ごちそう |
気温は連日30℃オーバー。体力に自信がない訳じゃないけど、やっぱり堪える。もうそんなに若くないし、もはや癖のように続けてるダイエットも祟ってるんだろうな。 レコーディングも山場だし。 疲れもあって、何を食べても美味しくない。 「夕食、どうしましょうか?」 スタッフに聞かれて、力なく天を仰ぐ俺を横目に見て、エマが 「焼肉に行こうよ」 と、提案した。 「焼肉〜?俺そんなの食べたくないよ」 考えただけで吐きそうだ。 文句を言ってみたけど、エマは耳を貸さない。 「吉井にはスタミナが必要なの、今!」 エマはどうやら心配してくれてるらしいから、その気持ちが嬉しくて、しぶしぶながら了承したけど、いざ目の前で脂を滴らせる肉が焼けるのを見てるうちに、ますます食欲が失せてきて、一向に箸が進まない。 エマはいつになく献身的で、そんな俺の取り皿に、いそいそとカルビだのロースだの取り分けてくれた。 同じテーブルにいた古馴染みのスタッフが 「エマさん、今日はなんだか甲斐甲斐しいですね」 なんてからかってくる。エマは 「歌入れまでには、吉井に元気になってもらわないといけないでしょ」 って、もっともらしく言うけど、からかわれたせいか、ほんのり顔が赤くなってて、俺はちょっと気分よくなった。 「そうそう。可愛いでしょ?俺の奥さん」 なんて追い討ちをかけたら、エマはますます赤くなって、俺の皿に野菜を嫌ってほどぶちこんだ。 結局夏バテなんてもんは、口に入れてしまえば食べれるもんで、いつもよりはよく食べた。 ここんとこ、寝付きもよくなかったけど、きちんと胃に栄養が納まると、久々に眠気が押し寄せてきて、帰り道、エマが運転してる横で、すーすー寝てしまった。マンションに着いても部屋までたどり着くのがやっと。 そういえば、もう3日も連続で二人の部屋に帰ってるのに、ここんところくすっぽ話もしてないなぁ、と、眠りに堕ちていきながら思った。 翌日。 ギター録りをチェックしながらの作詞の追い込みで、昨日の焼肉もすっとぶほどクタクタ。 エマは夕食に、鰻をリクエストした。 「エマちゃん、最近すごい食欲じゃない?」 「そう?普通だよ」 「そうかなぁ。珍しいじゃん、こんなに濃いのばっかり食べたがるの。どうしたの?妊娠でもした?」 「・・・馬鹿?」 軽口に、エマは眉を顰めながら、今日も俺にお茶を淹れたり、肝吸いを勧めたりと、不思議と尽くし続けてくれてる。 ・・・怖いなぁ。またなんか、おねだりとかされるのかなぁ。 珍しい行動が怖くて、ついそんな疑心が襲ってきてしまうけど、エマは別に『あれ買って』とか言い出さなかった。 「エマさん、自分も食べてくださいね」 それどころか、やたら俺の世話ばっか焼いてるもんだから、苦笑気味のスタッフに窘められてる。 何だ何だ。嬉しいじゃないの。 今日はすっかりご機嫌の俺は、帰宅の途中も久しぶりにエマと沢山おしゃべりをして、何かと鋭気を養った。 エマが風呂に入ってる間に、ちょうどナイスなフレーズが降りてきたから、煮詰まってたラスト一曲の作詞を一気に書き上げ、あまりの全力投球に力尽き、シャワーも浴びずに寝てしまった。 更に翌日。 明日からの歌入れに向けて、いつもよりも早めに仕事を終わらせ、スタジオを出たのは、まだ夕方って時間だった。 「どうする?メシ、今日は帰ってから作ろっか?」 いつものように駐車場に向かいながら、エマに提案する。 ここんとこ無理矢理スタミナ系を食べさせられてたから、その甲斐あってか、割と食欲も復活してきたけど、さすがにちょっとあっさりしたものが食べたい。 「やだ。外で食べる」 でもエマは、外食を譲らない。 「なんか食べたいものあるの?」 なんだかムキになってるみたいに見えたから、ちょっと疑問に思って、今日も聞いてみる。 エマはちょっと口ごもった。 「なに?」 「す・・・」 酢? 身体を柔らかくするのか? 「酢?」 「すっ・・・ぽん」 は? すっぽん? 鼈って・・・。 これはまた珍しい選択で。 「明日から歌入れなんだから、体力つけないと!」 エマってば最近、そればっか言ってる。そりゃ歌うのも体力いるけど、そればっかじゃないでしょう、歌は。 だから思わず吹き出した。 「はは、そんなに精力ばっかつけてどうすんのよ」 ――――-・・・あれ? なんかひっかかった。 自分で言ったことに、なんかひっかかる。 けど、深く考える前に、車は店に滑り込んだ。 今日も腹いっぱい食わされて、しかもすっぽんなんて強いもん食べて、ただでさえ暑いのに、流石に眠気もやってこない。 