楽しかったよ!!!



手を繋いで歩いたり。
ベンチに並んで腰掛けて、次の予定を相談したり。
2人でひとつのソフトクリームを食べたり。

そんな一昔前のオーソドックスな『カップル』ってヤツに、一昔前に若者だった俺が憧れるのは当然でしょ。

他の誰かとソレを実践しても、時折ふっと思うんだ。
手を引いてるのが、吉井だったらな・・・って。
過去にも未来にも有り得ないそんな夢を見て目を閉じてみても、俺の掌に伝わる感触は柔らかくてか細い、俺より小さな手。

そこで俺は、こういうのは『本命』とするからいいんだってことを思い知る。
手を繋ぐのは、セックスよりも親密な行為かもしれないってね。

時折、ひとりの夜なんかにそんなこと考えて、ちょっとセンチメンタルに耽ってみたりもするけれど、まさかそれが実現可能な夢想だとは知らなかった。しかもこんなに突然そんな機会があろうとは。


「は?」
「エーマちゃん。デートっ!しましょ?」
「・・・なんで?」
「なんでって・・・恋人同士でデートして何が悪いの?」

ツアー移動日のオフ。
スタッフやメンバーなどの衆人環視の中、吉井は何の遠慮も気負いも衒いもなく、俺の目の前で何かのチケットをひらひら振った。

「なに?」
「いいから」

俺の問いかけには何も答えず、腕をぐいぐい引っ張って新幹線ホームを後にする。
「エマの荷物もよろしくねー」なんて言われたのが、また都合よく昔からのスタッフだったから、「はいはい」って何のお咎めもナシだ。

「ちょっと吉井、何なのさ」
流石に腕はすぐに解いて、目の前をすたすた行ってしまう吉井を追う。
そこから吉井は黙ったまま、タクシーに乗り込んでからも「ふふん」と笑うだけで何も答えない。
わざわざ運転手さんに行き先を告げるのも超小声という芸の細かさに、また何か企んでるな、と思いつけば、俺はもう諦めるしかない。


黙ったまま行き着いたのは、ショッピングモールやレストラン街と、ちっちゃな遊園地がくっついた海辺のちょっとした施設だった。

唖然として、嬉しそうな吉井を見上げる。

「・・・何を考えてんだか・・・」
「いいじゃん、オフ。遊ぼうよ」

やっと口を開いた吉井は、ここまで来てしまえばそれしかない答えを返してくる。

(・・・なるほど。遊びたかったんだ)

そう思うと笑えてきた。
オトナっていっても若いときは、まだ子供と変わらない遊び方もできる。
それでもオトコは自然とカッコつけるように出来てる生き物だから、遊園地なんか来ようと思ったら、デートくらいでしかできなくなる。しかも今の年齢までくれば、もうそれは親子連れくらいでしか様にならない。
だけど本当は、気の置けない仲間同士ではしゃいでみたくもなるものなんだ。
だって俺らは既に、そうやって育ってきた世代だから。

これからまたプレッシャーの日々だと思えば、吉井の突拍子もない行動にも納得がいって、俺は苦笑交じりにも付き合ってやることにした。


―――――が。


「・・・なに?」

なんか今日、こればっかり言ってるような気がする。
だって当然じゃない?

吉井が、入場するなり手を差し出してきたんだから。

「はやく、おいで」

しかも俺が何も言う間もなく、俺の手を取って歩き出す。

「ちょっと・・・吉井!人目が!」

2人とも帽子とグラサンはあるけど、それにしたって男2人で手を繋いであるいてたら異様だろう。
しかもその帽子とグラサンの姿だって、かなり衆目に晒してるんだから、どこで見つかるとも限らない。

だけど、吉井には微塵も動じた風はなかった。

「人目?・・・どこに?」
「え?」

言われて初めて周囲を見回す。
・・・確かに、人目なんてどこにもありはしない。それどころか、乗り物すら満足に稼動してない。
昔の遊園地みたいな汚い感じもなく、とても綺麗でデコラティブな造りだから、カップルとか家族連れとか、沢山いても不思議はないのに。

