インタビューはちょっと苦手。
俺は真面目に答えてるつもりなのに、何故かみんな笑うから、人知れず自分の言語能力に落ち込むことがあるから。
俺の場合、喋るよりも演奏のほうが饒舌に本心を語ることができる。
スタジオでのスチール撮りは照れる。ときどき。
テンション上がってるときはいいんだけど、途中で素になると急に照れてしまうんだ。

でも、ロケは好き。

PVとか外で撮るのもそうなんだけど、みんなでロケ地までとことこ歩いてくのは遠足みたいで楽しい。
・・・なんて、またみんなが聞いたら笑うだろうから言わないけどね。
でも本当に、外で撮影するのは開放感がある。
今日みたいに天気のいい日は特に。
撮影以上に待ち時間に遊んでるのが好きという気もしないでもないけど。
自分の撮りが終わると、そこに待ってた英二と一緒に噴水の水に触れて遊んでみた。
水滴も、水面もキラキラして綺麗。
掬い上げた水が掌から滴り落ちる度に、雫が初夏の日差しに光る。

ふと、反射に影が差して顔を上げたら、向こう側で吉井の撮影が始まろうとしていた。

「グラサン取ってよ、吉井くん」

カメラマンに促されてるのに、吉井が動かない。
どうしたんだろう?

じっと見てて、ふと思いついた。
今日Tシャツだし、アクセントにほしいのかな。
でもそれだったら言うと思うし・・・ああ、そうか。仕舞う場所に困ってるのかもしれない。
馬鹿だなぁ。そんなの、誰かに持たしときゃいいのに。
まぁ、できるだけ人の手を煩わせないようにしようって無意識に思ってるところが吉井なんだろうけど。
あいつ、本当に我侭らしきものは言わないからな。

よし。
協力してあげよう。

俺は吉井のグラサンを持っててあげようと決めた。
決めたものの、両手は既に水に濡れていた。

・・・仕方ない。

「かけて、かけて」
「え?」
「俺にかけて。手が濡れてるから」

吉井が自分で何でも処理しようとするのに対して、遠慮なく人にものを強請るのが俺なんだろうなぁ。

吉井はちょっと困ったように目を彷徨わせながら、俺の目の前に手をかざした。
大きな手が庇になって、目の前がふと暗くなる。
やがて来る光量に慣れようと目を閉じた。
頬に触れたツールが少し震えてる。
ちょっとだけ吉井が息を呑む音が聞こえた。

人にグラサンかけるだけでそこまで緊張しなくても・・・・。
俺は目を閉じてんだし、そう簡単に目に刺さったりしないって。

何かにつけて慎重な吉井が可笑しくて笑ってしまったのと同時に、シャッター音が聞こえた。
思わず振り向くと、カメラマンが
「いや、あまりにも微笑ましい光景だったから」
と笑ってる。
俺はそのまま声を上げて笑おうと思ったんだけど、吉井が
「バカっ!」
と怒ったので引っ込んでしまった。
悪戯の写真くらいで、別に怒らなくてもいいじゃん。
ちょっとだけ気分に影が差したのは、吉井が本当に撮られたのが嫌そうだったからだ。
「こ、こんな写真が載っちゃったら女の子たちに誤解されてお婿に行けなくなっちゃうじゃないの!」
・・・何言ってんだ。
普段ライブで何をやってると思ってんだよ。
それにこんな写真の何がマズイっていうんだ?
それだったら今までいっぱいキスしたりしてるほうが問題じゃん。
この間看病までしてやったのに、そんなに距離とろうとしなくても。
ちょっとムカついてしまったから敢て笑いながら意地悪を言ってみることにした。
「だったら俺がお嫁に貰ってあげようか?」
あ。
返答に詰まってる。
ふん!知るもんか。

だけど吉井は、意外な一言を投げてきた。


「やだ、エマさんがお嫁に来てよ」


・・・は?

