キズナ |
雨上がり。 空にかかるキレイな虹。 もうあと2日ほどで、8月も終わり、生まれて一番苦しかった夏が過ぎ去っていく。 夕暮れに染まった自分の部屋で、ぼんやりとつい先日のことを思い返していた。 あの日。 吉井は結局帰らずに、俺の部屋に来た。 色々あって今は一人で暮らす、俺の部屋。 涙がちな日々と。 ついに決断した心と。 約束。 全てを、刻み付けるために。 「エマの新しい部屋に来るの、初めてだよね、俺」 「そうか、そうだね。どうぞ?散らかってますが」 「何だよ改まって。・・・お邪魔します」 会話はもう翳らない。 「あ、しまった。エマ、灰皿って無いよね」 「あるよ。前にヒーセが持ってきたのが」 「え?ヒーセ来たことあるんだ」 「あるよ。英二も来たことあるよ」 「そうなんだ。くそ。先を越されたな」 「はははっ」 マグカップに注いだ紅茶がすっかり冷たくなるまで、二人でくだらないことを散々話して。 会話の途切れ目が、合図になったように。 4年ぶりに、吉井の腕の中に帰った。 昔はこういうとき、もう穏やかに話すとかそういうことはなくて、やたら性急に求め合って、くたくたになるまで繋がって、それだけが全てだった気がする。 言葉で伝えられないことを伝える気も無く、苛立ちや焦燥や昂ぶりのままに、単純にお互いの肌にぶつけあうだけで。 こうして穏やかに抱き合えるようになったのは。 単に二人ともあの頃より年をとったからなのか、それとも何かを超えたからなのか。 そう言うと、吉井は喉の奥で笑った。 「どっちも」 俺も笑い返して、「そうだね」と答えた。 昼過ぎ、眠い目を擦りながら出て行く吉井を見送って、これは過去に帰ったわけじゃない、と思った。 そう。 今を昔に返したのではなく、これから始まる何かに向かってのステップだということ。 吉井との4年ぶりのSEXは、なんだかあったかくて優しい温度に満ちてて、あの身を切るような切なさに咽んでいた激情ではなかった。 抱かれるのがイコール恋愛だと思ってたのが、なんだかちっぽけに思えて。 いや、今も欲しいとは思うんだけどね。 ぼけっとそんなことを考えてた耳に、チャイムの音が聞こえた。 ・・・っと、もうそんな時間か。 「はいはい」 『エマ、開けてー』 「挨拶くらいしなよ」 『こんにちは』 「待ってて、すぐ開けるから」 オートロックを解除すると、やがてやって来た吉井が、玄関先で俺をふわりと抱きしめる。 今日から3日ほどオフの吉井は、今んとこ最優先事項らしい俺と休みを過ごすべく、いそいそとやってきたんだ。よく家族が許すもんだ。 少しばかり気は咎めるけど、とりあえず俺も今は吉井と居たいから、そこは目を瞑ることにした。 いいんだ。 いつかまた辛くなったら、それはそのとき悩む。 来るかどうかわからない危険を思い悩んで立ち止まったり、不確かな未来に全てを賭けたりするのは、今は一旦おあずけ。 刹那主義とは少し違う、これは『現在』を大事にするという、屁理屈みたいだけど、俺の論理だ。 「来る途中、虹が出ててね、すごい綺麗だったよ」 「ああ、俺もさっき窓から見てた」 「そか。同じもの見てたんだね」 こんな些細なことが嬉しかったりする、こういう瞬間も悪くない。 今夜はこれから一緒に食事に行って、そのあとはここでゆっくりして、明日は俺の新しいギターを一緒に探しに、楽器屋を回る予定。 あさってのことはまだ決めてないけど、もしかしたら天気次第では、吉井につきあって釣りなんかにも行ってしまうかもしれない。 すごく長いこと吉井とつきあってきたけど、こんなふうにのんびり過ごすのは初めて。 その夜、ギターのカタログをパラパラ捲ってたら、風呂から上がった吉井が俺の背後を陣取って、やわらかく抱き寄せた。 「・・・ヒーセがさ、今日エマんとこ行くって言ったら、良かったなって笑ってた」 気負いもなく、自然に吉井がメンバーの名前を口にするのが嬉しくて、俺もカタログを閉じて体重を預ける。 「俺が口聞かないって泣きついたんだって?ヒーセが困ってたよ」 「・・・筒抜けかよ」 「はは。筒抜けついでに、俺、英二にも全部話した」 「何を?」 「俺らのこと。今までのことも」 「なんか言ってた?」 「これからは、なんでも二人で背負い込むなって。