喉に良くないのだが、今夜ばかりは誰も咎めなかった。
エマも一言、
「しあさってライブだってことは忘れないように」
と釘を刺すに留めて。

暫くみんな、チューニングなどで勝手に鳴らしてて、俺はその騒音たちを耳にしながら、まるで時間が逆流していくような錯覚に襲われた。
時折、単なる感傷として、「いつか4人で楽器を持ったら、泣いてしまうかもしれないな」って考えたことはあったけど、意外とそうはならずに、感覚がかつての日常に呼び戻されていくばかりなのだ。

一通りセッティングが終わるのを見計らって、吉井が片手を上げた。
前面の大きな鏡に、昔みたいに俺たちが並んでる。
暫く吉井はぐっと唇を噛み締めていたが、やがてニヤリと、
「えー、スペシャルシークレットライブにようこそ」
と笑った。
その声に、俺たちも鏡越しに目配せして笑い合う。

「こんばんわ。THE YELLOW MONKEY―――・・・の、コピーバンドです」

それは聞きようによっては嫌味な言い方だが、俺たちの間では妙な誤解や弁解はない。
「コピーバンド、コピーバンド」
「そうそう」
俺とエマが同じように復唱すると、アニーのヤツがダダダっとドラムで合の手を入れた。
曲もなにも決めてなかったが、吉井がふとエマのほうを向いて
『I LOVE YOU BABY!』
と叫んだ。

ギターから始まる馴染んだサウンド。
長いこと弾いてない曲だったけど、もう数えられないくらいに弾きこんである曲は、あっさりと指に蘇ってく。

休止してから5年・・・、演ってると感慨はどこまでも深い。
だけど、さっき吉井が『コピーバンド』とふざけたように、新しい曲やフレーズを生み出すわけでもなく、かつての軌跡を愛しみ、懐かしんでるにすぎない。
それは、確かに真のTHE YELLOW MONKEYの姿とは言い切れない。
だけど俺たちは今夜、余計なことは考えないでそれに徹する。
いいんだ。それで。
本当は音楽は楽しむもの。
考えてみろ。こればかりは誰にも真似できないだろ?
それぞれが全身に張巡らせてしまった雑音が届かない今夜は、愛しい曲たちを存分に慈しんでやりたい。

1曲が終わると、あとは皆がやりたい曲を勝手に始める。
まるで早押し合戦みたいにイントロを振られて、「あ、待て!思い出すから!」とか「うわー、間違えたっ!」が飛び交い、だんだん「覚えてるか?合戦」みたいになってきて、ライブでも殆どやったことがないほど古い曲とか、アマチュア時代の音源すらない曲とか始めて、大笑いしながら演奏し、歌い、飲み・・・。

ただ、大ヒットした曲や、意味がありすぎて思い入れの強い曲なんかは、流石にまだやれなかったけど。

合間に雑談しながらも、30曲ほどやって、いい加減みんなバテた。
「もうダメだー!」
と、吉井が床に大の字に寝転がり、俺たちもストラップを外す。アニーもドラムセットから離れて、寝転がってる吉井の周囲に座り込んだ。

吉井は両手を大きく広げたまま、
「やっと歌えたーっ!」
と、また叫んだ。

合図になったように、エマも横に寝転がって「俺も」と笑う。
俺は新しいビールを開けて、横にいるアニーに手渡し、自分も飲み干した。

「俺さぁ、もうずっと、鼻歌でも禁止してたんだよ。自分にね。・・・あー苦しかった」

言いながら、手を伸ばして、吉井は少し離れて寝転がってるエマの髪を少しだけ撫でた。
なんてことない仕草だけど、それが意味することは嫌というほど判る。

こいつら、ずっと一緒だったんだ。
ステージに立ってて、かつての作品たちをやりたくなかったわけがない。
俺だってそうだ。

だから。

「演れよ」

俺は、殆ど無意識にその言葉を口から零していた。

「演ったらいいじゃん。俺らの大事な曲、箪笥の肥やしにしないでくれよ」


俺の言葉で、スタジオは静寂に包まれた。
アニーは腕組みして静かに微笑み、エマはびっくりした顔のまま少し俯いてる。
吉井は暫く静かな表情で目を閉じていた。

やがてすらりと立ち上がると、マイクスタンドの前に立ち、覚悟を決めたような顔で口を開いた。

「追いかけても・・・」

弾かれたように、エマが自分の立ち位置にすっ飛んで行って、ストラップをかける。

「追いかけても」

慌てて俺もそれに続き、

「逃げてゆく月のように」

アニーは流石の瞬発力でドラムセットに駆け上った。

「指と指の間をすり抜ける」

それは、さっきからの久々のセッションの中で、恐らくみんなやりたかったけど、どうしても言い出せない曲の一つだった。

「バラ色の日々よ・・・・・・・」





エマから『今日のリハからバラを混ぜるって』というメールが来たのは、翌々日の夕方のことだった。
ツアーのファイナルに間に合わせるということらしい。
俺は『おう!エマちゃんがしっかり吉井を支えろよ』とだけ返した。

間もなくやってくる、そのX-DAY。
どうせ外野はあれこれ言う。
せっかくこのところ落ち着いていたが、またあいつらは矢面に立つだろう。
仕方ないんだよ。俺たちはこういう商売だ。

昨夜の言葉ではない『相談』自体に、相当の覚悟が要ったことだろう。
でもなぁ、いいんだよ。
やりたいようにやるために、俺たちは解散したんだ。
つか、解散してなかったらできなかっただろうしな、・・・もしかしたら、永遠に。

ソロのライブでも、吉井和哉が俺たちとの曲を歌う。
そして、その横にエマがいる。
それは、THE YELLOW MONKEYがきちんと今も生きて、呼吸しているということだ。


俺もまた仕事に向かうため、車に乗り込む。
ルームミラーに映った俺の顔は微笑んでた。

今度・・・いや、いつか、でもいい。
またあんな『言葉ではない相談』ができる機会に恵まれたら。
そのときに、時期がきていたら。

そのときは「ステージで演りたいねぇ」とでも零してみようかと思った。

思いついたら、微笑は大きな笑みに広がり、
「っしゃ!」
と気合を入れて、勢いよくエンジンをかけた。



end



最初に言っておくと、この作品は自分でも御伽噺だと思ってる。
2006年2月28日の、『吉井和哉TOUR2006 MY FOOLISH HEART』ファイナルで、バラ色の日々が演奏された衝撃記念。
都合が良すぎる想像だとも思うし、いくらなんでも「こりゃないよ」という想像だってことは判ってるのよ(笑)
ただ、私が絶対に確信してるのは、あれは絶対に裏切りでも何でもない。
仲良しの彼らが、他のメンバーの了解もなしに演るわけがないということ。
THE YELLOW MONKEYを、この世で一番愛してるのは、私たちファンではなく、彼ら4人だということ。

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