「・・・今日、休み?」
「入ってから何言ってるの」

吉井は可笑しそうに笑い出して、やっと力を抜いた俺と手を繋いだまま、ぶらぶらとそのへんのアトラクションを見て回った。

なるほど、確かに時折人がいる。
ちいさい子供をつれたお母さんくらいだけど。

「そっか、平日なんだ」
「そ。もっと大きいとこだと人もいるけどね」
「人少なくても、ジェットコースターとか動くのかな」
「行けば動かしてもらえるんじゃない?」

真冬の平日午後の遊園地が、こんなに人影まばらだとは知らなかった。
俺のなかに、ちょっとずつ子供モードが蘇ってきて、こぢんまりはしているけれど、見渡す中では一番派手そうなジェットコースターに駆けていこうとした。

「待って」

だけど、吉井はそれを許さない。

「ん?」

「今日は、こういうモード」

そう言って、繋いだ手をますます引き寄せ、殆ど腕を絡めるような格好になった。

「一回、エマとこういうことしてみたかったんだよね」
「・・・ははっ」

吉井の意図を汲んで、俺も素直に寄り添ってみることにした。
いくらなんでも、こう人目が無くちゃ、逆らう意味もないってもんでしょ。

ジェットコースターは、思ったとおりショボかった。
次に乗った・・・なんか暗闇の中を探検するというよくわかんないアトラクションも、施設の割りに拍子抜けするシロモノだった。
「なんだアレ?」とか「つまんねー!」とか、好きなことを言いたい放題言いながら、ちっちゃな遊園地中を駆け回ってはしゃぐ。

「きっともっと混んでたら盛り上がるんだろうね」
「そりゃそうだよ。これって、東京ドームで客が3人しかいないようなもんでしょ」
「規模からするとサンプラくらい?」
「ラ・ママでも3人はきついよね」

どんなに大声で話しても、聞こえる音といったら、向こうの隅のアトラクションの効果音と、俺たちの声くらい。
園内のスタッフは、ほんの少しのお客と擦れ違うたびに「こんにちは」と声をかけている。

恐ろしいくらい、長閑だ。

吉井がベンチに座って煙草を吸い出したので、俺は「そうだ」と思いついて、少し離れたスタンドに、ソフトクリームを買いに行った。

いっこだけ。

寒いけど、この際だしね。

戻ってきて吉井の隣に座ると、吉井は俺が食べかけで差し出したソフトクリームを、ごく自然にひとくち食べたものの、飲み下すなり噴出した。

「エマちゃんって、俺より恥ずかしい子」
「うるさい」

だってせっかくの機会だから。
こんなの、やってできるとは思ってなかったことだから。

嬉しいんだよ。
俺が『デートしてみたい』って思ってた通りのシチュエーションを、お前も望んでたってことが。

煙草を吸い終わった吉井が、俺の膝を枕に寝転がった。
もうすぐ日が暮れる。
足元で遊んでいた小鳥たちが、ねぐらを目指して頭上の梢に飛び立った。


「ねぇ・・・吉井」
「ん?」

気持ちよさそうな吉井の頬に、アイスで冷えた指先を当てて、そっと告げる。

「――――・・・楽しかったよ」

目を閉じたまま、吉井は何も言わずに微笑んだ。



end



―――で、終わっていれば格好よかったのだが。

どうやら俺の「楽しかったよ」が無駄に功を奏したらしく、後日『映画館でいちゃつきながら鑑賞デート』とか『アイススケートはお約束コースでデート』を次々と提案されて辟易した俺が、遂に『人目も憚らずリゾートプールに2人で行きましょうデート』のお誘いに至って、無言でパンチを繰り出したのは。

もはや、言うまでも無い。



end



先日まみやさんと遊園地に行ったら、見事にひと気が無かったので思いついた話。・・・っていうか、何を見てもどこへ行ってもネタを考える自分が・・・痛い。激痛だ。

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