自慢のコレクション |
それはある日のライブの楽屋でのこと。 「はよーっす!」 定刻より早く到着した筈のヒーセがドアを開けると、珍しく既に数人が楽屋にいた。 だが何やら不穏な空気に包まれている。 けれどその場のメンツを見渡して、ヒーセはどうせくだらない理由だろう、と思った。 無理もない。 そこにいたのは、ロビンとアニー。 そして数人のスタッフ。 そのスタッフ連中のメンツがヒーセが「どうせくだらない理由だろう」と思った理由だ。 バンドもこれだけメジャーになれば、当然スタッフの数も多い。彼らの中には仕事が最初にあって、それから自分たちに関わりを持った人たちもいれば、もともとTHE YELLOW MONKEYが大好きでこの仕事を志した人たちもいる。そしてそこには『特に誰々のファン』という人間がいるのも道理だ。 その時の楽屋にいたのは、何故か揃いも揃ってエマのシンパだった。 元気よく登場した自分に、「おぉ」とか「・・・はよございまー・・・」とか「よ」とか、そういう適当な返事しかしてこない連中の顔は、真剣そのもの。 そして、何よりこの場にエマがいないのがヒーセの確信を深めた。ま、こんな時間にエマがいるわけがないのだが。 こういうときは。 傍観を決め込む。 巻き込まれるとロクなことにならないことは、今までの経験でよく知っている。 「アニーさんのそれは、ちょっとずるいですよ」 「そうそう。お前は家族なんだからハンデつけろ、ハンデ!」 「そういうロビンだって、ハンデつけなきゃ不公平じゃん」 「あー?なんでだよ?」 「だってっ・・・!ロビンは・・・」 「俺は?何かな?」 「兄貴とっ!」 「エマちゃんと何?ほら、言えよ。本当は認めてんだろ?」 「・・・・・・・・・・・・つきあ・・・って・・・」 「もっとはっきり!」 「〜〜〜・・・!み、認めてないぞ!俺は断じて認めてないからなっ!」 「じゃあ、ハンデはいらないな?ふふん」 「ずっりぃ!」 「だから、二人ともずるいですってば!俺らの勝ち目絶対ないでしょ。不公平!」 傍観しているものの、気になる。やっぱりエマ絡みであるのは間違いないようだが、いったい何にこんなに白熱しているのか?ハンデ云々と言っているところを見ると、どうやら何か勝負ごとらしい。 「何モメてんだよ?」 ついに我慢しきれなくなって、ヒーセが口を挟んだ。 「あっ!ヒーセ!」 「そうだよ。当事者が決めるから揉めるんだよ」 「ここは関係のない第三者に決めていただいたほうがいいと思います」 あのなぁ・・・。メンバーをつかまえて、関係ない第三者とはどういうことだ!、って気はしたが、もとより、エマ争奪の訳の判らない争いからすると、確かに自分は第三者だ。 「なんだか知らねぇけど、話してみろよ。おいちゃんが聞いてやっからよ」 「この中で、どれが一番レアだと思う?」 どうせ下らないことだろうと思っていたヒーセの予想は、下らないのレベルをはるかに上回っていた。みんなが囲んでいたテーブルの上には、下らないという言葉では表現しきれないほどのどうしようもない物たちが散乱している。 スタッフT提出『エマが昨日使った紙コップ(頼んで書いてもらったサイン入り)』 スタッフM提出『通販マニアのエマが買ったものの飽きてお下がりにくれたアイデア商品たち(サイン入り)』 スタッフK提出『エマが落書きしまくった進行表(えっちな単語及び、悪戯でつけたキスマークつき)』 「これって・・・全部ゴミじゃねぇかよ・・・」 ヒーセの素直な感想に、その場の全員が目くじらを立てた。 「なんてコト言うんですか、ヒーセさん!」 「そうだよ。この進行表なんか、悔しいけど確かにレアだよな」 ヒーセの脳みそはぐらんぐらんしてきた。 