今年で47になる僕の仕事はドラマー。
どこかのバンドに属しているわけではない。
レコーディングやライブのサポートを専門にやってる、所謂フリーのミュージシャンだ。
ご面相は冴えない。
だが、ミュージシャンにも色んな種類があって、その中のほんの一握りである、ルックスを含めて演出が必要な花形の位置とはそもそも縁がないから、そんなことにコンプレックスを抱いたことはない。僕の仕事は音を出すことであって、女の子にキャーキャー言われることではないのだから。
それを倦厭するアーティストもいるにはいるが、演奏にさえ定評があれば、この没個性的なキャラクターは重宝がられもする。
中にはサポートミュージシャンがあまりに美形で、フロントを食ってしまうという、あってはならないトラブルが発生したという話も聞く。そういうサポートは、大体次は契約されない。
また、女性アーティストのバックに参加して、あまりに色男だったから深い仲になってしまって困る、という話もありがちだ。こういうのも次は切られるか、ゆくゆくスキャンダルを引き起こすかのどっちかになりやすい。
その点、僕ならなんの心配もいらないという訳だ。
この夏も、とある有名女性アイドルのツアーに参加する予定でスケジュールを開けていた。
僕の生活は安泰なはずだった。
なのに、7月になってから、アイドルの急病でツアー自体がキャンセルになるという災難に見舞われてしまった。
ツアーは9月までの予定だったし、そこから遅い休暇を楽しむつもりをしていたから、実質、11月まで僕のスケジュールは空いてしまった。
それは流石に由々しき事態である。
フリーミュージシャンに固定給はない。
困り果てているところに、知り合いの音専誌の編集者から、「吉井和哉がサポートドラマーのオーディションするらしいぞ」と聞いた。
吉井和哉といえば、THE YELLOW MONKEYのヴォーカルじゃないか。一時期、結構ハマっててよく聴いていた。
バンドを解散してから、楽器隊はサポートに任せているという話だから、スケジュールや何やらで入れ替えが激しいらしい。
今年もフェスだツアーだと控えてるのに、ここにきてギタリスト以外は総入れ替えという話で、期日も迫っていることから、場慣れしたベテランミュージシャンを探しているという話だった。
「受けてみるかな」
そう言ったのは、吉井和哉に興味があった所為でもあるし、彼ほどのアイドル的扱いを経験していて、尚且つ既に若くないという現状を鑑みてみれば、恐らく自分が食われる恐怖というのが無意識下にあるに違いなく、前述のような僕はきっと歓待されるだとうという、中年の打算もあった。
新人よろしくのデモテープ審査は流石にあっさり通った。
紹介者の編集も
「吉井、いいって言ってたよ。『あの人だったら間違いないでしょ』とか喜んでたから、ほとんど本決まりなんじゃない?」
と、かなり色よい結果を教えてくれた。
だが、それに続いた言葉に、僕の頭はクエスチョンマークで満たされることになる。
「まぁ、その調子で頑張ってよ。大森さんのペーパーテストと吉井の面接」
「・・・は?ペーパーテスト?」
なんだそりゃ。
そんな仕事、聞いたことがない。
入社試験じゃないんだぞ、と訝しんだが、編集者はまるで当然のことのようにニコニコしていた。
「がんばってねー」
「ちょ、渋谷さん、ペーパーテストって・・・」
「平気、平気。君がノンケなら」
「はぁ!?」
結局、確たる答えは何も貰えず、僕は指定された日時に、何故かスタジオではなく、ボウインマンミュージックの事務所を訪問することになった。
事務所には、既に数人の男女が待っていた。
ちらほらと話をすると、それぞれがベーシストだのドラマーだのの、今日の面接予定者で、一様に怪訝な顔をしている。
最初に会議室に入ったのは、まだ若いスタイル抜群の可愛らしい女の子で、ベーシスト。
彼女は何故か部屋に入った途端にあっさり出てきた。
