YES |
昔みたいに、仕事より休みのほうが多いんじゃねぇの?っていう状況は、そりゃプロのミュージシャンとしては困ったもんだけれど、こと恋愛に於いてはとてもありがたい時代だった。 持て余すほどの時間は、いっつもエマといちゃいちゃしてられた。 だから俺たちときたら、付き合って1年も経たないうちに、馴れみたいなものを感じてしまうほどに不埒で。 ワンパターン・セックス。 芸なし。 と。思い返せばどれほどエマに罵られたか判らない。 でも丁度、マンネリ化してきた頃に忙しくなって、ここ最近といえば、毎日顔を見ていても、いちゃついている暇がない。 冗談みたいな話、もう長いこと、ステージで絡むときだけが、俺たちの唯一のLOVE COMMUNICATION。 ああ、神様。 何故あなたは程よい時間というものを与えてはくれないのか。 祈ってはみるもので、いきなりぽっかり時間が空いた。 ツアー先のホテルっていう、これまたパターン化したお決まりシチュエーションだけど、昔と違うのは、一晩中二人だけで過ごせるのは、実に半年ぶりくらいだということ。 しかもこの半年の間、俺ら、一回もしてないの! 信じられないでしょ、ホントだよ。 はっきり言って俺は焦りまくって、トイレだろうが何だろうが犯りてぇって躍起になってたけど、エマは絶対許してくれないし、そのうちエマときたら、仕事が終わるとさっさと帰ってしまうような非情な行いを繰り返すようになり、俺は「さてはまた新しいオンナ作りやがったな」と、内心苦々しく思っていた。 この半年で。 実に、強姦未遂20回。 全部全部、エマに抵抗された。 「こんなトコやだ」とか「時間ないじゃん」とか「今日は疲れてるんだよ」とか。 いっそ嫌いになりてぇ!って思うでしょ。 なのにあの悪魔は、ステージとかでキスすると、すっごく嬉しそうに笑うんだ。 しかも、えっちしないだけで、優しくはしてくれるんだ。 嫌いになることも許してくれない、君は僕の恋人。そして悪魔。 天使と女神と悪魔の仕草で、僕を狂わせてダメにする。 腹がたつから、全部歌にしてやった! でも、今夜は絶対言い訳できないぞ。 移動日で、ライブは明日。すなわち今日は疲れてない。 予定されてた飲み会には「行くよー」って答えてたから、予定がある訳じゃない。 その飲み会は、ヒーセとアニーの急な取材で流れたから、時間はたっぷりある。 そしてホテルのベッドという場所もある。 これで拒否したりしたら、絶対もうこれは心変わり以外のナニモノでもない!と腹を決めて、 「エマんとこ行っていい?」 って囁いた。 最初、エマは言葉に詰まって、明らかに断り文句を探してたみたいだけど、やがて小さく頷いて、俺を部屋に入れてくれた。 ホテルという場所は、それがラブホテルであれ、ビジネスホテルであれ、シティホテルであれ、ともかく寝るための場所だ。 すなわち、部屋の中央を、ベッドがこれ見よがしに占めている。 俺はそこに腰掛けた。 なのにエマは、わざわざそこから目を逸らして、脇の一人がけカウチに座り、手持ち無沙汰に、吸うでもない煙草を弄び始めた。 「エマ」 「んー?」 「すこし、ゆっくり喋ったりしよっか」 「うん。・・・ビールでも飲む?」 「そうだね」 冷蔵庫からビールを出してくれて、俺に渡すと、また椅子に戻ろうとする。 俺はその腕を掴んだ。 「なんでそっち行くの」 エマは、目に見えてうろたえた。 「べ・・・別にいいじゃん、どこに座っても話できるし」 何行ってんだこの人は。恋人同士がなんでそんなに不自然じゃない場所の中で一番遠いところに座って話さなきゃいけないんだよ。 「こっちおいでよ」 少し苛立って、エマを隣に座らせる。 エマはそれ以上は抵抗しなかった。 「はい、乾杯」 「乾杯」 缶から直接、冷たいビールを流し込む。 当たり前だが、こんなもので酔うわけがない。 けど、隣のエマはなんか少しピンク色になっていて、明らかに動悸が激しそう。 あら。 もしかして今日は具合が悪かったのか?と心配した。 でも、飲み会行くって言ってたくらいだしなぁ・・・。 そのとき、エマが急に大声を出した。 「ああ、もう!やっぱ俺、あっち行く!」 油断してる隙に、エマはダッシュで椅子に戻って、縮こまり、拗ねたみたいな顔でビールを一気飲みした。 「なに、どうしたの?なんか怒ってる?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「俺のこと、嫌いになった?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「エマってば」 俺はゆっくり近づいて、椅子の前に座り込み、エマを覗き込む。 エマはますます小さくなって、それ以上に小さい声で呟いた。 「・・・・・・・吉井が俺のこと嫌いなんだもん・・・」 「は?」 もう一度言います。 何言ってんだ、この人? 俺ほどエマにベタ惚れな男がいるか?(もう一人いる気がするが、そいつのことは敢えて除外しよう) 「忙しいって!そう言って、全然いつも来ないしっ!」 えーと・・・、ごめんなさい。俺の記憶では、ちょっと事実と違う気がしますが。 「それはエマが言ってんじゃん」 「俺がやだって言ったらしないし!」 「やだって言うからでしょ?」 「いつも一回しかやだって言わないよ、俺」 「・・・・・・・・・・・・・・・・言ってんじゃん」 常々、ロシアの血が入っているとは思っていたが、静岡育ちでも私はやはり外国人なんでしょうか。ニホンゴ、ヨク判リマセーン。 つか、エマ語だ。エマ語。 「毎回毎回、一回『やだ』って言ったら諦めるから、そのうち恥ずかしくて傍に寄れなくなったじゃないか!」 あのねぇ、エマ。 抱っこしてほしかったら、そう言えばいいじゃないですか。 なんだってあんたはそう、ひねくれ者なの。 大体、何そんな可愛いこと言ってんのよ。 あんたは今年いくつだ? そんな可愛いこと言って誤魔化せると思ったら・・・ 思ったら・・・ 大当たりだ! 「エマぁ〜・・・可愛い〜」 大当たりも大当たり、クリティカルヒットだ。いや、むしろホームランだ。 柵どころか、球場・・・いや、この狭苦しい日本列島を飛び出す勢いのホームランだ! 逆転サヨナラ満塁だ。(そろそろしつこいか?) あっさり気を良くした俺が、伸び上がって、その唇に「ちゅっ」と音を立てると、恐ろしく不機嫌な顔でエマはそっぽを向いた。 真っ赤になっちゃって。 可愛い人。 「抱いていい?」 狭い椅子の上に覆い被さり、抱き込みながら囁くと、エマは「・・・やだ」と呟いた。 あなたの「NO」は、 極上の「YES」。 抱き上げて、本気のキスをしながらベッドに押し倒したら、 エマはすこし、照れたみたいに笑った。 end |
久しぶりに、とっても「えままらしい」ものを書いたような気がします。そしてこんなエマはありえない(笑) |