再会 |
アンコール前の数分。 いつもは、だいたいここで一服して、簡単にストレッチする。 あとは汗まみれの身体を拭いたり、着替えたり。 だけど流石に今日は、俺はただ目を閉じていた。 いつものように煙草は咥えてるけど、全然意識がそっちに行ってない。 「あっ!」 というエマの声で我に返って、隣を見る。 どうやら俺は無意識のうちに、隣に座ってたエマの左手を両手で握りしめ、自分の膝の上に置いていたらしい。 そして、その所為で、構われることなく灰と化していた火種が、エマの腕の上に落ちたんだ。 「ご、ごめんっ!火傷してない?」 「してないけど・・・袖、焦げた」 苦笑混じりにエマがそこを指差して、「着替えるわ」と、立ち上がる。 立ちながら、ぽんぽんと俺の頭を撫でて。 でも、そんな仕草で俺を落ち着かせようとするエマの足取りもまた、ほんの少しぎこちない。 緊張してる。 当たり前だ。 これからアンコールが始まって、何分かで終わって・・・きっと、このあと30分後には、また賛否両論の渦中に立っているのは間違いないんだから。 エマがTシャツに着替えて戻ってきた。 本当はいつもは、こういう仕事の場では、エマと他のメンバーを分け隔てなく公平に扱わなきゃいけないと意識してるんだけど、今日ばかりは許してほしい。 俺はまたエマの手を掴み、目を閉じる。 意識的にエマの体温に触れて、自分が震えてるのを自覚した。 ツアーもファイナルになれば、どの曲がラストなのか、充分知れ渡っていて、ステージから見渡していても、『MY FOOLISH HEART』が後半に差し掛かると、群集が終演の気配を滲ませているのが判る。 やがて曲が終わり、アコギを弾いていたエマがギターチェンジをして、初めて意外な展開に客が戸惑った。 その瞬間を逃さない。 「カバーやろうか」 それは何気ないことのように口に上らせたつもりだったけど、やっぱり震えてた。 自分でもそれが判って、ふと隣のエマを見る。 エマはいつものように「大丈夫だよ」と、目で囁いてくれた。 瀬戸際で迷っている暇はない。 もうキーボードのイントロは始まってる。 群集はまだ気付かない。 恐らく、この中には裏切ったと感じる人もいるだろう。 だけど、そう思われるなら、それで。 どうか、裏切らせてください。 本当は裏切ってるんじゃないけど、誰かにそう思われても、もう俺は逃げない。 考えてみれば、『MY FOOLISH HEART』で「怯えるな、MY FOOLISH HEART」と歌ったばかりだ。 そう。 逃げない。 俺はもう、世間体からも、 THE YELLOW MONKEYからも逃げない。 「追いかけても 追いかけても・・・」 歌いだすのと同時に群集が爆発した。 殆ど悲鳴だ。 予想はしていたけれど、ものすごい反響に、圧力を感じるほど。 俺の、俺とエマだけの感傷じゃない。 俺たちがTHE YELLOW MONKEYを封印していた所為で、一体どれほどの人たちが、同じように胸の内でTHE YELLOW MONKEYを生殺しにせざるを得なかったのかと思うほど。 ごめんね。 ありがとう。 ・・・まだ、全部じゃないけど、帰ってきたよ。 一言一言を噛み締めながら歌った。 ふと、視界の隅に動く影を見つけた。 ―――――・・・エマだ。 俺のソロツアーに参加してくれてて、相変わらずの大人気を目の当たりにしていても、妙なところで律儀な彼は、俺が促さない限り絶対に前に出てこない。 そのエマが自ら前に出て、微笑みながら弾いていた。 俺の視線に気付いたエマも、ふとこちらに目を向けた。 そして何故か一瞬驚いたような顔をして、やがて軽い足取りでステージを駆ける。 背中に羽根が生えてるみたい。 なんて自由。 なんて軽やか。 ああ、これはイエローモンキーのときのエマだ。 胸の内で、激しい感情が爪を立てて暴れまわる。 両目に涙が溢れそうになって、一瞬視界が歪んだけれど、必死で堪えて大きく仰け反った。 板から降りて、いつもは楽屋に向かう足を止めない。 だけど、今日はふと振り返った。 まだライトを浴びているエマが、ステージのセンターで大きく頭を垂れて、深々と礼をしていた。 まさに、それはサポートアーティストではなく、確実にフロントとしてステージを我が物にした姿。 今度こそ俺は涙を浮かべた。 やがて、他のメンバーに囲まれて降りてきたエマは、俺に駆け寄ると 「えらかったね」 と、子供をあやすように微笑みかけてきた。 「・・・エマもね」 「うん」 言葉はそんなにたくさんはいらない。 俺たちはいつもとは違う感覚で廊下を渡り、楽屋についた。 ドアを開ける寸前、エマが他の人に見つからないように、こっそり囁いてきた。 「さっきの吉井、イエローモンキーのときの顔してた」 俺は驚いて目を瞠る。 俺と同じことを、エマも感じていたんだ。 「お互い様」 そう言ってエマの髪をくしゃっと撫でる。 「・・・・・・じゃあ、久しぶり!」 「エマも久しぶり!」 見合わせて、2人にしか判らない『再会』を喜びあった俺たちは、多分、ここ2年で一番晴れやかな顔をしていた。 end |
MY FOOLISH HEARTのファイナルは絶対に書こう、と思って書いたけど、中盤、ツアレポと変んなくなっちゃった。 |