それ、その返事じゃ、さっきの会話の流れを思いっきり無視してますけど?
何に拘ってるのかが、徹底的にわかんなくなったけど、とりあえず邪険にされてる訳ではなさそうなので、一気に気分が浮上した。
単純な俺。
そのまま笑って去っていっても良かったんだけど、可笑しいもんだから
「んー、吉井のお嫁さんかぁ。英二、俺、吉井のとこにお嫁さんに行ってもいい?」
なんて話を引っ張ってみる。
英二が即妙に
「ダメ」
と返してきて、見事にオチがついた。
「ダメだって。吉井、ごめんね」
オチに満足しながらダメ押しをしたら、更に吉井の顎がまるで本気でショックを受けたみたいにガクっと落ちて可笑しかった。

みんなの笑い声に紛れて撮影陣に背中を向ける。
改めて噴水の向こう側に移動すると、英二が怪訝そうに俺の顔色を伺ってきた。
「兄貴?」
「ん?」
「なんか・・・すごい嬉しそうだけどどうかしたの?」
「え?」

言われて初めて、まだ頬が弛んでることに気がついた。
多分、嬉しかったのは吉井が俺を邪険にしてなんかないって確認できたから、なんだけど・・・。
こんなこと言っても、英二にはなんのことか判らないよね。
俺はすっかり乾いた指先で、吉井のグラサンをちょっと持ち上げながら「なんでもないよ」とだけ答えた。

・・・あれ?
だけど。
本当にあしらっただけじゃないのかな?
あのとき・・・・吉井、俺にグラサンかけようとしてたから、少しだけ手が触れてた。
もしかしたら、例の察知能力で、表面には出してなかった俺の不機嫌を読み取って誤魔化しただけなんだろうか?
「兄貴、本当にどうしたのさ」
英二がますます訝しんでる。
「何でもないってば・・・・あっ!ほら、英二、犬!」
{はぁ?犬がどうしたの?」
「い・・・犬がいるってば」
とにかくそれ以上何か勘繰られるのが嫌で、俺は散歩中の犬に駆け寄った。
リードを引いてる優しそうなおじいさんに「撫でてもいいですか?」と訊いたら快く応じてくれた。

レトリバーのツヤツヤした毛並みが気持ちいい。
撫でたらキラキラした目で見上げてくる。
尻尾パタパタして、嬉しいんだなって解りやすいなぁ。
人間もこれくらい解りやすいといいのに。
「英二ぃ、俺も犬ほしい」
背後に立ったまま犬と遊ぶ俺を見てる英二に言ってみる。
「兄貴、この間は猫がほしいって言ってたじゃない」
「犬も猫もほしい」
「・・・無理だよ」
母さんが卒倒しちゃうよって言われたら仕方ない。
あんまり動物好きじゃないからなぁ、ウチ。
でも犬も猫も反応が素直なんだ。ヤなときはヤダって顔するし、嬉しいときは嬉しい顔をする。
誰かさんなんか、この間嬉しい顔見せたと思ったら、今日は変なとこで俺と親密っぽい素振りだけでも嫌がるんだもん。
考えてるうちに、さっきの「お嫁さん」の会話だって、明らかにあしらわれたんだって気がしてくる。
あーあ。
大体、なんだってこんなに吉井が気になるんだろう。
俺、モトはそんなに人のこと気にする性質じゃないのに。

きっとあいつが謎すぎるからいけないんだ。
この間熱があるとき、寝言で「エマさぁん」なんて呼んでたから、てっきり今までの妙な距離感が消えて仲良くなれると思ったのに。

おじいさんが時計を気にしたので、俺は早々に立ち上がって犬に「ばいばい」した。
ホント、こういうのがいてくれたらいいのに。

じーっと犬が去ってくのを見送ってたら、不意に後ろからカメラマンに呼ばれた。

「おーい、エマちゃーん、こっち来て一」

なんだ?
思わず英二と顔を見合わせる。

「王子様、エマちゃんがいないと写真撮る気もしないんだって。一緒に入って」

おうじさま?
誰?