「何でよ!?」
その怒り具合から、話をする暇もなく落とされたらしい。
僕は密かに、「そりゃ、あれだけ可愛い子はそれだけでステージの華になっちゃうからサポートは厳しいよ」などと値踏みしていた。
次に入った美少年系は、ペーパーテストはクリアしたらしいが、吉井が面接のために待つという応接室からは5秒で出てきた。
おっさん、女性、青年、中年・・・と、じっくり時間をとった面接が続く。
散々待たされ、最後が僕の番だった。
いい加減待ちくたびれて、疲れてきた頃に呼ばれ、会議室に入ると疲れた面持ちの大森氏が待ち構えていた。
「ああ、どうもどうも。お噂はかねがね。えー、まぁ、軽い気持ちで答えてもらえます?」
大森氏は怖い面構えに似合わず気さくそうだが、どこか投げやりにも見えた。
その証拠に、扇子でパタパタ扇ぎながら、「ったく、こんな手間かけるくらいなら再結成すりゃいいのに」などとブツブツ言っている。
「あいつらだったら平気なのに・・・」
「え?」
思わず聞きとがめると、大森氏は慌てたように頭を振って、
「いやいや、こっちの話」
と、A4用紙を差し出した。
テスト用紙には、最初に楽器のパートを書く欄と、氏名を書く欄があった。
なんだか本当に学生時代のテストを思い出す。
それにしても不思議なことをする会社だ・・・と思いつつ、問題に目を走らせて、僕は絶句した。
1.恋人がいる。
2.心は広いほうだ。
3.恋愛対象に男女の区別はない。
4.笑顔に弱い。
5.ねだられると物を買ってしまう。
6.好みのタイプに○をつけよ。(複数回答可) A/小悪魔 B/天然 C/ツンデレ D/左記のどれにも該当しない。
7.立ち位置が狭くても文句を言わない。
8.えこひいきには寛容だ。
9.フロントマンがどんなに馬鹿なことをしても笑い飛ばせる。
10.吉井和哉・菊地英昭。この名前の並列から連想することを端的に述べよ。
な、なんじゃこりゃ!?
音楽なんか、まるで関係ないじゃないか?
何かの間違いなんじゃないかと思って大森氏を見たが、氏は既にぐったりと机に突っ伏していた。
どうやら黙って回答するしかなさそうだ。
恋人?・・・いない、と。ほっとけ。
心は・・・広いな、うん。
恋愛に男女の区別?・・・どっちでもいいっちゃ、いい。
笑顔には弱いかな。
ねだられると・・・ああ、好きな子には買ってしまうほうで、好みのタイプは・・・小悪魔、天然、ツンデレ・・・全部か。
立ち居地はドラマーだから関係ない。えこひいきには寛容。
フロントが馬鹿なことをしても?・・・いや、ダメだろう。犯罪や単独行動で迷惑をかけられるのは好きじゃない。
吉井和哉・菊地英昭から連想するもの・・・?
イエローモンキーの人。
っていうか、そうか。菊地さんって今も吉井さんと一緒だったっけ?
だからって別に連想することなんかない。
なんなんだ!これは一体!
なんとか書き終って大森氏に渡すと、大森氏は
「んー・・・微妙だなぁ。これは・・・ちょっと厳しいかなぁ」
と顔を曇らせた。
な、何!?
これは一体、なんのテストなんだ!?
「まぁ、とにかくこれ持って、吉井んとこ行って」
大森氏は相変わらずの投げやり口調でそう言うと、僕を応接室に促した。
応接室で対面した吉井和哉は、長い足を邪魔そうに組んだ姿勢で僕の差し出した紙を一瞥した。
そしてざっと読み流して僕の顔を凝視する。
「いや、でもな・・・。ルックスはどうでもいいっていうのはネギで解ったしな。むしろ、あの人は好かれると懐くから・・・」
気がつくと、吉井さんはそのままブツブツ呟いていた。
こ・・・怖い。
美形に睨まれるのは本気で怖いんだ。
一体、僕の何がまずかったんだ?
そもそも、独り言ばっかりじゃないか、さっきから!
どのくらいそうしていただろうか。
やがて吉井さんは自分の財布から、数枚の写真を取り出した。
「これ、どう思う?」
こ、これ?