「で、オメェらは何を出したんだ?」 コメカミを抑えながら、ロビンとアニーを見遣る。 二人はえっへんとばかりに胸を反らせた。 「ぜったいコレはレアなんだって!兄貴が中学生のときのセクシーショット!」 自慢げに差し出したアニーの手元のを覗くと、そこにはまだ少年の頃のエマが、半裸で妖艶に目を閉じた写真・・・だと、全員が主張するが、ヒーセにはどう贔屓目に見ても、単に暑くて上半身脱いだ状態で網戸によっかかって昼寝している子供の写真にしか見えないものが。 「子供時代のは反則だよなっ!」 そう反撃する吉井の手元の・・・。 「オメェ、それはよ・・・」 それを見て、ヒーセは絶句した。 そんなもん、オメェのコレクションとは言わないだろうがよ・・・。 ヒーセの意見はその場の全員の意見と一致したらしく、「ロビンは失格」と口を揃えた。 それに不服を申し立てる吉井には、もう返す言葉もなく、スタッフのほうを向く。 「で、一番レアと判断されたブツの持ち主には、どういう特典があるわけ?」 スタッフKが質問に答えようとした。 が。 「おはよぉ。みんな、早いねぇ〜」 急に背後から、ぽやんとした声がかかり、全員が硬直し、直後にテーブルの上のものを素早く仕舞った。 「お、おう。エマこそ早いじゃねぇか。どうしたんだよ?」 お片付けをする必要のないヒーセだけが、振り返ってにっこり笑う。関係ないのに後ろめたいのは何故だろう。 「んー、昨夜は吉井んとこ泊まったんだけどさぁ、なんか俺を置いてさっさと出かけるから変だなぁって思ってね。それに・・・」 そこで言葉を切り、それまでのぽやっとした口調を零下30度くらいまで引き下げて、 「それにすっごい気になる現象があったから!」 言いながら、つかつかと吉井の前に歩み寄り、ブツを隠している吉井の両手をぐいっと引き上げた。 ばさばさと。 カラフルに色が散らばる。 黒、赤、ピンク、青、ゼブラ柄、ヒョウ柄・・・・。 「やっぱり」 睨まれて、吉井は視線をあさっての方向に彷徨わせた。 「吉井ってば、何回言ったら判んのさ!勝手に俺のパンツ持ち出さないでよ!それもタンガばっかり!」 ぷんぷん怒りながら、エマがそれらを拾い集める。 「随分こっそり出て行くからおかしいと思ったんだよね」とか「シャワー浴びてラック見たら俺のパンツがごっそりないんだもん」とか「しかも何でそう色物ばっかり拠って持ってくんだよ」とか、散々文句を言いつつ。 ヒーセのみならず、アニーもスタッフたちも、「何回も言われるほどエマのパンツ持ち出してんのかよ」とか「そもそもなんで人んちにそんなにパンツ置いてんだよ」とか「しかもそんな奇抜なヤツばっかり」とか、突っ込みたい箇所はいくらでもあったけれど、誰も口に出しては言えなかった。 さて、この勝負の行方はどうなったのか? それは審判(ヒーセ)棄権により無効試合となった。 ちなみに、怒ったエマが吉井に白状させた話によると、この勝負は、『今日の打ち上げでエマの隣の席に座る権利』を賭けていたという。 スタッフはともかく、実の弟のアニーも100歩譲って、まぁいいとして、名実共に恋人であるはずの吉井が、たかだか数時間の隣の席を賭けて、こんなくだらない勝負に参加するという、あまりにヘタレな行動に、ヒーセは呆れを通り越して、いっそ同情してしまった。 「エマ、オメエ、愛されてんねぇ」 幾許かの感心を込めて、思わずそう告げると、エマはげんなりと溜息をついた。 「愛って・・・」 「ん?」 「愛って、見苦しい…」 実はあんなヘタレな恋人を持つエマこそ、気の毒なのかもしれない。 end |
馬鹿馬鹿しいものが書きたかったんだもん…。しかし、あんまりだ(笑) |