納得行かない


どうも、田中です。
今日は僕がとても動揺した話をしたいと思います。


それは今日の昼過ぎのことでした。
僕がマネジメントを担当しているTHE YELLOW MONKEYは、現在レコーディングの真っ只中で、とても忙しくしています。今回は割とヘビーな曲が多いので、当然ながら全員がピリピリしていて、曲詰めの時なんかは、メンバー以外はスタジオから追い出されることもしばしばです。
それでも普段から彼らは仲がいいので、あまり心配はしていませんでした。

ですが、今日という今日。
いつものように追い出されてしまったスタッフ数人と喫茶室で時間をつぶして、2時間ばかり経ってからスタジオを覗いてみました。
すると、そこには随分重苦しい空気が漂っているではありませんか。

「大体、いつもロビンはそうなんだよ。今は纏めることが先決だろ?そういう意味での妥協ならアリじゃないのか?」
捲くし立てているのは、ヒーセです。
彼が妥協を勧めるのは、とても珍しいことです。よほど煮詰まっているのでしょうか。

「今回ばかりは、俺もヒーセに一票」
アニーがそのヒーセの味方についたようです。
吉井はキレてしまうのではないでしょうか・・・。彼は妥協しろと言われるのが、とても嫌いなのです。彼は可哀想なくらい自分の身を削って音楽を愛しむので、しろと言われて妥協できるタイプではないのです。メンバーはそれをよく判っている筈なのに、今日はどうしたというのでしょうか。

「待ってよ」
エマが口を開きました。
「それはどうかと思う。妥協っていうより、ヒーセと英二はもともとの自分たちの意見を通そうとしてるじゃん。それをまるで吉井の所為みたいに言うのは違うんじゃない?」
エマはどうやら吉井の味方のようです。その発言に、吉井はちょっと救われたような顔をしましたが、「兄貴こそ違うだろ」というアニーの発言に、またきゅっと眉を顰めました。

「元々兄貴はロビンの意見に賛成してたんだ。そうやってフォローしてるみたいな言い方しないでよ」
アニーがエマに対して、こんな辛辣な口をきくなんて、滅多にないことです。

「そう思いたかったらそれでもいいよ。お前がそういうふうに判断するんならさ」
「やっぱりそうなんじゃん」
「そんなこと言ってないだろ!ただ、オマエが俺のこと、そう思ってんならそれでいいって言ったんだよ!」
「じゃあ、エマの正直な気持ちはどうなんだよ!オメエの本心はよ!」

もはや、部屋の空気は一触即発です。
ああ・・・これがプロのアーティストというものなのだと、心配しながらも、すこし感動しました。
弛まぬ努力の上に、珠玉の作品が出来上がるのです。僕には見守ることしかできません。でも、それでいいのです。それが僕の仕事です。

「もういいよ!」

果てない言い争いに疲れたのか、遂に吉井が口を開きました。

「俺が譲ればいいことなんだろ?もう判ったよ!好きにしろよ!」

バン!と、傍らの机を叩きつけて、諦めたように煙草に火をつけました。
エマがそんな吉井に、ぎょっとしたように話しかけます。

「でも・・・それじゃ、オマエの夢はどうなるんだよ!」

―――――夢?

待ってください、1曲詰めるだけの話に、そこまでスケールの大きな反論があるでしょうか。もしかして、曲のアレンジで揉めているというのは僕の誤解で、もっと大問題があるのでしょうか。もしかして、あの曲のことだけじゃなく、アルバム全体のことだとか・・・更には、バンドの今後にかかわるような話をしていたのでしょうか?
もしそれに気付いていなかったとしたら、僕はマネージャー失格です。彼らを理解していなかったということです。

「いいんだよ・・・。あとで調整できない話じゃない。なんせもう、時間がないんだ」

吉井の目が、穏やかに伏せられました。
エマは言葉を失っています。
ヒーセとアニーが、寝耳に水だとでもいうように顔を合わせています。

「おい・・・夢って、どういうことだよ」

どういうことなんですか?

「・・・・・・・・・・目標、だったんだよ」

答えない吉井の代わりに、エマが言いました。






「ツアーまでに、5キロ痩せるのが」







――――――――――――は?



「最近、煮詰まってたからさ、ストレス解消によく食べてたんだよね。そしたら吉井、太っちゃったらしくてさ。でも、今度のツアーでどうしても着たい衣装があるっていうし・・・ダイエット始めたのに。ここまで順調に2キロ減をキープしてたのに、ここで・・・」

エマが言っていることの意味がわかりません。それがどうしたというんですか?

「判ったよ。全部言わなくていい」
「バカだな。それならそうと最初から言えよ」

「ヒーセ・・・。アニー・・・」

一気に部屋の空気が和やかになっていくのはいいんですが、だから一体なんだというんですか?


「俺たちが妥協するよ。今日の昼は、吉井の希望通り、そうめんでいい」

・・・・そうめん。ヒーセ?

「焼肉弁当は、ダイエットが成功してからだな」

・・・焼肉弁当。アニー?


「良かったね。ここであんなカロリー高いもの食べて、リバウンドしたら元も子もないもんね」

「エマ・・・ありがとう」

あの、あの・・・。
もすごーくイヤな予感がするんですけど、もしかしてあの大喧嘩は、昼の弁当の出前の相談・・・だったんですか?
僕の感動はどうしたらいいんですか?
っていうか、そんなに揉める前に、別のもの注文すれば済む話だろう。

打ちひしがれる僕の背後に、少し遅れて三国さんが戻ってきました。

「あー、やっと終わったの?もう2時間もアレで揉めててねー。なんでも今、メンバー間で『おそろい強化月間』らしいんだよねー。今日なんか、実はパンツも全員おそろいらしいよ」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はあ。
それは、仲の良いことで。
何よりです。




やがて、出前されてきた、全員おそろいのそうめんでの昼食時、こんな会話が交わされました。

「あ、それでよー、ロビン、あの曲のアレンジ結局どうする?」
「一旦ヒーセの思うとおりに弾いちゃってよ。あとでダメ出しするから」
「あ、じゃあ、俺もソロんとこ、思うようにやっちゃっていい?」
「いいよぉ〜。俺も思うように歌うー」
「よし。じゃあ俺も入れたかった最速連打入れようっと」
「まあ、あんまり思いつめないほうが、結果いいのができるしねー」
「ダメだったらやりなおせばいいんだし」
「そうそう」


・・・いや、多分、これはこれで真剣なんですけど。
お互いがお互いを信用してるから、できる相談なんでしょうけど。



なんだかとっても。


納得行かない。



end




びっくりするほどくだらねぇ〜!(笑) たまにはこういうのもいいかと思いまして。

back