あーあ。ここ3日でダイエット振り出しじゃねぇ? それにしても、却ってエマがなんだか少し疲れ気味。だからエマにももっと食べるように勧めたのに、人に食えってばっかり言って、大して食べないんだ、この人は。 食事を終えて、今日は俺が運転。 いつものようにマンションに帰る途中で、『そうだ、朝飯をちゃんと食べたほうがいいんだよな』って思いついて、深夜営業のスーパーに寄った。 助手席でウトウトしてたエマだったけど、「買い物してこ」って一言告げたら、眠そうな目を擦りながら、トコトコついてきた。 ・・・あら。可愛いじゃない。 焼肉・鰻・鼈効果か、夏バテでぐったりしてたソッチの方向にまで、つい気持ちが回ってしまう。 おいおい。エマが歌入れの為につけてくれた精力、効きすぎですよ。 なんて、自分に苦笑して。 でも。 あれ? また何かひっかかった。 やきにく・・・うなぎ・・・すっぽん・・・。 ちょっと待って、なんだかこの羅列って・・・。 夏バテ対策っていやそうなんだけど、それにしても日々、どんどん精がつくようにエスカレートしてってないか? 全部、リクエストしたのはエマ。 珍しく、甲斐甲斐しく俺の世話なんかもしちゃったりとかして。 あれ? あれ? あれぇ? 仕事の為に、とか言ってるけど、ここ数日なんか、むしろギター録りで、自分がいっぱい体力使ってたくせに、俺にばっかり食べさせて。 おっと、そういえば、ここんとこ、全然のんびりしてなかったよね。俺、作詞が切羽詰っててかなり消耗してたし。 昨日は久しぶりにちょっとお喋りとかしたけど、俺はぐーぐー寝ちゃったし。 当然・・・ソッチもご無沙汰だった。 も、もしかして・・・? 辿りついた結論に、ちょっと赤面しながら、傍らを見遣ると、居るはずのエマがいない。 慌てて振り返ったら、数メートル離れた棚の前で立ち止まってる。 「エマ?」 呼びながら近寄ると。そこは卵売り場だった。 無言でじーっと卵のパックを見てるエマ。 やきにく・・・うなぎ・・・すっぽん・・・・・・・卵? 卵? ・・・生・・・卵? 「ぷっ・・・!」 遂に噴出して、きょとんと俺を見てるエマの横から卵のパックをひとつ手に取って、 「帰ろ、エマ。早く帰ろう」 と促した。 「何?どうしたの?」 急にいそいそと、足取りも軽く帰宅を急かす俺に、エマが戸惑ったみたいに問いかけてくる。 レジを済ませ、買ったものを袋に詰めてるエマが、卵のパックを手にした耳元で、 「帰ったら、それ飲もうか?俺」 と囁いてみた。 いや、別に飲む気は無いんだけどさ。 「え?」 訝しげなエマに、更に囁く。 「精力。つけて欲しいんでしょ?・・・・エ・マ・ちゃん」 敢えて意味深気に、すこしばかりやらしくね。 やっぱり図星だったのか、エマは一瞬で真っ赤になって、俺の足を踏んづける。 「痛いよっ!」 「馬鹿か、もうっ!」 「そんな、照れなくても」 「煩いっ!」 袋を片手に、ずんずん先を歩いてくけど・・・はは、判ってる?アナタ、否定してないのよ? 再び車に乗り込んで、まだ不機嫌なエマが黙って窓の外を見てるのが、却って可愛らしくて、俺は涼しい顔でエマを更にからかう。 「そういうことはさ、早く言ってよ」 「言ってないし」 「言ってないけど、見え見えです」 「・・・・・・・」 「ごめんね、寂しかったんでしょ?」 「ちょっとムカつくんだけど」 「ははは、ごめん。でも・・・・俺ね、すんごい嬉しいんだよ」 「・・・・・・」 ちゃんと素直に、それを告げてあげると、エマはやっぱりもうそれ以上怒らなかった。 だから、俺はもっと素直になって、赤信号を好都合に、エマの目を見てお願いする。 「帰ったら、とっておきのごちそう、ちょうだい?」 エマは相変わらず赤い顔で俺を少し睨んで、すっと身を乗り出すと、斜めから軽く、俺の唇にキスをした。 帰ったら、まず。 『イタダキマス』の前に、マネージャーに、 明日のスタジオ入りは午後からになる、と、電話しておくことにしよう。 end |
さっき、TAKAYOちゃん(@ROSE COLLAR DAYS)とひつまぶし食べてて思いついたネタ。 万博に一緒に行って、まみやを置き去りに妄想を繰り広げ、帰りの電車の中で携帯で途中まで書いたという、腐れ脳の爆発っぷりを如何なく発揮した一本。エマちゃんからの、遠まわしなおねだりっつーのを書きたかったんだ。他にも大量にできたネタがあるので、忘れないうちにさっさと書こうっと。 |