シングルライフ |
玄関先で、今生の別れのように項垂れる吉井の肩に手を置いて、キスをした。 「行きたくない」 「うん」 判るよ。 「耐えられないかもしれない」 「・・・そう?」 「寂しくて」 「仕方ないじゃん・・・仕事だもん」 この間からオフだったし、べったり一緒だったもんね。吉井の甘えんぼに拍車がかかってるのは仕方ない時期だ。俺も寂しいよ。吉井とベタベタしてんの好きだもん。なんたって、まだ俺たち、つきあいはじめて3ヶ月だしね。 「でも、嫌だ――――エマと離れたくない」 「俺も寂しいよ。でも我慢する」 「エマ・・・」 ああ。でも早く出かけないと、飛行機に間に合わない。なんせ海外行くんだから、バスや電車みたいに「じゃあ次ので」って訳に行かないでしょ。 吉井、気持ちは嬉しいけど、そろそろ離して? 「だから早く終わらせて、早く帰ってきて?」 あ。電話鳴ってる。 きっとマネージャーだな。 『まだですかー?』ってヤツだ。 「うん。少しの間の我慢だから」 「待ってる」 仕事に差し支えちゃったら、本末転倒じゃないか。 頑張って仕事しておいで。俺もいい曲作っておくからさ。 「・・・嫌だ。やっぱり行かない!」 ぷち。 「――――早く行け!」 吉井を蹴りだして、くるんと振り返った。 あ。 ダメだ。緩む。 勿論、涙腺ではない。頬が緩む。 ふふ。 ふふふ。 ふっふっふ。 ひとりだー!!! うーんと伸びをして、まっすぐベッドに駆けてって、ぽふんと飛び込む。 スプリングがゆわんゆわんして楽しーい! これから何しよっかなー。 誰か誘って遊びに行こっかなぁ。 吉井がいない間、俺はオフ継続だしー。 実家帰んのもダルいし、―――-・・・そうそう。みゆきさんとか愛ちゃんとか早苗さんとかとも暫く会って無いなぁ。あのへん誘って豪遊するかな。 あー・・・でもなぁ。あとで浮気がバレたら何されるか判んないし・・・。 ていうか、吉井と居る間、セックス漬けだったから、あんま性欲に切羽詰ってないしなぁ。 よしよし。ここはシングルライフを満喫しよう。 カフェにでも朝ごはん食べに行ってぇ、買い物行こうかな。そろそろ春もの欲しいし。 そういえば、吉井の春コートに、去年おっきな染みを作っちゃって(勿論俺が)、落ちないのがあったなぁ。なんか新しいの買ったげようかな・・・。 いつも貢がせまくりだし。 それにたまにプレゼントとかすると、大喜びでそのあと何でもしてくれるもんね。 は。 いいの。吉井のことはパス!これから一週間、吉井がいない間、吉井のことは忘れて楽しむのだ。 「えっと、そうそう!温泉温泉。温泉がいいかもしれない」 吉井と行ったらいつもなんか高級ホテルとかになっちゃうし、俺は割と民宿みたいなトコ好きなんだけど、行かせてもらえないもんね。そういうとこ行こうかな。 ―――・・・でも一人で? やっぱヤメ。一人で行ったら帯とか結んでもらえないし、髪を乾かしてくれる人もいないし。 女の子連れてったらやってはもらえるけど、サービスもしなきゃなんないしな。 めんどい。パスパス! 今日はゴロゴロしてようかな・・・。 ―――・・・でも一人で? んと。せ、洗車!そんでメンテナンスして。 そうしよ。そうそう。一人で楽しく車を洗おう。吉井がいたら、なんだかんだで邪魔されるから。 それから半日かけて、丁寧に愛車を洗った。ワックスも一番高価いのかけて、ピカピカ。 あー、ドライブしたいな。 ピカピカにした車で、お気に入りの曲をかけて。 そうそう、ちょっと遠いけど、あの店に蕎麦を食べに行こう。この間吉井と山奥までドライブして見つけた、お気に入りの山菜おろし蕎麦。鄙びたいいカンジの美味い蕎麦屋があったんだよ。 また一緒に来ようねって言ってたのに、一人で行ったって知ったら怒るかな。 ふふ。 は。 ――――だから!吉井のことはいいってば!もう! 「だから、なんでオイラが・・・」 そして結論として、ヒーセを呼び出して、今、二人で蕎麦を食っている。 「美味しくない・・・」 「あのさぁ、エマ?だからよ。だったらその美味いって言ってた蕎麦屋に連れてってくれよ」 「だってめんどくなったんだもん」 「だから!そう言うくせに、オイラに蕎麦作らせて、不味いと言うな」 だって暇だったんだもん。 ヒーセと遊んだら楽しいだろうなって思って呼んだんだけど、なんか出かけるのもめんどくなったんだもん。でも蕎麦食いたくなったんだもん。 「エマちゃんよぉ。ロビンいなくて寂しいんだろ」 でもヒーセは、不当な扱いに怒ることも無く、にやにや笑ってる。 「なーに言ってんの。たまにはいないほうが伸び伸びしていいんだよ」 俺がどれほどこの『自由時間』を楽しみにしてたと思ってんの。ラブラブはいいけど、基本的に俺は自由人なんだから、ずーっと束縛されてんのは辛いんだって。 「一人でどっか行っちゃうのなんか日常茶飯事の癖に、呆けてんじゃん」 べっつに。 一人でどっか行く楽しみは、「エマどこ行ったの!エマエマエマエマ」っつって探し回るヤツがいるほうが面白いだけだよ。うろたえるヤツがいないのに、行方不明になったってつまんない。 「ヒーセぇ、今日は泊まってきなよ。映画とか見よ」 「んなの、吉井といつもやってんだろ」 「だって吉井、ホラーばっか見せるんだもん。違うの見たい」 ヒーセが遠い目で天を仰いだ。「怖いー!大丈夫だよ、とかやってんのかよ。この馬鹿どもは」なんて呟いてたけど、つっこむ気にもならない。 なんでか知らないけどつまんない。 理由はわかんないけど、つまんないーっ! 結局ヒーセを強引に泊まらせて、夜中まで飲みながらビデオ見てたら、電話が鳴った。 きっと吉井からだろうと思ったから放置した。 現在、シングルライフ満喫中につき、邪魔禁止! ヒーセが呆れ顔で電話を取った。 あ、馬鹿。 「あ?いやいや。間違えてねぇよ?俺だけどよ。―――はは、何してるかって?んな怖い声出すなよ。 エマちゃん?・・・へへん。オイラと浮気中」 ちょっと!何言い出すんだよ。あとが怖いんだから! 慌てて電話に駆け寄った俺に、受話器を差し出しながら、ヒーセは 「ほら。電話でいちゃこらしやがれ」 と笑ってソファのほうに戻って行った。 「吉井がいないからって借りてきた、暇つぶしのビデオは停止しといてやっからよ!」 そんなわざとらしい大声を背に、受話器に耳を当てた。 吉井も吉井で、電話の向こうで何か喚いてたみたいだけど、そんな騒音には耳を貸さずに、話しかける。 「吉井・・・寂しい。早く帰ってきてくんなきゃ、本当に浮気する」 楽しくなるはずだった自由時間は、意外なほどに味気なくて。 悔しいけど随分侵食されつくしてる吉井の不在が、恐ろしいほどつまんないと感じた、吉井とつきあって初めての、シングル・ライフ。 結局、吉井の1週間の滞在予定が、3日に縮まったのは、言うまでもない。 end |
やっぱり放浪もワガママも、それに動揺する人がいてはじめて楽しいってことことですよ。 |