慌てて写真を見ると、そこには――――――。
少し若かった頃の菊地英昭の笑顔。
最近の菊地英昭の笑顔。
ギターを弾く菊地英昭の笑顔。
多分どこかの居酒屋だと思われる場所で、吉井さんにほっぺたにキスされてる菊地英昭の笑顔。
菊地英昭だらけできょとんとしてしまうものの、その全開の笑顔はどうにも可愛らしくて、僕はついつい見蕩れた。
知らなかった。
あの人、こんな可愛らしい人だったんだ。
ついそんなことを考えてたら、前方から殺気を含んだ視線を感じた。
恐る恐る顔を上げると、吉井さんが僕を睨んでいた。
「失格」
「は?」
「ダメ。その顔はダメ。堕ちる。君のためだ。失格」
「だから、一体何が・・・・!」
急に断言されて反論しようにも、とにかく訳がわからなく、尚且つ吉井さんには取り付く島もない。
片手を上げて、にっこり笑いながら
「さよなら」
と言ってる。
僕は急激に納得できない気持ちが込み上げてきて、自分がどれほど花形ミュージシャンたちに重宝されてきたか、腕が確かかをぶちまけた。
だが吉井さんは涼しい顔で爪なんか弄りながら、
「でも悪い虫候補だもん」
と呟いた。
悪い・・・虫?
だから、一体、誰にとって誰が悪い虫だというんだ?
そして呆気にとられてる僕に朗々と宣言した。
「俺はねぇ、もう絶対エマちゃんに悪い虫はつけないって決めたの!っていうか、あの人が悪い虫だから、ほいほい誘われそうな馬鹿は寄せ付けないの!どいつもこいつもちょっと目を離すとエマちゃんを甘やかすからダメ!それは俺の仕事!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・エマのため?
論旨はなんのことか解らないが、すこしばかりカチンときて、温和な僕としては珍しく怒鳴ってしまった。
「菊地さんはただのサポートでしょう!アンタは自分のステージと菊地さんとどっちが大事なんだ」
すると吉井さんはますます怖い顔をして怒鳴り返してきた。
「んなこと、切り離して考えることじゃない!エマちゃんは俺の大事な宝物だ!・・・よし、後学のために教えてあげよう。これがペーパーテストの模範解答だ!」
そして1枚の紙を差し出す。
それはさっき俺が答えたのとテストだった。
回答者欄には、ギター・日下部正則とある。ソロ初期からのサポートギタリストの一人だ。
1.恋人がいる。
――いる。
2.心は広いほうだ。
――太平洋なみ。
3.恋愛対象に男女の区別はない。
――自分的にはあるけど、吉井と菊地はOK。
4.笑顔に弱い。
――弱いが、菊地には手は出さない。
5.ねだられると物を買ってしまう。
――買ったとしても吉井を凌駕することだけは絶対にない。
6.好みのタイプに○をつけよ。(複数回答可) A/小悪魔 B/天然 C/ツンデレ D/左記のどれにも該当しない。
――A・B・C共に好みだけど、菊地には手は出さない。
7.立ち位置が狭くても文句を言わない。
――何の文句もない。
8.えこひいきには寛容だ。
――むしろ奨励する。
9.フロントマンがどんなに馬鹿なことをしても笑い飛ばせる。
――勿論だ。
10.吉井和哉・菊地英昭。この名前の並列から連想することを端的に述べよ。
――2人セットで俺の心のオアシス。一生仲良くしててくれ。どんなノロケでも聞く。
一読して、僕の脳味噌は真っ白になった。
・・・なるほど。そういうことか。
いや、別に偏見はないが、ここまで独占欲の激しい人と、その恋人と一緒に仕事するのは、とってもとっても疲れそうだ。
僕は灰の状態で席を立ち、
「さよなら」
と自分から不毛な面接にピリオドを打った。
「さよーならー」
吉井は返事しながらも、既に菊地さんの写真をうっとり見つめていた。
この夏、暇になった僕は、各地のフェスに出かけて彼らを観察してみた。
同じステージ上にいるサポートメンバーたちは、あのテストと面接をクリアしたツワモノたちなんだろう。
吉井和哉にとって、同じステージ上に自分以外の華がいることは一向に気にならないらしい。むしろフロント自ら煽ってる。
「あれも・・・大物っていうのかな」
僕は間の抜けた独り言を呟きながら、ぬるくなった缶ビールを煽った。
ただし、風の噂で、どうやらあのペーパーテストはエマに知られて廃止になったらしいと聞き、これから先、彼らと仕事をする機会を持つあまたのミュージシャンたちのために安堵したことだけは、確かである。
end
でも本当にあったら心底嫌だ。・・・っていうか、ねぇよ(爆笑)