アイスクリーム



「アイス食べたい」

我が愛しの天然ワガママ姫が、突然そんなことを言い出したのは、夜中も3時を過ぎてからのことだった。

「・・・・なんで今頃」

例えば、これが二人して夜更かししてて、酒でも飲んでるときだったら、判らなくもない。
飲んでるときって、急にそういう衝動にかられることあるしさ。
でも、今夜はそういうわけでもなく、今の今まで抱き合ってぐっすり眠っていたのだ。

100歩譲って、今が真夏で暑さのあまり、というのなら、まだ話も判る。
『真夏にアイスを買いに行くように 願いを叶えて吸いついてくれ』
そんな歌詞を書いたのは、他ならぬ俺自身だから。

けれど、今は骨まで凍りつきそうな季節。
二人でくるまった暖かい毛布の中こそがパラダイスだと思えるのに。
なんだってこんな真夜中に、『アイス食べたい』なんて理由で叩き起こされなきゃならないんだ。

「よしい〜、アイス」
「無いよ。冬なんだし」
「知ってる。買いに行こ」
「やだよ!明日でいいでしょ」

ぐずるエマを寝かしつけようと、ぎゅっと抱きしめて頭を撫でてやっても、治まらない。

「アイス買いに行こうよ。コンビニまで行こう」
「なんで〜・・・?」

手を伸ばして、ベッドサイドのライトまで点けて、上目遣いにじっと見てくる視線に、やがて俺が根負けした。

むくりと起き上がった俺を見て、嬉々としてエマはジーンズやらコートやらを投げて寄越す。

「はやく、はやく行こう!」

自分も大急ぎで簡単に身支度をして、ぐずぐずしてる俺の腕を引っ張った。


うわ〜・・・冷えるっ!
寝る前も相当寒かったけど、夜明け前のこの時間は、尋常じゃない寒さ。
ヒーターも止めちゃってるから、本当は嫌で嫌で仕方ない。
うぇ〜・・・布団と愛し合ってたいよぉ。

でも俺の恋人は、俺と布団との浮気を許してくれるほど心が広くない。

「よーしい!はやく〜」

さっさと玄関まで行って遠くから俺を呼んでる。

――――・・・はいはい。
じゃあね、布団ちゃん。愛してるよ。君のコトは忘れない。

諦めて心の狭い本命のあとを追った。



エマは寒いのは好きじゃない。
泊まりに来た朝なんか、いくら仕事に遅れそうでも、「いやぁ〜」とか言って、ぐずってぐずって起きない。
そういう日はもう、シャツから始まってコートやマフラーに至るまで、全部着せてあげないといけないくらい手がかかるというのに、何なんだ!
こんな寒空の下の夜明け前に、アイスなんぞ求めてわざわざ人を起こしてまでの、この行動力は。


ばたん!と、深夜にあるまじき大きな音を立てて、エマが外に飛び出した。


「あ・・・」


追いかけて行って、息を呑んだ。


外は一面の――――――銀世界。


いつの間にこんなに降ったのか、街は重いほどの雪に覆われて、月も出てないのに白々とあたりを照らしてる。

「吉井っ!ほらほら!今だったら一番乗りなんだよっ!」

――――・・・これか。原因は。

流石にこんな天気の深夜に、人影なんかある筈も無く、歩道は純白のイノセンス。
足首くらいまで埋まってしまう雪を、エマが嬉しそうに蹴散らして駆けた。

まったく、もう。
子供か、あんたは。

微笑ましいエマの行動に、自然と頬が緩む。

「もしかして、雪でアイスを連想したの?」
「そう。寒くて目が覚めたの。なんか異常に静かだから、カーテン捲ったら雪だったから。朝になってからじゃ、もうバージン・スノー蹴散らせないでしょ」
「なんでアイスなのよ」
「だって雪見てたら食べたくなったんだもん。ゆきみだいふく」

はは。
あっはははは!
なんだ、この人は。

「もう〜!可愛すぎっ!こうしてくれる!」

言いながら、積もった雪を掬い取って、ばさっとエマに投げつけた。
雪まみれのエマがはしゃいで応戦してくる。

俺たちは深夜の住宅街の静寂の中、こどもみたいにはしゃぎまわりながら、コンビニまでの短い道程を遊んだ。

満面の笑顔のままで、コンビニに飛び込んで、安いほうのアイスの棚をやたらハイテンションで開けて。

「ふたつ買う?俺も食べたくなった」
「もっと!」
「もっと?どうすんだよ、そんなに」
「あるだけ買い占めようよ。雪といっしょ。俺らで独占!」
「ははは。エマの欲張り」
「いいの!」

籠にありったけの『ゆきみだいふく』を放り込んで(っていっても8個ほどだったけど)、まだ満足しきれないエマは、高いほうのアイスの棚に駆けて行って、お気に入りのハーゲンダッツのバニラも根こそぎ攫ってきた。

「くださーい!」

なんだか、やたら可笑しくて、大笑いしながらレジに差し出すと、バイトの兄ちゃんが、目を白黒させながら、アイスだけとは思えない金額をはじきだしてくれた。




数日後。
すっかり雪は溶けてしまった、ある日のライブ。

「真冬にアイスを買いに行くように〜♪」

『I LOVE YOU BABY』の歌詞を、俺はそんなふうに歌ったけど、俺が歌詞を変えるのなんかいつものことだから、ヒーセもアニーも客も、誰も気に留めなかった。

でも、その意味を判ってるエマだけが、弾きながら楽しそうにケラケラ笑いこけてくれた。
その笑顔は、雪の中のはしゃいでたそれと同じテイストで。


歌いながら、ウチの冷凍庫の中で、消費しきれずに保存されてる大量のアイスクリームと、帰り道に作ったちっちゃな雪だるまがちょこんと並んでるのを思い出した。

可笑しさと、そんなことをしたがった可愛い人への愛しさが一緒に込み上げてきて、
「I LOVE YOU BABY」
と歌いながら、エマの頬に甘いキスを贈った。



end



アイス関係ないじゃんって気もするけどね(笑) 

back