解散したって、俺ら友達なんだから、困ったら何でも言って来いってさ。吉井にもそう言っとけって言われたよ」 「へぇ・・・あいつも大人になったんだ」 「そうだね」 ほら。 こんなふうに、絆は繋がってる。 旅をしようね。 それぞれ、4人ともね。 解散してからこっち、俺は『旅立つ』ことばっかり考えてたけど、大事なのは出発することではなく、どういう旅をするかということ。 俺たちには15年という年月を共にした、いわば『故郷』とも言うべき絆がある。 どんなにそこを離れても、故郷は一生故郷であるように、遠く離れても暖かく思い出せる場所がある。 解散したっていうのは、ウチの場合、故郷の実家を壊すようなものなのかもしれない。 『イエローモンキー』っていう家は、もうガタガタになって壊したんだけど、だからって家族はバラバラに住んでても家族じゃん。それぞれが新しい家庭を持ってても、繋がりは消えない。 だから無理して他人になる必要は無いんだって、今は思うんだよ。 ヒーセも、英二も、吉井も。 今までは存在して当然の、大事なメンバーだった。 もう「メンバー」とは言えなくても、大事な「人」であることに変わりは無い。 だから安心して、俺もどこまでも旅していける。 「エマ、事務所から聞いた?今度インタビューあるって」 「ああ、昨日ね。渋谷さんでしょ。断れないねぇ、社長も」 「はは、ホントだ。また色々つっこまれるんだろうなぁ」 吉井はそんな会話の続きに、ちょっとだけ黙って、意を決したように、俺を抱く手に力を込めた。 「俺、考えたんだけどさ。なんかもう、変に隠すのとか、意味無いような気がしてきたんだ」 「何を?」 「今まではさ、なんかね、エマの言うとおり、表面上のことで判断されるっていうのもアレだったし、エマが俺んとこで弾いたりしてるのもさ、黙ってたじゃん。 連絡とってることとかスタジオ来てることとかも、なんかそれっぽいこと聞かれても喋んないとかさ、そういうことしてたけど・・・。 ねぇ、もう、言わないか? どう判断されるかは判んないけど、それはもうファンの自由だと思うんだ。 今、エマとやってて、それは紛れもない事実でさ。それを隠しても、もう意味無いと思うんだ」 「・・・・うん」 「エマがもし嫌じゃなかったらだけど、俺は別に言ってもいいと思うんだ」 吉井は少し不安そうに、そんな提案をする。 ・・・大丈夫。 俺はもう、怯まない。 「わかった。うん、俺もそう思うよ」 俺は、微笑んでやっとそう返事することができた。 2004年 夏。 THE YELLOW MONKEY 解散。 「解散」という字は、呪縛から解けて、それぞれに散っていくこと。 壊れて崩れ去る「崩壊」とは違う。 だからこれは、新しい何かのスタート。 きっと道の先は、いつもどこかで繋がっている。 series end |
やっと書ききりました、「見てきたような憶測シリース」(笑) 自分でもこれほど重い話は初めて書いたと思う。 途中途中で出てくるエピソードは本当に事実のものもあって(たとえば吉井とヒーセは解散後2回ほど会ってるとか、吉井がエマんとこ遊びに行ったとか)、その辻褄あわせをしながらの創作だったので、これは本当にご本人たちに知られたら、シャレになんなくてヤバイかなぁ、なんて思いながらも、結局書ききりました。 解散の事実は、私らファンにとっても、今も寂しく辛いけれど、事実の部分だけ見てても、兄さんらって本当に不器用で困った人たちだから、こうなるともう愛しくて仕方ない。 もっと打算的になってくれよ、とか思いもしたけど、そうできない彼らだから、余計愛しいのかもね。 今回、このシリーズでは、メールでの感想を沢山戴きました。みんなそれぞれ、この現実を受け止めながらも、想いを切々と語ってくれてるものが多くて、それらの中からも、色々とヒントを戴きました。この場を借りてお礼を申し上げます。 なんかね、これを書いて、やっと自分でも一区切りつけることができました。 解散してからっていうもの、創作が苦しい時期もあって、本当にどうしようか悩んだりもしたんだけど、これで何か整理できたような気がします。 同時に書いてた馬鹿な話たちが示すように、えままも開き直ってなんかまた書いていけそうなんで、どうかこれからもヨロシクです。 |