欠片



練習なり、リハーサルに入る前に、エマはいつも両手を差し出す。
俺はその手を取って、爪を切ってやる。

ギタリストにとって、指は命。
指先から、たとえ2ミリでもはみ出るほどに爪が伸びてたら、当たり前だが弾きにくい。でも、元から短い爪を、綺麗に切りそろえるには、彼は不器用だから。

丁寧に、少しだけ。
エマ専用の小さい爪切りで、爪を切る。

ついさっきまで、エマの身体の一部だった細かい欠片が、無用のゴミとして葬られるのは、俺にとっては少しばかり胸が痛い。
それでも俺は、エマの爪を切る。

エマの指先は、特に左は、先が硬くなって、少し平たい。
その形は、彼が修練を重ねたギタリストの証明。
その指を護るために、俺は欠片たちを捨てる、胸の痛みを堪えて、爪を切る。

「ありがとう」

綺麗に整った指先を満足げに眺めて、微笑み、ギターを握る。

ピックケースを開けて、エマが目を見開いた。

「吉井・・・?」

そこには予め、小さな石を10個あしらった指輪を忍ばせておいた。
エマの爪を、今まで沢山切ったから。
沢山のエマの欠片を葬り去ってしまったから。
一度はもう二度とエマの爪を切ることは無くなるだろうと思ったけど、結局この先もきっと沢山のエマの欠片を葬ることになると思うから。
・・・そうしようと、思えるようになったから。

代わりに、俺が、エマに約束の欠片をあげる。

「左じゃなくてもいいから、薬指に嵌めてほしいな」
「・・・足の?」
「茶化さないでよ」

照れ隠しに軽く小突くと、エマは俺に負けない照れきった顔で俯いて、また爪を切る前のように両手を差し出した。

「吉井が嵌めて」
「どの指に?」

囁きながら、エマの大切な両手を取る。
エマは俯いたまま、悪戯っぽい・・・でも、嬉しそうな声で言った。


「どれでも。オマエが嵌めて欲しい指に」





ギタリストにとって、指は命。
今日も俺は、大切な指先の爪を、エマ専用の小さな爪切りで整える。
エマの左手の薬指には、あのときの約束の欠片が、キラキラ輝いている。



end



VERMILION HANDSとは逆に、不器用な恋人の爪を切ってみました。
えままが小学生くらいのときに、流行りましたねぇ、Sweet-10-diamond。
この話は、脳内メルトダウン仲間、かおるとチャットしてたときに出来たネタ。書いたぜー、かおる!
本家のいちゃつきっぷりに負けない話を書こうと思ったら、ここまでせざるをえなかった(笑)
これでも負けてたらどうしよう・・・。

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