一瞬何を言われたのかわかんなくて凝視してしまったが、カメラマンは吉井を指差していた。

「ちょ・・・おい!」

吉井が大声と派手な手振りで動揺してる。
なんだ?
集中できないのか?
とりあえず、呼ばれたから走り出したけど、英二が後ろで
「まさか・・・あいつ?」
と言ったのだけがちょっと気になった。

吉井に近づいてくと、なんだか顔が真っ赤になってるのが解る。
何なんだろうねぇ?こいつは。

カメラマンはそんな吉井にお構いなしに「入って入って」と手振りで吉井の隣を指した。
言われるままに隣に立つと、吉井は大きく溜息をつきながら、拗ねたみたいな目でちょっと俺を見た。

・・・んん?

あれ?
この顔、見たことある。

記憶を辿ると、それはついこの間、寝てる吉井を見舞ったときの反応と同じだった。

と、いうことは?


ああ。
また構われなれてないヤツの照れ・・・なのか?

ホント、なんていうか吉井って――――・・・めんどくさいヤツ。
めんどくさいけど、俺、こいつのこういうとこ気に入ってるのかもしれない。
っていうのは、この間気付いたこと。

やってることは正反対なのに、如何にも人として面倒くさいところが、俺とよく似てる。

子供。
そう、吉井は大きな子供なんだ。
時折自分を持て余して、どうしていいかわからなくなる子供。
きっと俺が気になって仕方ないのは、吉井のそういう危うさなんだろう。

何枚も本当は必要のない写真を撮られながら、俺はずっとそんなことを考えていた。

カメラマンが、俺にだけ判るように合図を送る。
『噴水のほうへ』
距離をとって、その隙に吉井のシングルショットを撮る気なんだな。
吹き上げられて雫を撒き散らす噴水がキラキラ輝いて、俺は水に手を伸ばして掬い上げた。

ああ・・・吉井がこっちを見てる。

何が楽しいんだか、吉井はずっと俺を見てた。
視線が突き刺さるように纏わりつく。
見られるのには商売柄慣れている筈だけれど、こういう視線は実はそう多くない。

ステージ上でファンの子達から向けられる視線は、もっと焦点が広い。
アクションや表情を余すところなう見てやろうとする、観衆の目だ。それは俺を奮起させこそすれ、脅かすことはない。
カメラを通して追われる視線にとっては、俺は被写体。そこにはどこか自分を無機物めいた物体として扱う自分の主観が混じる。
街中で見つかって向けられる視線はもっと遠慮がちで逸らされがち。
付き合う女の子から向けられる視線には、「見る」よりも「見てくれ」という『言葉』が混入する。

今の吉井の視線は、そのどれでもなかった。

吉井はただ、俺を見ている。
上辺を見ているだけではないように、瞬きの音も聞こえるんじゃないかと思うほどまっすぐに見ている。

変なの。
クラクラする。
今度は視線で俺の心を読もうとしているのか?
いや―――・・・だけど、今、読む必要は感じられない。

なんでこんなに見るんだよ?

戸惑って、視線から逃げるように俺は水に引き寄せられた。

ほんの少し生ぬるい水に触れる。
掻くように掌を浸して、思い切り良く跳ね上げた。
キラキラ光る雫が、スローモーションで波紋を描く。
もう一度水の粒を作って、何気なく吉井のほうを見ると、やっぱり吉井はそんな俺をじっと見てた。

雫の反射が吉井を彩る。

―――――・・・綺麗なヤツ。

「はい、イイ感じ」

カメラマンの声で我に返った。
いつの間にか撮られてることを忘れてた。

「エマちゃん、ありがとうね」
「どういたしまして」

普通にそんな遣り取りをしてみたけれど、何故かちょっと頬が熱くなってる。

何を考えてんだ、俺。

用を済ませて、ヒーセたちのところに走っていきながら、ちょっとだけ自分の中に、言葉にならない変化があることに、俺はまだ気付いてなかった。



end
つづく

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